呪術廻戦───黒い死神───   作:キャラメル太郎

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短編その6  〇〇しないと出られない部屋

 

 

 

 

 ──────最後に休んだのはいつだろうか。

 

 

 

 

 ぼんやりとしながら補助監督の鶴川が運転する車の中で思ったのは、そんなことだった。手元にはボードがあり、その上に任務の報告書がある。右手にはボールペン。文言はまだ書いている途中だ。何度目か判らない目薬を差して、龍已ははぁ……と、溜め息を吐いた。

 

 万年人手不足の呪術界で、特級呪術師をしている彼の元には凄まじい量と密度の任務が放り込まれる。黒圓無躰流を他に継承しないことに対する、“上”からの嫌がらせもありつつ、生徒達を指導する同じ特級呪術師の五条から彼の分の任務も流されているからだ。

 

 一級呪術師でも厳しいか、トントン(同程度)くらいの任務は大体龍已の方へ回される。五条は生徒達を見ていて手が空いておらず、同じく特級呪術師の九十九由基は基本任務は受けない。つまり、必然的に龍已の元へ大量の任務が渡されるのだ。今日だけで限定しても、既に6件目が終わったところ。しかもどれも県外のものばかり。

 

 怪物染みた体力を持つ龍已でも、流石に疲労が嵩む。疲れ知らずに思えるが、しっかりと疲れているのだ。

 報告書から目を離してぼんやりと虚空を眺め始めた龍已に、ひやりと冷たいものを感じ始めた鶴川は、バックミラー越しに彼に話し掛けることにした。

 

 

 

「あの、龍已さん。大丈夫ですか……?少しくらい休まれても……車の中ですし……次の任務先にはまだ着きませんから」

 

「……すみません。呆けていました。俺のことは心配しなくて大丈夫です。鶴川さんは次の任務先に着いたらその時点で解散で構いません。引き継ぐ補助監督は俺から手配してあります。解散後はゆっくり休んでください。丸2日補助していただきましたから、俺の権限で特別休暇を1日だけですが入れておきました」

 

「なっ……っ!?龍已さんを置いて先に帰るなんてできませんよっ!だって龍已さん、もう3週間は帰ってないですよね!?」

 

「仕方ありません。任務と平行して“仕事”もしていますから。ですが心配には本当に及びません。“仕事”は取り敢えず終わり、次の任務が終われば一端終了ですから。流石に休ませてもらいます」

 

「いや、でも……」

 

 

 

 肩身が狭い思いで運転を続行する鶴川。彼は呪術界でも数少ない龍已の黒い死神としての側面を知る人物。故に任務と平行して黒い死神としての“仕事”がある場合には、口裏合わせや現地近くまでの運転要員として彼が出張ることになる。

 

 つまり必然的に仕事の量が増えてしまい、今回のように丸2日龍已と行動を共にすることなどざらにある。しかしその度に、龍已は特級呪術師としての権利を使って鶴川に特別休暇を与えた。もちろん引き継ぎの仕事をしてもらってからになるが、呪術師と同じく人手不足の補助監督が引っ張りだこの中で特別休暇は羨ましがられる。

 

 しかし当時龍已が高専生だった頃から補助監督をしている鶴川からしてみれば、仕事を途中で放り出さない真面目な性格の龍已は疲れていても任務も“仕事”も無理に行うことは把握している。だから純粋に休んで欲しいのだ。

 

 

 

「……龍已さん。コンビニがありましたよ。何か飲み物でもどうでしょう?」

 

「カフェインを摂りたいので珈琲を。お金は鶴川さんの分も払うので、適当に何か他に買ってきてください」

 

「私は自分で払うので大丈夫ですよ。珈琲はカップのでよろしいですか?」

 

「そうですね……缶でもいいですが、今回はカップの方にします。よろしくお願いします」

 

「いえいえ。このくらい任せてください」

 

 

 

 コンビニの駐車場に車を駐め、鶴川は龍已から五千円札を受け取って中へ入っていった。龍已は車の中で待っている間に書いている途中の任務の報告書を仕上げに入った。疲れから目元が痛いので指で軽く揉み込みながらペンを走らせる。そうして時間を有効活用しながら待つこと数分で、鶴川は戻ってきた。

 

 袋の中には疲れた脳に糖分を与えて欲しいと考えているのか、甘いものがいくつか入っている。食感を変えるために硬いものも購入してあり、チキンなどもある。鶴川の手にはカップの珈琲が握られていて、手渡しで龍已に渡した。

 

 丁度報告書も書き上がったので休憩として、鶴川に買ってきてもらった甘いもののシュークリームを一口齧り、ブラックの珈琲で流し込んだ。はぁ……と、吐息が漏れつつ、また一口と口に運んで消費されたエネルギーを補給している。そうして龍已は……食べかけのシュークリームを手に持ち、珈琲は中身が入ったまま落とす前に鶴川に回収され、くたりと背もたれに背中を預けて規則正しい呼吸を刻みながら眠りについた。

 

 

 

「んん……すぅ………すぅ………」

 

 

 

「……ごめんなさい、龍已さん。今は眠っていてください」

 

 

 

 力無く眠りについた龍已の手から食べかけのシュークリームも回収した後、筋肉で見た目以上の重量がある彼をどうにか後部座席を目一杯使って横にさせ、自身のスーツの上着を上から掛けた。完全に眠ってしまった龍已を少し見つめた後は、彼のスマホをポケットから探し出して指を使ってロックを解除した。

 

 履歴から、次の引き継ぎのための補助監督を捜し当て、ダイレクトメールを送る。やはりまだ鶴川にやってもらいたいことができたから引き継ぎをする必要は無い……と。やることが終わればスマホは元の場所に戻し、今度は自分のスマホを操作する。何かの作業を終わらせ、電話も掛けたりと忙しそうにした後、最後の連絡先へと電話を掛けた。

 

 

 

「もしもし。鶴川です。お疲れ様です。……はい。はい。えぇ。眠っています。起きる様子はありません。大丈夫です。薬は確かに飲ませましたから。はい。合流場所は……そこですか。いえ、1時間以内には着くかと。はい。ではまた……失礼します」

 

「すぅ………すぅ…………」

 

「本当にごめんなさい、龍已さん。悪いようにはしないので、もう暫く眠っていてください」

 

 

 

 鶴川はポケットから白いカプセル状の薬が何粒か入っている瓶を取り出して助手席に放り投げた。そして車のエンジンを掛けて走り出そうとする前に、ハンドルに額を付けて大きく息を吐き出した。その吐息には後悔と罪悪感が入り混じっていた。

 

 

 

「もう……龍已さんに信用してもらえないだろうなぁ。ははは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん……」

 

「龍已……起きろ」

 

「……今起きるから、少し待ってくれ。……起きる?──────ッ!?」

 

「おぉ……おはよう」

 

「硝子……?なんでお前がここに……いや、そもそもここは何処だ」

 

 

 

 龍已は優しく揺すられて目を覚ました。眠っていたのかとぼんやりした頭で思いながら、何故眠っていたのかと正気を取り戻す。自分は確かに任務に向かう途中だった。最後の記憶は鶴川と一緒にコンビニに停まったところだ。

 

 勢い良く上半身を起こす。床の上で横になって眠っていたらしい。真っ白な床。真っ白な壁。真っ白な天井。遠近感が狂いそうになる部屋の中で、訳も分からずただ眠っていた。敵が近くに居たらと思うと何という不覚かと反省する。

 

 そして寝惚けた頭を覚醒させてから、自身を起こしてくれた存在に目を向ける。10年以上喧嘩もなく良好な交際関係を築いている家入硝子が、うっすらと笑みを浮かべながら龍已のことを見ていた。服装は白衣で、女医として勤務しているときの格好だ。

 

 拉致されたのか、何なのか。一緒に居た鶴川は無事か。ここは何処なのか。すぐに探るため、家入に事情を聞くことにした。しかし彼女が言うには、いつの間にかここに居たというもの。龍已はそうかとだけ返して立ち上がり、壁に向かって歩み進める。

 

 壁に触れると、鉄でもなく鋼でもなく、ステンレスでもない不思議な感触だった。少し叩いてみても音は響かず、壊れる様子も無い。まるで『黒龍』に触れているような、そんな感覚だ。そこでふと龍已は自身の中に違和感を感じた。それを確かめるべく、脚に巻かれている『黒龍』を手に取り、壁に向けた。

 

 

 

「……術式が使えない」

 

「反転術式も使えないぞ。そもそも呪力が扱えない」

 

「どうなっている……?……撃ってみるか」

 

 

 

 マガジンを『黒龍』から出して、中にはまだ弾が入っていることを確認すると、白い壁に向けて撃った。凄まじい爆発音が響き渡り、やるだろうなと思っていた家入は事前に指を耳に当てて鼓膜を防御していた。

 

 戦車の装甲にすら穴を開けることができる弾を撃てる『黒龍』が火を噴いた。弾き出される弾丸は白い壁に向かって飛んで行き、壁に到達する寸前で速度を急激に落とし静止した。そして重力に従って床に落ちる。傷一つないどころか、触れることすらなかった壁にもう一度素手で触れ、壁に対する違和感に確信を得た。

 

 

 

「……“縛り”か。害を加えないことを条件に、害を加えられない。両面宿儺の指と同じ原理……。まさか永遠に出られない訳ではないはず。何らかの脱出方法が……」

 

「龍已」

 

「何だ。少し考えたいのだが……」

 

「脱出方法ならあるぞ」

 

「……何だと?」

 

「ほら、反対側の壁を見てみろ」

 

「……?」

 

 

 

 先に脱出方法を見つけ出していたのかと、龍已は感心しつつ言われた通り体の向きを反転させて反対側の壁を見た。視線を少し上に持っていくと、白い壁に少しずつ文字が浮かび上がっていく。やはり普通の部屋ではないと思いながら読んでいくと、龍已は少しずつ無表情のまま困惑していった。

 

 

 

『ようこそ。黒圓龍已。家入硝子。ここは──────“〇〇しないと出られない部屋”。特殊な呪具の中であると認識して欲しい』

 

『ここでは一切の害は発生しない。下界との時間も隔絶されている。この部屋は君達に危害を絶対に加えない。が、その代わりに君達はこの部屋に対して絶対に危害を加えられない。そういう“縛り”を設けている』

 

『ここから出るためには、こちらが提示するお題をクリアすることが絶対条件だ。しかし、それさえ完遂してくれれば無害のまま君達を解放しよう。伸るか反るかは君達の判断に委ねる。ただし、お題をクリアしない限り、君達がここから出ることは永遠にない。では健闘を祈る』

 

 

 

「“〇〇しないと出られない部屋”……──────初めて聞いたな」

 

「え?」

 

「ん?」

 

「……初めて聞いたのか?」

 

「あぁ。……ん?有名なのか?」

 

「……いや、まあ。お前はアニメやそういったものは殆ど見ないか」

 

「勧められたら見るが……自分からは見ないな。しかしなるほど……実際にあるものではなく創作物である空想上ながら世に出回っている既存のものを呪具に転用し、効果を発揮させているのか。となると相手は呪具造りに於いて相当な手練(てだれ)。俺と家入を同時にここへ閉じ込めたとなると、俺達の情報は調査済み。そして恐らく2人で行うお題がメインとして提示されると考えていい訳だな。危害を加えない“縛り”がある以上殺し合いには発展しないことは明らか。だが“お題”という不確定要素が多く曖昧な単語を使われているとなると、どういったお題を提示されるかこちら側としては予測できない。加えて提示されるお題の数が定義されていないとなるといつ終わるのか判らないという精神的な面での──────」

 

「よしストップだ。そう難しく考える必要はないだろう?ただ出されたお題をクリアしていけばいいだけなんだ。知らない者、信用できない者。そんな奴等ならともかく、私とお前じゃないか。2人で共同してクリアしなくてはならないお題も、きっと大丈夫だ」

 

「……そうだな。下界との時間も関係無いようだし、1つ1つ。確実にクリアしていこう。では、よろしく頼む」

 

「もちろんだとも」

 

 

 

 龍已は家入と向き合うと、手を差し出した。お題をクリアするために2人で協力するための、まあ単なる握手だ。互いに手を取って握手をした瞬間。部屋にピンポーンという気の抜けた音が鳴った。反射で2人がビクリと反応して文字が浮き出ていた壁の方を見ると、そこにはいつの間にかお題が書かれていて、その下に『お題がクリアされました』の文字があった。

 

 

 

『お題──────握手』

 

『お題がクリアされました。おめでとうございます』

 

 

 

「なんだ、偶然クリアされたのか」

 

「ふふ。ビクッてしたな?」

 

「待て、それはお互い様だろう?」

 

「ククッ……そう恥ずかしがるな。かわいいなぁ」

 

「………………。はぁ……次のお題は何だ」

 

 

 

『お題──────握手をしたままジャンプ』

 

 

 

「……簡単だな」

 

「ほらほら、ジャンプするぞ。せーのっ」

 

 

 

『お題がクリアされました。おめでとうございます』

 

 

 

 出てきたお題は簡単なものだった。確かに1人でやるものよりも、2人で一緒になってやるものが今のところ100%だ。偶然だったものの握手のお題は一瞬でクリアされた。次に出されたお題もまた簡単なものであり、握手をしたままその場でジャンプをするだけ。手はまだ離していないので、ジャンプすればすぐに終わった。

 

 この調子ならば100個のお題が提示されたとしても達成するのは容易だろう。もちろん、これから難しいお題にならないという理由は無いので警戒は必要だが、簡単なものから始まって脱出するまでの回数を稼げるのは嬉しいものだ。

 

 

 

『お題──────相手の鼻を触る』

 

 

 

「私のを先に触っていいぞ」

 

「次は俺のだな」

 

「ぷっぷー……っとな。ふふ」

 

「俺の鼻で遊ぶな……」

 

 

 

『お題──────額を合わせる』

 

 

 

「ほら中腰になれ。お前は大きいからな」

 

「分かった」

 

「さあどうする?このままキスでもするか?」

 

「誰に見られているか判らんぞ」

 

「私は気にしないが」

 

「……後でな」

 

「言質とったぞ」

 

 

 

『お題──────好意を伝える』

 

 

 

「好きだぞ、龍已」

 

「俺も好きだ」

 

 

 

『お題──────最近あった嬉しい出来事を教える』

 

 

 

「来週出かける予定だった日、私に仕事が入ってしまったと言ったが、休みになったぞ」

 

「おぉ……温泉旅行でも行ってみるか」

 

「良いな。それで、お前の嬉しい出来事はなんだ?」

 

「硝子が休みになったことが嬉しいことなんだが……これではクリアにならないか。では……一昨日の任務中の昼食で食べたたこ焼きなんだが、店主が2つおまけしてくれた」

 

「よかったな。美味しかったか?」

 

「美味しかった。今度一緒に食べに行こう」

 

「うん」

 

 

 

『お題──────といきたいが、休憩を挟む。お茶菓子を用意するので30分自由とする』

 

 

 

「別に疲れていないが、まあいいか」

 

「お茶菓子を用意すると言うが、どうやって……ん?」

 

 

 

 部屋の中央の床が隆起してテーブルの形を作った。次いで椅子が二脚対面するよう配置され迫り上がり、同じ要領でテーブルの上にポッキーや煎餅。和菓子や洋菓子などといった様々な種類のお茶菓子が出てきた。

 

 コップの他にもお茶、ジュース、珈琲などの飲み物もペットボトルで置かれ、好きなものを注いで飲めるようになっている。何でもありなのか?と首を傾げながら大人しく席に着く龍已と、気が利くなと言いながら甘くないものを探しながら座る家入。

 

 

 

 お題が出ないのでゲームを進行することができない。食べ物や飲み物に毒が入れられている可能性もあるのだろうが、この部屋の中で害されることは無いので安心して口にすることができる。なので龍已は素直に目の前のお茶菓子に手を伸ばした。

 

 

 

「硝子、珈琲ゼリーがあるぞ。甘くないから食えるだろう」

 

「ありがとう。じゃ私は……プリッツをあげようかな。ほら、あーん」

 

「あー……サラダ味か?」

 

「違うのが良かったか?」

 

「いや、この味が1番好きだ」

 

「知ってる。今日は硬いものの気分だろう?煎餅あるぞ」

 

「貰おうか。飲み物は珈琲でいいだろう?」

 

「あぁ。ありがとう」

 

 

 

 差し出されるお菓子を食べさせてもらったら、珈琲を自分の分と家入の分入れる。スーパーで売っているペットボトルの珈琲なので挽きたてとは違い安っぽい味だが、そこまで贅沢を言うつもりはない。

 

 並んでいるお茶菓子の中にはケーキなどもあるのだが、家入は甘いものが苦手なので手を付けようとはせず、今日の龍已は硬いものが食べたい気分のため同じく手は伸ばさず、煎餅や歯ごたえのあるものを中心に食べていた。

 

 いつの間にか眠っていたことを除いて、久しぶりにゆっくりとした時間を恋人と過ごせている龍已は精神を休めていた。肉体的にはまだまだ限界はこないが、精神面では本人の意思とは関係無しに疲弊していた。なので今の時間は、例え何者かの手によるものだとしても有意義だった。

 

 

 

「最近帰れなくてすまなかった」

 

「ん?……はは。別にいいよ。忙しいのは今更だし、知ってるからな。それに私だって忙しいときは帰れないだろう?お互い様なんだ、謝る必要なんてない。だが、こうやって龍已と一緒に居られるのは、素直に1番嬉しいし幸せだよ」

 

 

 

 カップの縁を上から持って中身をゆらゆらと揺らしながら左手は頬杖をつき、龍已のことをチラリと見ながら口の端を少し持ち上げて微笑む。100%の好意をぶつけられて、長年付き合っている龍已でさえも彼女からの言葉は照れる。

 

 呪いの呪霊や一般人を呪う呪詛師を相手にここ最近は過ごしていたので、彼女の優しくて思いやりのある言葉は心に響きじんわりと広がる。純粋に嬉しいと思った。だからありがとうと口にするのだが、思ったよりも声が小さくなってしまった。照れていたことが丸わかりで、少し耳が熱い。

 

 少しだけ目を丸くして龍已のそんな様子を眺めていた家入は、控えめにクスリと笑ってカップの中の珈琲に口をつけてからテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がった。テーブルを挟んだ龍已の元まで行くと膝の上に座り、彼の手の甲に手を這わせて誘導し、自身の腹に巻きつかせるように置いた。

 

 

 

「随分とかわいい反応をするじゃないか。煽ってるのか?それなら良かったな、大成功だぞ」

 

「……別に煽った訳ではない。少し反応に困っただけだ」

 

「そういうことにしてやるよ。しかし、ふふ……ダメだな。私は思っていたよりも寂しがり屋らしい。ちょっと離れていた反動なのか、お前の唇を見ているとキスしたくなる。こうやって近くに寄って、触れているとより欲望が強くなる」

 

「せめて部屋を出るまでは待ってくれ」

 

「私の我慢強さが試される訳だ。さて、どうだろうか。私は欲望の為なら愛する者に薬を盛る女だからな」

 

「あれいい加減にやめてくれないか。毎回新薬を造っているだろう?その薬に対する耐性をつけても意味がない」

 

「あーあー聞こえなーい」

 

「おい……」

 

「ふふっ」

 

 

 

 態とらしく耳に手を当てて龍已の言葉を遮る家入に、はぁ……と溜め息を溢しながらもそれ以上はなにも言わなかった。交際するきっかけも薬を盛られて眠っている間に犯されるという酷いものだったが、それは悪意ではなく好意によるものだ。

 

 セックスレスを無くすためなのか、それともただ単に楽しんでいるのか判らないが睡眠薬を盛ったり、感度が上がり敏感になってしまう薬を使われることが割とある龍已。その度に薬の耐性を獲得しているのだが、新しく調合された薬を使われてその度に薬の影響を受けている。

 

 最早彼氏に対するイタズラみたいなものでありながら家入の趣味と化していそうな薬の調合に、今更何か言って止められると思っていない。だから溜め息を溢しているのだが、彼女だから特別に許されていることを自覚している家入はクスクス笑い優越感に浸りながら、男性らしい硬めの髪に触れて頭を撫でた。

 

 ゆっくりとした、そしてゆるりとした時間を休憩の間満喫していく2人。ここ最近龍已が帰れなかったので2人で一緒に居る時間がとれなかった。その時間を埋めるように、彼等は触れ合った。そして休憩の時間は終わり、壁にまたもやお題が浮かび上がった。

 

 

 

『お題──────あっち向いてホイ』

 

 

 

「よしいくぞ。じゃんけんポンっと……」

 

「俺の勝ちだ。あっち向いて……ホイ」

 

「あ、負けた」

 

 

 

『お題──────相手の好きなところを言う』

 

 

 

「俺を理解してくれているところ」

 

「全部」

 

「流石にそれは抽象的すぎ……クリアなのか……」

 

 

 

『お題──────相手のことでイラついたことを言う』

 

 

 

「イラついたこと……?特にはないな」

 

「セックスの時に私が(とろ)けて足腰ガクガクになっても盛った薬の影響で腰を離してくれず後ろからガンガン突かれたとき。理由はその時の龍已が私をどこまでも求めてると理解し(分からせられ)て心のチンコがイライラする。子宮はムラムラした」

 

「もうやめてくれ。頼むから。それと後半は何を言ってるのか解らん」

 

「確かあの時は朝までヤって私が喘ぎ声すら出ないくらいまでぐちゃぐちゃにされ──────」

 

「ストップ。本当にストップ」

 

「またやろうな」

 

「自重しろ」

 

 

 

『お題──────お手玉』

 

 

 

「やったことないんだが」

 

「教えるから一緒にやってみるか」

 

「お前はできるのか?」

 

「あぁ。48個までなら」

 

「どういう光景だそれは」

 

 

 

『お題──────1人が膝枕。もう1人が膝の上で睡眠。時間は希望制。担当を決めてください』

 

 

 

「俺が──────」

 

「私が膝枕をする。睡眠時間は龍已が自然に起きてくるまでだ」

 

「あ、おい……」

 

 

 

『受理しました。家入硝子は膝枕をしてください。黒圓龍已は自然に起きるまでがお題内容とします。時間短縮のために態と起きた場合失格として最初からになります』

 

 

 

「硝子……」

 

「いいじゃないか。私はお前を労いたいんだ。日頃頑張っているご褒美だと思え。ほらほら、クッションも用意してもらったんだ、おいで」

 

 

 

 用意されたクッションの上に座って膝の上をポンポンと叩き催促してくる家入。宣言してしまい、役割はもう決められてしまっている。やらない限りお題は終わらない。龍已は長時間の睡眠を必要としない。少し眠れれば十分なのだ。しかしその間家入を縛りつけてしまうので忍びないと考えている。

 

 はぁ……と溜め息を吐いたのを見て、仕方ないなと考えていることを察した家入はニッコリと笑みを浮かべた。大人しく眠りにつこうと彼女の傍へ寄り、膝の上に頭を置く。横になっていると不快にならない程度の優しさと手つきで頭を撫でられる。

 

 何がそんなに楽しいのかと思いはあれど、気配からして気分良さそうにしているので、好きにさせておく。目を閉じて眠りの態勢に入る龍已を見下ろして、家入は愛おしそうにしている。寝付きが早く、規則正しい呼吸音が聞こえて眠ってしまった彼の頭を撫で続ける。

 

 

 

「お疲れさま、龍已。たっぷりと休んでくれ」

 

 

 

『──────お題がクリアされました。おめでとうございます』

 

 

 

 龍已が眠りについてから1時間後、スッキリとした雰囲気の彼が起きると同時にピンポーンとという音と共に、壁にお題クリアを報せるメッセージが現れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お題──────手を繋ぎながら部屋を歩いて10周』

 

 

 

「楽しいな」

 

「あぁ。それに簡単なお題のみだから気が楽だ。しかし体感でもう3日は経っている筈だ。提示されるお題は既に200は超えている。それでもまだ出れそうにない」

 

「そうだな。……ところで龍已。疲れは取れたか?ずっと任務続きで疲れていただろう?」

 

「これだけ休めればいくら何でも全快だ。調子が良すぎるくらいだ」

 

「そうか。それは良かった」

 

 

 

 身長からくる足の長さの差により歩幅が違う2人は、龍已が合わせることで同じ速度で歩いている。そもそもそこまで広い訳でもない部屋の中なので喋りながら歩いていればあっという間にお題の10周は歩き終わる。簡単なお題で助かってはいるものの、ここに来るまで既に200以上のお題をクリアしていた。

 

 そして部屋に閉じ込められてから既に3日目を迎えている。下界との時間の概念は隔絶されているため、3日どころか数秒も経っていないのだろうが、それにしてもこの部屋から脱出できていない。いつまでこのままなのか、クリアしなければならないお題の数が明記されていない時点で判断がつかない。

 

 幸いこの部屋はトイレや風呂。飲食物をしっかりと提供してくれる。生きていくには困らない場所だ。だがずっとこの場に居る訳にはいかない。なのでそろそろ終わりにしてほしいものだが、龍已に焦りはなかった。それどころか落ち着いている。

 

 最近忙しくて休めていなかった龍已の精神面や肉体面を心配してくれた家入に向き直る彼。どうした?と言われてそろそろこの部屋も終わらせようと思うと口にした。

 

 

 

「お題をクリアしていくしか方法はないが、これからペースを上げていくということか?」

 

「いいや。この部屋に居る限り、お題は永遠に終わらない。そうだろう?硝子」

 

「何を言ってるんだ?」

 

「もういい。俺はしっかりと休めた。この部屋から俺を出せるのは……硝子。お前だけなんだろう?」

 

「…………………。」

 

 

 

 解りきっていると言いたげな雰囲気をする龍已の言葉に、家入が黙り込む。この部屋に居る限り、お題が終わることはない。しかしこの部屋から出るには家入の力が必要だ。そう言う彼の目に迷いはなかった。これはもう()()()()()()と観念して、家入は両手を上に上げて降参の意を示した。

 

 

 

「何で解ったんだ?」

 

「あまりに焦らないからだ。この不思議な部屋に閉じ込められたというのに、焦りも危機感も何も無い。俺が一緒だということを抜きにしても落ち着きすぎだ。それにこんな呪具を造れるのは虎徹だけだろう。ここまでメリットもなければデメリットもない呪具はありえない。大方、俺を休ませたいからと言って造ってもらったんだろう?それと、突然意識が途絶えたかとも思えばこの部屋に居たということは、意識が途絶える寸前に何かされたということだ。一緒に居たのは鶴川さん。あの人にも手を回していたな。また薬を盛っただろう」

 

「降参だ降参。その通りだよ。鶴川さんに薬を渡して眠らせるように指示したのは私だ。車に乗せて所定の場所に連れて来るようにも言った。天切さんは快く造ってくれたよ。お前を休ませる為だと言ったらな」

 

「……こんなに強硬手段を取るほどか?」

 

「あぁ。休める時が無くて休めていない以上、休める時間を作って休ませるしかないだろう?」

 

「……まあ、休まない俺に非があるか」

 

 

 

 はぁ……と、溜め息を溢しながら龍已は額を指で掻いた。この部屋が天切虎徹の手によって造り出され、裏で手を引いていたのが家入硝子であることは1日目の割と序盤から察していた。それ程家入に焦りが見られず、順応していたからだ。気配でも、「何も知らない」と嘘を言っていることは把握していた。

 

 特に眠くもなかったのに突然意識が途絶えたかと思えば、この部屋に居たことも不自然だった。周りには誰も居らず、傍に居たのは鶴川のみ。なのでおかしいと思ったのだ。寝落ちするはずがないのに寝ていた。それも、家入じゃない誰かが寝ている自身の傍に来て呪具を使ったというのに、起きもせず、反撃もしなかった。その反撃で犯人は死んでいるであろうにだ。

 

 つまり、無意識下で触られたとしても攻撃しない、親しい者が犯人だと自然に判る。龍已的には、別段バレても良いと考えていたのだろうと思っている。犯人がバレないようにするのがキモではなく、如何に龍已を休ませるかが重要だったのだから。

 

 

 

「ありがとう、硝子。存分に休ませてもらった。疲れたら休むを徹底する。煩わせたな」

 

「いいよ別に。私もお前と一緒に居られて楽しかったし。呪具は解除するから、少し待ってくれ」

 

「分かった」

 

「……──────『2087年8月21日19時43分46秒』」

 

「……何の日付だ?」

 

「意味は無いぞ?このくらい出鱈目で規則性がない合い言葉にすれば、偶然解除されることはないと思ったんだ」

 

「解除方法は合い言葉だったのか……それは解けないな」

 

 

 

 家入が予め設定していた合い言葉を口にすると、部屋全体が揺れ始めた。地震の初期微動に似た揺れ方かと思えば、思わず目を瞑ってしまう光が辺り一面を包み込んだ。2人は目を腕でガードする。体には何の衝撃も来なかった。

 

 少しずつ目を開けてみると、見覚えのある景色が目に映る。龍已と家入が居るのは東京の高専の医務室だった。家入が使用している机の上には真っ白な掌サイズの正立方体が置かれている。これが2人を閉じ込めていた呪具の正体だった。

 

 長い時間を呪具の中で過ごしたが、現実では全く時間が経っていない。家入は部屋に付けられている時計を見て、使った時間と全く同じ事を確認して流石は天切さんだと小さく口にした。世界最高の呪具師は伊達ではないのだ。時間と材料さえあればどこでもどんな呪具だって造れるのだから。

 

 一方、龍已と言えば、呪具から出て来た2人の他に、実は同じく医務室に居た人物と相対していた。相手は兵仗を強張らせており、額に脂汗を掻いている。そして、その人物は腰が直角になるくらいまで深々と頭を下げた。

 

 

 

「龍已さん!勝手なことをして申し訳ありませんでした!」

 

「──────鶴川さん。頭を上げてください。別に怒っていませんから。主犯は硝子であり、何より俺を思っての行動でしょう。理解していますから大丈夫ですよ。そもそも全く休もうとしなかった俺に非があったんですから」

 

「そんなこと……ッ!わ、私は龍已さんに信頼していただいているから専属契約をしています!ですが今回のことは休ませるためとはいえ立派な信頼に対する裏切り行為……何の罰も無いなんて私自身が許せません!」

 

「……分かりました。では鶴川さんは罰として、この前任務の昼食として食べたたこ焼き屋に俺と硝子を連れて行ってください。もちろん鶴川さんの奢りです。それとこれからも俺の専属補助監督として動いてください。辞めることは許さないですよ。いいですね」

 

「は、うぅ……ごめんなさい……ごめんなさい龍已さん。そしてありがとうございます……っ」

 

「これじゃあ龍已を連れて来るように指示した私が悪役じゃないか。あ(いた)っ……」

 

「今回はその通りだ。あまり鶴川さんを困らせるなよ。鶴川さんは真面目で責任感が強いんだ」

 

「分かったよ。気をつける。鶴川さんもすみませんでした」

 

「い、いえいえ!私では龍已さんに休んでいただく案も出せませんでしたから!後ろめたいことはしてしまいましたが、無事龍已さんに疲れを取ってもらえて良かったです」

 

 

 

 家入は龍已からのチョップを貰って反省するように言われ、頭を下げながら嗚咽を漏らしている鶴川に謝罪した。裏切り行為をさせた、そしてしてしまった関係ではあるが、鶴川としても龍已に休んでもらえるならと前向きに事を運んだのは事実なので、気にしないでくれと手を振った。

 

 これにて龍已の監禁、及び疲労回復大作戦は幕を閉じた。身体に溜まっていた疲れを取った龍已は残っている任務に向かい、すぐに終わらせて帰宅した。この日から彼は、あまりに多すぎる任務は請け負わず、しっかりと休みを取るようになったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 例え超人的な肉体を持っていて疲れ知らずだとしても、一定の休憩は挟むようにする。その重要さを分からせられた龍已だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GTG(グレートティーチャー五条)のドキドキ!?ワクワク!?〇〇しないと出られない部屋へよーこそー!命令はぜーんぶ僕が出すよ!2人は僕から出されたお題を消化してねー!ガンバっ☆。あ、最初のお題はハグ!禁断の恋を始めたらダ・メ・だ・ぞ♡』

 

 

 

「えっえっえっ!?龍已先生!?あとナニココ……(困惑)。てかハグ!?ヒュッ……(推しに畏れ多くて呼吸が止まる音)」

 

「……五条」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






黒圓龍已

任務やり過ぎて疲れているのに休まないからという理由で薬を盛られ、眠らされ、〇〇しないと出られない部屋(呪具)に家入硝子と一緒に閉じ込められた人。

漫画やアニメは基本見ないので〇〇しないと出られない部屋は全く知らなかった。勧められたら見たり読んだりする程度なのでそういう系に関して疎い。




家入硝子

龍已を休ませつつ、美味しい思いをする方法に気がついて、前々から虎徹に呪具の相談をしていた。もっと過激なやつでも良かったが、今回は休ませてリラックスさせるのが目的なので全部軽めのものにした。

お題は全部自分で設定し、出てくる順番はランダムにしてある。なので何が出されるのかは全部知っている。

悪用されたら困るので隠して置いた〇〇しないと出られない部屋(正立方体)が無くなってて割とマジで焦った。

その後、犯人の五条の六眼をメスで抉ろうとする。




五条悟

何か見つけたので六眼で見たら最高にイカした呪具だったため、近くに居た反承司に使い、龍已には挨拶をすると同時に使用した。

家入硝子にバレてめちゃくちゃ怒られ、イジメレベルの任務をやらされ、クソ高い酒数十本を罰として用意させられ、最後に六眼抉られそうになった人。

後悔も無ければ躊躇も無い。めっちゃ楽しかった。またやりたいと思っている。




反承司零奈

ただ巻き込まれただけ。2人きりの空間で鼻血を出して、ハグの時に白目を剥いて他人には見せられない顔を(推しに)披露した。

〇〇しないと出られない部屋=えっちぃお題と思っていたので心臓破裂するかと思ったが、そんなこともなく、この部屋がそういう用途に使われやすいと知らなかった龍已の純粋さに、自分が汚れているように思えて死にたくなった。



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