るろうに剣心虎眼流武芸譚   作:ならない

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十番勝負五本目『風車十字撃ち』

 

新撰組には剣客集団と云うイメージがあるが、根本的には軍事組織なので銃砲を使った訓練も施されている。

右向け右、左向け左、進め、止まれ、構え、狙え、撃て、新撰組屯所ではそんな掛け声が響く。

 

仁之助はミニエー銃を構え引き金を引く、一瞬の間を置いてパンと破裂音が響く、放たれた弾丸は的の中央…

 

…から離れた的の画かれた板の隅っこに当たった。

 

「当たった」

 

「外れだ。バカめ」

 

呆れた声を上げるのは新撰組砲術指南・阿部十郎だった。

 

「せめて的の円の中に当てろ。まあ、最初の頃よりはマシだが…」

 

自分のこめかみの辺りを指でトントンと叩き阿部はため息混じりに言う。

初めて仁之助が銃を撃った時は十発撃って全て的を外して、そのうち一発の弾丸はどこをどうしたのか跳弾を繰り返し阿部の頭を掠めて行き、武田観柳斎の部屋に飛び込み床の間に飾ってあった壺を粉砕した。(当然、武田には怒られた)

その時と比べれば随分マシにはなったが、それでも他隊士と比べれば雲泥の差があった。

 

「すみません…」

 

そう肩を落とす仁之助を見て口を開く。

 

「藤木、射撃は集中力と正しい知識と技術だ。おまえの集中力は申し分ない、後は訓練あるのみ!しょぼくれて居る暇なぞ無いぞ!」

 

「はい!」

 

仁之助は射撃は苦手だったが、銃の訓練は割りと好きだった。阿部十郎の根気強く面倒見の良い人となりが好きだった。

 

(もし…もしも人に物を教える立場になれたのなら、阿部先生を手本としよう)

 

そう思うほどに阿部の事を尊敬していた。

 

 

 

新月の夜、夜更け仁之助は提灯を片手に小さな橋へと差し掛かった。

 

(今夜は屯所に帰れないな、何処か泊まるところは…)

 

そんな事を考えていると、後頭部の辺りにピリピリとした感覚が走った。

提灯を落とし振り向きざまに太刀を抜いた。

 

仁之助の背後、距離にして三から四間、そこには腕を振り上げた人影が立っていた。月明かりも無い暗闇の中、燃え上がった提灯の火だけでは相手の事はよく見えなかった。

 

「!?」

 

気付かれるとは思っていなかったのか人影は腕を振り上げた体勢のまま固まっていた。

それも一瞬の事で、人影は振り腕を下ろした。

 

見えない攻撃が暗闇の中から空を切り裂く音が聞こえる。

 

(手裏剣?)

 

仁之助は地面に転がり目に見えぬ攻撃を避ける。相手が忍びの類いならば投擲物に毒を塗っているのも有り得る。そう思って普段より大きく避けてしまった。そのために相手から目を離してしまった。

 

スコンと音を立て投擲物が橋の床板に刺さる。

 

仁之助は体勢を立て直し相手の居た方へ向き直る。しかし、そこには誰もいなかった。

素早く周りを見回しても何処にも居ない。

 

ドボンと橋の右側から音がした。覗き込むと波紋の広がる暗い水面が見えるだけだった。

 

(逃げたか)

 

太刀を納めようとした瞬間、再びピリピリとした感覚が走り、無心のままに横に飛び退く。

先ほどまで仁之助が立っていたところを銀色の突風が走った。

 

突風の正体は太刀、それが高速回転しながら飛んできたのだ。

飛来したその太刀は太い木製の太い欄干を切断してギュルルと音だけ残して暗闇の彼方へと飛んでいった。

 

「ケケッ」

 

振り向いた先には笑い声を残して川に飛び込む人影があった。

その人影の飛び込んだ川の水面は水しぶきも音もほとんど立てなかった。

 

 

 

数日後の昼時、川岸の団子屋の店先で茶を啜りる白髪の男がいた。

この男があの夜、仁之助を襲った人影の正体である。

 

「参ったね。こりゃ」

 

ちらりと視線を向けた先は、向こう岸を歩く仁之助の姿があった。

二度の奇襲、最初は暗闇で背後から、二度目は水音で気を反らしてから、どちらも気付かれ防がれた。

 

(感が良いじゃすまないぜ、ありゃ)

 

忍びの技を修めた白髪男は殺気を抑えて攻撃する技術を持っている。その技術が通用しなかった。

 

「ケケッ、ほんと面倒な仕事でやすな」

 

次の手を考える。そのためにこの数日間、標的を観察していた。

 

それでも何かしら感じ取っているのか尾行がバレそうになる事数十回、今は三十間以上離れてようやく観察できている。

 

あまりジロジロ見すぎると気付かれる。一旦視線を外しみたらし団子を頬張る。

 

「ん?ありゃ…」

 

視線を戻すと、転んで泣き出した子供に手を貸して立ち上がらせ、あやしている仁之助の姿が目に入る。

わざわざ膝を着いて視線の高さ合わせ幼児あやす姿を見た白髪男は笑みをこぼした。

 

首を振り表情を真顔に戻すと「お代、ここに置いとくよ」と店員に声をかけ銭を置いて団子店を後にした。

 

 

 

夜に襲われてから十日が過ぎた。最初の数日は視線を感じていたが、ここ暫く、視線も無く、襲撃も無かった。

 

(モヤモヤする)

 

仁之助は仕切りなおし的な闘いの経験は無い。闘う度に一つ一つ勝敗をはっきり着けて来た。白黒、優劣それらが明確な人生を送ってきた。

 

だが、今回は互いに無傷、刃を合わせる事もなかった。

 

傷の一つでも負えば敗北を認めスッキリしていただろう。そう思いながら今日も見回りへとでる。

 

 

 

夕方になり、屯所へ帰ろうと川岸の道を歩いていると、五、六歳ぐらいの男の子がトコトコと仁之助へと駆け寄って来た。

 

「何か用かい?」

 

「あんな、コレ兄ちゃんに渡せて」

 

「?、ありがとう」

 

男の子が差し出した結び文を受け取り広げて見た。

 

『二つ文字、牛の角文字、直ぐな文字、ゆがみ文字とぞ君はおぼゆる』

 

と柔らかな文字で書かれていた。

 

(覚え無し)

 

他の年頃の男ならドキリとしたかも知れない。だが、この仁之助、自慢じゃないが筋金入りの朴念仁だ。

 

「坊や、誰から頼まれたんだ?」

 

「えとな、白い頭のおっ」

 

男の子が言い終わる前に視界の端にキラリと光が入た。

十文字に回転しながら飛来する太刀が二本、男の子の背後から迫っていた。

 

男の子を突飛ばし、自分は逆へと跳ぶ。

 

地面を転がり勢いを利用して立ち上がる…

 

「ッ!」

 

…立ち上がれなかった。

太股に焼いた鉄棒を押し付けられた様な痛みが走った。

上半身を起こして右太股の辺りを見れば袴が赤く染まっていた。ドクドクと心臓の鼓動にあわせて血の染みが広がる。

 

(急いで止血を…!!)

 

音も無く近寄って来た者に太刀を振る。

 

「危ない危ない、ケケッ」

 

ひらりと太刀を躱したのは白髪の男、両手に小刀が握られていた。

仁之助の攻撃が届かない距離まで下がり、白髪男は片方の小刀を投げた。

 

仁之助の心臓目掛けて迫る小刀、それを弾く。

 

白髪男の空になった手には既に別の小刀が握られている。何時でも投擲できるように構えたままピクリとも動かない。しかし、此方が距離を縮めようとすれば素早く距離を取る。

 

(不味い)

 

機動力を失う脚の傷、止まらない出血、気を抜けば飛んで来る小刀、近づいて来る気配が無い敵。

 

睨み合いが続く。

 

男の子が泣きながら逃げて行った。

 

(よかった、怪我は無い様だ)

 

巻き込んでしまった男の子の無事を確認して、少しホッとした。

瞬間、飛んで来る小刀、弾く。

 

とっさに動いたせいで出血が激しくなる。

目が霞み、頭がグラつく。

 

仁之助の身体がふらつき

 

「うっく…」

 

そしてそのまま仰向けに倒れてしまった。

息はまだ有る。しかし、あまりにも浅く、今にも止まってしまいそうだ。

 

白髪男は暫く様子を伺っていたが、動きが無いのを確認すると大きく息をはく。

 

「ケケッ怨むなよ」

 

そう声をかけ、仁之助の胸に向かって小刀を投げた。

 

吸い込まれる様に仁之助の胸に飛ぶ小刀

 

バァン!

 

小刀が当たる瞬間破裂音が響く。土煙が激しく上がる。

 

土煙が晴れるとそこには胸に傷を負った白髪男が膝をついていた。

いつの間にか立ち上がっていた仁之助の青白い顔を見上げ白髪男は半ば呆れた声を上げる。

 

「ケケッ兄さんそりゃ…跳刀地背拳じゃねえか」

 

「そんな名なのか、この技のは」

 

話しながら右股関節を下緒で縛り止血した。

 

仁之助の跳刀地背拳は所詮モドキだ。本家ほど高く跳べず、音も大きい。本家は大の男の頭上まで跳べるが、モドキはせいぜい腰の辺りまで、本家はほぼ無音で跳べるが、モドキは爆竹の様な大きな音が出る。

 

だが、投擲された小刀避け、勝利を確信して油断した敵との距離をつめるのには十分だった。

 

(攻撃に難が有るか、要改良だな)

 

しかし、仰向けの体勢から攻撃に移るのが難しく、一刀必殺とは行かなかった。

 

息も絶え絶え、仁之助は止めとばかりに太刀を振り上げる。

 

「ケケッほんと面倒な仕事だ」

 

白髪男は帯から一本の紐を抜く、ジジッと帯の間から火花が上がった。

 

一瞬でヤバいと気付いた仁之助は白髪男の襟首を掴み、最後の力を振り絞り、川へと投げ飛ばした。

 

ドボンと水しぶき立て川に落ちた白髪男、瞬間

 

ドッカァン!!!

 

爆発、巨大な水柱を上げた。

 

うち上がった水が雨の様に降りかかる中、仁之助はヘナヘナとその場に尻餅をついた。

 

「ふぅ、肝が冷えた」

 

忍の者の恐ろしさを心底味わった仁之助であった。

 





「口入れ屋への義理は果たしたし、蝦夷へでも行こうかね…ケケッ」
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