前話を少し修整しました。
鯰髭の槍が心の臓を穿かんと突きこまれた瞬間、仁之助の身体が巨大木剣カジキを手にしたままに高く跳躍した。
「な!?」
人の背丈を軽々越える高さの跳躍、鯰髭は思わず宙を舞う仁之助を見上げた。その瞬間‘ビュッ’と風切り音が鳴り、鯰髭の顔を激しい痛みが襲った。
「ギャァァ!」
今だかつて味わった事のない痛みに悲鳴を上げながら倒れ込み両手で顔面を覆う。指の隙間から血が滴り落ち地面を染める。
鯰髭の背後に着地した仁之助はカジキを一振りして、こびり付いた肉片と血を振り落とした。
そしておもむろに残った敵を一瞥をくれる。下がった雷十太の他の三人、前述した鉢巻の男の他、忍の様な格好をした小男、僧侶の様に頭を剃りあげた坊主頭の男、いずれも刀を抜き放っている。
「大丈夫か!?」
坊主頭が倒れている鯰髭に駆け寄り、顔を覗き込む。
「「「ッ!!」」」
鯰髭の顔の右側面の肉がごっそり削り取られ、骨の一部が剥き出しになっている。仲間の身に起きた凄惨な事態に戦慄し、それを為した相手への恐怖を三人は覚えた。
一連の動きで仁之助は囲いを突破したのみならず相手の心理の
(此奴等、戦い馴れしていない···)
これである。包囲戦の利点を活かしきれず簡単に突破され、予想外の事に対して判断が遅く、味方の負傷にオタつく様子といい、どれも素人くさかった。
これがもし新選組だったら、相手の正面の隊士が牽制し背後の隊士が複数人で一斉に斬り掛かる。倒せずとも腕を斬って攻撃力を奪うか足を斬って機動力を奪うか、いずれにせよ包囲した相手を無傷で囲いから出さない。戦闘中であれば負傷した仲間には声をかけても目は向けず、敵から一瞬でも目を離す事など無かった。
三人に向かって一歩踏み込む、怯んだ三人が一斉に飛び退る。その様子を離れた所から眺めていた雷十太の顔には不快の表情が浮かんでいた。
「バカ者共め!何をしている!それでも真古流の者か!!」
「し、しかし」
「言い訳は要らん!貴様達には藤木仁之助の首を獲る以外にこの場を無事に脱する道は無い!!」
雷十太は刀の鯉口を切り、三人を睨み付ける。
「それとも···吾輩の刀の露となるか?」
進退窮まった三人は意を決して前に出る。
「···」
仁之助としても雷十太の所業には思う所が有ったが、相手が刀を抜いている以上は下手な同情は禁物、迷えば斬られるのは仁之助だ。ジリジリと詰め寄る三人に対して、仁之助は正眼に構えた。
間合いが詰まり、攻撃が届く距離まで後一、二歩の所で仁之助が動いた。大きく踏み込み鉢巻の男に掬い上げる様に打ち掛かっる。咄嗟に体を反らした鉢巻の男が‘躱した’そう思った瞬間、仁之助の木剣が伸びた。
「グァ!!」
鉢巻男の鼻が宙を舞う。
「タァ!」
掬い打ちの後の隙を突き、裂帛の気合いと共に坊主頭が斬り掛かる。だが坊主頭の刀が仁之助の身体を捉える先に、仁之助の木剣の柄頭が坊主頭の鼻頭を叩き潰す方が先だった。
「ッ!」
鼻血を噴き出し後ろによろめく坊主頭の顔を木剣の横薙ぎが襲う。肉片が飛び退る。額の頭蓋が剥き出しになった。
「じょ、冗談じゃねえ!!」
残った小男は身を翻し逃げ去った。
「···」
仁之助は雷十太の方を見る。その顔には不敵な笑みを浮かべていた。
「貴様の太刀筋は見切った」
そう言うと刀を抜き、大上段に構えた。かと思うとその場で刀を振り下ろした。仁之助との距離六間(約10メートル)刀の届く距離では無い。
「むっ!」
それは唯の感で有り、理由など無かった。仁之助は横飛に跳んだ。一瞬前まで仁之助の居た場所に太刀風が通り過ぎ道端に植えて有ったケヤキの枝を切り落とした。
「見たか!!これぞ吾輩の必殺剣『飛飯綱』だ!!」
「···」
「フハハ!!声も出ぬか、降伏するなら今の内だぞ虎眼流!!」
「必ず殺す剣と書いて必殺剣、おかしいな俺は生きているぞ?」
「貴様!!」
怒りでワナワナと顔を震わす雷十太にさらに告げる。
「石動雷十太と申したな?貴様······人を斬った事無かろう」
「!!」
躱された剣の技名を自慢気にひけらかし無駄口を叩く、おおよそ命の遣り取りを経験した剣客の所業では無い。
「人を斬ってこそ、一端の剣客···などと言うつもりは無いが···」
不殺なれども一剣に己の命と信念を賭ける、そういう剣客もいる。しかし、雷十太のやっている事はやたらに刀を振り回す唯の技自慢、所詮は幼稚な剣客ごっこでしか無い。だが幼稚なだけに危険でもある。だから
「石動雷十太、貴様を斬る」
得物が木剣であっても関係無い、石動雷十太を絶ち斬る。そう決めた。
「ぐっ」
ゆっくりと近付いて来る仁之助の気迫に押され雷十太は後退する。
「おい、何だ喧嘩か?」
「人が倒れてるぞ!」
「警察だ、警察呼べ!」
騒ぎを聞き付けて人が集まり始めた。仁之助の注意が一瞬逸れる。その隙に雷十太は、その場から背を向け駆け去った。