高評価をしてくださった、鳩になりたい 麦入り炭酸水 三歩進んで二歩下がる 小畑屋 _ryo さん。ありがとうございます。
『警告』この話から少し変わったオリジナルが入ってきますので、そういうのが苦手な方は読むことをおすすめしません。
警告はしましたので、読んだ後での文句は受け付けませんのでご了承ください。
「──────ぃ、いやだ……誰か助けてくれェっ!!誰かぁっ!!」
「お前を助ける者なんぞ居ると思うか?呪詛師。先週呪った安東家は財産全てを差し出してお前の始末を俺に依頼した。ならばお前にできるのは後悔し、死ぬことだけだ」
「ぅ……ぅうぅうゔゔゔゔゔゔゔっ!!!!あの子がイケないんだっ!!俺が愛してあげるって……っ!!結婚して幸せにして、いっぱい気持ち良くするって指輪に誓って!生涯彼女だけを愛する縛りもしようとしたのに、ストーカーとか訳分かんないこと叫んで拒絶するから!それで頭にきて、ついセックスしながら呪っちゃって死んじゃったんだ!俺は悪くない!」
「そうか──────死して悔い改めろ」
「──────っ!!いや──────」
小太りの男は、涙や鼻水をこれでもかと流しながら細切れになって死んだ。生々しい音と共に肉の塊がコンクリートの地面に落ちる。鉄臭く、鼻を刺激する臭いが充満していき、赤黒い池が広がっていく。もの言わぬ肉塊。それが元人間だった男の末路である。
肉塊と為れ果てた死体を見下すように、夜の暗闇から黒い死神……龍已が姿を現した。報告にあった術式とは別に、何らかの復活を遂げる何て事が無いか少し眺め、完全に死んだと判断すると携帯を取り出した。掛ける先は依頼を斡旋するお馴染みの男。長い付き合いになっている男は、電話が掛かってきただけで依頼完遂を確信する。
依頼達成率は驚異の100%……呪詛師は1度も逃がした事が無い。それ故の信頼だった。黒い死神に電話1本で話をすることが出来る、数少ない事情を知る者の1人。男は軽口を叩きながら殺した場所を聞いて、清掃員の派遣の依頼と報酬の振込を始めた。
電話を切って懐に入れると、背後からの気配を察する。だがトレードマークの1つである『黒龍』は抜かなかった。知っている気配だからだ。現れたのは黒いTシャツとニッカボッカのような余裕のあるズボンを履き、上半身に調伏した武器庫呪霊を巻き付けた伏黒甚爾だった。
何時ぞやの襲撃時を彷彿とさせる姿でやって来た甚爾は、傷のある口元を持ち上げて薄く笑みを浮かべている。筋骨隆々な体のどこにも汚れた形跡は無いのに、手に持っているナイフだけが血塗れなのは違和感を拭えない。彼は近づきながら、ナイフを持っていない方の手を持ち上げて、こっちも終わったと報告した。
「3人居たが、張り合いがなかったな。隙だらけだったからすぐに殺した」
「目撃者は」
「居ねーよ。元々その道でやってたんだ、ンなアホな失敗はしねぇ」
「死体は」
「コイツに呑み込ませて持ってきた」
体に巻き付いた、人の顔がついた芋虫のような呪霊を指で示した甚爾は、殺して呑み込ませた死体を吐き出させた。首を深く斬られて出血多量に加え、頭を一刺しされている。瞳に光は無く、完全に事切れている3つの死体だった。
甚爾は黒い死神の正体が龍已であることを明かされた。彼の耳にも当然入ってきている、呪術界最強の呪詛師殺し。依頼という形で呪詛師の始末を請け負い、達成率は100%。その姿を見た者は居らず、男か女かすらも判明していないという。それが自身よりも年下で、特級呪術師だとは思わなかった。
裏切れば首に付けた黒いチョーカーが発動されて即座に死ぬ。その相手が黒い死神ともなってくれば逃げられる者なんぞ居ないだろう。そして甚爾は今、龍已の命令で呪詛師殺しの仕事を受けていた。昼は高専の非常勤講師として。夜は呪詛師殺しをするという生活をしている。元より人殺しの仕事をしていたこともあって、始末する手際は良い。
見た目からは想像しにくいが、緻密な計画を立てた上で実行に移す頭脳派の甚爾にとって、そこらに居るような呪詛師を殺すのは簡単だった。これでかなりの大金が入るのだから、どうしても辞められない博打のお小遣い稼ぎとして楽しんでいる。その場から跳躍して建物の屋根の上等を使い、素早く移動していく龍已に続いて移動した甚爾は、用意されていた車に2人で乗り込んだ。
「お疲れ様です。龍已君、伏黒さん」
「おー」
「ありがとうございます鶴川さん。運転お願いします」
「はい。お任せください」
「……なぁ龍已。居酒屋行こうぜ。酒が飲みてぇ」
「お前の体は酔わないだろう。水と同じならばミネラルウォーターでも飲んでおけ」
「いいじゃねぇか偶には。仕事終わりには違いねぇンだから。補助監督のお前もそう思うだろ?」
「えっ、わ、私は運転するだけですから……」
「じゃあ決まりだな。やってる居酒屋に向かってくれ」
「おい」
行き先を勝手に決めた甚爾に、龍已が反応するがニヤついた笑みを浮かべるだけだ。バックミラーから龍已専属の補助監督である鶴川がどうするのかという意味を込めた視線を向けてくる。仕事を終えたのだから帰ろうと思っていたのだが、どうするかと思案する。
頭の中で家入の今日の予定を思い返し、遅くなるということは知っている。更に携帯へ徹夜になるかも知れないという連絡が来ていた。なので家に帰っても家入は居ない。やるべき事といったら日課になっている黒圓無躰流の型の稽古くらいのものだ。
はぁ……と溜め息を吐く。その時は大抵OKが出たサインだと分かっている甚爾はニヤついた笑みを深くした。車のハンドルを握る鶴川に、この時間でもやっている居酒屋に寄るように頼んだ。お疲れ様ですと言っているのが分かる控えめな笑みを浮かべられて、龍已は腕を組んで背もたれに背を預けると目を閉じた。
車が発進して道路に入る。ナビによるとここから十数分で行けるらしい。それまで適当に休もうとしているのだが、隣に座る甚爾から話し掛けられたり、無視したらちょっかいを掛けてきて鬱陶しいのですぐに目を開けた。それからナビ通り十数分後、夜遅くでもやっている居酒屋に入って行った。
「わ、私もご一緒してよろしいのですか?一応補助監督なのですが……」
「3人居て鶴川さんだけ除け者にはしませんので、一緒に食べましょう。運転はしてもらうので酒は控えてもらわないといけませんが」
「ンなもんバレなきゃ問題ねぇよ」
「その考え方が問題大ありだ」
「あはは……では、酒は抜きにして私もご一緒させていただきますね」
「どうぞ。好きなものを頼んでください。ここは俺が払いますから」
「えっ!?それは大丈夫ですよ!しっかり割り勘にでも……」
「コイツは俺に払わせる気で財布なんて持ってきていないので、鶴川さんの分も払いますよ。特級呪術師の高給は伊達ではありませんから」
「一昨日馬でスったから助かるぜ」
「あ、あはは……」
やっぱりバレてたかと、大して何とも思っていないようで笑う甚爾に2度目の溜め息。最初から一銭も出すつもりがない癖に居酒屋に行こうと言い出すのだから、今月の小遣いを全部消したというのは誰でも分かる。
呆れているというのが雰囲気から甚爾は解っていたが、気にせず数人前の料理と大量の酒を店員に頼み込んでいく。鶴川は車の運転をしなければならないので酒は飲めず、烏龍茶を頼んだ。料理は甚爾が殆ど頼んでいるので、それを少しずつ貰って食べていった。
基本的に酒の席でしか飲まない龍已は、適当な酒を頼んで飲んでいた。今日は固い物の気分なので、軟骨の唐揚げ等といったものを集中的に食べていた。食べながら話す内容は、最近の甚爾の息子と義理の娘である恵と津美紀や、妻の話。鶴川は恋人を作らないのかというものだった。
「そういや、龍已。オマエ担任してるガキ共とはどーなったんだ。俺とオマエでボコボコにして医務室送りにしただろ」
「あぁ……翌日から話を聞くようになったはなったが、まだ生意気さは取れないな。取るつもりはないが」
「いちいち反発してめんどくせーだろ」
「反骨精神を持たれていた方が煽ってその気にさせるのが容易だ。呪術界は死と隣り合わせ。できるだけ生き延びられる力をつけさせておきたい」
「へっ。担任の教師はご立派だな。その点俺は体術の時間にガキ共ボコるだけで金が入るんだから楽だな」
「それに関してだが、やり過ぎるなよ。硝子の負担が増える」
「俺みたいな猿にちと小突かれて叫く奴等の所為だろ。俺は悪くねェ」
「ははは……。それにしても、龍已さんまで教師になるとは思いませんでしたよ。呪術界で稀少な特級呪術師3人の内2人が教師になるとは……心強いです」
「鶴川さん。呪いを甘く見てはいけません。例え俺と五条が教えたとしても、死ぬときは死にます。特級呪術師と言われても、過去に死にかけたことだってあるんですから。それ以外ともなれば尚のことの話。教師として呪術を教えていても、悪く言ってしまえば単なる延命処置に過ぎません。呪いは例年と比べても強まっている傾向にある。なので、心強くなんてありません」
「……若い子に呪いと戦ってもらうしかない。本当に、呪術界が嫌になってしまいます。出過ぎたこと言ってすみません。すこし軽く見ていたようです。言い訳になってしまいますが、長くこの業界に身を浸からせていると感覚がおかしくなってしまって……」
「……気をしっかり持ってください。俺達が折れると支えている若い者達が一緒に折れてしまう。呪術界の先輩として、これからも支えていかなければなりません」
「……そうですよね。弱気になってしまってすみません」
頭を下げる鶴川に、気にしないで下さいと言う。呪術界は万年人手不足。それは呪いが見えて尚且つ術式を持っている者が少ないということもあるが、単純に呪いによって殺されてその数を減らしているということもある。
斜め上の位置付けとなっている特級呪術師だが、実力は折り紙付きだ。呪術界最強と謳われる六眼を継承した無限呪術の使い手の五条悟に、領域展開まで修得した呪力総量の怪物、黒圓無躰流継承者黒圓龍已。後は謎の多い女の九十九由基。今は特級呪詛師となってしまっているが、夏油傑。どれも術師として凄まじい能力を秘めた者達だ。
だがそれでも、死ぬときは死ぬ。五条悟も過去に、呪力を持たない甚爾に殺されかけた。龍已は体調不良もあったが特級呪霊2体を相手に死にかけた。夏油も甚爾と戦っていれば危なかっただろう。強いから死なない……何てことはありえない。死ぬときは死ぬ。だからできるだけ死なないようにする。それが龍已の教師として教鞭を取る理由だ。
まだ教師として経験が浅いので上手くできているとは思わない。そもそも入学してくる者達すらも数人で当然の業界だ。必ず担任をするという事はないだろう。それでも、教師となったからには生徒に呪術をしっかりと教えていくつもりだ。できるだけ長く生きられるように。
「ンなつまんねェ話はそこまでにしよーぜ。酒が不味くなる」
「お前は何とも思っていないだろう。そもそも、酒を水みたいに飲む癖に味を語るな」
「オマエも酔わねーだろ?」
「酔うに決まってるだろう……俺の肝臓は一般人となんら変わらん。お前のような人間をやめた内臓と一緒にされても困る」
「だったら素の身体能力で俺とタメ張るのは何だよ。十分オマエも人間やめてんだろ」
「日々の積み重ねだ」
「どんな積み重ねだ。俺から言わせれば怪物だぞ。呪力は五条の坊より圧倒的に多いんだろ?領域展開もやりやがる。どーなってんだか」
「……領域展開なんぞ欲しくはなかった」
「……?龍已さん、今なんて?」
「いえ、何でもないですよ。今店員が俺達の頼んだ料理を持ってくるようなので次に頼む飲み物でも決めましょうか」
「は、はぁ……?」
──────呪術師にとっての最高到達点である領域展開。それを欲しくなかった……ねぇ。呪詛師を徹底的に殺す『黒い死神』に呪術界で数少ない特級呪術師。過去に何があったか分からねーが、呪詛師殺してる時に時々漏れる
五感が人間の域を越えた甚爾には聞こえた龍已の言葉。あることが切っ掛けで調べた彼の素性の中に、彼を残して同級生が2人死亡したというものがあった。つまり、その時に突発的な領域展開の修得をしたのだろうことは何となく分かる。
夜遅くに大人達3人による飲み会は更に遅くまで続いていった。酒を飲んで頼んだ物を食べて、話をして盛り上がる。最後の会計は殆ど酒代のようなもので、合計が10万を越えたのは恐らく甚爾が遠慮なく飲んだからだろう。取り敢えず、彼等のその日はこのように過ぎていった。
──────数年後。
「──────黒圓先輩!お疲れ様です!」
「あぁ、
「えっ、悪いですよー……コーラで!」
「分かった」
高専にて自動販売機の前で珈琲を飲んでいた龍已のところへ、後輩の灰原がやって来た。ある事件を切っ掛けに脚に障害を負ってあまり走れなくなってしまった彼は、呪術師としての道を辞めて補助監督としての道を進んだのだ。残念ながら灰原の同期の七海は呪術界から足を洗ってしまったが、つい最近また呪術師に復帰していた。
話が逸れてしまったが、灰原は過去の任務で死にかけたところを龍已に助けられて今も生きている。呪術師よりも危険は少ないが、危ないことに変わりはない。しかしそれでも、自身に出来ることを考えて今の生き方をしている。
もう少ししたら補助監督として任務に同行しなければならないので時間が無いが、その間に久し振りに会う龍已との会話に花を咲かせていた。呪霊が出ない日は殆ど無い。ましてや龍已は特級呪術師なので現場に向かうことが多い。補助監督も鶴川が専属をしているので、タイミングが合わなければ中々に会えないのだ。
「そういえば今日、新入生が2人やって来るんですよね!」
「そうだ」
「黒圓先輩が担任するんですか?」
「いや、今回の新入生の担任は五条がやる。何やら良い人材が入ってくれたと言っていたな。新入生達は五条が見つけたらしい」
「名前聞いてますよ!
「どちらも癖が強いとも言っていたな。……そういえば、反承司に関しては俺に任せた方が良いかも知れないとも言っていたが……」
「……?担任は五条先輩がするって自推したんですよね?なのに任せた方が良いかもって矛盾してませんか!」
「俺にも分からん。矢鱈と張り切っていたのが印象だったな。しかし、新入生達とは必ず顔を合わせるときが──────」
「──────見つけた!やべぇ生黒圓龍已だ!生の黒圓龍已が目の前に居るッ!超テンション上がるっ!ツーショット……の前に抱き付かせてーっ!」
「……っ?」
「見たことない子ですね!もしかして新入生なのかな!」
灰原と飲み物を片手に話していると、背後から叫び声が聞こえてきた。気配で何かが走り回っているのは知っていたが、まさかその目的が自分だとは思っていなかった龍已。そして目当ての彼を見つけた、高専の女子の制服に身を包んだ少女が走り寄ってくる。
止まる気配はなかった。肩まであるくらいの黒髪に、日本人らしい龍已と同じ琥珀色の瞳。同年代よりは発育が良いだろう膨らんだ胸部にスラリとした四肢。そして本来青黒い色をした制服は、注文したのか真っ黒であり、首の後ろにはフードが付いていた。
少女はまっすぐ龍已の方へ向かって走り寄っては両腕を広げて抱き付いた。速度そのままだったが、体幹が良い龍已は受け止めることができた。手に持っている珈琲の缶の中身がぶつかって溢れないように上に上げて。しっかり背中に腕を回されて抱き締められているが、引き剥がそうとして肩に手を当てるも、全力で抱き締められていて固かった。
強めに剥がそうとしても絶対に離れるつもりがないと言いたいのか、尋常ではない力で……それこそ呪力で肉体を強化しながら離れる様子がない少女。仕方ないので珈琲を灰原に渡し、気づけという意味を込めて両手でそれぞれの肩を軽く叩いた。
「あーやっべ。めっちゃ良い匂い。これはキマりますわぁ……。何の柔軟剤だろ。同じの買って同じ匂いになりたい。てか腹筋やばぁ。服の上からマジバッキバキなんだけど。体温もあったかぁい。フヒヒッ。しちめんどくさい高専に入って良かった!これだけで生きていける!」
「……そろそろ離れてくれないか」
「ハッ!へへへっ、スイマセン。私、反承司零奈っていいます!今年の新入生です!好きな食べ物はエビチリ!推しは黒圓龍已!この制服は黒圓龍已の色とかを真似してやってもらいました!担任が五条悟なのが今1番の不満で黒圓龍已に変わって欲しいです!よろしくお願いします!それと黒圓龍已グッズってどこに売ってますか!?貢いで良いですか!?」
「貢がなくていい。グッズはない。……知っているようだが黒圓龍已だ。高専の教師をしている呪術師だ。それといい加減に離れろ」
「あはは!個性強い子ですね!」
溌剌と笑う灰原に、個性が強いで済ませるのか?という意味を込めて目を向けるが、灰原は見られても笑みを浮かべながら首を傾げるだけだった。はぁ……と、溜め息を吐きながら、今度こそ反承司を体から無理矢理剥がした。普通の成人男性とは比べられない腕力に、呪力を使っても抱擁を解かれてしまった。
頬をぷくっと膨らませて不満を露わにする反承司に、胸の前で腕を組んで対峙する。不満そうな顔をしてもダメなものはダメだ。その意思が伝わったのか、膨らんでいた頬はぷしゅっと萎んで不満さなんて感じさせない笑みを浮かべ、右手を差し出した。握手を求めているのは分かるので、軽く息を吐いてから同じく右手を差し出して握った。
「改めまして、私は反承司零奈です!これからよろしくお願いします!黒圓龍已……いや、龍已先生は今何歳ですか?」
「……26だ」
「つまり3年前か……あの子達の先輩になっちゃってる訳だ。まあ何となく分かってたけど」
「……?」
「……ふふっ。何でもないですよーっ!私の話です!それよりもぉ……やっぱり龍已先生の手めちゃくちゃ傷だらけで硬いですねぇ……まさか本物に触れるなんてっ!頑張って生きてきた甲斐があったなぁやっぱりっ!」
「元気な不思議ちゃんですね!……あ、すいません黒圓先輩!俺はもう行かないといけないんでここで!コーラありがとうございましたー!」
「……この状態で放って置くのか」
腕時計で時間を確認していた灰原は、任務の時間になったことを悟って駆け出した。補助監督なので目的地まで運転しなくてはいけないのだ。元々そこまで時間が無かったので、ここで別れても仕方ない。しかし、龍已からしてみればこの状態で去られると1対1になってしまう。
戦いの後遺症に響かない程度に走っていってしまった灰原の背中を見送ると、顔を下に向ける。バチリと視線が合う。これでもかと爛々と輝いた目が向けられていて、何だか解らないが圧がスゴい。1歩後ろに下がると2歩詰める。2歩下がると4歩詰めてきてまた抱き付いてきた。
どれだけ抱き付いてくるのかと思いながら肩に手を置いて引き剥がそうとすると、灰原が去っていった方向から2人の男がやって来た。片方は制服を着崩しており、もう片方は長身に目元に包帯のような物を巻いている男。この業界で知らぬ者は居ない五条悟である。
「もー。僕が引率して課外授業するって言ってるのに勝手に行動したらダメじゃない。GLGの言うことは聞いてねー。……あれ、センパイじゃん。抱き付かれてどうしたの?」
「……分かっていて言っているな」
「あはは!勝手にどっか行くから何処かなー?って思ったけど、よくよく考えたら何かとセンパイにご執心だからね。センパイのところに行けば普通に居ると思ったよ。てか、何でそんなに懐かれてんの?会ったことあるカンジ?」
「無い。初対面だ。……おい、離れろ」
「あんっ。もぅ……龍已先生のい・け・ず♡」
「……あれ??この子そんな性格だっけ?」
「性格変わりすぎだろ」
「……五条。その生徒が秤金次か」
「ん?うん、そうだよ。良いセンス持ってるんだよねー。将来大物になることは間違いないと思うよ。その子……反承司零奈もね」
「五条悟に褒められても嬉しくないんだけど。私の推しは黒圓龍已だから邪魔しないで」
「本当に性格が変わるんだな」
「ていうか推しってなに?センパイいつからファンの子ができたの?まあ僕の方がモテるけど」
五条の言葉は無視するとして、龍已は反承司の他に高専に今年度入った秤金次のことを見る。感じられる呪力の質も良く、強い気配を醸し出している。1年生にしては断然強い部類だろう。そして何かとボディタッチをしてくる反承司も、1年生にしてはかなり強いことが解る。
何せ気配が強く、体の奥底にある呪力が多いのだ。筋力を15歳の少女と同等として考えると、呪力で強化した場合の力もかなり強かった。呪力の扱いに関しても上手いのだろう。呪術界最強と謳われる五条が目をつけているだけはあるというものだ。
何故か推しという言葉を使い、龍已とその他で性格が全く違う反承司に首を傾げつつ引き剥がす。このあとは課外授業を入れているそうなので此処で別れる。五条がそろそろ行こうかと声を掛けて背を向けて秤と一緒に歩き出す。龍已もこのあとは任務が入っているので踵を返した。がしかし。強い力で袖を掴まれて引かれる。犯人は容易に解る。反承司である。
「ちょーっと待ってくださいよ龍已先生。課外授業、五条悟の代わりにやってくれません?それか一緒に来てください」
「担任は五条だ。一緒に行くにも、俺には別の任務がある。そもそも新入生の初授業だとしても特級呪術師2人は過剰戦力だ」
「いや、推しの戦闘シーン生で見たいんでホント」
「すまんが、五条に見てもらってくれ。ということで、頼んだぞ」
「はいはーい!まっかせなさーい!ささ、時間は有限なんだから行くよ!」
「ちょっ……っ!離してっ!って、無限バリア邪魔すぎっ!龍已先生……っ!龍已先生ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……ッ!!!!」
「……何なんだあの生徒は」
襟を掴まれて引き摺られていく反承司は、どうにかこうにか襟を掴む五条を振り解こうと藻掻くが、無限のバリアに阻まれて触れないし、力でも全く敵わない。藻掻いている内に龍已とどんどん離れて行ってしまい、悲痛な声を上げている。仕方がないから手を振ってやると、現金なのかパッと表情を明るくした。
全力で手を振り返してくる反承司に苦笑い……の雰囲気をした後、ポケットの中で震えている携帯に手を伸ばす。開いて着ていたメールを見ると、行くはずだった2級呪霊の討伐は、近くに居た別の呪術師が祓ったとのことだった。途端に暇になった龍已は無理矢理車に詰められている反承司を見てから、何の躊躇いもなく高専の校舎に向かった。
慣れ親しんだ廊下を進んで行くと、見えてくるのは医務室だった。訓練などで深傷の傷を負った場合に生徒達が訪れる医務室には、大体ある人物が居る。龍已と長年交際をしていて、同棲をしている唯一の人物。家入硝子である。彼女は机で書き物をしているようで、ゆっくりとドアを開けた龍已に気がついていない。
極限まで気配を消しながら足音も消し、近づいていく。目と鼻の先まで接近して覗き込むと、利用しに来た者達の怪我の診断書を見ていたようだ。仕事中だったので傍に置いてある空のカップを手に取って珈琲を淹れに行った。常備してある自分用のカップも取り出して同じ珈琲を淹れ、家入の元に戻ってそっとカップを元の位置に戻す。
空いている椅子が有ったのでそこに座って、仕事をしている家入の様子をぼんやりと眺めながら珈琲を飲んでいると、匂いで気がついたらしい。湯気を上らせるカップに目を丸くしてから手に取り、薄く笑いながら椅子を回して龍已の方を向いた。
「来ているなら声を掛ければ良かったじゃないか。お陰で無視してしまった」
「態と気配を消していたんだ。仕事を邪魔するのは気が引けたからな」
「それなら医務室から出て行く筈だが……もしかして気配を消してまで私と一緒に居たかったのか?」
「解っていて言うのは意地が悪いぞ」
「……ふふ。珈琲ありがとう」
「どういたしまして」
医務室のアルコールの匂いが珈琲の匂いに変わっていく。互いにお揃いのカップに口をつけて喉を潤す。普通の店に売っていたコーヒーメーカーだったので家のものよりも味が落ちるな……と考えていると、椅子から立ち上がった家入が向かってくる。何となくしようとしていることを察した。
椅子に座る龍已の太腿に腰を下ろし、横向きで座る。右手に珈琲の入ったカップを、左腕は横向きに座った家入の背中を支えた。彼の上にやって来た家入は、カップを両手で持ちながら胸に寄り掛かり、笑みを深めた。どうやら仕事は中断するようだ。
家入は龍已の後輩である。なので敬語が常だったが、長らく交際して敬語というのも壁を感じるということで、龍已からタメ口で話してくれと頼んだのだ。最初はついつい敬語になっていたりしたが、今ではタメ口も慣れたものだ。それには龍已も満足そうにしていた。
「新入生はどうだった?」
「将来が楽しみだ……と言っておこう。難……というか、2人の内1人とは殆ど話していないが、もう1人は矢鱈と俺に懐いていた。初対面の筈だが……推しとか言っていたな」
「推し……?気に入ってるアイドルとかに言うアレか?」
「恐らくな。推しと言って触れるスキンシップが激しい女子生徒だ」
「へぇ……。それは、私もうかうかしてられないな」
「……医務室だぞ。誰か来たらどうする」
「もう昼時だから来ないよ。来るとしたら大怪我した奴だけだから来るのは足音で解る」
「まったく……」
珈琲で潤された唇が首筋に寄せられ、小さなリップ音を奏でた。
真面目な龍已は家入の行おうとしている事を止めようと、珈琲のカップを持っていない、彼女の背中を支える左手を移動させて肩を押さえようとするが、手の中に珈琲入りのカップを握らされた。両手に液体が入った容器が1つずつ。止めるに止められなくなってしまった。
「安心しなよ。何も最後までするつもりはないから。午後からの仕事のためにすこし、元気をもらうだけ……」
「……っ」
「ふふ……誰かに聞かれたくなかったら、しっかり口を噤んでおけよ」
「……今日は忙しい日だ」
舌舐めずりをする家入を眺め、首に噛み付かれながらぼやくように言葉を吐き出した。どうやら午前中の仕事だけでも疲れはあるらしい。ならば休めと言いたいが、触れ合いで気を回復させているなら仕方ないかという気持ちも芽生えてくる。何だかんだ龍已は家入に甘いのだ。
忙しい日……と称した龍已は、これからもっと忙しくなるということを知らない。だが忙しくなる……それはどのような忙しさになっていくのだろうか。それはまだ、解らない。
試作版特級呪具『
完成版に備えた試作品。極細の黒い糸が黒い手袋の指先部分から伸びる。長さは込めた呪力によって変えられる。ただし、試作品なので距離を伸ばせば伸ばすほど呪力を大きく使っていくことになっている。今はそれを改良中。
糸そのものが黒く、浴びた光を反射しないので夜で使うと一切見えなくなる。肌に触れても殆ど感触がせず、引っ掛かったまま歩くだけで体が切断される。扱いには要注意。
試作品なので値段は無いが、付けるとすれば6億。
五条が将来大物の呪術師になると太鼓判を押す秤金次の同級生である女子。勿論、彼女の事も高評価をしている。
肩まであるくらいのサラサラな黒髪に日本人らしい琥珀色の瞳。発育は良く胸部は同年代の子に比べて豊か。手脚もスラリとしている。制服は濃い青のものではなく真っ黒であり、フードがつけられて改造してある。本人曰く黒圓龍已の真似。
黒圓龍已のことを推しと称して過剰なスキンシップを謀る。名前が書いてある団扇を振る勢い。
運動神経はかなり良く、頭も良い。だが残念な部分であり割と致命的なことがある。呪術師である以上イカレているのは当然であるので普通かも知れないが、それでもイカレている。
術式については不明。五条悟の呪力量が上の上だとしたら、既に上の下ほどある。本人曰くこれでも足りないとのこと。
「てか、黒圓龍已とツーショット撮ってないんだけど!!」
灰原雄
過去に大きな怪我を負ってしまい、反転術式を施してもらったものの脚に障害が残った。その所為で激しい走りができない。現場で戦うことができないので、悩んだ結果補助監督として働くことにした。
元気で溌剌とした性格で、初めて担当する呪術師の生徒ともすぐに打ち解けられる。他の補助監督達とも仲が良い。
家入硝子
医務室にいつの間にか居た龍已には驚いたが、彼が本気で気配を消したら毛ほどもどこに居るのか解らないので当然かと思っている。
医務室で存分にイチャイチャさせてもらい、午後の忙しい仕事はやりきった。帰りは龍已と一緒に帰って夕食を楽しみ、珈琲を飲みながら映画鑑賞をした。癒されたのでその日はぐっすりと眠る。
反承司の事は別に気にしていない。そんなに心が狭い女でもないし、長年交際しているからこその絶対的な自信を持っているから。
黒圓龍已
反承司が自身に懐いている理由がよく解らない。初めて会った筈なので好かれる理由が無い。推しと言われたのは初めて。この事を親友達に話すと大爆笑された。
実は『黒糸』で呪詛師を細切れにしたとき、流石に初めて扱うタイプの武器だったので狙いが少しだけズレて、近くのゴミ箱も細切れにした。久しぶりにミスをしたのでその後の酒はいつもより多めに飲んだ。
伏黒甚爾
龍已と共に呪詛師殺しをしている。黒い死神の正体を知っている数少ない者達の1人。正体を明かされた時はそのくらいのことをしていそうだから驚きはなかった。あーはいはいみたいな感じ。
昔にやっていた殺しだが、これからは呪詛師を専門とした殺しをする。依頼斡旋は龍已と組んでいる男からされている。報酬も良いので悪感情はない。
秤金次
本編でもそこまで出て来ていない生徒。五条悟曰く、将来自分に並ぶ程の呪術師になるとのこと。呪術はまだ使われていないので解りません。