最高評価をしてくださった、会会 Billy Artemis どーぱみん 猫くろ さん。
高評価をしてくださった、ナギンヌ オルガ ロイク さん、ありがとうございます。
──────2018年6月。
仙台にある、とある高校でそれは起こった。特級呪術師の五条悟監督の下、特級呪物である『両面宿儺の指』の回収に、新しく東京都立呪術高等専門学校に入った1年生、伏黒甚爾の息子……伏黒恵が当てられた。
ちょっとした諸事情で五条と恵の二手に別れたあと、とある高校の百葉箱に入れられていた筈の『両面宿儺の指』を回収しようとした恵は、中がもぬけの殻となり、何も入っていないことを確認して焦る。急いで五条に連絡したが、見つかるまで頑張ってと言われたので殴ることを決意。その後、高校の周辺などを中心に捜索した。
結果を言ってしまえば、『両面宿儺の指』は見つかった。特級呪物である指は、その呪いの強さから他の呪霊を誘き寄せる。そのため、恵はその場に居合わせた同い年の男子高校生と共に呪霊と戦うことになってしまった。しかも、同い年の男子高校生が『両面宿儺の指』を意図的に飲み込み、呪力を得てしまう。
呪物とは、名前の通り……呪いが宿った物のことを指す。そのため呪霊とは違って物質として現存しており、呪力を持たない一般人でも視認できてしまう。生物に受肉して呪いとして復活できるというのも、特徴と言えるだろう。故に、猛毒である筈の特級呪物を飲み込み、呪いを宿して呪霊と戦う力を得たが、男子高校生は『両面宿儺』を内に宿す存在となってしまった。
「──────ケヒッ。ケヒヒッ。この時代には人間が蛆のように湧いているではないかッ!素晴らしい……鏖殺だッ!!」
当時の呪術師達が総力を挙げ、挑んだが……終ぞ勝つことはできなかった。その存在は最早天災のそれとされていて、周囲の人々に恐怖を植え付けていた。宿儺が持つ力の強大さに、死してなお遺骸である20本の指……
死蝋『両面宿儺の指』を飲み込んでしまった男子高校生……
恵は呪術規定に則り、虎杖悠仁を殺そうとするが、普通に戦っても勝てないことを気配で悟る。そんな土壇場で、別れていた五条が合流した。呪術界最強と謳われる五条は、虎杖に10秒間宿儺に体を貸すことを言いつけ、10秒間とはいえ自由になった宿儺を抑え込んで完封。恵の頼みである、虎杖を殺さないでどうにかして欲しいという願いを聞き届け、上層部と掛け合った。
『──────という事があってさー。虎杖悠仁は執行猶予付きの秘匿死刑という事になったから、僕が居ない時はセンパイ見てあげてくれない?』
「……五条、お前は俺の任務中を見計らって態と電話を掛けているのか?」
『あれ、戦闘中だった?何級?』
「1級3体だ」
『なーんだ。てか、センパイには特級だってザコじゃん。今の指2本分の宿儺にも絶対負けないよ。だからお願いネ!僕は今から恵と悠仁の同級生迎えに行かないとだから!じゃあお疲れサマンサーっ!』
「おい、俺だって忙し……はぁ……」
電話を一方的に切られた龍已は溜め息を溢した。任務をしている最中に、よく五条から電話がくるのだ。しかも大体そういう場合は良いことがない。今回も、あの『両面宿儺の指』を食べてしまった高校生を保護して面倒を見るという。自分にとっては暴れた瞬間殺せば済む話だが、他にとってはそうもいかない、謂わば火の付いた爆弾だろう。
きっと他方面から殺すよう催促する言葉が飛んでくることだろう。五条が保護したともなれば、文句を表立って言えるものは上層部を除いて居ない。だからこそ、その上層部が確実に何か言ってくるのだ。それも殆ど何も知らなかった自身にも。
はっきり言って、龍已は上層部が好きではない。嫌いという訳でもない。
呪術界に身を置いている者ならば基本的に知っている人物、呪いの王……両面宿儺。その死蝋を飲み込んで受肉してしまっているのだから、早くの内から消そうとして手段を選ばないことだろう。それこそ、その受肉している少年、虎杖悠仁がどんなに辛い目に遭っても構わないと考える筈だ。
「両面宿儺の受肉……か。呪いの王と呼ばれた昔の存在が、何故今になって再びこの時代に現れた。まったく、面倒なことを……」
任務にあった1体の1級呪霊に、追加で2体の1級呪霊。『窓』に責任は無い。今生まれてしまったからだ。その戦闘中、部屋の中を跳躍で跳ね回りながら攻撃を避けつつ、携帯をポケットに仕舞う。そして天井に両脚を付けて直下で落ちて着地した後、固まっていた1級呪霊の頭3つを……横薙ぎの蹴りで消し飛ばした。
体の崩壊が始まって崩れていく呪霊達に一瞥すらも無く、部屋を後にする龍已。何事も無かったように建物を出て、入り口に停めてある車に乗り込む。運転席には早々に終わった任務に苦笑いしている補助監督の鶴川が居て、エンジンを掛けて車は発進した。
「──────紹介しやすっ!この人は
「五条に紹介された黒圓龍已だ。今日は俺が監督をする。よろしく頼む」
「俺は虎杖悠仁!仙台出身!好きなタイプはジェニファー・ローレンス!よろしくお願いしゃす!」
「釘崎野薔薇。紅一点よ。よろしく」
「お久しぶりです。龍……黒圓先生」
この日、龍已は初めて新しい1年生に会った。3人の内1人とは長い付き合いである恵なので知っているが、残りの2人は初顔合わせだ。『両面宿儺の指』を食べて受肉した虎杖悠仁。自分の口から言っていた紅一点、釘崎野薔薇。彼等を一目見た時、龍已はそれぞれを分析した。
釘崎野薔薇。事前に読んだ情報では、地方の田舎からやって来たという。東北を護ってきた呪術師の家系であり、呪術師としての特訓などを重ねて実力をつけつつ、田舎で呪霊を祓っていた。高専には祖母からの推薦で入ることができたという。しかしその際、かなり揉めたらしい。
そして虎杖悠仁。体から発せられる気配は強い。服の上からでも判るが、運動神経が良いということは解った。そして呪力の気配。これは龍已からしてみれば禍々しいものだった。考えられるのは両面宿儺の呪力の気配。それを感じ取っているのは自覚している。溌剌とした性格なので、こんな子が……と思うのは仕方ないだろう。
五条は飛行機の時間が押しているということで、紹介を済ませると早々に居なくなった。補助監督は龍已がやるので今回は4人以外に誰も居ない。借りてきた移動用の車に乗り込み、運転席に座ると、助手席に恵が乗った。乗り込むのが早かったので、微笑ましい気持ちになる。
「今回は〇〇病院に発生した3級呪霊1体。4級呪霊2体の祓除だ。見つけ次第戦闘に入っても良いが、任務先の病院は現在も使われている。よって損傷は最低限に留めるように。戦いが厳しくなった場合は無理に戦わず、一旦引け。勝てないと思ったならば俺に言えば代わりに祓う」
「でも、俺結構動けるよ?だから大丈夫だって!」
「呪霊は低級でも知恵と知性を獲得している場合がある。その場合、呪いらしく狡猾に動く。勝てて祓えているから大丈夫なのではなく、勝てて祓えているからより注意するんだ。それを勘違いするとつまらん死に方をするぞ、虎杖」
「……うっす」
「バカねアンタは。最近までパンピーだった奴が得意気になってんじゃないわよ。そーいう余裕はね、私くらいのベテランになってから初めて言うものなのよ!フフン♪」
「前回の任務にて、4級呪霊に子供を人質に取られて危機的状況に陥ったと報告書で読んだ。別の呪霊を祓って気を抜いた後のことらしいな。油断すると同じ目に遭うぞ。今度は虎杖や恵……伏黒が近くに居るとは限らない。お前も注意しておけ、釘崎」
「虎杖お前ェっ!あれは報告書に書くなっつったろーがっ!」
「えぇ!?だって伏黒が、報告書は真実を書くことが義務って言うからさー」
「伏黒、アンタ後で覚えてなさいよ」
「何でだよ」
まだ会って日が浅いのに、既に仲が良い3人。龍已に注意されたことはしっかりと受け止めている辺り真面目なのだろう。呪術界について殆ど知らないだろう虎杖も、言われたことを首を捻りながらも理解しようとしていた。釘崎は術式を使い熟して戦えている分、油断しやすい傾向にあることを見抜く。今回のことで解消されればまた違う強さを得るだろう。
後部座席に乗っている虎杖と釘崎が喧嘩のようなじゃれ合いをして、飛び火しないように黙っている伏黒にカーブの球で突き刺さる。一回りは歳が離れていることもあり、3人は和気藹々として賑やかだ。仲が良いことは良いことだ。それが戦いの連携にも繋がるならば尚良し。
報告書等の記録は読んだが、実際の動きは見ていないので何とも言えない。なので今日で初顔合わせの2人の動きの傾向を把握するつもりだった。恵のことは知っているので、今更知ろうとする必要はない。戦い方も考え方も把握しているから。
殆ど喋らないまま、虎杖と釘崎、恵が話しているとあっという間に現地へ着いた。車を路肩に停めて降車する。準備運動をする虎杖は、腰に五条から借りた呪具を差している。釘崎は愛用の金鎚を手に持ち、釘の入った腰に巻いている。恵は道具を必要としない術式であるので持ち物はない。
「……『闇より出でて闇より黒く、その汚れを禊ぎ祓え』。内容は先程言った通りだ。油断せず、確実に祓えるまで気を抜かないように。無理ならば無理と言って俺の元まで戻ってこい」
「はい」
「りょーかい!」
「分かったわよ」
「……──────『呪心定位』」
車に背中を預けて、病院の中に入っていく3人の背中を見守る。彼等の監督兼、虎杖の監視役として一緒に居ないといけないのだろうが、龍已には離れていようと事細かに動きを知る事ができるものがあった。脚に巻いたレッグホルスターから『黒龍』を引き抜いて呪力の音波を常に発する。
すると今何処に居て何をしているのかが全て解る。病院内に居る呪霊の数と居る場所も全てが視える。念の為に『黑ノ神』も1人1つずつ付けておこうかと思ったが、そこまでやると過保護とも言えるのでやめておいた。そもそも恵が居るので早々低級な呪霊に負けないだろうという考えもあったが。
結局、呪霊は何の危なげも無く祓われた。影を媒体とした恵の
龍已が張った『帳』が呪霊を祓われたことによって上がる。全部祓われたという証明だ。3人は話しながら病院から出て来た。優れた聴力が会話を拾う。どうやら反省点を話し合っているようだ。相手は低級であるのに、それでも動きに反省する点があったら話し合う。良い姿勢だと感心した。
「お疲れさま、伏黒、虎杖、釘崎。良い動きだった」
「あれ、黒圓先生見てたの?」
「あぁ、
「おーっ!ベタ褒めじゃん!やったな伏黒!」
「んまっ、私にとってはこのくらいどーってことないわよ」
「お前ら……」
「褒めたは褒めたが、それで調子には乗らないように。……車に乗れ。行くとしよう」
言われて迅速に車の中に乗り込む3人を見届けて、携帯で電話を掛けて任務が終了したことを報せる。このまま高専に戻ると言おうと思ったが、高専の方に居る教師も任務が入り、他の生徒もそれに付いていったそうだ。つまり帰っても自分達しか居ない。何だったら残りの時間は龍已の好きに使って良いとのこと。
突然そんなことを言われても、高専に帰るつもりだった龍已からしてみれば悩みどころだった。まあ、別に高専に戻って自分が何かの教科を教えて、体術を見ても良いが、任務が終わってすぐに勉強をすると言われてもやる気が起きないだろう。それくらいは分かる。
まあ、3人に何がしたいか聞けば、自ずと何をするかは決まってくるだろう。携帯を仕舞って車の中に乗り込めば、虎杖と釘崎が恵に何やら質問を投げていた。話しているところに申し訳ないが、これからのことを聞こうと思って口を開いた。
「これからの事なんだが──────」
「先生って伏黒と知り合いだったの!?」
「最初自己紹介した時、伏黒が名前で呼ぼうとして言い直してたわよね。先生もそうだったでしょ」
「……色々事情があるんだよ。主にクソ親父関連だけどな」
「へー……?」
「別に名前で呼び合えばいいじゃない。五条先生だって私達のこと名前で呼んでるし、私は気にしないわよ。呼びたいなら好きに呼べばいいわ」
「釘崎漢かよ」
「あ゙ぁ゙ん゙!?こんな美人に漢とはどういうつもりだ虎杖コラァッ!」
「おわっ!?ちょっ、この距離のこの空間でトンカチで殴ろうとすんなよ!?」
若いのは元気だな……と、年寄りみたいなことを考えてしまう。まあ龍已もあと少しで30代になるので、若い者からしてみればオジさんと呼ばれるようになるのだろう。ちなみに、他の人から見ても龍已は全然若い。そこに大人特有の雰囲気を持っているので、寡黙な感じと合わせて、そういう系統が好きな女性からは熱い視線で見られる事が多い。
話が脱線してしまったが、龍已は教師として生徒との線引きをするために、1人だけ特別な呼び方はせずに伏黒と呼んでいると説明した。だから教師の時は伏黒呼びで、プライベートならば恵と呼ぶ。虎杖や釘崎のことも普通に苗字で呼ぶという。ちょっと残念そうにしている虎杖と、ふーんと言うだけの釘崎。
名前呼びと知り合いだったという話は終わったので、龍已は今度こそこのあとは何がしたい?と問い掛けた。すると元気が良かった2人は固まり目を輝かせるが、次の瞬間には苦々しい表情になった。落差が激しいのでどうしたのかと思ったら、前回五条に東京観光で六本木に行くと言われたのに、結局六本木どころか霊園近くの汚い廃ビルに連れて行かれたそう。
なので、龍已もそれと同じ感じで行きたいところを聞かれて答えたら、違う場所に案内されると思ったのだろう。だからキラキラした目から苦々しいものへと変貌したらしい。隣の恵から説明されて、そういうことかと納得した龍已は、内心で何故態々評価を下げるような事をするのかと、その時の五条に疑問を抱いた。
「つまるところ、行き先は六本木で良いのか?」
「……え?」
「え、マジで!?」
「龍已さ……黒圓先生は五条先生みたいなことは絶対にしないから、安心しろ。多分、このあとの俺達の予定が潰れたから、何処か行きたいところ無いか聞いてくれたんだと思う」
「察しが良いな。任務が終わって即帰り、勉強をすると言われても身に入らないだろう。それなら、こういう時間が余った時に適度な羽休めをした方が良い。それで、行き先は六本木で良いのか?」
「「──────っ!!!!」」
勢い良く顔をブンブン縦に振るので、では行き先は六本木ということで……と、エンジンを掛けて発進した。車でも少し時間が掛かってしまう旨を伝えるが、行ってくれるだけでもありがたいから構わないと、虎杖と釘崎は声を揃えて返答した。
道路の混み具合と、車を停められる場所を探すこと。そして買い物を考えると、着いて少し買い物をしたら昼食の時間になるなと、大雑把な計画を立てて運転を続ける。
助手席に座る恵は、視線で本当に良いんですか?と聞いてくる。その問いは高専に戻らなくて……という意味よりも、いつ暴発するか分からない虎杖の事を指しているのだろう。両面宿儺が表に出た場合、周りに居る一般人を捲き込むことになる。そうなれば、責任を取るのは監督者である龍已だ。
視線だけで、やめておいた方が良いのではと言っている恵に、大丈夫だと小声で教える。その声は、ふざけ合っている虎杖と釘崎には聞こえていなかった。元々一般の家の出故に、呪術界では珍しい根明の虎杖を簡単に死刑にはさせない。そのためにも、両面宿儺が出て来た場合は自身が抑え込む。
特級呪物『両面宿儺の指』は全部で20本。今現在虎杖の中には2本入っている。最初の1本と、五条がその後に飲ませた1本で合わせて2本だ。宿儺の本来の力の十分の一だ。並の呪術師では既に手がつけられない強さだが、五条と龍已に関してはまだまだ対処は可能だ。だから目を離すつもりは毛頭無いのだ。
「──────すまないな、予想よりも道が混んで昼飯の時間になってしまった」
「いいっていいって!黒圓先生ホントに連れて来てくれたし!な、伏黒と釘崎!」
「あぁ。まあな」
「これが……東京……六本木……ッ!いいじゃないッ!可愛い服が私を呼んでるわッ!」
「どんだけ買い物したかったんだよ……つか、最初飯って言ってんじゃねーか」
「あ、私この前
「おっしゃビフテキか!?」
「俺は焼肉でいい」
「ふむ……皆肉の気分か。今日は白米の気分だから……俺がよく行く焼肉の店にするか」
「黒圓先生のオススメ?行ってみたい!」
というわけで、龍已一行は焼肉が昼飯になった。この時点で恵は何となく嫌な予感がした。虎杖と釘崎はまだ気がついていない。龍已が特級呪術師であるということを。自己紹介の際には無難な挨拶をして等級を語っていないのだ。
何が言いたいのかと言うと、龍已が呪術師をして報酬として貰う金額は一線を画すということ。ましてや彼の口から忙しいという言葉が出てくるほど任務を当てられている。特級呪術師というだけでも報酬額が高いというのに、殆どの任務が1級と特級相当のものばかりなので、彼は金を有り余らせている。
物欲は無く、虎徹より与えられた呪具の殆どが試作品なので金は取られない。今ある特級呪具の金は返済しているので、使わない限り増える一方なのだ。それなら家入に使えば良いのだが、使うとしてもコーヒーやデート代くらいなものだ。彼女も物欲が無かった。
恵は近くに金銭感覚が狂っている五条が居た。シャツ1枚にしても数十万という金を使うような男で、外食をすると溜め息をつきたくなるくらいの金額はする場所を好んでいた。高ければ高いほど良い物を使っていて美味いのだろうが、限度があると言いたい。なので、恵は龍已がオススメという店に嫌な予感を感じたのだ。
「──────大将、今日も頼む」
「黒圓さん!ようこそいらっしゃいました!どうぞどうぞ!荷物などはありませんか?お持ちしますよ!」
「なんかあの先生、やたらと良い対応されてない?」
「俺も思った。大将ってことは店長だよな?店長が態々裏方から出て接客する?店の外観とか見ても高い店っぽいし。なのに待ち時間すら0だったじゃん」
「……そういえば昔、店を開いてる人の息子か娘が車に轢かれそうになっているのを助けたら、お礼にって永続的に優先する券と最上級のもてなしを約束されたとか言ってた」
「絶対ここじゃない」
やはり高級店だった焼肉の店。中はちょうど満席に見えたので待つのかなと思いきや、裏方から出て来た大将と呼ばれる男性が直々に接客をしてテーブルまで案内してくれた。しかも満席かと思えば、綺麗な丁度良い広さの個室に連れて来てもらえた。テーブルの上には専用と書かれた札があり、恐らく龍已のためのものなのだろう。
ここまでくれば龍已が他の客よりも優先されている事が分かる。と、虎杖と釘崎が話していたところ、恵が昔に人助けをして優先して店に入れる券と最上級のもてなしを受けられる券を貰ったと話す彼のことを思いだした。いや絶対ここじゃんと、2人の声は揃う。
席に座ると、店長が皿を出して焼肉のタレまで用意してくれた。1人1人に箸を配り、予め他の店員に持ってこさせた霜降りの肉を焼き始める。熱せられた網の上で焼かれる肉は、肉のことを知り尽くしている店長だからこそ、完璧な焼き加減を作ることができる。ブロック状の肉をナイフで切り分けられ、3人の皿に乗せられる。
箸で掴めばふるりと揺れる。掴んだだけで柔らかいことが分かり、意を決して口の中に入れた。その瞬間、3人の口に肉の旨みが爆発した。蕩ける肉。濃厚な味。肉を抑え込まない程良いタレ。全てが完璧で美味しかった。
「んーーーーーっ。ナニコレ美味しっ!?」
「こんな肉食ったことねーよっ!?」
「……美味い」
「そうか、それは良かった。大将、では後はこの子達を頼む」
「はい、任されました」
「……あれ、黒圓先生どこ行くの?そういえば、先生の皿だけ用意されてないし、肉も出されなかったけど……」
疑問を口にする虎杖。実のところ、龍已だけ肉を食べていなかった。皿すらも用意していない。食べて、肉の美味しさに感動する3人を眺めていただけだ。つい目の前の肉に思考を割いてしまっていたが、4人で来て1人だけ食べないで見ているだけというのはハードな虐めだろう。
なので虎杖が皿を貰おうと店長に話し掛けるよりも先に、龍已が席を立った。そして違う席に移動したのだ。1つ分の席を挟んだ2つ隣の席へ。彼は最初から虎杖達と食べるつもりはなかった。一緒に居て眺めていたのは、口に合うかどうかの確認だ。ダメならば別の所にしようと考えていた。
席を別々にすることは店長に言ってある。だから皿が用意されていなかった。何故、と思われるかも知れないが、虎杖達は10代であり若い。龍已も若い方ではあるが、来年には30代になる。それに教師でもあるのだ。自身が居ると喋りづらいだろうと思って、離れつつも虎杖の事ですぐに対応できる距離に居た。
3人で楽しんでくれ。食べ終わったら言えば会計を済ませる。そう言って前を向き直す龍已。複数人が掛けられるテーブル席に1人で座るのは少し気が引けたが、近くて今空いた席ともなればここしか無く、仕方がないと割りきった。店員が持ってきてくれた肉を受け取り、トングで焼き始めようとする。しかしその右腕を、横から掴まれた。
「……?」
「黒圓先……
「そうだよな!やっぱ皆で食った方が美味いって!」
「早く来なさいよ。私がタレの皿とか持っていってあげるから。伏黒は先生……って言うとあれか、なら龍已さん連れて来て。虎杖は肉の皿よ」
「分かった」
「おう!任せろ!」
「あ……おいお前達……」
恵に強い力で立ち上がらせられ、釘崎がタレの敷かれた皿を持ち、虎杖が肉の載った皿などを手に取って移動を開始した。腕を引かれて2つ隣の席へと歩いていき、先に座らされた。そのまま恵が隣に座るので、やっぱり……と言って勝手にテーブルから離れることはできなさそうだ。
対面には虎杖と釘崎が座り、龍已の箸やら取り皿を出してくれる。店員が持ってきたサラダを取り分けてくれて、店長が焼いてくれた新たな肉を龍已の皿に置いてくれた。店長は一連のことを微笑ましそうに見守り、今日は少し忙しいようなので……と言って場の空気を読んで離席した。
あっという間に一緒に食べる陣形が出来上がってしまった。若い者は若い者で食べさせて、離れたところから監視しつつ食べようと思っていただけに、龍已は無表情ながら少し驚いていた。
「はい。私がサラダ取り分けたから食べて。美人にやってもらうと美味しさ3倍なんだから」
「釘崎ー。俺らの分もやってくれんのはありがてーけど、全部分量バラバラじゃね?」
「慣れてないのが丸分かりだな」
「うぐっ……うっさいわね!やってもらえただけありがたく思え!」
「へいへい……。あ、黒圓先生!……じゃなくて龍已さん!俺肉焼いてくから食べてってよ!」
「何か他に食べたいのありますか?俺頼んどきますよ」
「待て待て、そこまでしてくれなくても自分でできる。それに俺が焼くからお前達が食べておけ」
「えー。じゃあ代わりばんこにやってこーよ龍已さん!」
「気が向いたらな」
至れり尽くせり……とはまたちょっと違うが、テーブルに誘い出した龍已をもてなす3人に押される。若い子の元気が……と思いつつ、流石に肉まで焼かせるわけにはいかない。年長者として。なので虎杖からトングを受け取り、用意されていく肉を焼いていった。何度も来ているので焼き加減はもう覚えている。
それにしても……と、龍已は3人を見る。普通は年上が居たら遠慮してしまうだろうに、態々同じ席で食事をしようとするとは思わなかった。自分としては離れて食べていても何とも思わないのに。恐らく、そういうことを考えていない、純粋で良い子達なのだろう。優しさの気配が伝わってくる。
出会ってまだ日が浅いだろうに、戦いの連携も取れていたし、何と言っても普通に仲が良さそうだ。じゃれ合っているのを見ていると面白いと思ってしまう。長く眺めていたら両面宿儺の受肉体と呪術師の卵という側面を忘れてしまい、単なる仲の良い普通の学生に見えるのだ。
「ほら、焼けたぞ。折角だから今の内に食えるだけ食っていけ」
「おーっ!龍已さん焼くの上手いね!めっちゃ良い色っ!」
「ありがとうございます。いただきます」
「うわっ!これ本当に美味しいっ。あのクソ田舎じゃ何があろうと食べられないわ……」
「寿司のチェーン店にすら行った事が無いってくらいド田舎だもんなぁ……」
「あぁ、あそこには確かに店そのものが無かったな」
「龍已さん、釘崎の出身地に行った事があるんですか?」
「任務でな。トンネル工事が途中で終わってしまった跡地に出た呪霊を祓いに行ったが、何も無かった。そう言えば東京から来たと言ったらやたらと鋭い反応をされたな」
「うわ最悪。あのクソ共、任務で来た人にもあんなことしてるんだ。呪ってやろうかしら」
「それはやめておけ」
都会から来たァ?ケッ。用が終わったらさっさと帰れ!だの、私達のことバカにしてんでしょ!と、いきなり何のことか分からないことを言われたことを思い出す龍已。変に刺激するのも危険だと判断して、必要最低限の説明をしたら任務先へ行き、祓除をして即行で帰った記憶がある。
釘崎からしてみれば、都会から引っ越してきたというだけで住民皆が一丸となって嫌がらせをするくらいの都会嫌いだったそうだ。それならあれだけ攻撃的だったもの頷けるというもの。話を聞きながら、彼は肉を焼いて彼等に振る舞った。
自分の分をよそわないと、隣で配分を計算している恵が口を挟んでくるので、適度に自分のところにも入れる。表情が変われば、きっと今は苦笑いしていることだろう。でも、虎杖達は楽しそうに話をしてくれているので、邪魔をしてしまっているという考えすら湧かなかった。気を遣っているという感じでもないし、これはある意味才能だと感じた。
お喋りに興じながら、3人のことを知りつつ焼肉を食べていく龍已。食べ盛りの高校生だからか、見ていて気持ちが良いくらい食べてくれる。釘崎は女子だが肉の質が良いからか取り合うように食べていた。そして、満足して店を出るのに会計をするのだが、龍已の奢りである。高級店だろうと漠然と思っていた虎杖と釘崎は、請求額を聞いて固まる。
「今回もありがとうございました!お会計──────34万8000円です!」
「「…………………………………………え?」」
「……やっぱりか」
「カードで頼む」
確かにかなり食べた。美味しくていつも以上に食べられたという自覚はある。でも、まさか十万単位までいくとは思うまい。そういえば、メニュー表に値段が書いてなかったという事を思い出した。飲み物にすら値段が書いてなかったのである意味気がつかなかった。普通なら明記されている筈なのにだ。
値段を聞いても何とも思っていない様子の龍已。背後に居る虎杖と釘崎は面白いくらいに狼狽えており、これでもかと驚いている。恵は何となくそんな感じがしていたので驚きはまだ少ない方ではあるが、やはり値段が値段なので驚き自体はある。
そして釘崎が1番驚いたのは、確実に最高級だと判る黒い財布から取り出された真っ黒なカードだった。所謂、BLACKカードというものだ。簡単に言ってしまえば、金持ちが持つような物だ。釘崎は今カードの申請中なので、そのカードのランクがどれ程のものか知っている。つまり、龍已が遙か高みに居る存在であると理解したのだ。
※この場の誰よりも全てに於いて遙か高みに居る。
「龍已さんマジご馳走さんですッ!」
「私も今カード申請中で通るか不安なんですけど何買ってくれます??」
「釘崎……日本語がよく解らない上にそれはアウトだろ」
「……?高級な焼き肉店だと言わなかったか?……言ってなかったな。だが、美味そうに食べてもらえただけ、連れて来た甲斐があったというもの。またの機会に別の店に連れて行くが、それまで任務や勉学を頑張るんだぞ」
「オッスッ!」
「はいっ!」
「分かりました。……釘崎がBLACKカード見てから畏まってる」
会計を終えて店の外に出た龍已に、3人が頭を下げた。奢ってもらったので当たり前……と言いたいが、五条が寿司を奢った時は頭を下げてはいない。ご馳走さまで終わりだった。まあ、流石に寿司のチェーン店と高級店だとランク差が生まれているのだろう。
その後、4人は六本木を好きに見て回った。田舎から来た釘崎と仙台出身の虎杖は、如何にも東京という風景を見ているだけでも楽しそうだった。いや、釘崎はここぞとばかりに可愛い服を買ったり化粧品を買ったりと大忙しで、もれなく男3人が荷物持ちをさせられたのだが。※その後クロが呑み込んだ。
何だかんだ、4人は仲良くなれたと言ってもいいだろう。呪いの事を考えなければ普通の高校生で、龍已は虎杖をやはり簡単に死なせてはならないと感じたのだった。
虎杖悠仁
呪術廻戦の主人公。ある理由で特級呪物『両面宿儺の指』を食べてしまい、受肉した。内にその両面宿儺が居る。制御は完璧で、基本的に乗っ取られて体を奪われることはない。
龍已のことを一目見た時から喧嘩が絶対強いと思った。まだ呪力が練れないので呪具を使って戦っている。
釘崎野薔薇
1年生の紅一点。トンカチと釘を使った芻霊呪法という術式を使用する。カードの申請をしているが、学生なのでどうなるかは分からない。龍已のBLACKカードを見て遙か高みに居る存在だと思い知った。
龍已を初めて見た時、虐めてきたら徹底的に相手を追い詰めて肉体的にも精神的にも殺してそうと思った(相手が呪詛師なら正解)
伏黒恵
大きくなって高校生になった。今でも龍已とは絡みがあり、甚爾が偶に家に連れて来て晩飯を食べさせたりする。基本的に龍已さんと呼んでいたので、つい癖でそう呼んでしまいそうになる。
龍已が実は、世界で数人しか居ない特級呪術師の1人であることを虎杖と釘崎に言うか言うまいか悩んでいる。
黒圓龍已
今年の1年生はやけに良い子達だな……と感嘆としている。まさか同じ席で食べるように、強引に誘ってくるとは思わなかった。でも、彼等との飯は楽しかったので良かったと思っている。
虎杖の内側から感じる、両面宿儺の禍々しい気配を感じ取ってはいるが、今の程度ならば抑え込むのは簡単というのが現状。暴れても問題ない。
昔に天災として恐れられた最凶の呪詛師。呪いの王と謳われている。腕が4本ある仮想の鬼神とされているが、実際は歴とした人間。特級呪物の指20本は全て手の指。
今虎杖に取り込ませている指の数は2本。現時点では五条にも龍已にも勝てない。だが、本来の力を取り戻した宿儺が相手だと、あの五条悟でさえしんどいと言わしめる。龍已は判らない。