私は、いつも通りにロードバイクでさまざまな場所にサイクリングしていた。
いつも通りに一日を終えるはずだった。
そして、叶うか分からない酔狂な夢を叶えるために、悪いことをせずに自分なりに人生を謳歌するつもりだった。
まさか、こんなことになるなんて……。
0話 OREHーKRAD
8月、蒸し暑い夏。
蝉の大合唱が辺りを包む中、私は自転車を漕いで遠い場所へと向かった。
都会を抜けて、山のほうへ真っ直ぐに。
両親のいない独り身の私は、たまに気を紛らわすために一人でどこか遠くへと日帰りの旅に出る。
気づけば辺りは田畑に電柱と街灯しかない田舎へとついた。
私はジーパンの左ポケットに入れていたスマホを取り出して、聴いていた音楽を消して、リュックサックに入れてあったスマホを取り出して地図を確認する。
「おー、かなり遠い所に来たな……」
私はそう呟いて、再び自転車を走らせる。
あれから何分経っただろうか、私の前に坂が見えたのだ。幸いロードバイクに乗っていたので、これほどの坂は、どうと言うことはない。
変な好奇心に駆られた私は、先に進んでみようと考え自転車を漕いだ。
「うおおおおお……キッツィィ!!」
息をきらしながら、私は驚くほどに長い坂を必死に登った。
暫く自転車を力一杯漕いでいると、長かった坂を登りきり、山の頂上まで来た。
私の故郷の街が一望できるまさに大絶景だった。
このクソ暑い中、必死に漕いだ甲斐があったというものだ。
「(めっちゃくそ綺麗やな……)」
私は登りきった達成感に浸りつつ、10分ほど、涼しげな風に身を委ねなが、この素晴らしい景色を眺めていた。
満喫した私は山を降りようと考えて自転車に乗る。
登りがキツかっただけあって下りは非常に楽だった。
しかし、私は目の前に迫るある異変に急ブレーキをかけた。
「??」
私の目の前に不安に真っ暗なトンネルが姿を現した。
行きしな、トンネルを潜った記憶がない。
いくら自転車を漕ぐのに必死だったとはいえ、トンネルに入ったら気づくはずだし、そもそもトンネルに入る前に引き返す。
「……」
私は真っ暗で不気味なトンネルを前に鳥肌を感じ、すぐに引き返した。
一本道故に間違えることは、まずないのだが……。
「(あれ、道間違えたか? いや、そんなことは……)」
私はもう一度、山の頂上に登って道を探す。
しかし、あるのは先ほど登ってきた道だけだ。
再び坂を下るが、どこにも分かれ道などなく、ただ先の見えないトンネルがあるだけだ。
私は眉唾をゴクリと飲んで、下り坂なのにも関わらず、全力で自転車を漕いで、トンネルを抜けようと考えた。
トンネル内は真っ暗で自転車のライトがなければ、何も見えない状態だ。
暫くすると、トンネルの先に微かながら光が見える。
私は安堵しつつ、そのままトンネルから出た。
しかし、目の前に広がる光景に私は、自転車を止めて絶句する。
いや、絶句する他なかった。
「え、なにここ?」
思わず言葉を漏らす。
私の目の前に無数の桜が咲き乱れていたのだ。
地面には桜の花びらが舞い落ち、周辺には灯籠が道の両端に間隔開けて並んで、真っ暗な夜をライトアップされてあった。
この世のものとは思えぬ幻想的な光景に私は全身から冷や汗がダムの放流の如く流れ出て、震えが止まらなかった。
バカな俺でも分かった。
信じたくはない。信じたくはないが、いま私は確実に違う世界に来てしまった。
そう考えるしか他なかった。
不意に後ろを振り向くがトンネルなどなく、暗い霧が掛かっていて帰れそうになかった。
「……」
私は震える口をパクパクと動かしながら、意を決して霧の中へと進んだ。
長い霧の道をまっすぐに進むと、何故か先ほどの場所へと戻ってくる。
「(つんだ? 終わった?)」
諦めた私は、不安と焦燥感に包まれながら、真っ直ぐと進んだ。
この時点で、もう私は助かることはないだろう。そう考えたからだ。
だったら怖いもの見たさで、目の前にある道を進んでみようと思ったのだ。
「行くしかないか……」
私は警戒しつつ舗装された桜道を歩いていると、飛鳥時代などにありそうな木造の塔が見えてきた。
しかし、飛鳥時代の五重の塔と比べると圧倒的こちらの方が大きく、階層も高かった。
私は辺りを見渡したが建物らしき物は、あの巨大な七重の塔以外は見当たらない。誰か人が住んでいるのだろうか……。
それとも、人以外のモノが住んでいるのだろうか……。
いい予感など一つも沸いてこなかったが、私は小走りで建物の前まで向かった。
「(でかくね?)」
私は塔の前で立ちすくんでいると、突如として扉が開いた。
私は思わず後ろへたじろぎ、心臓をバクバクとさせながら、扉の方を凝視する。
扉の奥から、青い髪色をしたショートヘアーの女の子が現れたのだ。青い透き通った瞳を持ち、背丈は私よりも低く、びっくりするほどに可愛い。
「……」
「……」
私がじっと立ったまま警戒していると、女の子の方から私に話しかけてきた。警戒する私とは違い物静かな感じで。
「あら? 見ない人ね、君は?」
その可愛い顔立ちに相応しい声で私に話しかけてきた。
私は、目の前の美少女に返事をする。
「え、えと、山から下山してくる下り道の最中にトンネルがあって、そこを潜ると何故かこの場所に来てしまって……」
私はありのまま起こったことを話した。
山を下っていたら、突如としてこの世界に辿り着いたのだ。
何を言っているのか意味不明かもしれないが、私にも何が起こっているのかわからない。
頭がおかしくなりそうだった。
しかし、女の子はそれを驚くこともなく真摯に受け止めてくれた。
「うーん。そうなのね……。ちょっと待ってね。あ、私の名前はフィーナ。フィーナ・セイレンよ」
「フィーナさんですか、突然誠に申し訳ないです」
私はなぜだが分からないが、謝罪をする。
フィーナさんは「いいのいいの気にしないで」と言っていた。
「とりあえず、入って入って。もしかしたら、貴方を帰す方法があるかもしれないから」
「本当ですか!?」
フィーナさんの一言に、私は一筋の光が見えた。
私はフィーナさんに案内されながら考えに考えた。
そして、いつの間にか巨大な大広間にやって来たまさに宴会でも行えるほどの広さはあろう場所である。
「純潔ー!! 純潔いるーー!!??」
ふとフィーナさんが大声で誰かを呼び出した。純潔と呼んでいるのだが、誰を呼んでいるのだろうか?
私は何か嫌な予感を感じていたが、ここで怯えた素振りをしてしまえば確実に舐められるんじゃないかと思い、内心死ぬほどビビりながらも、私は平然を装った。
すると、フィーナさんの目の前に黒い靄が現れて、それが黒い小さな精霊みたいな者になった。
顔と思わしき部分には何やら紋章?のようなものがあり、禍々しい感じのものがある。
ふわふわと浮遊する未確認生命体を前に今まで頑張って平然を保っていた私も、これには驚いた。
『どうしました?』
黒い精霊が喋りだした。エコーが掛かっていて聞き取りづらいが、声色は女性っぽさがある。
気品のある美しい声だ。
私の姿を見た黒い精霊は、フィーナの返事を待たずして、話しかけた。
『そちらの方は?』
「私もよくわからないけど、知らないうちにこの世界に来たらしいわよ」
『なるほど、お名前は?』
「えーと、小野寺です」
『ふむ……』
「あの……」
『はい?』
「あ、いえ、この世界は、いったい??」
私は思ったことをそのまま口に出した。
何もかもが不明な状況だった。
気になることもあるし、これから私はどうしたらいいのか、それさえも分からない。
不安と焦燥に駆られていた私が出た言葉に、黒い精霊は丁寧に話を進める。
『申し遅れました。私は純潔の邪悪。この方、フィーナ・セイレンの親とも言える存在です』
「じゃ、邪悪……?」
『ええ』
私の言葉に、純潔の邪悪はコクコクと頷いた。
純潔の邪悪と呼ばれた精霊は続ける。
『そして、この世界は我々、闇英雄の住まう世界です。この建物は我々の家と言える場所ですね』
「は、はぁ……」
『たまに迷い人がいるんですよね』
「ほ、ほう」
純潔の邪悪は笑いながら、そう言うが、私はこの非現実的状況を理解するのに必死だったので、頷くしかなかった。
とりあえず、この世界が私とは違う全く別の世界であることはわかった。
『お? お客様か?』
「おわぁぁ!!?」
突如の俺の横に別の黒い精霊が現れた。
あまりの突然に私はビックリして大声を上げながら、盛大に尻餅をついた。
「大丈夫!?」
『こら輪廻!客人とわかっていて、驚かすとは何事です!?』
『あ、いや、別に驚かした訳じゃ』
純潔の邪悪に怒られて、慌ただしく言い訳をするもう一人の精霊。
先ほど輪廻と言っていたから、輪廻の邪悪とでもいいそうだ。
『す、すまんな。驚かしたつもりはなかったんや』
「い、いえいえ」
関西弁バリバリの謝罪をする邪悪に私はもう半分放心した状態でゆらゆらと力なく立ち上がった。
理解が追い付かん。訳が分からなすぎる。
フィーナさんと純潔の邪悪が俺の心配をするなか、輪廻の邪悪が私にとんでもないことを話し出した。
『俺は輪廻の邪悪や。突然で悪いが、俺に支配されて、闇英雄にならんか?』
「……へ?」
続く
いきなりとんでもないことを言われたよ。
どうするよこれ。