重倉十兵衛の護衛に就いて暫く経った。護衛とは言え四六時中重倉に付いている訳では無い、役所兼自宅である役宅内では専任の警護役が居るし、重倉が朝廷に参内する際などは入朝する資格が無いため役宅に待機して登朝の行列を見送った。
ではいつ護衛するのかといえば、公家や各藩の京都詰めの代官との折衝の時である。重倉はそういった折衝の際は秘密裏に会うのが常であった。それは表立って会うとその人物が維新志士に狙われかねないという重倉なりの配慮であった。
仁之助達護衛は、それ以外の時間は役宅内で待機することとなっている。
宛てがわれた部屋で仁之助は相部屋の同居人と朝食の膳を囲んでいた。
「京都の食い物はどれも美味いが京都の漬物は別格ですね藤木さん」
「ええ、全く」
同居人、京都見廻組同心・清里明良は美味そうに口中のすぐき漬けを噛み締める。
京都見廻組と新選組は京都の治安維持という同じ目的の下に結成された組織だがこの二つ部隊の仲はすこぶる悪い、一方は旗本御家人からなる正規部隊、一方は浪人や町人果ては百姓まで腕か立てば入隊可能な非正規部隊、一方は生捕り前提、一方は見敵必殺、仲が良かろうはずもなく。京都見廻組の内部資料には近藤勇を新選組なる郎党の首魁と表現し、新選組では見廻組の長・蒔田広孝を文弱の徒と嘲った。
そんな訳で見廻組の同心と相部屋になると聞いて最初は警戒したが、それは杞憂だった。
何しろこの清里明良という青年は剣はからっきしだが人柄が真に良い、仁之助を若輩と侮ることも無く、浪人者と蔑むことも無い。始めの数日ですっかり馴染んでしまった。
「今日は警護の予定は有りませんし、食休憩の後に稽古をしませんか」
清里の提案に仁之助は頷いた。警護任務の無い時などは仁之助は清里や京都所司代の与力同心達と剣術の稽古をしている。
清里明良は護衛役に新選組から派遣されて来る隊士が‘壬生狼の虎’と異名を取る藤木仁之助と聞かされて護衛の任に志願したのを些か後悔した。壬生狼の虎の噂は今や京都で知らぬ者は居ない。
曰く、木刀で相手の顎を吹き飛ばした。
曰く、一振りで六人の首を刎ねた。
曰く、生きた鯉を丸齧りで食った。
全ての噂が真実とは思わなかったが火のない所に煙は立たぬと言うし、どれほど恐ろしい男だろう。きっと虎の様な眼の化け物じみた男に違いないと思っていた。しかし、実際に会って見ると義弟(予定)とそう歳の変わらぬ少年だった。流石の重倉も虎と呼ばれる人物が年端も行かぬ少年だとは信じられず本物の藤木仁之助か疑問に思ったらしい。それを感じ取ったのか仁之助は
「では手練のほどを御覧あれ」
と言うやいなや荷物から‘ある物’を取り出し中庭に飛び出した。ある物、それは巨大な木刀だった長さは人の背丈ほどあり刃に当たる部分は幅広く子供の胴体ほどの幅がある。その巨大木刀を縦横無尽に振った。凄まじい速度で振るわれた木刀から出る風切り音はブンブンと鈍いものでは無い、まるで鋭い刀を振った様なビュッビュッといったものだった。
「お美事」
重倉が思わず唸った。周りに居た京都所司代の与力や同心達も感嘆の声を上げた。
後から仁之助に聞いた話しによるとあの木刀は虎眼流の稽古に使う‘カジキ’と呼ばれる物らしい。ついでにカジキを振り回し相手に己の力量を知らせる行為を虎眼流では‘無双許し虎参り’と呼ぶらしい。
その虎参りを見ていた与力や同心達の中には教えを請う者が現れた。始めはそれに対して仁之助は困った様に頬を掻き
「未熟者故、それに任務も有ります」
と断っていたが、空いた時間にでも是非にと請われて
「では一緒にやりましょう」
と朗らかに答えた。それからの京都所司代での二人の扱いは下にも置かないものとなった。
清里は噂などはあてにならないと心底おもった。稽古の時などは厳しく激しいが、それ以外の時は、出された食事を無邪気な笑顔で美味い美味いと食い、給餌の飯炊き女に感謝を素直に伝え、新しい真綿の布団に喜ぶ、仁之助という若者は噂の様な化け物とは程遠い人物だった。
役宅の中庭で仁之助と清里が木刀を手に向かい合う。
「タァ!」
「うわっ!」
仁之助が打ち込んだ一撃を清里は木刀で防ごうとしたが受け損ねその場に尻餅をついた。
「‘うわっ’はないでしょう」
「す済まない」
清里の息が弾んでいる。汗みずくになって稽古に励んでいると
「精が出るな」
重倉が二人の様子を眺めていた。
畏まり膝を折ろうとした二人を手で制す。
「そのままで良い、ふむ、清里も少しはマシになったと思ったが、まだまだよのう」
「情けない所をお見せしました」
カラカラと笑う重倉の言葉に清里は恥ずかしそうに顔を赤くする。
「ところで重倉様、何か御用でも…」
「おおそうだ。二人共晩酌に付き合ってくれ」
重倉は度々この若い二人を酒の席や茶飲み話に付き合わせていた。
千五百石の大身旗本ながら重倉は拘るところ無く二人を誘う。
その席で仁之助の剣談や清里の身の上話を聞くのが重倉の楽しみになっていた。