呪術廻戦───黒い死神───   作:キャラメル太郎

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第二十五話  覚醒

 

 

 

 

「ん、んん……少し、目眩が……」

 

 

 

 龍已はその日、体調が頗る悪かった。体調管理は完璧にしているし、食事の栄養バランスも考えている。日々稽古をしているので体を動かしていない運動不足によるものも考えにくい。ならば単純に体調を崩しただけのようだ。

 

 風邪や熱は過去に一度しか引いたことが無い。しかもそれは雨の日に外で稽古を父にやらされ、10時間は経過したからだ。その後母にしこたま怒られて雨の日に外で稽古をすることは無くなった。だが熱が出たのはその時だけだ。それ以来は体調には気を付けていて、何時でも完璧なパフォーマンスを行えるようにしていた。

 

 まあこんな日もあるかと、熱っぽい頭でぼんやりと考えた。そして思い出す。今日は任務が入っていたということを。案件の階級は1級。そこらの呪術師には行けないものだ。だが流石に、今の体調では問題があると判断して、龍已の任務の補助監督をやってもらっている鶴川に電話を掛けた。

 

 朝の早い電話だったが、補助監督の仕事があるのか既に起きていて、電話を掛けてきた龍已に珍しそうに如何したのかと問い掛けてきた。そこで体調が悪いとは言わず、手の空いている1級呪術師は居るかと問えば、今は居ないと答えられてしまった。特級呪術師である悟と2級呪術師である傑は今日は朝から任務で、夜蛾が同伴している。

 

 体調が悪いのを硝子に診てもらいたかったが、運が悪く硝子も傷の手当てを要請されて出掛けている。つまり高専には龍已しか居ないのだ。他に手が空いていない以上任務を変わってもらうことも出来ない。はぁ……と溜め息を吐きながらベッドから立ち上がって着替えた。

 

 

 

「……体も動かし辛いな。まったく……面倒な日だ」

 

 

 

 念の為体温計を使って体温を測ってみると、39.8度あった。完全に高温の熱である。普通ならば寝込んでいなければならない状況なのだが、任務に行かなければならない。頭がちゃんと回っていれば、今日はやめて後日に行ったりだとか、今日帰ってくる悟達に頼むとか他にも選択肢があるのだが、ぼんやりとした頭では考えが至らなかった。

 

 もぞもぞと着替えを終えて脚にレッグホルスターを巻いて『黒龍』を納める。だが重い。実際にもめちゃくちゃ重いのだが、今日に限っては龍已が重いと感じてしまう状況だった。これでは少し心許ないと思って『黒龍』を抜いてクロに呑み込ませる。レッグホルスターは任務であると気を引き締めさせるために巻いておく。

 

 術式を使わなくても、呪力で殴り殺しても祓える。今日はそれで良いかと適当に考えてクロを首に巻き付かせ、部屋を出た。巻き付いたクロが心配そうな目を向けてくるが、大丈夫だと言って頭を撫でた。

 

 そうして高専を出て鶴川が待っている車に乗り込んで任務へ向かった。車に乗り込むのに少し手こずってしまい、鶴川には訝しげな表情をされたが、脚が痺れていたと適当な嘘をついた。それから車の中で揺れること5時間。海のさざ波の音が聞こえてくる、崖上の豪邸の元に辿り着いた。

 

 持ち主が思い出の家だからと取り壊すことを渋っていて、長年時間が経って劣化していき、お化け屋敷のように風変わりしてしまった。そこに面白がって肝試しに来たりとしている内に負の感情が蓄積していき、死人も出るようになってしまった。確認のために『窓』がやって来ると呪霊を見つけたという訳だ。

 

 

 

「あそ……あそおあそあそあそあそ……あそぼぉ……」

 

「し…し、ししししししし死死死死死死死死死死ぃ……」

 

 

 

「……1級呪霊ではなく、特級相当が2体……ではないか」

 

 

 

 劣化した豪邸の中に入った龍已が少し歩いて探し、見つけたのは痩せ細った骨と皮だけになったような人型の呪霊と、大きな球型の体の中央に巨大な目玉が一つあるだけの呪霊であった。しかし感じ取れる呪力量は、一度戦ったことのある特級のそれ。明らかに1級とは言えない存在だった。

 

 それも1級を1体という話なのに、特級が2体。加えて龍已は今、体調が頗る悪くてしんどく、今は更に悪化して立っているのも辛い。そんな状況でこの戦況。端的に言ってクソである。

 

 球型の呪霊が巨大な呪力を溜め始めた。少し遅れて気が付いた龍已がさせるかと足を踏み出すと、目眩が起きてフラついてしまい、呪力の塊が放たれる。避けるのは無理だと悟って顔を両腕で防御し、取り敢えず呪力で体を覆った。爆発するように衝撃が奔り、空間が響く。室内がめちゃくちゃになっており、蓄積した埃が舞う。

 

 爆発によって壁に穴が開き、風通しが良くなった。舞い上がった大量の埃と煙が外へ流れ、龍已の姿が見えてくる。両腕で防御しているのは変わらない。しかし左胸から右脇腹へ袈裟に大きな切り傷が奔っていて、大量の赤黒い血を噴き出して床を汚していた。

 

 薄らぼんやりとした頭に、遅れてやって来る痛み。そして気が付いて己の体を見てみれば、大きな裂傷。確かに呪力は防御した筈と思えば、人型呪霊が右腕を振り下ろした後だった。そして悟る。なるほど、この傷は人型呪霊が持つ術式だったのかと。納得しながら、龍已は口からも大量の血を吐き出した。

 

 

 

「ぐぷッ……斬撃を飛ばす術式か……俺が纏った呪力をものともしないと見ると……呪力による防御不可の斬撃か……面倒な……丸いのは……どういう術式だ……?まあ、祓えば関係無いか」

 

 

 

 痛みが龍已の気付けになった。視界が逆にクリアになり、拳を構える。有効打であると解った人型呪霊がもう一度術式を発動して斬撃を飛ばそうと腕を上げると、その腕は肘から先が毟り取られていた。背後から聞こえてくる靴が床を踏む音。身の毛も弥立つような莫大な呪力と、覇気を纏う強大な気配。

 

 急いで振り返る。見えたのは眼と鼻の先にある龍已の顔。無表情の顔に嵌め込まれた琥珀の瞳が人型呪霊の瞳を覗き込み、黒い炎を灯す。仲間だろう球型の呪霊の呪力攻撃に紛れて斬撃を飛ばし、傷を負わせた事への不快感。それが黒い感情となって炎を灯す。黒い黒い、何者にも染められない憎悪の炎だ。

 

 

 

「一撃目で頭を千切るつもりが狙いが外れた。しかし零距離で手を伸ばせば、流石に外さんだろう……故に死ね」

 

「ぎゅぷぇ……っ!?」

 

 

 

 驚いて固まっている人型呪霊の頭に手を置いて、力任せに引き千切った。相手は特級だというのに、まるで虫けらを相手にするような手軽さ。手に持っている人型呪霊の頭を握力だけで握り潰して破裂させ、球型呪霊に向き直った。

 

 先程放たれた呪霊の巨大な呪力の塊が飛来する。それを呪力の纏った左腕一本で掻き消した。無雑作に弾くが如く右から左へ振るだけで、特級呪霊が放った呪力の塊を消したのだ。体調が悪くてもこれぐらいは出来る。それを見ていた球型呪霊は動きが止まった。動揺しているのかは知らないが、絶好の隙だ。

 

 足を踏み込んで目にも止まらぬ速度で接近して肉薄にし、膨大な呪力を纏わせた貫手で球型呪霊の体を刺し貫いた。これで任務は完了。そう思った時、呪霊は消えず、刺し貫いた腕が抜けなかった。まさかと思っていると、中心を貫かれた巨大な目玉が大きく弧を描いて嗤った。嵌められたのだ。

 

 球型呪霊の体の中から膨大な呪力の気配がする。今にも爆発しそうなそれは、まさしく暴れ回る馬の如く。何時爆発しても可笑しくは無い。そんなことをすれば自身だってタダでは済まないというのに。いや、そこで思い至る。それが狙いだったのだ。この呪霊の術式は自爆。そして自死を糧に、爆発の威力は底上げされる。立て替えの効かない命そのものを賭けた、諸共攻撃。

 

 

 

「──────油断したな」

 

 

 

「……────────────────ッ!!!!」

 

 

 

 想像を絶する大爆発が、任務地である豪邸を粉々に吹き飛ばし、補助監督の鶴川が呆然として見ていた。家の破片が宙を舞い、隣接していた海へと、崖を落ちて呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今何て言った?」

 

「……センパイの死体は無かった。残穢は特級相当の呪霊のが2つ。俺の六眼で視たから間違いねぇ」

 

「呪霊を使って数キロ圏内を隈無く探させたけど、現場の大量の血痕以外見付からなかった」

 

「……じゃあ何だ、先輩が……お前らクズ共を2人相手にしてボコすあの先輩が、死んだって言いたいのか?」

 

「……俺達は夜蛾に報告に行って来る」

 

「……少ししてから顔を出せばいいよ、硝子」

 

 

 

 バタンと医務室の扉が閉められ、やって来た同期2人が視界から消えた。龍已の補助監督である鶴川が緊急事態として高専に連絡をした時には、悟達はもう帰ってきていた。そして事のあらましを電話で聞いた夜蛾が、悟と傑に現場へ行って来るように言い付けた。

 

 急いで向かった2人に、硝子も行こうとしたが、もしもの時があるから高専からは出るなと言われ、夜蛾は捜索隊の派遣やその他諸々の連絡をしていた。数時間後に悟と傑が帰ってきて、大怪我をしていたら大変だからと、医務室の準備を完璧にしていた硝子の耳に入ったのは、龍已が見付からなかったという話だった。

 

 嘘だと思った。このクズ共がお遊びで嘘をついて、生き死にの嘘をつくなと扉の向こうから何時もの無表情で龍已が入ってくると、ただいまと言ってくれると思っていた。しかし龍已は来ない。死んだ。死んだ死んだ死んだ死んだ。もう会えない。喋れない。死体が無いから最後に顔を見れない。

 

 自分が居ない時に、龍已が1人で何時ものように任務へ出掛け、実力だけはあるあの2人でも見つけることが出来なかった。つまり、もう龍已は帰ってこない。

 

 

 

「……今日は厄日だ。本当に気分が悪いよ……先輩」

 

 

 

 硝子は1人、整えられた医務室の中で静かに涙を流し、今まで龍已と話していた話の内容を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ………げほッ……ぁ……?」

 

 

 

 任務先の特級呪霊が引き起こした自爆の大爆発に巻き込まれた龍已は、意識を手放してから52時間後に目を覚ました。薄暗く、ジメジメした場所で、仰向けに寝転んで預けている背中が痛い。下半身が水に浸かっているようで、じゃばじゃばと音がする。目先に見えるのは天井。高さは目測2メートル位か。

 

 次第に目が慣れてきた龍已は首に力を入れて頭を上げると、自身は洞穴の中に居た。それも海と繋がっているもので、上に上れるように傾斜がある。故に満潮でも空気のある空間が出来上がって溺れ死ななかったのだろう。不幸中の幸いだった。

 

 しかし龍已の体は全身が血塗れだった。水に浸かっていた所為で傷口の血が固まらず、海水の事もあって自覚すると異常に痛い。まさしく傷口に塩だ。こんなに痛いとは思わなかった。龍已は芋虫のように体を動かして上へ這いずり、自ら上がった。だがそこで体力が尽きた。

 

 体が熱い。痛い。寒い。痛い。熱い。怠い。力が入らない。寒い。目が霞んできた。体に起きている数々の異常。肋も恐らく折れている。いや、全身の骨に罅が入っているのだ。だから先程動いた時、悲鳴を上げそうになるほど痛かった。そして水に浸かりすぎて体温が奪われている筈なのに、熱いと感じてしまう。熱があるのか頭がぼうっとする。いや、これは血が足りないからか?

 

 体の中にある心臓が鼓動を小さくしていくのを感じる。体が言うことを聞いてくれない。頭が働かない。怠くて動けない。全身が痛くて感覚が鈍く感じる。そんな異常事態の龍已でも確実に解ることはある。たった一つ。たった一つだが解るのだ。自身は死ぬ。このままなら、あと3分も保たずに死体と成り果てる。

 

 

 

「……ひゅぅ…と……や…っ……て……ひょ……ぃ」

 

 

 

 まさかこんな事になるとは思わなかった。体調が悪いと解った時点で任務は行くべきではなかった。誰かに頼むなり、後日に回すなりすれば良かったのだ。無理して行く必要は無かった。危険だから近付くなと、近くに居る『窓』に近付くの禁止の立て札でも立ててもらえば良かった。それだけで時間は引き延ばせた。もう、後の祭りだが。

 

 視界がぼやけて琥珀色の瞳から光が失われつつある。呼吸が浅くなり、唇が青紫色に変色している。肌も青白く死人のようだ。いや、もう少しで死人そのものに成り果てるのだ。違いなんて殆ど無いだろう。

 

 浅くなる呼吸を意識を保ちながら、大きく吸うことを心懸ける。頭に無理矢理酸素を運び、思考を途切れさせない。呪力を回せ。張り巡らせろ。あの五条悟に、まるで恒星だと言わしめた余りある莫大な呪力を稼働させろ。

 

 

 

「ひ…ゅ……と……やっ……………て……ひょ………い」

 

 

 

 解らない。解らない解らない解らない。マイナスのエネルギーである呪力を掛け合わせる事で生み出されるプラスの正のエネルギー。それさえあれば時間を稼げるし、若しかしたら完治出来るかも知れない。何時ぞやに聞いた可愛い後輩の説明を口にしながら試行錯誤する。なのにあぁああああ……頭が回らない。呪力が解けて霧散する。

 

 拙い。考えていると呼吸が浅くなる。酸素を取り込んで脳に送らないと思考が出来ない。もう体は動かせない。動かせるのは思考回路と呪力だけだ。この二つでどうにかしなければ自身は死ぬ。誰も居らず、誰も見ていないこんな場所で独りで寂しく死ぬ。親友達を置いて孤独に。そんなのは嫌だ。想像したくない。まだ死ねない。死にたくない。

 

 死ぬなら、親友達の顔を見て死にたい。幸せそうに笑う親友達を、遠くからでも良いから見たい。決して自分は幸せでなくてもいいから。辛くて苦しくて虚しくて、空虚な人生でもいいから、せめて自身の大切な人達の人生の、ほんの一部だけでも見せて欲しい。そしてそれを失わせてはならないんだと刻ませて欲しい。

 

 呪力を稼働させ、回せ。纏わせて覆い尽くし、掛け合わせろ。今ここで出来なければ、望むものは見れない。見守れない。守れない。それは嫌だ。こんな自分に優しくして、優しく見守ってくれて、手を差し伸べてくれた大切な、何物にも代えられない親友達なのに。

 

 

 

「……ひ………………ゅ………と………………」

 

 

 

 拙い拙い拙い。思考も儘ならなくなってきた。見えない瞳に映るのは、これまでの楽しかった光景。その全て。死んでしまった愛している父様と母様。特級呪霊3体に果敢にも挑んだ勇ましい2人の亡くなった親友。故郷で自身を笑顔で送り出し、帰ってくると抱き締めてくれる最初の親友達。

 

 最初は生意気で侮辱してきたが、最近はよく話し掛けて、解らないことは素直に質問するようになった五条と夏油。最初から話を真面目に聞いて、一緒に飯を食べたり、冗談を言い合ったりしてくれた可愛い後輩の家入。何か有ると心配してくれて手を握ってくれたり、抱き締めてくれる姉のような歌姫先輩。呪術界の事を細かく教えてくれた夜蛾。長い道のりも笑顔で送ってくれる補助監督の鶴川さん。

 

 これは見てはいけないもの、走馬灯だ。死ぬ間際に見ると言われている自身の記憶。それらが洪水のように押し寄せてくる。海水では無いのに塩辛い水が頬を濡らしていく。もう殆どぼやけて一寸先が見えないような視界が歪んでいるような気がして、脳が活動をやめようとしている。

 

 

 

「…………ひ………ゅ………………と……………や……」

 

 

 

 諦めたくない。諦めたくないのに、諦めざるを得ない状況というのがある。若しかしたら、今がそうなのかもしれない。しかし龍已は死の間際、何時も感じている呪力が少し違うものに変化したのを感じ取り、それを最後に心臓は止まった。鼓動を停止させ、頭に酸素が行き渡らなくなって思考が止まる。視界がブラックアウトを起こし、これが死かと感じたのが最後だった。

 

 薄暗い洞穴の中に海の小さな波の音以外聞こえなくなる。傍に居たクロが龍已の頬を突くが反応は無く、寂しそうだ。契約者が死んだことによって契約が途切れる。そうなれば自由の身かも知れないが、クロは龍已から離れない。そして頭を跳ね起きさせた。契約が途切れていない。破棄されていない。つまり死んでいない。

 

 急いで龍已の体の上に登って顔を覗き込む。光を失った薄黒い琥珀色の瞳。完全に活動を停止させた心臓。氷のように冷たい体。ピクリとも動かない四肢。だが契約は生きている。生きている生きている生きている!死んでなんかいない。ご主人様は生きている!

 

 瞬間、龍已の体内から莫大な呪力がうねりをあげて弾けるように体を覆い、バクンと大きな音を立てて体を跳ねさせた。二度三度繰り返され、強制的に心臓を稼働させる。動きの止まった心臓に渇を入れて自律稼働を促し、肺を動かして酸素を取り入れ、脳を生き返らせる。

 

 ピクリと指先を動かし、のそりと上半身を起こした。しかしクロは警戒したように龍已から離れた。何かが違う。コイツはご主人様なんかでは無い。何か別の……ナニカだ。

 

 

 

「──────そう警戒するな、クロとやら。儂はお前さんをどうこうしようとは思っておらぬよ」

 

 

 

 起き上がって周囲を見渡し、警戒するクロに声を掛ける龍已?は()()()()()()()()()。クロは何が起きているのか解らない。自身は唯、武器を格納する事が出来るだけの4級呪霊だ。難しいことは解らない。だがこれだけは解る。契約が続行されているこの龍已と思われる奴は、違うということを。

 

 近付こうともしないクロに肩を竦めてやれやれとジェスチャーをする。それから自身の体を見下ろし、傷だらけの体に指を這わせた。昔に出来た夥しい稽古による傷。()()()()()()()()()()。稽古の厳しさを物語る逞しい肉体。それも()()()歴代で最強最高の肉体と才能を持つ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 術式がこんなものになるとは思わなかったが、天与呪縛によって中々に素晴らしいものとなった。領域展開も修得し、今際の際ではあの反転術式すらも使用した。やはり最強の肉体。最高の力。類い稀なる才能。今代が()()()()()()()()()()

 

 

 

「故にこんな所で死ぬことは赦さぬぞ、最後の黒圓。全てを受け継ぎし最強の黒圓継承者、黒圓龍已。儂等はお主に全てを託した。叶えよとは云わぬ。しかし心せよ。お主にはその力があるということを──────」

 

 

 

 呪力が全身を優しく包み込み、新しく出来た傷が瞬く間に塞がっていく。全身の罅の入った骨も元に戻り、古傷を除いて傷一つ無い肉体がそこにあった。そして龍已?はゆっくりと体を倒していき、元の仰向けの状態に戻り目を閉じる。全身を包んでいた呪力は霧散し、静かな吐息を漏らしている。

 

 眠ったのだろうか。クロは警戒を解かないまま龍已に近付いていく。すると再び目を覚ました。クロは確信する。ご主人様だ。何時ものご主人様だ。嬉しさで急いで体を駆け上り、首に巻き付いて頬に擦り寄った。いきなりやって来たクロに驚いたが、心配させたのだと理解した龍已は、無表情のまま頭を撫でた。

 

 右手でクロの小さな頭を撫でながら、左手を開いて閉じてと繰り返して動作確認をする。何時もの調子だ。そこで左手の掌を近くにあった尖った岩に擦り付けて傷をつける。血が流れるが、あの時の感覚を思い出して呪力を掛け合わせると、傷が瞬く間に塞がった。

 

 

 

「反転術式──────修得完了だ」

 

 

 

 治った手を握り締めて実感し、立ち上がった。もう体調は頗る良い。今なら何でも出来そうだ。何か、自身の中の歯車が噛み合ったかのような気がして、調子が良い肉体に首を傾げながら、クロが吐き出した『黒龍』を上に向けて引き金を引いた。

 

 閉じ込められていた洞穴の天井に大穴を開け、跳躍して中から出て来る。何処かの浜にある岩山のようだが、任務先の近くでは無い。どうやら崖から落ちて海に投げ出され、流れてしまったらしい。濡れている服はそこらが破けている。岩に引っ掛かってしまったからだろう。

 

 後ろのポケットに手を這わせるが財布が無い。右前のポケットには携帯が入っていたが、当然に水没して使えない。これなら水に強い奴を買えば良かったと思うが、開いてみると画面が砕けていた。これではもう仕方ないだろう。

 

 はぁ……と溜め息を吐いて辺りを見渡し、ジョギングをしている人を見つけた。今は太陽の位置から考えて昼頃だろうか。どれだけの時間が過ぎたのか解らないが、取り敢えず話し掛けて携帯を借りよう。無事であることを先ず報せなくては拙い。そう思って岩場から飛び降りて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京都立呪術高等専門学校。その男子寮のある部屋。黒圓龍已が生活していた部屋にて、家入硝子は居た。物は少なく、見渡して有ると解るのは机とベッドだけ。あとはクローゼットの中に入っている黒をメインとした服だけ。その中でも黒いティーシャツを手にして試着した。備え付けの鏡の前に立ってみると、サイズが合わずブカブカだ。

 

 裾がスカートみたいになっているし、肩も見えそうだし鎖骨なんかもう見えている。それでも、龍已の匂いが強くて、包まれているようだった。もう帰ってくることが無い龍已に抱き締められているようで、鼻の奥がツンとする。それを、誰も見ていないのに表に出さないよう気を付けながら、ベッドの方へと向かう。

 

 夏の季節なので薄い大きめのタオルのような掛け布団を捲ってベッドに横になる。枕に頭を乗せて横を向き、呼吸をすると龍已の濃い匂いがする。汗臭くもなく、男臭いという訳でも無い。寝ている間に汗を掻いているはずなのに良い匂いがする。

 

 高級なマットレスなのか、低反発で眠りへ誘う。これはいいマットレスだ。これはこのまま自分のにしてしまおうかなと、横取り感情丸出しで物欲を示し、なんだったらこの枕も貰っていこうかなとも思う。大切な先輩。黒圓龍已。その人に包まれているように感じるこのベッドをそのまま。

 

 あーあ。こうなるならもっといっぱい話しておくんだったな。そんな後悔が湯水のように湧き出てきて、何故か解らないけど視界がぼやけていく。横を向いているので、目から溢れる液体は枕へと落ちていって、染みを作る。呪術界ではよくあること。当たり前のこと。だから人手不足なのだ。だが誰が思うだろうか。

 

 長年黒い死神として活動してきて、特級を除いた最高階級の1級呪術師で、あの五条悟と夏油傑を同時に相手して余力を残しながらボコボコにするような人が、任務先でやられるなんて。過去には特級呪霊3体を同時に相手して瞬殺した人が、特級呪霊相当2体に負けるのか。そんな疑問が尽きないが、もう意味の無い話だ。だってもう、先輩は帰ってこないのだから。

 

 

 

「……せっかく、帰ってきたら……映画誘おうと思ったのに……無駄じゃん。あのクズ共と行くの嫌だし……先輩のバカ」

 

 

 

 ポケットから出した2枚の映画のチケットを握り締める。硝子に与えられる任務は、反転術式による傷の手当てが主だった。だから必ず行かなくてはならない。呪力がそう多い訳でも無い硝子が、出来るだけのことをして頑張っているのを知っている夜蛾は、息抜きとして映画のチケットをくれた。それが2枚。

 

 龍已と見てこいと言いたいのか、やはり大人には筒抜けかと思いながら受け取ったのは記憶に新しい。だがそれも二日前のことだ。龍已が死んだとされて二日。硝子は何もかもにやる気が起きない。何をやってもつまらないし、昼の時は2年の教室に行って龍已の椅子に座って食べた。味のしない段ボールを食べているみたいだった。

 

 つまらない。世界が一気に色を失った。退屈だ。授業もつまらないし、昼ご飯も要らないと感じる。クズ共の会話が聞こえてこない。つい高専の入り口を見てしまう。龍已が親友達の贈り物を身に付けているのは知っている。自分もそれと同じように、ボタン一つでも良いから欲しかった。

 

 

 

「一緒に映画……デートしたかったな……」

 

 

 

「──────何処の映画館だ」

 

 

 

「──────え?」

 

 

 

 声が……聞こえた。真上から。顔の前で両手を使って握っていた2枚の映画のチケットの内、1枚を抜き取られた。強く握ってしまっていた所為で皺が付いてしまっているチケットを、ゆっくりと抜き取られた。声を聞いて呆然として、手の力が抜けて簡単に取られた。

 

 そういえば、何時の間にか薄暗い部屋がもっと暗い。前にはヒラヒラとしたローブが見える。認識すると気配が伝わってきて、匂いも漂ってくる。海水のような潮の香りだ。目だけを動かして上を見ると、ローブと一体になっているフードが見えて、中は何も見えない暗闇だ。

 

 何も握っていない手と、映画のチケットが握られた手がフードに掛かり、後ろへとずらす。すると中からは、何時ものあの無表情の顔が出て来た。傷らしいものは無く、最後に見た時と全く同じ顔だ。記憶の通りの黒圓龍已だ。そんな彼がチケットを握っていない方の手を硝子の顔に伸ばし、目元の涙を優しく拭った。傷だらけで硬くて男らしい、超人の力を持つ大きな手が、割れ物を扱うように優しく触れてくれる。

 

 

 

「泣かせてしまったようだな、すまない。帰るのが遅くなってしまった」

 

「せん……ぱ……──────っ!!!!」

 

「ぅおっ……と」

 

 

 

 段々と、この光景が夢では無いということが解ったのだろう。硝子は寝転んでいたベッドから勢い良く起き上がって、立って見下ろしている龍已に抱き付いた。絶対に逃がさない、離さないと語るように強く抱き締めた。

 

 龍已は震えている硝子に気が付いて、背中を擦りながら頭も撫でた。撫でられている頭が腹部に擦り付けられる。女子特有のサラサラな細い細やかな髪がふるりと揺れて、撫でていると触り心地が良い。

 

 心配させてしまったというのをこれでもかと自覚しているので、龍已はされるがままに抱き締められ続けた。時折鼻を啜る音が聞こえたりしたが、頭を撫でる手は止めなかった。そうして何分か経った頃、硝子はゆっくり龍已から離れた。背中や頭を撫でていた手を両手で取って、手首に触れて脈や体温がある事を確認しながら握り締めた。

 

 顔を上げて龍已の目を見る。もうそこには涙は無く、悲しそうな色の目も無かった。あったのは安堵した目と、再会を喜んでくれている緩められた口元だけ。

 

 

 

「女の子の大切な後輩泣かすなんて、先輩サイテーですね」

 

「……すまない」

 

「まあ、許してあげますよ。私は良い後輩なので。その代わりに私と2人でデートしてくれるなら……ですがね」

 

「あぁ、勿論付き合わせてもらおう。本当に心配を掛けたな、家入」

 

「大丈夫です。こうして帰ってきてくれただけで。……おかえりなさい、先輩」

 

「……ただいま」

 

 

 

 生きている。夢では無い。呪骸でもない。歴とした人間の、黒圓龍已だ。それが嬉しくて堪らなく、生きていてくれたことが本当に嬉しくて、硝子は笑みを浮かべながらもう一度龍已に抱き付き、龍已は優しく受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 このあと、生きていることを夜蛾から聞いた悟と傑に押し掛けられ、歌姫には泣きながら抱き締められ、冥冥には生きていると思ったよと言われながら微笑まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 






特級呪霊

片や呪力による防御不可の斬撃。片や自爆。

体調が悪かったからギリギリだけど、何時もなら2秒あれば十分だった。





五条悟

六眼とかを使って残穢から何から探したけど見付からなかった。

意気消沈した硝子が心配だった。





夏油傑

呪霊を使ってそこら中探したけど何も見つけられなかった。まあ、流されて数キロ離れてたからね。

元気が全く無い硝子が心配だった。





家入硝子

帰ってきたら慌ただしくて、龍已の補助監督が大爆発に捲き込まれてから見付からないと言われては?ってなり、現場へ行った悟達が死んだだろうと言っては?ってなった。

ベッドも枕も使って哀しんでいたら、先輩帰ってきた。本気で嬉しい。

あ、このTシャツ貰いますね。良い匂いなんで。




夜蛾

なんかいきなり知らない番号から電話掛かってきて、ん?ってなりながら出たら龍已だった。生きとったんかワレェ!?





龍已

洞穴で死にかけたけど、反転術式を覚えて完治してた。本当に死ぬかと思ったので体調悪かったらもう任務行かないことに決めた。

夜蛾に部屋に行けと言われて行ったら硝子が寝てた。普通に驚いて恥ずかしかったけど、泣いてるし映画誘おうとしてくれてたみたいなのでそっと受け取った。




????

こんな所で死ぬことは赦さん。


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