最高評価をしてくださった、REOL やぱ カレラ S,U 社助 ナポリオン ハル吉★ だんず Don★ さん。
高評価をしてくださった、闇赫 イース・チイ むーちゃん02 あいうえおか@ シフン さん。ありがとうございます。
使われていない龍已の生家にて、彼との戦争という形で話がつけられてしまってから1ヶ月が経過した。始めるタイミングも場所も聞かされていないが、それに関しては虎徹が察していた。親友だからこそ解る、決戦の日。きっかり1ヶ月後の人が居ない場所。
佐々木小次郎と宮本武蔵が決闘を行った巌流島の如く、船で行って漸く辿り着ける無人島に、彼は居た。元は広大な緑に表面が覆われていただろう島は、ある場所から木々が根刮ぎ消し飛ばされていた。彼が戦う場所を作るために術式を使ったのだろう。見晴らしの良くなった開けた場所。その中心に彼は居た。
彼との戦争を行うにあたって揃えられた少数精鋭メンバー。五条悟。七海健人。天切虎徹。虎杖悠仁。伏黒恵。釘崎野薔薇。伏黒甚爾。反承司零奈。禪院真希。乙骨憂太。東堂葵。そして家入硝子。この者達が選ばれた呪術師達。黒怨龍已と対峙を赦された存在。
彼等は1ヶ月で全ての準備を終わらせてきた。彼と戦うためだけに。しかしそんな準備が心許なく感じてしまうくらい、対峙する龍已の殺伐とした気配は恐ろしく怖い。向けられることが無かった、明確な殺意。柔らかく眺めていた琥珀色の瞳は、黒々とした怨念を孕んでいた。
「話は皆から聞いたよ、センパイ。今なら僕が使えるものを全て使って庇ってあげられるけど、どうする?」
「必要ない。俺はお前達呪術師を皆殺しにし殲滅する。お前達はそんな特級呪詛師を殺して祓う。どちらか1つだ。1つしか残されていない」
「そっか。じゃあ──────手加減なんてしねーからな」
「──────始めよう。呪術師と黒怨による戦争を。全身全霊で呪い合おう。黒怨無躰流最終継承者、黒怨龍已……──────推して参る」
『黒龍』を構えた彼。殺意と怨念の籠もったその銃が使われていたのは呪霊と呪詛師のみだった。仲間だった頃は何よりも頼もしく、戦場にて安心させてくれる存在だった。広大な術式範囲と埒外の呪力出力を持つ特級呪術師、黒圓龍已。今ではもう特級呪詛師の黒怨龍已。戦わなくて済むなら、戦いたくなどなかった。
銃口が向けられる。憎たらしいほど良く晴れた晴天の空へ向けて。莫大な呪力が込められた1発の呪力弾が発射され、天へと昇る。そして呪力弾は細かくなるように弾けた。1発1発が確実に命を消し去る呪いを秘めている。触れるどころか、掠るだけでも存在を消し去られそうだ。
快晴の空が黒く染まる。莫大な怨念を含む彼の呪いは黒い。空に打ち上がり分裂した黒い呪力弾によって染められている。数えるのが億劫になる数。それらが向けられているのは、たったの12人だ。
「
「黒怨さんに狙われる呪霊の気持ちが良く解りました」
「最悪の気分。普通に死ぬと思う」
「僕は効かないけど、皆はしっかりやるんだよ」
「手筈通り、君達に持たせた呪具を起動して。やらないと死ぬよ」
反転術式を覚えたばかりの頃は、どう頑張っても20000発の呪力弾しか同時に操作が出来なかった。今では全盛の力を持ち、術式に磨きが掛かっている。鍛え抜かれた術式の限界は疾うに20000発の領域から外れ、150万以上の呪力弾を同時制御出来るようになっていた。1発受ければ即死の、膨大な呪いが込められたものが1人頭約10万発叩き込まれる。
真っ直ぐにしか飛ばないならばまだしも、彼の呪力弾は術式範囲内ならば延々と操作される。曲がる、直角に屈折するなどありえない動きを見せて追い掛ける。逃げようとするならば、術式範囲の彼を中心とした4.2195キロメートルから抜け出さなければならない。
だが、こんな事もあろうかと……いや、このような事が始めに起こると確信して予め用意しておいた虎徹の呪具が効力を発揮する。五条を除く皆が首元につけたバッチに触れて『起動』と口にする。起動に必要な言葉を口にすることで呪具が自動的に発動される。
天より降り注ぐ黒き晄。150万を超える呪いが各々の命を確実に刈り取ろうとする。だがその呪いは、起動したバッチにより跡形もなく消し去られた。彼等に触れること無く、近づいた瞬間に消失する。龍已と戦うにあたり必要な確実な対策の1つ。遠距離を無効化する術である。
「……やはりな。俺を相手にする以上遠距離の対策はしてくる筈だ。だろう?虎徹」
「まあね。僕に造れない呪具は存在しないから。この1ヶ月で揃えたよ」
天切虎徹。呪具を造る家系で頂点に君臨する名家。そんな天切家の正式な当主。物に好きな術式を付与することが出来るという呪具師にとってこれ以上ない術式を持っている、稀有な存在。彼はそこらの呪具師が造れないような高性能の呪具を造り出せる。今回龍已の遠距離を阻んだのは、一定時間遠距離攻撃を無効化する呪具だ。
ただし、縛りとして使用している間は使用者の相手への遠距離攻撃も全て無効化される。そして使用できる時間は3分間のみ。それを過ぎると2度と使えない使い捨ての呪具である。つまり3分を過ぎると龍已への遠距離攻撃が可能となる一方で、彼の遠距離攻撃も可能となってしまう。
効果範囲は付けた場所から半径1メートル以内。自身に向かってきたかどうかではなく、その範囲内には遠距離の攻撃を一切入り込ませない。そうして約150万の呪いを凌いだ一行の内、2つの影が高速で龍已に差し迫る。1人は3節棍。1人は薙刀を構え、同時に振るった。
首に巻き付いているクロから短刀を2本吐き出させて受け取る。常人には残像すら見切れない速度を出して向かってきたのは、甚爾と真希だった。
「真希から呪力を感じないと思えば……捨てて甚爾と同じ領域に踏み入れたのか」
「まぁな。今までの自分が嘘みたい……だッ!」
「おいおい。俺のこと忘れンなよな」
特級呪具『游雲』は術式効果を持たない代わりに、持ち主の膂力によって威力が倍増する。単純な膂力だけならトップクラスの超人、甚爾の一撃はただの短刀で受けられるほど甘くなかった。少し這わせただけで刃が欠けた。超人の域に入り込んだ真希の薙刀も、凄まじい切れ味で同じく刃が欠けている。
受け止めようとしていれば、刃を完全にへし折って龍已の体に直接攻撃を叩き込んでいただろう。跳躍しての回避が咄嗟の行動としてはベストだったが、回避先に2人は移動していた。超人の肉体を持つ2人ならば可能な超高速移動。その速度に舌を巻きながら、龍已は空中で体を捻って2人に向けて蹴りを放った。
甚爾と真希は武器で受ける。瞬間、途方も無く重い衝撃は訪れた。受け止めると決心して防御の姿勢を取ったのに、空中で放たれた蹴りを受けただけで足が獣道を作って後退してしまった。武器を持つ掌が軽く痺れる。その感覚に冷や汗を流しながら、それでも真希は笑っていた。上等だと言わんばかりの笑みを浮かべるのだ。
「──────真希と真依。君達は一卵性双生児だよね?」
「……そうですけど」
「じゃあ君達の……いや、君の中途半端な天与呪縛は納得出来るね」
「どういう意味っすか」
1ヶ月前。龍已との決別をされて各々がその日に向けて準備を整え始めている時、前もって少数精鋭で挑むと話されていた真希は、自身が選ばれることはないと思っていた。同期の乙骨は必ず選ばれるだろう。呪言師の狗巻で選ばれるかどうか微妙というところ。パンダは分からない。取り敢えず、甚爾の完全下位互換の自身は足を引っ張るので戦いに参加はしないと確信していた。
それでも出来ることはあるだろうと、1年生組を混ぜて訓練を行っていた。そこに来たのが虎徹だった。東京校に常在して何かを造っている様子の彼は、宛がわれた部屋から出て来ることはない。それで出て来たと思えば、真希に先程の言葉を掛けてきたのだ。
京都校に居る真依とは双子だ。同い年で、呪霊を見るための眼鏡型の呪具を外して髪を下ろせば、やはりそっくりだ。今は顔を合わせれば喧嘩をする仲だが、姉妹であるということに変わりは無く、大切な家族だ。しかし虎徹の、中途半端な天与呪縛の発言が良く分からない。
「双子は凶兆って言われたことない?禪院家なら面と向かって言われてもおかしくなさそうだけど」
「……まァ」
「根拠は無いけど、理由としては双子が呪術的な意味で同一人物とされているからなんだ。1つの魂を半々にして2人の人間に分けられているから双子なのか、1つの魂と全く同じ魂を2人の人間が持っているから双子なのかは知らない。魂なんて調べる方法無いからね。……まあ造ろうと思えば造れるけど、まあそれは置いておいて。双子の一方が天与呪縛を持つということは、同じ筈の君達に歪みが生まれたということと取れる」
「……だから私の天与呪縛は弱いってことすか」
「ちょっと違うね。互いが互いの邪魔をしてるってことだよ。フィジカルギフテッドの天与呪縛を持ちながら術式と呪力を持つ妹がいる君。術式と呪力を持ちながら呪いが一般人並の天与呪縛を持つ姉を持った妹。魂で繋がっているから、足を引っ張り合ってる。だから伏黒甚爾みたいな完全なフィジカルギフテッドになっていない」
「……私の天与呪縛は、他にも持ってる奴は居る。足を引っ張り合ってるとしても、変わらないと思いますけど」
「いいや。僕の見解は違う。本来の君の天与呪縛は伏黒甚爾と同様のものだろう。捨てれば得られるものを、魂で繋がっていて自力では捨てられない。だから得られない。君の立ち位置はそういうところ」
「じゃあ……どうしろって言うんですか」
妹の真依が居るから、フィジカルギフテッドがしっかりと作用していないと言う。一般人並の呪力しか無くて、呪霊も見えない状態だが、それ故に身体能力は一般人よりかけ離れ、五感も鋭い。しかしそれは甚爾と比べれば弱々しいものだ。彼のソレは最早呪縛から解き放たれた新人類なのだ。
色々と説明されたが、自力ではどうしようも無いからどうすることも出来ないと言われた。ならば聞かされたところで意味は無いのでは?と思わなくもない。それとも言外にお前は選ばれないと言いたいのか。どちらにせよ真希には虎徹の意図が読み取れなかった。それを承知しているかどうかは知らないが、虎徹は懐からハサミを取り出した。鉄製の、古い時代に使われていたようなハサミだ。
「これは僕が造った特別特級呪具『
「……それで、その呪具がなんですか」
「解らない?これは君達が抱えている問題を文字通り断ち切れるハサミだよ。使うかどうかは君が決めて良いよ。無理矢理やっても良いけど、その後モチベーション下がって使い物にならなくなっても邪魔なだけだし」
「つまり……」
「君達の“双子”という概念を断ち切って、魂から個人に分断する。加えてこのハサミは、捨てたことで得られるものがある場合に限定して、捨てられるものを捨てさせて得られるものを与える術式がある。要するに、中途半端な天与呪縛を持つ君にしか効果が無い呪具ってわけ」
「それを使えば、私も甚爾みたいに……」
「なれるよ。というか、使った瞬間あの領域に至る。けど、当然断ち切る訳だから、君達の双子という繋がりは無くなる。苗字が同じで血を分けた存在だろうと、今まで感じていた双子特有の認識が白紙になる。謂わば他人になるわけだ。使ったら最後、君は妹を妹と認識出来なくなる。逆もまた然りだね。妹の禪院真依じゃなくて、禪院家の真依という風に」
「アイツと姉妹じゃなくなる……」
「だから使うかは当人と話して決めなよ。姉妹の縁を断ち切って呪縛から解放されるか、今のままに落ち着くか。相談が終わったら言ってね。ちなみに、僕はそんなに悠長に待ってるつもりはないから」
やる気が無いならそれはそれでいい。他に違う案を考える。そう言って虎徹は真希に背を向けて高専の中へ戻っていった。見せられた、何の変哲もないハサミに見えて、真希にとって圧倒的強さを得るための一条の蜘蛛の糸にも見えた。
自身の強さが足りないことは知っている。天与呪縛を与えられていても、完全上位互換の甚爾には逆立ちしても勝てないのだ。強くなり、周りからも認められて禪院家の当主になるという目的を抱く彼女にとって、強さとは掛け替えのないものだ。しかし双子の妹との家族の繋がりもまた、掛け替えのないものである。
捨てることでしか得られない。強さは欲しい。強ささえあれば目的に1歩近づける。だがその代わりに家族の繋がりを捨てねばならない。到底容認できるものじゃない。そう思っていても、真希は虎徹に断りの言葉をすぐに吐くことが出来なかった。電話帳にある真依の通話ボタンを押そうとしている自身に、どこか失望の念を抱いていた。
「──────で、何の用なわけ?態々
「……悪い」
「……ふんっ」
高専の制服に身を包んだ真希は、封印から解放された五条から許可を貰って1人、京都へ来ていた。というもの、先日の事を真依に話すためだ。電話越しで話すような軽い内容ではなかったので直接会って話したかった。最初は絶対に嫌だと言っていた真依だが、真剣な声色に何かを感じ取り了承した。
2人は合流すると、そこら辺の喫茶店へ入った。幸い人が少ない店だったので、奥の方の席を使わせてもらう。真希は隣に剣道の竹刀を入れる袋に入れた刀の呪具を置いて、正面に座る真依をチラリと見た。彼女はどうでも良さそうな表情をして、窓の外をテーブルに肘をついて見ていた。
少しすると店員がやって来て水をそれぞれに渡す。注文でコーヒーを2つ頼んだ。物はすぐにやって来たが、それまで2人の間に会話は無かった。顔を合わせるのは交流会以来となる。喧嘩なのかどうかも分からない、微妙な敵意を持たれている真希は、どうやって話を切り出そうかと考えた。が、真希らしくも無く考え込んでいるのを横目で見て、真依が大きく溜め息を吐きながら口を開いた。
「さっさと話を始めなさいよ。それとも日が暮れるまでこうしているつもりなのかしら」
「……分かった。取り敢えず悪かったな、突然」
「ええ、本当にね。で、内容は?」
「……虎徹さんにある呪具の話を切り出された。私が甚爾と同じくらいの力が手に入るヤツだ」
「は?甚爾って、あの筋肉ダルマの人でしょ。恵君の父親の。アレと同じ力って……どういう呪具なのよ」
「何かを捨てることで何かを得る。私の場合は天与呪縛の本来の強さを。捨てる必要があるのは──────」
「──────私との双子の関係。そうでしょ」
「──────ッ!知ってたのか……?」
呆れたような口振りで口にした言葉に、真希は固まった。知っていたのだ。真希が何を言おうとしているのかを。いや、実際は知っていたというよりも、そんな話だろうと察しただけなのだ。何でもなさそうな軽い口で話の核心を突く。
届いていたコーヒーカップを手に取り一口飲んでいる真依に、真希は焦りとも違う、ひんやりとしたものを抱いた。怖いとかそういうのではない。家族の、姉妹の繋がりを切るべきかどうかというデリケートな話を、段階も踏まずに核心に触れられたので頭が真っ白になったのだ。家族だからこその気安さがあれど、家族でも触れてはならないものもある。繋がりなど、尤もたるものだろう。
「私、大分前から知ってたのよ。何で呪術師にとって双子が凶兆かってことを。アンタが言ったように、何かを得るためには何かを捨てないといけない。これは“縛り”だけの話じゃないのよ。痛い目を見て強くなる……それだって理屈は同じよ。そういう利害がいちいち成立しないのよ、
「……………………。」
「アンタは私で、私はアンタなの。アンタが血ヘド吐いて努力して強くなりたいって願ったって意味ないのよ。当然よね?私は強くなんてなりたくないんだもの。いい?私が居る限り、アンタは一生半端物なの。強くなれないし、禪院家当主にだってなれないのよ」
「それは……」
「努力すればいい話って?無理よ。アンタがこの先どれだけ時間を費やそうと、甚爾さんみたいに超人には至れないし、黒圓先生みたいに強さだけで特別になれない。だって私が居るから。だから私から言えることは1つ。
言いたいことを言い終えると、真依はコーヒーを全部飲みきって席を立ち上がる。もう言うことは無いと言外に語っているようだ。家族の、姉妹の繋がりを断つことになる重要な話だというのに、どこまでも淡泊で興味が無さそうだった。
パシリと真依の手首を取る。振り返って店を出ようとしているので顔が見えないが、真希はこんな簡単に話を終わらせて欲しくない。困惑した感情を携えたまま、絶対に行かせないように強く掴んだ。振り解こうと力を込められたが、天与呪縛のフィジカルギフテッドには敵わない。
「……何よ」
「こんな簡単に終わらせていい話じゃねーだろ。取り敢えず座れよ。まだ話し足りねぇ」
「あら。他に何か言うことでもあるの?だって双子の繋がりを断ちたくないなら、アンタはその場で断っているでしょ。ウジウジ悩むような性格でもないじゃない。なら、ここに居る理由は?何の為?話し合い?馬鹿馬鹿しいこと言わないでくれるかしら。
「……っ!」
「アンタは最初から迷い悩んでなんかいない。力を得ることを選んでいるのよ。とっくにね。私との繋がりを捨てて、力を得る道を歩く。ここに来て私を呼び出したのは単なる報告。違う?だってそのくらいはしないと、どちらにせよあの家の当主になんかなれないもの。ならアンタは選ぶでしょう?
「違うッ!!」
自分でも驚く声量で否定の言葉を吐いていた。顔を背けて目を合わせようとしない真依の肩がびくりと震えた。驚かせるつもりは無かった。しかし真依の事を何も考えていないという言葉は違うと否定したかった。禪院家当主になるのは、今まで蔑んできた連中を見返してやるためという目的もあるが、真依の居場所を作ってあげるためという理由もある。
彼女達は禪院家からしてみれば要らない存在。相伝の術式を継がず、片方は平凡な呪術師の呪力しか持っておらず、術式は1度に1発の弾丸を創り出すのがやっと。もう片方は呪いすら目に見えず、呪具が無ければ祓うことすら出来ない。
禪院家からすれば猿以下であり、相伝の術式を宿す子供を産むためだけに居る胎と同じなのだ。扱いは使用人よりも酷い。そんな禪院家にも居場所が出来るようにするために、家を出て呪術師をしているのだ。皆を見返して当主になり、内側から変えていくために。だからその想いを、真依にだって否定させない。
力任せに引っ張って椅子に座らせる。顔を顰めているのは、きっと強く握りすぎたからだ。手首には自身の手の後が赤くなってついている。それに申し訳ないと思いつつ、帰られたら困るので逃げられない程度に掴んだままにした。
「真依。私はお前の事を考えてねぇわけじゃないんだ。今の禪院家には私とお前の居場所が無い。それを作るために、力が必要なんだ。周りから認められるだけの力が」
「だから双子の繋がりを切りたいんでしょ?最初から言ってるじゃない。好きにすればって。私は構わないわ」
「……何で、そんな簡単に割り切れるんだよ。そんなに私との双子の関係はどうでも良いのかよ」
「──────
「……は?」
思っていた言葉と違った。まるで、真依が真希との繋がりを切られることに悲しんでいるかのような口振りだった。会ってから今まで、ずっと興味なさそうで、どうでも良さそうな顔をしていたのに、その口調はどこか拗ねているように聞こえた。同時に怒っているのだろう。眉間に皺が寄っている。
真依の手首を掴んでいる真希の手を、反対の手で握る。外そうとする訳ではなくて、手を重ねて握っていた。そして感じる小さな震え。重要な話で緊張しているのか気がつかなかったが、真依の手は震えていた。握られた手から伝わってくる。これは恐れだろうか。
「話がめんどくさくなってきたから言うけど、私は1度もアンタとの双子の繋がりに興味は無いって言ってないわよ。興味無いのはアンタの葛藤だけ。だって結論はもうついているんだもの。悩んでいるなんて嘘よ。単なる茶番でしかないわ」
「じゃあなんで……あんな簡単に……」
「私が仮にここで“嫌だ”と言っても、アンタは絶対に最終的には力を選ぶ。
「……真依」
「……はぁ。いつかはこんな風に、何かしらで別れることになるとは思ってたのよ。だから思っていた以上の驚きとかは無いわ。でも怖いのよ。これから先、私は1人。アンタは力を手に入れられるけど、私には無いもの。恵まれたアンタは全てを捨てて力を得る。私は
「……置いて行かねーよ。勝手に家を出たことは悪いと思ってる。交流会でも言ったけど、あそこに居たら私は私じゃなくなっちまう。でもな、例え縁を切って真依のことを妹と見れなくなっても……お前は私の大切な妹だ。それだけは何があっても切らせねぇ」
「……嘘つきのアンタにしては、ストレートで嘘が無さそうな言葉ね」
「嘘じゃねーからな」
握ってくる手の上に、更に手を重ねる。2人の手が重なり合って温もりを交換する。仲違いと言えるのか言えないのか分からないが、顔を合わせれば喧嘩腰で話してばかりの真依との、ゆったりとした雰囲気だった。嘘つきという言葉が少し引っ掛かったが、しっかりと話すことができて良かったと安堵する。
手の震えは止まっている。真依も、そして真希も。双子の縁を切られるというのが、どういう状況になり、どんな感じなのかは一切分からないが、それでも真依のことは妹として見て、真希は自身のことを姉と思う。その関係だけは、切らせはしない。
暫く手を握り合っていた真依と真希。ギスギスした関係が少し改善されて、昔のような姉妹仲を取り戻したように思える。言葉だけでなく、これからは実際に妹の真依のことを大切にしようと、ガラではないことだがこれからやっていこうと決めた。そうして真希が妹をこれからちゃんと大切にするという決心をした後、真依が口を開いた。これからについてである。
「私との縁を切れば、アンタは甚爾さん並の力を手に入れる。それはつまり、黒圓先生との戦争に参加するってことよね」
「まァ……恐らくな」
「……そう。なら、死ぬ可能性もあるわけよね」
「……否定はしねぇ。聞いた話じゃ、もうそういうレベルのモンでもねーらしいからな」
「なるほどね。じゃあ、アンタが死ねなくなる
「……っ!?おい、なに──────」
真依はどうやっても力が足りない。龍已との戦争に参加すれば、忽ち足手纏いになることが目に見えている。東堂くらいの強さが無いと話にすらならないのだ。だから、もしかしたら真希が死ぬかも知れないという可能性を考える。最悪の状況を考えるのも呪術師にとっては日常茶飯事。癖になったその考えから、真依は真希の手を離して顔に向かって伸ばす。
左手を後頭部に。右手で目を覆うようにしてやった。真希はいきなり視界を塞がれたことで前が真っ暗だ。何をしようとしているのか分からない。気配から怒気などを持っていないことを察するので攻撃ではないのだろうが、意図が解らない。
困惑していると、真希の鼻が真依の匂いを嗅ぎ取った。かなり至近距離だ。気配も近い。顔を近づけているのだろうか。困惑している中、自身の唇に軽く何かが触れたような気がした。塞がれた手の中で瞠目する。またもや頭が真っ白になってしまい、体が固まった。
動かないことをいいことに、真希の目を態と覆った手で圧迫した。そして後ろに突き飛ばすようにして離す。目がチカチカとして、椅子の背もたれに背中を打った真希が、どうにか真依の事を見ようとすると、彼女は既に立ち上がって通路を歩いていた。いつの間にか伝票もなくなっていて、コーヒー2杯分にしては高い千円札をレジに置いて、お釣りを貰うことなく出入口の取っ手に手を掛けた。
「何で、どうして、とかは聞かないわよ。知りたきゃ生き残って直接聞きに来なさい。それが、私がアンタにくれてやる呪いよ。頑張りなさいよ……お姉ちゃん」
「……っ!真依──────」
カランコロン。出入口のドアに付けられたベルが鳴る。去って行く背中に声を掛けようとしても、もう届かないだろう。触れられた感触が残る唇に触れる。何をされたかなんて、考えるまでもない。何で、どうして、と思うのとはあれど、それは考えない。その答えは、戦争が終わったら直接真依から聞こうではないか。
真依の飲み干されたコーヒーとは別に、まだ残っている温くなった自分のコーヒーを飲んだ。一気に煽ってしまったのは、真依にされたことが関係しているのかどうかは本人しか知らない。しかし悪い心情は持っていないとだけは言っておこう。
「ったくよ……死んでも死にきれねぇことしやがって。帰って来たら、お姉ちゃんが説教してやるよ」
さて、心も決まり、真依との話し合いも終えた今、京都に居る必要はない。生意気にも会計は済まされてしまっているので早々に喫茶店を後にした。念の為に聞いておいた虎徹の電話番号に掛けると、3コールしてから出た。偶然にも近くに居るとのことなので、すぐに合流した。
「なんで虎徹さんが京都に居るんですか」
「僕は多忙なんだ。京都にだって用事で来るよ。それより用件は何かな?」
「……特級呪具を使ってください。私に、龍已さんと戦える力をください」
「……ふーん。縁を切ることにしたんだ。まあ、納得してモチベーションを下げなければ何でも良いけど。じゃ、使わせてもらうよ。これから君も、龍已との戦争に参加する精鋭部隊のメンバーだよ」
チョキン……という音共に、真希の中の何かが完全に断ち切られ、代わりに内側から溢れる力を感じた。
この日、この瞬間……呪いの呪縛から解き放たれた超人がまた1人、世界に解き放たれた。
「──────見違える速度ではないか。何を犠牲に手に入れた?」
「さァ……なッ!!」
「大方、一卵性双生児の呪術的繋がりでも断ったのだろう。虎徹の呪具なら可能だからな。だが、それだけで俺に勝てると思うなよ?」
薙刀を振るう。3節棍を振り回す甚爾と同時に仕掛けているのに、龍已は後ろへ後退しながらも、短刀から素手に変えて、2人からの目にも止まらぬ速度の猛攻を冷静に捌いていた。抜き身の薙刀の刀身で斬ろうとしても、腹に触れるように手を添えて角度を変えられる。超人のフィジカルギフテッドにより研ぎ澄まされた五感で攻撃の予兆を感じ取っても、対処される前に対処される。
超人2人掛かりで押しているように見えて、全力の攻めの姿勢を見せる彼等とは別に余裕の表情と動きの龍已。今はまだ猛攻を解いていないので良いが、隙を見せると途端に強烈な反撃を受けそうで、攻撃の手を弛めたくても弛められない状況に陥っている。
目の前に居る龍已は敵だ。たった1人であろうが、自分達を相手にして勝つ事も出来るだろう力を持った怪物だ。そんな彼が、ただ攻撃を受けてばかりな訳がない。薙刀で突きを入れると、刃の腹に右手を添えて、柄の方に左手を添えた龍已は、超人の肉体となって腕力も遥かに向上した真希にいも返さず、薙刀を真横に向かって弾き飛ばした。
飛んでいった先には甚爾が居る。辛うじて游雲で弾いて防いだものの、攻撃までにワンテンポの遅れを生んでしまった。龍已がその隙を逃す筈も無く、目の前に居る真希の腹に拳を捻じ込んだ。喉を突き上げてくるような吐き気を覚えながら、殴打の衝撃で弾かれる。宙を舞ったが、足から着地する事に成功した。
「ぐっ……ゔ……ッ!クソ……どんな腕力してやがんだよ……ッ!!」
呪いの呪縛から解き放たれた肉体は超人となり、肉体の強度は鋼と化す。呪力で肉体を強化した呪術師のそれよりも、呪いを宿さない肉体の方が強いという矛盾した肉体に、龍已の打撃は亀裂を入れる。入れられた拳の形がくっきりと分かるくらいの鈍痛が腹部に響いている。常人が殴れば拳が割れるくらいの強度があるのに、彼には一切関係なかった。
吹き飛ばされて後退した真希に代わり、甚爾が『游雲』で攻め込んでいるが、攻防が広がっても攻撃が通ることは無い。戦い慣れており、技術も経験もある彼ですら、龍已に攻め倦ねている。決定打を欠片も入れさせてもらえていない。だが当然なのやも知れない。真希と一緒に攻めて、拳の1つすら届かないのだから。
少し口まで迫り上がってきた胃の中の物を、地面に吐き捨てる。口元を拭って踏み込み、足下の地面を叩き割って前進した。消えたようにも見える速度の中で、彼女の超強化された動体視力が甚爾と龍已の戦闘を捉えるが、入り込めるか悩む戦闘速度だ。軽い気持ちで入れば彼女ですら瞬く間に倒れるだろう。
「チッ……完成とやらしてから訳解らんくれェ強くなってンなオマエ……ッ!!前ならもう少しいい感じに戦えてただろーが……ッ!!」
「は、お前はその程度が限界か?真希も居るんだ。もう少し俺を攻めても良いと思うのだが──────なァ?」
「……ッ!」
首に巻き付いたクロがヌンチャクを2つ吐き出した。攻める甚爾と真希の猛攻を捌きながら手に取った龍已が、振り抜いた。ボッ……と空気の層がヌンチャクに叩かれる音が聞こえ、真希は考えるよりも先に肉体を動かしていた。瞬きする時間すら惜しい圧縮された時の中で、ヌンチャクで狙われた顔の前に薙刀の柄を滑り込ませた。
だが、薙刀は半ばから砕かれた。叩き付けられたヌンチャクに負けたのだ。特別な術式は付与されていない、強いて言うならば龍已が扱っても壊れない強度を持っていることくらいだろうか。重さもそう大したものでもないのでただのヌンチャクだと思っていい。しかし武器には黒い龍已の呪力が覆われて強化されていた。それだけで、等級の高い薙刀の呪具を棒きれのように砕いた。
顔面に届く。それを仰け反って回避した。薙刀がクッションとして速度を落としてくれなければ、顔に直撃していたことだろう。
3節棍よりもヌンチャクの方が連撃速度が速い。対応はしていても押されている。腕や脇腹に攻撃が掠っている。龍已の呪力で強化された打撃は、掠るだけで重い。真希が居ないだけで、甚爾へ攻撃が集中してダメージを蓄積してしまう。誰かが落ちればその分の穴が生まれ、龍已はそこを突く。任せてばかりではいられないのだ。
「──────真希。近接戦でMr.甚爾と肩を並べるのも良いが、俺にもMr.黒怨と戦わせろ。勝手に突っ走るんじゃあない。ましてや俺の
「先輩!俺らのこと忘れてんじゃないの!?俺らも戦うから!」
「殺されると困るんで式神のサポートは少ないですけど、やれることはやります」
「真希さん!私達にも出番くださいよ!」
「今年の1年生は頼り甲斐があるよね。ね、真希さん。僕達も負けないように頑張ろうよ」
「真希、アンタ出しゃばりすぎ。ちょっと強くなったからって先走らないでよね。コッチにも演算とかあるんだから変に動かれるとめんどくさいの」
「子供を戦闘に立たせてばかりでは大人の立つ瀬がありません。気を遣えという意味ではありませんが、我々大人のことを忘れられては困ります。ですが共に戦う以上、気張っていきましょう」
「はーい、GTGの僕のことを無視しないよーに。まあ、混戦するとちょっと手、出しづらいとこあるけどね」
「ったく……次はオマエ等に出番回してやるよ」
再び突っ込もうとする真希の肩に手を掛けられる。振り向くと、眼帯を外した五条がウィンクしていた。その後ろには戦う気に満ち溢れた虎杖。恵。釘崎。乙骨。反承司。東堂。七海が並んでいる。そう、何も前に出て戦える人間は真希と甚爾だけではない。彼等だっている。仲間と力を合わせて戦う場面なのだ、今は。
近接戦では確かに真希と甚爾の力は凄まじいが、2人だけでは限界がある。ましてや龍已を相手にするならば足りない。ならば仲間を頼っていけば良いだけの話。そんなことを頭から抜かしていた真希はクスッと笑いながら反省した。強くなった気になっていたのだ。
「さーて、皆でセンパイに目に物見せてあげようか。大丈夫、今度は失敗しないからさ」
ゆっくりと歩きながら戦闘を繰り広げる龍已と甚爾に接近する、封印から解放された呪術師最強五条悟。渋谷事変では不覚をとってしまったが、今度は慢心もしない。いや、慢心なんて出来る相手ではないので当然だが、彼も今回は本気だ。
長き時を掛けて完成した黒き怨念と、今を生きる呪術師達との戦争が始まり、始まってしまった。
虎徹作『
古い布切り鋏みたいな見た目をした特別特級呪具。特別とついているのは呪具として登録していないから。
他者との間にある魂から繋がった縁を切ることが出来る。一度やると修復は不可能。完全に個人として独立する事になる。姉妹に使えば、互いに姉妹と認識出来なくなる。苦楽を共にして一緒に過ごしてきた苗字が同じ血の繋がった他人という複雑な存在になる。
刻まれた呪具の術式により、縁を切った相手に捨てることで得られるものがある場合に限り、得られるものを本来の強さに戻すというものがある。何かが邪魔をしている天与呪縛の上限を取り払うと考えていい。
禪院真希
虎徹の呪具を使用したことにより、双子から切り放された。呪術的同一人物から独立し、呪力を全て捨てたことで甚爾と同じ世界に足を踏み入れた。経験が浅いため甚爾には劣るが、肉体の強さは本物。五感も全て超強化されている。
妹の真依の居場所を作るために呪術師になったが、その事が妹に伝わっていなかった。伝えていなかったとも言う。喫茶店でされたことの意味を聞くために、死ぬに死ねない。
禪院真依
歌姫や龍已から、双子の意味を教えられていた。呪術的同一人物と知った時は、所詮は邪魔なだけの自分かと思った。自分が居る限り真希が中途半端ならば、その内別れる日が来ることは予想していた。
しかし姉妹の縁を切られるとは思わなかった。何でもないように、興味なさげにしていたが、内心では悲しみに暮れていた。無下な扱いをして喧嘩腰で話そうが、姉は姉だ。心の底から憎いと思ったことはない。ちゃんと大切に想っている。
最後の呪いは、真希が生きて帰ってくるためのお
伏黒甚爾
最初から『游雲』を使用して戦っている。まだ経験の浅い真希のフォローをしながらの戦闘にはなっているが、ここまで強かったか?と龍已の強さに首を傾げている。前までならば、もう少し対等に戦えていた筈だった。
完成すると、ここまで違うものなのかと驚いている。最上のフィジカルギフテッドなのに、まるで相手にされていないことを自覚している。だからこそ、少し口の端が持ち上がった。
黒怨龍已
呪いを捨てることで呪いを凌駕する最上のフィジカルギフテッド持ち以上の肉体を持つ。蓄積された怨念と、代を積み重ねて改良された最強最高の肉体が完成している。純粋な腕力。俊敏性。強度は間違いなく人間の頂点。だがそれは、そこまでさせるに至った呪術界のクソさと、黙々と牙を研いでいた黒怨一族の怨の強さ、意志の強靱さを示暗に示す。
完成したことにより、術式の練度が爆発的に上昇した。1度に150万発以上の呪力弾を操作しても、頭は疲弊しないし動くことが出来る。一発に込められた呪いは、文字通り一撃必殺。食らうことは絶対に推奨しない。
完成に至り、術式の練度は天井知らず。衰えこそ無くなれど、限界は存在せず。戦いの中でも怨念を積み重ね、より強大な存在となって立ち塞がり、最凶の敵として君臨する。
天切虎徹
初手は必ず超広範囲の超高出力遠距離攻撃が来ると読んでいた。そのために、龍已の遠距離攻撃を無効化できる呪具を皆に持たせている。発想は、何時ぞやに龍已へ急襲した3つ頭の特級呪霊の術式から得た。龍已から話は聞いていたので、真似た。
制限時間は3分間だが、その間はどんな遠距離攻撃も通さない。作るのにそれなりに複雑な術式を組み込んだので時間と労力は掛けている。等級は1級から特級にかけて。これ無くして龍已との戦いはありえない。
今までは龍已の為に呪具を造っていたが、まさか龍已と戦うために呪具を造ることになるとは思わなかった彼は、誰も入れない呪具作製部屋にて、1人静かに涙を流していた。呪具を造ることに苦痛を感じるのは、初めての経験だった。