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仁之助は手にした竹刀を一振りした。
(竹刀を持つのは確か···十五年ぶりか···)
対面には嘗ての敵、緋村剣心
(嘗てのか···)
そう最早‘嘗て’の敵なのだ。
薫に戦いを止められた後、剣心と一対一で話す機会を得た。腹を割って話してみれば、あの恐ろしい人斬り抜刀斎は一人の心優しい青年であった事を知った。
そして一度それを知ってしまえば仁之助の心中には敵意は無くなり、この心優しい青年に親しみさえ感じた。
佐幕と倒幕、新選組と維新志士、出会えば即殺し合いの敵だった二人、しかし、同じ
藤木仁之助と緋村剣心は最早敵同士では無い、無いが···仁之助は剣客で剣心もまた剣客であった。
仁之助が勝負を仕掛け剣心が受けたのは剣客として一つの区切りを付けるためでありケジメなのだ。
仁之助と剣心が睨み合う。
防具は着けない、審判はいない、勝敗は当人同士が決める。そういう勝負であった。
正眼に構えたまま二人共に動かない。道場の脇に寄っている由太郎も薫も弥彦の三人も固唾を飲んで見つめる。道場を包む緊張感は真剣勝負のそれだ。
暫しの後、二人は同時に動いた。激しい動きでは無い、ゆっくりと左回りに円を描く様な動き。静まり返った道場の中に袴の衣擦れの音だけが聞こえる。円が二周ほどした時、二人の間合いはにわかに近付いていた。円を描きながら二人は静かに距離を詰めていたのだった。一歩の踏み込みで一撃が相手に届く距離で二人はピタリと止まった。
先に仕掛けたのは仁之助
「タァ!!」
裂帛の気合いと共に左手を突き出す。‘左片手突き’その名の通り片手での突き、両手での突きと比べ初動が小さく隙が少ない。剣心はその突きを右へと躱す。
(剣心の勝ちよ)
剣心が躱した瞬間に薫はそう心の中で呟いた。片手突きは初動こそ少ないが片手であるがために突いた後に素早く構え直す事が出来無い、つまり躱せば隙が出来る。そこを突けば勝つ事が出来る。しかし、薫の思惑とは裏腹に剣心は右へと躱した後さらに後方と飛び退いた。何故と薫が思った瞬間、仁之助の竹刀が右へと跳ねた。
‘片手平突き’嘗て新選組副長・土方歳三が考案し隊士へ教えた実戦技の一つで有る。その要諦は刃を横に水平に寝かせる事で突いた後に直様横薙ぎの斬撃へと移行出来ると言う事である。(もっとも竹刀では刃を横に寝かせる必要も無いが)無論、新選組と敵対していた剣心も嫌と言うほど片手平突きを見ている。
(懐かしい技でごさるな)
剣心は思わず苦笑する。苦笑しつつ攻撃に転じ無防備な仁之助の胴に竹刀を振るう。
対して仁之助は左右や後ろに避けるのでは無く前に踏み込み肩から剣心にぶち当たろうとする。
これを読んでいた剣心は仁之助のぶち当たり避けながら横をすり抜けながら胴を打つ。
しかし、これも仁之助は床を転がって避ける。転がる勢いを利用して跳ね起き、剣心に打ち込んだ。
剣心は身を捻り独楽の様に回転して回避、回転を利用して仁之助に横薙ぎの一撃。
頭を狙う一撃を仁之助は体を反らして躱す、反らした反動を利用して竹刀を斬り上げた。
打っては躱し躱しては打つ、流れる様に目まぐるしく攻防が切り替わる。攻撃が躱す動作の躱す動作が攻撃の呼び水になる。
「凄い···」
誰とも無く感嘆の声が上がる。双方の動きが噛み合って傍から見るとまるで剣舞を舞っている様であるが、竹刀から出ている風切り音は直撃すればただでは済まない事を如実に表している。
仁之助と剣心が同時に跳び退き距離を取った。二人共、滝の様な汗をかき息も弾んでいる。だが二人の目は闘志が爛々と滾っていた。その時、道場に居た全ての人が同じ事を感じ取った。即ち『次の技で決まる』と
「「「あっ!!」」」
二人の戦いを見ていた三人が驚愕した。
仁之助が竹刀を己の右足に突き立てたのだ。まるで盲人が杖に縋るかの様な構え、大凡あらゆる剣法に無い構え。
あの構えは必殺の力が込められている。剣心はそう確信した。
右足の第一指と第二指の間に突き立てられた竹刀は万力の如く締め上げられ、上半身は捩り捻られ力を貯めている。
剣心は右へ左へと動き隙きを覗う。しかし、仁之助の構えは重心を巧みに操り剣心を追尾する。
正面から打ち勝つしか無い、奇妙な構えから繰り出されるのは下から上へ跳ね上がる斬撃で有ろうと当たりを付けた剣心は自分の繰り出す技を決めた。
「「···」」
今日一番の緊張感が場を支配した。
剣心が動いた。真っ直ぐ相手に向って駆ける。剣心の体が仁之助の間合い剣の軌道に入るその直前、バッと剣心の体が飛んだ。高い道場の天井近くまで飛び上がった剣心は仁之助の頭上へと襲い掛かる。
飛天御剣流・龍槌閃
猛禽の如く、否、飛龍の如く仁之助の頭上から襲い掛かる。頭に竹刀が直撃する直前、仁之助も己の技を繰り出す。
無明逆流れ
振り下ろされる竹刀と跳ね上がる竹刀が交差した瞬間、大きな破裂音が響き渡る。
バァン!!
剣心の体が宙を舞った。その身は高く打ち上げられ天井に叩き付けられた。
「ぐっ」
何とか着地したが膝を付き竹刀で体を支えている有様だ。
「拙者の「待った」」
負けでござる、そう剣心が最後まで言い終わる前に仁之助が竹刀を持った己の腕を差し出した。仁之助の竹刀は半ばから折れ右手は紫色に腫れていた。
「緋村殿の勝ちだ」
そう言った仁之助は清々しい笑顔を浮かべていた。