後の世に『京都大火計画』と呼ばれるその企ての情報が新選組に入ったのは元治元年五月下旬であった。
新選組監察方の
計画の中心人物は尊王攘夷の志士・
宮部の計画とは、風の強い日を狙って御所に火を放ち、その混乱に乗じて禁裏御守衛総督・
以上の供述内容は直ぐさま標的でも有る会津藩主兼京都守護職・松平容保に上げられ会津藩兵の出動が要請された。しかし報告を受けて急遽開かれた会議では議論が紛糾して対応策は遅々として進まなかった。松平の家臣団が新選組を軽侮していたせいである。ある重臣などは「近藤勇は功名欲しさにことさら大袈裟にしているのではないか」こう言って憚らなかった。
結果、六月五日の当日まで何も決まらず新選組は数不明な敵に対して単独で対処する羽目になった。しかも会合予定の旅館の詳しい場所は不明で、その候補は複数、京都市中に点在している。その為に新選組は隊を三つに別け一軒一軒虱潰しに探す羽目になり戦力が分散してしまった。
夕刻、三隊はそれぞれ局長・近藤勇、副長・土方歳三、四番隊組長・
仁之助は近藤隊に配置された。近藤隊は他に一番隊組長・
夜の闇の中を袖口をダンダラ模様に白く染抜いた浅葱色の羽織で揃えた集団が突き進む、言わずと知れた新選組である。揃いの羽織の他には各々が鉢金を被り鎖帷子や籠手脛当を着込んだりしている。その中で比較的軽装な男が顔を笑み崩した。
「やあ、祭の音がここまで聞こえてきますよ」
確かに何処からか囃子の音が流れて来る。その音に顔をほころばせ場違いに明るい声の沖田に永倉は呆れ気味に苦笑する。
「沖田はいつも明るいな」
元治元年六月五日は今の暦では1864年7月8日、祇園祭の時期である。
場所は木屋町通り、西隣の川原町通りでは祇園祭で賑わっている。
祭りの夜、表通りでは日頃の憂さを忘れ浮かれ騒ぐ京の人々、しかし一本隔てる通りでは物騒な集団が敵を捕捉せんと駆け巡っている。
監察方より「三条小橋の辺りに長州浪士が集っている」の一報が近藤隊に齎されたのは亥の刻前、祭りの騒ぎもあら方収まった時だった。近藤隊が居る所から目と鼻の先だ。
「あの辺りで旅館は何処だ?」
「旅館は何件か有りますが、大人数が入るのは池田屋ぐらいのはずです」
近藤の問に武田が直ぐさま応える。監察方に土方、松原両隊に繋ぎを任せ近藤隊は池田屋へ急行した。
「安藤、奥沢、新田は裏口に回れ、我々以外が出てきたら…誰であれ斬れ」
池田屋には確かに大人数の気配がした。しかし祇園祭の時期には観光客も多い、間違いの可能性もあるのだが近藤は賭けに出た。三人が回り込んだのを見計らって、徐ろに池田屋に入って一声上げた。
「御用改めである!!」
瞬間、池田屋内は俄に殺気立った。同時に藤堂が踏み込んだ。後に魁先生と渾名される彼らしい果敢さだった。
「総司、仁之助、二階だ!!」
近藤の叫びに刀を抜きながら応え一気に階段を駆け上がる。
「おのれ、壬生狼が!!」
階段上に居た男が刀に手を掛ける。だが刀を抜く前に沖田の放った突きに喉を穿かれ階段を転げ落ちる。
二階は左右に一部屋づつの二部屋。
「仁之助さんは右側をボクは左!!」
「承知!!」
仁之助は右側の部屋の襖を蹴破った。さして広く無い部屋に六人の男、床には料理や酒がぶち撒けられている。
「新選組である!!手向かえば斬る!!」
六人は一斉に抜刀した。
「でりぁ!!」
一人が大上段に斬りかかる。スコンと間抜けな音が響き刀が止まった。天井に刀が刺さって止まったのだ。
「あっ」
間の抜けた声を上げた男の無防備になった胸を仁之助は一突きした。心の臓を突かれた男は悲鳴も上げずドウッと倒れる。
「お、おのれ!!」
「よくも!!」
残った五人は怒号を放った。
仁之助は徐ろに天井に刺さった刀を抜くと男達に向かって横薙ぎに投げた。
回転して飛来する刀を咄嗟に弾く。その隙に身を低くして滑る様に男達の真ん中に入り込んだ。
攘夷志士達は戸惑った。狭い部屋では上段に斬りかかれば先の男の様に天井に阻まれ、横薙ぎに斬りかかれば味方に当る。
攘夷志士達も剣術の素人では無い、寧ろ若い頃から道場に通い詰めて免許皆伝だとか達者とか云われる者も多いのだ。
剣術道場が想定するのは正々堂々とした尋常の勝負で、狭い室内で一人を多数で囲んで滅多打ちにするなど卑怯な戦い方は想定に無い。長い平和の中で剣術は殺法から哲学に成った。
故に攘夷志士達は無造作に真ん中に入り込んだ仁之助に戸惑い動きが一瞬止まった。
一方の仁之助は周りは全て敵、味方に当る配慮をしなくて良いのだ。右手で柄を人差し指と中指で挟む様に持ち左手で切先側の峰を摘む。ギリッと軋む音がする。
そして虎眼流は戦国の気質を色濃く残した殺法。その奥義は―――
『虎眼流秘伝‘流れ星’』
―――神速の横薙ぎ。
左手の指が峰を離した。瞬間、刃が光を放った様に見えた。
ビュッ!!
風を斬る音が響く。
一瞬の静寂の後、ドッチャと音を立て残りの五人が倒れ伏した。否、倒れ伏したのでは無い。その体は胴の半ばから立ち斬られ下半身を残し上半身のみが床に落ちた。
資料が多過ぎて逆に困る。