呪術廻戦───黒い死神───   作:キャラメル太郎

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最高評価をしてくださった、カレラ ハル吉★ マサカの盾 浅草の人 さん。

高評価をしてくださった、弦楽宮 RW_ゴンザレス さん。ありがとうございます。




第六十三話  黒き怨念よ、去り給え

 

 

 

 

「家入さん──────君が龍已を救ってあげて」

 

 

 

 

 

 懐から出された箱が壊され、中から出て来たのは一丁の黒い拳銃だった。渡されるがままに手に取った家入は、それが呪具であることを察し、何故か分からないが非常に嫌な予感を感じていることを自覚した。

 

 呪具である以上普通の拳銃ではないのだが、この銃は呪具の中でも特別異質であることが、何となく分かる。普通の拳銃と同じくらいの重さなのに、不思議とずしりとした重さを感じる。まるで、それだけ重要で貴重なものであることを、本能が理解しているかのようだった。

 

 静かに困惑する家入に向かって口を開く。虎徹から語られたその拳銃の術式……能力に、彼女は瞠目することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────詰みだな。五条、虎杖、乙骨、反承司。お前達が相手であろうと、何も変わらん。両面宿儺に体を明け渡したのは予想外だが、最早呪いの王と言えど、俺達の怨念に比べれば小さい存在だ」

 

 

 

 龍已の前には、瀕死の状態で倒れ込む4人の姿があった。形振り構っていられないと、呪いの王である両面宿儺に体を明け渡した虎杖。リカの完全顕現を行い、本来の呪力と後付けの術式を解放した乙骨。演算さえできれば、如何なる攻撃をも反射させることができる反承司。そして呪術師最強である五条。彼等は、一様に倒れ伏していた。

 

 対する龍已に変わった箇所は見られない。皮膚は黒躰無躰流の奥義により黒く染まっている。傷を受けていても、莫大な呪力によって反転術式を最高効率で回し瞬時に治癒する。体力は切れず、呪力切れも起こさない。武器を奪ってもクロからいくらでも提供され、素手で挑めば触れることすらできない。

 

 五条が何時ぞやに言っていた、ゲームのバグのような存在。本来その場に居ない筈のイレギュラーは、あらゆるものが奇跡的に重なった結果、トップレベルの強さを持つ呪術師を、真っ正面から討ち破った。力になれない虎徹と家入を除いた者達が一様に倒れ伏す様は圧巻で絶望的だった。

 

 

 

「ほう……まだ立つのか──────反承司」

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 

 そして、そんな絶望的な中で反承司が起き上がり、よろりと心許ない動きで立ち上がった。着ている制服は所々が破れ、左腕から出血をしている。右手で押さえてはいるものの、腕や制服を伝う血が重力に従い地面に落ちていく。額からも血を流し、目の中に入って視界をレッドアウトさせている。

 

 乱雑に目元を拭い、反承司は龍已を見ている。決して視線を外そうとせず、睨みつけるが如く視線を飛ばす。龍已は今にも倒れそうな反承司に色褪せない戦闘の意思を感じた。まだ戦うつもりの反承司に憐れな者を見る目を向ける。表情は変わらず、彼の寄越す視線だけが哀れみのそれへと変わる。

 

 一歩踏み出すのに意識を割かなければ倒れ込んでしまいそうな程、今の反承司はダメージを受けていた。術式を使用するのに演算をしても、龍已の打撃1つ真面に演算できなかった。どれだけの力が加わるのか、見た目だけで判断できなかったためだ。かと言って受けたからと演算ができるわけでもなし。

 

 彼女の目は虚ろだった。辛うじて意識を保てていると言っても過言ではなく、最早龍已の敵なり得る状態にない。龍已はただ立っているだけ。それだけで、歩いて向かってくる反承司が前のめりに倒れ込んでしまった。やはり力尽きたかと、人知れず溜め息を溢す。そんな彼へ近づくもう一つの影。

 

 

 

「次はお前か?──────家入」

 

「硝子って呼べって言っただろ、龍已」

 

 

 

 非戦闘員の家入だった。反転術式のアウトプットができる数少ない人物故に後方に控えていなければならないのだが、危険を冒して前に出てきた。彼女は戦えない。戦う術を持っていないからだ。護身術くらいならばできるが、その程度では到底龍已には適わない。そんなことは重々承知している。

 

 呪術師最強の五条悟。呪いの王である両面宿儺。日本三大怨霊の一人である菅原道真の子孫で、莫大な呪いを宿す乙骨憂太。現役の1級呪術師を合わせてもトップレベルの実力を持つ若き天才術師、反承司零奈。それらを1度に相手にしながら打ち勝つような、怨念の怪物。それを前にして、家入は退かない。

 

 右手に握るは黒色の銃。何の変哲もない、妖しい雰囲気を醸し出すだけの銃だ。龍已は首を傾げる。それで相手をするつもりかと。『黒躰』を使う前の状態でも、撃たれた後で撃ち出された弾を避けることも、受け止めることもできた。今では、受け止める必要すらない。黒い肌は、弾丸をも通さない。

 

 1度目を伏せ、家入は大きく息を吸い込んだ。そして右手の黒い銃を持ち上げる。銃口は当然龍已に向けられる。やはり撃つつもりか。そう言っているような気がする。それに肯定するように引き金へ指をかけた。撃ちたくないという思いを抱きながら、家入は……引き金を引いた。

 

 撃ち出される弾丸。爆薬によって弾き出された、表面に幾何学模様が刻まれている弾丸は狙い通り龍已に向かって飛んで行った。高い動体視力により視認し、受ける理由も無いことから、最小限の動きだけで避けた。弾は当たることなく、確かに龍已の横を通り過ぎていった。やはり当たらなかったな。そう口にしようとして()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「──────ッ!!!!」

 

()()()当たったな」

 

「……何故当たった。確かに避けた筈だ。それどころか……貫通した」

 

 

 

 それに加え、上腕の骨を砕いていった。避けた筈の弾は、知らぬ間に龍已に当たっていた。そして、黒く変色して超硬度を誇る彼の皮膚を易々と突き破った。激しく響く痛みに、幻覚の類でないことを知る。確かに飛来し、被弾し、骨を砕いていった。上腕の骨を砕かれたが故に力が入らず、大量の血を流しながらだらりと垂れ下がっている左腕。

 

 まあ、何が起きたのかはこれから知っていけば良いだけの話。龍已は負傷した左腕を治すべく、呪力と呪力を掛け合わせてプラスのエネルギーを作り出し、腕を治した。……筈だった。傷口が塞がらない。反転術式を使用しても、穴が開き、血が流れ、折れた腕の骨が一向に治らない。

 

 瞠目し、もう一度反転術式を使う。治らない。右手で左腕を掴み傷口を見る。骨が折れているので、内部からパキリと音が鳴り、更に激しい痛みが走るが、それよりも治らない原因が知りたい。が、傷口に何か細工された訳でもないらしい。意味が分からず、腕の傷が治らない。

 

 困惑する龍已を余所に、家入が2発目を発射していた。龍已に向かって放たれる、不可思議な力を持つ弾丸。避けたはずが避けられなかったことを考慮し、術式に反転術式のプラスエネルギーを流し、術式を反転させた。自由から不自由の強制。4.2195メートルを境に、遠距離攻撃の全てを無効化する。……が、弾丸は止まること無く龍已の右太腿に当たり、大腿骨を粉砕した。

 

 

 

「──────ッ!?『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』を通り抜けた……だと……?」

 

「防げないんだな。そして治せない」

 

「…………………。」

 

 

 

 折れた大腿骨によりバランスを崩して膝を付く。左腕。右脚を負傷したので満足に動くことはできないだろう。たかだか弾丸1発で脚が使い物にならなくなってしまった。反転術式で治そうにも、やはり傷は治らない。傷口から流れて止まらない血を眺め、家入が持つ銃の異常性を認識した。

 

 装填されている弾を合わせて、残るは3発。それを撃ちきった時、龍已がどうなってしまうのかは想像に易いだろう。最早龍已のためだけに造られたと言っても過言ではない呪具に眉を顰める。

 

 どうにか膝立ちから立ち上がった時、3発目が放たれる。弾丸は遠距離を許さない4メートルという領域内に入り込み、左脚の太腿を貫いた。またしても大腿骨を粉砕していく弾丸。立っていられず、うつ伏せに倒れ込む。あの黒怨龍已が、戦う術を殆ど持ち合わせていない家入の撃つ銃に翻弄されるなど、何かの夢にしか思えない。

 

 最低限の傷を治されただけで、今の龍已と同じく倒れ込んでいる虎杖を始めとした者達は、目を丸くして驚きを露わにしていた。そして次に見るのは、これを造り出せるだろう唯一の人物、天切虎徹。そんな渦中の彼はと言うと、静かに涙を流しながら、手を血が滴るほど強く握り締めていた。

 

 

 

「くッ……脚が……ッ!」

 

「……まさか、()()お前に銃を向ける日が来るとは思わなかったよ。本当に不快な気分だ」

 

 

 

「天切さん……ッ!あれは、どういう呪具なんですか……ッ!」

 

「Mr.黒怨の術式反転の効果を全く受けていないところを見ると術式無効化に思えるが、避けたはずが次の瞬間には当たっている。不思議なものだ」

 

「……戻る術式だね」

 

「戻る……?」

 

「……流石は六眼。その通り。あの呪具に施したのは戻るという術式。なんてことはないでしょ。設定された状態に戻ろうとするだけのものだよ」

 

「設定された……?黒怨先生が撃ち抜かれた状態が設定された状態ってことですか?……そんなことが可能なんですか……?」

 

「無理だよ。1から呪具を造ったとしても、龍已の()()()()()()()()()()()()()設定することはできない。元のデータが一切無いからね」

 

「え……?」

 

「じゃあどうやって造ったンだよ」

 

「……君達は、生かされてたってことだよ。完成する前の、僕たちが1番良く知る黒()龍已にね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒()龍已は屈強な男だ。呪術師ならば大体がそう思うだろう。肉体的にも、精神的にも。だが彼は歴とした人間である。どちらも疲弊することは当然ある。ではそんな時、どうするか。なに、簡単なことだ。疲れたと言える相手に相談する。当たり前のことを、当たり前にやる。ただし、その相手が誰なのかということだ。

 

 黒圓龍已には親友が居る。小学校からの付き合いで4人。その内の1人は呪術界のことをよく知り、呪具師の名家の生まれである。そう、天切虎徹である。黒い死神としての武器の提供者である彼は、龍已から相談をされることがあった。その事に関しては誰にも漏らさない。弱みになってしまうと理解しているから。

 

 だから、例え拷問されたとしても内容は教えない。要するに、龍已が虎徹に何を相談していたのかは、虎徹の中だけで完結してしまっているのだ。そんな口の固い虎徹は、疲れた……と素直に言ってくれる龍已の話し相手をしながら至上の喜びを噛み締めていた。誰にも打ち明けないような相談を、真っ先に話してくれることに。

 

 龍已のためなら世界を消すことだって厭わない異常性を内包する虎徹はしかし、ある日に受けた相談で驚愕した。

 

 

 

「──────え?ご、ごめんね。もう1回言ってくれる?」

 

『──────非術師を呪詛師と思い込み殺そうとした』

 

「……また上層部に何かされたの?大丈夫?」

 

『違う。恐らく疲れからくるものではない……と思う。自分のことだというのに言い切れないのが心苦しいが、今の俺はどこかおかしい。今度の休みに虎徹の家に行く。俺の体を調べてくれないか』

 

「……うん。分かった。設備を揃えて待ってるね」

 

 

 

 まだ龍已達が10代で、高専の生徒だった頃の話だ。不定期で虎徹へ電話を掛けてきて相談をしてくれる龍已が、自身の異常性について説いてきた。彼の呪詛師嫌いについて詳しく知る者は少ない。ただ、虎徹は事の詳細を細かく知る数少ない者の1人だった。だからこそ驚く。あの黒圓龍已が、非術師を呪詛師と思い込むというのが。

 

 どういうことなのかと聞きたい気持ちを押し込み、了解の言葉だけを伝えて電話を切った。次の休みに帰ってくる。その時に身体検査をして欲しいと言われた。虎徹は使用人を呼び出して、最先端の医療機器を購入して家に運び込むように伝えた。畏まりましたと頭を下げて退出する使用人を見送りながら、虎徹は思案した。

 

 フルマラソンを全力疾走して完走し、息一つ乱さないような体力オバケの龍已が疲れたと口にするのは最近のことだ。それだけ色濃い任務をやらされ、休む暇無く()()までやっているので精神を少しずつ磨り減らしてきたのだろう。体調管理の一環として相談に応じていたが、今回のことは一味違う。明らかな異常だ。

 

 電話で話した通り、龍已は休みの日を使って虎徹の家に帰った。検査を受ける為である。その時代の最先端医療機器に溢れかえった大きな一室を使い、龍已の体の何から何まで全てを調べた。唾液。血液。尿。便。内臓。脳波。考えられる全てを調べ上げた。だが……。

 

 

 

「はい、服着ていいよ。お疲れさま」

 

「ありがとう。……結果は?」

 

「──────健全そのものだよ。何の異常も見られない。超健康体だし、相変わらずの神秘的な肉体だよ」

 

 

 

 常人よりも発達した筋肉や細胞を見た観点から、虎徹は龍已に異常が見られないことを告げた。最先端の医療機器で調べて健康なのだから、少なくとも肉体に異常は見られないのだろう。それでも異常を自覚しているのならば、機械では測りきれない精神的なものだと結論づけるしかない。

 

 肉体はあまり関係していないことが分かると、簡易的な服を身につけた龍已は悩んでいる様子。何かしらでおかしな数値でも出ると思っていただけあって、何も無いと言われると困惑してしまうのだ。一体自身に何が起きているのかと、開いた手を見下ろす彼に、虎徹も悩むしかなかった。

 

 結局それ以外のことはせず、少し様子を見ることにして龍已は帰った。虎徹は採取した龍已のDNAをその後も調べたが、神懸かった超人的な肉体であること以外は分からず終いだった。

 

 様子を見ることになってから数年後。20代に突入して少し経った頃。地元の近くで任務があった龍已がついでに親友達の元へ寄り、飲み会に参加した。久しぶりの5人での飲み会に盛り上がった一行は、時間になったら各々が帰っていった。酒がそこまで強くない虎徹は龍已に抱えられて帰っている。その道中、彼から頼まれごとをした。

 

 

 

「──────お前が親友で良かった。お前達が親友になってくれたのが、俺の最初の幸福だ」

 

「……()()()()()()()()()?」

 

 

 

 酔って体が熱い。背中に抱えられて龍已の首に腕を回し抱きついている。太腿の下には彼の逞しい傷だらけの腕。酔いで熱くなり、ほんのりと赤くなった頬を夜風が撫でていった。気心知れた親友との会話だが、虎徹は今だけ楽しさを感じなかった。

 

 迂回したようなものの頼み方。言いづらい事を親友に頼む際に龍已が無意識にやってしまう話し方だ。それに加えて暗めの雰囲気から、今回の頼まれごとは虎徹にだけ頼めて、普通ではないようなものであると察する。酒の所為で熱かった体が急激に冷める。何を頼まれるのかな。どんな呪具が欲しいのかな。聡明すぎる頭脳であらゆる可能性を考えるが、考えた中で最も嫌な頼みだった。

 

 

 

「──────俺のことを()()()殺せる呪具を造ってくれ」

 

「…………………。」

 

「数年前の俺の異常。あれは一時的なものだった。様子を見て同じ事が起きないか監視してもらっていたが、起きなかった。だがそれからというもの、俺は俺自身に違和感を感じるようになった。まるで、俺じゃない()()が俺の中に居るようだ。悪さはしていない。しかし影響を及ぼしていないとは言えない。もしかしたら将来、俺は何かを仕出かすかも知れない」

 

「…………………。」

 

「俺は強い。並の呪術師にはまず負けない。特級呪霊も相手にならない。あの五条悟でさえも、正面から殺せる自信がある。そんな俺が俺の意思とは関係無く、何かを仕出かすとなれば……止められる者が居ない。止める方法も無いだろう。だから、その時の為に、俺を終わらせる呪具を造ってくれ。これは世界広しと言えども、虎徹……お前にしか頼めない」

 

「…………………。」

 

 

 

 頼まれるパターンの1つとして考えていなかった訳ではない。そんな可能性もある……というだけだった。だけだったのだが……本人の口から言われるとここまでショックだとは思いもしなかった。今すぐに殺してくれと言われているわけではない。殺せる手段を確立してくれと頼まれているだけだ。

 

 虎徹にとって、龍已は天使であり全てだった。彼の為ならば世界を敵に回しても一向に構わないと思えるくらいだ。崇拝していると言ってもいい。そんな彼からの頼みが、あまりにも叶えたくないもので、虎徹は腕を回している龍已の首に強くしがみ付く。強く、強く。否定してくれと叫ぶかのように。

 

 否定して欲しい。冗談だと言って欲しい。でも聞こえるのは龍已の道を歩む足音だけ。嫌だな。造りたくないな。何でそんなことを頼むんだ。それらを口にできたら楽なのに、彼の為ならば何でもすると言ったから、誓ったから、彼の願いに否はない。求めるならば造ろう。願うならば叶えよう。それが天切虎徹の黒圓龍已への想いの強さだから。

 

 

 

「君はヒドい親友だよ。でも造ってあげる。だって僕は君の親友であり、相棒であり……世界最高の呪具師だから」

 

「……ありがとう」

 

「ホント……()()()親友だよ。でも大好きな親友から、そんな雰囲気をしながら頼まれたら断れないよ。僕が出来るのは、使われないことを祈ることだけだね」

 

「……重ねて、ありがとう」

 

「いいよ。……はぁ。明日から忙しくなりそうだなぁ」

 

 

 

 虎徹は了承する。特級呪術師、黒圓龍已個人を確実絶対に殺す呪具を造り出すことを。特定の者に向けて作用する術式は、未だ嘗て存在していない。謂わばこれは世界初の試み。ただしその理由は、もしかしたら……なんていう不確定が渦巻くものだった。

 

 例え将来使わなかったで終わるのだとしても、世界一の親友を殺すだけの呪具なんて造りたくない。想像するのすら嫌悪感でどうにかなってしまいそうだ。怒りのままに怒鳴りたいし、絶対に造ってあげないと叫びたい。が、造る。天切虎徹は断れない。彼の専属呪具師になると誓ったから。

 

 

 

「龍已は反転術式が使えるし、術式反転で遠距離が効かない。となると、近寄る必要があって、近接による攻撃になる訳だけど……龍已に近接仕掛けて殺せるかなぁ……ちょっと無理ゲーだよね?」

 

「……いや。そうとも言えない。虎徹ならば造れるだろう。『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』を更に無効化し、俺のことを殺せる呪具を」

 

「『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』を……?でもどうやって……」

 

「俺に()()()()ものは無効化される。ならば、害が無い攻撃であると、術式に組み込めば良い」

 

「……なるほど。つまり、龍已にとっての致命傷が通常の状態だと定着させる訳だね。健全な体(傷を負っている体)から傷を負っている体(健全な体)へ戻す逆転の術式……そうすれば、反転術式でも治せない。傷を負っていないことになってるから……」

 

「そうだ」

 

「けど、分かってるよね?その術式を組み込む為には、1度その時のデータを覚えさせる必要がある。それだと龍已は……」

 

「あぁ。一度死ぬ必要がある。だが死ぬと言っても一瞬。要は覚えさせれば良いだけの話だ。傷は反転術式で治す。本当に死ぬことはない」

 

「……そこまでする覚悟が決まってるんだね」

 

「……あぁ」

 

 

 

 覚悟を決めている龍已もまた、否はない。致命傷を与えるためには、致命傷である状態を覚えさせないといけないので、実際にそれだけのダメージを龍已に与える必要があった。下手をすればそのまま死にかねない可能性すらもあるのに、彼はやってくれと頼んだ。

 

 やっぱり辞めた。そう言ってくれればどれだけ肩の荷が下りることか。しかし残念なことに、そんな未来も、可能性も無かった。虎徹は深く溜め息を吐いた。酔っていた頭は冷めて通常の素面となっている。考えるのは付与する術式のこと。龍已に致命傷を与える方法だ。

 

 直接打ち込んで効果を発揮する呪具にすると、近接を仕掛ける必要が出てくる。そうすると、近接戦で無類の強さを誇る龍已に近接で圧倒しなければならない。そんな博打のようなことはしたくない。となると、やはり手段としては遠距離。つまりは撃つことになる。まさか彼のためにと思って銃を造ってきた自身が、彼を殺す銃を造るとは夢にも思わない。

 

 致命傷を与える手段。武器。術式が決まれば、あと残すは致命傷のデータだ。これは後日に行うこととなった。今は龍已に時間が無い。元よりついでに寄っていっただけで、明日には帰っていなくてはならないからだ。虎徹はその後も背負われ続け、家の前に到着して降ろされた。

 

 ありがとうと言いながら地面に足を付け、龍已と向き合う。両者に、酒の余韻はもう無い。これからやるべき事が定まった。いや、定まってしまったと言った方が良いのかも知れない

 

 

 

「じゃあ、またね」

 

「あぁ。頼むぞ」

 

「……うん」

 

 

 

 その日はそれで別れた。あたかも何も無かったかのように振る舞い、その裏では黒圓龍已を殺す手段を確立するために動いていた。秘密裏に日程を合わせ、中々手にできない連休をもぎ取った龍已は早速虎徹の家に帰り、ことを始めた。

 

 龍已に近づく必要が無いように、呪具の形は拳銃に。方法は射撃。与える術式は事象を逆転させながら戻る術式。それらを設定して完璧な呪具へ確立させるためには、実際にその状態を作り出し、撃ち出す弾丸に覚えさせる必要がある。つまりは、龍已が撃たれて致命傷を受けなければならない。

 

 

 

「──────くッ……ッ!!」

 

「ぁ……ご、ごめんッ!痛いよね、本当にごめんッ!!」

 

「……っ。はーッ……気にしなくていい。それよりも失敗だ。()()()()()()()()

 

「……本当に必要なの?」

 

「必要だ。撃たれただけでは俺は止まれない。やるからには、1発の弾丸で重要な部分の骨を砕いてもらわねば……」

 

「だからって……」

 

 

 

 生傷が絶えない過酷な修業を繰り返したことで、痛みに強くなっている龍已は、少し撃たれた程度では到底止まらない。そこで、撃った弾丸が骨に着弾し、完璧に砕いて動きに制限をかけるようにしたのだ。なので、虎徹に撃ってもらい、弾を受ける。肉を抉り、骨に当たり、完璧に粉砕するまで何度でも、何度でもだ。

 

 現在龍已は左腕の設定を行っている。今先程撃ったのは実に16発目だった。筋肉が強靭すぎて弾を止めてしまう時があったり、骨に当たっても粉砕しきれず止めてしまったりと、上手くいかないのだ。何度も何度も、龍已に向けて銃を撃つ虎徹は顔色が蒼白くなり、今にも泣いてしまいそうだ。しかし、それでも続けなくてはならない。

 

 虎徹の家の地下に作られた訓練場を使って設定を行ってから数時間が経過している。既にコンクリート製の床は龍已の血で赤黒い絨毯が出来上がっている。無くなった血までは反転術式で補填されず、出血が重なって龍已の顔色が悪い。ふらりとしながら38発目の弾丸を左腕上腕に受けた時、ばきりと骨が粉砕する音が鳴り響いた。

 

 

 

「──────ッ!?ふッ……ぐッぅ……ッ!!」

 

「せ、成功だ!やっと成功したッ!!あ、それよりも……龍已!大丈夫!?」

 

「大丈夫だ……漸く成功したようだな……」

 

「龍已……もう顔色が真っ青だよ。血を流しすぎたんだ。今日はもうやめて、別のところは違う日に改めてやろう?ね?」

 

「虎徹こそ……蒼白くなっているぞ」

 

「当たり前だよ……親友を30回以上撃ってるんだから……」

 

「そうか……そうだな。……すまない」

 

「謝らなくていいから。ほら、傷を治して。肩貸してあげるから、一緒に部屋に戻って休もう」

 

「あぁ……」

 

 

 

 骨が砕けて無惨なことになっている腕を反転術式で治した龍已に肩を貸し、一緒に訓練場を後にする虎徹はコンクリート製の壁のとある場所を一瞥した。壁に少しだけめり込んだ、設定を与えられて完成した1発の弾丸。完成すると術式が刻まれた証として幾何学模様が入るようになっている。鉛色に黒い線が入った弾丸は、龍已の左腕を破壊することが可能となった。

 

 これをあと4箇所分造らなければならないと思うと、ゾッとする。虎徹はこれから何度同じように龍已を撃たなければならないのかと考えそうになるのを必死に堪え、血を無くしてフラつく龍已を支えながら訓練場を後にした。

 

 そうして月日は流れ、龍已を殺すための呪具が完成した。誰かの手に渡り、間違えて撃ってしまえば、傷を再現するために術式が発動して何処からでも龍已の元へ飛んで行き、必ず当たる。そこで虎徹の声で、決めた暗号を口にしない限りどんな物理攻撃を与えようと中身を取り出すことが出来ないブラックボックス型の呪具を造り、拳銃を中に仕舞って封印した。使われることが無いことを祈りながら。

 

 しかしブラックボックスは解かれ、中身は今使われている。家入の手の中にある黒い拳銃が、その呪具である。龍已と虎徹の手により造られた、黒怨龍已を殺せる唯一の武器であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────左腕と右脚が使い物にならない……か」

 

「……龍已」

 

「……何だ。まだ何か言うつもりか」

 

 

 

 対峙する家入と龍已。片や銃を構え、片や膝を付きながら負傷した腕を押さえている。将来有望な呪術師や、現最強の呪術師を正面から破った龍已ともあろう者が、戦う術を持たない家入に膝を付かされている。これは本当に現実のことなのだろうかと、目を擦りたくなる気持ちも分からないではない。

 

 膝立ちから、無理矢理立ち上がろうとした龍已に、3発目の銃声が響いた。貫くのは左脚の太腿。大腿骨粉砕。立つための手段が無くなり、今度こそ完全にうつ伏せで倒れ込んだ。傷口から血が流れて小さな血の池が出来ている。痛みに眉を顰める龍已を離れたところから見下ろす家入は、苦虫を噛み潰したような顰め面をしながら、声を大にして叫んだ。

 

 

 

「──────いい加減にしろッ!」

 

「……………………。」

 

「こんな事に何の意味があるんだッ!茶番は沢山だッ!お前が私達を殺す気ならば、とっくに殺せているだろうッ!?『闇夜ノ黒衣』も『黑ノ神』も、領域展開すら大して使わずに私達を殺すだとッ!?そんな言葉を信じるとでも思うのかッ!?」

 

「……………………。」

 

「まるで授業だよ……龍已。これだけ強大な敵が現れたら、どうするつもりだと言って実戦の教育をしているようだ……。慣れない悪役をやるのもいい加減にしろ……。お前は怨みで怨念を晴らすために生まれてきたのだろうが、絶対悪として生まれた訳じゃないだろう……」

 

「……………………。」

 

 

 

「硝子……」

 

「家入さん……」

 

「家入先生……」

 

 

 

 家入は叫ぶ。これ以上意味の無いことをしないでくれと。撃たせないでくれと。龍已がやっていることは茶番に等しいのだと。本気で殺すならば、彼が持つ特級呪具を開戦と同時に使えばすぐに何名かは殺せた。領域展開を行えば、少なくとも防ぐ手立てが無い者達は早々に死んでいたことだろう。閉じない領域を会得した今、彼の領域範囲は400メートルを超えるのだから。

 

 何となく、皆は察していた。龍已は本気で相手をしていたが、全力ではなかったと。強大な敵へ皆で挑む際の訓練をさせられている感覚だった。誰も殺さず、叩きのめすだけだった。死にかけるだけのダメージを与えても、誰も死んでいない。家入が居て、誰も死ぬことなく治療されると分かっていたからだ。

 

 だから家入は叫ぶのだ。こんな事に意味は無いと。これ以上はもう必要ないと。龍已が悪として君臨し、立ちはだかる必要は無いのだと。その心からの叫びを聞いた龍已は静かに聞いていた。だが立ち上がった。折れた骨がみしりと音を立て、激痛を発するが気にせず、折れた脚を使って無理矢理立ち上がったのだ。そして、使える右手で『黒龍』を構え、家入に向けた。

 

 

 

「意味ならばある。俺が……俺達が生きてきたことに意味を与えるんだ。長年の怨みは消えない。怨は怨で以て返す。この言葉に嘘は無い。殺す気が無いと言ったな?ならば……──────本気の全力でお前達を殺そう。これは決別の一撃だ」

 

「……なぁ、龍已。全てを捨てて、一緒に生きないか?」

 

「……………………。」

 

「普通の生活も要らない。友人も家族も知人も何もかも。誰にも見つからない場所で、2人で生きていかないか。自給自足だろうが何だろうが、お前となら生きていけるんだ……。っ……私はッ!私はお前と生きたいッ!!これからもずっとッ!一緒に生きていきたいんだッ!!……っく……はぁ……好きだよ、龍已。本当に好きだ。大好きだ。愛してる。だから頼む……頼むから……止まってくれ……私にお前を殺させないでくれ……ッ!!」

 

「……………………。」

 

 

 

 必死の叫びだった。家入は龍已を本当に愛している。愛しているから殺したくない。一緒に生きたい。これからも笑いあって、時には悲しんで、喧嘩したりもして、二人三脚でやっていきたいのだ。もう高望みはしない。それ以外は何も求めないし、全てを擲ってもいい。それだけの覚悟を言葉に乗せた。

 

 涙が溢れる。泣かないように、泣かないようにと堪えてきたものは、決壊すると止まらなくなって溢れてくる。頬を伝い、顎先から締めに落ちて染みを作る。龍已はそんな家入を眺めた。琥珀色の瞳は何を思っているのか分からない。表情も変わらない。だが、全身の黒色が肌色に変わっていった。

 

 黒怨無躰流奥義『黒躰』が解除される。黒く変色していた肌が元の色を取り戻す。分かってくれたのか。そう言おうとした家入を否定するが如く、右手に持つ『黒龍』に考えられない量の呪力が集中する。誰も感じた事の無い、本能的な恐怖を呼び起こす……そこ知らずの呪いであり、積み重ねられた強大過ぎる怨念だった。

 

 

 

「残念だが、お前とは生きていけない。死にたくなければ俺を殺せ。それでお前達の勝利で、俺の敗けだ。決着をつけよう。……遠隔呪力操術──────(ごく)(ばん)

 

「……ッ!クソッ……クソッ……クソォ……ッ!!龍已ぁああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 

 愛する者と怨宿す者が引き金に指を掛ける。どちらが生き残り、どちらが死ぬのか。選択はその2つに1つ。呪術師が怨念を祓うか。怨念が呪術師を滅ぼすか。戦いは、終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 

 






特別特級呪具『黒去(くろさ)り』

1度その状況になったことを縛りに、覚えさせた状況を必ず作り出す呪具。術式は戻ると表す。龍已の遠距離無効化範囲を無視し、致命傷を与えることが出来る唯一の武器。

自身に異常があることを自覚した龍已発案の元、虎徹と共同して造り出した、対龍已用特別特級呪具。弾は全部で5発。手にして撃つだけで、誰でも龍已を殺せる。そのため、虎徹以外には開けられないブラックボックスに封印していた。




家入硝子

使っている呪具が、黒怨龍已殺しの呪具であることは説明されたが、虎徹と龍已が共同開発したものであることは知らされていないので知らない。

龍已を心の底から愛している。その他全てを犠牲にしてもいいと言えるくらい。ただし、その想いが届こうと、肯定されることはなかった。




天切虎徹

大切な親友からの頼みで、親友を絶対に殺せる武器を作製した。誰の手にも渡らないように秘密裏に造って隠し、ブラックボックスの中に封印していた。

龍已を倒せるなら、最初から使えよ。そんなことを言うような奴が居るならば、虎徹はどんな手を使ってもその者を消すだろう。『黒去り』は何があっても使いたくなかった最終手段。取り出した今でも、破壊してしまいたいくらいに造ったことを後悔している逸品。




()龍已

自身の中に何かがあることを直感する。悪さはしていない。だが良いこともしていない。なので、将来自身がどうなるか分からない。そのために楔を打っておく。

何かを仕出かすならば、それが誰であろうと止められるように、自身を殺せる武器を造った。止められないならば終わらせてくれ。その時の誰かも分からない者に頼み、託す。




黒怨龍已



生きたければ怨念を祓え。俺達は止まらない。止まれない。


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