夜の京都の路地を四人の侍が歩いている。四人とも羽織と袴を付けたしっかりとした身分の侍らしい。
この四人の一人は重倉、その他の二人は仁之助と清里でもう一人は京都見廻組からの増援で石地と言う中年の男だった。
この日、重倉は公家・久世との会合を行った。久世はいわゆる公武合体の思想を持った人物とされ朝廷内の倒幕派の動きを重倉に流していた。
会合は京都市中の
その帰り、月は雲に隠れ夜の闇が京都の路地をすっかり包んでいた。提灯を下げた清里が先に立ち道を照らす。町屋の軒先の椿が落ち、路地は朱色に染まっていた。
「聞いたぞ清里、来月祝言だそうだな」
「はあ」
重倉が突然に話かけたので清里は気の抜けた返事になってしまった。
「あの幼馴染の器量良しをもらうか、果報者め」
悪戯っぽく重倉が言う。仁之助と石地もクツクツと笑うので清里は気恥ずかし気に頭を掻く。
「どうも、でも悪い気もするんですよ…世の中がこんなに荒んでいるのに自分だけ…」
「何を言うか世の中がどうあろうと人一人が幸せになろうとするのが悪い訳が無かろう」
その時、四人の後ろの路地の角からスッと何者かが現れた。現れた人物は短身痩躯の若い男で赤髪を無造作に束ねていた。
「京都所司代、重倉十兵衛殿とお見受けする」
急に現れ不躾に声をかけて来た男に仁之助は刀の鯉口を切り詰問した。
「何者だ!」
「これより天誅を加える」
「刺客か!?」
男の言葉に四人は一斉に抜刀した。
「名乗れ!!」
石地は一喝した。
「……」
「名乗らぬか!!」
一喝を完全に無視する刺客に怒りをぶつける様に石地が斬りかかる。
その惨劇は仁之助の止める間とて無く一瞬の出来事だった。
刺客は刀を抜くことすら無く石地の一撃を鍔で受け止めたかと思えば石地の刀を上に弾き飛ばした。弾いた勢いそのままに柄頭を石地の目に突きこみ目を潰したかと思えばいつの間にか刀を抜き打ち石地の胴を斬り裂いた。即死であった。
石地が倒れるのを見向きせず真直ぐに残りの三人に迫る。刺客の刃が重倉を襲うと思われた転瞬、刺客は身を翻し後ろに飛んだ。刺客の体があったところに鋭い一刀が差し込まれたのはほぼ同時であった。
刺客こと緋村剣心は表情こそ変わらぬが内心驚愕していた。暗殺の目標に刃を突き込もうとした瞬間に予感の様なものがよぎり飛び退いた。
予感は当った退くのが少しでも遅れていれば己の首は道に転がっていただろう。しかし驚愕したのはそのことでは無い、その一撃を繰り出した男が自分とそう変わらぬ歳の若者だったからだ。
「重倉様を連れて逃げろ清里さん!!」
若者の言葉に清里と呼ばれた青年は一瞬の迷いを見せたが、意を決して重倉を連れその場を去った。
「きっと増援を呼んでくる!!死ぬな!!死ぬなよ!!仁之助!!」
油断なく剣心を睨め付ける仁之助と呼ばれた若者の顔が去って行きながら叫ぶ清里の声にニッカリと歪む。
「さて、増援が来る前に俺を切れるかな…人斬り抜刀斎」
「……」
「その顔は当たりらしい」
油断なく構える。自分を知っていることにはそれ程驚いてはいなかった。しかし増援は困る。急いで此奴を始末してしまわなけれならなくなった。
だが始めの一撃を見る限り油断ならない相手であるのは間違い無い。すると仁之助が急に刀を担いだ。しめたと思った。あの様な構えでは必然攻撃は横薙ぎの斬撃に限定される。最初の一撃で仁之助の間合いを読んだ剣心は横薙ぎを躱し必殺の攻撃を繰り出し斃すと決心した。
清里は重倉を連れ所司代役宅に駆け込んだ。門番に重倉を託すと清里はもと来た道を駆け戻った。
「私は戻ります!」
「待て清里!今増援を」
重倉が止めるのも聞かず仁之助のもとへと駆けた。
仁之助は心臓の音がやけに煩く聞こえていた。口では余裕そうに言ってはみたものの相手はあの‘人斬り抜刀斎’。狙われて生き残った者は無いと云われる最早都市伝説に片足を突っ込んでいる化物だ。今すぐに刀を捨て逃げ出したい。そう思うほどに相手は遥か格上の剣士
(格上の剣士か…ここを逃げ延びたとして俺の生涯あと何回これ程の剣士と相まみえる事が出来ようか)
おそらく二度と無かろう。そう思えばこそ
(ならば剣客としてこの一戦に死力を尽すのみ)
覚悟を決めたならば自ずと闘いかたも決まる。
仁之助は刀を担いだ。虎眼流必勝の形である。
ジリジリと間合いを詰める。
(あと二歩…あと半歩)
慎重に細心に間合いを詰める。
(今!!)
刀を振るった。
もしこの場に他の剣客が居たならば「まだ遠い」とでも言ったに違いない。剣心も超一流、否それ以上の剣客だ。刀の届く間合いを読み間違えることは無い。
なればこそこの‘流れ’は有効なのだ。
虎眼流中目録以上の秘伝‘流れ’それは相手を屠りさる最小の斬撃、その骨子は握りに有り、握り手を鍔元より柄頭まで滑らせ間合いをわずか数寸伸ばす。わずか数寸しかし三寸斬り込めば人は死ぬ。
頭を狙った斬撃、額を更にその奥の脳をも断ち切る必殺の斬撃、十分な勝算を持って繰り出された斬撃はしかし剣心には届かなかった。
刀が届く瞬間、体は前のめりに沈み込み刃風は剣心の頭上を通り過ぎた。
(躱された)
思ったのと腹を刃が貫くのは同時だった。
剣心がその事を思い出したのは仁之助が刀を担ぎ間合いを詰めているそのさなかだった。
『虎眼流が担いだら用心しな』
師匠・比古清十郎のその言葉、詳細は語ら無かったが‘あの師匠’が警戒する程の何か
(あの構えには何か有る)
故に剣心は初見の流れを避ける事が出来たのだ。
仁之助は剣心を咄嗟に蹴り飛ばし引き剥がした。だがそれが限界だった。膝が折れるのを自らではどうする事も出来なかった。
「グッ」
倒れ伏しそうになるのを刀で何とか支える。意識を失いそうになるのを必死に堪え己を殺す相手を睨みつける。その事に意味は無い、だがせめて死のその瞬間まで相手と相対するのが剣客としての誇りだと思ったのだ。
「仁之助ぇぇ!!」
その時、逃した筈の清里の声が聞こえた。剣心の肩越しに抜刀した清里が駆けて来るのが見えた。来るなと叫びたかったが言葉の代わりに血反吐が出てきた。
剣心は死に体の仁之助を無視して清里に向き直り斬りかかる。殺られると仁之助が思った瞬間、驚くべき事にガシッとその一刀を清里が受け止めた。
仁之助との稽古の日々がこれを成し遂げた。だがしかし清里の刀が根本からボキリッと折れた。剣心の刃はそのまま清里の胸元を斬り裂いた。
血が清里の胸から噴き出し辺りを染める。その光景を最後に仁之助の意識は闇へと落ちた。