ガマ剣法のイメージは『腕』の方です。
夢うつつの中で仁之助は過去の闘いの記憶を思い出していた。
池田屋事件から少したった時期、仁之助は一人、市中見回りに毎日出ていた。
池田屋で目覚ましい働きをした新撰組は佐幕派には一目置かれ、攘夷派には同志の敵として憎まれていた。
そのせいか最近、隊士が襲撃に合い死傷者を出していた。故に仁之助は一人で見回りに出ていた。
つまりは釣りだ。仁之助は新撰組の羽織を着て目立つ様に練り歩き、時おり人通りの少ない路地を通る。そしてその後方、距離をとって普段着の新撰組の隊士達が付いて回る。後方の隊士達は襲われた仁之助を助太刀では無く、不逞浪人を見つけ、追跡し、隠れ家を発見、あわよくば一網打尽、という策だ。
一見わざとらしく、怪しい、雑な釣りに引っ掛かるものか?と思うかもしれない。だが、釣り餌が良い。
藤木仁之助は攘夷志士に名が売れている。壬生浪士隊の頃から池田屋まで多くの同志を斬っている。
いわば不倶戴天の敵、そんな相手が毎日、一人で呑気にぶらぶら歩き回っている。
危険を犯してでも討ち取りたいと思うのが人の情と云うものだ。
とは言え、壬生浪の虎の腕前は響き渡っている。同志の敵討ち、しかしながら仕損じれば恥、だから、雇った。裏の口入れ屋を通して仁之助を斬れる者を…
奇妙な男だった。顔は頭巾を被り分からないが背が低く横幅が広い肩幅も広いのだが、肥ってもいる。肥ってはいるのだが肥り方が腹が前にでるのでは無く、左右に広がっている。その体を支えている脚、極端な短足だった。そのせいで低い背がより低く見える。刀を帯びていても脇差しが無いので武士身分では無いのだろう。
そんな男が仁之助の前に立ち塞がり、あまつさえ刀を抜きはなった。
そこは闘い慣れた仁之助、相手が刀に手をかけた瞬間、後ろに跳ねて距離を取る。既にその手には抜き身の刀が握られていた。
「何奴!!」
「…」
大声で問いはしたものの初めから答えなど期待していない。味方への合図の様なものだ。
場所は屋敷の外壁に挟まれた狭い路地、前には刀を抜いた男、背後からも複数の殺気を含んだ気配を感じ取る。挟撃ち、というより背後の気配は此方を逃がさない為と、邪魔の入らない様に道をふさいでいるのだろうと辺りをつけた。
ならばと、正面の相手に集中する。
凄まじい殺気をぶつけて来る相手にジリジリと距離を詰める。
すると相手が地面に伏せた。
相撲の四股の様に脚を広げ、上体はひれ伏す様に前にのめった。その様子は蛙が今まさに跳ぶ瞬間に似ていた。
(ガマ剣法!)
その奇態な構えを見た仁之助は息を飲んだ。
藤木道場の初代、藤木源之助が書き残した手記に、とある御前試合で目の当たりにしたと云う数々の技と業が事細かにしるされていた。
幼い頃その手記を読んだ時より、その技の数々を想像し、自分でも試したり、どう闘うか工夫していた。
そんな中で試して上手く行かなかった技が『ガマ剣法』だった。ある種の肉体的特長が必要なこの技は仁之助の想像の中でしか存在しなかった。今までは
(有難い)
しかし、今まさに仁之助の眼前に天性の肉体でしか表現出来ない『ガマ剣法』が現れた。
幼少の頃より練ってきた工夫が本物につうじるか、ようやく分かる。まさに千載一遇、この時を逃しては二度と再び『ガマ剣法』の使い手とめぐり会う事など無いだろう。
思わず笑みが溢れる。
命をとしての闘いの場で緩んだだらしない顔をしてはいかんと顔を引き締める。
ガマ剣法の使い手の刺客は肝を冷やした。殺しの対象の藤木仁之助が急に歯を剥き出しにした。その姿は大型の肉食獣が威嚇している様で本能的な恐怖を覚えた。
更に驚いた事に仁之助は手に持った刀を自身の左側の地面に突き立てると、その場に正座で座り込んだ。
ガマ剣法を会得して以降、様々な相手を始末して来た。侮り不用意に斬りかかる者、注意して距離を取る者、しかし、座り込んだ者は流石に初めての事だ。
ガマ剣法の骨子は体勢を極限まで下げて相手の刃が自分の体に届く前に足を斬り払い、体勢を崩した相手を立ち上がりの勢いを着けた斬撃で止めを差す。
初手から思惑を崩された刺客は混乱した。どうする?どうすれば?
だが仁之助は目の前、いつまでも思案などしては居られない。
わざわざ首を近くに近づけてくれたのだ。
そう思ったならば自分をおたつかせた仁之助に怒りの感情が沸き上がる。
(その首撥ね飛ばしてやる!!)
刺客の刀が吸い込まれる様に仁之助の首へと伸びる。
刃が首に届く瞬間、ガシッと仁之助の手に上下から挟み込まれ動かなくなった。
押し込んでもピクリとも動かない刀を引き抜こうと体重を後ろに掛けた瞬間、パッと刃から手を離され体勢が大きく崩れた。
後ろにつんのめる刺客に対し仁之助は脚を大きく伸ばし前に踏み込み、そして、刺客の脳天と顎を挟み込む様に掴んだ。
「ムッ!」
仁之助の息む声と共に刺客の視覚が上下逆転した。
首を捻り折った刺客を見下ろしながら、地面に突き立てた刀を引き抜き鞘へと納める。背後の気配が遠退いて行くのを感じる。
「藤木」
入れ替わる様に隊士が寄ってくる。
「逃げた連中はどうしました?」
「山崎さんが追っている」
「なら大丈夫そうですね」
「血が出てるぞ」
首に手を当てると浅く斬られいるのがわかった。
もし地面に突き立て刀で斬撃の方向を限定していなかったら斃れていたのは自分だったかもしれない。
「…」
仁之助は刺客の捻れた首を元に戻し、手を合わせた。
筆者の妄想の垂れ流し
恐縮ですがお付き合い下されば幸いです