「今夜は帰らんぞ~ウィィ」
「局長、予定の無い外泊は避けて頂きたい」
「固いこと言うなよぉ」
顔を真っ赤に染め酒臭い息を吐きながら新撰組局長・近藤勇は三人の隊士に我が儘を言って困らせていた。
場所は近藤勇の妾の家、所謂『妾宅』と云うやつだ。
近藤勇は昼間から妾宅に上がり込み、日頃の激務の反動か日か落ちるまで酒と色にたっぷりと浸っていた。
そして現在に至った訳だ。
困ったのは護衛役の隊士達だ。鬼の副長にはくれぐれも間違いの無い様に、と念押しされている。
「俺は新撰組局長だぞ~!俺が良いと言ったら良いのだ!」
結局、ぐでんぐでんに酔っ払った近藤勇を連れ帰るのは逆に危険と言う訳で、二人が妾宅に泊まり込み護衛を続け、残り一人が新撰組屯所に報告に戻る事になった。報告に戻る隊士が仁之助だった。
仁之助は最近、妙な視線を感じる。もともと気配を感じ取る能力は人一倍優れていると自負していた。が、無明逆流れの鍛練でその感覚がより鋭く成っていた。
新撰組の羽織を着ていれば市井の人々が好奇や嫌悪の入り交じった視線を感じる事は今までもあった。遠巻きに見てくる視線の先に目を向ければ、急いで目を伏せそそくさと離れてく人々が居るだけだ。
がだ、その視線の中に粘っついた。なんと表現すべきか…そう、執着に似た何かを感じとっていた。しかも、妙に粘っついた視線の癖に視線の先が分からない。
そして…
正面から酔っ払った浪人風の男がふらつきながら歩いてきた。
すれ違った瞬間、仁之助は振り向き様、浪人に斬り掛かった。浪人は横に跳び仁之助の刃を避けた。急に刀を抜いた仁之助を見た人々は悲鳴を上げ逃げだした。
仁之助が視線を向ける先には刀を抜きニタリと顔を綻ばせた浪人が立っていた。
…そして、視線を感じる様になって、刺客の類が妙に多くなった。
「何故、分かった」
「歩き方…」
浪人の質問に仁之助は構え直しながら手短に答える。
前後不覚になるほど酒を飲んだはずの浪人、しかし、歩幅だけ一定、明らかに仁之助との間合いを計っていた。
「なるほど、次は気を付けよう」
「…」
浪人は笑みを深くして、脇差も抜いた。右手に太刀、左手に脇差の二刀流、右の太刀は正眼、左の脇差は上段に構えた。
「二天一流?」
仁之助の口から二刀流として名高い宮本武蔵の流派名を耳にした浪人は怒りで顔を歪ませた。
「未来知新流だ!」
「知らん、何処の木っ端流派だ」
嘘である。構えを見た瞬間仁之助の脳裏に浮かんだ流派名、未来知新流、その名は源之助の手記の中に『飛竜剣』の名と共にしるされていた。
わざと間違える事で相手の情報を手に入れる。監察方・山崎丞に教わった技術である。
「おのれ!」
更に未来知新流を馬鹿にして相手を怒らせる事で平常心を失わせ視野を狭まわせる。
浪人の左手が動いた。脇差が投擲される。ほぼ同時に踏み込む浪人、未来知新流の秘技『飛竜剣』相手の胸元に向かって投げた脇差、脇差が刺さって仕留めればよし、仕留め切れずとも避ける等で体勢を崩した相手を太刀で仕留める。
(未来知新流は隙を生ぜぬ二段構えよ!!右に避けるか左に避けるか、それとも太刀で脇差を振るい落とすか!?)
否、仁之助の答えは前、前進では無く、前のめり、前方に飛び込んだ。
脇差が頭上を空気を切り裂き通り過ぎて行く
「チィェェイ!」
「キェェイ!」
裂帛の気合いと共に白刃が煌めき交差した。
仁之助は地面を転がりながら体勢を整え相手に向き直る。
向き直った時には浪人は太刀を落とし、力無くへなへなと膝を付いた。次の瞬間、グチャリ、浪人の腹から腸が零れ落ちた。
パタリ
浪人が斃れたのを確認した男が障子を閉じ、酒を煽る。
「またや、また殺られてもうた」
「ケケ、知新流の旦那、斬られましたかい」
場所は仁之助達が闘っていた近くの料亭、その二階座敷に二人の男が差し向かって酒を呑んでいた。
一方は関西弁の商人風、老人だが歳を感じさせない矍鑠とした様子と品の良い格好から何処の大店の御隠居と言った雰囲気だ。
一方は卑屈な喋り方の総白髪、一目で不健康そうだと分かる痩せた体に痩けた頬、白髪ながら顔は若かった。
「口入れ屋の旦那、随分な御執着でやすね」
「関西一円の裏仕事を取り仕切るワシが嘗められたままでいられるかい」
「一銭にもならないのに…そう言えば最初の依頼人の長州者は何処に行っちまったんでしょうかね」
酒を舐める様に呑む白髪男の呟きを聞き商人風の男・口入れ屋は何でも無い様に言う。
「アイツか?アイツならちょいと絞めて軒下に埋めたで」
口入れ屋は首を絞める真似をした。
「ケケ、おお怖」
「お前にも働いてもらうで、風車打ちの」
「あっしは高いですよ」
そう言って白髪男は口入れ屋の酌を受けた。
駿河城御前試合に出てくる流派以外との闘いも書きたいので全部の技は出ません。あしからず