「龍已ッ!!その、で……で──────デリシャスだなッ!!」
「……俺は美味しくないぞ」
「ちっげーよッ!!」
「……?」
龍已は首を傾げ、巌斎は頭を抱え、音無は陰で溜め息を吐いた。何をしているのかイマイチ分からないだろう。それを説明していくとしよう。
巌斎妃伽は龍已をデートに誘いたかった(説明終了)
ということなのだが、何故デートに誘いたいのか?それは彼女が任務よりも優先する必要がある理由がデートの中にあるからだ。そのために誘おうとしてはいるものの、上手くいかない。いつもの調子ならば何の躊躇もなく一緒に出掛けようの言葉が出るが、一世一代の大勝負なので緊張が取れない。
初手からデリシャスとか血迷ったことほざいている巌斎ではあるが、彼女はいたって真面目だ。真面目にデートに誘おうとして明後日の方向に間違えているだけなのだ。心を読む能力を持っていれば、嵐よりも荒れに荒れて後悔まっただ中の彼女の声が聞こえるだろう。
いつものように接して一緒に出掛けようというだけが、どうしてもできないので巌斎は音無に(強制的に)協力してもらうことにした。2人きりのシチュエーションを用意して誘う。何となく出掛ける方向に話を誘導するなど、努力はした。まあ悉く失敗しているのだが。
「よ、よォ龍已!今日も良い天気だな!出掛けるにはもってこいだろ!」
「朝から大雨だが」
「あ、あー……この前呪霊殴り殺す時に踏み込んだら靴がダメになっちまったなー。買い直すしかねェかー」
「先日良いものがあったと言って自慢していた靴を今履いてるではないか」
「なーんか、飯食いに行きてー気分だよなッ!?」
「俺が作ったカツ丼をおかわりまでしたのに、まだ食い足りないのか?」
「ねぇ。妃ちゃんってバカなの?ホントに龍已をデートに誘う気ある?コントしたいってだけじゃないよね?」
「……うっせーなクソザコ……」
「割と今は妃ちゃんの方がクソザコだよ……」
しょうもない会話で龍已に首を傾げさせるばかりで、巌斎は1歩も進歩しない。何がしたいのかとすら思えてしまう。朝からずっとこの調子で、音無ですら呆れた視線を寄越す始末だ。それはそれで腹立つ巌斎だが、言い返せねェ……と唸っている。
音無に見守られながらやっているのに失敗続きの巌斎は、項垂れている。さながら燃え尽きそうなボクサーのようだ。ベルの音が何処からか聞こえてくる勢いで椅子に座っている。流石にここまで言えないとは思っていなかった音無も、困惑するしかない。
さて、どうしようかと悩んでいる2人の傍に、音も気配も無く龍已が立っている。声を掛けないと一向に気がつきそうにないのでどうした?と言うと、2人は驚きながら顔を彼の方へ向けた。
「びっ……くりしたぁ……」
「驚かせんじゃねーよッ!」
「すまない。それよりも、巌斎は今日どうしたんだ?」
「は、はー?何のことだよ」
「矢鱈とよく解らない質問を繰り返してきただろう。何か用事があったのではないか?」
「……あ、あー!俺夜蛾先生に呼ばれてたんだ!ごめんだけどちょっと行ってくるねー!」
「あコラ、テメェ……ッ!」
おっ?という雰囲気を察して、音無はその場を離脱。3人が居る教室から出る際に、巌斎に向けてサムズアップと不細工で不完全なウィンクを忘れない。ばちこーん☆とかましてから、慌てて走り去っていった。もちろん夜蛾に用事などない。
いきなり件の龍已と2人きりになってしまい慌てる巌斎は、視線が泳ぐ泳ぐ。獲物を見つけたシャチのようにあちこち行ったり来たりしていた。そんな彼女の前に椅子を持ってきて、机を挟んで対面する。姿勢良く座り、用件は?と言って待ちの姿勢に入った。
「そ、おぉご……」
「相互……?」
「ち、ちが……っ!あ、ぁ……」
「巌斎。ゆっくりでいい。俺は急かさないし、話は聞く。だから聞かせてくれ」
「……おう」
すーはー……と、豊かな胸の上に手を置いて息を整える。龍已は以前として待ってくれている。急いではいない。元より、話し掛けてきて何かを伝えようとするが、ちんぷんかんぷんな事を言われていて気になっていた。鈍感ではないので話があるのは判っていたが、流石に言ってくれないと内容は分からない。そこで、こうして彼女のところまで足を運んだのだ。
いつもの無表情ながら、雰囲気が優しくなっている龍已に甘えて時間をかける。深呼吸をして、言いたいことを頭の中で整理し、それを彼に話す覚悟を決める。真剣な表情になった巌斎に、龍已はそれ相応に大事な話なのだろうと思い、構えた。
「龍已、12月25日……予定空いてるか?」
「クリスマスか」
「そ、そうなんだよ……この頃は忙しいのは分かってンだけどよ……」
「そうだな……」
「……っ………」
「……大丈夫だ。空いているぞ」
「ほ、本当かッ!?」
「あぁ」
頭の中で予定表を広げてクリスマスの日に何があるかを思い出していく。先日の特級呪霊3体同時祓除を行ってから、特級呪術師の打診が来てしまい、査定を終えて現在進行形で特級呪術師となった龍已は忙しい。多忙な毎日に変わってしまっている。なので残念なことにクリスマスの日も任務が入っていた。
しかし、不安そうにしている巌斎を見て否とは言えなかった。なので優しい嘘をつく。任務は確かに入っているが、日付が変わると同じくらいの時間に入っているだけ。素早く終わらせてしまえばいいのだ。他の呪術師に任せても良いのだろうが、案件が1級なので自身でやった方が良いと判断した。
「じゃあよ……私と一緒に出掛けねーか?で、デー……トし、たい」
「構わない。集合はどうする?何時にするか」
「へ、へへ。時間はまぁ──────」
龍已から了承を得られたことで機嫌が良くなった巌斎と一緒に当日の予定を決めていく。約束のクリスマスまではあと2週間は開いているのだが、彼女は既に楽しみだった。全力で任務は入れまいと心に誓う。
淡々としているように見えて、龍已は手にじっとりとした汗を掻いている。女の子と2人きりでデートをしたことが無いのだ。任務の帰りに寄り道するのとは訳が違う。そして彼は鈍感ではない。鋭い方だ。だから、何の理由も無くクリスマスにデートの誘いをした……とは考えていない。
今までは避けられたり敬遠されたりと、女子から近づかれる事が無かったのでそこまで耐性はない。無表情が固すぎてポーカーフェイスが強いだけで、心臓は早鐘を打つし、緊張もする。巌斎は知らず知らずに、龍已を意識させていた。
「……はぁ。らしくもなく、緊張する……」
──────12月25日。クリスマス当日。
東京のとある広場で待ち合わせをしていた龍已と巌斎。人を待たせるのが嫌な龍已はいつも通り約束よりも早い時間に集合場所へ来ていた。冬なので寒く、吐く息が白い。下手な服装では来れないなと思い、らしくもなく服選びに2日を費やした。結局全身がほぼ黒に統一されてしまったのは許して欲しいところ。
携帯で時間を確認すると、約束の時間のちょうど5分前になった。過ぎるか?と思ったのも束の間で、知っている気配。歩幅と足音を耳で感知し、振り返る。そこに居たのは巌斎であり、彼女
「よ、よぉ。待たせたな」
「……いや、時間前だ。気にしなくていい。……その服装、いつもの巌斎とはまた違う雰囲気で良いと思う」
「あ、あんがと……」
巌斎は足首辺りまであるオーバーサイズの黒いステンカラーコートを身につけ、ラフに羽織っていた。グレーのチェック柄のワイドパンツ。コートの中には黒いハイネックを着ている。意外と派手な色が好きな巌斎にしては珍しい無彩色メインの服装で、これまた珍しく黒色の帽子を被り、黒い小さなバッグも持っていた。
女性ながら170センチを超える高い身長に、抜群のプロポーションを持つ彼女は、体のラインが出る服装を良く着ている。ゆとりがあるものよりもぴったりとしたものの方が激しく動いて呪霊を祓う彼女と相性が良いのだろう。だが今回は任務ではなくデートなので、おめかしをしてきた。顔にも普段は殆ど使わない化粧を施して、高校生とは思えない大人の雰囲気を作り出していた。
黒がメインの服装故に、自毛の金髪が良く映える。色々と雑誌を見ながら着てきた服装を褒められて、巌斎は顔を斜め下に逸らしながら頬をほんのりと赤く染めてお礼を言った。しおらしい態度に、龍已も緊張とはまた違って心臓の動きを早めた。
「……早く行こうぜ」
「予定は巌斎が決めて当日のお楽しみ……ということだったが、最初はどこに行くんだ?」
「……秘密」
「そうか。では、着いてからの楽しみに取っておこうか」
「おう。そうしとけ!」
ニヤリと笑いながら自信満々に言う巌斎に頷き、行こうかと提案する。最初の行き先は電車を使うということだったので駅の方へ向かって歩き出した。だがすぐに龍已は脚を止める。服の裾を引っ張られたこらだ。強い力だったので止まらざるを得なくなり、引っ張った張本人の巌斎の方へ振り返る。
どうしたのかと首を傾げて問い掛けると、視線を上げて目が合うと顔を真っ赤にして、口をもにょもにょとさせる。何かあったのかと思っていると、弱々しい声で提案してきた。
「手袋忘れて寒ィから……手」
「……繋いでいくか?」
「……うん」
「そうだな……手袋を忘れてしまったなら仕方ない。それに、俺もちょうど寒いと思っていたところだ。温めてくれるか?」
「ま、任せろっ」
普段の様子とは全く違う様子で、遠慮がちに手を差し出してくる巌斎に、同じく手を差し出して握った。真冬の寒さなので2人の手は冷たかったが、少し触れ合うだけでじんわりと温かくなってきた。掌を密着させていると、体温を交換しているようだ。
さて……と、歩き出している途中で、巌斎は繋いだ手を見下ろす。彼の左手と、自身の右手が重なっている。チラリと辺りを見渡すとやはりカップルが多く、自分達と同じように手を繋いでいる。ただ、他のカップルは恋人繋ぎだ。指を絡めさせたものであり、羨ましいと思った。
手を繋ごうと提案するだけでもかなり恥ずかしかったので、ここから恋人繋ぎに移行させるのは更に勇気が必要だ。今すぐにはできそうにないので、後でまた繋ぐときに言おうと思った。そんな巌斎の気配を感じ取り、龍已がゆっくりと恋人繋ぎをしてきた。絡まる2人の指。カッと熱くなった体温が彼の体温と混ざり合っているように感じる。
まさか彼からやってくれるとは思わず、バッと彼の方へ顔を向ける。龍已は前を向いて歩いていた。表情は横顔しか見えない。だが巌斎からはしっかりと見えた。寒さでなったとは考えにくい、真っ赤に染まった耳を。
「……へへっ」
「……どうした?」
「んー?あー、あったけェなと思ってよ」
「そうだな。……とても温かい」
2人はぴったりと寄り添って、手を深く繋ぎながら駅を目指して歩いて行った。結局手は改札を通るまで離されず、改札を通った後も、どちらからともなく自然と恋人繋ぎをしたのだった。手汗を掻いても、離す気にはならなかった。
電車を使って移動し、駅から歩いて目的の場所へ向かう。龍已はこの日の予定に関与しておらず、全部巌斎が予め決めたものだ。一緒に考えないかと提案したが、どうしても自分で決めたものにしたいと言っていたので任せることにした。
手を繋いでいるので少し手を引かれながら歩いていると、見えてくる目的地だろう建物。大きなそれは施設型の動物園であり、場所によっては温度調整もしているので小動物や爬虫類などといったものが見られるのだ。寒い時期でも見られるので、この日はカップル客が多いだろう。それでも巌斎はここに来るつもりだったようで、行こうぜと言って手を引いた。
入場料も巌斎が出そうとしていたので、流石にこれは払わせて欲しいと言って、龍已が無理矢理払った。割り勘で良いのにと言われたが、予定を立ててもらっている身としてはこのくらいさせてもらわないと困るものだ。折角のクリスマスなので男に払わせるのも1つの醍醐味だろう。
「ふぉぉおおおおお……っ!猫の触れ合い広場だってよ!めっちゃ居るじゃねーか!なっ、なっ!行ってみようぜ!」
「いいぞ。潰すなよ?」
「しねーし!」
子供に人気の触れ合い広場。多種の猫が可愛らしい檻の中に放たれており、中に入れば触れ合うことができる仕様になっている。もちろん大人も楽しめるので、入っているのは子供ばかりとは限らない。ウズウズしている巌斎を連れて一緒に入った龍已は、人懐っこく足元に擦り寄ってくる灰色の猫の顎をくすぐってやり遊んだ。
巌斎も触ろうとするのだが、何故か人懐っこい猫も逃げて行ってしまう。最初はあれ?と思う程度だったが、何度も繰り返すとズーン……と落ち込んでいる。気配でも敏感に感じ取ってしまい逃げられているのかと首を傾げた龍已は、子猫を見つけて近くにあった猫じゃらしで誘き寄せ、優しく確保するとしゃがみ込んで落ち込む巌斎の帽子の上に乗せた。
「んぇ?」
「ほら、優しく持ってやるんだぞ。子猫だからな」
「か、かわいい……。ちっせ……やわらか……軽い……へへへっ」
「む、子猫につられたのか、巌斎の方に猫が集まってきたぞ」
「えっ……ぅおっ!?めっちゃ来る!?なにこれナニコレ!?モテ期か!?」
「かもな?」
怖がられていたが、優しく子猫を抱いてやって撫でている姿を見て安全だと思ったのか、近くの猫達が巌斎の方に集まり擦り寄った。思っていたよりも多く集まったので驚きつつ、嬉しそうにふにゃふにゃの顔を作っていた。きっかけを作った龍已も、同じように猫に避けられしまっている子供に自分のところに来た猫を渡したりしつつ、触れ合いを経験した。
満足顔でホクホクしている巌斎を連れて、次へ行く。大きなガラス越しに巨大な蛇が居ると、龍已の首に巻き付いているクロが反応して見つめ合っていたり、ホッキョクグマの体の大きさを感じてみたりしていく。
「……?」
「……?」
「ぶふぉッ!?は、ハシビロコウとシンクロしてやがるッ!ぶふっ……どっちが龍已か分かんね……んふっ……生き別れた兄弟の再会……ぶっはははははははははははっ!!!!」
「笑いすぎだろう。だが……そうだな──────初めて会った気がしない」
「ひーっひーっ!あっははははははははッ!!」
「……そんなに面白いか?」
「……?」
顔を見合わせて首を傾げるハシビロコウと龍已に、巌斎はまたもや噴き出して腹を抱えて笑った。その後も色々な動物を見ていく。散歩タイムの時間に運良く当たり、ペンギンの行進も見ることができ、蛇の触れ合いでは龍已が何故か意気揚々と手を上げ、首に巻き付けて巨大な蛇と仲良くなってクロをご機嫌斜めにしたりと、2人は動物園を満喫した。
昼は軽く済ませようということで、屋台がある場所へ行って少しずつ色々なものを食べていった。その後はまた電車に乗って移動し、今度は映画館に来た。元から来る予定だったのでチケットの予約はしてあり、金を払えばすぐにシアターの方へ入れた。内容はアクションもので、主人公が凄腕の運び屋として訳ありの少女を地球の反対側にある目的地まで連れて行き、友情を深めていくというものだった。
上映時間になり暗くなると、2人ともポップコーンと飲み物が入った籠を持ちながらスクリーンに注目した。映画ドロボウの映像が流れ、他の映画の宣伝も終わり、本編が始まると龍已の左手が温かい手に包まれた。巌斎が握ってきたようだ。
相手を殴るのをメインに戦っているだけあって巌斎の手は硬い。しかし龍已は自身の手と比べるととても柔らかく感じた。そんな女の子の手が、ただ握ってくるのではなく、手の甲を親指で擦ってきたり、人差し指や中指を扱くように擦ってくる。暗くて周りが見えないことを良いことに、ちょっとしたイタズラをしてきていた。
横目で確認すると、巌斎はスクリーンの方を見ている。あくまで映画は見ているが、同時にイタズラを決行しているといったもの。それならばと、龍已は自身の手を弄ってくる彼女の手を取って恋人繋ぎをすると、意識せざるを得ないくらい強く握った。手がびくりと反応したので結果は良好だろう。
やり返されて意識してしまい、分が悪いと判断して手を一旦離そうとする巌斎に抵抗し、固く握った手を離さず、それどころかこの日のためにネイルサロンに行って整えたのだろう滑らかな表面の爪を撫でたり、お返しに手の甲を擦ったりすると、繋いでいる手が少しずつ熱くなってきた。
暗くて巌斎の顔色は見えないが、少なくとも繋いでいる手は火傷しているかのように熱く、時々彼女の方から視線を感じたが、全て気がつかないフリをして映画を見続ける龍已に、巌斎は小さく呟いた。
「……ばーか。集中できねーじゃんっ」
映画は恙無く見終わった。龍已はあまり映画やアニメといったものを(忙しくて)見ないので楽しめた。巌斎は終始ドキドキして内容を殆ど覚えていなかった。ただし持っていたポップコーンはいつの間にか食べ終わっていた。
映画館の後はショッピングモールへ行ってウィンドウショッピングをしつつ、ゲームセンターに寄って対戦をした。射撃ゲームで龍已がぶっちぎりの最高得点を挙げて写真を撮り、パンチングマシーンでは巌斎が猛威を振るった。男が出した記録を軽く超えて機械が壊れたのは良い思い出になるだろう。
買い物をして、遊んで、龍已は無表情だが笑いあって、1日を満喫した。時間になったら晩飯を食べに行った。レストランを予約していたようで、受付を済ませるとコース料理が出てくる。東京の夜の景色を見ながら食べられる場所で、てっきり居酒屋みたいな場所を好むと思っていただけに意外だった龍已。
コース料理を楽しんでレストランを後にすると、メインだから楽しみにしておけと言われた龍已は、どこに行くのか大体見当が付いていた。というのも、折角のクリスマスなのだ。行く場所はイルミネーションのある所だろう。だがこの時だけは神様が意地悪だった。本来巌斎が行くつもりだった場所が、事件か何かが起きたようで封鎖されていた。
もしかしたら呪霊に襲われてしまったのかも知れないし、普通に事件が起きていたのかも知れない。どちらにせよ、イルミネーションを見に来た場所は真っ暗だった。流石にこれは予想できなかった巌斎はかなり落ち込んでいた。どうしてもイルミネーションが見たかったのだろう。そこでここは、龍已が一肌脱ぐことにしたのだ。
「──────『
「龍已……?」
「俺達だけの特等席を用意しよう。さぁ、乗ってくれ」
「お、おぉぉっ!?」
存在を存在させない術式を付与された特級呪具『黑ノ神』は、誰の目にも見えず、知覚されない。正確には一切の情報が認識できていないのだが、そこに物自体は存在する。なので龍已に手を引かれて誘導されるがままに脚を持ち上げて1歩踏み出すと、何かの上に足を置いて浮いている。そのままもう一方の足を乗せると、視界が上に登っていく。
龍已と2人で夜空へと登っていくのだ。すると見えてくるのは日本の中心である東京を見下ろした景色だった。建物の光とクリスマス仕様のイルミネーションが光を発して絶景だった。飛行機では高すぎて小さく見え、地上に居ては見えず、高い建物からでは全てを一望できない。だが彼等だけはできた。
絶景を用意してもらったことで巌斎はテンションが上がり感嘆としている。誰が見ても良い景色だろう。2人は暫く眼下の絶景を眺めていた。2人きりの上空で、彼等はしっかりと手を繋ぐ。それを最初に解いたのは巌斎だった。龍已から視線を受けながら懐に手を入れ、何かを取り出す。すると、それを両手で差し出してきた。
言葉は掛けず、手の中にある手紙を頭を下げながら差し出す。ラブレターを渡しているようだ。極度の緊張状態にあるのか、手紙に皺ができてしまっている。それをしっかりと受け取り、封を開けて中に入っている手紙を取り出した。折り畳まれたそれを開けて読んでいく。
『龍已へ。お前が1週間ぐらいの出張へ出ると聞いた時から買いに行くことを決めてた結婚指輪だ。言うの照れ臭いから手紙にするわ。
勿論、渡すのは今日で今……つまり12月25日のクリスマスだ!プレゼントに私の嫁になる権利をくれてやるぜ!泣くほど嬉しいだろ?だけどまだだ!前を見るな?多分私の顔は今見せられない事になってっから!後少し読んでから見て、OKの印に愛情込めてキスしろ!腰が抜けるやつかましてやっからよ♡
……真面目な話、私は料理が出来る奴と結婚するって決めてた。あと強かったら完璧。そこに現れたお前!はい私勝ち組って寸法よ。だから嫁になれ。なんなかったらぶっ殺す。キスしてくれたら、一生幸せにして殺してやるよ。
いつもふざけて嫁になれって言ってたと思うか?私は最後の方ガチだぞ。お前冗談だと思って流しやがって!だが許す!これからは私に愛を囁いて私に愛されるお前が居るからな!
私と結婚して幸せになって、幸せにして下さい。 妃伽』
「……………………。」
「………っ」
「女は16からだが、俺はまだ17で結婚はできない。だから結婚指輪は受け取れない」
「……ぐすっ」
「──────だから婚約指輪として受け取ろう」
「……え?──────んむっ!?」
手紙は巌斎妃伽からの告白文だった。そして手紙の他に一目で判るほど高価な指輪が入っている。巌斎と音無が特級呪霊3体と邂逅してしまった時、龍已は1週間の海外出張だったのだ。その時に巌斎はこの手紙と指輪を彼へ贈るために買い物に出掛け、手紙もしたためた。
きっと龍已ならばOKしてくれると思いながら、本当はずっと不安だった。最初に受け取れないと言われた時は涙が溢れてきた。だが婚約指輪としてならば受け取ると言われて驚いて顔を上げると、頬を優しく包み込まれてキスをされた。目を瞠目させた巌斎は体を強張らせる。
しかしすぐにOKの証としてキスしてくれたのだと分かると、恐る恐る龍已の背中に手を回して服を強く握り締めた。唇が熱い。いや、顔……体全体が熱い。グツグツと煮立っているような感覚だが、それ以上に幸せだった。幸せすぎて、また涙が溢れてくる。重ねられた唇が離れていき、彼を見上げていると親指で目尻と頬に触れて涙を優しく拭った。
「……最初断られたと思ってビックリしただろうが。舐めやがって」
「すまない」
「……ンま、キスしたから別に良いけどよ。いいか、私のことを幸せにしろよ。そうしたら、お前を幸せにして殺してやるよ」
「あぁ。楽しみにしている」
「龍已。そのよ……私ガサツなとこあるし、料理なんて全然やんねーし、掃除も苦手だし、頭も悪ィし、言葉づかいもこんなだ。だから自慢できねー彼女かもしんねーけどよ、頑張るから……よろしくな」
「……俺とて常に無表情で感情が分かりづらく、根っからの男女平等主義者で、融通が利かない時もあり、呪詛師を見つけたら必ず殺し、特級呪術師故に忙しく時間が取れない時も多々あるような奴だが……初めての彼女に見限られないように頑張ろうと思う。よろしく、巌斎。いや、妃伽」
「……っ……よろしくッ……よろじぐぅ゙ッ!うっ……うぅっ……好きだぁっ!大好きだ龍已ぁっ!!」
「……あぁ。俺も好きだ」
感極まって好きだと叫びながら抱きついてくる巌斎を受け止める。胸の中で大粒の涙を流している彼女の頭を撫でる。金色の髪は撫でると艶やかで、梳いていると指の間を通って気持ちが良い。背中を撫でていると、背中に腕を回してキツく抱き締めてきた。
泣きながら抱き締めてくる彼女を抱き締め返して暫く。龍已は初めてできた彼女にあることを打ち明ける決心をした。黙っていることもできるが、親友であり彼女となった巌斎には打ち明けても良いだろうと思ったのだ。それに、隠し通すにも限界があるくらいに近づいたということもある。
「妃伽」
「うっく……なんだ……?」
「──────黒い死神は知っているか?」
これから2人はどんな日常を送っていくのだろうか。いや、非日常だろうか。詳しくはまた別の機会に。今は2人だけにしてあげようではありませんか。
巌斎妃伽
初めて人を好きになった。その相手がまさかの黒い死神で驚いたが、別にだからと言って何かが変わるわけではない。龍已は龍已だろ?と言ってのける。
自分の中ではもう夫婦なので、自分の分の指輪は既に左手薬指につけている。告白するときは心臓が破裂するかと思った。人生で最高の日を迎え、最高のクリスマスになった。
クリスマスデートの場所は無難な場所を調べて決めた。イルミネーションは残念だっが、自分達にしか見れないイルミネーションを見れたので、これはこれで良かったと思っている。
黒圓龍已
初めて交際をした。今までは避けられてばかりの人生だったので縁がなく、そもそも呪詛師に狙われる原因を作りたくなかったという面もあった。が、巌斎は強く自衛もできるだろうと思い黒い死神のことを打ち明けた。
ちなみにキスも初めてした。その後景色をまた楽しんで、キスをする雰囲気になったのでしようと思ったら、巌斎がキャパオーバーになって目を回しながら気絶したので驚いた。