呪術廻戦───黒い死神───   作:キャラメル太郎

2 / 81





第二話  自覚

 

 

 6月の頭。初夏と言い換えられるその季節は、ある意味で忙しくなる時期なのだという。まあ仕事をしていない子供にはあまり関係の無い話だろう。しかし夏という言葉だけで、子供は気分が舞い上がる。かき氷。花火。祭り。夏休み。そして……肝試し。

 

 日本の習俗の一つで、遊びとしての度胸試しである。人間が潜在的恐怖心を抱くような場所、即ち夜の森等の心情的恐怖の対象と成り得る場所を巡ることにより、持てる勇気のほどを確かめながら、そこで起こる事象を楽しむ行事。

 

 親の引率で子供達が気軽に出来る行事であるが、その起源は平安時代末期に遡る。平安時代の大鏡には、時の帝……花山天皇が夏の午前3時に藤原兼家の3人の息子達に鬼が出ると噂されていた屋敷に行かせ、藤原道長だけが目的をやり遂げ、証拠として刀で柱を削いで持って帰ったという記述がある。肝試しという発想が、平安時代当時からあったことが窺える。

 

 本来ならば学校の夏休み等を使用して親同伴で行うそれを、子供達だけでやろうという話になった。事の発端は龍已の友達であるケンちゃんことケンの発案である。夏と言えば肝試しという夏の風物詩を挙げ、それにカンとキョウが賛同し、無理矢理龍已を参加させた。

 

 龍已は最初反対した。小学2年生にしては成熟したようにも見える冷静な性格が、もしもの時を考えてやめておいた方が良いという判断に行き着いたのだ。それに龍已には、危ない最たる例が見えている。悍ましい生物のようなナニカ。日頃襲い掛かってくる小さなナニカは今のところ龍已の手によって消されている。だが今のところは……である。

 

 若干7歳にして龍已は、他の人には見えず、自身にしか触れず消せないナニカを、日頃独りで消しているにも拘わらず、優越感に浸る事も無く、慢心もしていない。それは単に、幼児の頃から毎日欠かさず行われている稽古によるものがある。つまり、冷静に現状を加えて訪れるであろう結果を想像することが出来るのだ。

 

 だが、それでも所詮は子供。他でも無い少ない友達からしつこくせがまれ、まあ有事の際は自分があの悍ましいナニカを消せば良いだろう。何より、目が効かない暗闇の夜ではなく、ある程度の明るさが確保出来る16時から17時に掛けてなので、良いだろうという判断をした。判断してしまった。ケンは言っていた。楽しみを増やしたいから、場所は当日教える……と。

 

 

 

「龍已、今日は何の気分?」

 

「……今日は苦いものの気分です」

 

「じゃあ晩ご飯はゴーヤチャンプルにしましょうか」

 

「はい。楽しみにしています。……行って来ます」

 

「はーい。あまり遅くならないようにね?暗くなる前には帰ってくること!」

 

「分かりました」

 

 

 

 予め友達に遊びへ誘われていた事を話しておいたので、土曜日で学校が休みな事もあって朝から濃密な稽古をしていたが、家を出る時間になると稽古を中断した。流した大量の汗を風呂に入って流し、動きやすい私服に着替え、念の為にと小さなショルダーバッグの中に200mlのお茶が入ったペットボトルと、コンパクトサイズの懐中電灯を入れて出発した。

 

 遊びに出掛ける龍已の小さな背中を、弥生は眩しそうに見ていた。日々を稽古稽古稽古で形作って彩る、夫曰く1000年以上の歴史の中で最も才能があるという龍已。そんな我が子もまだまだ小学校低学年。遊び盛りだろう。実際に龍已の口から友達と遊びたいと聞いた訳では無い。だが、遊びから帰ってきた龍已の雰囲気は煌びやかに見えるのだ。つまりは楽しんでいる。

 

 今もそうだ。龍已は足取り軽く遊びに出掛けていく。弥生は祈る。どうか龍已にもっと友達が出来ますように。もっと楽しい、嬉しいを経験出来ますようにと。しかし弥生の祈りとは別に、不吉なナニカに、龍已達は足を進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────俺が最後か。すまない」

 

「ちょーどオレたちも着いたところだから大丈夫だって!」

 

「なあ、これほんとに行くの?」

 

「立ち入り禁止……行っちゃダメってことだろ?」

 

「ふ、ふん!オレ様はまったく怖くねーからな!」

 

「ぁの……ここはやめた方が……っ」

 

「心配すんなよ、大丈夫だからさ!あ、龍已紹介するな!この二人は光一(こういち)虎徹(こてつ)だ。オレ達が肝試しするって話してたら、光一がオレもやるーって言って、虎徹さそって合流した!」

 

「……そうか。俺は黒圓龍已だ。よろしく」

 

「ふん!お前イミわかんねーこと言うヤツだろ?知ってるし!」

 

「光一君っ。ダメだよそんなこと言ったらっ。あ、僕は天切(あまぎり)虎徹ですっ。よ、よろしくね黒圓君!」

 

「……あぁ」

 

 

 

 龍已とあまりよろしくするつもりは無いような態度をしているのは、鼻に絆創膏をつけている、いかにもガキ大将みたい男子で、もう一人はオドオドしながらも男の子にも女の子にも見える中性的な顔立ちと、日本人特有の黒髪が多い中で、唯一の金髪である。

 

 因みに、紹介していなかったが、龍已は黒髪に琥珀色の瞳を持つ、日本人然としたもので、顔立ちは静謐な凜々しさを持ち吊り目で、無表情なのがデフォルトなので威圧感があるが、顔立ちは整っている。クラスの中で密かに人気が出るタイプだ。

 

 龍已が辿り着いたのは、前日の金曜日に指定された場所。住宅街から少し離れ、木々によって閉鎖されており、今は使われていない廃トンネルがある場所。昔は山に開けられたこのトンネルを使用していたのだが、出入口の一方が欠陥工事の所為で崩れてしまい、結局直すこともせず山の側面に出来た道を使うことで放置されていた。

 

 使われておらずとも道路が伸びていたのだが、鉄製のゲートで閉じられていた。しかし経年劣化が進み、子供なら通れるくらいの隙間が出来てしまい、結果として龍已達の肝試し場所となった。

 

 夏の16時はまだまだ明るい。しかしトンネルの中は真っ暗だ。光が入り込まず、使われていないので照明も無い。それなりに長いトンネルなので、奥に行けば行くほど暗闇が広がっている。懐中電灯を持ってきてと言われていたので持ってきてはいるが、正直龍已が持っているのはコンパクトサイズの懐中電灯なので心許ない。

 

 本当に大丈夫なのだろうかと、無表情の顔の下で考えていた龍已とは別に、もし何か変なのが出て来たら如何するという話になっていた。怖いもの知らずを自負する光一はへっちゃらだと言っているが、虎徹はそうでもないようでしきりに周囲を見渡している。怖がっているのだろうと察したケンは、安心させるように背中に背負っているバッグから、あるものを取り出した。

 

 

 

「じゃじゃーん!こんな時のために拳銃持ってきたぜ!」

 

「いや拳銃って……それBB弾で撃つやつじゃん」

 

「エアガンでしょ。しかもプラスチックのオモチャの」

 

「けっ。ヤスモノかよ!」

 

「えぇ……呪霊……ナニカ出た時にそれ使うの……?」

 

「なんだよなんだよ!人数分用意してやったんだぞ!ありがたく思えよなー!」

 

 

 

 ケンは友達から文句を言われてプリプリ怒りながら、一人一人に持ってきたエアガンを渡していった。プラスチック製のオモチャでしかないエアガンだが、無いよりはマシだろうという考えだ。ケンからエアガンを渡されたカンやキョウは確り撃てるのか確認している。光一や虎徹にも渡され、さあ龍已の分と渡そうとするが、龍已は受け取らなかった。

 

 黒圓無躰流は遠距離で戦わない。距離を取らず相手の懐に入り込んで相手を的確に殺す為の、超近接型流派。そして龍已の父親である忠胤は死ぬほど飛び道具が嫌いである。願いを叶える球があったら真っ先に飛び道具をこの世から消す位には嫌いだ。それ故に、龍已は日頃からどれだけ飛び道具に頼ってはダメか。使う奴は腑抜けか口酸っぱく、耳にタコが出来るほど聞かされている。

 

 なので龍已は飛び道具であるエアガンは要らないと答えて受け取らなかった。しかしケンも引かなかった。別に使わなくてもいい。ただ念の為に持っていてほしいのだと。ケン達は龍已が超閉鎖的な一子相伝の流派である黒圓無躰流の鍛練を積んでいる事を知らない。周りの誰よりも動けて、不思議なナニカが見える普通の男友達だと思っている。つまり自衛の手段が無いと思っているのだ。要するにケンのそれは完全なる善意。龍已はそんな善意に弱く、渋々受け取った。

 

 少し眉を顰めながらエアガンを受け取った龍已に満足そうになると、ケン達は各々が持ってきた懐中電灯を使って足下を照らしながら、使われていない廃トンネルの中へと入っていった。バラバラになるのは流石にダメだ。だから固まって歩こうという事になって、龍已が一番先頭を歩こうとしたが、自称怖いもの知らずである光一が、先頭はオレ様だと言って聞かないので、仕方がないので譲った。

 

 先頭を取られた龍已は、何処を歩いても良かったので流れに任せていると、一番後ろになった。ケン達は3人で固まって光一の後を続き、虎徹は光一の背中にしがみ付きながら隠れつつ歩く、龍已はそんな5人を追い掛ける形で最後尾だ。

 

 

 

「────ッ!?何か踏んだ!!」

 

「いって!?それオレの足!!」

 

「うぇっ!?オレもなんか踏んだ!!」

 

「あだァ!?だからオレの足だっつーの!!なんなの?お前らオレの足に何かウラミでもあんの?」

 

「「ケンちゃんの足かよ……まぎらわしいからやめてくんない?」」

 

「踏んできたのお前らだろーがッ!!」

 

「お前らうっせーよ!!」

 

「こ、光一君……前向いて歩かないと危ないよ……っ!」

 

「……賑やかだな」

 

 

 

 ギャーギャー叫きながら喧嘩しているケン達に、振り向いてキレ散らかす光一。振り向きながら歩いている光一を心配して注意する虎徹。そんな賑やかな男子一同を無表情で静かに見つめる龍已。よくわからないカオスになっていた。普通なら怖がって震えているだろうに、ケンは理不尽な言われように怒りで震えていた。

 

 6つの懐中電灯の光が斑に暗闇を照らしながら奥へ奥へと進むこと数分。特に何かが起きることも無く200メートル程進んだ。後ろを振り向けば、入ってきた入り口は小さく見える。周囲は暗くて懐中電灯が無ければ何も見えない。そして何だかジメジメしてきたし、カビ臭い。嫌な空気となっていた。

 

 

 

「うぉっとと……枝踏んだ」

 

「枝……?何でこんなところにあんだよ」

 

「枝が落ちてても別にフツーじゃん」

 

「いや、だって、ここまで枝なんて無かったじゃん?なのに何でいきなり枝?ここ木生えてねーし」

 

「はー?枝は枝だろ。オレが踏んでバキッていったし、ほら、そこに……えだ…………が…………………」

 

「……?何で固まってんだよおま……………え……え?」

 

 

 

 光一が進んで行くと固い何かを踏んで枝だろうと判断した。しかしケンはその言葉に疑問を抱く。ここまでそんな枝らしきものは見ていなかったし落ちていなかった。なのにここまで歩いていきなり枝が落ちているだろうか。枝があるということは、必然的に木があるはず。しかし此処はトンネル内。コンクリートに囲まれた場所だ。木は生えてくることは無い。

 

 だが本当に枝を踏んだのだと言って光一は、先程自身が歩いた場所を懐中電灯の光で照らした。ホラ見ろ、枝じゃん。そう言いたかった。しかし無理だった。懐中電灯の黄ばんだ光によって照らされたのは枝では無い、小学生でも分かるような……理科室の人体模型で見たような……骨だった。

 

 

 

「ぁ……あぁあ………っ!」

 

「お、おちつけ!人のじゃねーよ!動物の骨だろ!」

 

「お、おどろかせるなよなー……っ!」

 

「こんな所で……人が死んでるんだったら……け、警察がいるってーの!」

 

「バカやろう!光一のヨワミソ!ノミ!単細胞生物!」

 

「おい、いきなりどうした??」

 

「いや言いすぎだろ!」

 

 

 

「ぁ……ゃ……やっ……ぱりぃ……!」

 

 

 

「……?おい、ケン、カン、キョウ、光一、天切の様子がおかしいぞ」

 

「はぁ…?どうしたんだよ虎徹?」

 

 

 

 ケンが素直に驚いてしまい、その原因を作った光一を罵倒していた。カンやキョウも、よくよく考えて動物の骨だろうと判断して落ち着きを取り戻した一行だが、後ろからの龍已の言葉で虎徹を見た。そしてそこには、前を照らして全身をガタガタと震わせている虎徹が居た。全身を震わせている所為で手も震え、握っている懐中電灯の光が小刻みに揺れている。

 

 異常だ。尋常では無い怯え方。何があったのだろうと、虎徹が照らしている前を全員で照らしてみる。するとそこにあったのは、映ったのは、照らしたのは……人の頭の骨。それに伴う全身の骨。それが恐らく4、5人分。そして真新しく、所々に幾らかの肉がついた人の死体が、腕や足が捻じ切られて地面に転がっていた。片方の眼球が無くなって暗闇が広がり、もう片方は瞼の肉ごと頬の肉が千切られ、光を宿していない眼球がケン達を捉えていた。

 

 本当に恐ろしい恐怖を味わった人間は、叫び出すことが出来ない。喉がヒクつき、顔色が真っ青になって、理解の範疇を越えた情報は脳内を白く染め上げた。ケン達には散らばった死体()()()目に映っているのだろう。しかし龍已は違う。そして……虎徹も違う。

 

 

 

「──────あぁかるうぅぅいぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙…………ッ!!」

 

 

 

 ヘドロのような色合いの芋虫に、無数の腕が生えており、腕と腕の間を埋めるように歯並びの悪い黄ばんだ歯を覗かせる口が開閉して涎を垂らしていた。頭部だろう場所には大きな目玉が一つ中央にあり、その周囲に3つの口が付いている。何かを呪うように怨念の籠もった声が撒き散らされている。

 

 たった一つだけある大きな目玉は、光を照らすケン達を捉え、気持ちの悪い動きを止める。暫し固まると、体中の口の端が吊り上がって弧を描き、涎を撒き散らしながらゲラゲラと笑った。虎徹は蒼色になった顔を真っ白にし、龍已は見た目醜悪なナニカに目を細めた。

 

 

 

「……お前達」

 

「……ぁ……な…んだ……龍已……?」

 

「……今すぐ振り返って元来た道を全速力で走り抜けろ。振り返るな」

 

「な……なにを言っ──────」

 

 

 

「──────今すぐ行けッ!!」

 

 

 

「「「────────────ッ!!!!」」」

 

 

 

 ケン、カン、キョウは、日頃大きな声を一切出さない龍已から、この場から逃げろと言われて直ぐに従った。日頃から自分達には見えないナニカを見ていた、見えていた龍已が、振り返らずに此処から逃げろという。散らばった人間の骨。どう考えても普通じゃない肉の残った死体。今すぐ逃げろというナニカが見える龍已の言葉。流石に小学校低学年といえども、人を殺すナニカがそこに居るのが分かった。

 

 カンとキョウは踵を返して走り出した。ケンは未だ固まっている光一の手を掴んでその場を駆け出した。これでどうにか自身が時間を稼げば、彼奴らは助けられる。そう思った龍已の視界には、まだその場から動いていない虎徹の姿があった。全身が震えていて懐中電灯の光が小刻みに揺れていた。そして、明らかに人を殺しているナニカは、標的を一番近くに居る虎徹へと定めた。

 

 

 

「むりだ……あれは二級呪霊……僕の術式じゃむり……勝てない……しぬ………っ」

 

「──────天切ッ!!」

 

「ぅわああぁああああああああああああッ!!」

 

 

 

 ナニカは全身から生やしている腕の何本かを虎徹へ向けて伸ばした。車よりも速い速度で伸ばされた幾本もの腕を躱せるわけが無く、ヘドロのような色をした手に腕や脚を掴ませて引き寄せられていった。そこで初めて虎徹は、悍ましい姿のナニカ……呪霊に捕まったのだと理解して、悲痛な声を上げた。

 

 強い力で引き寄せられ空中に体が投げ出されている虎徹は、後少しで呪霊の元へ辿り着く。そうなれば、全身から生えている腕によって、地面に転がっている死体のように四肢を引き千切られてしまい、最後には子供の無惨な死体が出来上がる事だろう。だがそれを龍已が許さない。コンパクトサイズの懐中電灯を口に咥え、暗闇を照らしながら腰を落とし、足腰の筋肉を軋ませた。足を踏み締めるとコンクリートの地面に罅が入り、次の瞬間には龍已が駆けていた。

 

 

 

「──────黒圓無躰流・『飛燕(ひえん)』続く『切空(せっくう)』」

 

 

 

 コンクリートに足跡をつける踏み込みから全速力で駆け出し、呪霊へ向かうのではなく、円形状のトンネルの壁に向かって行った。龍已を壁に足が掛かっても速度を緩めず、明らかに人が滑り落ちる角度になっても走り続け、壁を伝って呪霊の真上に当たる天井まで走り抜けた。そしてそのまま膝を折ってしゃがみ込み、全力の跳躍。体を丸めて縦に回転し、虎徹を傍に寄せた呪霊の腕に目掛けて降ってきた。

 

 体の中で留まっている不思議な力を脚の踵に集中させ、回転力と重力、龍已の体重と不思議な力、そして繰り出した踵落としの力を加えた渾身の一撃が、虎徹を掴んでいる腕に叩き込まれた。ヘドロ色の呪霊の腕は龍已の踵落としで切断された。傷口からは紫色の呪霊にとっての血液のようなものが流れ出した。

 

 しかし呪霊に然程痛みを感じている様子は無く、切断された腕はブクブクと気泡が湧くように肉が隆起し、再生した。龍已はその再生速度を目の端で捉えながら、地面に落ちて尻餅をついた虎徹の背中と膝裏に腕を差し込み、横抱きにした。だがそこは呪霊の傍、再生しきった腕とその他の大量の腕が龍已達に差し迫ってきた。

 

 

 

「こ、黒圓君……っ!!」

 

「暴れるなよ。そして絶対に動くな。……黒圓無躰流・『浮世(うきよ)』」

 

 

 

 虎徹を両手で抱き抱えながら、迫り来る無数の腕を全て躱し始めた。動きは最小限にして体力を温存しつつ、後方へと下がっていき距離を取る。本来己一人の身を使った身躱しの技術だが、今は腕の中に虎徹が居る。虎徹は龍已に言われたことを忠実に守り、体を丸めて震えながらもジッとしていた。

 

 己の身だけではないので被弾する範囲が広い。普段よりも大きめに躱しの動きを取らなくてはならないが、龍已からしてみればそんなものは僅差でしかない。少しずつ、無理の無い程度に距離を取っていき、ある程度の距離を取ったら呪霊からの追撃が一端止んだ。その隙に龍已は虎徹を腕の中から降ろすが、虎徹は龍已の服を掴んで必死に頭を横に振った。

 

 

 

「ご……めん…!こ、こしが……っ!」

 

「……仕方ない。此処に居ろ。俺はアレをどうにかする」

 

「む、むりだ…!あれは呪霊といって、しかも二級呪霊だ…!!小学生が勝てるやつじゃない……っ!あれは置いてにげよう!!」

 

「お前を庇いながらだと厳しく、まだ出口まで遠い。それまで『浮世』を継続し続ける事が出来るか分からない。なら、俺はアレをどうにかしてみる選択をする」

 

「むりだよ……!!勝てっこない!!」

 

「それはお前が決めることじゃない。俺がやってみて、結果で分かることだ。それに……俺は今日、苦いものを食べたい気分で──────激しく動きたい気分だ」

 

 

 

 口に咥えていた懐中電灯を虎徹に渡し、後ろから照らしてくれと言った。虎徹は懐中電灯を受け取って、前を照らすことしか出来ない。龍已は肩から掛けているショルダーバッグを外して虎徹の首に掛け、傍に落ちている来るときに光一が踏み砕いた人の骨を拾った。丁度良く真ん中から折れている骨を握り込み、重さを確かめると腰を落として構えた。

 

 黒圓無躰流……それは近接格闘は勿論のこと、自身が持つ武器、落ちている武器を変幻自在に持ち替えて敵に迫り、怒濤の攻撃を繰り出し、延々と相手の命に王手を掛けんとする格闘及び武器術を編み込んだ流派である。

 

 

 

「黒圓無躰流──────『空巡(からめぐ)り』」

 

 

 

「ひかり……まぶじぃ゙い゙ぃ゙ぃ゙……おいしいまぶじい゙……ひかりぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙……ッ!!」

 

 

 

 再び呪霊の腕が伸ばされる。目測10本以上はあるだろう。それを龍已は最小限の動きで相手の攻撃を躱す『浮世』を使いながら前へ進み、時には拾った骨を使っていなし、弾き飛ばし、切断する。折れたことで鋭くなった断面を使っているが、それでも鋭さはそこまででも無いはず。ならばどうやって切断しているのか。

 

 それは単に全身を呪力で覆い尽くして身体を強化しつつ、日々の稽古で獲得した武器術を使用して、常人では不可能である技術の果てに、唯の人骨で二級呪霊の体を斬り裂いている。龍已は一歩一歩踏み締めて前に進んで行く。呪霊は全身の腕を伸ばし、全方向からたった一人の子供を狙うが、その悉くは斬り伏せられた。

 

 やがて龍已は呪霊の傍までやって来た。全身が斬り裂いた呪霊の体液塗れになろうと、その歩みは止まらなかった。後は明らかに弱点だろう頭を落とすだけ。だが相手は呪霊の中でも高い方の二級呪霊。そう簡単にやられはしなかった。

 

 後方で控えている虎徹には見えた。全身から腕を龍已に伸ばしている一方で、芋虫のような体の末端に当たる場所を、静かに龍已に向けて伸ばしているのを。そして感じた。その先端に、巨大な呪力が集められているのを。虎徹は叫ぼうとした。そのままだと危険だと。しかしそれよりも早く、呪霊は呪力の塊を龍已へ解き放った。

 

 

 

「────ッ!?『金剛(こんごう)』──────」

 

 

 

「ぁ……黒圓君ッ!!」

 

 

 

 巨大な呪力の塊が、龍已へと叩き付けられた。龍已は呪力を叩き付けられる瞬間、咄嗟に体の中の呪力を雑ながらも全身で覆い、両腕をクロスさせて防御の姿勢に入った。そして全身の筋肉を限界まで固めて、まさしく金剛が如く身を固めた。しかし衝撃が奔ったかと思った瞬間には、コンクリートの壁に叩き付けられ、壁は大きく罅を入れて破壊され、粉塵が舞った。

 

 虎徹は顔を蒼白とさせた。叫んで教えるのが間に合わなく、龍已は確実に死んだだろうと思わせられる一撃を真面に受け、コンクリートの壁を破壊させるほど叩き付けられた。粉塵が晴れて龍已の姿が見えてくると、やはり龍已は力無く項垂れていた。頭からは血も流している。しかし目は閉じていない。必死に開けて、気絶しないように持たせている。

 

 

 

 ──────……ナニカが飛んできた。俺の中の不思議な力で全身を包んで……全力の『金剛』まで使ったのに……体が動かない……脚と左腕が持ち上がらない……右腕は……どうにか動く。

 

 

 

 下を向いている顔をゆっくりと上げる。そこには全身にある口を歪ませて嗤いながら、腕を無雑作に振り回して歓喜の感情を表現していた。如何にもざまあみろとでもいうようなその態度に、龍已の静かで静謐な心に、黒い(感情)を灯してみせた。

 

 こんな感覚は初めてだった。教えられたばかりの黒圓無躰流の型を父に無理矢理破られた時よりも、学校の掃除で一人だけ真面目にやっていた時よりも、何かの罪をクラスメイトになすり付けられて理不尽に怒られた時よりも……遙かに苛立ち、むかつき、憤慨し、憎い。

 

 今心を占めている負の感情が、体の中にある不思議な力と共に呼応した。あぁ……この不思議な力は己の負の感情(そういうもの)だったのか。無意識に使()()()()()()使()()()()()()()良く解らなかったが、今なら何となく解る。だがそれよりも、そんなことよりも優先するべき事がある。

 

 龍已は辛うじて動く腕を使って、ケンから渡されたオモチャのエアガンを取り出す。先程の一撃で罅だらけだ。最早一度引き金を引くだけで砕けるだろうと思えるその代物を、ゆっくりと呪霊に向ける。狙うは、目玉の周囲にある3つの口で嗤う頭。その一点。そして龍已は言ってやるのだ。ここまでやってくれた悍ましいナニカ……呪霊に。

 

 

 

 

 

「──────────死ね」

 

 

 

 

 

 今は誰も使わなく、使えなくなった廃トンネルから、一条の青黒い光が空に向かって放たれた。後に龍已が居たトンネルの壁の、その反対側の壁には、空が覗き見える程の穴ができ、穿たれていた。

 

 

 

「──────帰るぞ。互いの両親が心配する前にな」

 

「……──────。」

 

 

 

 穿たれた穴から、夕陽の赤い光が一条トンネル内を照らし、その光の下で自身を見下ろしながら手を差し出す黒圓龍已が、天切虎徹には神か天使のように見えた。

 

 

 

 

 

 

 伸ばされた手を受け取って立ち上がり、もう一方の手で預けられていた龍已のショルダーバッグを握り締めながら、虎徹はこの日、この時、この瞬間……運命の出逢いを信じた。

 

 

 

 

 

 

 

 






黒圓無躰流

徒手空拳とあらゆる武器術を編み込んだ、近接戦に於いて変幻自在の戦い方をする流派。


飛燕

どんな足場も全速力で駆け抜ける。忠胤は天井を逆様になりながら走ることが出来る。意味が分からん。


切空

回転力を加えた、上空からの踵落とし。人間にやったら踏んだ空き缶みたいになるか、真っ二つ。普通の踵落としではない。


浮世

相手の動きを見切って躱して躱して躱しまくる技。見聞色の覇気による回避みたいなもの。


空巡り

獲物を両手で持った二刀流の状態で『浮世』と合わせながら飛来物を弾き、斬り伏せて前進する。少しずつ近づいてくるのは普通に怖い。


金剛

全身の筋肉をクッソ固めて防御する。忠胤は飛ばされた弾丸を砕いた事があるらしい。筋肉が弾丸に勝った瞬間である。意味わからん。どこのアンチェイン?


呪力ってどうやって操っていたの?

がーっとやって、ふんって感じ。え?分からない?センスね~。



光一クン

脱出したあと、漏らしていたことに気が付く。最悪だぁ……。


天切虎徹クン

金髪男の娘。やだ…これって運命…?トゥンク

あ、呪霊見えてます☆


呪霊

二級相当の割とガチで強い奴。腕伸ばして舐めプかましたら、まさかのブチギレられ、何か撃たれた。舐めてすんません……。


トンネル

穴が空いちゃった……。

この後撤去される。当然だよね。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。