黒圓龍已。中学二年生14歳。日が昇っている明るい時間帯は中学生の顔を持ち、暗闇となる夜は呪詛師殺しを生業とする黒い死神の顔を持つ。中学生としての黒圓龍已は、異常な身体能力を持った、成績優秀な生徒であり、友人は4人しか居ない。
本人の与り知らぬところで呼ばれるようになった、黒い死神としての黒圓龍已は、その強さと依頼を……呪詛師抹殺の達成率が100%なのを売りにしている。
呪詛師は一般人に術式を使ったり、呪ったりした者達のことで、悪人と称してもいい。そういう者達には懸賞金が掛けられており、他にも呪詛師抹殺を直接依頼という形で取って、報酬を用意して呪術師に頼むというものがある。しかしここで重要なのは、頼むのは呪術師ということだ。
簡潔に言って黒圓龍已は呪術師では無い。それは何故か。答えは単純で、呪術師になるための正規の手順を踏んでいないからだ。呪術師になるにはまず、東京と京都の、日本に2校しかない呪術専門の高等学校に入学し、呪霊を祓う任務を熟しながら呪術や呪術界について学ぶ。そして卒業と同時に正式な呪術師となる。
呪術高専を拠点として呪術師をするか、フリーの呪術師になるかは人によって違うが、それ以外の呪術師は非公認の呪術師なので、呪詛師ではないが、呪詛師になる可能性がほかの呪術師に比べて高い者という括りとなる。つまり、龍已の黒い死神としての顔は、呪術師ではない。例え、名家が推薦した存在であろうと。
ならば如何してそんな存在に、人質の救助を依頼したのか。勘違いしてはいけないのは、依頼したのは呪術界の上の連中ではない。上の連中は基本頭の中が腐っている老害しかいないので、黒い死神なんていう素性が一切明かされていない奴に恩を売りはしない。依頼したのは呪術高専の学長だ。
万年人手不足と言われている呪術界で、大切な人質を指定された時間内に取り戻しに行ける者が居らず、且つ8人で構成されている呪詛師に一人で挑みに行けると思われる者も居なかった。なので仕方なく、頭角を現した呪詛師殺しを専門とする、依頼達成率100%の黒い死神に依頼した。ちゃっかり条件に人質の無傷を付け加えながら。
しかし黒い死神は依頼を達成した。呪術界でも稀少な少女を連れ去った呪詛師の殲滅、そして少女が無傷であること。噂は本当だったと、現呪術高専学長は感心した。そして是非とも、その力を世のため人のため、呪霊を祓う呪術師として使って欲しかった。
つまり何が言いたいのかというと、呪術師や呪術界の要とも言える呪術高専の依頼を完璧に遣り遂げた黒い死神という謎の人物を、呪術界は欲しているということだ。それは例えば、見つければ捕獲しようとする程度には。
「──────チッ。見られたか」
その日、龍已は特に呪詛師殺しの依頼を受けた訳では無かった。かと言って親友達と一緒に居るわけでも無かった。珍しいと思われるかも知れないが、毎日毎日必ず一緒に居るというものではない。今日は何となく一人で居ようと思って行動していて、何となく釣りをしたい気分だったので、虎徹の家の使用人に車を出して貰って東京まで来ていた。
何故東京なのかという話なのだが、使用人が東京で購入しておかなければならないものがあると言っていたので、東京にも釣り堀はあるからと、東京の方まで来ていたのだ。
目当ての釣りは出来た。竿をレンタルして使用人が買い物をしている間楽しんだ。鮎釣りだったのだが、その場で釣ってその場で食べられるというので、自身で捌いて焼いて食べた。とても美味しかったので大満足である。
食べて行きたいので時間が掛かり、待たせてしまうからと、目的の他に何かやっておきたい事があったらやってきていいと言ったのだ。後で合流しようと。使用人は申し訳なさそうにしながら、目的地まで車を飛ばした。その間に龍已は釣りを満喫したのだ。
しかし問題はその帰りだ。折角の東京なのだから、少し観光しようとして、徒歩で適当にぶらついていた時に、東京の大学の前を通り掛かった。そこではサークル活動で外練習をしている人達が居て、その学生の一人の肩に、少し強い呪霊が取り憑いていた。そのまま放置すれば体調不良を来す恐れがあるものだ。
残穢を残すのが少し心残りだが、少しならば大丈夫だろうし、ここは東京で今日の内には帰るので大丈夫だと、油断した。服の中の腹に巻き付いていたクロを服の袖から顔を出させ、『黒龍』を一丁だけ吐き出させた。そして一瞬で照準を合わせて呪力弾を撃ち、大学生の肩に乗っていた呪霊を祓った。
そしてその瞬間、龍已は呪力の気配を感じ取った。本来動物も微量とはいえ呪力を持っている。その気配を感じ取ったのだが、それに足して嫌な気配も感じ取った。急いで顔を隠しながら振り返ると、そこには白いガードレールの上に留まっている、1羽の黒い
不自然に目が合った烏は、一切視線を切ること無く龍已の事をジッと見つめていた。黒い目を通して、何者かが見ている気がする。己の直感に従い、龍已は早撃ちで烏を『黒龍』を使って呪力弾が撃ち殺した。そしてその場から全力で撤退する。しかし……視線を感じる。
「まさか見られていたとは、間が悪い。……烏か動物を操る術式であり、視覚共有も熟せると……厄介だな。視線も感じて途切れない」
中学校で計った100メートル走の記録は12秒幾つだった。勿論かなりセーブしてその記録だ。後に虎徹邸の庭で計れば、呪力を存分に使って本気で走って1秒未満で、呪力無しだと2秒だった。世界記録もクソも無いアホみたいな瞬足を叩き出した龍已だったが、ここは人の多い東京なので人を縫って移動している。動物が見ているので建物内に……と思われがちだが、袋の鼠になるので出来ない。
呪力を使って本気で置き去りにしてもいいが、使えば少しだろうが残穢が残って足取りが掴まれる。なので生身の状態で千切るしかないのだ。しかし一向に視線が途切れない。偶然パーカーを着ていたのでフードを被って顔を隠しているが、見られ続けている以上何があるか分からない。
練度が高いのか、走っても走っても視線が切れない。走りながらクロに手鏡を吐き出させて背後の様子を見てみれば、烏が小さく見える程の上空で追い掛けてきていた。なるほど、それならば見える訳だ。人を縫って移動しているので最高速度は出せない。上からならばいくらでも位置が分かる。何て厄介なのだろう。
何が目的なのかは分からないが、こうなれば上からの視界を切る場所へ移動しなくてはならない。直立の高層の建造物が多い東京で、上からの視界を切れるのは限られている。なので龍已は携帯を取り出して自然公園の住所を調べた。
「……ここからだと車で25分。俺の脚なら10分か。精々ついてくるといい」
真っ直ぐに進もうと思っていた道を右折し、道路の上にある青い道案内標識を見ながら疾走する。目指すは木が生えていて上空からの視界を遮ることが出来る自然公園である。但し、一直線に向かえば目的地がバレる可能性があるので、フェイクを混ぜたりしていく。
「──────おやおや。なんて足が速いんだいあの子は。烏の視界を繋いでいかないと見失いそうだよ。中学生かな?それにしてはあの黒い銃や、調伏済みだろう武器庫呪霊の所持。あの足の速さだとフィジカルギフテッドの天与呪縛かと思えば、呪力も術式も使っていた……ふふふ。不思議な子だねぇ」
車の中に居るプロポーションが抜群の女がうっそりと呟いた。この女こそが烏の視界を共有している存在で、龍已が烏の目から視線を感じているという、その視線の張本人である。名を冥冥。勿論偽名である。東京の呪術高等専門校で現一年生をしていて、任務終わりである彼女。
周辺に呪霊が居ないか確認するのを目的として烏を飛ばして呪霊の有無を確認していれば、大学の前で立ち止まった子を見つけた。何となく烏で見ているとどこから出したのか黒い銃を手に取り、大学生の肩に乗っていた呪霊を祓った。それもかなりの早業。辛うじて捉えられたという速度。なのに正確に呪霊の頭部真ん中に、呪力の弾丸を叩き込んだ。
呪術師に於いて銃を使う術式という者は聞いたことが無い。なので、あれはどう考えても普通のものではない。持っている銃も普通のものとは思えない何かを感じた。若しかしたら呪具なのかも知れない。もっと良く見たい。そう思って烏を近づけると顔を隠しながら振り向いた。
烏を通して見ていることを察知された。烏が持つ微量な呪力を使って見ているので、殆ど普通の烏と同じなのにバレた。そしてその烏を、恐ろしく速い早撃ちで殺された。他にも烏が居たので良かったが、俄然興味が出た。それに、呪力を持つ者や、術式を使う者は須く報告せよと言われているのだから仕方ない。
「──────夜蛾先生、面白い子を見つけたのですが、もしかしたら私では対処が出来ないかも知れないので応援をお願いします。場所は〇〇を猛スピードで移動中です。私の烏が追っていますが、このままだと振り切られます。フェイクを混ぜていますが、恐らく〇〇の自然公園が目的地でしょう。先に辿り着かれたら烏が見失うので、急行して下さい」
『了解した。近くに居るからすぐに向かう。術式やそいつの身体的特徴は分かるか』
「術式かは分かりませんが、呪具らしき銃を使って呪力の弾丸を撃っていました。二発しか見ていませんがかなりの腕です。呪力による身体強化をせずに人混みの中で100メートルを5秒前後で走っています。身体能力が尋常ではないと思われ、遠距離も熟せる。服装はジーンズに黒のパーカー。フードを深く被って顔を隠しています」
『解った。見失うなよ』
「了解」
冥冥は自分一人では相手にするのは厳しいと判断を下し、呪術高専で教鞭を取っている夜蛾という男性に電話を掛けた。一級術師である彼ならば大丈夫だろう。それに微力かも知れないが自身が援護に入れば良い。
フードを被られる前の後ろ姿は、かなり若かったので、自身より小さいという判断は間違っていないはず。なので中学生だという推測は当たっているはずなのだ。ならばあの力量と呪具。術式を介して見ている事も察知してフードを瞬時に被る判断力。一般人が偶々術式を自覚したにしては対応が慣れている。任務が終わってやることが無かったので実に良い。面白い。
冥冥は烏の視覚共有で猛スピードで逃げている男の背中を見ながら笑みを深くした。これで、男が持つ呪具が金になる話ならば最高だと、金のことを考えながら。
「結局烏は振り切れなかったか。それにどうやら、操れるのは烏だけで、攻撃性は殆ど無いと考えていい。術式が些か広いのは厄介だな。撃ち落としたいが……残穢が残って足が付く。実弾だと音が響いて要らぬ騒ぎになる。面倒な術者に見つかったな」
目的の場所である自然公園まで後少しというところまで来た龍已は、独り言ちていた。今日は折角の休日で釣りの気分だったから、こうして東京まで来て釣りをしていたというのに、良い気分だったというのに、どうしてこんな面倒な事になっているのかという思いだ。
しかしもう終わる。自然公園に生えている木々によって上からの視線を切り、降下して来る前にクロが呑み込んでいる替えの服に着替えて素知らぬ顔で他の来客に紛れ込む。そして時を見計らって帰れば終わりだ。面倒な事に捲き込まれて道草を食う羽目になったが、今回は仕方ないことだろう。これを糧に学び、同じ過ちを繰り返さなければいいのだ。
龍已は自然公園の中に入り込んで烏の視線が切れた事で、適当な場所で着替えようとした。しかしふとした違和感に気が付いた。人が多い筈の東京の自然公園内に全く人が居ないのだ。目的に気が付かれて先を越された。そう判断した時、横から呪力の気配を感じ、近付いてきた。迷わず回し蹴りを叩き込むと、触れた感触は柔らかい物だった。
「──────止まれ。俺は東京都立呪術高等専門学校で教師をしている夜蛾正道という。お前には聞きたいことがある」
「すまないね。大人しく付いてきてくれれば、私達は手荒な真似はしないよ。約束する。少し話を聞きたくてね」
「……………………。」
回し蹴りで蹴り飛ばしたのは、ずんぐりとした体型の牛に手足を付けたような、あまり可愛いとは言えない人形だった。その人形を迎撃するのに止まってしまい、そこへ泣く子も更に泣き出す強面のゴツい男と、ボディラインがはっきり分かるタイプの制服らしきものを着ている、大きな戦斧を持った綺麗な女性の二人が現れて囲まれた。
フードを深く被っているので顔は見られていないと思うが、この状況は些か拙い。相手が呪詛師ならば問答無用で殺しにいくが、この追い付いてきた二人は正規の呪術師だ。況してや片方は呪術高専で教師をしているときた。変に傷を負わせれば呪詛師認定されかねない。
声を出すことは出来ず、拒否するように頭を左右へ振ってみせる。それを見た夜蛾は腰を落として拳を構え、冥冥は手に持つ戦斧を構えた。先程蹴った人形……呪骸も戦闘態勢に入って目……と思わしき部分が剣呑となった。
「正規の呪術師ではないお前の術式行使を目撃している。悪いがここで逃がすわけにはいかない。大人しく付いてこないというのであれば、実力行使に出る」
「話を聞かせて欲しいだけなんだけれどね。応じないなら少しだけ痛い目を見てもらうよ」
「…………………。」
「そうか──────では仕方ない。行くぞ冥冥」
「えぇ、分かりました」
人の居なくなった自然公園内で戦闘をする事になってしまった。しかも明らかに手練れと思わしき男と、索敵に優れた女が居るという状況だ。それに加えて正規の呪術師なので下手に怪我はさせられないし、殺すのは以ての外。色々と戦い辛い。
戦闘態勢に入っていた二人と一つ?が一斉に動き出した。初速が速かったのは夜蛾で、一歩の踏み込みで数メートルを移動して龍已の目前にやって来た。脇を締めた強力な正拳突きに、洗練された呪力が纏っている。やはり手練れだ。呪力の動きで先読みしようとしたが、流れが全身で均一で直前まで分からない。
打ち込まれる右拳に左手の甲を添えて受け流し、そのままの流れで右肘を顔面へ叩き込もうとすれば、小さな体の呪骸が夜蛾の目前を通って龍已の右脇腹へ突進してくる。呪力の気配を読んで察知し、左脚を下から振り上げるように回し蹴りを放った。呪骸はそのままのぶち当たり、夜蛾は呪骸に当たったことで減速した回し蹴りを屈んで回避した。
後ろから風を切る音が聞こえた。冥冥の持っていた戦斧と判断して背後を向きながら、地面と水平に向かってくる戦斧の腹に拳を当ててかち上げた。龍已の膂力に致し方ないので呪力を纏わせて弾いたのだ。近接に覚えのある冥冥といえども大きく弾かれた。隙が生まれる。絶好の機会。しかし、それを夜蛾が許さない。
二対一の猛攻で体勢が崩れ掛けている膂力に足払いが飛んでくるが、敢えて跳躍して回避し、体を捻り込んで空中で高速に回転。遠心力の乗った蹴りを冥冥では無く夜蛾に向けた。咄嗟に腕を呪力で覆い、クロスさせて受ける。途端、夜蛾は目元を顰めて後方へと吹き飛んでいった。尋常ではないパワー。決して体が小さい訳でも無く、乏しい体付きをしている訳でも無い夜蛾が吹き飛ばされ、背後の木に当たってへし折ってまだ飛んでいく。
筋骨隆々には見えない体付きなのに、その見た目からは有り得ないほどのパワーに、多少なりとも驚いている冥冥へ、腰の入った拳を向けた。持っている戦斧を構えて呪力も纏わせて全力で防御する体勢に入った冥冥の行動を裏切り、向けられた拳は打ち込まれる寸前で開いて柄を掴んだ。
咄嗟に捻りながら引いて奪取されないようにする冥冥だったが、戦斧が全く動かない。鋼鉄の壁にめり込んだ戦斧を回そうとしているような気分となり、気が付いたときには空中に放り投げられていた。武器を掴んだまま上に持ち上げたようだ。冥冥を含めて。
空中に飛ばされた勢いで手から戦斧が離れてしまった。再び隙だらけとなった冥冥に戦斧による追い打ちが来ると思いきや、戻ってきた呪骸が襲い掛かる。しかし、そこで冥冥は目にする。龍已が扱う戦斧の早業を。
飛び掛かる呪骸に戦斧を構えた龍已は、目にも止まらぬ速さでそれなりの重量があるはずの戦斧を振り回し、牛を基にしたような呪骸を原形が分からなくなるほどに斬り刻んだ。冥冥は悟る。武器の扱いが確実に自身よりも数段も上。それは今の動きだけで解った。そこに加えてあの腕力に反射神経。加えて多対一の戦闘に慣れている。
「……ふぅ。すごいね。その武器の扱いには惚れ惚れするよ」
「……………………。」
対峙する冥冥と龍已。持っていた武器は取られてしまったが、そのお陰で解ったことがある。右手に戦斧を持って背後に回している。攻撃的では無いし、殺す気ならば夜蛾が戻ってくる前に突っ込んで来るはずだ。それにあの黒い銃だ。烏を通して視た術式らしいものを使う様子が無い。
そういうブラフの可能性もあるが、どちらかというとタイミングを見計らっている節がある。攻撃も激しくして来ないし、何と言っても殺意が無い。顔を絶対に晒さないようにしているのも見ると、ある程度の呪術に関する知識等があれど、その関係者には身バレをしたくない訳ありということになる。
「──────君を甘く見ていた。少し本気でいかせてもらう」
「………………っ!」
蹴り飛ばした方向から夜蛾が静かに歩いて戻ってきた。傷らしい傷は全く無い。少し服が汚れているだけだ。本気でやったわけでは無いにしろ、それなりの力を籠めて打ち込んだ筈なのだが、流石は一級術師といった具合だろうか。そしてそんな夜蛾の呪力が膨れ上がり、自然公園の方から人と同じ位の大きさの呪骸が三つやって来た。籠められている呪力がかなり多い。本命の呪骸なのだろう。
数の利は圧倒的に相手の方が優勢。下手に怪我をさせてはダメだし、身元がバレるのは避けたい。ならばどうにかして逃げ果せるしがない訳だ。それが叶う作戦は、現時点で一つしか思い付かない。龍已は駆け出した。自然公園の方へ向かって。それを追い掛けて三つの呪骸と夜蛾、冥冥が烏を連れて来る。
「行け……ッ!!」
「………………っ!!」
「私のことを無視しないで欲しいね」
自然公園の中に入ると、呪骸が襲い掛かってくる。ゴリラとカバとサイを基にした人間大の呪骸は、見た目によらず素早い動きで肉薄にしてくる。だがこちらとて生まれてすぐに近接が命の武術を修めて来たのだ。近接戦で負ける訳にはいかない。
振るわれる呪骸の拳を紙一重で躱し、背後にあった木が折れて倒れる。戦斧の刃ではなくて峰の方を向けて横凪に叩き付けた。三つ捲き込んで戦斧をぶち込んで、三方向に吹き飛ばした。その威力は進行方向の木々を薙ぎ倒していくほど。しかし人形である呪骸に痛みや恐怖は無い。動ける限り動き続け、襲い掛かってくる。
人形に呪力を籠める事で自由自在に動かす傀儡操術。術者が敵に近付くこと無く距離を取って戦闘をやりくりする事が出来るが、夜蛾は自身で戦闘を熟す。夜蛾単騎でもかなり手強いのだ。それに特別な特級を除けば最も位の高い一級術師である。戦いなんてこれまで数え切れないほど行ってきた。
「良い反射神経──────だッ!!」
「………っ………」
「そろそろ私の戦斧を返して欲しいねっ!」
3つ呪骸が吹き飛ばせど吹き飛ばせど、立ち上がって一目散に向かってくる。生物では無い呪骸には痛みも無く、骨が無いので無理な可動域が無い。つまり人形特有の柔らかさを使って衝撃をある程度の吸収する。例え叩き付けられて木々をへし折ろうとも、戦闘不能にはならない。
そして呪骸にばかり気を取られる訳にもいかない。夜蛾と冥冥も龍已の差し迫ってくるのだ。出来るだけ深手を負わせないようにはしているが、相手が手練れなのでそうも言ってられなくなる。自然公園内を3人と3つで縦横無尽に駆け回り、生えている木々や公園の遊具を破壊していく。
自然豊かな人気のある公園だったのだが、裏に生きる呪術師に見るも無惨な姿に変えられていく。この公園で良く遊んでいる子供達が見たら泣き叫ぶだろう。そして東京の知事が
ヒットアンドアウェイ戦法で常に動きながら戦っていた龍已が、周りを囲まれたと同時に、冥冥の戦斧を地面に突き刺し、掌を見せて待ったを掛けた。今までずっと戦っていたのに、突然の意思表示に固まった夜蛾達に、袖元まで這ってきたクロが手帳とペンを吐き出して受け取り、何かをサッと書いて夜蛾達に見せた。
『何か気付かないのか』
「……何?」
『すまないが、ここまでだ』
「──────ッ!!」
筆談で使った紙をクロが吐き出したライターで炙って燃やし、使ったものを呑み込ませると、冥冥が目にした黒い銃の『黒龍』を一丁だけ吐き出させ、真下に向けた。そして引き金を引いて発砲。銃口から円状に放たれた呪力の衝撃波が辺りを包み込み、龍已の体を遙か上空に弾き飛ばした。
逃げられる。そう思った夜蛾達は、先程筆談で交わした言葉を思い出す。何かに気が付かないか。そう言われて辺りを一瞬だけ見渡せば、気付かざるを得ない。捕まえようとする一心で激しく戦闘していた事で見るも無惨な状況になっている自然公園。木々が幾本も薙ぎ倒され、大きな木製の遊具が砕けて倒れている。
夜蛾が目を少しだけ見張って上空へ弾き飛んだ龍已に急いで顔を向ける。嫌な予感は的中した。龍已は空へ逃げたのではない。空へ跳んで地面から離れ、助走を付けているのだ。袖から顔を出したクロが長い柄を吐き出し、それを掴み取って引き抜いた。姿を現したのは長い柄と、その先には大きな鎚が付いていた見る限り重量がありそうな無骨な戦鎚だ。
まだ手に持っている『黒龍』を上に向かって発砲し、跳び上がった時とは逆に、目にも止まらぬ速さで地面に向かって墜ちてきた。手に持った『黒龍』を口に咥え、戦鎚を両手で持ち直して縦回転し、呪力をあらん限り解放した。瞬間、夜蛾と冥冥は感じられる呪力量に背筋を凍らせ、硬直した。
──────黒圓無躰流……『
地面に全力で戦鎚を叩き付けた。震度の高い地震が発生したように感じる揺れが襲い掛かり、先までの戦闘で薙ぎ倒されていた木々が、戦鎚を叩き付けた事によって広がる衝撃波である程度の大きさに砕かれながら舞い上がり、視界は巻き上がる砂埃によって遮られた。
大爆発に間違う広範囲の衝撃を受け止めきれず、夜蛾と冥冥は顔を腕で防御しながら吹き飛ばされていった。油断した。つい複数人で掛かっているのに殴打の一つも打ち込めない相手に夢中で、周囲にまで気を回していなかった。そこを突かれた。冥冥が感じたタイミングを見計らっているような様子は、薙ぎ倒された木々がある程度集まるのを待っていたのだ。
してやられた。一級術師に応援を頼んで一人を追い掛けていたのに、まんまと出し抜かれてしまった。砂埃が暫くしてから晴れて、特に傷は無い夜蛾と合流した冥冥は、何を考えているのか分からない微笑みを浮かべながら戯けるように肩を竦めた。
「先生の呪骸はどうですか?私の烏達はあの衝撃の中、一羽も残らず撃ち殺されていますよ」
「俺の呪骸も3つとも核を一撃で撃ち抜かれている。残穢は上から降り注いだ木々の残骸と遊具の欠片の所為で視えない。奴の気配と呪力も一切感じられない。逃げられたな」
「まあ、私は面白いものが見られたし、戦斧も返してもらったので構いませんがね、ふふふ。随分と優しい武芸者でしたよ」
「はぁ……この有様は頭が痛い。報告書を書かねばな。冥冥は任務が終わったのだろう、このまま高専へ帰っていい。後は俺が対応しておく」
「えぇ。では頼みますね」
悲惨な現場となってしまった元自然公園の真ん中で、夜蛾は強面な顔を歪ませて更に凶悪な顔付きになっている。耐性が無ければ通報されかねない。見慣れている冥冥は微笑みながら、地面に突き立てられている戦斧を引き抜いてその場を後にした。
因みにこのあと爆発か!?と騒ぎになって、事態を沈静化させるのに苦労した夜蛾である。
「……っ………下水道に初めて入ったが……恐ろしい臭いだ」
龍已は黒いローブの特級呪具を着ながら下水道を歩いていた。まさか烏を介して見られ続け、逃げ切れると思えば応援要請を受けた一級術師と合わせて戦闘になるとは思わなかった。
巻き上げた砂埃の中で口に咥えていた『黒龍』を使い、呪力と空を飛ぶ気配を目印に烏を一羽残らず撃ち殺し、かなりの呪力が籠められている呪骸の、最も呪力が集中している箇所を撃ち抜いてその場を離脱し、途中でローブを身に付けて気配と呪力を消しながらマンホールの蓋を力業でこじ開けて中へと入った。
残穢は木々の残骸で見えなくなっている筈なので、追っては来まい。それに帳が降りていなかったから今の衝撃で騒ぎになり、追い掛ける暇が無いだろう。どうにか撒けた事に、はぁ……と溜め息をつきながら、車で待機しているであろう使用人に電話を掛ける。
こうして、危なく呪術高専の者達に捕らえられそうになった龍已は、逃走を成功させたのだった。
冥冥
お金が全ての呪術高専一年生。黒鳥操術という烏を操る術式を持つ。視覚を共有する事も出来る。龍已を見つけた張本人。色々と不思議な龍已が居たので夜蛾を召喚した戦犯。ちょーめんどいことになった。
この時はまだ武器術はそこまででは無かった。これを機に思いっきり鍛練を積む。
夜蛾正道
呪術高専で教師をしている超強面な屈強な男。近接強いのにカワイイ?呪骸を使って複数対一の状況を作ってくる。
冥冥から連絡があったので、念の為強い呪骸3つを持ってきた。補助監督が。
龍已が地面に叩き付けた呪具
名前は無く、呪力を籠めると重さが増加する術式を持つ。虎徹作。
『
上から武器を叩き付け、衝撃を辺り一面に流して広範囲の破壊を撒き散らす。今回は薙ぎ倒していった木々を上に持ち上げて飛び散らせ、残穢を埋めて隠すために使った。