呪術廻戦───黒い死神───   作:キャラメル太郎

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最高評価をして下さった、神斗ad 夜光02 ∞noise 笛吹 秋の夜 さん。

好評価をして下さった、ユーた Hiko293 クリストミス 川徳 当麻 時泥棒 世界の神様 百獣のライコウ nekomamu 霧雨佑夜 おがとん

さんの皆さん、ありがとうございます!




第十五話  感謝

 

 

 

 

「テメェ龍已ッ!!あんだけ強ェのなんで黙っていやがったッ!!表出ろもう一回やんぞッ!!」

 

「今日の午前中に近接の授業は無いわ馬鹿者ッ!」

 

「いっだ!?」

 

「夜蛾先生っ!?なんで妃ちゃんの頭を殴るのです!?最強に強くて美人の妃伽ちゃんを殴るくらいなら……俺を存分に殴って下さいッ!!」

 

「私が最強だァッ!?嫌味言ってンじゃねぇぞぶっ殺すぞクソザコがッ!!死ねッ!!」

 

「殺意が強いっ!?」

 

「はぁ……」

 

 

 

 次の日の朝、妃伽は龍已に突っ掛かり、龍已に突っ掛かる妃伽に慧汰が突っ掛かった。朝から面倒くさい……と、思いながら二人を見ている。最早問題児に片脚突っ込んでいる妃伽に夜蛾の拳骨が落ちた。なまじ肉体が強靭なので少しの呪力混じりである。

 

 何故龍已がそこまでして妃伽に狙われているのか。それは昨日の歌姫を医務室に送って行った後、グラウンドに戻ってきてからの出来事に関係がある。

 

 医務室へ行って戻ってくると、妃伽は全く気が鎮まった様子は無く、寧ろ待たされて苛ついてボルテージが上がりに上がっていた。このままだとずっと苛ついて何を仕出かすか分からないということで、夜蛾の許可を得て、冥冥と夜蛾が監督の下、妃伽対龍已の近接格闘訓練呪力ありでやり合った。

 

 結果は当然、妃伽の医務室送り。しかも龍已は一撃も貰うことは無かった。圧倒的力と技術でボコボコにされた妃伽は、最後まで獰猛な笑みを消すこと無く気絶した。因みにであるが、女だからといって手加減はせず、顔も何も関係無く急所を狙ったし関節も外してやった。それでも妃伽は嬉しそうにしていた。どこかの戦闘民族なのかも知れない。

 

 午前中は普通に一般教養と呪術についての授業だったのだが、隣に居る妃伽からの視線がしつこかったし、なんならシャーペンの尖っている方を顔向けられて投げられた。それを人差し指と中指で挟んで受け止めれば、空腹なライオンの前にステーキ肉を置いた時のような顔をした。勿論、その後夜蛾に拳骨されていた。

 

 昼は食堂へ向かい、米の気分だったので炊けている米をそのまま茶碗によそって食べた。味付けも何も無いが、満足そうな龍已だった。

 

 昼を食べ終えて満足していた龍已だが、如何せん次の午後の授業は武器を使った場合の近接格闘である。妃伽は100%確実に龍已の元に来てやるぞと言って聞かないだろう。こればかりは慧汰には頼めない。擦り付……頼めば5秒で医務室送りにされてしまう。そうなれば授業も何も無くなってしまう。

 

 

 

「──────おっしゃッ!!()んぞ龍已ッ!!構えろッ!!」

 

「ヤるッ!?ダメだよ妃ちゃん!その役は俺が買って出るから他の人に頼んじゃダメっ!」

 

「黙れ失せろ死ねクソザコクソカス野郎が」

 

「辛辣過ぎない!?」

 

「……やるなら早くしろ。お前の得物はどうする」

 

「私の獲物は最初からお前だ」

 

「そっちじゃない」

 

 

 

 武器を使った近接戦闘なので、勿論対戦する者は武器を扱うのだが、龍已は武器なら何でも使えるので、取り敢えず木刀をクロに吐き出してもらって握る。普通の木刀と何ら変わりないものだが、訓練なのだから呪具である必要は無い。問題の妃伽は武器を使うのかと見てみれば、指に何かを嵌めていた。

 

 良く見れば分かるそれは、メリケンサックだった。金に輝くそれは、武器を使った近接戦闘という面に於いてグレーに近い代物だ。普通槍やら剣やら持ってくるだろうに、何故にそれを選んだのか。まあらしいと言えばらしいのだが。

 

 あれはアリなのかと思いつつも、まあ妃伽が槍なんて持った暁には、原始人のように開幕と同時に投擲して、後は只管距離を詰めて殴りにかかってくる構図しか見えてこない。何故だろう。不自然なほどしっくりくる。

 

 武器選びにちょっとあったが、龍已が木刀で妃伽がメリケンで決まった。拳を構える妃伽は殺る気十分なようで、龍已は何だか疲れてきた。どうしてそこまで戦闘意欲に満ち溢れているのか。やられて、特に殴られて嬉しそうな顔をするのは地味にやめて欲しかった。

 

 

 

「行くぜオラァッ!!」

 

「待て。合図が無──────」

 

「先手必勝だぶっ殺すッ!!」

 

「おい」

 

 

 

 訓練だって言ってるだろ。なのに殺すとはどういう了見か。そうツッコミたいが、向かってくる妃伽の顔がマジなので訓練……だよな?と内心首を傾げる龍已だが、その手に握られた木刀から生み出されるのは絶技である。

 

 妃伽が龍已に接近し、メリケンを嵌めた右拳を突き出す。それに対するは木刀による迎撃か回避、若しくは敢えての攻めかと思われたが、右半身を前に出して殴打を回避し、突っ込んできた妃伽の鼻っ面に肩から体当たりした。向かってきた妃伽の速度に、体重があって筋肉もある男の龍已のタックルが入って鼻血が出ながら頭が後ろへ下がる。

 

 しかし獰猛な目は絶対に離されず、口元に描かれるは三日月のような笑み。一歩後ろに下がってしまう妃伽に、龍已は悟らせない動きで足を引っ掛けて転倒させる。……つもりだったのだが、態と後ろへ体を仰け反らせて地面に手を付き、脚を振り上げて来た。

 

 そんなアクロバットな動きも出来るのかと思いつつ一歩下がって回避すると、体勢を立て直した妃伽が両拳による怒濤のラッシュを仕掛けてきた。メリケンの一撃なんか顎に食らえば失神。その他だと激痛だろう。しかし当たらない。避けてそらして、木刀を妃伽の右肩に振り下ろして関節を外した。

 

 

 

「……っず……ッ!!」

 

「これに名は無い。お前が突き出す腕に角度を読んで叩き付け、関節を外すだけの技だからだ」

 

「……ハハッ──────関節外したくれェでいい気になんなよ?」

 

 

 

 一端距離を取った妃伽は右肩周辺の筋肉を力ませ、パキッと音を立てながら関節を戻した。腕をグルグルと回して感触を確かめている妃伽に、龍已は無表情ながら唖然とした。普通そんな事は出来ない。やろうとしても割と痛くて断念する。というより外れている時点で痛い筈なのに、まさか肩周辺の筋肉で無理矢理入れるとか?

 

 強かにも程がある。そこらの男だったら泣き叫んでいるというのに、これでいいだろう?とでも言うような笑みを向けてくるのだから困ったものだ。そこまでしてやりたいものだろうか。何が彼女をそこまでそうさせるのか。いや、唯単に戦いが楽しいだけだろうなと即答した。

 

 

 

「次はテメェの肩の骨へし折ってやる」

 

「折っていない。外しただけだ」

 

「どっちも同じだからテメェの肩よこせやァッ!!」

 

「アドレナリンでも分泌されているのか?」

 

 

 

 姿勢を低くして突進してくる妃伽に、龍已は下から掬い上げる一撃を加えようとした。それを身を捩って寸前で躱し、速度と体重と腕力を載せた本気の一撃を顔面目掛けて放ってきた。低姿勢からの顔面への殴打は引くほど威力が高い。それを訓練でやるか。絶対にアドレナリン出ているだろうと思い、少し卑怯だと思いながら木刀を口に咥えた。

 

 両手で持っていた木刀を咥える事で両手が空いた。飛び込んでくる拳を紙一重で避け、腕を取って捻りながら背負い投げをして地面に叩き付ける。その時には手首、肘、肩の関節をそれぞれ外し、叩き付けた後は残った腕を十字固めをして伸ばしきり、また手首から肩に掛けて関節を外す。足を持って股関節に掌底を叩き込み、一本だけ関節を外して腕を巻き込んで馬乗りになる。咥えていた木刀を妃伽の顔の横に突き刺してやっと止まった。

 

 

 

「ここまでされれば諦めが付くか?」

 

「…………………………チッ」

 

「……はぁ。関節を戻してやるから動くなよ」

 

「妃ちゃん大丈夫!?黒圓、俺が妃ちゃんの関節戻すから早く上から退いて!」

 

「神経を傷付けるつもりか。知識の無い者がやるものじゃ無い」

 

「でも、それだと黒圓は妃ちゃんの体に触り放題じゃん!羨ましい!!」

 

「あの変態は放っておいて早く戻してくれ。力が入らねぇ」

 

「待っていろ」

 

 

 

 倒れている妃伽の上から退いた龍已は、寝転んでいる状態で腕の関節達を嵌め込んでいく。脚に触れた時には慧汰がうるさかったが無視をし、全て元に戻すと妃伽が起き上がった。立って腕を回したり脚を動かして歩いたり確認をすると、どうやいつも通りの動きが出来るようだ。まあ綺麗に外したから何の問題も無いのは知っているが、念の為だ。

 

 そして次は慧汰だ。元々一般の家庭からスカウトされて入ってきた慧汰は、鍛練なんてものをしたことが無く、術式も『聴く』ことに特化しているので戦闘能力は無い。強いて言うならば、相手が動く時に出る音を聴いて動きを予測して避けることだけだ。つまり攻撃がそこら辺の高校生レベル。

 

 

 

「音無は最初ナイフのような小さいものから始めた方が良い。慣れていないのに長いものを使っても扱いが難しいだろう」

 

「じゃあ俺も妃ちゃんと同じのがいい!」

 

「テメェなんぞに貸す訳ねーだろ。メリケンが穢れる」

 

「そこまで言う!?」

 

「巌斎は戦闘スタイルに合ったものを選んで使っている……と思う。しかしお前の場合は得手不得手が分からない以上、試してみるしか方法が無い。だから先ずはナイフだ。これを使え」

 

「……いや、これ本物じゃない?」

 

「大丈夫だ。お前の攻撃はどんな奇跡が起きようと当たらない」

 

「むっ……じゃあ、怪我しても知らないよ!」

 

 

 

 流石に言外に絶対無理と言われれば、高校生になったばかりの慧汰もムカつくだろう。だから本気でやったが、勿論当たらない。木刀は痛いだろうから竹刀に変えてやってみたが、短剣だというのに上から振り下ろしたりするので、どうぞ避けて懐に入ってどうとでもして下さいと言っているようなものだ。使っている物が本物の所為か腰が引けているし、踏み込みもなっていない。

 

 まあ一般人で戦いを経験している訳でも無いのだから、それが普通なのだが。日頃ストレスを貯めさせられている妃伽は、これ見よがしに指を指して爆笑していた。慧汰は他人に、それも紅一点に笑われていると分かれば恥ずかしそうにしていたが、龍已は笑うこと無く真剣にやっていた。まあ、笑みを作ったことなんて一度も無いが。

 

 こんなにへっぴり腰の自分に真剣に取り合って教えてくれる。笑うこと無く、呆れることも無く。龍已はずっと付きっきりで教えてくれた。それこそ妃伽が仲間外れにされていると思って苛つく位には。だから龍已は嫌な予感がした。慧汰から向けられる視線が、どこかキラキラし始めたからだ。なので直感に従って休憩を挟み、水分補給のために設置された自販機の元まで行った。

 

 一端慧汰の好感度をリセットさせ。15分後に休憩を終わらせてグラウンドに戻り、今度は妃伽の近接戦闘をやり、その次に慧汰の近接戦闘をと、交互にやっていき、この日の授業は終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が全て終わって放課後。時刻は18時を少し過ぎた頃の事だった。特に任務も黒い死神の仕事も無い龍已は、グラウンドで武器を使った型の稽古をし、部屋で無手の稽古をした。終わってからは風呂に入って汗を流し、備え付けの冷蔵庫からお茶を飲んでいた。

 

 すると、龍已の部屋のドアがノックされる。気配で誰かが近づいているのは解っていたが、ここに来るのは2人しか居ない。夜蛾か慧汰である。夜蛾は滅多なことでしか来ないので、必然的に慧汰だ。服を着てからドアの方へ向かい、鍵を開けて待ち人を見ると、やはりのこと慧汰だった。

 

 何か用だろうかと思って目線で尋ねると、青いパジャマを着た慧汰が、何だか言いにくそうにしている。それでも龍已は慧汰が何か用件を話すのを待っていると、意を決したように声を張り上げた。

 

 

 

「俺がご飯をご馳走するから食堂へ来てほしいッ!!」

 

「……?お前が作るのか?何故だ」

 

「えっと……日頃の感謝を込めて……かな。もしかして、もう飯食い終わってたりする?」

 

「いや、まだだが……」

 

「良かった!じゃあ妃ちゃんのことを呼んで食堂に来て!準備してるから!」

 

「……ん?俺が呼んで……こなくてはならないようだな」

 

 

 

 やって来た慧汰は食事のお誘いに来たようだ。それもナンパしたりする時に使う、軽い誘いでは無く、感謝の意を示したいという気持ちの食事のお誘いだった。ならばまあ行ってもいいかと思ったが、どうやら妃伽はまだ誘っていないらしい。慧汰はさっさと食堂の方へ行ってしまったので、自身が呼んで来なくてはならないことに複雑な心境だった。

 

 妃伽は気性が荒いメスゴリラみたいなものだが、歴とした生物学上女子である。ならば居るのは当然女子寮に決まっている。しかし女子寮は男子禁制なのだ。まあ当然なのだが。そこに行って、あの巌斎妃伽を呼んで来なくてはならないのだ。食事をしようと。まだ一級任務の方が楽だと思う。

 

 

 

「……巌斎。居るか」

 

『──────あ?龍已かぁ?』

 

「そうだ。少し話がある。出て来てくれるか」

 

『ンだよ。ちっと待ってろ』

 

「分かった」

 

 

 

 何か言われないか警戒しながら、妃伽の気配がある部屋まで行った。何処の部屋に居るのかなんて知らないので、慧汰だったら解らず、片っ端から尋ねていった事だろう。若しかしたら歌姫や冥冥の部屋まで行っていたかも知れない。そこでふと察した。妃伽の部屋が解らないから俺にやらせたな……と。大正解である。

 

 妃伽が居るだろう気配のする部屋に着くとドアのノックした。すると何処にも行っていなかったようで返事が返ってきて、待っているよう言われたのでドアの前で待機していた。暫くすると、ドアが開いて中から妃伽が出て来た。プージャーを着て、髪が濡れた状態で。

 

 

 

「うーい。ンで、何の用だよ。態々女子寮まで来て」

 

「……音無が日頃の感謝を込めて食事を馳走したいとのことだ。場所は食堂。お前を呼んできてくれと言われて来た」

 

「何だ日頃の感謝って。胸見せてくれてありがとうってか。ぶち殺したろうかあのクソザコ」

 

「流石に違うと思うが……それでどうする。俺はまだ飯を食べていないから行こうと思うが」

 

「……ふーん。なら私も行く。おら、行こうぜ」

 

「待て。髪を乾かしてからでも遅くは無い。まだ準備がどうとか言っていたからな」

 

「めんどくせーからいいよ、別に」

 

「風邪を引くだろう。拭いていけ」

 

「チッ。あ゙ー、だったらお前が私の髪を拭け。私はもうめんどくせーから。ほら早く入れ」

 

「……は?ちょっと待──────」

 

 

 

 最早心が完全に行くことを決めたのだろう。龍已が髪を拭けと言っても面倒くさいからいいと言って聞かず、それでも拭けと言えば、妃伽は龍已の腕を取って無理矢理部屋の中に引き摺り込んだ。何でこんな事になったんだと困惑しながら中に入れられ、初めての女子の部屋へと入ってしまった。

 

 中は意外と片付いていた。メイク用の化粧机や勉強用の机。備え付けのベッド。だが、ギャップがスゴいのだが、妃伽のベッドの布団の色はピンク色だった。てっきり白やら黒など、頓着しないのだと思っていたので、女子の部屋だという意識が向いて、顔には出していないが心臓がうるさい。

 

 

 

「おらよタオル。さっさと拭けよ」

 

「……分かった」

 

 

 

 平常心を偽って何も見ていないフリをし、龍已は渡された真っ白なタオルを使って妃伽の髪を拭き始めた。親友達の髪を乱暴に拭いたことはあれど、女子の頭を拭くなんてしたことがないのでおっかなびっくりやっている。日頃近接戦闘でボコボコにしているので、逆に優しくするのが解らないのだ。

 

 頭にタオルを掛けて痛くないように優しく拭いていく。すると、タオルの下からくふくふ笑う声が聞こえてきて、妃伽は右手を龍已の胸元に置いた。戦闘以外では触れない女子の手に、服越しとはいえ手を置かれた部分から熱くなっていく錯覚が襲う。

 

 

 

「お前、私のこと数十メートルぶっ飛ばせるくらいの馬鹿力のクセに、こういう時の手はめっちゃ優しいンだな」

 

「……っ……」

 

「それにお前──────ドキドキしてんな?」

 

「……し…ていない」

 

「ぶはッ。嘘下手かよ。……やめろよな。お前がそういう反応するとキュンキュンしちまうだろ?」

 

「…っ……動くな。もう終わる」

 

「へーへー。その優しい手でいっぱい()()()よ」

 

 

 

 拭いているタオルの隙間から、日本人特有の琥珀の瞳が真っ直ぐと龍已の瞳を見つめ、面白そうにニンマリと笑みを浮かべている。胸に置かれた手は退かされず、心臓の音がバレていると思うと羞恥心が込み上げてくる。龍已とて年頃の男のだ。風呂上がりなのか、頬を赤く染めた女性が目の前に居れば心臓くらい少し早く動く。況してや耐性ゼロなのだ。切実にやめて欲しい。

 

 乾いてきた髪に少しホッとして、毛先も十分な程乾いたのを見越してタオルを退ける。中から頬をほんのり赤く染めた妃伽が出て来て、真っ直ぐと目を合わせて面白そうに見てくるので踵を返して部屋を出ようとした。しかし向きを変えた時に手首を掴まれ、掌に固い何かを握らされた。視線を落とした先にはドライヤー。

 

 

 

「ほらほらぁ。まだ乾ききってないンだから、次は〆のドライヤーだろ?」

 

「……それくらいは」

 

「乾くまでやってくれるンだろ?それとも吐いたツバ飲み込むか?」

 

「……分かった」

 

「よしよし。ンじゃ、ベッド……行くか」

 

「………………………………。」

 

 

 

 やましいことは何もしていない。ベッドに腰かけて妃伽の髪にドライヤーを当てているだけである。殆ど乾いているようなものなので、ドライヤーで温風を当てればすぐに乾く。しかし妃伽の髪は触れると細く、軽くて触り心地が良かった。座って体をやや横に向けてもらっているのだが、同じく座った龍已の太腿に手を置くのは何なのだろうか。熱くなるから切実にやめて欲しい。

 

 ドライヤーで乾かしていると、時々頭を動かしてチラリとこちらを面白そうに見てくる。その表情が何時も見ている腹ペコライオンと凶暴メスゴリラを足して2で掛けたような表情とは似ても似つかなくて心臓がうるさくて仕方ないし、耳が熱くて集中出来なくて気持ち悪いし、今更なんか良い匂いがしてきて悔しい。

 

 

 

「……出来たぞ」

 

「うっし。ごくろーさん。……私一人っ子でよ、親も殆ど放置気味だったもんで頭拭いてもらったこと殆どねーんだわ。だから、お前の手が優しくてびっくりだったし、気持ち良くて眠くなっちまったよ。あと純粋に嬉しかった」

 

「……そういうのは態々口に出さなくていい」

 

「おいおーい。照れんなよ、カワイイなァ♡」

 

「さっさと行くぞ。時間の無駄だ」

 

「はいはい。……んふふッ」

 

 

 

 妃伽の要望を答えた龍已はさっさと、この何故か良い匂いがする部屋から出るためにドアへと向かった。ドアノブを捻って廊下に出る。妃伽も大人しく付いてきたので鍵を閉めるのを待ち、準備が出来たのを見計らって歩き出した。

 

 しかし龍已の両肩に手が置かれ、膝裏に膝を当てて体勢を崩された。何をするのかと思って後ろに少し仰け反っていると、耳元に艶やかに感じる吐息が掛かった。

 

 

 

「──────また私のこと撫でてね」

 

 

 

「──────ッ!?」

 

 

 

 優しく、擦り寄るような甘える声色に、今までの妃伽の表情が頭の中でフラッシュバックし、その全てに当て嵌まらない声に背筋がゾクリとした。珍しく目を少し瞠目させ、手を離されたので振り向きながら背後を振り向く。だが妃伽は入れ違いで龍已の横を通り過ぎ、食堂に向かって歩いていた。

 

 背後からではその表情を確認する事が出来ない。プロポーションの良い妃伽がご機嫌そうに歩き、部屋の鍵を指で回しながらチラリとこちらを振り向き、ニヒルな笑みを浮かべた。

 

 

 

「そう簡単には見せねーよ。ばーか♡」

 

 

 

 この日だけは、何故か妃伽に負けたような気分だった。そしてこの首から顔全体に掛けて熱い現象を、誰かに一刻も早く止めて欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アイツ何作ってンだ?」

 

「……全く見当がつかない」

 

 

 

 色々ありながらも、妃伽と龍已は食堂へ辿り着いた。しかしそこで見たのは、料理をしていれば見ることは無い黒い煙と、その向こう側でゲホゲホ言いながら料理?をしている慧汰だった。何をしているんだと思うのは仕方ない。本当に何をしているのか解らなかったからだ。

 

 最早火事でも起こすつもりだったのかと疑問に思いながら、妃伽は取り敢えず座らせて、龍已は食堂のキッチンのところへ向かった。そして中を覗き込むと、フライパンでナニカを作って……格闘している慧汰の姿だった。

 

 

 

「お前は何を……ナニを作ろうとしているんだ?」

 

「何で言い直したの!?……えっと……オムライスを……」

 

「……ソレは世間一般的に炭と言う。察するにお前は料理をしたことが無いな。もうソレは捨てろ。俺が作る」

 

「えっ……でも感謝を込めて……」

 

「腹を空かせた巌斎に殺されたいのか?」

 

「……………………お願いします」

 

 

 

 チラリと慧汰は妃伽の方を見て、すぐに視線を切った。そこには飯を食べていないので腹を空かせた凶暴なライオンと獰猛なメスゴリラのハーフが人を嬲り殺しそうな眼で見ていた。すぐにこの場を龍已に任せることにした慧汰は、急いで妃伽の元へ行って土下座していた。勿論妃伽は慧汰の頭を踏ん付けていた。

 

 幸いやらかした器具はフライパンだけだったので大惨事にはなっていないが、何でフライパンの中に炭が転がっているのだろうと疑問を抱く。まあ……深くは考えないでおこうと、フライパンの中の存在Xはゴミ箱に捨てて、本格的な料理をするときに使う、自前の黒いエプロンを取って身につけて、料理開始である。

 

 備え付けられた自由に使って良い器具の中には中華鍋などもあるので、とても助かっている。今日は中華な気分なので、幾つか中華料理を作ろうと思っている。飯は炊けているようなので中華鍋で炒飯を作り、他にも春巻き、エビチリを作った。他にはサラダの盛り合わせを作って、他には何を作ろうかと考えていると、背中に視線を一つ。

 

 

 

「巌斎か。どうした。何かリクエストでもあるのか?」

 

「……いや、料理してるお前のケツと脚のラインが美味そうだと思った。あと逞しい背中はしゃぶりつきたくなる」

 

「そうか……………………は?」

 

「アスパラのベーコン巻きが食いてぇからよろしく」

 

「あ、あぁ。分かった……?」

 

 

 

 今不穏な言葉が聞こえていたのだが、料理名が聞こえてくると思って油断した。あまり聞き取れていなかった。何か聞いたら背筋を凍らせるような言葉を言われたのだが、取り敢えず冷蔵庫からアスパラとベーコンを取り出した。

 

 リクエストがあったが、あと何か一つ作ろうと思って、何となく頭の中に思い浮かんだので海老とイカとマッシュルームのアヒージョを作ることにした。そうして料理が出来上がり、慧汰と妃伽が目を輝かせているのを見て満足そうにすると、コップに飲み物を注いで妃伽と共に慧汰を見やる。何となく恥ずかしそうにしながらコホンと咳払いをし、コップを掲げた。

 

 

 

「えっと、日頃の感謝を込めて……と言いたいけど、同級生となって初めて全員揃ってのご飯なんで、これからよろしくってことで……乾杯!」

 

「かんぱーい」

 

「乾杯」

 

 

 

 感謝の意を示したかったのだが、肝心の料理がてんでダメで、結局龍已が全て作ってしまった。しかも完成度が高すぎて高級レストランで出て来るようなもの。なので今回は同級生となれたことを祝した乾杯にした。

 

 コップに注いだジンジャーエールの炭酸が喉を刺激し、顔を顰めながら余韻に浸っている慧汰に、龍已がサラダを皿に盛り付けて渡してくれた。妃伽はもう受け取ったようで、意外にもサラダから先に食べている。自分もサラダから食べて口の中をサッパリさせて、メインの料理の方へ箸を伸ばした。

 

 

 

「……ッ!?うまっ!?」

 

「ンだこれ!?めっちゃうめェッ!!」

 

「……いや、いつも通りの味だな」

 

「マジで!?この炒飯パラッパラ!こっちの春巻き、皮がパリッとしてて美味い!!」

 

「このエビチリ、身がぶりっぶりでやべぇ!!箸止まんねぇ!!いくらでもいけちまう!!」

 

「これなんだっけ、アヒー……なんたらってやつもうんまい!」

 

「私が言ったアスパラのベーコン巻き……ヤバすぎ。こんなうめーの初めて食った。感動したわコレ」

 

「大袈裟な奴等だな」

 

「大袈裟じゃないよ!?コレほんと美味しいから!!」

 

「……ふぅ。私のために味噌汁とアスパラのベーコン巻きを毎日作ってくれ」

 

「好物だったのか。どうりで一つしかリクエストをしないわけだ」

 

「俺黒圓と結婚したら勝ち組?」

 

「日本に於いて同性婚は認められていない」

 

「つまり私は勝ち組と。結婚指輪は少し待ってろ。お前に似合うの探してきてやっから」

 

「話を進めるな」

 

 

 

 無表情で呆れたような視線を送る龍已に気付いていない妃伽と慧汰は、龍已の作った料理を一心不乱にモリモリと食べていく。女子が混じった3人で食うには些か多いと思う量を出したにも拘わらず、料理はみるみるうちに無くなっていく。そんなに感動するほどのものか?と思いながらジンジャーエールで口を潤し、春巻きを一本箸で摘まむ。

 

 口の中に入れて噛むと、外側の皮がパリッとして、中から春雨を多めに入れたドロリとした中身が出て来る。それを咀嚼して嚥下する。いつも通りの味。代わり映えのしない、変化無しの味。それを美味い美味いと言って、2人で取り合いすらも起こしながら食べているのを見ていると達成感が湧くものだ。

 

 おかずが無くなる速度が非常に早いので、龍已は1人一つずつに盛った美しいドーム型の炒飯をもっさもっさ食べていた。これもいつも通りの味。余るかもと思っていた料理は殆どを妃伽と慧汰が食べてしまい、龍已が食べたのは炒飯と春巻き一つとエビチリ二つだけ。アスパラのベーコン巻きは9割妃伽が平らげた。本当に好きだな。

 

 満足したのか、椅子の背もたれに背中を預けて余韻に浸っている2人だが、一心不乱に食べていて龍已のことを全く考えていなかったことに気が付いた2人は、同時にハッとした表情で龍已を見た。その龍已は皿を重ねて持ち上げ、キッチンに皿洗いをしに向かっている。

 

 

 

「ご、ごめん黒圓……いや、龍已!俺龍已の飯が美味くて夢中で……っ!!」

 

「さ、流石に私も悪かった……。アスパラのベーコン巻き美味くて、殆ど食っちまった……っ!お前殆ど食ってねぇよな!?」

 

「それに皿洗いまでさせて……っ!!」

 

「……?あぁ。気にしなくて良い。このあと適当に辛いラーメンでも作って、残った汁で卵を落としながら雑炊を作って食べる」

 

「ねぇ待って?それは今言うのはズルいじゃん!絶対美味しいやつじゃん!?」

 

「あ゙ークッソ……食いてェ…………っ!」

 

「お前達、まだ食べるのか……」

 

 

 

 皿洗いをサラッと終わらせて、インスタントの辛いラーメンの袋を開けて小さな鍋で作っていると、キッチンまでやって来た慧汰と妃伽が子供のように龍已の服の裾を摘まんで来たので、仕方ないと思いながらもう二つ作ることにした。それを見ていた2人はキラキラした目を向けて来るので、単純だなと呆れた。

 

 炒飯を作ってしまったので、残りの白米が少なく、まあ朝にも使うと思うので何合か早炊きで炊いた。そしてすぐに白飯が炊けるので、その間に辛いラーメンを食べておく。下に引くマットを持ちながら2人の元に小さな鍋を持っていくと、先まで食べていたクセに同じ速度で食べ始めた。

 

 

 

「はふはふっ……あちッ……かっら……っ!」

 

「あー、かっれ……っ!けど美味ぇ……」

 

「ずずずっ……ほら、お茶があるぞ」

 

「ふひー……いただきますっ!」

 

「さんきゅー」

 

 

 

 インスタントのラーメンなので麺の量はそこまで多くは無い。だが熱さと辛さのダブルパンチではふはふしながら食べていると、意外と時間が掛かった。龍已は熱いのも辛いのも大丈夫なので早く食べ終わり、妃伽と慧汰が麺を食べ終わった頃に炊飯器がメロディーを流して炊き終わりを報せた。

 

 それぞれの小さな鍋を持ってくるように言うと、カルガモの子供みたいに後ろを着いてくるので微笑ましくなり、早速雑炊を作る。卵を3つ用意しておき、割って違う小さな皿に出しておく。炊きたての白飯を残った激辛汁の中に入れて焦げないように掻き回しながら具合を見て卵を落とす。割れないように慎重に掻き混ぜて、頃合いを見て火を止めた。

 

 出来上がったぞと言えば急いで取りに来る妃伽と慧汰にそれぞれ小さな鍋を渡し、スプーンも持っていかせる。席に着いたところで、第二ラウンドである。実際には第三ラウンドなのだが。

 

 

 

「はふっ……あ゙っち……っ!?フーッフーッ……あー美味い。これは悪い食べ方……」

 

「これで〆は最高すぎ……はぁ……うまぁ……」

 

「……ふむ、久しぶりに食べた」

 

「この最後の方で残しておいた卵を潰す……っ!」

 

「半熟の卵の具合が完璧すぎ……私は猛烈に感動してる」

 

「毎回同じタイミングだからな、慣れた」

 

「はぁ……龍已、俺と結婚しよう」

 

「いいや、龍已と結婚するのはこの私だ」

 

「さっさと食え」

 

 

 

 真顔で何か言っている妃伽と慧汰に呆れながら、今回も完璧な半熟具合の卵を潰して最後の3口を頬張った。とっても悪い食べ方だが、誰も後悔しない至高。辛みが卵によって少し中和されてマイルドになり、無意識に溜め息が漏れてしまう逸品だ。

 

 最後に冷たいお茶を飲んで口の中を落ち着かせていれば、又もや空になった小さな鍋を重ね合わせて持っていき、キッチンで洗ってしまう龍已。雑巾を絞って汚れた机を拭きに来た時には、龍已は絶対に嫁に出さないと誓った。寧ろ自分が結婚すると心に決めた。チョロすぎる。

 

 

 

「もぉ……お腹が幸せでいっぱいだぁ……」

 

「こんなウメーもんひっさびさに食った……」

 

「もう龍已の料理無しじゃ生きていけない……」

 

「こんな良い嫁を持てて私は幸せ者だぜ……」

 

「阿呆な事ほざいていないで自室に戻れ」

 

「龍已一緒に寝よう?」

 

「抱き枕にさせてくれ」

 

「面倒くさいなお前達」

 

 

 

 無理矢理立たせて食堂を後にする龍已達だったが、部屋まで送ってと甘えてくるので無視していると、服の裾を割とガチで掴んでくるので大きな溜め息を吐きながら送っていった。先ずは慧汰を送り、次に妃伽だった。

 

 部屋に入る前に、慧汰も妃伽も抱き締めてきたので困惑した。妃伽は巨大な二つの山が形を変えて押し付けられたので切実にやめて欲しい。二人していきなり距離を詰めてくるので、彼奴らは美味い飯を出す人間には無防備に殺されるんじゃないか?と思った。

 

 

 

 

 

 

 まあ、それでも悪くは無いと思った夜だったので、今日の睡眠はとても良いものだろうと直感した。

 

 

 

 

 

 

 






慧汰

自分のために一生懸命に教えてくれる龍已にキュンときた。その後の手料理に胃袋掴まれた。

密かに同じ男の同級生強すぎぃ……ってなってた人。けど普通に教えてくれるし手加減してくれる、いい人じゃん!ともなってた。

卵を焼くだけで炭を錬成する料理下手。いやもう料理じゃなくて錬成でいいな。




妃伽

全然全くガチで勝てない龍已に獲物としてロックオンした、凶暴な腹ペコライオンと獰猛なメスゴリラのハーフ。

料理中の龍已のケツと脚がえっち過ぎて理性崩壊しかけ、逞しい背中で舌舐めずりしていた人。危ない奴だな。

バカクソ美味い手料理にお腹を見せて服従のポーズ。尻尾ブンブンしちゃう♡

意外とピンク色の私物とか持ってるし、カワイイ物が好き。

好物はアスパラのベーコン巻き。これを美味く作れる奴なら結婚しても良い。基準低くね??



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