るろうに剣心虎眼流武芸譚   作:ならない

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壬生狼の虎

「狼が虎を?」

 

‘壬生狼が虎を飼っている’緋村剣心がそんな話を桂小五郎から聞いたのは元治元年の春のことだった。

維新志士は新選組を蔑みを込め元の名の壬生浪士組をもじり壬生狼と呼んでいた。

 

「無論、本物の虎じゃない」

 

剣心と桂は京都のとある旅籠で膳を囲んでいる。桂は酒を呑んでいたが剣心は酒を呑まず細魚の一夜干しに専念していた。

 

「コガン流とか云う剣術の使い手らしい、虎の眼と書いてコガンとな」

 

「なるほどそれで虎」

 

「うむ、‘若い’がかなりの腕らしい」

 

桂は若いのところが少し詰まった。

緋村剣心も若い未だ十代の半ばの歳で幼げな顔をしている。しかし、その歳で多くの暗殺をやってのけ‘人斬り抜刀斎’等と呼ばれている。

 

「お前が負けるとは思わんが気を付ける事だ」

 

桂は言葉とは裏腹に心配そうな声色で話す。

 

「…」

 

この頃の剣心の目は暗鬱に曇りどこか危うげで、初めて会った頃の優しげで理想に燃えた目を失っていた。

もっとも暗殺等と汚れ仕事をさせているので当たり前と言えば当たり前だが、桂はその事に些かの後ろめたさを持っていたが、日本のためと割り切り心を鬼にして暗殺の指令を出している。

 

(虎眼流どこかで…)

 

一方の剣心は物思いに耽っている。流派の名前を聞いた覚えのある。しかし、それが何時何処で誰から聞いたのか思い出せ無かった。

 

 

 

その頃、壬生狼の虎こと藤木仁之助は屯所内に設けられた道場で新選組隊士・蟻通七五三之進(ありどおし しめのしん)と向かい合っていた。

壬生浪士組は京都守護職の会津藩主・松平容保の庇護のもと‘会津藩預かり’新撰組として再編された。

新選組再編成により隊士の増員が図られ新人が増えた。そんな新人隊士には血気盛んな者も多い、それ自体は新選組の御役目を鑑みれば仕方の無いことではあったが、隊の秩序を思えば多少のガス抜きが必要だった。

例えば酒、例えば女、例えば

 

「剣術の稽古に励め」

 

そういったのは新選組局長・近藤勇だった。

欲求不満を拭い去るには、大いに剣術にのめり込むのが一番と考えるのは天然理心流の宗家として教えを授ける側の人間らしいといえる。

 

「‘虎眼流なる流派’の使い手だとか、一手のご指南を」

 

そう言って木刀を差し出した蟻通には嘲りの色が濃く出ていた。

実際、この新人隊士は田舎剣法と虎眼流を馬鹿にしていたし、自分より若い仁之助を軽視していた。

‘近藤局長の義理許しで隊士になった’と云う噂もそれを助長していた。それを証拠に江戸から付き従った隊士が隊長格に収まって居るのに仁之助は平隊士のままではないか、にも関わらず近藤や土方は仁之助を何かと重用しているのが面白くない、一度痛い目に合わせてやろうと試合を申し込んだのだ。

 

先に仕掛けたのは蟻通だった。

 

「タァ!」

 

体ごと体当りをする様な勢いで踏込み袈裟斬り、仁之助は正面から受ける。木刀同士がぶつかり乾いた音を立て互の体が密着した鍔迫り合いの体勢になり膠着した。

 

安易に体を引けば相手の木刀がその後を追って迫る。互にそのことを知っているから押し合いになる。

だが直ぐに事態は急変する。仁之助が全力で押し始めた様に見えた。その瞬間、待っていたとばかりに蟻通は身を引いて仁之助の姿勢を崩す…崩そうとした。

 

蟻通が身を引こうと足を引いて体を躱そうとした。転瞬、仁之助がさらに力を入れて押し始める。躱すため足を引いていた蟻通は踏ん張りが利かず床に押し倒された。

木刀で床に押し付けられる様な体勢の蟻通はバタバタと足を藻掻く、仁之助はさらに木刀に力を入れた。

 

「ま…い……ま…」

 

蟻通は降参しようと必死に口を開くが、あまりの圧迫に上手く声が出ない。蟻通の顔が恐怖に引き攣りみるみる青く染まる。

 

「それまで!」

 

様子を見ていた永倉新八が止めに入る。

 

「藤木、お前は何と言うか手心と言うか何と言うか…」

 

顔を掻きながら永倉が呆れる様に言う。

 

「痛く無くては覚えません」

 

きっぱり言い切る仁之助に永倉は苦笑いを浮かべるしか無かった。

 

 

 

近藤は微動だにせず座布団に座り腕組みしていた。横には新選組副長・土方歳三が控えている。その前に仁之助が畏まっている。

 

「藤木には要人警護の任に就いてもらう」

 

近藤は任務を言い渡す。続いて土方が口を開いた。

 

「京都所司代・重倉様は知っているな」

 

「ハッ、噂だけならば」

 

京都所司代・重倉十兵衛、本来京都所司代は譜代大名が就くことになっている。しかし、近年の京都の治安悪化によりその任務は危険が伴う様になり、何かと理由を付けこの任に就くことを拒んでいた。

そのことに頭を悩ませた幕府は千五百石の直参旗本・重倉にこの厄介な役目を押し付けた。

しかし、重倉はなかなかの人物で朝廷工作や京都の治安維持に上手く立ち回り良く働いた。非正規部隊である新選組にも度々便宜を図っており、近藤にとって頭が上がらない人物でもある。

 

「その重倉様が長州浪士に狙われているらしい。重倉様の意向で京の人々に不安をあたえる大規模な警護はできん」

 

土方は苦々しそうに顔を顰める。

 

「でだ、新選組、京都見廻組、からそれぞれ一人ずつ派遣する運びとなった」

 

近藤は重々しく頷いて

 

「新選組隊士・藤木仁之助に京都所司代警護を命ずる。一命を懸け任務に邁進してほしい。以上だ」

 

仁之助は深々と頭を下げた。

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