最高評価をして下さった、ジョン・アンフィリー 青い蝉 ポロロッカ船長 紅識 Namu君 混ぜるな危険 GUMI751 さん。
高評価をして下さった、feruzen じゃがいも カキた 田人村民 さんの皆さん。ありがとうございます。
「夜蛾学長。用とは何ですか」
「突然すまない。だが龍已、コレを見てくれ。お前にはどう見える」
「……すごく……パンダです」
「よぉ。俺はパンダ。よろしく頼む」
「喋っ……た………?呪いの気配は呪骸そのもの。しかしコミュニケーションを可能とし、自意識が存在する……?そんなことが可能なのか……?」
「俺の最高傑作、突然変異呪骸だ」
朝早くについてくるように言われ、素直に夜蛾の後を追う龍已が見たもの。それは……パンダだった。背丈は高く、図体も大きい。身長が180センチはある龍已が上から見られる程の大きさをしている。それに何より、喋るのだ。
呪骸。人形に呪いを込めて動かす、動く人形。しかしパンダは呪術高専東京校の学長であり、傀儡呪術学の第一人者である夜蛾正道の最高傑作の突然変異呪骸である。故に意識も存在していて意思疎通も熟せる。呪骸であるから戦闘すらも行うことが出来るのだ。
朝から何てものを見せられているんだと思うのも仕方ない。パンダにしか見えないのに、実際にパンダなのだ。それも、夜蛾はこのパンダを高専に正式に入学させるつもりらしい。では秤や反承司、最近転入した星綺羅羅と同級生にさせるのかと思ったが、そうではなく来年に入学させるようだ。
「なるほど……しかし来年の新入生は日下部さんが担当することになっているとのことですが、何故俺にパンダを見せたんですか」
「知っておいてもらおうと思ってな」
「……それだけですか?」
「あぁ」
「……………………。」
「おいおい。そんな目で俺を見んなよ。コエーよ」
てっきり体術でも教えてくれと言われるのかと思われたが、どうやら違うらしい。というか、体術は夜蛾が教えているとのこと。つまり、本当にお披露目をしただけのようだ。確かに驚いたが、もう少し何かあってもいいと思う。まあ、授業が控えているので今何かするのは無理だが。
取り敢えず龍已はこの日、世界には喋るパンダが居ることを知った。もちろん、突然変異呪骸であることは承知しているものとする。
「おーし、ボコボコにしてやるから適当に掛かってこい。サボりたいならサボってろ。俺もサボる」
「……伏黒甚爾生きてるし」
「あ?俺がいつ死んだンだよ」
「別に。こっちの話。てか、勝手に私の独り言を拾わないでくれない?」
「何だコイツ」
任務やらの重なりで体術の時間は意外にも今日が初めての反承司は、何となく居るのではと思っていた人物が居ることに微妙な顔をした。残念ながら、秤金次と星綺羅羅は任務で抜けている。今日は珍しく任務が無い日なので1日高専の反承司。今の時間は体術の時間であり、担当は非常勤講師の伏黒甚爾だった。
体に張り付くくらいのインナーに適当なズボンを履いて、面倒くさそうに立っている甚爾は、新入生であり初めて体術の授業に出た反承司の事を観察していた。長年対人をしていた経験から対峙する者の力量は把握できる。それに、甚爾はその見た目からは想像出来ない緻密な計画を組み立てる。満を持して行動に移すタイプだ。
非常勤講師と言えども、相手をするならば情報を揃えるのは最早癖だ。その結果、甚爾は反承司の強さをガキに毛が生えた程度というランクに設定した。普通に最低である。なまじ最上位のフィジカルギフテッドを持っているだけあって、体術に関してはどこまで上からであるし、煽る。猿にも負けるのかと。弱っ……と。普通に腹立つ。
生きていることに驚いている反承司には首を傾げるが、まあそんなことはどうでもいい。適当に転がして泥だらけにすれば金が手に入るのだ。楽勝な仕事である。反承司がサボるならば、当然サボる。高専から帰ってパチンコに洒落込むつもりだ。つもり……だったのだが、構えを取る反承司に溜め息をした。やる気らしかった。
「フィジカルゴリラを叩きのめして龍已先生に褒めてもらう……ッ!!」
「あぁ?なんでアイツなんだよ。……まァ興味ねーが。やるっつーならボコボコにしてやるよ」
やる目的は唯一つ。フィジカルに於いての最上位天与呪縛を持った伏黒甚爾を負かして龍已に褒めてもらうことだった。その為ならば禪院家に生まれて猿と蔑まれた怪物をも相手にする。体術の授業なので呪力による肉体強化は無しであり、当然術式の使用も禁じられている。
身体能力の技術を使った勝負。反承司は対峙する完全にやる気のない立ち姿をした甚爾にごくりと生唾を飲んだ。猿と蔑まれようが、実力は呪力を持たない多くの存在の中で間違いなく最強。やる気がなさそうに見えても、内にあるのは単純な暴力だ。しかも子供だからと容赦はしない。
戦う動機は完全に不純だが、勝つつもりでやる腹積もりだ。例えそれが伏黒甚爾との戦闘であっても。反承司は冷や汗を1つ流しながら強く足を踏み込み、駆け出そうとした瞬間、顔の横を咄嗟に腕で防御した。しかし防御した腕は意味を為さず、ボールのように弾き飛ばされて土の上を転がっていった。2転、3転とバウンドをして地面に手を付いて跳ね上がり、足から着地する。
俯いた顔を上げると、防御した腕が当たって顔に打撃を受けたような跡があり、口の端から血を流していた。弾き飛ばされる前に自身が居た場所を睨み付けるように見れば、片脚を持ち上げて静止している甚爾が居た。片眉を上げて、へぇ……と傷がある口元を歪ませる。
「まだ意識あんのか。大体のガキはこれで医務室送りなんだがなァ」
「……っ。本気で蹴ってないだろ。舐めるなよ」
「舐めてンのはオマエだろ。俺が本気で蹴っ飛ばしたら今頃オマエの頭はただのボールだぞ。それくらい自分でも解ってンだろ」
「……チッ」
「まァいいか。おら来いよ。次はオマエが当ててみろ。当てられンならな」
「舐めやがってフィジカルゴリラめ……ッ!!」
口の端から流れる血を乱雑に拭い、次こそはと駆け出した。甚爾はあくまでも待ちの姿勢を崩さない。どこまでも余裕の表情であり態度だ。しかしそれが赦されるだけの力を持っているのは事実だ。現に、怒濤の攻撃の連打の中、甚爾は胸の前で腕を組んだ状態のまま避け続けている。
攻撃が当たらない。殴打も手刀も掌底も蹴りも何もかもが当たらない。掠りすらしないのだ。攻撃を繰り出す反承司の事は見ている。類い稀なる動体視力で攻撃をする瞬間に何を出してくるのか、どこを狙ってくるのかを確認し、恐ろしい反射神経と瞬発力を使って避けていくのだ。つまり、彼は見てから避けている。それも余裕を持って。
気持ちで負けないために強気でいたが、正直な気持ちを言うならば勝てるわけがない。呪力を使えばまた違ってくるのだろうが、使えば完全に負けを認める事になる。それは嫌だ。どうにかこの男に土を付けてやりたい。そんな思いが胸を燻り、歯をぎしりと鳴らす。絶対に一矢報いてやる。そう決意したのに、現実はそう簡単にはいかない。
3分は避けに徹していた甚爾が反撃をしてきた。顔面を狙った拳を大きく跳躍しながら避けた。それも反承司の上を通って背後に着地する形で。振り向き様に回し蹴りを叩き込んでやろうと思ったが、それよりも甚爾の中段蹴りの方が遙かに速い。両腕で防御をしたのは良かったが、後方へ足が滑って獣道を作った。
防御した腕が痺れて感覚が無い。無理に受け止めた所為なのか腕が持ち上がらず肩から垂れ下がるだけ。3分全力攻撃をしていた事もあって息は絶え絶えだ。肩で息して脇腹が痛くなってきた。つい体に力が入らなくなってずさりと膝を付いてしまう。ここまでくると立ち上がるのは非常に困難だ。意思とは逆に体が言うことを聞いてくれない。
「打たれ弱いなオマエ。2発しか入れてねーのに。なまじ身体能力が高ェから今まではどうにかなってたンだろ。呪力で強化すれば今より派手に長時間動けるからな。龍已から聞いてるぜ。呪力での肉体強化はかなり上手いンだってな。それが逆に仇になった訳だ。生身だと弱いぞ、オマエ」
「……っ」
「センスはあるが、それだけに勿体ねェな。呪術師で呪力も術式もあるから素の肉体はある程度の強さで満足してンだろ。その程度の認識なら卒業までに死ぬぞ。秒読みだ」
「……うっさい。まだ終わりじゃない……ッ!!持久力が無くて、呪力による強化に頼ってたのは認める。けど、だからって弱いとは言わせない……ッ!!私は強い……ッ!!強くないといけないんだ……ッ!!」
「あぁ?訳が分かんねーが、取り敢えず呪力に頼らず肉体の強化でもするこったな。今のオマエじゃ話にならねェ。授業は終わりだ。家入の奴のとこ行って来い。それじゃ体術もクソもねぇだろ。その間に俺はパチ──────」
「──────非常勤講師の伏黒甚爾先生?授業を放って何処へ行くと?」
「ゲッ……」
「龍已先生……」
甚爾の背後から不穏な声色で声を掛けてきたのは龍已だった。今日は任務が立て続けに入っていたので朝から不在だった。しかしそこは流石は特級呪術師だろう。午前中に全ての任務を終わらせて高専に帰ってきた。午後から一般教養の授業があるからという理由で。自習が消えた瞬間である。
だがそんなことよりも、甚爾は苦々しい表情を浮かべる。聞かれたら普通にマズいことを言って、聞かれたら絶対面倒くさい龍已の耳に入ったのだから。早足で近づいてきた彼は、甚爾の肩に手を置いた。万力が逃げ出す力でギリギリと肩を掴む。肉を引き千切るつもりかとぼやきながら、柔軟性を活かしてスルリと抜け出した。
少し距離を取る為に跳躍した甚爾は、掴まれた肩をぐるりと回した。本気で肉を引き千切られるくらいの握力で掴まれたので、異常がないか確認しているのだ。対して龍已は、膝を付いている反承司をチラリと見た後、溜め息を溢した。やり過ぎには注意しろと日頃言っているのに、毎回同じ光景を見せられているのだ。溜め息ぐらいつく。
「加減を知らんのか」
「加減してるだろ。普通に生きてるじゃねーか」
「どこの世界に体術で生徒を殺す講師が居るんだ」
「だから手加減してるっての」
「痛めつけ過ぎるなと言っている」
「メンドクセー。弱いのが悪ィンだからいいだろ。ケチくせーこと言うなよ。良い台教えてやっから」
「賭け事万年敗北者が何を言うかと思えば……」
「あ゙?」
「なんだ?違うとでも?」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。額が当たるのではないかというくらい近づいて(龍已は無表情だが)睨み合っている両者。片や授業をほっぽってパチンコに行こうとしたことを責めており、片や万年ギャンブルで負け続けている事実を指摘されて怒りを露わにしている。
辺りの風景が火山の噴火口にも見える。バチバチと怒気がぶつかり合っている。両者の放つ気配が尋常じゃない。まるで重力の倍率を上昇させているかのように体が重くなる。自身に向けられている訳でもないのに、反承司は感じ取る気配だけで息が苦しくなってきた。決して息切れなんてものではない。単純な恐怖だ。
彼等は本気で怒っている訳ではない。彼等からしてみればお遊びも良いところ。しかし、他の者にとっては怪物同士の殺し合い1秒前にしか感じられないのだ。生物としての次元が明らかに違う。逸脱している。人間の域を越えている。どちらかが手を出せば、東京が掻き消えるのではと思えてしまう恐怖の領域は、はぁ……という両者の溜め息で霧散した。
膝を付きながらポカンとしている反承司を置いて、睨み合っていた甚爾と龍已は離れた。仕方ない奴だと言わんばかりの溜め息に、考えていることは同じなのか?と思う。そしてやはり2人が戦うと被害が発生することを自覚しているからやめたのかは解らないが、彼等の戦闘は無いらしい。無いなら無いに越したことはない。
「──────パチンコぐらいさせろケチくせェ」
「──────何故お前はすぐサボろうとする」
「キャ────────────ッ!?」
不穏な雰囲気が霧散したと思いきや、目にも留まらぬ速度で動いた2人が脚を振り上げた。回し蹴りが交差し、衝撃を撒き散らしながら地面の広範囲に罅を入れた。単なる蹴りとは到底言えない一撃に、反承司は顔を腕で守って悲鳴を上げた。怪物同士の一手は周りにも影響を及ぼすようだ。
どちらも呪力を使っていない。甚爾は天与呪縛により使えないのは解っているが、呪力が無い変わりに超人の肉体を得た甚爾と正面から、それも呪力無しで渡り合っているのが龍已だった。振り上げられて交差した脚がギリギリと拮抗している。体を支える足から更に地面が砕けていき、瞬きをした瞬間には2人の姿は掻き消えていた。
残像を生み出しながら、拳を交えている。反承司からしてみれば瞬間移動しながら肉弾戦をしているようにしか見えない。現れては一方が攻撃して一方が防ぐ。また消えて現れて……それを何度も繰り返してグラウンドを罅だらけにしていた。人が出せるのかと疑問に思う速度。その中で殴り合いをしていた。
しかし怪物同士の戦いは長くは続かなかった。何度目かの衝突を続けた後、一際大きな衝突音と地面の罅が生まれた。音がしたのは反承司の背後。疲れた体を反転させて音がした方に目を向けると、龍已と甚爾の姿を確認した。甚爾が龍已にコブラツイストを決められているという状態で。
「バッカ……オマエッ!!痛ェだろうが……ッ!!」
「完璧に決めたからな。そもそもこれは非常勤とはいえ講師の仕事を放ってパチンコに行こうとしたアホへの罰だ」
「クッソ……マジで外れねェッ!!」
「誰が逃がすか。本気でパチンコに行こうとしていたからな。このまま肋を3本へし折ってやる」
「は?おま……っ!!──────ッ!?わかった……ッ!行かねぇから本気で折ろうとすンじゃねぇッ!!」
「行かないんだな?」
「行かねェよッ!!」
「……よし」
「ッ……あ゙ー……痛ェな」
甚爾は本気で焦った。冗談で言っているのかと思ったら、声のトーンと気配から本気だと察した。というか力を尚更込められたので肋骨が悲鳴を上げ、これ以上は真っ二つに折れると思い降参したのだ。龍已はやると言ったら割とマジでやる男である。言っても聞かない奴ならば尚のことだ。
肋骨を実際にへし折って残りの体術の授業に支障が出るかも知れないが、安心して良い。龍已のガールフレンドは呪術界で珍しいヒーラーなのだ。すぐに治してくれる。ただし折れるときの痛みは全く変わらない。ちなみに、罰なので肋骨が折れた後もコブラツイストは継続するつもりだった。
折れる寸前までいった骨を労るように軽いストレッチをする甚爾と、最初からパチンコに行こうとするんじゃない、と小言を言いながら溜め息を吐く龍已。その2人のことを、反承司は何とも言えない顔で眺めていた。いや、動きが全く見えなかったんだが?てか、呪力無しで伏黒甚爾と殴り合って最後はコブラツイスト掛けるのヤバくね?という思いだった。
「立てるか、反承司」
「あ……龍已先生……。すみません、ちょっと疲れて……」
「ふむ……ほら、乗るといい」
「……えっ」
「午後にも体術が入っていただろう。不調に成り得る怪我は硝子に治してもらえ」
膝を付いてその場で待機していた反承司は、自身の前に同じく膝を付いて背を向ける龍已に瞠目した。グラウンドの土で服が汚れてしまうからとか、帰ってきたばかりなのにそんなことさせられないからとか、女の子として体重を何となく知られるのは……みたいなお考えが過るのだが、それよりも前に全力疾走して出て来たのは──────推しのおんぶだった。
心臓がヤバイ。どの世界に推しにおんぶしてもらえる女が居るのか。テレビの向こうにしか居ないアイドルグループの推しが目の前に居て、言葉を交わして握手をする事が奇跡に等しいというのに、事もあろうにおんぶだと?ふざけないで欲しい。私の心臓を破裂させるつもりか?それに畏れ多くて脚が動かんわ!
「オイ龍已。ソイツほっときゃすぐに動けンぞ。脚には攻撃なんざ入れてねーからな。今は単純な体力切れだろ。傷も擦り傷だ」
「あぁ、そうか。なら俺が運ぶまでも──────」
「ゴホッゴホッ!!あれッ!?なんか、なんか苦しいなぁッ!?もしかしたらフィジカルゴリラの所為で内臓にダメージあるかも!?なので龍已先生失礼ですけど私のこと連れて行ってくださいね優しくゆっくり重さは量らないでお願いします!」
「……?まあ、校舎の方へどちらにせよ向かうから構わないが。それと甚爾。俺と反承司が居なくなったからといってパチンコに行くなよ。もし居なかったら両脚の骨をへし折るぞ」
「へーへー。分かったからさっさと行けよ」
「あわわわわわわわわわわ……推しにおんぶしてもらってる……ッ!!」
本当はパチンコに行きたかったが、行くと本当に脚の骨を折られるのでつまらなそうにベンチに横になる。次に体術の授業がある生徒が来るまで昼寝をするようだ。頭の下に手を差し込んで仰向けに寝そべりながら脚を組む体勢は、まさしく寝の体勢である。そんな傍ら、反承司は龍已の背中に乗った。
危なく自力で医務室まで行けと言われてしまうところだった。そんなことをされるくらいならば飛び付く。親にされて以来のおんぶは少し恥ずかしい。だが、鍛え抜かれた肉体から発せられる温かい体温は安心感を齎す。心臓がバクバク鳴っていてバレてないか怖いが、安心感を求めるように首に両腕を回してしっかりと抱き付いた。
傍に寄れば、良い匂いがする。温かさと匂いで眠ってしまいそうだ。尚更体から力が抜けて寄り掛かる。その際、歳の割には発達した反承司の大きな胸が背中に当てられて形を変えるが、龍已はそんなことを気にする様子は無かった。もういい大人なのでその程度では狼狽えたりしない。
人一人を抱えながら階段を苦もなく上り、傾斜も関係無く、医務室に向かって歩いていく。昔自身もお世話になった校舎なだけあって医務室までの道なんて目を瞑ってもなぞれる。脚が長く歩幅が大きいので、何か無ければ大抵家入が居る医務室に到着した。器用にドアを開けて中に入ると、薬品のアルコールで独特な匂いを感じる。
医務室の主である家入は椅子に座って資料を読んでいた。ドアが開いたので顔を向け、龍已と背負われている反承司を見ると資料を机に置いて立ち上がった。カーテンが付いている医務室のベッドの方へ行くので、言葉を掛け合わずに同じ場所へ向かう。背中に背負った反承司を整えられた清潔なベッドの上に降ろせば、眠っていた。寝息が聞こえていたのは背負っていて知っていたが、良くこの短時間で眠れたなと、色々な意味で感心した。
「んー、打撲と擦り傷かな。この時間だと伏黒さんの体術の時間か?」
「あぁ。少しは粘れたようだが、体力が持たずに立ち上がれなくなっていたところを背負ってきた。甚爾は手加減をしているとのことだったから内臓にダメージは無いと思うが、一応診ておいてくれないか」
「いいよ。大した手間じゃないし」
「ありがとう」
「いーえ」
机から聴診器を手に取って耳に付け、体内の音を聞いていく。心臓に異常は無く、聴診器を首に掛けて今度は触診していった。触った限り何もなっていない。まあ大丈夫だろうなと判断して消毒用の傷薬と絆創膏や包帯などを取りに行って、手慣れた様子で治療した。結び目も完璧で、手早い。流石は高専のヒーラーである。
大した傷は無さそうだと察すると、龍已はその場を後にしてマグカップを2つ棚から出した。家入の為にと先日購入したコーヒーメーカー(約10万円)を使って2人分の珈琲を淹れた。出来上がったのを持ってくる頃には、家入は反承司が医務室を利用したという報告書を作っている。
机にカップを置くと、ありがとうと言われるので、どういたしましてと静かに返した。この前のように適当な椅子を持ってきて座る。少し静かな医務室に時計の針が進む音と、報告書にペンを走らせる音だけが存在する。暫く龍已はジッとして、書き込みが終わったようで椅子の背もたれに体を預けて伸びをする家入を見て、珈琲を啜った。
「んーッ……はぁ。そういえば、今日
「……特に無いな」
「なら帰りは早めか……私も急患が無ければ早く帰れるから、夕飯は一緒に作るか?」
「いいぞ。何が食べたい?材料が冷蔵庫に無さそうだったら帰りに買っていく」
「そうだな……この前作ってくれた鶏肉のトマトソース煮が美味かったから、あれをまた食べたいな」
「肉はモモでいいか?」
「いいよ。今日はジューシーなのが食べたい気分だしな、私も龍已も」
「良く解ったな」
「長年一緒に居るから、このくらいはな」
「それは嬉しいな。……トマトが1つくらいしか余ってなかった筈だ。帰りに買って行くから硝子は先に帰っていいぞ」
「そうだな……それならやっぱり、私も一緒に買いに行くから待っていてくれないか?」
「わかった」
──────やっべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?目を覚ましたら平和でほわほわな会話がカーテンの向こうから聞こえてくるぅッ!?えっ、どうしよう心臓が痛い。あれっ……コレが……尊い?(正解)。あ゙ぁ゙……この2人可愛い。匂いからして珈琲飲みながら晩ご飯のこと決めて、しかも買い物一緒に行く姿想像したらTDLできちゃうぅ(?)。まったく……推しは最高だぜ……。縛ってでも一生推します。
起きていた。既に反承司は起きていた。そして聞いていた。クソと万年言われる呪術界で広げられる平和な会話を。龍已の体温に当てられてちょっとウトウトしてしまい、眠ってしまっただけなので直ぐに目を覚ました。それ故に聞こえてくる会話は、反承司の心臓にダメージを与えた。瀕死である。
息を潜めて気配を限界まで消す。この他にも平和な会話をするならば、是非とも聞きたい。どちらも20代の中盤で、青春という言葉はもう過ぎた歳なのだが、もう聞いているだけでニヤニヤしてしまう。必死に気配を消している反承司は、ニヤニヤする表情を引き締めることできず、そのまま耳を澄ましていた。
だが、まだ未熟な反承司の気配の断ち切りなんぞ龍已に通用する訳もなく、閉じられていたカーテンがシャッとスライドされて開かれた。急いで目を閉じるが、遅かった。バッチリ龍已の琥珀色の瞳と視線が合った。狸寝入りしても意味は無いだろう。
「起きたか、反承司」
「なんだ起きてたのか。どうだ?調子は。と言っても反転術式じゃなくて消毒して絆創膏やらガーゼを貼っただけだが」
「え、えへへ……バレてましたか。傷は大丈夫です。ありがとうございます!」
「いいよ。何かあったら来な。私がいつでも診てやるから」
「……おっぱいのついたイケメン……」
「はは。なんだそれ」
薄く微笑みながらサラッと言われたので、反承司はおぉ……と感動しながら良く解らないことを口走った。言われた側の家入は面白そうに笑う。ベッドから体を起こして2人を眺めると、同時に首を傾げた。そのシンクロが面白くて、微笑ましくて笑みを浮かべる。見れば見るほどお似合いだと感じるし、普通に尊い。
起きた反承司の為に、龍已は椅子から立ち上がって珈琲を淹れに行った。その間に彼女は家入と2人になる。何だかんだ傷を負うことがなかったので、今日初めて医務室を使った。勉強や任務で忙しく廊下で家入とばったり会うこともない。なのでこれが初対面と言っても過言ではなかった。
話題でも振ろうとして、起き抜けの頭を回しているからか目が泳いでいる反承司をクスリと笑い、家入は脚を組み直して口を開いた。
「反承司は龍已のことを推しって言って慕ってるんだろ?何がきっかけなんだ?気になってたんだ」
「えっ、あっ……その、龍已先生って強いしカッコイイし、優しいんです。でも、優しいだけじゃなくて
「ふはっ、そこまでか。まぁ要するに、反承司は龍已のことが好きなんだろ?」
「もちろん大好きです!推しですもん!けど、家入さんは良いんですか?彼女なのに彼氏のことが好きだーって言う人が居て。不安になりません?」
「うん?ならないな。龍已が好かれているなら私も鼻が高いよ。それに取られるとも思わないな。今更、外野からどーのこーの言われて崩れる脆い関係じゃないし。互いに想っていることは同じだから尚更な。だから別に私のことは気にしなくていいぞ」
「……大人ぁ……でも、大丈夫ですよ。私は確かに龍已先生マジで大好きですけど、恋愛関係になりたいとかじゃないんで。ほら、アイドルのファンみたいな。私はあんな連中程度の浅い想いじゃないですけど!」
「ふーん?そうなんだ。まぁ、なんとなく解ってたけど」
反承司の言葉に納得する家入。何となくだが、そうなんじゃないかという思いはあったのだ。今回はそれを確かめてみようかなと思っただけだ。仮に恋愛的な意味で龍已を好きなんだとしても、牽制等するつもりはなかった。その程度で壊れる関係ではないし、龍已が自身から相手の方へ傾くような性格でもないと知っているからだ。
互いに絶大な信頼を置いて想い合っているからこその関係。彼氏と彼女というよりも長年寄り添い続けた熟年夫婦のようだ。反承司はそんな彼等の関係も好きなのだ。壊したくないし、壊れてほしくない。眺めているだけで幸せな気持ちになれるのだ。そんな彼女が、2人の関係を態々壊すようなことをしようとする訳がなかった。
「話が弾んでいるようだな」
「家入さんが良い人だから、ついつい楽しくなっちゃって!」
「そうか?まぁ悪い気はしないな」
「楽しそうで何よりだ」
「龍已先生も一緒にお喋りしましょ!あと、珈琲ありがとうございます!」
「ふむ……少しだけだぞ。授業があるんだ」
「はーい!」
淹れてきた珈琲の入ったカップを手渡し、椅子に座る龍已。反承司は時間の許すだけ2人と話をした。女の子なのでオシャレをするのが好きだったり、家入に化粧の仕方を教えてもらったり、龍已が好きな食べ物を聞いたりと、待ったりとしたお喋りを3人で興じた。授業があるのでそこまで多くは語れなかったが、反承司はとてもたのしそうだった。
元気だなぁ……と、よく話す反承司を眺めて龍已と家入は微笑ましそうにしていた。呪いが渦巻く業界に身を浸しているとは思えない、何て事のないお昼頃の話だ。3人が珈琲を飲み終わると、ちょうど良く時間がきたので医務室で解散した。午後からも体術の授業がある反承司は、今なら甚爾に1発当てられる気がするほど、リラックスできたのだった。
ちなみに、体術の授業では結局拳1発を当てるどころか、転がされて泥だらけにされた反承司だった。
──────翌年。
「なぁ……?俺がどんな気持ちだったか分かるか?俺はオマエが登校してくるのを心待ちにしてたんだよぉ……。だからさぁ……なぁ?めちゃくちゃに殴らせてくれよぉ……ッ!!もう我慢できねぇよぉッ!!」
「──────ッ!!だ、ダメだ……出て来ちゃダメだ
「リカぁ?」
ゆ゙うだを゙ぉ……いじめるな゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ッ!!!!
記録──────2016年11月。同級生による執拗な嫌がらせが誘因となり、首謀者含む4名の男子生徒が重傷を負う。
呪術規定に則り、特級被呪者
秘匿死刑は“保留”。ただし、乙骨憂太及び、特級過呪怨霊“
パンダ
パンダ。
反承司零奈
ピチピチの女子高生なので体重だって気にします。推しにはあんまり知られたくない。重いって言われたり思われてるだけで自殺する。大丈夫。その胸の大きさなら体重は気にならない(セクハラ)。
伏黒甚爾の身体能力のお化け具合に苦虫を潰し、龍已との
龍已と恋愛関係になりたいのではなく、死ぬほど推しなだけ。大好きなのは黒圓龍已。好きなのは家入硝子。それ以外はその他という括り。
伏黒甚爾
隙あらばサボろうとする。んでお馬さん見に行ったり、金属の球カラカラしに行きボコカスに負けてくる。夜の仕事も追加されてお小遣いは多いはずなのに次の日には吹っ飛ばす。アホなんか。
体術の授業は基本的に彼がやっており、初見の生徒は99.8%の確率で医務室送りにする。2度目、3度目からは少しずつ改善点を挙げていき、ボコる。ちゃんと教えないと黒い死神がプロレス技をやりに来るため。
最近息子が(元からだけど)超反抗的で、
最近になって名前を間違えて覚えられていることが判明。念の為にルビを振っておくので覚えてあげて下さい。覚えなかったら領域展開です。
反承司のあることを胸の内に秘めて観察している。
伏黒甚爾が授業をサボるのは知っていたので、お灸を据えてやろうと思って骨をへし折ろうとする特級呪術師。反省の色が無いなら取り敢えず取っ捕まえて骨を何本かへし折るつもり。
家入硝子
なに、お前龍已が好きなの?へー、好きにすれば?振り向いてもらえるといいね。
……を素で言う。ポッと出の奴なんかに取られるとは微塵も考えていない。それだけの関係を築いている。なのでどこまでも余裕。けど事情は聞く。
最近でキュンとしたのは、徹夜するくらいの仕事が舞い込んで参っていた時、龍已の武器庫呪霊のクロがやって来て、手紙を渡してくれたこと。内容は『一緒にやるからもう少し頑張ろう』というもの。その後控えていた龍已が現れて手伝ってくれた。
帰ったらマッサージをしてもらい、ご飯を用意され、眠るまで抱き締めてくれたので隈が秒で消えた。
ところで、教師の龍已はいつ
特級被呪者。ある事件により特級過呪怨霊“祈本里香”に憑かれている。自分の意思とは関係無く相手を呪おうとするため、常に他人を傷つけないか怯えている。
特級過呪怨霊“
ある事件から乙骨憂太に憑いている特級相当の呪霊。非常に強力な力を持っており、憑いている乙骨に何かがあると勝手に顕現して暴れる。