最高評価をしてくださった、Riku20 だんず ジョージⅩ ヘルン ディアブロ〜 りょうはや さん。
高評価をしてくださった、Joan 忍者にんにく Lea117 多摩川海豹 CHRONOS さん、ありがとうございます。
「──────今日はお願いします!龍已せんせ♡」
「はぁ……」
新入生が高専に入学してから1週間程が過ぎた。その間、龍已は特級呪術師として高難易度の任務に出たり、夜に仕事をしていた。教師としても一般教養を教えたりと忙しい日々。それ故に、新入生である秤金次と反承司零奈とは会っていなかった。担当が五条なので、彼等の居る教室に訪れる機会が無いのだ。
世にも3人しか居ない稀少な特級呪術師。その内の1人である龍已が忙しくないわけが無い。本当ならば教師として教壇に立つことすら許可されないところを、五条が無理を言って捻じ込んでいるに過ぎない。だがそんなことは知ったことかと駄々を捏ねたのが反承司である。
入学してから全く会えない龍已。任務を受けては帰ってきて、任務が無ければ勉強して訓練して……学生としてやらねばならないことが重なって本当に会えない。だから学長である夜蛾に直談判したのだ。推しの黒圓龍已と任務に行けないなら校舎を吹き飛ばすと。普通はそんなこと良心が邪魔をしてやらないのだが、マジでやろうとした。ので、夜蛾は頭が痛そうに眉間を揉みながら日程を調整したのだ。
つまり、龍已の前できっちりとクリーニング済みの制服を着こなし、やり過ぎない程度の化粧を施してニコニコ心底嬉しそうに笑みを浮かべる反承司は、超無理矢理……龍已の任務にくっついてきたという訳だ。任務先の調査書の中に、すまん……とだけ書いてあるメモ用紙を見た時は何かと思ったが、こういう事かと理解した。
「うぇへへ……生黒圓龍已マジかっけぇ……惚れ惚れするぅ……風に乗って良い匂いするのヤバすぎでしょ。はーっ、ツラっ。胸が張り裂けそうっ!あ、クロちゃーん!私は反承司零奈だよ!覚えてね?」
「……っ!?」
「うはーっ!クロちゃんマジ可愛い!手を振られて困惑するところとか飼い主とクリソツなんですけどー!きゃー!♡」
「……それぐらいにしておけ。任務へ向かうぞ。今回の任務内容は──────」
「──────此処から車で1時間半の位置にある少年用更生施設『見畑学院』。数ヶ月前から院内での異常を度々確認していた。最近はポルターガイストにも似た現象に加えて悪夢に魘されて眠れないという声を多く聞き、住職のお祓いを受けるが効果は無し。話を聞きつけた『窓』が調べに向かったところ3級呪霊2体と2級呪霊1体が発生。2級呪術師が現場に向かうも行方不明となって26時間が経過し、後に1級呪霊の新たな発生を確認。院内に居た者達は既に退去済み。問題が無くなれば再び建物は使用したい為大きな損害は控えること。やむを得ない場合はその限りではなく、あくまで人命優先。祓い終えた場合は担当した呪術師及び補助監督が関係者に報告を行う。……ですよね!」
「……あぁ。調査書にはしっかりと目を通しているようだな」
「私、これでもチョー勤勉なんですよー。頭に詰め込んでおかないと
「……そうか。良い事だ。それでは説明は要らないようだから現場へ向かう。鶴川さん、お願いします」
「はい!お任せください!」
「お願いしまーす。あ、龍已先生後部座席に座ってください。私と一緒にお喋りしましょ♡」
「分かったからくっつくな」
龍已専属の補助監督である鶴川の運転で現場へ向かう。いつもなら助手席に座るところだが、話したいという反承司のお願いを聞いて後ろに乗った。お願いを聞いてくれて隣に座ってくれた事にニコニコしている彼女は、見た目は顔立ちの整った女子高生にしか見えない。しかし、龍已は彼女の内に相当な呪力が内包されていることを知っている。
そこらの2級呪術師よりも多いだろう呪力に、体から発せられる強者特有の気配。細かいところまでは知らないので術式は不明である。だが恐らくは相当な使い手だろう。長年の経験から反承司は強いということは看破していた。到底そうは見えないが、人は見かけによらないものだ。
そんなことを考えていることを知らない反承司は、嬉しそうにお喋りをしていた。内容は女子高生っぽいものだった。この前にとても可愛い服を見つけたとか、欲しい化粧品があったが丁度売り切れていて残念な思いをしたとか、どこどこの店にあるスイーツが自分の舌に合っていてとても美味しかったとか。
楽しそうに話している反承司は生き生きとしていた。一緒に話すと言うよりも、自分の話を龍已に聞いてもらいたいようだ。興奮しながら話す反承司に、子供らしいなという感想を抱きながら相槌を打つ。彼女はそれだけでも大変嬉しそうだ。そして、そうこうしている内に時間はあっという間に経ち、現場の少年院に着いた。車を降りた各々は、入口で警備をしている2人の『窓』の元へと歩み寄った。
「お疲れ様です。私……補助監督の鶴川と黒圓特級呪術師、及び反承司
「お疲れ様です。院内には誰も居りませんので祓除の方よろしくお願い致します」
「1級呪霊は閉鎖された屋上にて沈黙しています。近づいたら行動に出ると思いますのでお気をつけください」
「それはどーも。けど心配とか無駄に要らないから。
「……俺が傍に居るが、油断はするなよ」
「え?お前のことは俺が守ってやる?きゃっ♡流石は私の推しっ」
「……………………。」
「あーんっ、無視しないでくださーい!」
「……お気をつけて」
「ご、ご武運を……」
「すぅ……『闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え』」
自分達と龍已との扱いの差とテンションの高さに少し引いている『窓』の男2人。しかしこれでこの現場は大丈夫だとホッとする。反承司のことは殆ど知らないが、特級呪術師である龍已のことはよく知っている。いや、知らない呪術師はそんなに居ないのでは無いだろうか。特級呪術師というのは、それだけ大きな肩書なのだ。
脚にレッグホルスターを巻いて『黒龍』を差している龍已の後ろを反承司がついていく。視線は前に……と思いきや、前を歩く彼の尻を眺めている。視線で気がついた龍已は振り返って額にデコピンを入れた。バチンと痛そうな音がなったが、何故か反承司は嬉しそうにデレデレと笑いながら額を擦っていた。
背後で鶴川が『帳』を降ろした。少年院を完全に囲い込み、景色が少し暗くなる。院内に居る呪霊の位置は既に掴んでいるので、正面玄関から堂々と入っていった。チラリと確認したが、屋上に居るという1級呪霊は今も依然として動いた様子は無い。近くまで近づいた場合にのみ動くようだ。
スリッパには履き替えず、今履いている靴のまま上がらせてもらう。少年院に所属している生徒用の靴箱を抜けると長い廊下に出る。左右に伸びていて、一番近い呪霊は左から感じる。気配からして3級呪霊の内の1匹だろう。廊下を進んでいくと、開けられている扉から人型の体に頭が2つあり、口が胴体で大きく開かれている呪霊が出て来た。
「いっしょ……いっしょにぃ……ねましょおぉおおおぉおおおぉおおおおおおおおッ!!!!」
「3級呪霊だな。反承司、やってみるか?」
「龍已先生の戦闘シーン見たい気もあるけど、あの程度の呪霊を相手させるのは忍びないんで私やりますね!ちゃちゃっと
「……では頼んだ」
「はーい!」
「いっしょにぃ……ごはんにぃ………しよぉよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
やってみるかと問われ、やる気を見せる反承司。龍已の横を通って前に出る。ゆったりとした歩み。散歩しているようにすら感じる軽やかな歩みはしかし、それとは反比例して青黒い呪力が彼女の周りを包み込み始めた。本人としては少し高めただけだが、その呪力量は相当なものだ。
総呪力量。それを五条悟が上の上と評すならば、反承司零奈の総呪力量は驚異の上の下。15歳で持つには多すぎる呪力量だ。その一端が出て来るとするならば、本人の認識が少しだと思っていても、他からすれば膨大でも不思議ではない。
ゆっくりと近づいていく呪力を纏う反承司に、3級呪霊が後退った。後退るだけのナニカを感じ取ったようだ。しかし呪霊は叫び声を上げながらけたたましい足音を響かせて突っ込んできた。両腕を振り回して気色の悪い走り方をしている。だが速度は中々速い。互いに向かっていくことで間にある距離はあっという間に縮まった。
鋭く長く伸びた爪を振り上げて反承司を狙う。振り下ろされた爪の先が切り裂こうと迫るのを、ずっと眺めていた。何もする様子は無い。反応出来ていないのかとすら思えてしまう無防備さ。だが、龍已は助けに入るつもりはなかった。何故なら、気配が一瞬にして攻撃的なものへと変貌したからである。
爪の先が反承司にふれる寸前、大きく弾かれた。長い爪は粉々に砕け散り、腕が後ろへと弾かれる。それどころか体すらも後ろに仰け反ってしまった。困惑の念を抱く3級呪霊に、1歩だけ……いや、最後の1歩を踏み出して近づき、懐に入り込んだ反承司は、右手の人差し指を呪霊に向け、胴体に開かれた口の上、胸の中央に置いた。瞬間、呪霊は跡形も無く消し飛んだ。
「ギャーギャーうるさい。叫くだけ無駄だっての。お前程度の攻撃じゃ私は傷付かないし、届かない」
「ふむ……」
「……龍已先生見た!?どうでした私!ちゃんと戦えるでしょう!?褒めて褒めてーっ!」
「3級呪霊とはいえ良かったと思う。呪力の練り上げも相当な練度だ。一瞬の決着だから深くは評せないが、鍛えているならばその成果は出ているだろう」
「わーい!」
両手を挙げて喜びを表現する反承司に、龍已も苦笑いの雰囲気だ。しかし、褒めた言葉は嘘ではない。ポケットの中に入っていた携帯を使って反承司の術式を調べたが、中々に難易度の高いものだった。それを息をするように扱って見せた。呪力量もかなり良い。15歳で2級呪術師の肩書を持っているだけはあるということだ。
それ何と言っても、呪力による肉体の強化がかなり上手い。先日抱き付かれた時、剥がそうとして相当な力だったのは呪力による強化があったからだ。恐らく元の身体能力も極めて高い。柔軟性もあり、瞬発力もあるはずだ。それは歩く姿と重心の位置、姿勢から視えてくる骨格から解る。これなら、少しの強化で成人男性の中でも筋肉質な者の力を遙かに上回るだろう。
あの五条に将来優秀な呪術師になると言われるだけはある才能。そして滲み出る戦闘経験。これは龍已も将来の姿が楽しみだと言わざるを得ない。だが疑問なのは、反承司の調査書には一般の家に生まれたと書いてあったこと。親戚の内にも呪術師は居らず、呪術家系の分家ですらない。なのに突然、反承司のような傑物が生まれるだろうか。生まれたとして、高専に入る前にここまで呪術の練度を独学で上げられるだろうか。それが今抱く疑問だった。
しかし、そんなことはいい。考えるのは後だ。今は現場で任務の最中なのだから、そちらに集中するべきだ。例え相手が3級や2級の呪霊だとしても、この業界に絶対大丈夫ということはありえないのだから。頭を切り替えて、気配を感じ取る。この先に進んで階段を上がり、2階に行けば2級呪霊が居ると反承司に教えながら、武器庫呪霊である首に巻き付いたクロの口から出された、長い針を1本手に取って背後へ投擲した。
「ちりちり……ちりちりりりりりりぃぎぃ……っ!?」
「針1本で祓除!流石黒圓龍已!カッコイイ!!はーっ、痺れるわぁ……」
「これで3級呪霊は祓い終えた。あとは2級呪霊と1級呪霊だ」
「はーい!」
背後から気配を消して近づいていた3級呪霊。しかし消したつもりでも龍已には完璧に察知されていた。背後から襲い掛かるつもりが、豪速で飛ばされた呪力を纏った針に顔の部分の眉間を貫かれた事によって祓われた。
1階に居るのは3級呪霊2体のみ。次は2階に居る2級呪霊だ。廊下を進んでいって設けられている階段を使って上に上がる。部屋が幾つかあるようで扉が設けられているが、そのどれもにも居ない。居るのは廊下の先だ。隠れずに廊下で待ち構えている。歩いて近づくと、ジッとしていた2級呪霊がマリオネット人形のような動きをして反応した。
糸で吊されるように肘や膝を持ち上げてカタカタと動く、何の施しもされていない人形のような姿をした呪霊。この呪霊がポルターガイストのように物を動かし、恐怖を煽って悪夢を見せる。眠りながら苦しむ人間のその姿を眺めて悦に浸るのが、この2級呪霊だった。抱いた恐怖の大きさによって強い悪夢を見せる術式を持つ呪霊。龍已が祓おうと前に出るより先に反承司が前に出た。
「2級呪霊ですよね。私にやらせてください」
「……危険だと思ったら俺が祓うぞ」
「大丈夫です!あの程度じゃあ負けません!」
「分かった。では、あの呪霊は任せよう」
「おっ任せあれー!」
ビシッと敬礼した後、先程とは違いゆっくりと歩み寄るではなく駆け出した。身体能力が高いと思っていた通り、反承司の脚は速かった。恐らく100メートルを10秒以内には余裕で走れる速度だろう。そんな速度で2級呪霊に向かっていく。距離はすぐに詰められ、2級呪霊はカタカタと小刻みに揺れるように動きながら突然跳び上がった。
人形に似た身体の造りをしているからか、普通の関節の可動域を越えた無茶苦茶な挙動を空中で行い、腕や脚を乱雑に振り回しながら回転して上から攻撃してきた。規則性の欠片も無い動きに反承司は目を細める。彼女の目には呪霊の動きが見えていた。捉えられていたのだ。その目で見て、タイミングを見計らい、一瞬……ほんの一瞬の胴体への隙間に腕を突き入れた。
右半身を前に出しながら脚を止めてブレーキを掛け、呪霊の胴体に右の掌底を打ち込んだ。びしりと全身に大きな亀裂が入り、顔の部分に口が現れて絶叫する。だが攻撃は終わっておらず、腕全体を内側に捻って掌底を捻じ込む。青黒い呪力が刹那の内に膨れ上がり、絶死の一撃を生み出した。
「──────『
「──────ッ!!!!」
叩き込んだ衝撃と、突き抜けた呪力が2級呪霊の背後で月輪を描いた。打ち込まれた胴の部分は完全に消し飛び、残った頭や腕、脚は粉々になって消えていった。恐るべき一撃。2級呪霊というのは決して弱い部類ではない。ましてやその相手はまだまだ子供である。そんな子供が打ち込んだ二段構えの掌底は、龍已から見ても鋭く重く、完璧だった。
掌底を打ち込んだ構えを解いて、大きく息を吐き出す反承司。誰がどう見ても2級呪霊が祓われたのを最後に確認してから振り返り、パッと明るくなりながら龍已の元へ駆け寄ってきた。その表情は喜色を描き、思ったよりも完璧に決まって褒めてもらいたくてウズウズしていると感じるものだった。てか、実際そんな内心である。
「どうでした!?これめっちゃ練習したんですよ!練習し過ぎて手首腱鞘炎になるんじゃないかぐらいまでいきましたから!」
「練習は程々にな。あの掌底は実に見事だった。他にも何か出来るのか?」
「あ、すいません。めっちゃムズくてアレ修得するのに精一杯で他は無いです。ていうかこれから編み出していく感じですハイ」
「そうか……だが本当に見事だった。お前の高い身体能力ならば思い付いたものは自身の手の内に出来るだろう。行き詰まったら相談するといい。力になろう」
「マジかよやっべ。ってことはマンツーマン?出血多量で死ななきゃいいけど」
「…………………。取り敢えず、最後の1級呪霊の元へ向かうぞ」
「はーい!」
見せてもらった掌底に心からの賛辞を贈った。見事としか言えないものだったからだ。しかしその代わり、そればかり練習していたので他の技はまだ修得していないようだ。少し勿体ない気持ちもあるが、あの完成度を修得するのだから、これからもっと良い技を編み出していくことだろうと期待する。
兎に角、良いものを見れた龍已は反承司に期待を寄せながら歩き出す。最後の1体である1級呪霊は閉鎖された屋上に居る。問題がある少年達が入る少年院で屋上を開放しておくと、何をされるか解らないので普段は厳重に閉められているのだ。しかし今回はその厳重さは無意味と化している。
鎖で閉められていた鋼鉄製の両開きな扉は鋭い何かで斬り裂かれたらしく、鎖は両断されて扉の表面にも切り傷がある。立て付けが悪くなっていて通れるか通れないかくらいの隙間までしか開けられなかったので、仕方ないという事で蹴り壊した。どちらにせよ買い換えなのだから大丈夫だろうという判断である。
屋上は広く、その中心に体長5メートル程で人型。全身を腐った包帯のようなものを巻いただけの、異様に細身の呪霊が居た。右手は小刀と一体化している手があり、足元には血溜まりに沈んだ肉の塊が落ちていた。先に派遣されていた呪術師の成れの果てだろう。呪霊にやられて何度も斬り刻まれていたらしい。
生々しい肉の塊が痙攣していたりするし、何と言っても時間が経過しているので肉が腐っている。漂ってくる臭いも悪臭だ。それなりにショッキングな光景なので大丈夫だろうかと反承司の方を見れば、どうしたのだろうかと首を傾げていた。死体に関して思うものは無いらしい。
「龍已先生、お願いがあるんですけどぉ……」
「どうした?」
「後学の為にぃ、龍已先生の領域展開見せて体験させてもらえないかなぁって!」
「領域展開か……」
「はい!まだ見たこと無いですし、何より体験するしないだと違うと思うんですよ!ねっ?カワイイ学生の為だと思って……っ!」
「ふむ……確かに体験してみるのも良い経験になるだろうからな。良いだろう、領域展開を見せよう」
「っしッ!!うーっしッ!!フヒヒ……黒圓龍已の領域展開の中に入れるとかヤバくね?生で見れるとか果報者じゃね?大丈夫?明日死なない?あーもう今日は最高の日……お祝いに帰りシュークリーム買って食べよう……」
「今日は初めて共に任務に当たったから、帰りは何か奢ろう。好きなものを買うといい」
「龍已先生大好き!」
「意外と現金だな」
1級呪霊の前でする会話ではない。緊張感に欠ける状況だが、彼等の実力からしてみれば仕方ないのかも知れない。少し前まで現場だから集中するべきという考えをしていたのが嘘のようだ。今回は普通に祓うつもりだったが、反承司が後学の為に見て体験してみたいという事なので、豪勢だが領域展開を使うことにした。
領域展開の射程内に入るために、呪霊に近づく龍已の後を反承司も追う。胸の前で両手を合わせ、興奮で早鐘を打つ心臓を自覚する。推しの領域展開の中に入ることなんて、滅多なことでは出来ない。故に楽しみで楽しみで仕方ないのだ。
両手の掌を自分の方へ向け、小指同士、薬指同士、中指同士をそれぞれ組んでいき、人差し指は伸ばして指先だけを付ける。親指は人差し指の横に付ければ、黒圓龍已が領域展開をする場合に組む掌印の完成である。膨大な呪力を消費して、近づいたことで反応して襲い掛かってきた呪霊共々、反承司を純黒の異空間へと呑み込んだ。
「領域展開──────『
「──────ッ!?」
「わはーっ!やっぱりすごい!マジで黒い!黒一色コワっ!でもカッコイイ!流石は必中必殺の代表領域!死の気配がバンバンくる!興奮する!きゃーーーーーーっ!♡」
黒のみが存在する空間。呪術師が身につける技の中で頂点の御業、領域展開。己の生得領域を呪力によって現実に持ってきて具現化する超高難度の技であり、この中では付与された術式は必中となり、必殺にも成り得る。
龍已の領域展開は術式が必中となるが、天与呪縛によるものなのか解釈が捻じ曲がり、必中故に当たるならば当てられるところから当てられるということになっている。つまり、術式を使った呪力弾を撃ち、体内を通って触れるならば、体内からの銃撃が可能になるという事だ。要するに、入れば最後、避けられない絶死の一撃が体内からでも0距離からでも放てるということだ。
脚に巻いたレッグホルスターから、長年使い続ける相棒の『黒龍』を引き抜く。正面に居る1級呪霊に構えるが、本来銃口を向ける必要は無い。必中必殺の領域内故に、
純黒のみが存在する領域に罅が入り、解かれていく。解放されて外に出ると、呪霊だけが消えた屋上の景色が広がる。『帳』内に居た呪霊が全て祓われたことにより、補助監督の鶴川が張った『帳』も解けていった。元の色合いが戻り、任務は達成される。あとは呪術師だった肉塊の事を報告し、関係者に説明をすれば終わりである。
「今のが領域展開だ。己の生得領域の具現化を行うことで状況を有利に進めることが出来る。その代わりに膨大な呪力消費を強いられ、領域展開後は少しの間術式が使えなくなる。本当の危機が迫った時に使う奥の手だ」
「けど、龍已先生は1日に何回も領域展開出来るし長時間維持も可能……それに領域展開後の術式のオーバーヒートは無いんですよね?それってどうやってやってるんですか?複数回の展開は純粋な呪力量だとして、オーバーヒートしないの気になってたんですよねー」
「最初の頃は俺も同じく術式を使うことが出来なかった。だが、明らかな弱点故に暇があれば領域展開をし、オーバーヒートそのものを体に慣らせた。結果、領域展開後の術式使用不可が無くなった。……のだが、何故俺が領域展開後の術式使用不可を克服していることを知っている。それを知っているのは限られた者達だけだ。それに、一般家庭の出でよく領域展開そのものを知っていたな」
「えっ……あ、ははは……それはですねぇ……この1週間で五条先生に領域展開の事を頼んでみたんですけど、後で後でと先延ばしされてたんです。けど、領域展開後は術式が使用不可能になるという話は教えてもらっていて、ポロッと龍已先生は克服しているから、アドバイスとか貰うと良いって言っていたんです!」
「……そうか。五条が喋っていたのか。まあ五条なら知っているか。何度か領域展開を見せているし領域の修得に付き合っていたからな」
「五条悟の領域展開修得に関わってたんですか!?すげー!」
「そんなに持て囃すものでもない。それより任務は終わりだ。先に車に居ていいぞ。説明は俺がしてくる」
「かしこまり!でっす☆」
冷や汗をたらりと1つ掻いている反承司は、舌を出してウィンクをしながら可愛らしく敬礼した。困惑の気配が感じられるが、まあ別に良いかと考えて踵を返す。任務を終えたので、その報告をするべく補助監督の鶴川の居るところへ戻るのだ。そのついでに、中に死体を含めた人が居ないかの確認をしていく。まあ、気配で人が居ないのは知っているが。
その後、反承司は車の中で報告書を書いていた。これからも書くことは多いので練習をさせるためである。その間に龍已は鶴川へ口頭による説明を行い、呪術師の死体を回収する手配を頼む。最後に、少年院の関係者に真実を隠した説明を行って解散となった。
今日は初めて反承司と同じ任務に出たので、お疲れ様会のようなものをやるためにオシャレな喫茶店に来ていた。反承司が携帯や雑誌で調べて、行きたいと思っていた場所である。値段もそれなりに高く、1人で来るにはハードルが高いらしい。どこでも良いと言っておいたので、思いきって来たという訳だ。
「んふふ……んーっ!このハニートースト、本当に美味しい!温かいパンの上に冷たいアイス……ふふ、んんーっ!罪深い美味しさ♡」
「甘いものが好きなんだな」
「えへへ。やはり甘いものは別腹ということわざがあるくらいですからね!まあ、本当は好きなものはお腹いっぱいでも食べられる~みたいな意味なんですけど、この際は何でも良いです!はぁあぁ……おいしい……♡」
「美味いなら良かった。好きなものを頼むといい。持ち帰りたいものがあるならそれも構わない」
「わー!龍已先生太っ腹っ!それはポイント高いですよ!もう鰻登りで天元突破です!元々好感度カンストですけど!」
「そうか」
対面に座る反承司は、幸せそうに頬を緩ませながら甘いものを満喫している。対して龍已は珈琲を飲んで、彼女を眺めていた。女子高生らしい表情を見せるので、何とも穏やかな雰囲気になる。若いな……と思ってしまうのは歳を重ねた証拠だろうか?まだ20代なので歳を取ったと思いたくはないが、時が経つのは早いものだ。
遠慮しないで頼めと言っていたので、幾つかお持ち帰りするためのものを店員に頼んでいる反承司。本当に甘いものが好きなようで、店内で食べるものもお持ち帰りするものも、大体がその甘いもので構成されていた。苦手ではないが、そこまで甘いもの尽くしだと胃もたれしそうだと内心で思った。
何だか胸元がムカムカしてきたような感覚になってきたので、誤魔化すためにブラックの珈琲を啜る。すると、そんな龍已を見ていた反承司がハニートーストの最後の一口、パンとアイスの乗った部分をフォークで刺して彼に向けて差し出した。数度瞬きをすると、ニッと笑ってどうぞと言う。
「私だけ食べているのもアレかなーって。甘いもの苦手じゃないですよね?龍已先生も食べてください!」
「しかし、最後の一口だろう?」
「良いんですよ!その他は食べちゃいましたし、他にもケーキとかありますから!ほらほら、アイスが溶けて滴っちゃいますよ!口を開けて!はい、あーん」
「……では、貰うとしよう」
身を乗り出して口を開いて食べる。少しパンが冷めてしまっていたが、それでも美味しさが損なわれてはいなかった。食べさせてもらった時、龍已の首元に掛かっているチェーンが動いて付けられた豪華な指輪が服の外へ出て来た。カチャリと音を出し、反承司の目にも留まった。
一口貰うと椅子に座り直して、出て来たチェーンに繋がった指輪を服の中に戻す。大切なものを扱うように、慎重に。見ているだけで大切なものと解る動きに、反承司はフォークでケーキを切り取りながら眺めていた。何口かケーキを食べると、口を開く。今見た指輪の事を質問するためだ。
「さっきのって指輪ですよね。しかも高そうな。婚約指輪とかですか?」
「これは……そうだな。婚約指輪……にもなれなかった大切な指輪だ。世界に1つだけの……俺の宝物だ。このミサンガもな。昔に色々あって、俺の手元に来た贈り物なんだ。いつも肌身離さず持って、忘れないようにしている。手放すと……頭から記憶が薄れているように思えてしまうからな」
「……本当に大切なんですね。贈ってくれた人達も、ずっと持ってくれていたなら喜んでくれていると思いますよ」
「……そうだといいな。俺は所詮、何かに縋っていなければ生きていけないようなものだ。これらはその象徴。綺麗な意味で持っている訳じゃなく、単なる執着だ。……反承司。仲間は大切なものだ。しかし、出会いがあれば別れもある。ましてやこの業界ではより別れが顕著になる。それを忘れるな。何かを守りたいならば、まずは力をつけろ。そうすれば、絶対ではないが守りたいものを守れるようになるだろう。掬った手の中から溢れさせると、何もかもを呪いたくなるぞ。
「……はい!」
腕に巻かれた、黒と琥珀色のミサンガと、首からチェーンで繋いで下げている指輪を擦って何処かを眺める龍已は、酷く儚く哀しそうだった。話し掛けなければ薄くなって消えてしまいそうだ。なのに、異様な存在感を醸し出すのだ。そのアンバランスさが不気味なものを感じさせた。
しかし、反承司は龍已からの言葉に元気良く返事をして笑みを浮かべた。彼を包み込もうとしていた黒い負のものを振り払うが如く、綺麗で温かい笑みだった。勇気づけられたなと、内心で愚痴りながら残った珈琲を飲み干し、お持ち帰りの分が持ってこられ、食べていたケーキも食べ終えたので喫茶店を出た。
ひっそりと鶴川の分も買っていた龍已は、それを渡して車に乗り込む。帰り道の途中はウィンドウショッピング等に付き合ったりして時間を使い、高専に着くのは陽が落ちてからだった。荷物を代わりに持って女子寮の前まで送っていた龍已は、次の日遅刻しないようにとだけ行って反承司に背を向けた。そんな彼へ、言葉を贈る。
「龍已先生」
「……?どうした」
「先生は執着って言ってましたけど、私はそうは思いません。ミサンガと指輪を撫でる時の龍已先生は哀しそうで消えそうだったけど、愛おしそうでもありましたから。だから、それは執着じゃなくて……もっと別の美しいものだと思います。一概に全てがとは言えないけど、愛とか恋ってそういうものでしょう?」
「……………………。」
「龍已先生はその人達のことを愛しているのと同じように、その人達も龍已先生のこと愛していたと思います。きっと。じゃなきゃ、そんな素敵なもの贈りませんよ!」
「……確かにそうだな」
「ふふっ。龍已先生はですね、龍已先生が思っている以上に皆から好かれているんですから、自信持ってください。それは、私が全身全霊を以て保証させてもらいます!あ、もちろん私も龍已先生大好きですよ!推しの推しの大推しなので!えへへ。おやすみなさーい!龍已せんせーっ!」
「……おやすみ」
龍已から渡されたスイーツが入った袋を片手に持ち、もう片方の手をブンブン振って挨拶をする反承司。良い子だな……と感じながら、手を振り返した。執着ではなく、もっと綺麗なもの。自分にはそれを何て言うのか少し解らないが、少しずつ考えていこうと思う。
それに、別に無理して言葉を思い付く必要なんてないのだ。感じていて、大切だと思えるならばそれで良い。他の者達では解らない、龍已だけのもの。それが、あの2人との繋がれない繋がりなのだから。何だか肩が軽くなった気がして、上を見上げる。夜空に光る星々の天上。
暫く星空を眺めた龍已は、クロから渡された黒いローブを身に纏って暗闇に消えた。ありがとう。そんな言葉がその場で呟かれたような気がした。
「あ、センパイ?今日秤が呪術師の素質がある子見つけてさー。近々入学させるから。名前は
反承司零奈
推しの龍已との合同任務をこぎつける為に、学長を脅した。これでダメなら本当に校舎を粉々にして本気度を示すつもりだった。
呪術師としての階級は2級。昔、龍已が入学するときと同じ。高い身体能力と状況の判断力。持ちうる呪力量と術式から、入学時から2級呪術師の天才。
見た目も強さも良いのだが、龍已とその他で分けている節があり、その他はどうでも良いと考える思考がある。故に龍已と話す際は元気だが、他の者と話すと途端に冷たくなる。
甘いものが好き。ハニートーストを龍已に食べさせて、その後ケーキを食べている途中で「これ関節キスじゃね!?畏れ多いぃ……」と呟いていた。
黒圓龍已
学長である夜蛾に校舎と天秤に掛けられ、呆気なく売られた。まあ任務に同行するだけなので構わないとは思っている。しかし突然決めるのはやめて欲しい。
領域展開後の術式使用不可を、何度も何度も領域展開をする事で体に慣れさせるというクソゴリ押し戦法で克服した。流石に克服までは2ヶ月掛かった。
反承司は良い生徒だと思っている反面、何だか解らないが、不思議なものを感じている。それが何かは解らないが、喉に引っ掛かっている。
少し遅れて秤金次と反承司零奈の同級生となる生徒。
そして申し訳ありません。星綺羅羅が秤金次と同級生というか、同じ高専の生徒だというのを見逃していました。遅れての名前だけ登場になってしまいましたが、お許しください。
本当に分からなかったんです。いや、見逃しですけど……。