最高評価をしてくださった、キヨシ さん。
高評価をしてくださった、よくゑたる人 ベルハーゲン norio さんの皆さん、ありがとうございます。
明けましておめでとうございます!
まさか年を明かしても書いているとは思いませんでした笑笑
ここまで読んでくださる方に感謝を!
完結までお付き合いください!(作者が嫌にならなければ)
「──────任務の所為で遅くなってしまったな。硝子を待たせる訳にはいかん。鶴川さん、少し飛ばしてください」
「はい、分かりました」
夜の道、山の側面に設けられた他の車の気配も無い道路を、補助監督の鶴川の運転で進んでいた。元々今日は龍已と家入のデートの日だった。朝からではなく、高専での勤務が終わってから夜食事をしようという約束になっていた。
楽しみだった龍已は、入れられている任務を即行で終わらせた。即行で終わらせたのだが……追加で遠出の場所に任務を出された。面倒だから誰かに横流ししたかった。家入との夜デートを優先したかったのだ。しかしそんな私情に他の呪術師を巻き込めないからと、かなり急いで向かって今帰っているのだ。
後部座席で荷物を広げ、今日回ったところの報告書を書いている。さっさと書いてしまおうとペンを走らせること数分、最後の報告書を書き終えると同時に顔を上げる。バインダーに挟んだ報告書を隣の椅子に置いて窓の外を見る。そして、運転している鶴川に声を掛けた。此処で停めてくれと。
突然の言葉に困惑する。デートがあるから急いで欲しいと言われた後に、停めてくれと言われたのだ。しかしバックミラーで見た龍已に喉を鳴らして、急いでブレーキを踏んだ。表情が変わらない筈なのに、何処かを睨み付けるような視線で窓の外を見ていたからだ。
止まった車から降りる龍已。ドアを閉める前に、此処から数キロ離れたところで待っていてくれと頼まれた。何となく嫌な予感を感じた鶴川は、お気をつけてとだけ言って車を発進させた。何故手が震えているのかは解らないが、今はそんなことを考えないようにした。今思うのは、龍已の無事だけだ。
「……さて──────」
「──────隙だらけですよッ!!」
「──────呪霊に見せてやる隙など無い」
後方へ跳躍する。真上からやって来た影が拳を振るい、コンクリートを崩壊させた。亀裂が大きく入り、砂塵を巻き上げた。視界を確保するのに腕を振るう。その動作だけで広範囲に渡る舞い上がった砂塵が霧散して払われた。見えてくるのは呪霊の姿。頭が3つ、毛皮で覆われながら強靱そうな筋肉質の体。身につけるのは腰を隠すズボンだけだ。
コンクリートを粉々に破壊してめり込んだ拳を引き抜き、体勢を戻しながら鋭い6つの瞳を龍已に向けた。迸り、覆い隠そうとするような強い殺気が飛ばされる。赤黒い殺意の波動が見えそうだ。その中で龍已は表情を変えること無く、対峙する呪霊を見ているだけだった。
首に巻き付いた蛇型武器庫呪霊のクロが襟の影から顔を出して、謎の呪霊を睨み付けた。その頭を撫でてやりながら、龍已は相手の観察を開始した。気配を消すのは上手かった。全力かどうかはまだ解らないが、攻撃力は既に大したものだ。粉々に砕けたコンクリートを見れば解る。
気配から感じる呪力量は相当なものだ。そこらで発生した特級相当とは比べものにならない。彼は対峙する呪霊のことを登録されていない特級呪霊と判断した。そして何と言っても、流暢な人語だった。呪霊はよく言葉を話すが、大抵は意味も解らず片言になって叫ぶだけだ。しかしこの呪霊は、意味を理解して使っている。
「──────あなたが黒圓龍已ですね。その命、何も言わずに私へ差し出してはくれませんか?」
「さっさと死んで消え失せろ人間モドキッ!テメェが居るからこっちはめんどくせーことになってんだよッ!ま、俺様はテメェを殺したいだけだがなッ!」
「時間を掛ける必要は無い。俺がさっさと殺して終わらせよう」
「……この呪力量は未登録の特級呪霊か。それに、これ程流暢に人語を話す呪霊は初めてだ。やって来た狙いは……俺か。察するに俺を殺すと何かが有利になるようだな。人間モドキ……──────呪霊風情が上からもの言うとは、笑えないな」
やはり、人語を扱う知性と知恵を持っている、高度な頭脳を持った呪霊だ。首から生える3つの動物の首はそれぞれで言葉を介する。珍しいタイプの呪霊だ。しかし、無視できないことを喋った。龍已が居るから
まあ、そこら辺はこの呪霊を祓わないギリギリまで追い込んで喋らせればいい。どうしても話しそうになければ、特級呪霊が徒党を組んでいるという情報だけで、この呪霊を祓って消してしまえばいい。
やることは、今日やっていた任務と一切変わらない。呪霊が出たから呪術師として祓うだけだ。龍已はクロから吐き出された黒い手袋を受け取って手に嵌める。そして、目の前の特級呪霊に向けて拳を構えた。全身を呪力で覆い、呪力による強化を施した。
「……肉体を強化する呪力、何と弱々しいのでしょう」
「クハハッ!埒外の呪力量だの何だの言われてるからどうかと思えば、クソみてぇじゃねーかよッ!あ゙ぁ゙ッ!?こんなんじゃ話にならねーよッ!」
「所詮は人間モドキということだろう。人間の過大評価を鵜呑みにし過ぎてはならないということを学べただけいいだろう。さっさと殺して用を済ませよう」
「えぇ。油断はしませんが、いくらかの失望の念が──────」
数メートル離れた場所に居た龍已が、懐に居た。動きの初動が一切目に映らず、懐に潜り込まれたと察せられたのは、腹部に想像を絶する衝撃が来てからだった。まさに襲来だった。体が大きく揺れる衝撃がやって来て、3つの口からそれぞれ呪霊の血をごぼりと吐き出した。
視線を落とせば、半身を引いて大きく踏み込んで居る龍已と、掌底を撃ち込むのに伸ばされた右腕。そして、腹部が大きく円形に抉り飛んでいる自身の腹があった。雲に隠れていた月光が両者を照らし、龍已の変わる事なき無の表情を映し出す。その瞳は、冷たく凍えるような敵意を孕んでいた。
見えず捉えられなかった速度。大きく円形に抉れ消し飛んだ腹部。そして、それを実現してみせた弱いと思っていた目の前の人間。特級呪霊の獸崇はゾッとしたものを感じてその場から跳び退いた。……筈だった。飛ぼうとした体が動かない。何故かと焦りを感じた時、龍已は身体を背後へ捻り込んで背負い投げの体勢に入った。
宙へ体が持ち上がって持っていかれる。体が動かないので抵抗すらもできずに弧を描いた。あっという間にやって来る道路から外れた崖下の地面。受け身は取れずにそのまま叩き付けられ、尋常ではない威力に地面に蜘蛛の巣状に罅が入った。叩き付けられた獸崇は殆ど間を置かずに2度目の大量の吐血を行う羽目になった。
「ごぼ……ッ!?」
「なんッ……だ……あの野郎の……げぼッ……攻撃力はよォッ!!」
「俺の体に……かはッ……風穴が……ッ!」
「私は確かに呪力で……肉体を強化していたッ!なのに、何故あんな弱々しい呪力による強化だけでこれ程の……ッ!」
「体が動かなかったのは何なんだよッ!」
「落ち着け、俺。何かカラクリがあるはずだ。それを解き明かせば──────」
「──────その無駄に付いた頭で精々考えてみるといい」
「がッ……あぁああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!!」
体の自由は戻った。戻ったのに、倒れている獸崇の元に現れた龍已が脚を片手で掴んで振り回して地面に叩き付けた。無理に解こうにも、脚は龍已の剛力から生み出される握力で千切れる寸前まで握り締められており、外せない。痛みを抱えたまま、地面に叩き付けられた。顔面から地面に叩き付けられ、今度は反対側へ。それを10度は繰り返した。
獸崇の体重は大凡160キロある。呪霊故に人間の肉体とは違うが、重さを量ればそのくらいはあるのだ。龍已と同じくらいの身長なのにその重さを実現しているのは、強靭な肉体に詰まった強靭な筋肉だ。それが見た目以上の重さを発揮している。のに……龍已はそれを片腕で振り回して、頭が揺れるほどの叩き付けを行っていた。
見た目以上の筋力。それは獸崇だけに言えることではない。他でもない龍已がその良い例なのだ。見た目は鍛えられながら程良く細い肉体。しかしその中は全くの別物だ。握力は握力計を粉々に粉砕し、ベンチプレスは軽く1tを超える。背筋は、測定に使う鎖を10本纏めて引き千切り、ハンドボールは素の力で400メートルぶん投げた。砲丸投げはむしろ500は飛ばしただろう。それに加え、100メートルの素の最高記録は1秒4である。
それらを全て呪力による強化無しで行う。体力面に於いても、フルマラソンを1時間以内に完走して息一つ乱れない。水泳ではイルカにも追いつく。視力は5.0。何もかも人の域を超えているのに、呪力による強化要らずである。ならば、160キロ程度の獸崇を振り回すのは訳ないと思わないだろうか?
何度も叩き付けられた所為で黒山羊の頭が脳震盪を起こした。宙に放り投げられ、首に向けて中段蹴りを繰り出された。獅子の頭が体を操って腕を自身の首と龍已の脚の間に刺し込む。防御には成功しても、腕は蹴りを受けたところから砕けてへし曲がり、片方は千切れた。
蹴りの威力までは殺せず、空中を舞って飛んでいく。途中の木を数本根元から砕き折って勢いを殺していき、最後は背中から叩き付けられてずるりと滑り落ちた。座り込んで頭を振る。黒山羊の頭はどうにかくらりとする思考を元に戻し、風穴が空いた腹とへし曲がり、砕け取れた腕を再生しながら上半身を倒して頭を下げた。
「──────ッ!!」
「頭下げなかったら……今頃俺様は頭が真っ二つだった……ッ!」
「勘に縋るような回避は褒められたものではないが、今のは回避が最善だったな」
「動かなければ綺麗に刈り払ってやったものを」
背にしていた木が、遅れて軌跡を描いて切断され倒木した。ずしんと重い音が鳴り響く。しかしそれは一カ所からではない。周囲の木々十数本が同じく倒木したのだ。それぞれ鋭い何かに両断された切り口。一瞬で飛んできた何かを危機察知能力と勘で避けた獸崇は、倒した上半身を元に戻して、暗闇の向こうから何かの音を発して歩き近づく龍已を見た。
手に持つのは鎖鎌だった。長い鎖に繋がれた一端が分銅、もう一端が鎌になっている武器。龍已は右手側にある鎌を鎖ごと振り回しているのだ。謎の音の正体はそれだった。先端の鎌なんて目では捉えられない。回す速度が速過ぎて、ヘリコプターのローターブレードが回転方向とは逆に回っているように見える現象を起こしていた。
足元の砂と木の葉が竜巻に晒されたように螺旋を描きながら持ち上がり虚空を舞う。円を描いて振り回す鎌を、今度は体の周りで素早く振り回し始めた。速度はそのままに、体の周りで振り回すことで近づくことすらできない。周囲の木を両断して倒したのは、横薙ぎに払った鎖鎌の鎌だったのだ。
「何故そんなものを使っ──────」
「呪霊にくれてやる情報は無い。仲間、数、目的を明かして死ね」
振り回す鎖鎌が襲い掛かる。真上からの振り下ろしに、咄嗟に横へ動いた。鎌は両断されて残っていた切株状の木に落とされ、地面ごと真っ二つにした。避けきったと安堵した獸崇は、左腕を肩ごと吹き飛ばされた。訳も解らず受けた大ダメージ。原因は鎖鎌とは反対に付けられた分銅。こちらを投げ付けてきたのだ。
それも、分銅を投げ付けて鎖の部分は完全に手放した。よって、飛んできた分銅の次に鎖がやって来る。腹の所に来るよう調節されていた鎖。切株に突き刺さった鎌が固定の役割をし、鎖が飛んできて腹に当たり、飛ばされた分銅がまだ進もうとしている。結果、飛んでいこうとする分銅によって、残った片腕を捲き込んで鎖により拘束されたのだ。
慣性の法則によって前に進もうとする分銅は、鎖に引っ張られて止まるはずが、敢えて少し斜め方向に飛ばされたことにより止まるのではなく横向きに進路を変える。よって分銅が勢い良く獸崇の体を回って鎖で拘束するに至ったのだ。
思いもよらない拘束。力技で千切ろうとして想定より硬い鎖に手こずる。その間に、龍已はレッグホルスターから『黒龍』を抜き取った。両手に持って2つを構える。膨大な呪力を込めて、狙うは首から下全て。塵も残さず消し飛ばそうと引き金に指を掛けて引いた。爆発音のような銃声と共に、呪力の光線が放たれる。絶体絶命の危機の中、獸崇……正確には獅子の頭がケタケタと嗤った。
「この武器には遅れを取ったが、俺様にはンなもん効かねーんだよッ!!」
「……………………。」
「テメェは俺様と殴り合うことだけしかできねェッ!遠距離でチマチマやろうなんざ考えンじゃねーぞッ!」
「そのまま術式を使っていろ、俺。俺も加勢する」
「では、私も加勢しましょう」
放たれた呪力の光線が、獸崇に辿り着く前に消失した。龍已からしてみれば大した量は込めていないが、獸崇の体部分を残らず消し飛ばすのに必要な呪力は込めた。しかしそれを途中で霧散させて消した。獅子の頭が使用した術式による効果である。遠距離攻撃を無効化する。その代わり、自身も遠距離攻撃を行う事ができなくなる。
拳による命を賭けた決闘。それが獅子の頭が術式を使用した際に強制されるルールだ。それ以外では祓えない。普通の弾丸を撃ち出そうとしても発射されないのを見て、龍已は『黒龍』をレッグホルスターに納めて戻した。それを見て気を良くする獅子の頭。
夏油から、龍已の術式は銃を使わなければ使えない底辺の術式だと教えられている。要は銃ごと術式を使えない状況にしてやればいい。獅子の頭はそれに最適な術式を所持していた。一気に戦況を変えて起きつつ、馬の頭と黒山羊の頭が左右に別れていく。体が3等分に千切れ、傷の修復で体の失った
──────1個体として成り立っていた筈が、分裂しても各々が個体として成立している。三位一体だったということか。気配からして呪力量も約3等分に分けられた。呪力量をそのままに分裂したとしたら、それこそ呪術に於ける足し引きが狂うから理解出来るが、この気配はそれだけではないな。
「行くぞ、俺ッ!!」
「任せてください、私ッ!!」
「ギャーッハッハッハッ!!ぶち殺してやるァッ!!」
攻撃した後に見せていた回避行動。その速さから大凡の獸崇が出せる速度を想定していた龍已だったが、それを大きく上回る速度で急接近する獸崇。踏み込んでから最初の1歩目で最高速度を叩き出し、目にも止まらぬ速さで疾走して接近し、鋭い爪を備えた手を引っ掻くように振り下ろす獅子。
1歩後ろに下がって爪を回避しつつ、横から伸ばされる殴打を上体反らしでまたも回避。最後に後方からの顔目掛けた踵落としを、地を蹴って回転させながら体を浮かび上がらせ、踵落としをした黒山羊の体を利用して蹴ってその場を離脱。距離を取りつつ音も無く降り立った龍已は、獸崇との間にあった目測の距離と辿り着くまでの時間から、彼等の出せる速度を計算した。
計算した結果、戦闘に問題は無いと判断を下す。拳を作って構える。それだけで、獸崇は悍ましい何かを感じ取ってゾワリとした寒気を体感した。恐ろしいくらいの何かを醸し出す龍已にごくりと喉を慣らしつつ、怖じ気づこうとする体を誤魔化すように笑みを浮かべながら駆け出した。
最初に攻撃したのは獅子だった。切り裂くつもりで立てた爪を伸ばしたのに、右手に手を軽く添えながら正面から見て右側に避けつつ、右手で手首を掴んで左手の拳を肘に向けて打ち付けた。ごちゅりと嫌な音を立てながらいとも容易くへし折られた自身の右腕に叫び声を上げそうになる獅子の顔面へ、手首を離した右手が殴打の形で襲ってきた。
反射的に顔面を高密度の呪力で防御した。龍已が身に纏わせている弱々しい呪力の数十倍はあるだろう。故に龍已の拳は防御しきれると思っていた。その考えは、顔面を捉えた拳によって体を十回転させたと同時に消え去った。縦に回転して顔から着地する。顔面は拳の形に陥没し、意識を辛うじて保っている程度だった。
「俺は元々、近接格闘が専門なんだよ間抜けが。遠距離を使えなくさせる術式なのか、その他にも何か効果があるのかは知らないが、お前達が求めるならば応じてやろう。ただし、お前達は全員嬲り殺す」
「獅子の俺ッ!チッ……図に乗るなッ!」
「動きが速くなったのは
馬頭の術式。それは自身の動きの加速化。禪院家の相伝である投射呪法のように段階を経て加速するのではなく、0から10まで1度に加速し、術式を使用している間は常に加速している状態になるというもの。速度を底上げする術式と思えばいい。
そしてこの術式は、自身にしか効果が及ばない。味方が居ようと触れようと、その人物を加速させることができないのだ。なので加速するのは常に獸崇だけ。なのに、彼は3つの個体に分裂した。ならば術式を持つ馬頭だけが加速されるはずだが、3つの個体は全て1つとしてカウントされ、結果3個体が同時に加速の強みを得る。
獅子頭は範囲内で遠距離を使えなくさせる術式を、馬頭は自身の動きを加速させる術式を。個体でありながら複数術式を持つという、三位一体タイプの特級呪霊である。獸崇の術式複数持ちは脅威だが、龍已は今のところ特に苦労はしていない。何せ、遠距離が互いにできない状況に持ち込み、専門である近接戦に態々切り替えてくれたのだから。
黒山羊頭と馬頭が揃って迫り来る。馬頭が側頭部に向けて上段蹴りを。黒山羊頭は腹に向けて拳を繰り出した。膨大な呪力で肉体を強化した打撃が、全くの受け身無し、防御無しで龍已に打ち込まれた。蹴りが側頭部に、拳が腹に、加速して得た速度と強靭な肉体から放たれる強力な一撃。しかし獸崇達は、彼に触れた瞬間存在しないものを幻視した。
まず思ったのは、見上げても頂上が見えない巨大な山。もしくは、近づきすぎて全容が見えない1つの恒星。それらに向けて拳を振るおうとも、山や恒星にとってはダメージにはならない。そもそもの質量が違いすぎる。何だこれは。何の感触だ。
『あぁ、そうそう。獸崇、彼に挑むならこれだけは覚えておいて。彼はね、呪力操作がとても上手いんだ。勝手な判断と思い込みは厳禁だよ』
「何なのだ……お前は……ッ!」
「この感触は……ッ!」
「避けたり逸らしたりしていたわけだが、そもそも──────お前達程度の攻撃は防御する必要性すら皆無と知れ」
──────呪力操作が上手い……なんて次元の話ではありませんッ!!長く触れて理解しましたッ!この黒圓龍已が纏っている呪力は、弱々しくて薄い、脆そうだと思わせて実際はその真逆ッ!私の全呪力以上の呪力量で形成された呪いの障壁ッ!態と弱く見せるように莫大な呪力の上に本当に弱い呪力の膜を薄皮1枚程度に覆ってカモフラージュしているッ!!なんと……なんと恐ろしい操作技術ッ!!
──────ありえない程の呪力を常に消費しておきながら肉体を極限以上に強化し続け、尚且つ弱者を偽る二重構造を絶え間なく行い続ける。こんな人間が居たのか……。夏油が警戒するのも今なら解る。この人間は
「よく、その弱さで俺を殺すと宣えたものだ。黒圓無躰流を使うまでもない。防御も要らず、銃も要らず、故に術式は必要なし。所詮は特級という扱いになるだけの塵芥風情の1体でしかない。大切な
「──────ッ!!俺ッ!離れて逃げ──────」
「──────まずは1個体」
蹴りを放った体勢のままの馬頭に手が伸びる。口に出さずとも3体は1体。考えていることは解る。黒山羊頭はすぐさまその場から離脱した。その後、馬頭は顔を龍已に掴まれる。万力すらも優しく思える剛力が手の圧力として使われ、顔が握り潰された紙切れのようになっていった。
ぐちゃり。頭は握り潰される。呆気ない絶命に、行使されていた加速の術式は解けた。離脱の途中だった黒山羊頭は速度が途中でがくりと下がる。途中で加速が解けた弊害が起きて、速度の突然の強弱によって体勢を崩して転倒した。急いで立ち上がろうとして、上から跳躍力だけで大きく跳んで自身に向かって落下しながら迫り来る龍已が目の端に映る。
死ぬ。そう思った時、腕を引かれて黒山羊頭は空中に放り投げられた。代わりに先まで自分が居た場所には、傷を修復して治りきった獅子頭が。黒山羊頭を庇ってその場に出てきたのだ。獅子頭が残る全ての呪力を脚と腕に回して限界まで強化して、上からの攻撃に備えて受け止めの姿勢に入る。雄叫びを上げて己を鼓舞し、落とされた踵落としで体を真っ二つに両断された。
「──────2個体目」
「あ、ぁあぁあああああ……何なのですか……あなたは……っ!本当に人間なのですかッ!」
「歴とした人間だ。人間故に、お前のような呪霊の存在を赦さん。……さて、残るはお前だけだ。これだけやってまだ勝てるとは思うまい。獅子の頭を殺した以上、俺は術式を使うことができる。対してお前は、呪力量は元の3分の1以下。3対1という数的有利もなくなり、加速による逃亡もありえない。いや、加速しようが俺の方が速いのだが。……それに何処へ逃げようとも、俺から半径4キロ圏内は全て射程距離。領域展開でもしてみるか?綱引きならば受けて立つ。その代わりに、綱引きで負ければお前の逃げ場は確実に消える。近接でも負ける要素が無い。これを踏まえた上で問おう。お前の仲間、数、目的は何だ?」
「い、言うわけが……っ……ないでしょう……ッ!!」
「──────そうか。それが答えか」
残る黒山羊頭の返答は否。これだけの絶望的状況に居ながら話そうとしないということは、言わないのではなく言えないと言った方が良い。恐らく、こうなるかも知れない事を見越して、目的などを明かせないように縛りでも結んでおいたのだろう。ならばもう、獸崇に用は無い。他にも仲間らしき存在、徒党を組む者が居る事が知れただけでも良しとしよう。
静かに否の返答を受けた龍已は、襟から顔を出したクロにアレを出せとだけ言った。長い付き合いのクロにはその言葉だけで伝わる。小さな口を開いて吐き出されるのは、大口径狙撃銃……アンチマテリアルライフルを基とした特級呪具『黒曜』。黒いその銃身は異質な存在感を放つ。獸崇は明らかにマズいと悟ってその場からの退避行動に出ようとした。
獸崇は瞠目する。またしても体が動かない。腕や脚が体に張り付いて、一切動かせないのだ。蓑虫のように暴れることしかできない。獸崇が動けない理由。それは龍已が両手に付けている黒い手袋が原因である。これは戦闘を始める前にクロから受け取り装着したもの。その正体は特級呪具『黒糸』。最近で一番新しく彼の元へやって来た、完成版特級呪具である。
指先から伸びる糸は黒く、光を反射せずに呑み込んでしまう。故に暗闇で使用されると目には見えず、伸びる糸自体も肉眼では確認し辛い程細い。なのに、龍已が全力で千切ろうとしても伸びもしない超が付くほどの頑強さを兼ね備える。長さは流し込む呪力により変わり、その糸が今、獸の体に巻き付いていた。
一番最初に何も無いところで背負い投げをして、触れずに獸崇を崖下に叩き付けたのはこの『黒糸』の仕業である。龍已は動けず藻掻く獸崇を眺めながら、装着されていた『黒曜』のマガジンを外して別のものをクロから受け取り、代わりに嵌め込んだ。ボルトを引いて弾を装填する。地面と平行になるよう『黒曜』を構えて、銃口を獸崇に向けた。
「俺が今装填したのは、世界で唯一信頼し信用する呪具師が造った特殊弾だ。1週間に1発分しか造れず、1週間にこの特殊弾が1発しか撃てないという縛りを与えられることで一撃の破壊力を底上げする」
「そんな縛りが……ッ!!」
「そこまで使おうと思う相手が居なかったから余っていてな。俺の大事な用事を消そうとしてくれたお前に対する俺の
「ぁあああああああああああああああッ!!!!」
「──────『
銃口から放たれるは、総てを呑み込まんとする呪いの奔流。領域展開に使用される呪力の数倍以上という埒外の呪力を以て、対峙する呪霊1体を祓おうとする。目にできるのは呪いの壁のようなもの。その全容は目眩すら覚える極太の光線だった。
その日、2、3キロ先にあった山が根刮ぎ消し飛んだ。次の日にはニュースで取り上げられる。宇宙人の仕業なのか、化学兵器の実験によるものなのかと騒然の話題となった。だが不思議なことに、死人はおろか、怪我人すら居なかったという。
「──────硝子」
「ん?あぁ、来たんだな」
「待たせたようですまない」
「いや?5分くらいしか待っていないから大丈夫だ。気にするほどのものでもない」
「遅れるつもりなんてなかったんだ。だから謝罪はさせてくれ」
「律儀だなぁ。まあそういうところも好きだよ、私は」
「ありがとう。……行くか」
「ふふ。楽しみで仕事をさっさと片づけてきたからな、今日は」
待ち合わせ場所には既に家入が居た。ベンチに腰掛けて脚を組み、スマホに視線を落としている。補助監督の鶴川に車で送ってもらい、駐車場から全力で駆けてきた。一般人にはその姿は風と同じで捉えられなかっただろう。家入も、風がふわりと来て髪が揺れたのを感じ、来たことに気がついたくらいだ。急いできたのはすぐに分かった。
待ち合わせをすると、絶対に時間前には着いて待っている龍已が珍しいなと思いつつ、ベンチから立ち上がって手を取り繋ぐ。自然な形で作られた恋人繋ぎ。歩幅を一緒になるよう調整されながら、予約してあるというレストランの時間まで適当に買い物でもして時間を潰す。
──────ふふ。手汗掻いてるな。そんなに焦って来ることもなかったのに。本当にお前は……私のこと好きだな?まあ、私の方が好きだけど。
鍛えるために使われた龍已の男らしい角張った手。傷だらけで取れないタコに塗れ、人肌の体温を持つ鉄のようだ。しかし家入からしてみれば温かいし柔らかいし好きな手だ。これまであらゆる事をこの手でやってきたと思うと愛しさに溢れる。そんな手は、手汗で湿っていた。遅刻するという焦りから出てきたものだろう。
5分くらい誤差の範囲だ。なんだったら、家入は重傷患者が運ばれてきて約束の時間に3時間も遅刻した事がある。それでも龍已は急患だということを察して、真冬の夜空の下、待ち合わせ場所から一切動かずに待っていたことがある。家入がその時のデートを楽しみにしていたのを知っていたからだ。そんなことがあったのだから、5分なんて遅刻ですらない。
なのに、その5分を遅れるからと手汗握って焦りながらここまで全力疾走してきた。なんだか、その様子を思い浮かべると可愛いくて仕方ない。手汗の湿りなんて一切気にせず、もっと手を強く握った。そして横顔を見上げてクスリと笑う。雰囲気で、怒っていないかこちらの機嫌を窺っているからだ。
安心させてあげるのも彼女の役目。固く繋いでいる手をそのままに、龍已の腕をもう片方の手で掴みながら柔く抱き締めた。ベッタリとした行動に彼が視線を落とす。変わらない無表情に向けて、つい溢れてしまう愛情を乗せながら優しく微笑んだ。
「私は本当に気にしていないからな。機嫌も悪くしていない」
「……本当か?」
「そんなことで嘘は言わないよ。だけど、どうしても気にしてるなら、レストラン行くまでこのままな。今日は私の彼氏を他の奴等に見せびらかしたい気分なんだ」
「……そうか。なら、俺も彼女を見せびらかしてしまおう。その理由で視線を集めるのは、嫌いじゃない」
「ふふっ」
互いに交際相手を見せびらかしてたら、付き合いたてのバカップルみたいじゃないか。なんて言葉は胸の中に仕舞っておき、これでもかと龍已の腕を抱き込んで肩に頭を乗せてやる。体重を掛けることになるが、今更女1人の体重程度で彼は微動だにしない。
彼の雰囲気が機嫌を窺うものから、幸せそうなものに変わったのを感じ取ってクスクスと笑う。他の女からは何を言われようとそんな雰囲気は出さないのに、自身が抱き付くだけで幸せそうにするのだからどこまでも愛おしい。
ウィンドウショッピングをして、気に入ったものがあったら購入してクロに持ってもらい、時間になったら予約していた高級レストランに行って食事を楽しみ、舌鼓を打つ。好きな酒も飲んでほろ酔い気分になりながら店を出て、夜風に当たりながら2人で並んで歩く。
同棲してもデートをする。それに毎回心躍らせて、楽しみにして、彼の1つ1つの動作に心奪われて、愛おしそうに愛情を乗せた瞳で見られると体が熱くなる。出会って付き合って10年以上経つのに、幸せだという気持ちは色褪せない。毎日毎日、家入硝子は黒圓龍已を好きになり、恋をする。そして愛を与えて与えられるのだ。
「なあ、龍已」
「どうした?」
「このまま家にまっすぐ帰るのはもったいないだろう?少しだけ……寄り道しないか?」
「……そうだな。俺も、硝子と寄り道をしたいと考えていた」
「ふふ。それは嬉しいな」
ふわふわした足取りと口調になりながら、頭の中は熱に浮かされて熱い。体もポッと熱を帯びた。抱き締める腕には、胸から伝わる心臓の鼓動が伝わっていることだろう。恋人繋ぎで握る手からは、脈拍がバレていることだろう。でも、それはきっとお互い様の筈だ。だって彼の手も、火傷したみたいに熱いから。
2人は並んで歩きながら、道を逸れてホテル街へと進んでいった。家ではなく、偶にはデートをしてそのまま行くのもいいだろう。風呂は一緒に入ろうか、今日抱くのか、それとも抱かれるのか。色々考えながら受付を済まして、貰った鍵と同じ部屋のドアを開ける。
履いているブーツを脱いで、羽織っていた服を脱ぐ。そこで腕を引かれて体の向きを反転させれば、熱く激しい口付けをされ……首に抱き付きながら受け止める。
あぁ……今日は抱かれる日だ。と、思いながら、抱えられてベッドの上に降ろされた。好きという気持ち。愛しい気持ち。肌の温もりや汗でベタつく感触を感じながら、家入硝子は黒圓龍已の腕の中で微笑んで、艶やかな声を上げて啼いた。
「──────はぁッ……はぁッ……ひゅっ……ごぼッ……お゙ごェ゙ッ……」
「大丈夫かい?獸崇」
「あらら。漏瑚に続いて獸崇まで?」
『黒圓龍已とはあなたがそうなるほどの相手ということですか』
「ぶぅーっ。ぶっふぅ。ぶっふぅー?」
「チッ。五条悟は次こそ儂が殺してやるッ!この恨み、何があろうと忘れんぞッ!」
歩くマンションの一室。そこには夏油と漏瑚。目から枝が生えた呪霊にタコのような呪霊。そして全身ツギハギが目立つ呪霊が居た。忽然と姿を現した獸崇に訝しげにするでもなく、何となく面白そうに声を掛けていた。
獸崇は生きていた。龍已の一撃が体を塵も残さず消し飛ばす寸前、自身の術式を発動してこの場に戻ってきた。だが体の大部分は消し飛んで、顔も半分近く無くなっている。唯一辛うじて残っている右腕で体を支えながら、傷の断面と口から大量の血を吐き出した。
徒党を組んでいる呪霊達が何かを話しているようだが、獸崇は違うことを考えていて聞いていない。考えているのは、化け物、怪物、人外、何と称せばいいのか解らない未知の存在、黒圓龍已のことだ。転移する寸前に体を消し飛ばそうとした呪力の塊は、この場の誰にも耐えられない一撃必殺の光線だった。
情報を抜き取るのに嬲る必要が無く、出てきた瞬間祓うという状況だったならば、邂逅して次の瞬間には何も残らず消し飛ばされて殺され、祓われていた。目を閉じれば浮かび上がってしまう、嗤うでもなく憐れむでもなく、淡々とした冷酷な無の表情。人間ではない。モドキでもない。あれは怪物でしかないと思いながら、その場で倒れて意識を手放した。
『
上からでも下からでもなく、目前の敵に向かって放つ呪力ゴリ押し光線。今回の一撃に使った呪力量は領域展開数回分。結果、山が余裕で無くなった。
特殊弾(縛)
1週間に1発しか造れず、1週間に1発しか撃てないという縛りを結んでいる弾。その代わりに撃ち出す呪力出力を底上げする。撃つほど強い相手が居ないので使っていなかったが、今回苛ついたので使った。
獸崇
三位一体型特級呪霊。頭と一緒に体の一部を無理矢理切り放し、修復することで3つの個体に別れる。故に頭のそれぞれに術式がある。切り放して分裂すると、総呪力量が3分割される。分割して倒されるとその分の呪力は無くなる。予想した方々、大正解ッ!(短絡作者)
黒山羊頭は予めマーキングした場所へ転移するエスケープ術式。使用するにはかなりの呪力量を要求されるので1度切りの奥の手。獅子頭は遠距離が使えなくなる範囲を作り出す。その代わりに自身も遠距離の一切が使えなくなる。獅子らしい弱肉強食ステゴロ喧嘩術式(龍已に対しては自殺行為)。馬頭は自分達を限界まで加速させる術式で、0からMAXまで引き上げられる。速度だけなら投射呪法の上位互換。
メインの頭は敬語を使って話す黒山羊頭。この頭を潰さないと祓えず、他の頭を潰しても再生する。ただし、頭の再生だけには相当な時間が掛かる。
黒圓龍已
任務が終われば家入とのデートなのに、遠い場所の任務を追加された挙げ句、明らかに自分狙いの特級呪霊に狙われてご機嫌斜めだった。滅多に使わない特殊弾まで使いつつ、山を消し飛ばして鬱憤を晴らした。
が、その後家入との約束の時間に遅れそうだと察して焦る。いつも時間前には着くようにしているので、遅刻して彼女を待たせたくなかった。ちなみに、初めて遅刻した。
素の身体能力が異常。握力計は中学の頃には粉々にしていた。体力測定の100メートルはめちゃくちゃ遅く走って周りに合わせた。目は昔から良かった。頭は天才以上虎徹以下って感じ。柔軟性はかなり高い。I字バランスは余裕。呪力で肉体強化したら、デコピンでボーリングの球粉々にできる。近接で勝てる!って方居たらどうぞどうぞ。
家入硝子
遅刻して焦ってる彼氏可愛い……。
急患の所為とはいえ、3時間デートに遅刻した事がある。真冬の夜空の下でずっと待たせた時は、流石に泣きそうになった。まだ高専生だった頃の話。それ以来、龍已は何時間でも待ち続けると解って遅れないようにする事にしている。
毎日顔を合わせて、おはようからおやすみまで一緒で同棲しているのに、その度に彼に恋をして好きになる。1つの所作に至るまで全てが好き。好きすぎてヤバいことを自覚している。なのにその好きを受け止めて、更に与えてくるからどっぷりと浸かる。
次の日、体術で甚爾にボロボロにされた学生達に声枯れてます?と言われた時は珈琲を飲んで誤魔化した。
漏瑚
同じく五条悟にめちゃくちゃにボコられた挙げ句、今頭しかない。
なのにサッカーされる(ガチ)
これからもそんな相手しか相手しないから不憫だけど頑張って!