呪術廻戦───黒い死神───   作:キャラメル太郎

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第二十四話  謝罪

 

 

 

 男は逃げる。一生を共に過ごすと決めた自身の妻と共に。2人は呪詛師だった。そう、呪詛師をしていたのは3年も前の話だ。非術師だろうが呪術師だろうが、殺せと言われたら金次第で幾らでも殺してきた極悪人の人殺しだ。そんな2人が偶然出会って、意気投合して結婚もした。

 

 何時かは子供が産まれ、和気藹々とした家庭を築くのだと、いい歳した大人が2人で盛り上がったものだ。だからこそ、人を殺して生計を立てるのはよそう。2人の子供に危険にあって欲しくない。産まれてもおらず、出来てすらいない子供のことを考えて、2人で一緒に呪詛師の道を辞めた。

 

 それからは真面目に働いた。稼いだ金があるが、手に職が無いのは問題なので、特別な資格が最初は無くても就ける建設の解体業に入社し、仕事も覚えて少ないながらも後輩が出来た。妻もスーパーでパートの仕事をしている。真っ当に生きることで、近所でも仲の良く真面目な夫婦と言われるようになった。

 

 そんなある日、2人は夜の町へ酒を飲みに行った。職も安定してきて近所からの評判も良い。そろそろ子供を作っても良いんじゃないかという話になり、2人だけの最後の夜にしようと、酒を飲んで祝杯を挙げることにした。これからは3人、もしかしたら4人で生きていくかも知れない未来に、酒を飲み交わしながら楽しそうに話した。

 

 そしてその帰り道。酒に強い2人がほろ酔い位になって帰ろうとなり、暗い夜の暗闇に包まれた道を進んでいると、全身を黒い格好で身を包んだ存在に会った。それも、右手に持った黒い銃を此方に向けて。瞬間、2人は踵を返して走り出した。呪力を使って身体能力を極限まで高めて。酔いはとっくに冷めた。そして直感した。黒い死神が来たと。

 

 

 

「くっ……まさか黒い死神に会うとは……ッ!!」

 

「何処へ逃げるの……っ!?何処まで逃げればいいの!?」

 

「解らない……っ!!とりあえずは姿を隠せる場所へ……っ!!」

 

 

 

 2人は離れること無く、夜の暗い世界を疾走する。後ろから追い掛けているであろう黒い死神が逃げ果せる為に。これ以上の速度は出せないという速度で走り、道では無い場所を進む。道なりに行けば見えやすいからだ。そして目指すは木の生えた場所。撒くならそこだろう。それが誰もが考えることだと知らずに。

 

 黒い死神に見つかった呪詛師がする事は2つ。1つ目はその場から逃亡する。2つ目は姿を眩ませる場所へ向かう。その2つだけ。誰も戦おうとはしない。戦う決意が決まるのは逃げた先で追い詰められた時のみ。つまり、皆が同じ考えの基動いてしまう。だから逃げられない。

 

 2人は走った。何処までも何処までも。殺されるわけにはいかなかったから。これまでの努力を無駄にはしたくなかったから。だからコンマ1%の確率でも良いから、逃げることに専念した。だが逃げられないのだ。黒い死神からは。逃げられた者は……誰も居ないのだ。

 

 息が切れる。休憩も取らず、速度も緩めず走り続けること数十分。目的だった林の中へ入り込み、気配も消して呪力も抑えて息を潜めた。それから5分が経過しただろうかというタイミングで、2人は安堵の溜め息を同時に吐き出して抱き締め合った。黒い死神の前で。

 

 

 

「最後の抱擁は済んだか」

 

「な……なんで……ッ!!」

 

「これだけ逃げて……どうして……」

 

「教える必要は無いだろう。これから死にゆく者に。その情報はお前達(呪詛師)には過ぎたものだ」

 

「ま、待ってくれ!!俺達は呪詛師だったが、もう殺しなんてしていない!!一般社会で真っ当に生きてる!!」

 

「私も……賃金が少し安くてもパートしてるし、近所付き合いもちゃんとしてる!非術師の人達とだって仲も良い!!」

 

「だからあんたが俺達を狙ったって仕方ないだろう!?俺達はもう呪詛師じゃない!!一般人になったんだ!!」

 

「一般人になったと思い込むのも勝手だが──────それで殺してきた者達の無念や怨念が晴れるとでも思っているのか」

 

「そ……それは……」

 

 

 

 叫んでいた男と女は言い淀んだ。何せ、殺してしまったのだから。死んだ者は生き返す事は出来ない。戻って来ない。取り戻せない。だから大罪として世の常識に組み込まれているのだ。それを快楽を見出す為にも行ったし、金のためにやった。だから過去とはいえ自分達は真っ当な呪詛師だった。

 

 口が裂けても殺した人達が自分達を呪っていないとは言えない。最後の断末魔を楽しんでいた自分達が居るのだから。無念や恨みは幾らでものし掛かっているだろう。だから一般人になったというのは所詮遊びだ。そういう設定を楽しんでいるだけの呪詛師。それが自分達の正体だ。

 

 だが、例えそうでも気持ちは本物だ。殺しはしていないし、給料が安くても働いている。非術師の人達と仲良くしている。だからという訳では無いが、呪詛師を専門として殺している呪詛師殺しの黒い死神が、呪詛師活動をしていない自分達の元に来るのは違うはずだ。そう強く、暗示を掛けた。そうしないと、見下ろす黒い死神の覇気に押し潰されそうだから。

 

 

 

「お前達が殺した非術師にも家族が居た。活動をしなくなって3年も経つらしいが、家族を殺された者達の中には、今でも立ち直れず、心が病んでしまっている者も居る。その者達の前で、先の言葉を一語一句違わずに言えるか。認めて貰えるか。散々快楽のため、金のために人を殺してきた己等は一般人になったからこれからは仲良くしようと」

 

「それは……それは……っ」

 

「で、でも……っ」

 

「──────手遅れだ。お前達が殺してきた者達の家族は、全員で金を出し合ってお前達を殺すよう依頼した。提示された報酬額が、お前達への殺意を物語っている。つまり、お前達は殺してきた者達の家族の手によって殺される。俺は執行代役者。手を下せない者達の為に代わって裁き下す呪詛師殺し。お前達が呪詛師を辞めたと宣おうと関係無い。消せない過去によって縛られ、死ぬのだ。死を見るがいい。そして思い知り後悔し、潔く死ね。死して悔い改めろ」

 

 

 

 黒い銃の銃口を2人に向ける黒い死神。相手がどんな状況にいようと関係無い。過去に非術師を呪い、殺して呪詛師となった者達は、何処まで行こうと所詮は人殺しの呪詛師だ。況してや一般人になったなんてとんでもない。1度犯した過ちは消せないのだ。

 

 だからこそ、こうして依頼を出して黒い死神の元に渡った。殺してくれと。捕まえるのでも無く、地獄を見せるのでも無く、唯殺してくれと依頼するのだ。これから生きていく為の金も、貯金も財産も物も家も、借金して信用すらも無くそうと、全てを擲っても消えることの無い殺意。憎しみ、恨み辛み。その一心を受けて引き金を引くのが、黒い死神だ。

 

 どれだけ綺麗な言葉を並べても、言い訳をしても、命乞いをしても意味は無い。何故ならば、黒い死神が現れるのは、何時だって救いようの無い呪詛師の前だと決まっているのだから。逃げられる、られないの話でも無く、倒せる倒せないの話でも無い。受け入れる。それが正しい行いであり、死が全てなのだ。

 

 

 

「お願い……します……見逃して下さい。殺してしまった人達のご家族には誠心誠意謝罪します。悪いことはしません。縛りも結びます」

 

「呪力も術式も使いません。これからは普通に生きていきます。だからどうか……お願いします……子供の顔も見たいし、親になりたいのです……」

 

 

 

「そうか。命乞いは終わったな。それに親になるだと?それはそれは──────生まれる子供が可哀想だ。益々お前達は死んで当然の存在のようだ。では疾く死ね。一般人になりたいなら来世で非術師に生まれるが良い」

 

 

 

「待っ──────」

 

「いや──────」

 

 

 

 夜の暗闇が何処までも広がる暗闇の世界で、二発の弾が放たれる。それは人間の命を容易く奪い取る。呪詛師が2人分、この世から消えたことの証明でもあった。

 

 例外は無い。子供が欲しかろうと子供が居ようと、愛し合っていようと。それらは呪詛師には過ぎたものだ。奪ってきたのだから奪われて当然のもの。黒い死神は冷酷でも非道でもない。当然のことを殺しというものに置き換えて実行しているだけに過ぎないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────いっで……ッ!?」

 

「くッ……っ!?」

 

「怒りに任せて向かってくるな。小学生の喧嘩では無いんだぞ。夏油も五条の感情に流されるな。最初は冷静だったのに何故動きが雑になった。五条がやられたからか?それは立派だが今のは悪手だ」

 

「……解りました」

 

「チッ……術式ザコのクセにうぜぇ」

 

「そのザコにボコボコにされてるお前等は何ザコって呼べば良いの?クソザコ?ははッ、ざまぁ」

 

「うっせーよ硝子!!つーかお前も動画撮ってないで、コイツとやってボコされろ!!」

 

「先輩は私には優しいから。何せ可愛い後輩だし」

 

「なら俺等もそうだろ!!」

 

「どの口が言ってんだよクズ」

 

 

 

 ある日の体術の時間。悟と傑は当然のように龍已の手によってボロボロのボコボコにされていた。最初は普通に夜蛾が教えようとしていたのだが、悟と傑が異を唱えたのだ。曰く、あの2年相手じゃないとやる気が起きない……と。やっとやる気が起きたのかと思うこと勿れ。2人は龍已を前回の腹いせにボコりたいだけだ。まあ結果を言えば指先1つ触れることすら出来ていないのだが。

 

 龍已が来ないならやらないと言って聞かない2人夜蛾は溜め息を溢し、急遽自習をしていた龍已を呼んで合同練習してくれるように頼んだ。理由を知った龍已は、手を振っている硝子に小さく手を振り返し、2人で来て良いと言って拳を構えた。勿論2人はキレた。悟は見て解るようにキレて、傑は目を薄く開けて静かにキレた。

 

 あらゆる手を使って、龍已に向かっていく2人だが、次の瞬間には青空を見ていた。早業で解らないわ、誘導されて悟と傑で顔を互いに殴り抜くわ、数の利を活かそうとしてもものともしないわ、何なんだよコイツ!と吠える悟に硝子は爆笑した。

 

 

 

「ぜぇッ……ぜぇッ……マッジでコイツ……舐めて……やがるッ!!」

 

「はぁッ……はぁッ……触れることも……出来てないね……私達……」

 

「術式に頼る戦い方をしてきたからだろう。夏油は趣味が格闘術というだけはあって良い動きをしている。しかし五条はもう少し鍛練を積んだ方が良い。自身には術式があって近付けないのだから良いという考えは捨てろ」

 

「普通は無理だっつーの!!俺に触れる奴とか居ねーから!!」

 

「なら無下限術式を発動しているお前に触れてみせるとしようか。……領域展開──────」

 

「やめろマジで。本気で領域展開したら『蒼』で殺すから」

 

「あんなものに今更当たる訳ないだろう。素の脚でも逃げ切れる」

 

「……………………へぇ。そうかそうか。ぜってー当たんねーんだな──────術式順転『蒼』」

 

 

 

 軽い挑発に乗った悟が、ブチギレたまま無下限術式の収束の力を持った『蒼』を発動した。地面が大きく抉れて空中に凝り固まっていくのに、龍已はその近くに居ない。目の前で展開してやった筈なのに、もう居ないのだ。最後に見たのは、その場で姿勢を極限まで低くした姿。その後は爆発音と共に消えた。

 

 足跡が残って地面を大きく蹴散らす程の踏み込みをして走り回る龍已に気付き、悟は捉えようと『蒼』を動かして追い掛ける。しかし範囲内には入れることが出来ず、最大出力に近い『蒼』を使っても捉えられなかった。

 

 止まって別の方向へ進行方向を極端に変えることにより、硝子から見るとありとあらゆる場所に転々と姿を現しては消える龍已が居る。それだけの超速度を、呪力による肉体強化をせずにやっているというのだから、化け物かよと舌打ちを放つ悟。そんな彼に、後ろから肩に手を置く存在が1人。

 

 

 

「それまでだ。これ以上やるとグラウンドが無くなる」

 

「……なんで素の脚で俺の『蒼』を千切れんだよ。最後はほとんど最大出力だぞ。オマエ本当に人間かよ。宇宙人なんじゃねーの?キモチワル!!」

 

「悟の『蒼』から逃げられるなんてスゴいですね。見ていて人間か疑いましたよ」

 

「お前等みたいなドクズ共に先輩が負けるわけねーだろ。調子に乗んなよ」

 

「硝子はどっちの味方なんだい?」

 

「先輩に決まってんじゃん」

 

「お前俺らの同級生だろうが!ソイツに味方すんのは絶対ちげーだろ!」

 

「……はんッ」

 

「鼻で笑うんじゃねぇ!!」

 

 

 

 もう全く味方をしてくれない硝子に拗ねている悟。だが疲れたのか地面だというのに傑と一緒に大の字で寝転んだ。今回はしっかりとジャージを着て動きやすい服装をしている。絶対に叩きのめして泣かしてやると息巻いていたのに、着ているジャージは土塗れで、龍已は砂1つも付いていない。一目瞭然で腹立つ。

 

 そして一番腹立つのが、龍已がまだまだ全然本気では無いことだ。これでも御三家の五条家に生まれてきた悟は、稽古だと言われて体術も習っていた。これでも教えてきた奴をすぐにボコボコにしたし、才能だってあって天才だっていうのも自覚してる。なのに全く勝てない。こんな存在今まで居なかった。

 

 領域展開も初めて見たし体験した。まさしくチートのそれ。無下限術式によって自身の周りに張られる無限の減速を与えるバリア。それを中和して必中の術式を叩き込んでくる。しかもそれは必中で当たるのは確実なのだから、当たる場所には何処からでも当てられるという謎理論まで展開してくる。どう対処しろと。最大出力の『蒼』も呪力の光線で無理矢理掻き消された。手詰まりだった。

 

 解らないだろう、この気持ちを。数百年振りとなる六眼と無下限術式の抱き合わせに類い稀なる才能。それ故の最強という呼び名。高専に入学してからは、傑という親友が出来て、2人揃えば敵無しの最強だと思っていたのに、2人揃って地面に転がされる。術式を使っても完膚無きまでにやられた。

 

 どうやったら勝てると寮の自室で悩み、傑とも作戦会議をした。その作戦を今日は実行したのに破られた。だから?と言わんばかりに。クソほど苛ついた。

 

 呪力をより鮮明に視る事が出来る六眼で、呪力を本気で纏う龍已を見た悟は、コイツはバケモンだと直感した。だってそう思うだろう。呪力を纏っているだけなのに、まるで恒星のように幻視してしまったのだから。無限に思える莫大な呪力を纏って相手の攻撃はほぼゼロに。自身の攻撃は必殺に。なんだそれは。巫山戯てるのか。

 

 垂れ流しで雑ならまだ解る。しかしその後に、その恒星を幻視する呪力の塊を薄く体の周りに覆わせる操作技術はなんなんだ。呪力の濃度はそのままに薄く纏っているから、まるで殆ど呪力を纏っていないように錯覚する。とんでもない詐欺だ。向かってデコピンでも受けたら頭が飛ぶ。最低でも首の骨が砕ける。そんな操作技術を天与呪縛だけで持ち得るか?いや有り得ないだろう。

 

 ならば、この男は……これまで一体どれだけの、それこそ妄執と言えるレベルの鍛練を積んできたというのだ。想像するのも億劫になるだろう鍛練量。しかも暇なときは領域展開をして練度を日々上げているのも知っている。クソほど訳が解らない。本当に人間か。

 

 

 

「……術式順転──────……ッ!?」

 

「取り敢えず五条は休憩だな。次は夏油だが、お前の術式は使うと高専のアラームが鳴るから引き続き体術だ。構えろ」

 

「……よろしく、お願いします」

 

「流れるように五条がやられててウケる」

 

 

 

 考えれば考えるほど腹が立つ先輩の男に向かって、背中から『蒼』をぶち込んでやろうと構えた時、視界から龍已が消えて顎を軽く打たれた。痛みなんて無いのに、体が勝手に倒れ込んで動けない。脳震盪を起こされて倒れたのだ。また負けた。不意を突こうとして呪力の流れも最小限に、気配は消して行ったのに、察知された。

 

 こっちは術式を使っているのに、龍已はまだ『黒龍』に触れてすらいない。術式を使わず、必要最低限の呪力で無力化されるのは、ムカつく程悔しいと感じた。

 

 夏油も龍已の強さには舌を巻かされている。趣味が格闘術なので近接格闘では負けたことが無かったが、龍已には一切通じない。手首を取ろうとすると取られていて、捻って外そうとすると捻られる。打撃を打ち込もうにも距離を取るどころか詰めてきて逆に打ち込めない。

 

 夏油は感じていた。龍已の近接格闘での戦い方の違和感に。それは距離の取り方。普通は後ろへ距離を取るところでも、詰めてくる。只管こちらの懐に入り込んで来る。逃げるという選択肢が無く、前へ進んでくる。前へ前へ前へ前へ。どんな状況でも攻撃の手を弛めない。今は教える立場だからこそ対処をしたりしているが、これが殺し合いならば攻撃させる暇も無く怒濤の攻撃に出るのだろう。

 

 しかも傑と悟は知っている。龍已が異常なほど力が強く、人間の域を越えた膂力を持っていることを。近接戦で触れた時に感じる、見上げるような山に打ち込んでいるような感触。筋肉の付き方が先ず違うのだろう。だから見た目以上の尋常じゃない力を持っているのだ。しかも、自分達を相手にするときは、それをセーブしている。

 

 やろうと思えば、受け止めた拳を容易に握り潰せるだろうに。人知を超えた超人の肉体。それを更にブーストさせる莫大な呪力。それを悟らせない呪力操作技術に隠蔽力。逃げ切れるとは思えない術式範囲に呪力出力。呪術の頂点である領域展開の修得に最高レベルの練度。それだけのものを持ち合わせておきながら、本命は零距離で行われる近接格闘術。そして相手のペースに呑まれない冷静な頭に的確な判断力と、非情さを兼ね備えた思考回路。

 

 

 

「…ッ……本当に、化け物ですかあなたは……ッ!!」

 

「失礼だな──────歴とした人間だぞ」

 

 

 

 指先1つで肩を突かれる。それだけ、たったそれだけで肩の関節が外された。何かの魔法かと問いたくなる絶技に驚く暇も無く、振り上げた足先が最短で顎を掠めていって脳を揺らされた。悟と仲良く地面に寝転んでしまった傑に近付き、簡単に肩を元に戻していく龍已に、まるで未知を見る目を向ける傑だった。

 

 教えながらやっているのだから、本気では無いのは当然知っている。ならばこれが殺し合いだったならば?あれだけ2人で最強と宣っていた五条悟と夏油傑は今頃、この世に居ないことだろう。それも細胞一つ残さず。何故一つしか歳が違わないのに、ここまで力の差が生まれているのか。2人には訳が解らなかった。

 

 次は家入の番だという龍已の言葉に、素直に従って体術に取り組んでいる硝子に何とも言えない表情をしてから、悟と傑は互いに見やってアイコンタクトをとった。今は勝てないが、勝てるときが来たら思う存分やってやろうと。それまではお預けだと、2人で決めたのだ。

 

 体に力が入るようになって立ち上がって屈伸をし、傑は戻された肩の調子を確かめるように肩を回している。またチラリと視線を合わせた2人は、同時に駆け出して硝子に体術を教えている龍已に殴り掛かった。当然その後はボコボコにされて地面と熱い抱擁をすることになったが、負けることで近接戦が身に付いていることを感じている2人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

「次の任務は明後日……階級は2級。だが2体か。む、近くに家入が食べたいと言っていたパンが売ってるパン屋があるな……土産に買っていくか」

 

「聞けよ!俺が話し掛けてやってんだから無視すんな!」

 

「……?五条か。お前が俺に話し掛けてくるとは珍しい。いや、初めてではないか?どうした、何か用か」

 

「……チッ。来い!」

 

「おっと……」

 

 

 

 高専の日中の授業も終わり、龍已は満天の星空を見ながら外で稽古をし、終わったら中へと入って自分の部屋を目指していた。すると、自身の部屋の前で誰かが居た。携帯のメールに入っている任務の情報を整理していたので気が付かず、誰なのかと思えば五条だった。

 

 1度間違えて無視してしまった事に腹を立てたのか、通せんぼするのに長い脚を使った。壁に足の跡が付くくらい強く脚を使った壁ドンをして龍已を引き留める。そこで漸く気が付いた龍已が立ち止まり、180センチある龍已が少し見上げて悟の目を見た。

 

 別に睨んでいる訳でも無いのに、自身が見上げて目を合わせると、丸いレンズのサングラス越しにある澄み渡る青空のような綺麗な瞳が小さく揺れた。そんなに無表情の自身が怖いのかと疑問を抱いていると、何の用なのか用件を言わずに龍已の手首を掴み、ズンズンと前を進んで行ってしまった。

 

 身長もかなり高い悟は手も大きく、手首を余裕で1周させてガッチリと握り込み、逃がさないと言わんばかりに力を籠めていた。普通の人なら骨が軋むくらいの力強さなのだが、龍已はものともしていなかった。そうして連れて行かれていると、ソファーが置いてある談話スペースにやって来た。そこには傑が既に居て、悟に無理矢理対面するようにソファーへ投げられた。

 

 

 

「乱暴だな。別に逃げたりしないというのに」

 

「どうせオマエはバランス崩す程の体幹の弱さしてねーんだからいいだろ」

 

「悟。折角来てもらったんだから喧嘩腰はダメだ。硝子にまたクズと言われるよ」

 

「傑も言われてたろ!俺だけみたいに言うな」

 

「……それで、用件は何だ」

 

「……オマエの同級生が死んだ時の任務内容と、日頃のことを夜蛾から聞いた」

 

「……そうか」

 

 

 

 悟が口にした用件は、思っていたものよりも重い話のようだった。だがそこに侮辱しているような視線は無く、2人とも真剣な表情であった。何かあったのだろうなと思いながら話が進むまで黙っていると、言い辛そうに悟が話を続けた。

 

 どうやら、硝子が四年生になった歌姫と会って仲良くなっていると、初めて龍已が悟と傑に邂逅した時の話をしたらしく、人を殺そうとする殺人犯みたいな形相で一年生の教室に現れ、龍已の死んだ同級生と龍已がどれだけ仲が良くて良い子達なのか叫んだ後、思い当たる罵詈雑言を吐き散らして殴り掛かったらしい。

 

 結局それは夜蛾に止められたそうだが、あまりにも悟達のやった行いが非道ということで、当時の龍已が応援に行った任務の内容と、日頃どんな風に龍已と過ごしてきたのか、見てきた範囲で夜蛾から説明され、最後に本気で拳骨を落とされた。だから2人の頭にたんこぶがあるのか……と納得する龍已だった。

 

 

 

「『同じ状況を精々思い浮かべろ』……それが夜蛾先生から言われた言葉です」

 

「……傑が俺の知らないところで死んで、そんな傑のことを侮辱する奴が居たら……多分殺してる」

 

「私も悟と同じ気持ちです。なのに私達は先輩にそれを言いました。なので時間が経ってしまいましたが……すみませんでした」

 

「……悪かった」

 

「……悟」

 

「…っ……ごめん……なさい」

 

「……………………。」

 

 

 

 揃って深々と頭を下げる悟と傑の、標高の低い頭を見て理解した。連鎖的に夜蛾の元にまで侮辱していた事が渡り、叱られたのだ。そして気付きを与えられ、気付いた。自分達がどれ程最低な言葉を吐いたのか。言われた側がどんな気持ちになるのか。

 

 親友だと言い合っていた3人の内、2人が任務先で死亡。出て来たのは記載されていた呪霊ではなく、3体の特級呪霊。それらをたった一人で瞬く間に祓い、親友達の亡骸を自身で回収し、呪霊が発生した病院を根刮ぎ消し去った。

 

 冷静なところしか見たことが無い龍已が、その時の感情に任せて行った初めての破壊行動。大きかった廃病院を跡形も無く消し飛ばし、底が見えない程の大穴を開けた。つまり、それをするくらいの激情を抱いていたことになる。そしてそれを大いに刺激する言葉を、軽くぶつけた。

 

 殺意を抱いただろうに、冷静な頭で引き留めて、2人を殺せる力がありながらそれをしなかった。自分達には無理だ。何も言わずに殺す自信しかない。だから、こうして龍已に謝罪するために場を設けたのだ。

 

 

 

「……お前達の謝罪は分かった。しかしそれは親友達を亡くした俺への同情か。それとも亡くしてしまった事への憐れみか。または言われたから謝罪に来た。どれだ」

 

「そんなことは考えていません。……本当に悪辣なことを言ったと……」

 

「気付きを与えられて気が付き、謝りに来ることは評価すべきだろう。しかし本質はそこではない。お前達は所詮、他人から言われて謝らないといけないと思ってやって来た。つまり言われたから謝っているという状況だ。お前達の親友は生きていて、隣に居てくれる。俺には当てつけられているように感じ、同情と憐れみを抱かれているようにしか感じない」

 

「そんなことは……」

 

「謝罪してどう感じるかは相手次第だ。俺にはそう感じる。何故ならば、お前達は唯馬鹿にするでもなく、貶すでもなく、死んでいると確信しながら侮辱したからだ。そんなお前達の言葉を鵜呑みにして謝罪を受け入れるような考え方を、俺は持っていない」

 

「じゃあ……どうしろってんだよ。謝ってんのに許されねーなら、もうどうしようもねーじゃん」

 

「だからこそ、俺が提示するのは謝罪を受け入れた許しではなく、誓いだ」

 

 

 

 龍已は服の中から右手でチェーンに繋がっている豪華な指輪を取り出し、左手の手首に巻かれている4周した長い黒と琥珀のミサンガを見せた。それは何なのかと問う傑に、死んだ親友達が、自身のために遺していった気持ちの結晶だと答えた。

 

 目を見開いている2人に見せ付けるように晒す龍已は、何時もの無表情のままでありながら、逆らうという意思を剥奪させる気配を発していた。空間の温度が下がり、悲鳴が上がっているような感覚になりながら、指輪とミサンガから目が離せない。離してはいけない。

 

 

 

「お前達が反省したというのならば、俺もこの2つ形見に誓おう。もし仮に、お前達が再び俺の親友達を侮辱した場合は、お前達が抱いた謝罪をしようという思いをお前達自身が踏み躙ったと判断し、お前達を殺す。同じ過ちを犯してくれるなよ。そして、俺に後輩を殺させるな。それがお前達に出来る()()への償いだ」

 

「……分かりました。謝罪はもうしません。その代わりに肝に銘じておきます」

 

「……俺も」

 

 

 

 2つを見せ付ける龍已の眼には、琥珀の色とは別の、真っ黒な炎が灯って朦々と燃え盛り、その誓いが強固であるということを物語る。そして、指輪とミサンガからは底知れないナニカが感じ取れ、龍已の後ろに女と男がうっすらと見えた。

 

 一瞬だったが、まるで龍已を守る霊のように張り付き、龍已を侮辱した悟と傑を呪い殺さんとしているような、凄まじい形相を目にした。愛されていて、愛していたんだなと直感し、心の中で謝罪した。会う前に亡くなった先輩達を、大切な人を侮辱して申し訳ありませんでしたと。

 

 

 

「……俺からは以上だ。では行くぞ」

 

「えっと……?」

 

「……どこに行くんだよ」

 

「今夜は少し冷える。温かい飲み物を入れてやるから食堂へ行こう。そこでお前達の話を聞かせてくれ。これまでのことや、これからのことを。折角問題が解決したんだ、仲良くなるための一歩として一緒に話をしよう。先輩からの頼みだ、聞いてくれるか?」

 

「……勿論です。美味しい飲み物、期待してます」

 

「……仕方ねーから行ってやる。センパイの頼みだし」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

 

 龍已が先を歩いて悟と傑が後をついて行く。終始無表情だったが、今は何だか笑っているような雰囲気がしていて、先までの重い空気はもう既に霧散していて、2人も笑った。

 

 

 

 

 

 

 気付きを与えられ、己の言葉を反省し、龍已は決意を示した。2人はもう同じ過ちは起こさない。先輩に後輩を殺させない為にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2005年8月。海に面した崖上の廃家にて『窓』が1級呪霊を確認し、任務として黒圓1級呪術師に要請。

 

 その後、巨大な爆発により廃家が吹き飛ぶところを同伴していた鶴川補助監督が目撃。後に五条特級呪術師及び夏油2級呪術師に応援を要請。しかし黒圓1級呪術師の遺体発見には至らず、その場に残された大量の血痕のみを発見。

 

 残穢から判断して特級相当の呪霊2体が発生していたものと判断される。それには五条特級呪術師が証明しており、当時の状況が確実であることを示す。

 

 後に48時間が経過し、音信不通。周辺に姿を発見する事が無かったことを考慮し、死亡と断定。

 

 

 

 

 

 

 死亡・黒圓1級呪術師。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







五条悟

親友が死んで侮辱されたら、迷わず殺してる。

傑が反省してたから、これは拙い事だったんだと判断して反省した。一応。



食堂で出されたココアは温かくて、優しい味だった。




夏油傑

親友が死んでいるのに侮辱?殺す。

夜蛾に悟と一緒にしこたま怒られて、気付きを与えられて反省した。流石に言い過ぎだったのを自覚する。



甘いのがダメな自分に出してくれたコーヒーは、優しい味で温かいものだった。




家入硝子

歌姫にチクった。そもそも隠す気無かったし、これでクズ共が反省すればそれで良いし、しないなら変わらずクズ共。まあ謝ってもクズ共だけど。

後日龍已に肩を組んで話し掛ける悟と、普通に話し掛ける傑を見てメスぶん投げた。先輩に触るな話し掛けんな、クズが移る。




クズ2人が幻視した男と女


何時までも優しく見守っている。



だから、まだこっちに来るなよ。親友。







黒圓龍已


会いたいなぁ……。


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