今回から明治編です。
破落戸長屋
東京の片隅に人々から『破落戸長屋』と呼ばれている裏長屋がある。ボロい上に日当たりも悪く、その辺りは治安も悪い、真当な人は避けて通る。それだけに家賃が安い。だから住まう人々も訳ありの者やその日暮らしの貧乏人などの世間からこぼれ落ちた者達であった。
その破落戸長屋に藤木仁之助と云う士族の青年が越して来たのは明治三年の事だった。藩の改易が相次いだこの時代こういった職にあぶれた士族が裏長屋に落ちぶれるて来るのも珍しく無かった。そういった士族は生活に困窮しているのが常であったが、この青年は金に困っている様子が無かった。長屋内で怪我や病気で仕事にあぶれた者が有れば米や味噌を分けてやり本当に困っていたら幾らかの金を包んでやっていた。これと言って稼いでいる様子が無いが、どこからそんな金が出て来るのか様々な噂が立った「どこか御大身の隠し子」だとか「実は大名の御落胤」だとか噂を囁いていたが、越して来て一年が経ちそんな様子が無いと分かるといよいよ金の出どころが分からなくなったが、その事で毛嫌いするとか深く詮索しようとする者は居なかった。その時には長屋の人々から『仁さん』と呼ばれ親しまれていたし、もしも疑わしい事が有ったとしても庇ってやるのが、こういった所の人情だった。
実のところ金の出どころについて長屋の人々が心配する様な事はなかった。新選組時代、酒色に用が無かった仁之助は俸禄や恩賞のほとんどを実家の藤木道場に飛脚便で送っていた。仁之助としては仕送りのつもりで送っていたのだが兄はその金には一銭も手に付けず「道場を継いだ俺は食うには困って無い、しかし、お前は何をするにも先立つ物が必要だ」そう言うと戊辰戦争後に帰郷していた仁之助にそっくりそのまま返した。その金は結構な大金で東京の片隅で慎ましやかに生活するには十分な金額だった。
仁之助は長屋の一室で新聞記事を読み耽っていた。新聞の見出しには逆賊・西郷隆盛成敗の活字が踊っている。西南戦争、明治十年二月に始まったこの内戦は同年九月の西郷隆盛の切腹と云う形で幕を閉じた。
「ふん」
仁之助はつまらなそうに鼻を鳴らし新聞を放り投げ、途中で止まっていた虫籠作りを再開した。竹製の丸い虫籠に捕まえた鈴虫などの鳴く虫を入れて売るのである。手慰みで始めた虫籠作りだったが風流人からは中々の評判を得て今では良い小遣い稼ぎになっていた。とは言え金に困っている訳では無いので気が向けばのんびりと虫籠を作り気が向かなければ仁之助は早々に虫籠を放り出し寝転がり昼寝をしたり、東京の町を散策したりして好きな様に生活していた。
「仁、邪魔するぜ」
仁之助がうとうと微睡んでいると声と同時に戸を開けて無遠慮に部屋に上がり込んで来た若者がいた。片眼を開けチラリと声の主を確認すると気怠げに呟いた。
「なんだ左之か······」
「なんだとはねぇんじゃねえか?」
若者の名は相楽左之助、長身に細身ながら筋肉質な体、逆立った髪、赤いハチマキに前を全開にした白い上着の背中には『惡』文字がデカデカと染め抜くという奇抜格好をしていた。
「なんだ『喧嘩屋』は本日
「るせぇ」
左之助は座布団の上にドカリと座り適当に置いて有った茶碗に長火鉢の鉄瓶の中身を注ぎ勝手に飲み始めた。
「なんだ?ただの湯じゃねえか」
「茶葉は戸棚の右の引き倒しだ」
仁之助は寝転がり目を瞑ったまま戸棚をゆびさした。左之助は立ち上がり戸棚をあさり始めた。
そのまま暫く二人は駄弁っていた。
仁之助は『張り』は無いが悠々自適な今の生活を結構気に入っていた。