東方想転叶   作:楽園の主

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2025/1/8:セルナ→セナに変更。語感がこちらの方がいいので。


第14話 ─5人目、そして2人─

 

 

 

◾︎人里周辺の森◾︎

 

 

同行していた3人を里に置き、再びあの湖の畔に拠点を立てた梓。

以前よりも少し家が大きくなったが、方式的には全く変わらない。

紫がそれとなく人が来ないように誘導していたためか、人が訪れた形跡はなく、問題なくここで滞在できそうだ。

 

「紫、人里で変わったことは?」

「そうねぇ……稗田家の当主、阿礼が古事記に関わろうとしたけれどどこかで亡くなったみたいで、その子である阿一が関わることになったみたいよ。」

「ふむ……幼いと記憶しているが。」

「なんでも能力を見込まれたみたいよ。」

「ほう、大したものだな。」

「それと、女性ばかりの猟兵団が出来たようね。」

「なるほど?」

 

外観の調整をしつつ、紫と世間話をしていた。

報告のついでに、どうせなら親睦を深めるという意味でも、とのこと。

まぁ要するになんてことのない、雑談だ。

人里の規模も少し大きくなったらしく、様々な人間が増えてきている。

梓は人里に行くことがほとんどない。

それなら、1度行ってみてはどうか、という話も出た。

 

「そうだな、気が向いたら足を運んでみるとしよう。」

 

そこから一言二言会話し、梓は家へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

◾︎人里◾︎

 

 

 

 

人里に訪れた梓。確かに、はたと見ただけで以前よりも賑わっていることがわかった。

見て回っていると、その見た目からかちら、とよく視線が送られる。

それにはもう慣れたものだ。大体の人の集まりでは毎回こうだからだ。

かといって、忌避するような目線ではない。珍しいものを見たな、というその程度の目線。

龍輝が"いい人達ばかりだ"と言っていたが、それは伊達ではないということか。

 

「そ、そこのお方、少しよろしいですか?」

 

梓の姿を見た時、少し目を見開いたあと、悩み、恐る恐ると話しかけてきた女性。少し身長は小さいが、軽度の武装をしている事がみてとれた。

さすがに、見知らぬ人を無警戒に受け入れるという、抜けた人間達ばかりではないようで何よりだ、と感じつつも梓は短く返事をした。

 

「お時間ございましたら、こちらへお越し頂くことは可能でしょうか……?」

 

ピシッと背を伸ばしながらそう言った。その表情には過度の緊張が見て取れる。

梓は力をかなり抑えており、周りの影響がないほとだ。

周囲の人間は全くそのような様子がないことから、梓の力に気圧されている訳では無い。

その事から、1つ、理由にあたりがついたが一先ずそれに了承してついて行くことにした。

様子を見ながら後ろを着いていき、1つの建物に到着した。

その女性について行き、扉をくぐるとそこには女性しかいない空間が拡がっていた。

梓の姿を見て皆が驚愕の後、ざわ、とザワついた。

そういえば女性のみで構成されている猟兵団ができたという話だったな、と思い出す。

案内した女性は少しだけオロオロと周囲を見ながら考える。

その後にこちらへと案内された場所に入った。

そこには広い空間があり、人はいない。

 

「失礼で申し訳ございませんが、こ、ここで少しお待ちください。」

 

そのまま向こうに消えていってしまった。

綺麗に保たれているその大部屋に、1人残され、しばらく。

 

「貴女が判断できないってどういう──」

 

おそらく、ここの組織の1番上の人間だろうその人が現れ、また梓を見て絶句し、目を見開いた。

が、それも一瞬。

 

「総員集合!!」

 

一言、大きな声で号令を行った。

この建物にいる全員が動いているからかこれそのものが震えているように音を立てている。

速やかに、そして続々とここに集まり、最終的には20数名ほどになった。

そして、長らしき彼女がゆっくりと跪いたのを見ると、団員全てが同じく跪いた。

 

「お越しいただき、ありがとうございます。私は猟兵団"白睡蓮"団長、セナ・ルーランディアと申します。」

 

彼女は言う。今やもう数年前の話だが、狼男のような妖怪をリーダーとした妖怪の群れに襲われた時、梓に助けられた人の1人だ、と。

逃げ遅れた彼女の元に来た妖怪を一瞬で討ち、立ち去るその姿に様々な思いを抱いた。

それから彼女は強くあろうと鍛錬を続け、人を束ね、猟兵団を立ち上げてここまでに至った。

 

「本来であればこちらから出向くのが筋ですが、当時の私は弱く、そして近年は場所も不明、有難いやら否やら我々も忙しくなり、お会いしに行くことが出来ないでいました。申し訳ありません。」

 

梓としては仕事場で言う上司でも無いし、この人里で立ち位置が高い訳でもない。

そんなことをする義務もないとは思ったが、彼女の好きに話させようと、黙っていた。

 

「貴女の名前を、お聞きしてもよろしいでしょうか。」

 

里を救ったとも言える存在の名前も知らない彼女は、それを求めた。

 

「梓だ。」

「梓様……。もう1つだけ、よろしいでしょうか。」

「構わん、続けろ。」

「我々は貴女の手足となり、血肉となり、剣となり、盾となり。……貴女のためとなる。そのことを、許してくださいますか。」

 

その言葉に、団員に異論はないらしく、全ての目は、覚悟が決まったような、強い眼差しを梓は感じた。

 

「好きにするがいい。」

「ありがとうございます。猟兵団"白睡蓮"……全てを賭け、貴女のために。」

 

白い睡蓮。花言葉─信仰、清廉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫。先日言った件だ。」

 

セナをそのまま人里の警護へ戻らせたあと、彼女は紫の元へと訪れ、ある場所へと向かっていた。

 

「そうね、私も1人、目をつけていたのだけれど……。」

「どうやら同じ者に目をつけていたらしいな。」

 

2人の意識の先。そこには一体の妖獣がいた。狐の妖獣で、尾は7本。

狐の妖獣というのは尾の数が増えれば増えるほど強力になるとされる。

9本になれば、いわゆる九尾の狐と呼ばれるようになる。

そう考えれば7本でも相当に強力だろうことが伺える。

その妖獣が、下を向きながらとぼとぼと歩いているのが見えた。

所々に怪我が見えており、どこかから逃げてきたことが伺える。

 

「追っ手がいるようだ、こちらで処理しておこう。」

「頼むわね。」

 

すたすたとそちらへと梓は向かう。

その狐の妖獣をおってきたであろう存在を眺める。

 

「何者だ。」

 

梓を見て、警戒したような目を向ける。どうやら、暴力一辺倒の存在では無いらしい。

 

「なに、あの狐……あれはこちらで貰う。貴様らは去るといい。」

「それを是とするとでも?」

「では力ずくになるな。推奨はしないが。」

 

ふっ、と梓は笑う。ふと、考えつく。

 

「とはいえ、私とて悪魔ではない。手を出さずに帰るなら私もなにもしない。」

「ッ!!バカにしやがって!!」

「舐めてんじゃねぇぞ!!」

「おい待て!!」

 

下っ端だろうか、感情に任せて翼の生えた少女と、尾の生えた少女が梓に飛び掛る。

先頭に立っていた者が制止するもそれは遅く、指示が届く前に突撃していた。

手にしていた棍棒を走りながら梓に向かって振り下ろす。

梓はそれを、片手で弾いた。

同時に大きな衝撃が発生、大きく体制を崩された少女。

その隙を補うようにもう1人が突撃、持っているのは剣だ。

それで袈裟をかけるが、梓はそれを瞬時に身を翻して回避、直後、相手の鳩尾を強打。

くの字に曲がった身体、前に出た顔面を回転しながらの裏拳で殴り、吹き飛ばした。

吹き飛ばされた少女の身を避け、もう1人の少女が棍棒を下から斜め上へと全身の力を使って振りあげようとした。

1歩、踏み込んで力を込めようとした瞬間、梓はその踏み込んだ足を蹴り砕いた。

バキッ、と骨が砕けた苦痛に顔を歪めた少女、その一瞬を逃さず梓は首を掴んで持ち上げた。

 

「ぐ、ぎぎ……。」

「おやおや、恐ろしいなァ。」

 

もちろん、抵抗しようとするが、梓が発する威圧感に怯み、動きをとめてしまう。

もう1人の少女も助けたい意思はあったが、既にダメージが大きく、足がガクガクと震えてなかなかすぐには立てないでいた。

 

「か、ひゅ……。」

「恐ろしすぎて──」

 

そのまま、手ひとつで絞め落としてしまった。

泡を吹き、力なく四肢を投げ出して棍棒を落とす。

少女は梓によって地面に落とされ、ピクリとも動かない。

 

「力加減を間違えるところだ。」

 

ざわ、と敵勢力に動揺が走る。逃げ出した狐の妖獣を追うために編成された彼女らだが、それの末端であるといっても一定の力は持っている。

それを、2対1でありながらいとも簡単に無力化した。殺してもいない、というところ辺り、確実に上位の存在。

目の前の存在、梓が尋常ではない存在だ、と認識するに容易い事実。

 

「こちらに殺す口実が出来てしまったな。で?次は誰から来る?」

 

幸いにも、梓はまだ立ち止まったまま。

このまま交渉が上手く行けば、被害を抑えられるかもしれない、と。部隊の先頭に立つ少女は考えた。

彼女が属する組織、というのは"とある場所"の三大組織の一角。

中にいる存在としては、プライドの高い動物霊の集まる組織だ。

しかしながら本来は"漁夫の利"をモットーとし、大局を見て、期が熟した時に全てを楽してかっさらう、というところがある。

部下たちは舐められて終われるか、とギラギラした目線を向けているが、この先を考えれば──

 

「何を言う!ようやく見つけたのに引き返す訳には──」

「……わかった。引き返そう。」

「なッ!?」

 

狐の妖獣1つ、追いかけられるかどうかと言うところに部隊1つを全て賭けるというのは大局を見ずとも損失と考えられた。

部下たちが異論を唱えているが、やかましい、と大きな声を上げて黙らせた。

 

「それでいい、どうやら貴様の目は曇っていないようだな。」

 

そう言って、地面に転がる、気を失った少女の服を掴んで投げ返す。

部下はそれを受け止めて、そのまま目を覚まさせようとぺちぺちと頬を叩いていた。

 

「ああ、近々そちらへ顔を出そうとも思っていてな。もちろん、リベンジはいつでも歓迎しよう。次は、身と命の保証は出来ないがな。」

 

妖しく笑う梓。その笑みを向けられた少女の背に悪寒が走る。

そのまま、梓は背を向けて去った。どっ、と汗を流して息を荒らげる。

地上にあんな存在がいるとは、と考えながら息を整える。

 

「……戻って、同盟長に報告しよう。追えなかったということも、彼女のことも。」

 

部下たちにそう伝え、彼女らは元いた場所へと引き返して行った。

梓はそのまま、紫の元へと戻っていく。

狐の妖獣が、どのような気質かは不明だ。

もしかしたら戦闘になっているかもしれないし、話しあいで済んでいるかもしれない。

どちらにせよ、紫のいいように事を運ぶだろうことを彼女は直感しているため、急ぎはしない。

 

「私に仕えろ、私の理想に、お前の力が必要だ。」

 

紫のその言葉に、是と答えた狐の妖獣。そのシーンが、合流した梓の目に映る。

もう少し前に訪れていれば、説得の段階から見ることが出来ただろう。

さっさと始末してこっちにこれば良かったか、と少し思ったが、先のことを思えば簡単に始末するのも良くは無い。

仕方ないか、と諦めた。

 

「……覗き見は悪い趣味よ、梓。」

「くくく……貴様が言うか。」

 

なんにせよ解決したようでなによりだ、と梓は言う。

 

「して、名は?」

「そうね。……藍。これからは八雲 藍と名乗りなさい。」

「はい、紫様。……ところで彼女は……?」

「梓、と言ってね。協力者よ。」

「梓様ですか。よろしくお願いします。」

 

ここに、紫の式。八雲 藍が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◾︎梓宅◾︎

 

 

 

 

あれからしばらくして、セナ、藍の両名の顔が見慣れてきた頃。

 

「なるほど……紫様はそういうお方か。」

「ああ。梓様については?」

「私もまだ日が浅く、知ることは少ないが──」

 

梓宅では、比較的最近来た藍とセナがお茶会をしながら雑談に興じていた。

先日はどうやら、梓がどこからか紅茶の茶葉を仕入れて来たらしく、それを2人は嗜んでいた。

"八雲 藍"を探す過程で見かけたようで、今度は珈琲でも探すつもりだ、と彼女は言っていた。

さて、その雑談している2人。それを尻目に、聖士は梓に話しかけた。

 

「ところで、梓は研究……?を続けていたようだけど、なにしてたんだ?」

「ああ、少しな。見るか?」

 

説明するよりも見た方が早い、ということだろうか。

立ち上がりながら、ちら、と龍輝を見ると、彼もどうせならと着いてくることにしたようで、立ち上がる。

結衣はいつの間にか横にいた。気にはなっていたようだ。

藍はというと、既に1度見た事があるのか、紫から聞いたのか、知ってはいたようで、そこで立ち去った。

セナは紫に挨拶をするためか、藍について行き、姿を消す。

リビングから出て地下へと向かう。

 

「とは言っても、大したことはしていない。」

 

あくまで自分が気になったことを試しているだけなのだ、と言った。

それが研究者というものじゃないのだろうか、と聖士は思ったが口にはしなかった。

地下へ降りきったあと、ひとつの扉をくぐるとそこには鉄格子があった。

その向こうには、黒髪の狼獣人の少女と、逆側には桃色の髪をしたウサギ獣人の少女がいた。

両方隅の方に位置し、向き合っていたが音がしたと思ってこちらを向いた。

黒髪の狼獣人の方はすっとこちらへ寄ってきて梓へと小さな声で話しかけた。

 

「梓様、気まずいっす。せめて部屋分けてくださいよ……。」

「安心しろ、そろそろ貴様をここから出そうと思っていたところだ。」

「ありがたいっす……。」

 

通常通りの会話に、被験者という雰囲気は感じない。

 

「これが実験結果だ。」

 

黒髪の狼獣人の顎をくい、と上げながらいう。

 

「……?」

「これは里を襲った狼の妖怪だったものだよ。」

 

聖士と龍輝は驚いた。あの妖怪はほぼ獣の形態だったはずで、今目の前にいるように、獣の部分が耳と尻尾だけのような姿ではなかったはずだ。

そもそも、あれは男だったはず。と。梓はそれに説明を加えた。

妖怪というのは、生物や物が妖力を得て妖怪化するタイプがある。それが彼女にあたる。

ただの狼だったが、妖力を得て、畏れを得た結果妖怪化。力を得てあの時の姿になったと。

一定ラインの長さの生存や強力さまでの畏れを得る、という段階で、どういう存在かと認識されることで以後の姿に影響があるという。

以前の"彼"は、"人を食べる狼"ということで畏れを得た。

そして獣の妖怪は強くなれば強くなるほど人型を持つ傾向がある。

その2つがかけ合わさった結果、狼だが二足歩行の妖怪で、骨格が人に似るという形になった。

所謂、狼男だ。そう信じられるが故にその形をとったと。

 

「"彼"の説明はこのくらいか。で、私の実験はここからだ。」

 

では、梓に討ち取られるという形で、畏れを失った彼。

もちろん、続けて畏れを失い続ければ、そのままの姿で力を失っていくのが一般的な妖怪だ。

梓は、実験として、妖怪のその形。それを決めている魂を無理矢理変えてしまったらどうなるのか、という所であった。

狼男として畏れを得ていたが、それを失った今、創り変えれば別の姿になるのか。

また、別の姿になった時、それは完全に別人になるのか。

そして、畏れがまだ残っているが、姿形が変われば存在が変わるわけだから、その時点で畏れは全て失ってしまうのか。

そこが気になっていて、件の狼男を実験に使ったと言う。

 

「その結果がこれだ。」

 

結果的に言うと、姿形は完全に創り変わった。

畏れは完全に失ってしまい、持てる妖力のみが残ったと。

さらにこれでわかったこと。

"畏れ"というのはその妖怪などを、強くする要素だが、それが無くなれば消滅してしまう、というのが全てにおいて適応する訳では無い、ということ。

元々が狼で、存在するものが妖怪化した結果が狼男なわけだ。

つまり、畏れを失い、弱体化したとしても、妖力を持った狼ではあるということ。

畏れを失えば妖怪は消滅してしまう、というのは、弱体化した結果、他の妖怪によって淘汰されて消滅するということなのだ。

で、あれば畏れを失うことが消滅することに直結するだろうという存在は、無形のものや噂話がそのまま妖怪になったタイプだ、と予想がつく。

梓はここまで説明し、次はそういうタイプで実験してみたいと言った旨の発言をして、説明を終えた。

 

「とはいえ、私が手がけた娘だ。有象無象の妖怪に負けるような存在ではない。」

「まぁ、その……ありがてぇことに以前よりは強くなってるっすね。はい。」

 

それでも、梓様には当然遠く及ばないけど、と苦笑いしながら頭をかいた。

 

「違和感はないのか?」

 

聖士が問う。そもそも性別は変わってるし、以前よりも人間に近しくなっている。

 

「もちろんあるぜ。ちっさくなったし、手足は全然違ぇし、胸に脂肪ついてっしよぉ。」

 

姿形こうなった最初は、手足の違いや肉体の重心の違いなどに混乱し、歩くのがやっとだったらしい。

発声器官ももちろんあるが、口の形も大きく変わったから慣れるまでは喋るのもままならなかったとか。

 

「でももう慣れたな。結構"これ"で時間経ったしな。」

 

はは、と豪快に笑う少女。見た目と話し方や性格が合致しないが、本来の彼というのはこういう性格だったのだろう。

 

「なんであんなんやったんや。」

 

龍輝が、彼女にそう聞いた。

元々狼男の妖怪だった彼女。その成り立ち故に畏れは必要だし、従えさせていた狼たちの食料も必要だ。

弱いままでは人間に退治されるし、ほかの妖怪に淘汰される。

だから人間を襲って畏れを集める必要があったし、食料問題的にも近くにあった人里を襲ったのだと、説明した。

 

「おめーや人間には、今でこそ悪いと思ってるがあん時は俺達が生きるためだったんだ。……ま、アイツらも、今はどこにいるかわかんねぇけどさ。」

 

少しだけ寂しそうに、彼女は目を細めた。

 

「ま、多少は梓様を食ってやるためってのもあったけどな!」

 

梓には2度、彼女は負けている。

1度目の敗北後は何とか強くなって梓と、ついでに結衣を食ってやると思っていたところはあるという。

 

「リベンジはいつでも歓迎するが?」

「勘弁してくだせぇ、無理っすよ。」

 

梓に笑いながら言われたが、力の差などを強く感じていることと、今の生活が梓によるものだったりすることからそんな気は微塵もなくなったようだった。

現在は梓様、と呼んでいることからわかるように従う気でいるらしい。

 

「で、あの娘はなんでおんの?」

 

龍輝がもう1人の、兎獣人の少女を指さしてそう問う。

前にあった、月の民との戦いの時にいた娘を攫ってきたのだという。

主に、月の民のことが気になって様々聞いていると。

下っ端故に重要な情報というのは出てこないが、概ね聞きたいことは聞けていると言う。

 

「ほーん。てっきりあの後梓に殺されたんかと思ってたわ。」

「殺されるかとは思いましたけどね。」

 

現在では梓とは既にほぼ打ち解けているが、それ以外の存在が多く、警戒を解けていないようだ。

 

「別に気を張らずともよかろう。」

「いや張りますよ!?そもそもこんな牙剥き出しの知らない人が同じ空間にいるんですよ!?」

「こうなるから気まずいんだよなぁ。」

 

うーん、と苦笑いする彼女。そこはまぁまぁ、と聖士が宥めた。

なんだか聖士は真っ直ぐな人そうだと感じたらしく、渋々と大人しくなった。

梓が鉄格子の扉を開くと、2人とも出てきた。

兎獣人の少女はすかさず梓の後ろへ。狼獣人の少女は梓の近くへと歩み寄った。

 

「名前は?」

 

結衣が2人に聞いた。

 

「あ、私、玉兎の"セキライ"です。」

「俺名前ないんだよなー。」

 

そもそも野生の狼から派生して妖怪になった彼女に名前はまだなかった。

 

「ではこれよりは犬長 楓(いぬなが かえで)と名乗るがいい。」

「あざっす。楓です。」

 

さらりと梓に名付けられた彼女。特に異論なくその名前を名乗ることにしたようだ。

楓の扱いは決まっていないが、玉兎のセキライ関しては使用人という扱いで家のことをさせることにしたようだ。

とりあえずここにいるのもなにか、と会話をしながらリビングへと戻るために歩き始めた。

さて、ここからは各々の生活に戻っていく。

何となく、と気になった聖士はセキライへと話しかけた。

 

「帰りたいとかはないのか?」

「んー、元々地上は気になってたんで大丈夫ですよ。向こうの労働、嫌でしたし。」

 

彼女は月の都からきた兵士であるが、立場的な話をすれば奴隷階級だ。

もちろん、そこまで酷い扱いをされている訳では無いし、休暇もきっちりあれば、その時間を趣味に費やすこともできる。

人間が考えつくような奴隷とは違った扱いではあるが、そこでの労働は彼女自身、嫌に感じていたようだ。

逃げ出す口実にもなったし、気になる場所を見ることができるし。

今のところは、深く考えずに楽しむことにしたようだ。

 

「梓様に命救ってもらってますし、なんか大丈夫かなーって。」

 

玉兎という種族は同種族間でのテレパシーが使える。

この地上から月の距離であっても、それは可能であり、その連絡手段があるならどうにかして帰ることも出来るだろう。

月と地上の距離では、テレパシーは満月の時のみしか使えないが、それでも連絡が可能ではある。

もちろん、彼女の立ち位置が故に、わざわざ下っ端兵士1人に月と地上を行き来する船を出してもらえるのか、というと疑問が残るが。

 

「この際、地上を楽しんで、他の地上が気になる人に自慢しちゃおっかなって。」

 

別に、月と地上の全面戦争中ってわけじゃないですし。そう呟いて、笑った。

 

「……無理、してないか。」

「……大丈夫ですよ。多分、貴方が気にしてること。私、本当にあの部隊で新人だったんですよ。」

 

彼女は月から来た部隊のひとりだ。だが、彼女は本当に直近に配属されていた。

そのみなはひとつの部隊として歩んできたが、自分は周りのことを全く知らない状態。

最低限のルールと平常時の仕事を教えられた以外は何も無い、真っ白な状態。

それなのに、最初の任務があれだったのだ。

輝夜の迎え、そしてその大将の護衛としてだ。

本来で言えば、大将の近くで皆の動きを見たりする、そんな簡単なことで最初の任務を終えられる、と思った矢先に戦いになった。

右も左も分からず、大将を守るために前に立った。

そこで、死ぬ、と思ったところを梓に攫われた。

その時の衝撃で彼女は気絶してしまっており、次に目が覚めたらもう全てが終わっており、目の前に梓がいたのだと言う。

殺される、と思ったが、梓は戦いが終わったことを告げ、着いてくるかと聞いてきた。

だから、頷いたと。

 

「最初は打算だったんですよ。殺されるくらいなら少しでも生きて、仲間に連絡取って、助けに来てもらおう!って。」

 

殺された相手に生かされる。捕虜として扱われるか、奴隷として扱われるか。

どちらにせよ、生きられるなら生きて、満月の日に仲間に連絡して助けに来て貰う。

もしそれがバレて殺されても、月の部隊にやられてしまえ、と。

そう思っていた。

 

「不思議ですよね、あのお方。私以外を殺した本人なのに。私、自然と信頼できちゃって。ああ、大丈夫だなって思えちゃったんです。」

 

戦死した部隊の皆の埋葬もしてくれたらしく、その上で1人になった彼女を慰めてくれたと。

その後も彼女と暫く過ごすうちに、別にこのままでもいいんじゃないかと思えたと言う。

酷いことされないし、強制的になにかさせられたりしない。

そもそも、戦争とは死が付きまとうものだ。

それに巻き込まれないだけ、いいじゃないか。仲間意識すらまだない時だったし。

そう思えた。

 

「だから、大丈夫です。」

 

にっこりと笑って、彼女はそう言った。

 

「ならよかった。」

「はい!あ、帰る手段が出来て、帰る気があるなら帰りますよ?」

 

そもそも、もし帰る手段ができたのなら、迎えが来たのなら帰ってもいいと言われているらしい。

なんだかんだ、優しいじゃないか、と聖士は思った。

心配事がひとつ消えた聖士は、安心して自分の作業へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふ、優しいじゃない。」

「なんの事だかな。情報と、あとは交渉に使えそうだと思っただけだ。」

 

それを聞いていた2人。紫と、梓本人。

茶化すようにいった紫に、梓はわざとらしくそう返した

玉兎の皆が使える能力、そして月の民のこと。

それらの情報を得るために、そして交渉になった時になるべく有利になるように優しくしてるのだ、と彼女は言っているのだ。

 

「実際のところ、敵対と邪魔さえしなければ貴女優しいじゃない。」

「否定はせん。印象は良いに越したことはないからな。」

 

彼女なりの飴と鞭ということだろうか。

 

「紫様、梓様。お茶です。」

 

藍が2人にお茶を差し出した。

 

「さて、だ。計画についてだが──」

 

2人はまた、妖怪と人間が共存出来る郷の話を始めた。

届けた書状の数や、その妖怪の種類、分布などについて話し合っていた。

その途中。

 

「……ところでだ紫。鬼のいる妖怪の山……天狗がいるな?」

「……ああなるほど、そういうことね。いるわよ。」

「ふむ、では次はそこへ行くとしよう。」

 

次に行くところが決まったらしい。

今度はみなで行く訳ではなく、少数で行くことにしていた。

その他の者は、小さなところを割り当てるか、家に居させるかとすると。

 

「楓は連れていく。他は気が向けばと言ったところだ。」

「頼むわね。鬼を引き込めるなら大きな一手よ。」

「わかっているとも。まぁ見ていろ、こちらへ引き込むさ。」

 

書状をぺち、と指で叩きながら梓はそう言った。

ここまでの実績もある、紫はその言葉に、梓が言うならそうなるのだろう、という。

そんな気を起こさせられた。

 

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