お久しぶりです。
間が空いて申し訳ありません。
広い庭に何かを叩く乾いた音と「タァ!」と言う気合い声が響く。由太郎は自宅の庭で一人、竹束を相手に鍛錬を続けて居た。
『切り返し』それが由太郎が行っている鍛錬方の名である。竹束を木刀で左右に打ち続けると云う鍛錬方である。
竹は非常に頑丈で靭やかな植物である。戦国時代には竹束を火縄銃の弾丸を防ぐ盾として使い、時代が下ったとある戦場では竹藪に撃ったライフル弾が跳弾を繰り返し撃った本人に当たると云う珍事が発生した。
それ程頑丈で靭やかな竹束を木刀で力まかせに打つと反動がもろに返り指や手首を痛めてしまう。だから打つ側も力強くそれでいて靭やかに打つ必要がある。
竹束を一心に打つ、身体の芯を意識しつつ一撃一撃を全身の重さと筋肉を使って打つ、途切れる事無く左右に打ち続ける。皮が裂け血塗れになった掌に化膿止めの塩を擦り込み打ち続ける。
『回数は決めない、自分が満足するまで続けなさい』
師のその言葉に従い、試合に負けた悔しさを払拭する様に竹束を打ち続ける。毎日腕が動かなくなるまで何万回と切り返しを続けた。一月が経ち掌の皮は鞣した如く堅くなっていた。
「ヤッ!!」
気合いと共に放たれた今日一番鋭い一撃が竹束を叩く、その瞬間、竹束がへし折れた。と同時に由太郎はその場で倒れ込んだ。
「ゼェゼェ···」
息も絶え絶え、全身は汗でずぶ濡れで地面に大の字で寝転ぶ。
(先生は今頃どうしているだろう···)
緋村剣心との試合の後、怪我の治療もそこそこに山に籠もると言い残して行ってしまった師に思いを馳せ由太郎は意識を手放した。
「また由太郎様が気を失っておられる」
「おーい、誰か水持ってこい」
この頃は由太郎の無茶にすっかり慣れた使用人達がテキパキと庭の片付けを始めた。
仏教に
仁之助も山に籠もっている。さすがに七年も籠もるつもりは無いが行っている修行は千日回峰に似ている。
身に着けているのは粗末な山袴に筒袖の着物、足袋に草履、そして腰には短刀一つ、それだけだ。
食料の類は持ち込まない、飢えは木の実や皮でしのぎ、渇きは朝露や雨で潤す。夜具なども無い、山中では決して横にならない木や岩に背を預け短時間だけ目を瞑る。
短刀も身を護るための武器では無い、山中で身動出来なくなった時に自害するための道具だ。
山に籠もる間、自分の命以外は一切の殺生を禁じている。どれほど飢えていてもネズミ一匹であろうと殺して食らう事はならない、熊などの猛獣に襲われてようと一切の反撃は出来ない逃げの一手だ。
山中を進む、人の手など少しも入っていない樹木が生い茂る道なき道を進む、激しく流れる谷川を泳いで渡り、切り立った崖を身一つでよじ登る。
この様な生活を四十日行う。
そして四十一日目、最後の締めに断食、断水、断眠の瞑想を七日間を行う。
肉体的にも精神的にも極限状態に追い込む。心身共に削いで削いで削ぎ切って己の中心に残ったモノを磨き上げて昇華する。
虎眼流藤木派『圧縮回峰』荒行の多い虎眼流の中でも成し遂げた者は十人に満たない。
仁之助はなぜその様な荒行を己に強いるのか、剣心に敗北したからか、否、勝ち負けの問題では無い、剣心が膝を付き敗北を認めようとしたその瞬間、仁之助の中に殺意が湧いた。
(宿敵抜刀斎を殺す絶好の機会だ!!)
あの時、由太郎が視界に入ら無ければ殺意に飲まれ無防備な剣心を撲殺していたかもしれない。
仁之助は殺意自体は否定しない、真剣での戦いを命のやり取りを殺意無しで出来る方がどうかしている。危険なのは殺意に我を忘れる事だ。
(殺意の類は己の手に収まる程度でなくては成らぬ)
とそう思う。
だからこそ己を見つめ直す圧縮回峰を行う。
由太郎にとって少しでも真当な師匠たる為に···