例:◆人里◆
気分でこうしました。
◆人里◆
先日、旧友と出会うことが出来た龍輝であったが、今日も今日とて人里にいる。
家屋の復旧の手伝いをしているのだ。肉体が強いが故に、力仕事でみなの助けをしている。
本当ならば梓に話を聞きに行きたいところだが、自分はここで生きていた身。
ここに仕事があるならばやらなければならない、と彼は感じていた。
梓はそれを見越して、里に帰るようにと促したのだろう。
「その建材こっちで使わないからそっちの区画に持ってってあげてくれ!」
「了解っす!」
リズム良く木を叩く音に合わせて慌ただしく動く人たち。
季節的にも動けば暑いと感じる、そして日が照りつける気候。
皆が汗を流しながら作業を続けているが、龍輝としては少し違った感想を得ていた。
それは"現代よりも涼しい"ということだ。
現代社会ではコンクリートやアスファルトなど、熱を吸収して長時間熱を持ってしまう素材に囲まれて生きている。
それに加えて地球温暖化だのなんだのと要素を加えれば、現代の街並みは相当気温が上がる。
それに比べればマシな方だ、と言えるかもしれない。
(暑いもんは暑いけどな。)
汗っかきの彼は、服が汗で濡れてしまっており、濡れてないところを探す方が難しいという程に汗をかいていた。
吸水性の悪さなど現代と比べれば劣悪で、もはや脱いだ方が楽ではないか、と思わせられるほどの不快感だ。
とは言っても、彼が動くのはほぼ終わりだ。
建築の知識がない以上、道具や建材を運ぶことくらいしか手伝えることがないから。
あとは知識がある人の動きを眺めているだけである。
ここに自販機があればみんなの分の飲み物でも買ってくるのにな、と思ったが、そんなものはこの時代にはない。
それが現れるのは何年以上後だろうか。
所謂、彼が想像している自販機となると少なくとも1000年はかかるだろう。
さて、時間が開けば考え事ができるというもの。
(あの日からしばらく……あいつらに会ってへんな……。)
梓はあの戦闘時以外、ここへ来てなかったからまだ分かるが、聖士と結の2人はあの出来事からぱたりと来ておらず、会えていないのだ。
こうなれば、あの時に言っていたまたの機会、というのはいつなのか、むしろ本当に来るのか、と不安に駆られる。
(俺から会いに来いってことやったんかな?や、でもあんな目印もない場所をあいつが指定するとは思えんしな……。)
彼ならそんな場所は分からずに迷ってしまう、ということを梓も理解しているはずだと龍輝は信じており、ではどうすればいいのか、と考えが巡る。しかし、答えは彼からは出ない。
そして、答えは他人から与えられる。
その時は突然だった。
「ねぇ。」
「うおぁぁああ!?!?」
誰もいない空間であるはず真隣から女性の声が自分の耳に叩き込まれた。
大きな声ではない、だがとにかく近い。耳打ちされたと表現するに正しいほどに。
「梓が呼んでいるわ。あの森へ来なさいな。」
振り向けば、そこには空間に小さなスキマが出来ており、八雲紫が覗いていた。
スキマが小さすぎで、見えている部分は口元と片目くらいだった。
そこから、彼女は龍輝へ話しかけたのだ。
要件は済んだ、とばかりに龍輝からの返答を聞く間もなく空間は閉じられ、元へと戻る。
「もっと普通に話しかけてくれへんのかあいつ……だいたい森のどこやねん……そんでいつやねん……。」
ツッコミどころが多い、しかしそのツッコミも虚空に消えていくばかりで聞いてくれる存在はいなかった。
「夕刻ほどでいいそうよ。」
「だぁぁあ聞いてたんかい!!!」
と思ったら空間がまた開いて彼の後ろからまた声をかけられた龍輝。
そしてまた消えた。夕刻ほど、というと日が暮れるくらいだ。
では場所はどこなのか。わざとらしく何処だろう、と呟く龍輝。
どうせあの妖怪はまた聞いているのだろう、驚かせて来るのは分かっている。
そう思ってわざとらしくセリフを吐いたが、その言葉への答えは帰ってこなかった。
むしろ、周りの里の人からどうしたんだ、という目線が刺さるばかりで、いたたまれない気持ちが少し湧いてしまった。
やはりあの妖怪にはなにか仕返しをしないと気が済まない。
再び決意を固くした。
*
◆人里近隣の森◆
「来たわね。」
(……なんでおるのが梓ちゃうねん……。)
森の入口付近、てっきり梓がいると思っていたが、その龍輝の思い虚しく居たのは八雲紫であった。
薄く笑みを浮かべる彼女に、妖しさを感じる龍輝。
聞けば、どうやら作業中らしく、代わりに紫が迎えに来たのだという。
紫は紫で全く用がなく暇だ、という訳ではなかったが、手が空いていない訳でもなかった為、了承した。
先日の風見幽香との1件があるからだろうか。
着いてくるように言って前を歩く彼女の斜め後ろを、少し距離を開けて着いていく龍輝。
彼が警戒しているからか、会話は、ない。
「梓とはどういう関係かしら?」
紫の一言が龍輝の耳に届く。梓にもした質問だ。
どういう意図があっての質問なのかは、龍輝には分からない。
なんとなく気になったのかな、という程度の認識。
「あー……古い友人、すね。」
元の世界の、という説明はせず、久しぶりに会った友人だ、と答えた。
それ以外に情報はないが、紫が深堀りしてくることは無かった。
「逆にそちらさんは梓とはどういう感じすか?」
「友人、兼ねるところの協力者ね。」
ふふ、と笑いながらそう答える。詳しい説明は無い。
梓は梓で何かしてるんだな、と考え、妖しい存在との付き合いに友人の身を少しだけ心配した。
言葉少なく、会話は終わり、再び辺りには静寂が訪れる。
風が葉を揺らして音を響かせ、自身の足が草を踏む。その音が耳に強く残るほどに。
「もうすぐよ。」
未だ周囲の景色は木々ばかり。本当か?と疑いを持ってしまうほどに。
もしかしたら、もうすぐという言葉の概念的理解がこの存在とは違うのかもしれない、とふと思った龍輝。
もしくは、野営の類をしているのかもしれない、と思いついた。
もしそうであるなら、里の人間に便宜を図って貰うよう進言するのもありかもしれない。
里の人間は優しい人たちばかりだし、外で暮らすよりは、よっぽどいい暮らしができるだろう。
もちろん、彼女に考えや事情があって里に来ていないのかもしれないし、そこはとりあえず聞いてみるか、と龍輝は梓への1つ言葉を頭の片隅へと置いておいた。
しかし、考え虚しく、もうすぐだというその言葉が真であるとすぐに理解させられた。
森にしては明るい場所が少し先にあり、何となく空気感が少し冷えた気がした。
そしてすぐそこには開けた場所があり、湖があった。
その美しい光景に、おぉ、と小さく感嘆の声を上げる龍輝。
湖のほとりに、ひとつ建てられた家。
この時代にしては異様に現代的なそれ。一目で、梓がそこにいるのだ、と理解させられる。
「呼んでくるわ。待っていなさい。」
スっ、と空間にスキマをあけて中へと消えていった。
その空間は目が沢山鏤められた異様な空間であり、自分ならあんな空間、余程のことでなければ通りたくないと、忌避を感じた。
湖を眺めながら梓を待つ。段々と暗くなってきた。
今日は急いで帰らなくてはならないと直感し、帰り道はどうすればいいのかと頭を悩ませる。
ガチャ、と扉が開く音とともに考えを中断させられ、視線はそちらへと引き寄せられた。
「待ったか。」
「いや、そんなに待ってへん。」
何事もなく出てくる彼女。所作だけでは彼女が彼だ、ということは分からない、それほどまでに女性らしい、可愛らしくも美しい動作だ。
ますます分からなくなってきた龍輝。だが、信じると自分で言った以上、疑うことはなるべくしない。
そも、彼の知る"友人"とは、悪戯好きで冗談こそ言えど、誰かを真に陥れたりするような嘘をつくような人ではなかったと記憶していた。
「さて、紫。」
くい、と顎だけで家の方を示唆する梓。紫にも客人がいる、ということだろう。
赤い格子状の服に、緑髪の女性が、口角を上げ、されど鋭い目付きでそこにいた。風見 幽香である。
それに気づいた紫はすっ、と警戒を強めた表情に変わる。
「居間を使うといい。こちらは外で済ませる。」
「わかったわ。」
そういって紫は家の中へ。外にいるのは龍輝と梓だけになった。
さて、と前置きをする彼女。
「何が聞きたい?」
「ではまずは目の前の疑問から。」
「言ってみろ。」
「貴女は何故そんなに性癖に刺さる股間に悪いドスケベエロボディになってしまわれたのですか?」
とてつもなく真面目な顔で、何故か敬語で彼はそう言った。
「最初の質問がそれでいいのか?」
「いや、だってそうやろ。」
龍輝として、確かに他に疑問はあったが、とりあえず目の前の大きな問題を解決したいと思ったのだ。
ほかの疑問といえば、大きな問題すぎて漠然としたものだが、目の前の存在に対して言えば大きな上に明確な疑問だったが故に、それを先ず気にしたらしい。
「……まぁ貴様らしいことだ。」
「そら気になるやろどう考えても。」
はぁ、と溜息をつきながら呆れる彼女に、当然だ、と言わんばかりの追撃をした。
「知らん。」
「ッスゥー……ほぉん。」
「原因に確定した心当たりなどない。」
「……おけ、じゃあやな。」
えーと、と考えたような動きで聞きたいことを整理した。
「この森はなんや?」
妖怪が出るのでこの森には近づくなと里で言われている。
そもそも妖怪が普通に存在しているというところからして疑問だが、それはさておいたとしても、八雲紫が出たことなど、この森には疑問が浮かぶ。
「ただの森だ。どこにでもある。」
「嘘つけェ!」
即座にツッコミを入れた。龍輝目線で言えば、ポンポンと人ならざる存在が出てくる森があってたまるか、と言ったところだ。
「少々魔力などが濃いか、と言った程度だ。」
「……ガチな感じ?」
「ああ。」
しかし梓は冗談など言ってはいない。
そもそも、妖怪等の人外なんぞその辺にいくらでもいる時代だ。
もちろんその種によって生活区域や出没しやすい環境などはあるにせよ、稀有な存在では無い。
現代では科学が発展したが故に、様々な現象に説明がつけるようになり、妖怪等は存在できなくなってしまった。
いずれも信じられるが故に存在できるからだ。
それがない"ここ"ならば居て当たり前と言うくらいの世界。
ただの森にも妖怪や妖精、霊の類なら普通にいる。
しかしながらそれにしても、この森は魔力などの力が色濃く存在する。
ただ、それだけだ。
「キャー!ウフフ……。」
自然に寄ってきたのか、妖精の頭を片手間に撫でながら平然と言った姿に、龍輝は驚かされた。
妖精も喜んでいるようで、笑顔だ。少しすれば、ふわ、とまた別の所へ飛んで行ってしまった。
そこにいた妖精は気分屋であったようだ。
「で、なんでここに住んでんの?」
「人里では暮らしにくいからだ。」
容姿などの事情があり1つの場所に留まり続けることが難しいのだ、と彼女は様々なことを省き、必要なことだけを語った。
ここならば森の奥深くで、踏み均された道すらなく、人に会うことはほとんどない。
普通であれば余程の命知らずくらいしか現れないだろうし、そんな存在がいたところで、道中で妖怪に殺されてしまうのがオチだ。
「あーまぁ目立つもんな……。」
説明が少ないからか、彼は髪色や、その容姿から注目されるからか、と認識した。
本来は不老が故に1箇所に留まり続けることが出来ない、と言うことなのだが。
「あ、そういえばあの二人は?どういう?」
「結と総督か。友人だ。"向こう"のな。」
龍輝よりは古くは無い、とつけ加えて説明を終えた。
ほかの経緯については本人らに聞け、と暗に言っているのだろうか。
「そっかぁ……。じゃあ、やな。この世界はなんや。日本であってるんか?」
少しづつ質問の規模を広げていく龍輝。
それに梓は淡白に答える。遠い過去の日本だ、と。
所謂、異世界転生の類ではないだろう、ということ。
梓視点で言えば、諏訪大戦に関わった身。日本、と認識するに充分の出来事だ。
「言語、気候や物事の流れ等を見るにおそらく日本だろうな。」
しかしながら、日本に酷似した異世界だ、という線を消しはしないため一応断定を避けた。
今のところは、日本で時間を遡った、という説明が着くが、だ。
その後もいくつかポツポツと質問を重ね、それに梓が答えるという時間が続いた。
「……ありがとう、とりあえずはわかったわ。」
頭を掻きながらそう告げる。
全て謎が解明した訳では無いし、全ての疑問を聞いた訳では無いが、とりあえず大きな問題と、目の前の問題については聞けた。
一旦は情報を整理するためにも、ここまで聞ければ十分というところまでは行ったというわけだ。
「ここへ来るなら好きにするといい、部屋は空いている。義理立てが先だろうがな。」
大社 龍輝というのは律儀な質で、今の状況で言うところの、世話になった人達に何も言わずに突然どこかへ行く、というのは良くないとしている。
働かせてもらってる場所に穴を開けるわけだし、世話になった人達に心配させる訳にも行かない。
故にこそ、宣言し、暫くして問題がなくなってから、というわけだ。
それを梓は龍輝のことだからそうだろう、という旨の発言をした。
まぁ、友人だったからわかる、ということ。
「んおー、そうするわ。」
相手は姿が変われど友人、気楽に返事をした。
紫や、その他の知らない妖怪が入り浸るなら辞めておこうかとすこし悩んだところは正直ある龍輝であった。
「帰る前に茶でも飲んでいけ。」
喉が渇いているだろう、とそう言って彼女は家へと歩を進める。
それに従って、龍輝も追従する。
扉を開けば、見慣れたはずの光景。現代にありそうな、そんな家。
当時にすれば特別なことは全くない、それが。
随分と懐かしい光景で、しみじみとした感覚を得た。
リビングだろうその扉を開く。すると。
「梓、なんなのよこいつ。やめときなさいよ、胡散臭いわ。」
「ッ……あら、戦うことしか脳のない妖怪擬きにはわからないかしらね、私たちの考えが。」
「チッ……梓と手合わせしたこともない、することも出来ないような臆 病 者の言うことは違うわねぇ。」
「は?」
「あ゙?」
「(どえらい場面に出会ってもうた。)アッス……すいません失礼しやす……しゃす……。」
龍輝が来た時に居た人、風見幽香。それと八雲紫。
実はここが初対面であり、そこからバッチバチで不仲であった。
龍輝からすれば勘弁してくれ、と言った具合で、小声で入室した。
目線を決して、合わせないようにしながらその場に佇む。
梓に早く来て欲しいという思いと、話しかけてこないでくれという思いを強く念じながら。
「仲良くしろとまでは言わんがここで暴れるなよ。殺すぞ。」
「あ、当たり前よ、そんなことしないわよ?」
「え、ええ。もちろん。」
梓は冷蔵庫を開きながら、さらっとそう告げる。2人は焦りながら了承した。
もちろん、2人にそんなつもりはないが、2人とも梓に死を突きつけられた者同士。
そこは通じ合うものがあったようだ。
「飲め。」
「おぉ、ありがとう。」
すっ、とコップに入れられた飲み物を手渡される。
茶でも飲め、と言われた通り、お茶がでてきた。
龍輝としては随分と久しく飲んでいないものであり、少しの驚きとともに受け取った。
まだこの時代、中国からの茶の文化の伝来が来ていない時代だ。
「なんのお茶なんや?」
「エノコログサだ。」
「……ほぇ〜。ええやん。美味いお茶やなぁ。」
聞いた事のない物だ、と思いながら口に含む。麦茶のような味がした。
もはや懐かしむと言った風に感じる龍輝の感性に、彼は長くここにいたものだ、と思った。
汗をかいて水分を失い、温まった体に冷えたお茶が染み渡る。
「へぇ、珍しいものを煎じてるのね。」
「そうなんすか?」
梓の一言で雰囲気が落ち着いた2人に、ああ良かった、と思いながら話に参加した。
珍しいかどうかはさておき、美味しいからなんでも良いか、と思ってさほど興味もなさそうな返事。
なんの気なく、お茶を飲み干しながら。
そんな時。
「……その辺に生えてる猫じゃらしのことよ。」
紫がさらりと、龍輝はどんなものか分かっていないのだろうと察してそういった。
「そうなんすか……???」
龍輝、震え声にて緊張感が走る。興味が一瞬にして深まった。
「………………え、大、あの、大丈夫なんすか?毒とか、俺飲ん、飲んでしも、全部飲んだんすけど大丈夫なんすか??」
大焦りしながら早口でそういう龍輝。
「大丈夫よ。」
幽香が普通にそう告げる。猫じゃらしは正式にいうとエノコログサである。
イネ科の雑草であり、現代で言う麦茶の原料もイネ科であるため近縁種ということになる。
また、穀物の粟(あわ)の原種ともされる。
要は毒はない、ということだ。
「そうなんすか……そんなんもあるんすね。」
「梓、私も貰っていい?気になるわ。」
「構わん。紫は?」
「どうせなら頂くわ。」
2人にもお茶を渡す。味の評価などをして穏やかな時間が流れる。
幽香に関しては作り方などを聞いたり、植物のこと故か興味が深かったようだ。
しばらくして幽香は帰っていき、日が落ちそうだからと龍輝も帰っていく。
梓と紫が残された。
「いずれ大きな1つの郷を収めることになるだろう、ああいった手合いも慣れておけ。」
ふふ、と笑いながら梓はそう言った。
緊急の際は殺してでも止めるさ、と付け加えながら。
味方ながら恐ろしいものだ、と紫は思った。
風見 幽香に対してそうであるならば、やはり自分に対してもそうなのだろう、と。
そう直感してのこと。
「式の話、考えたか?」
「ええ。現実問題として将来必要になることは理解しているわ。」
妖怪と人が共存できるひとつの国とも考えられるだろうそれを創り、管理する。
そのような規模になってくるともちろん1人では手が足りない部分もいずれ出てくる。
それを理解していない紫ではない。
が、信頼に値するものでなくてはならないし、誰でもいいという訳では無い。
探してはいるが、まだ見つけられていないという段階だ。
「そうか。事が事だ、仕方がないか。」
そうだろうな、と予測していたような雰囲気で梓は返答した。
「それともなんだ、私が式になってやろうか?」
「冗談がすぎるわよ、扱いきれないわ。それに反逆されたら一溜りもないじゃない。」
冗談めかして返答したが本音である。
紫目線として、梓の戦闘能力は脅威。である以上、自分の配下に近い式という位置につける場合、常に自身の背中に刃を突きつけられているようなもの。
それに、式とした所でそもそも言うことを聞く保証は無いし、封印などを施しても果たして効くのか、と言われると頷けはしない。
もし本当に自分の手足のように動かすことが出来て、反逆が起きない。
そんな手段があるのなら最初からそうするし、初の邂逅の時の葛藤などなかっただろう。
「さて、私は西の方へ向かおうと思う。」
「わかったわ。今回も一人で行くのかしら。」
「いや、少なくとも結は着いてくるだろう。」
前回、風見幽香の時は梓一人で行った。
帰ってきた時に、次は自分もいく、と彼女が言っていたのだ。
恐らく、連れていこうとしなくても着いてくるだろう。
聖士についてはどうなのか、と問おうとすると。
─ガチャッ─
「……お、帰ってきてたのか。ただいま。」
外から帰ってきたところのようで、いいタイミングでリビングへと入ってきた。
結は、と聞けば湖を眺めている、と返答が帰ってきた。
梓はこれからまた西の方へと向かうことを聖士に説明。
距離もあることで、恐らく長くなるだろうことを説明した。
「聖士、どうする?」
「あー……じゃあまあ、俺も行こうかな。どうせなら。」
特に強い意志ではない、まぁ友人が行くなら着いていくか。1人残されるよりは、ついて行った方が楽しそうだし、梓に色々聞いたりできるだろう、という、その程度である。
「と、いうことだ。全員で行くことになる。」
「家はどうする?」
「ふむ……残していても面倒か。"回収"することにしよう。結にも伝えておけ。」
聖士に自身の身近に置いておくような、必要なものは手にしておけ、と指示を出した。聖士は自室へと向かう。
紫は回収、という言葉に少し思考、そして理解した。
梓は異空間に倉庫のような物を持つ異能を持っており、それの中に全てを収納して行く、ということだろう。
「安心しろ紫。またここへは帰ってくる。ただ、"これ"がある事で面倒事があると困るだろう?」
この家というのはそれ自体が異質なものだ。この時代にはない技術で作られているから。
それによってここが人間の手によって賑わったり、家に勝手に住まれても面倒。
故の決定ではあるが、それはここを捨てるということでは無い。
空間が人に占領されていないのなら、人から見つかり辛いところであるならばまた帰ってくる。梓はそのつもりだった。
「……では、こちらの方へは人の手が伸びないように誘導しておくわ。」
「ほう、それは助かる。とは言っても、ここに人が寄り付くとは思えんがな。」
「まぁ、そうね。でも念の為よ。」
そもそもここは梓らが長くいたからか、魔力や妖力などがかなり濃い。
彼女らが居なくなったのならばここは妖怪らにとって、一時的とはいえどもかなりいい環境にはなる。
そんな場所にまず人は寄り付かない。
ならば心配は無い、が、ここを離れる期間が長くなればそれが薄くなる可能性も否定はできない。
そうなった上で人が里を広げた場合、ここは里に近くなる。
可能性は低いが、そうなれば梓はここへは帰らない。
その小さな可能性は、紫がそれとなく回避してくれるようだ。
それからしばらく。
聖士と結は自身のものをまとめた。とは言っても、本当に身近なものだけとなると、出かける程度の荷物に収まる。
準備は一瞬だ。2人は少しの時間の後、梓に終えたことを伝えた。
「では私も片付けるとしようか。」
その言葉と共に行動を開始。紫はここで撤退。
聖士と結には手伝うことが出来ないため、暇を持て余していた。
どうせならと人里へと向かい、暇を潰すことに。
◆人里◆
「あ、私たちいないから。しばらく。」
「は?」
ついでに、と。梓の知り合いであるだろう彼に情報だけでも伝えに来た2人。
結の足りない言葉に、驚愕の言葉で返す龍輝。
その後、聖士から補足の情報を付け足される。
ここから西の方へと遠征に行くから長くいなくなると。
どのくらいか、という返答に、確定した物言いはしないが、何年くらいだろうなぁ、と聖士は声を漏らした。
梓の目的について行く2人にはどれほどかかるか、何が目的かなどは不明だ。
それに対し、龍輝は動きを止め、強く悩むような声を上げる。
「……1週間……いや、3日だけ待ってくれへんか?」
「?あー梓がいいなら。伝えてこようか?」
「頼むわ。」
特に理由を聞くことなく、梓に伝えることにした。
そもそも、彼らに時間が決まっている訳では無い。
少々待ったところで何も変わらないため、是とした。
そして、3日後。
「着いてくるのか?」
「当たり前やろ。てか置いてくなや。」
出発時、龍輝は見送りではなく彼女らに着いていくべくここにいた。
龍輝は"ここ"に数ヶ月、たった1人で過ごした。
もちろん寂しい思いはしたし、心細いものだった。
そこで、姿を変えていたとはいえ友人と会えたのだ。
これで多少なり気が紛れる、と思ったところにまた数年いませんと来た。
そんな酷なことはないだろう、ということで、止めるのではなく、着いていくことにしたと。
数日待って欲しい、といっていたのは自身のいる場所に別れの挨拶と準備をするためだったわけだ。
「好きにするといい。さて、行こうか。」
そう言って、梓は前を歩き始めた。それに追従する結。
初めて、この人里を大きく離れた場所に行くことになった龍輝。
少しの緊張と、それでも友人が、境遇が同じ人間がいるとなると安心感がそれを凌駕する。
人里の方を振り返り、一礼。また、帰ってくると心に誓いながら。
そして、遅れて続いた聖士を、少し小走りで追いかけた。
*
◆竹林◆
「これはどうだった?」
「遣い手を選ばないものだ、これで十分だろう。」
「ってことは1級品とはいかないか、結構頑張ったつもりなんだけどな。……やっぱりそういう機構としては梓には勝てる気がしないな。」
「何を言う。造形にしても、私はそーとくより優れていると思ったことは無い。」
4人はとある竹林にいた。目的の場所へと向かう道中だ。
聖士が創ったであろう道具を梓が使い、それの使い心地を聞いたところ。
どうやら魔力を使うような機構が備わっているようだ。
その後は、その機構の話や、別の方式ではどうか、などと会話が続く。
創る者同士、話が盛り上がっていた。
「結さん、わかります?」
「わかんないよ、全然。」
「そっすよねぇ。」
そういったものに詳しくない2人は、なにかすごい話をしているなぁ、と聞き流している。
旅に出てしばらく、色んな景色を見ながらそんな時間が続いていた。
まだしばらく、そんな時間が続くのだろうか、と思われたその時。
「ひ、ひぃ!」
野生の獣に襲われ、逃げ惑う老人の姿がそこにあった。
その獣は熊のような姿で、しかし目が赤く光っており、見る人が見れば妖怪だ、と理解出来るだろう風貌。
「結、総督。」
「了解。」
「ん。」
ぴっ、と指をその妖怪へと指すと細いレーザーが発射され、正確に妖怪の頭を貫く。
とはいえ、妖怪とは精神に強く依存する存在。頭を一筋貫いても消滅することは無い。
怯んだものの、発射されたであろう方向、つまりは結の方をばっ、と振り返る。
追加でもう1発、今度は逆の手からの衝撃波。
妖怪は振り返った時に進行が止まったため、後ずさる人間との距離が少し離れた。
その隙に衝撃波で吹き飛ばしたわけだ。
大きく後ろへと身を置くそれに、飛び上がっていた聖士が手にした剣を強く縦に振るう。
いとも簡単に2つへ両断された妖怪。
梓はその妖怪がしばらく行動できないだろうことを確認し、2人へと目線を送る。
意図を察した2人は戦闘態勢を解除した。
「あー大丈夫ですか?お爺さん。」
「ええはい、助かりました。いやはや、申し訳ない。」
龍輝の言葉への返答を聞いて、大丈夫ならばいいか、と結はじゃ、と告げて立ち去ろうとする。
「お待ちくだされ。旅のお方々。」
それを止める老人。
「助けられて礼をせぬなど、"讃岐の造"の名が泣くというもの。大した持成も出来ませぬが、どうか私の家で一服して行ってくだされ。」
彼目線としては実際、一行は怪しい存在であることは明確だろうが、それを引き止めるこの老人はさて能天気か、余程のお人好しか。
「……腰が抜けて立てないようだ、運ぶついでにそうするとしよう。」
「いやはや情けない限りですが、お頼み申す。」
未だ腰が抜けて立てない彼。くい、と梓がハンドサインによる指示を出すと聖士が彼を背負い、彼の言うままに山を降りる。そしてひとつの町へと入った。
◆讃岐の国◆
街並みが流れ、彼が案内した家を見れば周りの家よりもかなり大きい。敷地面積も相当だ。
「すご。でっか。」
「えぐいな、豪邸やん。」
「実は最近建てたものでして。竹林で赤子を1人拾ってからというもの、偶に竹から金が湧くようになりました。……この歳まで子を成せなかった私たちに天から授かったかと思えば金まで授けてくださったと来た。こうなればその子を立派に育てろという天明だろうと、何処へ嫁いでも恥とならない、見劣りせぬ立派な家を建てた次第です。」
ははは、と笑いながら老人はそう言いながら聖士の背から降りた。
どうやら、もう大丈夫らしい。そのまま家へ入っていったため、それへ続いた。
大きさの割に人気のない家を歩き、老人の妻らしき老婆の元へと案内された。
「人気がないと驚いたでしょう。」
「あーそうですね。」
「どっか行ったの?」
老夫婦に聞けばそうではなく、人を雇う前に家ができてしまったということのようだ。
故にこそ使用人がいなく、人気のない広い家になってしまっていると。
そこから少し談笑し、話題は娘の話へ。
「是非とも、娘に旅の話を聞かせてやってはくれませんか。あの娘も暇をしているでしょうし、若い女子もいることです、通づる物があるでしょう。」
そう言って老夫婦は4人を娘の元へと案内し始める。
さて、今日助けて貰っただけの4人を愛する一人娘へと会わせるとは、そこ抜けた人の良さを感じた結。
むしろ大丈夫なのか、と少しだけ心配になった。
道すがら、とても美しい娘だ、いい娘だ、とべた褒めする老夫婦に、溺愛されているのだな、と龍輝は相槌を繰り返す。
「む、美しさならウチの梓も負けないよ。」
「なんのなんの!うちの娘はまるで輝くような美しさでしてな。もちろん、貴女方も大層美しいとは思いますが──」
という謎の会話も繰り広げられた。
梓は巻き込まれたものの、言葉は出さずに話だけを聞いている様だ。
聖士はまた結が自由なこと言ってるな、と乾いた笑いを出してしまった。
「輝夜、入るぞ。」
老人がそういって輝夜と呼ばれた娘の部屋へと一行を通す。
簾の奥の、陽の光に照らされた人影が動く。
それを開き、顔を出す。その動きにお淑やかさはあまり感じない。そういう性分なのだろう。
しかし、その姿たるや老夫婦の贔屓目無しに、美しい。
輝くように美しい、という表現もあながち間違いというわけでは無い、と思えるほどだった。
常人の放てる美しさとオーラでは無い、と男2人は感じた。
長く綺麗な黒髪を揺らしながら、彼女は話しかける。
「あら、貴女は……。」
梓を見て、彼女は興味深そうに呟く。
「ふふ、ふふふふ──」
輝夜は少しだけ顔を伏せながら笑う。
「おお、輝夜や。どうしたのだ。何がそんなに面白いのだ。良ければこの爺にも教えてくれんか。」
「いいえ、いいえ。なんでもありませんわ。ところで皆様、ここへはしばらくいるのかしら?」
「ああ、滞在するつもりだ。」
「爺様、この人達を私の、この家の護衛としてしばらく居着かせてくださいな。」
梓の返答を聞き、これ僥倖と翁にそう告げる。
「もちろん、構わないとも。そうとなれば婆さんに伝えて来なければ。」
そう言いながら部屋から出ていく翁を横目に、輝夜は4人に向けて呟く。
「お人好しでしょう、爺様は。素性も知れない、今日知り合ったばかりの旅人を確認もせずに居着かせて欲しいというのを聞き入れて。全く、今までよく生きてこられたものだわ。」
既に立ち去った翁を見ながら、そう憎まれ口を叩く。しかしその瞳は慈愛に満ちていた。
輝夜はその出生からして半ば人では無いのだろう。少なくとも常人では無い。
それでも、彼女はあの翁の娘なのだ。
「で、よかったわよね?」
「ああ、構わない。」
一応、と輝夜は確認を取り、梓はそれに是と返した。
梓は目線を3人に向ける。"構わないな?"と聞いているのだ、と3人はすぐにわかった。
少し顔を見合せたあと、結が代表して頷いた。
滞在する宿も決まっていなかったところに、居着かせて貰える場所の提供。
それだけでも頷くに値することだ。
護衛、という文字に少し心配を覚える龍輝だが、梓らがいるのなら問題は無いのだろう、と感じていた。
こうして、彼女らは、讃岐の国にて滞在することとなった。