「と、言う事があってな」
仁之助は夕飯の支度を整えながら、飯をたかりに来た左之助に昨晩の出来事を話した。
「へぇ、それで素直に逃したのか?」
「まあな、人が集まり始めたしな。それよりも···何が有った」
怪訝そうに左之助を見る。全身は包帯が巻かれ、ツンとした膏薬の匂いもする。
「ああ、喧嘩に負けちまったんだ」
負けたと言う割に、付き物が落ちた様に朗らかに笑う左之助。
「左様か···」
負けた喧嘩を根掘り葉掘り聞くのも野暮だと思い、それ以上聞かない事にした。
「喧嘩屋も廃業だ」
「なに?」
「だから喧嘩屋を辞めるんだ」
「···
「うるせぇ」
小言を言いながらも仁之助の手は止まらず出汁に味噌を溶かし込む。飯をおひつに移し、皿に料理をもる。
「良し、出来た」
夕飯の膳を左之助の前に置く、自分の分も用意する。
「お、美味そうな匂い」
献立は焼き大根、大根の皮の金平、味噌汁の具は大根の葉、見事に大根尽くしだった。
「何だよ、大根ばっかじゃねえか···あ、でもうめぇ」
「焼き大根はな時間をかけてじっくり焼くのがコツだ」
皮を剥き薄めの輪切りにした大根に塩をふり、焦げ目が付くまで胡麻油で焼く(焼き上がりの直前に醤油をたらすのも芳ばしくて良い)たったそれだけの料理だが、これがなかなか上手い。
「でもよ。やっぱり肉や魚が食いてえな」
「たかりに来た分際で贅沢言うな、それにその怪我では胃が受け付けないぞ」
「俺の胃はそんな軟じゃねえよ」
そんな話をしながら夕飯を食べていると
「御免!御免!ここは藤木仁之助殿の御宅か?」
訪ねて来た者があった。
「何方?」
仁之助が戸を開け訪問者を見る。そこには顔が包帯で隠れているが間違い無く、あの晩に雷十太と共に現れた鯰髭に間違い無かった。
仁之助と目が合った瞬間、鯰髭の顔が恐怖に染まる。
「こ、これを、雷十太殿から、預り申した」
オズオズと一通の書状差し出す。書状には『果たし状』と記して有った。
「ふむ」
「へ、返事を頂きたい」
「少し待っていただく、中へどうぞ茶の一杯でも出そう」
「ッ!!け、けっこう、外で待たせていただく」
鯰髭は顔を青くして断った。
部屋の中に引き返し、書状の中身を確認する。しばし読み進むと仁之助の顔に苦笑が浮かんだ。箪笥から筆と硯を取り出すと返書を書き上げ、鯰髭に渡した。
「此方を石動殿に渡しなさい」
受け取った鯰髭はそそくさと去って行った。左之助が興味深げに見ている。
「何だ?」
「果たし状だ」
果たし状を左之助に投げて渡す。果たし状の内容は以下の通りだった。
『明朝、〇〇の原に来い。一対一で正々堂々決着を付けたい。石動雷十太』
「お前、コレは···」
「なかなかの達筆だ」
「受けたのか?」
「もちろん」
「罠だぜ、これは」
「だったら面白いな」
仁之助がカラカラと笑うのをに左之助は呆れた様子で見ている。
感想にてご指摘して頂いた通り『剣客商売』の一編『辻斬り』の台詞、そのままになっていました為に書き直させて頂きました。
『剣客商売』ファンの皆様を不快にさせてしまった事をお詫びいたします。