呪術廻戦───黒い死神───   作:キャラメル太郎

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最高評価をしてくださった、錆缶鐙武 風神 雷神図 MuGiさん。 積乱雲と入道雲 鷹箸 さん。

高評価をしてくださった、八雲 彩香 青葉冬夜 さん、ありがとうございます。




第五十七話  始まりの黒圓

 

 

 

 

「──────へー、黒圓先生ってここら辺に住んでたんだ!」

 

「はしゃぐなよ、虎杖。遊びに来た訳じゃねぇんだ」

 

「まさかこんな大人数で行くことになるとは思いませんでしたよ」

 

「とか言いながら七海も来てるじゃん!もちろん、僕は最初から行くつもりだったよ!」

 

「突然こんなに来て、黒圓さんは怒りませんかね……?」

 

「さーな。俺が知るわけねーだろ」

 

 

 

「はぁ……何でこんなについて来るかなぁ。呪術師に龍已の家を見せたくないんだけどな」

 

「黒圓龍已の生家……っ!過去編の描写でしか描かれなかった、決別のために捨てた黒圓家……っ!」

 

「反承司さんは楽しそうだね」

 

 

 

 ぞろぞろと移動しているのは、虎徹を先頭とした龍已と親交のあった者達。隣を歩く反承司がキラキラとした目をしているのを見て、楽しそうだなぁと思う虎徹だが、後ろからついて来る呪術師一行に溜め息を吐く。何故、こんなに大勢で移動する羽目になっているのか。いや、そもそも何故呪術師を龍已の生家へ案内しなければならないのか。

 

 大嫌いな呪術師を、親友が生まれた家へ連れていくのは本当は嫌だ。けど、教えなければ何を仕出かすか解らないのが呪術師だと思っている。こうなってしまったのは、虎徹が甚爾の五感の鋭さを甘く見積もっていたからだ。本来反承司だけを連れて行こうと思っていたところを、優れた聴力で盗み聞きしていた甚爾にバラされたのだ。

 

 特級呪詛師扱いされている黒圓龍已の居場所を、世界で唯一知っている天切虎徹。取りたくても取れないコンタクトを取れるチャンスを、むざむざ逃すわけが無く、皆で虎徹の元へ詰め寄った。何故バレたのかと思ったが、最上級のフィジカルギフテッドを持つ甚爾の存在に気が付いた。

 

 話には聞いていた。あの龍已に、凄まじく優れた肉体と言わしめた体躯を持つ甚爾のことを。呪力が全く無いのに、研ぎ澄まされ過ぎた五感で呪いを感じ取るという怪物っぷりを聞いてはいたのだ。しかし、まさか壁を挟んでも声を拾える聴力を持っているとは思わなかった。

 

 詰め寄られても、断固として連れていかないと宣言した虎徹だったが、龍已に会うためならばどんな手を使っても引く気はないと言い出す甚爾や七海、灰原一行に対して、だったら呪具を使おうか?と脅しても引かなかった。それどころか、虎徹を除いて1番親交があった家入が、虎徹に頭を下げてきたのだ。

 

 

 

『天切さんが龍已の事をこれ以上無く大切に想っていることは分かってます。嫌っている呪術師に手を貸したくないという思いも。けど、私達も龍已が今どうしているのか知りたいんです。……お願いします。龍已の元へ、連れていってください』

 

『……………………。はぁ……。家入さんが頭を下げる事じゃないでしょ。……分かったよ。連れていってあげる。けど、勝手な行動は一切起こさないでね。僕の指示には必ず従うこと。それが条件だよ。いいね?業腹だけど連れていってあげるよ。龍已の居る──────黒圓龍已の生家へ』

 

 

 

 本当なら絶対教えない。教えないが、長年龍已の傍で彼を支えてきた家入が頭を下げたことと、()()()()()()に備えてある程度の強さを持つ呪術師を連れていくことを選択した虎徹は、深い溜め息を吐きながら歩いていた。車で向かうのも良かったが、使っていない彼の家に駐める駐車場が無いので、近くのコインパーキングに駐めて徒歩移動である。

 

 田舎とは言えない。けれど都会とも言えない。言うなれば普通の町並みに意外性を感じているようで、住宅街を見渡している者達を尻目に、虎徹は最近来ていなかっ龍已の家へ向かう道に懐かしさを感じていた。彼は龍已が何処に居るか把握する手段がある。そんな呪具を造れば良いだけの話だからだ。しかし、そんなことする必要はない。

 

 何の疑いもなく、龍已は彼の生まれ育った家に居ると分かる。全国を駆け回り、呪詛師、呪霊を片っ端から排除した龍已は一時的に活動を止める。その後の拠点は、嘗て両親を殺されてから1度も訪れたことが無かった黒圓家。虎徹にはそこしかないと確信があったのだ。

 

 壊して潰し、土地を売り払っても良いと言われていた黒圓家。しかし虎徹にはそんなことできなかった。龍已が生まれ、育った家だ。例え本人が決別したとしても、本来の帰る家を壊すなんてできなかった。なので10年以上が経った今でも、掃除は欠かせていない。掃除屋を定期的に雇い、庭の手入れもさせていた。龍已はその事を知っていたが、何も言わなかった。だから残した。彼は……その家に居る。

 

 子供の頃、何度も招待されて訪れた黒圓家。平屋建てで、少し古いのが特徴の広い家と敷地。庭には小さな池もある。虎徹は自分の家と違った木造住宅に新鮮さを覚え、気に入っていた。お呼ばれしたときは、目に見えて喜んだ。龍已の部屋で一緒の布団に入り、寝落ちするまでお喋りをしたのが懐かしい。

 

 見えてきた龍已の生家を指で示し、七海達に余計な物には触れないでねと警告した。案内はしているが、親友の家を呪術師にベタベタと触られたくないのだ。彼の安寧を壊した呪術師には、彼の帰るべき場所だった家に多く干渉して欲しくなかったのだ。

 

 

 

「靴はちゃんと脱いでね。来客用のスリッパがあるから、それは使っていいよ」

 

「……人数分あるようですが?」

 

「僕は出してないよ。出すようにメイドにも言ってない。なら、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……っ。……龍已先生…………」

 

 

 

 今居る者達……虎徹。反承司。甚爾。虎杖。恵。釘崎。真希。家入。七海。灰原。伊地知。鶴川の12人分のスリッパが玄関に並んでいる。パンダと狗巻も来る予定だったが、町中をパンダが歩くわけには行かず留守番となり、パンダだけ留守番させるのも忍びないと狗巻がついていることになっていた。よって、同行した2年は真希だけだ。

 

 分かっていたかのように人数分並べられたスリッパ。何故分かったのかと野暮なことは聞く必要はない。本当ならば、龍已の間合い約4キロの術式範囲に入った時点で皆殺しにされてもおかしくないのだ。ここまで接近できているのは、彼に戦闘の意志が無い事に他ならない。

 

 広い平屋建ての一軒家が、何となく魔王が居座る城に思えてきて、学生組や伊地知、鶴川はごくりと喉を慣らした。虎徹は慣れたように廊下を進んでいく。向かう先は、例え親友である虎徹であっても近づくことすら許されなかった黒圓家の稽古場。少し歩いて両引き戸のドアがあるところまでやって来た。

 

 何人たりとも、黒圓以外の者が入ることを許されなかった空間は、ハウスクリーニングの者すらも入れていない。ドアには鎖を掛けて入れないようにしていた。しかしその鎖は今、強い力を加えられたように無理矢理引き千切られて廊下の端に転がっていた。中に、彼が居る。あの虎徹が、深呼吸をしてからドアに手を掛けて開ける。見えてきたのは、稽古場の中心で正座をし、虎徹達に背を向ける……黒圓龍已の姿だった。

 

 

 

「──────ようこそ。『俺』達の黒圓家へ。遠くまで遙々ご苦労だった。水は止まっていて茶も煎れられないからな。買ってきたものですまないが、寛いでくれて構わない」

 

「……龍已。元気そうで何よりだよ」

 

「全国の呪詛師を殺し尽くしたからな。とても気分が良いんだ。ありがとう虎徹。お前も元気そうで何よりだ」

 

 

 

 稽古場の奥にある仏壇に対面するよう、虎徹達に背を向けていた龍已が体の向きを変えた。最後に見たときと何も変わらない様子だが、明らかに自分達が知る黒圓龍已ではなかった。その証拠に、虎徹との会話で薄い笑みを浮かべるのだ。嬉しそうに、和やかな控えめの笑みだ。無表情がトレードマークだった、あの龍已がだ。

 

 何となく見てはいけないものを見てしまった気分になり、学生組や伊地知、鶴川は視線を逸らした。甚爾と家入、七海や灰原達は今の龍已を目に焼き付けるように一切視線を逸らさなかった。虎徹は、これまでの龍已でないことを肌で感じ取る。敵意は無い。殺意も無い。だが同時に、親しさも無くなっていた。知っている仲だから会話しているだけ。そんな印象だった。親友という繋がりを……感じられなかった。

 

 黒圓家の稽古場。そこへ1歩踏み込んで感じたのは……血の臭いだった。大量出血している者が居るのではと思えてしまう血の臭いがするのだ。稽古場の壁には、夥しい数の武器が掛けられている。その奥の壁には切り傷や焦げた後。打ち込まれただろう打撃痕など、傷だらけだった。床も傷だらけで、傷が無いところを探す方が苦労するような状態だった。

 

 小さいものから大きいものまで、あらゆる近接武器が並んでいる物々しい空間。直剣に刀、槍に鎌。篭手などもあった。ありとあらゆる近接武器を使い、相手を追い詰めて殺す超近接特化型特殊武術。黒圓無躰流の厳しすぎる修行が幻視出来てしまいそうだった。

 

 一行は、龍已が用意したのだろう、彼と対面できるように並べられた座布団のところにそれぞれ向かい、座った。前には1本の500ミリリットルのお茶のペットボトルが置かれている。しっかりと人数分だ。やはり来る人数は確信していたのだろう。全員が座ったのを見届けると、龍已は小さく笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

 

「さて、どうしてお前達はこの場に来た?」

 

「私達は黒圓さんから事情をお聞きする為に来ました。私は無駄に遠廻りな話は好きではありません。なので単刀直入に聞きますが、黒圓さんは何故離叛したのですか」

 

「何故……か。何故も何も『俺』()とお前達は元よりこの関係が相応しいだろう?」

 

「私達とあなたは今の関係が相応しい?敵対関係とでも言いたいんですか。そもそも『達』とはどういう意味ですか。要領を得ませんので教えてください」

 

「呪術界の塵芥共と深い繋がりが無い七海は知らなくて当然か。……言うなれば『黒圓』と『呪術師』の関係だ。知らなくて分からないならば、知って理解すればいい。そう思わないか?──────虎徹」

 

「……天切さん?」

 

「…………………。」

 

 

 

 問いを投げられた虎徹は黙した。それが答えであると言わんばかりの沈黙に、虎杖を始めとした皆々が彼に視線を向ける。家入が名を呼んでどういう意味なのかと返答を催促すると、虎徹ははぁ……と溜め息を吐いた。

 

 別に、虎徹は龍已から何かを聞いた訳ではない。むしろ、親友として彼の色々なことを知ってはいるが、知らないことだってもちろんある。今回の話もその類だ。しかし仄めかす話し方をする龍已に、察してしまったのだ。態々複数人に取れる()という言葉を使うのに、あぁ……もう彼はこちらに戻ることは無いんだなという気持ちを抱いていた。

 

 それを察してか否かは解らない。いや、促しているのだから予想はついているのだろう。虎徹ならば大凡の推測が出来ていることを。自分の口からはあまり言いたくないなと思いながら、龍已が目線で話すように促してくるのに従い、唇を1度噛んでから開いた。

 

 

 

「……龍已の一族、黒圓家は代々呪術師と対立するような出来事に見舞われてきた……少なくとも敵対する関係ではあるということでしょ?」

 

「そうだ。『俺』達黒圓一族は、呪術師……延いては呪術界から何かと攻撃をされていた。やれ技術を開示しろ。やれ子種を撒け。やれ家と縁を結べ……と。その度に断れば、上から目線で一族に逆恨みの報復をした。先代継承者の忠胤を()()()殺されたのは肝が冷えたな。完成できなくなるところだった。折角これだけの才能と肉体を持った『俺』が生まれたのに、力を分散されたままでは怨むに怨みきれん」

 

「……やっぱりね。それにしても、龍已は龍已だよね?なんで忠胤さんを数多く居る1人みたいな言い方するの?実の父親で、あれだけ敬ってたじゃないか。その言い方は寂しいよ」

 

「俺が『俺』となった時点で、忠胤は役目を全うした功労者だ。両親であって両親ではない。まさしく、積み重ねてきた者達の1人ではあるが、それだけだ。だから──────」

 

 

 

「──────もういい」

 

 

 

「家入さん……?」

 

 

 

 問答を繰り返す龍已と虎徹の話の間に入ったのは、家入だった。彼を目にしてから1度も目線を逸らさない彼女は、この話し合いを心底どうでもいいと思った。確かに離叛した理由は気になる。どうしてしまったのかと問いたいし、事情を全て聞いて把握したい。けれどそれ以上に、家入は龍已に戻ってきて欲しいと言うためにやって来たのだ。

 

 呪術界でも実に稀少な他者を癒せる彼女。高専以外に出掛けるとなると途端に行動制限を設けられる家入は、誰に何を言われようと東京を離れて此処まで来た。それは全て、龍已へ会いに来るためだ。座っていた座布団から立ち上がって彼の元へ歩みを進める。目と鼻の先。手を伸ばせば触れられる距離まで来た。

 

 彼の匂いがする。同棲しているマンションから消えつつある彼の匂いに、鼻の奥がツンとする。簡単に泣く歳でもないので堪えるが、何かあれば溢れてしまいそうだ。龍已は座したまま顔だけを上に向ける。立ったまま見下ろす家入と、座ったまま見上げる龍已の視線がぶつかる。

 

 皆が固唾を呑んで見守る中、家入が手を差し出した。上へ掬い上げるための救いの手。それを取るだけで、例え上層部が何を言ってこようと彼を守ると誓い、皆がそれに協力してくれる。例えその救いが絶望的だったとしても、死力を尽くしてくれることだろう。だが、龍已は見上げるだけで手を取ろうとはしなかった。

 

 

 

「その手は取らんぞ。取れるわけが無い。そして、取る気も無い。今先程、俺はお前達と敵対関係にあると言っただろう」

 

「どうでもいい、そんなこと。私はお前が、私の隣に居てくれれば殺意を向けられていようが構わない。敵対意思を持っていようと興味ない。ただ、私のところへ帰ってこい……龍已」

 

「………………………。」

 

「私にはお前が必要なんだ。お前が居ないだけで、色が失われていく。何をするにも億劫でつまらない。生きる気力が無くなるんだ。だから頼む……この手を取ってくれ」

 

 

 

 今まで与えられていた愛しいという感情が殺意に塗り潰されていようと、構わない。隣に居てくれるならばそんなことは些事だと言ってのける。それだけ彼のことを愛している家入は、その他のことは考えなくて良いから手を取ってくれと断言する。その手を、龍已は見つめた。

 

 取ってくれ。早くこの手を取ってくれ。差し伸べる手を取って、一緒に生きていこう。ここ最近のことは無かった事にしよう。また2人であのマンションに戻って、彼氏彼女の関係に修復しよう。今回は初めての倦怠期を迎えたと思って過去の笑い話にしよう。そんな家入の思いが届いたのか、龍已が手を伸ばす。

 

 しかし、彼の手が家入の手を取る事は無かった。押し返される手。温かくて硬くて大きくて安心する、傷だらけの手は家入の手を取るではなく、押し返した。静かに、取ることを否定して。胸に穴が開いた気持ちになる家入は、呆然とその場に立ち尽くす。自身の手に向けられていた視線が再びぶつかる。その瞳は、愛情なんてものを宿しておらず……ひたすらに冷たかった。

 

 

 

「その手は取らない。何度も言わせるな」

 

「……何故?」

 

「俺はもう引き返せない。『俺』は引き返さない。黒圓一族は()()背を見せない。故に、お前の手は取らないし、共には居られない。いい加減に理解しろ。俺とお前は終わったんだ」

 

「……っ。そうか」

 

 

 

 頭を冷やしてくる。そう言って稽古場から退出した家入を、一行は見ていることしかできなかった。10年以上交際していた最愛の人が、敵側に行ってしまった。きっと藁にも縋る想いで先の言葉を溢したのだろう。だが、返答は否だった。龍已は家入のところへ戻る選択肢を選ばなかった。敵であることを受け止めている。

 

 何とも言えない空気が稽古場を包んでいた。ドラマなどで見るカップルの破局。それの程度がかなり重いものを見せられてしまったから。慰めの言葉なんて言えるわけがない。あの虎徹ですら黙っている。親交があった家入のことだからだろうか。

 

 皆が黙る空間で、恐る恐るという感じで口を開く者が居た。反承司だ。未来に起きる大凡のことを知っていながら、龍已の離叛を止められなかったことを悔やみ、一時的に錯乱していた彼女は、稽古場に入って龍已を見た瞬間泣きそうな顔になっていた。あれだけ推しと憧れ尊敬していた龍已が、自分の知らない龍已になってしまっていることを再確認して自責の念に駆られていた。

 

 彼女は悪くない。元々死ぬ運命だった龍已を救済するためだけに、これまで生きてきた。助けられた命を見捨て、術式を磨くことに専念していた。実力をつけてもまだ足りぬと努力を怠らず、極限まで鍛え抜いた。龍已が離叛したのは、反承司ですら予測できないイレギュラーが起こったためだ。彼女は、悪くないのだ。しかし、それを彼女自身が認めようとしないだろうが。

 

 

 

「龍已先生……」

 

「反承司。お前のお陰で、俺は本来の力を取り戻し完成に至る事が出来た。感謝する」

 

「う……っ。わ、私はそんなつもりなかったです……。いつもの龍已先生でいて欲しかった……でも……っ。もう……戻れないんですよね?今までのようにはなれないんですよね?」

 

「あぁ、()()()()()()()()()()()()()。今の『俺』が俺だからな。もう変わりようが無い」

 

「そう……ですか……そうですよね……っ!……ぅ……うぅ゙っ……ぞう……でずよね゙……っ!ひっく……っ」

 

「おいおい、泣くほどのことか?いや、反承司に関しては泣くほどのことか。……はは。意地の悪い悪者になった気分だ。……あぁ、今は特級呪詛師だからあながち間違いではないのか」

 

 

 

 薄い笑みを浮かべて軽口をたたく。笑って流せるような内容ではないため皆が黙り込んでいる。稽古場の悪い空気を察して、龍已は肩を竦めた。別に意地悪でやっている訳じゃない。数日ぶりに皆の顔を見たので口が軽くなっているだけだ。まあ、そのダメージが心に直接叩き込まれている訳なのだが。

 

 そう、今の龍已は口が軽い。お喋りになっている。涙をポロポロと流して嗚咽を漏らす反承司が座布団に座り直すのを見届けてから、浮かべていた笑みを消して佇まいも戻した。場に緊張の糸が張る。真剣な表情故に、何だか冗談が赦されないような気がして生唾を飲み込む。

 

 

 

「何故、『俺』達黒圓一族が怨の一族と言われているか知っているか?両面宿儺からは……聞けないか」

 

「……宿儺は確かに言ってた。黒圓先生のことを怨の一族の末裔って。それってどーいう意味なの?俺、呪術界に入って全然経ってないから知らないんだよね」

 

「虎杖が知らなくても無理はない。怨の一族とは、()()()一部の者達が勝手に言っていたものだからな。……『俺』達も使っていたが」

 

「結局、怨の一族ってどういうことなのかな?」

 

「それを教えるには、黒圓一族の始まりを説明せねばなるまい。『俺』達の始まりは……呪術全盛の時代である平安の時代に遡る──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒圓無躰流。平安の時代中期に生み出されたと()()()()()超近接特化型特殊武術。相手に逃げの隙も与えず、戦場の武器を巧みに使いながらひたすら前へ進んで追い詰め、必ず殺すことを目的とした殺人武術。現代では存在すら赦されないような物騒な1つの武の形。

 

 

 

 しかしその始まりは──────ひどく優しい(イカレた)ものだった。

 

 

 

 生み出されたのは平安時代中期ではない。初期辺りからである。かなり古い歴史を持つこの武術は、開祖の才能1つから始まった。黒圓一族に生まれた者ならば、代々親から語られて受け継がれていく先代継承者の話。開祖ともなれば初代様だ。語られない訳が無い。

 

 黒圓一族の初代。その男の名は黒()源継(みなつぐ)。平均身長がかなり低い時代にも拘わらず、彼の身長は180を超えており、筋肉にも恵まれ、運動神経や反射神経など、体に関することは全て持っていた。肉体労働をさせれば万人力と声が上がる程だ。そんな彼は出稼ぎ先で、ある女性に会った。

 

 特別美人ではない。でも、笑顔が素敵な女性だった。金を稼ぐために雇ってもらっていた仕事の昼休憩中、握り飯を握って持ってきたのが初めての出会いだった。周りに花が咲くような、元気で溌剌な笑みを浮かべて同業者に握り飯を配る女性を見ていると、強靱な胸板の奥にある心臓が忙しなく稼働していた。

 

 

 

「……?あらっ、とても大きい方ですねっ。私が握ったご飯で足りるかしら?ふふっ。山と作りましたから食べてくださいね?」

 

「……っ!か、かたじけない……」

 

「いいえいいえ。皆さんが話してくださいましたよ。あなたのお陰でお仕事が捗るって。力持ちなんですね」

 

「あ……その……」

 

「はい?」

 

 

 

「──────貴女を娶らせて欲しい」

 

 

 

「えっ……!?」

 

「あっ……」

 

 

 

 初代様も若かった。つい一目惚れしてしまった相手に結婚を申し出てしまった。吐いた唾は飲み込めない。近くで仕事の同僚が水を噴き出しているのを余所に、源継は真剣な表情で彼女を見た。

 

 突然結婚を申し込まれた女性は固まったあと、意味を理解してきて顔を赤くした。握り飯を乗せていたお盆で顔を隠しているが、目線をチラチラと送っている。手紙のやりとりやら何やらの、その時代の結婚に至るまでの過程を見事にすっ飛ばした求婚を、彼女はどう思っているのだろう。

 

 チラリ、チラリと顔を赤くしながら視線を向けてくる女性に、源継は気が気でなかった。不快に思われて断られても文句は言えない立場だからだ。人が多く居る場所で言ってしまった自分に非がある。なので断られたら、潔く諦めようと思っていた。

 

 対して、彼女は源継のことを熱く見つめている。突然の求婚は恥ずかしいが、嫌ではない。だって彼が逞しいから。

 

 

 

 なんと、なんと──────素晴らしい筋肉だろうか。

 

 

 

「はぁ……♡」

 

「あの……」

 

「──────是非♡」

 

「よ、良かったっ!」

 

 

 

 源継はこの時知らなかった。求婚をした女性が、大の筋肉好きであり、他にも握り飯を配っていた女性にこっちは任せてと言っておきながら、しっかりと源継の方へ向かってきていたということを。近くで源継の鍛え抜かれた筋肉見たさに下心満載で飯を持ってきていたことを、この時は……知らないのだ。

 

 始まりが一目惚れからの求婚ではあったが、2人は逢瀬を重ねて思いを強めていき、相手側の両親との顔合わせも済ませた。結婚の許可は貰い、これから2人で生きていくのだと幸福を感じていた源継。だがそんな彼は、結婚相手の父親からあることを言われて衝撃が奔った。家の娘を、守ってやってくれ。そう言われたのだ。

 

 愛する人だ。何よりも大切にしている。守るのは当然。しかし、いざ結婚相手の父親から、頭を下げられて改めて言われると感じる重さが違う。大切な人の命は、自身の手の上にある。零れさせる訳にはいかない。ならばどうするか?恵まれた力を使えば良い。現代でも呪術師はイカレた者が多いと言うが、平安初期に生まれた呪術とは無関係の源継も、何故かイカレていた。

 

 

 

 未だ見ぬ、己等を害する敵に怨を抱き、確実に殺す牙を研いだ。

 

 

 

 型が湯水の如く湧いてくる。思いついたままに体を動かせば、考えた通りのものが生み出された。最初は徒手空拳のみの型だった。しかし刀を見かけると、相手が武器を持っていた場合のことを考えた。それに対する対抗策が、自分も武器を使えば良い。使える物を使い、追い詰め、殺してしまえばいい。それからというもの、型にはあらゆる武器が組み込まれた。

 

 

 

 思いつき、考え、編み出すこと2年半……黒(えん)無躰流が初代となった黒怨源継によって誕生したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────おまえ。そのまま動くなよ」

 

「あら、またですか?ではお願いいたします」

 

「あぁ」

 

 

 

 源継は妻となった女の肩に手を伸ばし、虚空を握り込んだ。端から見れば何をしているのかと首を傾げる光景。実際妻も夫が何をしているのかあまり理解していない。しかし源継にはあるものが視えると言うのだ。異形の怪物だというそれは、探そうと思えばそこらに居ると言う。

 

 時々人に取り憑いているそれを、源継が消しているのだそうだ。体の内にある不思議な力を使うことで、その異形の怪物を消すことが出来る。これは幼少から行ってきたこと。周りに言っても信じられないことから、いつしか誰にも話さなくなった秘密。妻になるのだから隠し事はしたくないと、女には話した。

 

 心から愛され、大切にされている女は夫である源継の言葉を信じた。実際、自身に取り憑いている異形の怪物を消してもらうと、肩がスッキリして軽くなるのだ。数ヶ月に1度有るか無いかくらいの頻度だが、とても助かっていた。

 

 仕事をし、異形の怪物……呪霊を祓い、戦いに忍びで参加して黒怨無躰流の精度を磨く日々を送る源継。いつしか彼には、息子が生まれた。待望の我が子。母体共に元気であり、稼ぎも悪くない。家族に不自由ない暮らしを提供できていたし、家族サービスとして出掛けることもあった。そんなある日、息子が6つ程になった頃だ。源継にとある男が接触してきたのだ。その男は、自身のことを呪術師と名乗った。

 

 

 

「……もう一度言ってはくれないか」

 

「あなたに呪霊が視えていることを、私は知っている。争いの場に行き、数々の敵兵をその手で殺していることも。その技術、実に素晴らしい。是非とも我が家に教授願いたい」

 

「……黒怨無躰流をか」

 

「然り。その武術があれば、話が家は呪術家系としてより上に至れる」

 

「何故、私が争いの場に赴くことを知っている?ジュレイ……というあの怪物共を殺せることも、まるで見てきたような口振り。私は誰の目も無いことを確認してから事に当たるよう心掛けている」

 

「詳しくは話せんが、そういう術式なのだ」

 

「ジュツシキ……」

 

 

 

 訪ねた男は、源継の扱う黒怨無躰流に興味を持って接触したのだ。別の場所の光景を視る事ができる術式を持つ彼だからこそ、広範囲の気配を読み取る源継が見られていることに気がつかなかった。呪霊を人知れず祓い、戦場にて敵の悉くを殺し回る源継の強さを得るために来た男は、是非にと口にした。

 

 しかし源継は教えるつもりはないと返答した。何故かと問われるが、元より黒怨無躰流とは大切な家族を守るために創り上げた武術。家族の敵を殺す為の力だ。誰かに教え、知りもしない相手を殺すための道具にさせるつもりは無かった。それに、教えるならば我が子にと思っていたところだ。

 

 いつかは衰えが来てしまう源継に代わり、大切な人を敵から護って健やかに生きて欲しい。それだけを願って黒怨無躰流を継承するつもりだった。なので、誰かに教えるつもりはないと答えた。家柄が良いのか、教えてくれるならば大金を出すと言われたが、現状に満足している。好きなものを与えると言われたが、家族が居る源継には、これ以上なんて望んでいない。

 

 結果、呪術師の男にはお帰り願った。教えることは出来ないと。教えるつもりも無いと。他者を圧倒して家を大きくする為の道具として使われるのは嫌だから。教えを乞う理由が家族を護る為だと答えたならば一考したのだが、呪術師家系に於いて家族に愛情を持つことは稀だ。術式の継承の為に女は胎として娶られることが、今の時代では当たり前だった。つまり、家族を護るためという言葉は、逆立ちしても出て来ないのだ。

 

 

 

「私がこれだけ頭を下げているのだぞ……?それでも欠片とて教えんと言うのか」

 

「黒怨無躰流は一子相伝。我が子にこそ相応しい。どれだけの待遇を持ち寄られようと、私の言葉は違えない」

 

「──────そうか。では、精々後悔するが良い。呪いの何たるかを聞きかじった程度の非術師が、呪術師に逆らったらどうなるかを」

 

「敵として現れるならば、私は容赦しない。黒怨無躰流は敵の一切悉くを殲滅する。例え面妖な力を使う者が相手だろうと、追い詰め必ず殺す。心すると良い」

 

 

 

 敵対するならば、誰であろうと容赦しない。その相手が神であろうと。黒怨無躰流の全ては、大切な者を護る事が出来るようにという願いから生まれたもの。どれだけ身分が高かろうと、害するならば黒怨無躰流が黙っていないのだ。

 

 そして、それからは訪れた男の手の者が来るようになった。黒怨無躰流を我々に教えろと。我々に手を貸せと。さもなくば力尽くで聞き出すことになると。源継はそうなるだろうなと思いつつ、にべも無く断った。断られれば戦闘の許可が出ているのか、襲い掛かってくる者達。しかし源継は、黒怨無躰流を使って呪術師を殺した。

 

 警告はしていた。敵対するならば容赦しないと。源継にとって、容赦しないとは殺すということ。何度もそう言っているのに、力尽くで言うことを聞かせようとする呪術師など、そこらで金をひったくる盗っ人と何も変わらない悪人なのだ。故に、彼は襲ってきた者達を殺した。術式を使われようと、天性の勘と反射神経、そして類い稀なる恵まれた肉体で押しきったのだ。

 

 術式の詳細も知らず、聞くまで呪いを呪いと認識すらしていなかった源継は、呪力で肉体の強化を行うことはできていた。教えが無いので術式は使えなかったし、持っているかどうかすらも判らなかったが、取り敢えず彼は呪力と黒怨無躰流、そして強靱な肉体のみで数々の呪術師を葬り去ってきた。

 

 来ては返り討ちにして、日常に戻るという生活を送ること数十年。源継の息子はしっかりと黒怨無躰流を継承した。そして嫁を娶り結婚し、子宝にも恵まれた。孫が生まれた源継は幸せ者だろう。歳をとり、体の衰えが出ている源継だが、それでもまだ呪術師には負けなかった。生まれたばかりの新たな黒怨の血を受け継ぐ者に、黒怨無躰流の継承を始めてから少し、黒怨一族に危機が迫った。

 

 

 

 

 

 呪術師は黒怨源継を狙うことを諦め、源継の大切にしている者に魔の手を伸ばしたのだ。

 

 

 

 

 

 






黒怨源継(こくえんみなつぐ)

始まりの黒圓にして、黒怨。黒()無躰流開祖。

低身長が当たり前の時代で180を超える背丈に恵まれた筋肉。明晰な頭脳。身体能力に反射神経と、その時代でも頭抜けて異常な力を持った存在。

今ある黒圓無躰流を0から創り上げた。考えれば考えるほどアイデアが浮かび上がり、いかに効率良く人間を殺せるかが分かった。源継はそれを才能とは思わず、家族を守るための手段の1つとして考えていた。

大切な者の為ならば、例え善人すらも躊躇いなく殺す異常性を持っている。愛する女性に会うまで他と何ら変わらない生活を送っていたのに、守るためとは言え、現れるかも分からない敵に強大な怨念を抱き、必ず殺す術を生み出した怪物。

実戦経験を得るため、争いの場に紛れ込んで敵を殺し回った。後に交渉決裂から襲い掛かってくる呪術師をも、その手で殺してきた。




訪れた男

とある呪術師家系の次期当主。身分が高い。己の家をもっと大きく、そして強くするために噂になっている武術家系に接触した。源継が呪いを視認することは知らなかったので、ある程度の説明はした。

取り入ろうとするが、失敗に終わり相応の目に遭わせてやると決めるが、その悉くを失敗する。非術師に手を出す呪術師という、現代では大罪ものだが、昔はそこら辺がまだガバガバなので平気で手を出す。

送り込んだ呪術師が殺されてしまったが、それを他の家に言うことも、協力を求めることもできない。何故なら、言ってしまえば非術師にすら負ける貧弱な呪術師家系と馬鹿にされるから。なので自分達で始めたことを、自分達で始末付けなくてはならない。




源継に嫁いだ女

筋肉フェチ。顔や収入より筋肉。

握り飯を源継に持っていくために、持っていこうとする人と交替してもらった。




黒圓龍已

生家にて身を潜めていた。虎杖達が来ることは、4キロ先から解っていたし、そもそも虎徹が居るだけで居場所はバレると確信していた。

先代継承者である黒圓忠胤より聞いた更に先代達の話をしているが、初代様である源継の詳細な事情を知るのは龍已だけ。




家入硝子

差し伸べた手を押し返され、再び胸に穴が開いた気分を味わう。世界から色が失われてしまい、龍已がもう帰ってきてくれないことを悟る。




反承司零奈

やはり、最悪の分岐に走っていることを自覚する。二次創作の作者ですら書くことを諦めた黒圓龍已が完成してしまい、これからどうして良いのか分からなくなった。




黒圓家の稽古場

黒圓一族にとっての聖域。

壁には数多くの武器が掛けられていて、その全てを実際に使って、使い方を体で覚える。対処法も無理矢理覚える。龍已の体中の傷は、稽古の際に忠胤につけられたもの。

深く斬り裂かれようと稽古は終わらない。貧血で倒れても続行が当たり前。稽古終わりは血塗れが当たり前で、包帯が手放せない日常を送っていた。

何代も同じ事を続けてきたので、稽古場の中はこびり付いた血の匂いがする。取れないそれは、黒圓家のこれまでを物語る。虎杖達は、世界で初めて黒圓家の稽古場に足を踏み入れた存在になるほど、誰も稽古場には立ち入らせなかった。



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