呪術廻戦───黒い死神───   作:キャラメル太郎

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第十二話  漏洩

 

 

 龍已は歯噛みした。あの時核を撃ち抜いた3つ呪骸、めっちゃパワーアップしてやがる……と。

 

 

 

 何者か解らない者に邂逅して、自然公園でまんまと逃げられた時から、夜蛾は核が潰された事以外は殆ど無傷の3つの呪骸をパワーアップさせた。毎日呪力を流し込んで呪物に近い存在にし、弱点が丸わかりになってしまっていた核をブラフとして幾つも用意した。その数10。合計核が11個あるように思える呪骸の完成だ。

 

 攻撃力も防御力も格段に上がり、最近教師として黒板の前に立つことが多かったので鈍り気味だった近接格闘を鍛練し直し、呪骸の操作技術を上げ、マニュアルでやっていた操作をオートでも出来るようにした。また一級として強くなった夜蛾は、次同じような事があっても、絶対に相手を逃がさないように気を付けようと心に決めていた。

 

 結果として、夜蛾を戦闘不能にすれば帳は晴れるものの、呪骸が邪魔で仕方ない。しかもブラフの核が壊れると、他が補い合って壊した核が復活する。本当に怠い。

 

 話を聞きたいと言われて、ハイそーですかという訳にもいかない。というか身分がバレたら洩れなく飼い殺しが決まる。親友達が殺されるかも知れない。危害を与えられるかも知れない。それだけは絶対に阻止する。だから今は兎に角この場から逃避しなければならない。

 

 病院の前の、コンクリートを突き破った強かな雑草が所々で生えている駐車場で、龍已と夜蛾及び呪骸は凌ぎを削っていた。普通の弾よりも速度が上な呪力弾を躱す夜蛾には、何故躱せるんだと内心愚痴り、一方夜蛾は肌スレスレを通過していく呪力弾に肝を冷やしていた。

 

 この病院の中には任務で派遣された負傷している呪術師が居て、まだ呪霊が居ながら自分達は怪我で動けないということで、戦闘員として夜蛾と、傷を治す為に現中学二年生の家入という少女を連れていた。夜蛾が中に居る呪霊を祓い、見つけた負傷者2人を連れて戻って家入がある程度治療し、車を走らせて少ししたら、黒い格好をした者に追われている奴を見つけた。

 

 明らかに車の前で待機させていた家入に向かっていった者を呪詛師と判断して横から息を潜めて呪骸を放って気絶させた。獲物を取られた事で立ち止まった黒い格好の者を、一瞬で黒い死神と断定した。全身を薄く覆っている呪力は全て完璧に均一で、存在感が大きい。立ち姿に隙が無さ過ぎる。

 

 少し手の込んだ帳を降ろしたのは殆ど無意識だった。“上”からも黒い死神を見つけたら捕らえよと言われているので丁度良かった。今ここで捕まえる。そう心に決めて始めた戦闘を、夜蛾はここ最近久しく感じていない焦燥感を心底感じていた。

 

 

 

 ──────射撃の腕が良い。回避が間に合わなければ眉間に当たっていた。その他の狙いも急所。それを3つの呪骸と俺の戦闘を行いながら放ってくる。近接も強い。一撃を掠らせることすらも出来ない。だが解らん。持っているであろう膨大な呪力と弾に籠められた呪力が比例していない。まさか……“呪術師”である俺を殺さないようにしているのか。だとするならば、呪術師に危害を加えて呪詛師認定されることを警戒しているな。だが何の為だ?……訳ありのようだな。

 

 

 

 ──────……前回やりあった時と同じ呪骸だが、明らかに攻撃力も防御力も速度も、内包する呪力も桁外れだ。更には11個の核と思われし呪力の集中箇所。ブラフをここまで用意出来るものなのか?操作していると思い、呪骸3つを違う角度でほぼノータイムで狙ったにも拘わらず、それぞれ別々の動きで完璧な対処をした。つまりこの呪骸をオートで動かしているという事になる。やり辛い。そして一番やり辛いのがこの夜蛾という男だ……俺の弾を避ける。まあ、()()直線状に飛ばしているから避けやすいだろうが、前回よりも格段に強くなっている。

 

 

 

 ──────この黒い死神という男は俺が帳を降ろした事に、既に気が付いている。つまり俺が気絶でもすれば帳が晴れて逃がす事になる。帳の中に入れざるを得なかった硝子を狙う様子は見当たらない。やはり呪詛師と断定されることを避けている。俺に対する攻撃も言っては何だが温い。結果として、この戦いは俺が有利。しかし戦況は俺が不利だ。この男が来る前の呪霊との戦いに、今の戦闘による呪骸への呪力供給。無視は出来ない消費量。戦いを長引かせれば俺が先に尽きる。何か切っ掛けがあれば……。

 

 

 

 ──────夜蛾という男から感じる呪力の気配がかなり小さくなっている。去年の時に感じた呪力量からして、今は七分の一といったところか。察するに、俺と会う前に此処で呪霊か何かと戦闘して呪骸を使い、それ程時間が経っていないと見える。それに加えてこの視覚情報よりも速度が速い効果を付与した帳を降ろした。消費呪力量は圧倒的にあちらが不利。代わりに俺はこの戦いが目的からして不利。相手は俺が容易に傷付けられないことを悟っている。故にある程度安心して心の余裕がある。だが戦況は俺が有利。時間さえ稼げれば、帳が降りて俺の勝ちとなる。

 

 

 

 腹を探り合う。有利不利を見分けて戦況を正しく認識する。見せる行動一つ一つにブラフを織り交ぜて、相手が不利になるような情報を刷り込ませる。龍已は何があろうと此処で捕まる訳にはいかない。捕まれば、喋るつもりが無くても何らかの呪術を使われて喋らされてしまうかもしれない。それが一番怖い。

 

 最後の手段として自決用呪具が仕込まれているが、好き好んで死にたいとは思わない。死ねば親友とも会えなくなるし、幸せだった家族との思い出も思い出せなくなる。そんなのは誰だって嫌だ。だったらこの夜蛾という男と車の所に居る少女を殺せば良いのだろうが、そんなことをしたら確率が低かろうが呪詛師と認定され、本格的に呪術界から狙われる。

 

 黒い死神は全ての呪詛師に嫌われている。自分達を専門に必ず殺す目の上のたん瘤。それを殺せる手段が呪術界から得た情報を基に、実現出来るものだと判断したら?当然やる。況してや龍已の大切な者達は非術師だ。仕留めるのは容易い。

 

 いくら情報を隠そうとしても、この世に絶対は無い。何時かは黒い死神の情報が少しずつ漏れていく筈だ。とても生き辛い。満足に親友達と語り合えなくなる。会うにも姿を隠さなくてはならなくなるだろう。だがそれでも良かった。自身が苦労するだけで、今感じている幸せをこれからも享受出来るなら。

 

 自分はどうなっても良い。だけど親友達は、呪術も何も無い、命の奪い合いを知らない非術師の親友達だけは、将来を幸せに過ごして欲しい。愛する誰かと会って、交際し、結婚し、子供に恵まれ、皺くちゃな年寄りになって老衰で死んで欲しい。その為ならば、俺はなんだってしてやる。それが、大切なものが少ない自身に出来る、最大の唯一なのだから。

 

 だから捕まらない。絶対にこの戦いに勝つ。必ず逃げ果せてみせる。逃げて、虎徹の家に帰って、また親友達の笑顔をこの眼で見るのだ。龍已は固い決意を胸に、頭では冷静に、二丁の『黒龍』を強く握り締める。

 

 

 

 しかし……神は黒圓龍已に微笑みはしなかった。

 

 

 

 凌ぎを削っている夜蛾と3つの呪骸達の戦闘中、ふと湧いたような気配に最初に気が付く。場所は少女のいる車の方角。距離は少女の更に奥。この帳内に誰かが入り込んだ?いや、少女が居るのは帳の中央と言っても過言ではない。応援か?だとしたら突然姿を現した事になる。不自然だ。術式によるものという可能性は?呪力の気配がしなかった。術式は使用されていない。

 

 脳内で不確かな情報を繋ぎ合わせて正解を導き出す。此処へ来る時に何をしていたか。呪詛師殺しとして呪詛師を追っていた。その時呪詛師はどうなったか。夜蛾の呪骸によって殴打されて壁に激突し、()()()()。その位置は。今気配を感じた場所と正確に重なる。結論は。気絶した呪詛師が目を覚ました。これからどうなる。最も近くに居て最も戦闘力の無いだろう少女を狙う。

 

 龍已が追っていた呪詛師は、少女を主に狙う下衆。標的と決めると瞬間移動の術式で連れ去る。触れた相手も共に連れて行ける呪詛師は、人気の無いところへ連れて行き、犯し、辱め、蹂躙し、己の快楽のために殺すのだ。それが今、起きて少女を目にした。この状況を安全に逃げられるように人質に取る可能性がある。だから、龍已は少女の居る方とは反対側に『黒龍』を二丁構えた。

 

 

 

「──────きひひッ!!俺の勝ちだァぁぁァッ!!」

 

 

 

「──────死ね」

 

 

 

 ほらな、やはり狙った。コイツらは呪詛師で塵芥だから。

 

 

 

『黒龍』から放たれたのは、膨大な呪力を波動状に拡散させたもの。これにより何も無いところで呪力の壁が生み出され、撃ち放った膨大な呪力で爆発的推進力を得る。結果として『黒龍』で撃った方とは反対方向に向かって、驚異的な速度で突き進む事が出来る。

 

 呪詛師なんぞに誰も殺させやしない。あの日、愛する父親と母親を殺した呪詛師を、小さかったこの手で殺した時に誓ったのだ。この世に居る呪詛師を全て殺して殲滅し、呪詛師の手で殺される人を救うのだと。己と同じ目には、気持ちにはさせないと。その為に今まで呪詛師を皆殺しにしていたのだ。

 

 目の前で狙われていると解っているのに、無視は出来なかった。例え狙われている身だと解っていても、戦闘中でも無視出来なかった。視界の端が自身の動体視力でも捉えられないような速度の中で、まだまだ未熟だと感じた。捕まる訳にはいかないのに、知りもしない少女が呪詛師に狙われているというだけで、圧倒的不利の一手に出てしまうのだから。

 

 だが、その代わりに少女よ、安心するが良い。お前を狙ったそこの塵芥の害虫は……この手で確実に殺してやるから。黒い死神として、呪詛師に最愛の両親を殺された呪詛師殺しの黒圓龍已として。

 

 座り込んでいる状態から瞬間移動の術式を発動させ、少女の前に現れて飛び掛かる。少女はまさか突然目の前に呪詛師が現れると思わなかったのか、目を見開き固まる。魔の手が伸びて触れようとした瞬間、恐るべき超速度で飛んできた龍已が呪詛師に飛び付いて石の塀に頭を叩き付けた。

 

 ばきゃりと骨が砕けた音が鳴り、呪詛師が白目を剥いても龍已は止まらなかった。呪詛師の肩に指をめり込んで貫通するほど力を籠めて押さえ付けると、『黒龍』の銃口を呪詛師の顎下に突き付け、引き金を引いた。瞬間、尋常じゃ無い爆発音が響いた。撃ったのは呪力を纏った実弾である。

 

 製作者の虎徹によって魔改造された『黒龍』は、戦車の厚く硬い装甲をぶち抜いて中の人間を殺す事が出来る炸裂徹甲弾を撃てるようにしてある。それを人間の顎下から脳を狙って撃ち込んだ。弾の威力によって頭頂部は爆発して吹き飛び、脳髄が飛び散った。しかし龍已は止まらず、爆発音が鳴る炸裂徹甲弾を全弾十二発撃ち込んで顎から上を消し飛ばした。

 

 そして今度は呪力弾に変えてそのまま死体となった呪詛師の心臓に5発撃ち込み、内部で爆発させた。心臓だけでなく肺、胃、背骨、その他諸々を粉々にした。反転術式を持っていようが確実な死をくれてやった。

 

 襲われた少女は何時の間にか黒い死神が呪詛師を捕らえ、これでもかと初めて聞くような高威力の弾丸を撃ち込むのを呆然と見ていた。どう見ても異常な行動を取っている彼。“あの時”の冷静沈着な様子とは違って別人に思える黒い死神に、少女は一抹の不安を覚えた。そして、呪詛師を殺した黒い死神に、3つの呪骸と夜蛾が飛び付いた。

 

 

 

「くッ…ぐゥ゙……ぁ゙あ゙……ッ!!!!!!!」

 

「すまないッ……本当にすまない……ッ!!!!!」

 

 

 

「フゥ゙……っ!!フゥ゙…………っ……………ぅ゙…………────────────」

 

 

 

「……夜蛾先生。黒い死神のおにーさん……もう落ちてます。やめて下さい。その人、私の命の恩人なんで」

 

「……あぁ。……お前の命を二度も救った命の恩人だ。悪いようにはしない」

 

「……説得力、無いですけどね」

 

「………………すまない」

 

 

 

 夜蛾は黒い死神の龍已の背中に飛び付き、首に腕を回して絞めた。脚は龍已の腕を捲き込み、3つの呪骸は夜蛾と龍已を包み込んで全力で固めた。常人では考えられない剛力の龍已は、巻き込まれて封じられた腕を、呪力で強化して無理矢理剥がそうとするも、対抗して夜蛾も残り少ない呪力を全て使って体を強化し、呪骸にも全力で2人を固まらせた。

 

 首が絞まって呼吸が出来なくなり、意識が朦朧としてきた。やはりこうなった。己がまだ未熟だから。弱いから。それなのに……親友達の将来を幸せに彩らせるなんて……本当に笑い話にもならない。身の程を弁えない弱者、それが黒圓龍已の正体だ。決して、全呪詛師の敵である黒い死神なんて、御大層なものでは無いのだ。

 

 これからどうなるのだろうか。生まれてから今までの事を喋らされるのだろうか。正体は確実だとして、交友関係もだろうか。拷問はされるのだろうか。他者よりも優れたこの体を隅々まで調べて解剖でもするだろうか。まあこの体がどうなろうがどうでもいい。どうせ自決して全ては無に還るのだから。

 

 こうなるんだったら、ケン、カン、キョウ、虎徹達と最後の会話を楽しんでおくんだった。心底悔やみ、心残りを残しながら、龍已は夜蛾の手によって意識を奪われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────……っ…………………。」

 

「夜蛾さん。彼が起きましたよ」

 

「……おはよう。手荒な真似を取ってすまない。俺は此処、東京都立呪術高等専門学校で教師をしている一級呪術師の夜蛾正道という」

 

「………………………。」

 

 

 

 ぼんやりと意識を取り戻した龍已は、椅子に座らされ、後ろ手に縄で厳重に縛られていた。脚も膝の辺りまで縄で厳重に縛られていて、少し力を入れても抜け出せる気がしない。というのも、体を動かそうとした時に筋肉が上手く動かせなかった。どうやらこれ程頑丈に縛っておきながら、筋肉弛緩剤の類の薬を打ち込んだようだ。動きの一切を許さないらしい。

 

 居るのは呪符が壁一面に貼られた、蝋燭の光が頼りの部屋。前には夜蛾と顔を隠した細身の男性。背後に何者かが居る。つまり自身を入れて4人だ。

 

 自身の現状を確認すると、椅子に座らされて、手脚は一切動かないほどキツく……恐らく呪力を無理矢理抑えさせる効果のある縄で縛られている。筋肉の動かし辛さから筋肉弛緩剤を打たれている。特級呪具の黒いローブが取られている。素顔は完全に晒された。武器庫呪霊のクロは取られている。持っていた『黒龍』は当然取られていて、レッグホルスターすらも取られている。つまり何も持っていない。

 

 口も重ねて厚みを増した布を噛まされて舌を噛めないようにされている。さぁ、これからどうなるのだろうか、暴力を伴った尋問でも始めるのだろうか。高等専門学校と言ってはいるが、所詮は表向きの名前だ。その本性は頭のネジが外れたイカレの多い呪術師が生み出される機関だ。この世の“普通”が有るわけが無い。

 

 

 

「まず、君の事を教えて欲しい。そして出来れば、呪詛師殺しの黒い死神ではなく、正規の呪術師として、我々と共に呪霊を祓ってはもらえないだろうか」

 

「……………………。」

 

「君はその歳にしてはあまりにも実力があり過ぎる。まだ中学生だろう。これからもまだ伸び代は十二分にある。非公認の呪詛師殺しとするには勿体ない。歳も丁度良い。俺としては君には此処で呪術とは何たるかを全て理解し、学んでもらい、呪術師となってもらいたい」

 

「……………………。」

 

「呪術界は万年人手不足。是非とも検討してくれ。そしてすまないが、君の事を教えてくれ、頼む。手荒な真似はこちらとしてもしたくない」

 

「……………………。」

 

「……口の布を外す。他人の傷を癒す事が出来る者が控えているから、舌を噛む等の抵抗は無駄だと頭に入れておいてくれ」

 

 

 

 出来るだけ説得するような声色で夜蛾は話し掛け、龍已は無表情のまま目だけは合わせるが返事も身動ぎもしない。まるで人形のようにそこに在るだけ。肯定も否定もしない龍已にやり辛さを感じながら、夜蛾は龍已に一歩近づいた。

 

 手を伸ばして龍已の頭の後ろで縛られている、口を縛っている布を外した。口が自由になり、長時間咥えさせられていたのだろう、布と口を銀色の唾液が繋がった。

 

 顎を少しだけ動かして固まっていた顎の筋肉を解し、鈍い痛みを感じながら……舌を奥歯に這わせて自決用の呪具を取り出し、発動させようとした。カプセル状のそれは噛み砕くことで発動する。しかし……龍已の思惑とは別に、呪具が入っている筈の奥歯は、そこには無かった。気絶させられている間に、どうやら抜き取られたようだ。

 

 情報を得られてしまう前に、自決しようとした龍已の決意は踏み躙られ、心の中に巣くうのは絶望だった。この時の為に造って貰った呪具は、目の前の者達に取られた。舌を噛んで自決しようと、傷を癒す者が居る限り徒労に終わる。息を止めて酸欠になろうと、心肺蘇生をされるだろう。つまり、詰みを意味する。

 

 

 

「……自決用と思わしき呪具は回収させてもらっている。俺は話がしたい。そしてお前を知りたいだけだ」

 

「殺せ」

 

「あくまで、俺はお前を呪術師として──────」

 

「──────殺せ」

 

「………………はぁ。仕方ない。……やってくれ」

 

「……分かりました」

 

 

 

 夜蛾の言葉に、彼の傍に控えていた顔を隠した細身の男性が、カプセルのようなものを呑み込んだ。気配からして呪力が流れたので術式を使った。何をするつもりだろうか。そんな龍已の静かな思いは瞬く間に霧散した。

 

 体に何か変なことが起きている。他人に乗っ取られたような、無理矢理『黒圓龍已』そのものに作用しようとしているようで、心底不快な気分だった。全身から一瞬で嫌な脂汗が噴き出て、意図していないのに記憶の中にある龍已の記録が掻き乱されていく。まさか……まさかまさかまさかまさか……己の記憶を吐き出させようとしている?

 

 男が飲んだのは、龍已の体の一部。今回は髪の毛をカプセルに入れて飲み込み、術式を発動させた。対象とする者の体の一部を取り込み、対象者から半径2メートル以内に居る事を条件として、口頭で問われた質問に嘘偽り無く答えさせる、尋問の術式だ。

 

 口が勝手に開こうとしている。何も言うつもりは無いのに、何かを話したくて仕方ないという気持ちを強制されていた。呪力で抗いたいが、呪力は縄の所為で使えない。封じ込まれているから。ならばもう……無理矢理口を閉じるしか無い。筋肉弛緩剤なんて知ったことかと、全力以上に口を無理矢理閉じ、全身の全ての筋肉を稼働させて抗う。

 

 

 

「問い。君は一体何処の誰?」

 

「ぐゔぅ゙……ぅ゙ゔゔゔゔゔゔゔゔゔッ!!」

 

「…ッ……君は、一体、何処の、誰?」

 

「ぃ゙ぎ……お゙……れ゙ッ゙………じィ゙……ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙………ッ!!!!!!!」

 

「君は一体ッ!!何処のッ!!誰ッ!!」

 

「ぉ゙お゙……れ゙…ェ゙………ぐぅ゙ゔ……オ゙ぅ゙……レ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙……ん゙ぐぅ゙ゔゔゔゔゔ………ッ!!!!」

 

「はぁ……ッ!!はぁ……ッ!!夜蛾…さんッ!!この子は一体何者何ですかッ!!黒い死神!?それ以前に本当に人間なのか!!なんで呪力も何も無い状態で、こんなに……っこんなに術式に抗えるんですか!?()()ここまで彼を塞き止めているんですかっ!!本当にこんな事をしていい子なんですか!?」

 

「……ッ」

 

 

 

 鼻血を両方の鼻から大量に流し、全力で食い縛る口からは止め処なく血が溢れ出ている。全身の筋肉を稼働させていることで顔は真っ赤に、眼球も赤く充血し、目からも血が流れ始めた。食い縛る口からは歯がぎしりと音を鳴らして、まるで悲鳴のようだ。

 

 言ってしまいそうになる。単語を言おうとして無理矢理口を閉じて何も言わせない。舌を押さえ付ける。何も言わせない。何の情報をくれてやらない。親友達を絶対に、絶対に知られやしない。頭が沸騰したように熱く、体の何カ所もつってしまい激痛が走り、無理に稼働させ続けていることで、筋肉が断裂している所もある。

 

 体内で夥しい量の内出血を起こしている体を余所に、抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って……ひたすら……親友達の…………笑顔を…………………………………。

 

 

 

「夜蛾さんッ!!まだ続けるんですか!?絶対に何か可笑しいですって!!この子もしかして、絶対に、それこそ自分の命に代えても話せない理由が有るんじゃないですか!?こういう場合、決まってその人が大切なものの事ですよッ!!!!!」

 

「……ッ!!分かった、術式を解──────」

 

 

 

「ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙………ぉ゙……れ゙……は………こ、こぐ……ッこぐえ………ぎ…ィ゙……黒圓ん゙ん゙ん゙……龍已……ッ!!〇〇中がッ……中学ゥ゙……ざん゙年……ご、こ……黒圓無躰流ッ……継承者……ッ!!小学6年の時に゙……ッ!!呪術界御三家ど……その分家の策略で………両親を雇われの呪詛師に……殺され゙……ぁ……ぁ゙…ぁ゙あ゙……天切虎徹……の゙家に……居候……じで……中学一年……の゙時に゙……呪詛師殺しを……始めた…………黒い…死神と呼ばれて………いる……ッ!!夜蛾正道……には……去年……会った……冥冥……という……女にも゙…ォ゙……あの時の……男が………お゙れ゙……だ……ッ!!」

 

 

 

「──────ッ!!アレがお前だったのか……ッ!!」

 

「ごめん……ごめんね……っ!!無理矢理話させて、本当にごめんね……っ!!」

 

「この人があの時の……そーいうことか。やっと繋がった」

 

 

 

 血を吐き散らしながら、龍已は全てを話してしまった。一度言葉が出てしまうと湯水のように出て来てしまい、話さないようにしていた親友達の細かな情報すらも吐いてしまった。絶望した。術式によるものとはいえ、親友達の情報をペラペラと喋ってしまったのだ。これでもう、黒圓龍已=黒い死神となり、ケン達は人質に取られ、自身は一生傀儡となる。

 

 何処でどんなことをしたのか。呪力や術式にはどうやって気付いたのか。どんな術式を持っているのか。どんな天与呪縛を持っているのか。その全てを吐き出した。龍已は辛そうに、目から血と涙を流しながら話し続けた。黒圓龍已を構成する全ての事を、包み隠さず。

 

 暫く話し続けた龍已は、話すことが無くなると糸が切れたように頭を俯かせて何も言わなくなった。異様な空気が漂う。そしてゆっくりと頭を上げる龍已には、元の無表情が張り付けられており、しかしそれはあまりにも……悍ましい表情だった。

 

 

 

「──────満足か」

 

「……………………。」

 

「お前達は俺の全てを知った。そしてこの情報は報告され、何時かは必ず明るみに出る。そうなれば狙われるのは俺の友人達だ。俺を目の仇にしている呪詛師が俺を殺すために彼奴らを狙う。そうじゃなくとも、体良く駒を手に入れた呪術界上層部は俺を脅しに掛けて不詳事を揉み消させる為に使うだろう。今この瞬間、俺は全てを失った」

 

「すまない……それ程の事がお前にあるとは思わ──────」

 

「──────誓おう。俺はお前達を、呪術界を……その全てを呪詛師として認識し、一匹たりとも逃がしはしない。何処まで逃げようと必ず見つけ出し、追い掛け、追い詰め、必ず殺す。今ある現状を享受するがいい。俺はどんな手を使おうと、この世から呪術そのものを消す」

 

「待てッ!!俺はお前の事を話しはしない。此処に居て、お前の事を知った者の俺を含めた3人はお前の事を口外しない。約束する。『縛り』を結んでも構わない。当然、“上”にも報告しない。……お前は報告されていい存在じゃ……ない。本当に……すまなかった」

 

「………………………。」

 

 

 

 夜蛾は龍已に対して深々と頭を下げた。無理矢理聞き出しておいて何を今更と思われようと、兎に角今は謝罪がしたかった。まさか、この子が嘗て近接戦最強の一族と謳われた黒圓の生き残りだとは思わなかったのだ。そして、まだ高校生ですら無いというのに、裏の世界で生きていくことを決意して、今まで生きてきたということも。

 

 簡単に言ってしまえば、夜蛾は龍已の事をまだまだ子供だと舐めていた。呪術界の事や術式の事を聞いて、呪詛師殺しをただやっていると思っていたのだ。それがどうだ。龍已は、両親を殺した、非術師を殺す呪詛師をこの世から消すため、友人の将来を守るために、身を粉にしてこれまでやって来たのだ。

 

 あの時、一年前のあの時の男も彼。顔を絶対に見せなかったのは、身バレを防ぐため。そして防ぐのは、黒い死神であるとバレて上に報告され、大切な友人に危害が及ぶのを恐れた為だ。確固たる理由があって正体を明かさなかった。呪力も無しに術式を、血反吐を吐いてまで耐えたのは友人達の為だった。

 

 そして龍已は宣言した。目の前に自身をどうこうできる、正規の呪術師が居る状況で、友人達を守るために、例え呪詛師と断定されようと、障害は取り除くと。こんな相手に自身は一体何をしたのか。本当に舐めていた。だから反省も兼ねて頭を下げた。

 

 

 

「俺にチャンスをくれないか。今度はしっかりと話し合おう。君のこれからについて」

 

 

 

「…………………。」

 

 

 

 こんな子を呪詛師なんかにはさせられない。腐った上層部にも好き勝手させない。その為にはまず、正規の呪術師としての黒圓龍已を手に入れて貰う。

 

 

 

 

 

 

 そんな決意をしている夜蛾に対して、龍已は全く変わらない無表情を貫き、何を考えているのか解らない琥珀の瞳で、夜蛾の目を見続けていた。

 

 

 

 

 

 

 






夜蛾

何処の誰かを知りたかったのに、何故かとんでもない闇を抱えたこの過去を聞かされた。両親が御三家とその分家から目の仇にされ、既に殺されているのはどういう事かと思ったし、最後の生き残りだと思わなかった。

噂では黒い死神の事は聞いていたが、当時まだ中学一年だとは思わなかった。友人達のためにあそこまで術式に対抗するとは……なんて友達思いなんだ。


狂っているほどの友愛?失礼だな……純愛だよ。




情報を吐かせた呪術師

SAN値がピンチ。とっても心が善良な人。だから心へのダメージが大きい。

え……一般の出だけど……ほんと呪術界ってクソ。




龍已の背後に居た他人の傷を癒やせる人

あ、ふーん?全て繋がりましたわ。

ルービックキューブは6面揃えられるようになりました。ピースピース。




龍已

バレた……まじむり……呪術界の滅ぼそ。


全員殺したるから待ってろや。


早くメンタルケアしないと呪詛師ルート突っ走る凶人ゴリラ。






クロ

えっ……ご主人様は……?檻から出して……。

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