東方想転叶   作:楽園の主

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第15話 ─鬼と天狗─

 

 

 

◆大江山◆

 

 

 

「何もんだァ?こんなとこに迷い込んだって風でもねぇ。たった2人で何の用だってんだ。」

「"鬼退治"ってんなら、正面から来たことを褒めてやる。正々堂々やってやるぜ?」

 

体躯のいい鬼2人が、梓らの前に立つ。体高は2mを越えており、梓らは大きく見上げている。

皆が皆こうなら首が凝りそうだ、と梓は感じた。

隣にいる楓には相対するには荷が重い。尻尾をきゅ、と丸めながら梓の後ろに隠れている。

 

「書状だ。そちらの頭に用がある。」

「お、なんだよ客人か!頭への客人なら足止めしちゃいけねぇや!」

「こっち来な!案内するぜ!」

 

2人の鬼は梓らを先導し、奥へと向かっていった。それに従い、大人しく着いていく。

すれ違う鬼たちは皆が大柄で体躯が良く、2人を見て値踏みするような目線を向けたり、闘気むき出しで腕を振るったり指を鳴らしたりしている。

血気盛んとはこのことだろう。

 

「それはそれとして2人でこんなところに来てんだ、ただもんじゃねぇんだろ?」

「用が終わったらよ、1戦どうだ?大丈夫さ1対1だ!別々にやろうぜ!」

 

楽しそうにそういう鬼の元に一人の女性が現れる。

 

「面白そうな話をしているじゃないか、私も混ぜてくれよ!」

「ほ、星熊の姉御!」

 

まずいところに現れた、とでも思っているのか、体を跳ねさせながらその女性の名を呼んだ。

星熊と呼ばれた彼女は額にひとつ、赤く大きい角が生えており、酒の入った紅く大きな盃を持っている。

梓と目が合うと、笑っていた口角は少し下がり、ピリ、と空気が張りつめた。

ただものではない、と、理解したようだ。

だがそれも一瞬。またすぐに笑顔へと戻った。

 

「聞けば酒呑の客人だって?」

「へ、へえ。なんで今は喧嘩をふっかけないでくれると……。」

「その後ならいいって訳だ。客人、後で面貸しな。」

 

返事を聞く前に彼女はどこかへ去っていく。その表情に遊びは無く、真剣な目線だ。

戦いこそが彼女の求めるものなのか、それとも強者であればあるほど燃えるといったところか。

否定してもいいが、あとの気分で考えるか、と答えを後回しにして案内されるがままに1人の鬼の元へ。

頭に2本の角が生え、大きく青い瓢箪をもつ鬼。上半身のみの着物をはだけさせており、えらく露出が多いが酒気を帯びた匂いがする為、彼女が酒呑童子だろうと直感させられる。

その場へ着くと、案内された鬼は下がり、梓の指示により楓も外へ。ここには2人となった。

自己紹介と挨拶もそこそこに、梓は彼女と握手をした後、書状を渡した。

 

「梓はん、やったっけ。鬼のこと、どう思いはります?」

 

答えを望んだものではない。書状を読みながら、続ける。

鬼は嘘を嫌い、正々堂々の戦いこそが生きる道とする。

無論、妖怪らしく人の骨肉、酒、女とそういったものも好むが、それよりもやはり真実と戦いを求める存在。

元々鬼とは人から変化してなる個体もいるものとされている。

不徳を積む者や、嘘をつけない者、荒くれ者など、そういったものが人という器では抱えきれないほどの想いでもって鬼となる。それが、人を起源とする鬼だ。

それ故に、世間のイメージとは違い、いい人柄な部分もあるものだ、と思えるような鬼もいる。

いつも陽気で、能天気に馬鹿をやる阿呆ばかり、頭の切れるものも誇りを先んじて結局馬鹿をする。

 

「……阿呆ばかりやわ。ま、そやないと鬼にはならんのかもしれへんけど。」

 

言葉とは裏腹に、愛の感じる語調だった。されど、悲しみが混ぜられているような、語気。

ぱさ、と書状を閉じた。

 

「ウチら、最近京で人攫いしてな。ついに藤原道長はんが人を寄越しはるらしいわ。」

 

寄越す、とは言ってるがこれは討伐に来る、ということだろう。

酒呑童子、鬼の討伐、大江山。そう来れば──

 

「源頼光か。」

「知ってはるんやね。」

「名前くらいはな。」

 

その者にちょっかいをかけに行った茨木童子という鬼も、片腕を斬られたという。

因縁を断ち切らねば、おちおち居も変えられない、という訳だ。

 

「返り討ちにした後に、返事するさかい、その妖怪に伝えてくれはります?」

「ああ。……しかし、源頼光か。」

「そうなんよ、気が重いわぁ。はあぁぁ嫌や嫌や。牛と乳臭くて堪らんわ。ガタイばかりデカくて何様のつもりなんやろ?」

 

ぷんぷんと怒る酒呑童子。彼女の体は小柄だからだろうか、そう不満を漏らす。

その会話が続くかと思われたが、ここでこの場の扉が大きく開かれた。

 

「話は終わったな。さて、喧嘩しようか?」

 

星熊勇儀だ。脇腹には何故か楓が抱えられている。顔はげんなりしていた。

どうやら梓と酒呑童子の話が終わるまでさんざ立ち話に付き合わされたらしい。

天狗がなぜここにいるんだ、やらなんやら楓にとっては知らないことを捲し立てられた挙句に、梓達の話が終わった途端に抱えられた。

 

「私は返事をしていないからな、応える義理もないが?」

「つれないことをいうなよ。」

 

そう言いながら彼女は梓の元へと歩みを進める。

 

「面白い約束してんじゃん、隅に置けないなぁ。」

 

ひょこ、と勇儀の後ろから別の鬼が現れた。

伊吹萃香。側頭部に対になるように二本の角が生えた、酒呑童子よりさらに幼く見える鬼だ。

酒呑童子よりもさらに強い酒気を鼻に感じる。今まさに呑んでいるところらしい。

 

「どないでもしたらええけど、ここでやらんとってや?」

「もちろんだ酒呑。さ、行こう、客人。」

 

そう言って星熊勇儀は出ていき、それに追従して伊吹萃香も外へ。後者の足は千鳥足だ。

 

「いい返事を期待している。」

 

そう言って、そのまま梓は外へ出た。その姿を確認し、勇儀は前を歩く。

道ではなく、長い草の生えた道無き道を行く。

腕はむき出しの素肌、しかし長い草は肌を傷つけることが出来ないでいた。

それだけで、人とは違う頑健さが伺えるというもの。

まぁ、梓とてそうなのだが。

しばらく行けば、そこは草すら生えていない荒れ地だった。

恐らく、日常的に鬼同士が、鬼と人が戦い合うフィールドなのだろう。

勇儀はその中心へ。伊吹萃香は離れたところの枝の上へ楓を連れていき、酒を飲みながら見物。

周囲にはちらほらと鬼の姿が見える。勇儀が先程戦う、といったからだろう、集まってきたのだ。

 

「私らもやる?あんたもあれのツレでしょ?」

「や、連れってのは正しいけど鬼とやり合おうと思えるほど強くねぇよ俺……。」

「なんだぁ〜?天狗ぅ、断んのかぁ〜?」

「ひいぃぃい……やめてくれよぉ……うっおあ酒臭ッ!!」

 

肩を組まれた楓は恐怖に顔を青くしながらイヤイヤと断った。

 

「ここなら気兼ねない、か?」

「そうだ。さぁ、喧嘩だ喧嘩!!」

 

パン、と大腿を叩いて気合を入れるようにそう言い放った。

 

「鬼との喧嘩、か。命の危機だな。」

「どの口が言うかね。わかる人にはわかるさ。あんた、だいぶ抑えてるだろ。」

「それを言うならばお互い様だろう。」

「はッ!確かにな。」

 

梓は自身の力を意図的にかなり力を抑えており、対する勇儀とて盃を下ろしていない。

梓は半身を後ろに下げ、武器は構えずに相対した。

 

「……鬼相手に素手の殴り合い、かい?あんた、いい女だね。でも──」

 

流石に無謀すぎやしないかい。

そう言うが早いか、1歩で梓の目の前まで詰め寄り、拳を突き出す。

梓はそれを、勇儀の真横へと移動することで回避した。

勇儀の拳の衝撃で、強烈な風圧が発生。荒地の砂を巻き上げた。

尋常ではない膂力。さすがは鬼と言ったところか。

 

「いい女の上に腕も立つか。いいね、いい喧嘩になりそうだッ!!」

 

そのまま、腕を横に振るう。瞬時に体勢を下げ、勇儀の拳は空を切る。

その体勢から1歩前へ足を動かして足を振り上げ、勇儀の顔面を狙う。上体を逸らして回避。

梓はそのまま回転して這うような姿勢へ、その後腕の力で跳ね、大きく下がった。

勇儀はそれを追い、殴り掛かる。

梓はすっ、と構え、出された手をタイミングよく払ってパリングした。

膂力の差か、体勢を崩させるに至らず、至近距離だ。

勇儀はそこを逃さず、さらに追撃しようとする。

梓は拳による攻撃を間際で横に避け、勇儀の前へ。

掴みかかり、勇儀の勢いをも乗せて投げ飛ばした。

勇儀は空中で身を翻し、着地。宙に舞った酒を盃で受けてニヤ、と笑った。

 

「いいね──んんッ!?」

 

梓を認めつつ、彼女の方へと近寄り攻撃を試みる勇儀。

その瞬間に梓は突然、勇儀の方へと踏み込んだ。驚いた彼女は僅かに動きが止まる。

梓は飛び上がり、勇儀の肩に手を置いて身を倒立するように翻して背後を取った。

一瞬のうちに、数打。背に当たって勇儀はその衝撃に背を曲げる。

そしてもう1発、縦拳で背の中心を撃ち抜いた。その衝撃によろ、とよろめいた。

が、それだけで直ぐに振り返りながら回し蹴り。

梓はそれを体勢を低くしつつ腕で軌道を変更させつつ防いだ。バキ、と骨の砕けた音が響く。

 

(芯を捉えてねぇ上に逸らされたのに梓様の腕を一発で折りやがった……!)

 

蹴りの軌道はしっかり変えることが出来たので体を捉えられることは無かった。

その後さらに、勇儀は真っ直ぐ、梓の胸を貫くような勢いで拳を放った。

ひゅ、と梓は飛び上がって回避、着地先は勇儀の拳の上。片足のつま先で音もなくそっ、とそこに立つ。

もう片足を振り上げ、そのまま勇儀の頭を蹴り下ろす。

その勢いは頭を吹き飛ばすかと見えるほど。

勇儀は瞬時に、杯を手放して防御をした。

およそ腕と足がぶつかったとは思えない強烈な打撃音を響かせ、その衝撃は地を凹ませる。

梓は追撃を避けるためか、そのまま勇儀を蹴って飛び上がり、距離を取った。

睨み合う2人。

 

「……あァ、降参でいいわ。」

 

梓はだろうな、と言った表情で戦闘態勢を解除した。

 

「杯、落としちまったしな。これ以上は、殺し合いになる。」

 

勇儀が杯を下ろさなかった。梓は力をかなり抑えていた。

その理由だ。このまま戦い合えば、強烈な力と力のぶつかり合い。

鬼の心が踊らないわけはない。

そうなってしまったらきっと、勇儀はどちらかが死ぬまで続けてしまうだろうと考えた。

だから、やめた。

 

「勘違いなら悪いが、あんた拳だけが武器じゃないだろ。」

「そうだな。私は武器も使えば術も使う。」

「はは、いいね。……次は本気の殺し合いをしよう。」

「考えておこう。」

「……星熊 勇儀だ。あんたは?」

「梓だ。」

「梓か。覚えとく。」

 

ふら、とよろめきながら口から流れ出た血を拭いながら立ち去った。

それを確認すると、伊吹萃香の腕から逃れて楓は梓の元へ。

心配する楓をよそに、梓は何かを取りだし、それを握りつぶすと折れた骨がギギ、と音を立てながら治っていく。

元に戻ったそれを確かめるように何度か手を握ったり開いたりを繰り返す。

 

「よし、では次の用へ向かおうか。」

「よしじゃねッスよ……?回復したとは言え平然としていられるような音じゃなかったと思うんすけど……。」

 

楓の言うことなど何処吹く風。梓はそのまま歩き出す。

慌てて楓は彼女について行った。

 

 

 

 

 

 

◆妖怪の山◆

 

 

 

 

 

「貴様ら何者だ!!」

「ここは我ら天狗の領域、許可無き者は入ることをいかなる理由であれ禁じられている、去れ!!」

 

白い髪の頭部に生えた耳をピン、と三角にして、尻尾の生えた2人はそう叫ぶ。

白狼天狗である。

哨戒している白狼天狗は梓らを見て警戒し、剣を向けている。

これに梓は無反応で返し、そのまま突き進んでいく。

楓はその後ろを着いていくだけで、そもそもここに来る理由も分かってない。

梓の実力ならばこのくらいの敵はどうにでもなる、という所だろうが、それでもここまで敵視を向けられてはハラハラするというもの。

 

「む……後ろの貴様は同族か。黒い髪というのが気になるが……。」

 

白狼天狗、というのは主に歳をとった狼が至るとされる存在だ。

獣人型を取り、その遍歴故にほとんど全ての存在の髪は白や銀になる。

だが、楓は毛が黒い。梓に無理矢理存在を書き換えられた為である。

下っ端の白狼天狗が若い姿をしているのは、天狗に至ってからの年月が浅いからだろうか。

それとも、白狼天狗となってから産んだ子が、人型を取って産まれるからか。

そもそも白狼天狗は子供を身篭ることが出来るのか。

 

「ふむ、気になるな。」

「やめときましょう梓様。被害者増やしちゃダメっす。」

 

ふと呟いた彼女に食い気味で制止する楓。楓は全く考えていることなどわかっていないが、それでも危機を感じているからだ。

被害者自らそういうのだから、説得力はかなりある。

楓はまぁ、いいように捉えられる変化だったかもしれないからまだいいが、内容によってはかなり悪辣なものになる可能性もある。

特に楓にとって、梓と言うのは自由なもので、自分のしたいこと、気になることには秩序すらも無視するだろうと言う認識だ。

 

「貴様聞いているのか!!おい!!」

「待て!!待ってって!!」

 

話を聞かずにそのまま素通りする彼女ら、それを追いかけてさらに言葉を続ける。

 

「騒がしいな。私は貴様らの長に用があるだけだ。」

「む……では、許可や事前の話を通してたりするのか。」

「いや、ないが。」

「なら通せるわけないだろ!!」

 

剣と盾を持って威嚇しているにもかかわらずなんとも平常運転の梓。

哨戒の白狼天狗はペースを乱されっぱなしだ。話を続けながらも進んでいくからもう状況は訳が分からない。

 

「かくなる上は──」

 

と、ふたりの白狼天狗は実力行使に出ようとした。

 

「待った!!ちょ、ほんとにやめた方がいい!」

 

間に楓が割って入り、焦って両手を広げて制止した。

狼だった彼女は、白狼天狗に対して仲間意識に似た何かがあるのだろうか。

戦いになれば凄惨なことになるだろうと予測して、何とか戦いだけは避けないといけないと思ったのだ。

なにせ1度体をバラバラにされたことがある、その必死さは察するものがあるだろう。

 

「なんだと!貴様も同罪だ!同族とて容赦は──」

「騒がしいと思ってきてみたが、何事だ。」

 

別の存在が一声上げれば、哨戒の白狼天狗2人は跪いて畏まる。

 

「ふふ、久しいな、白狼の。」

「貴女は……。それはそれは懐かしい顔だ。変わりないな、君は。」

 

白狼天狗の頂点に立つ男性を呼び、懐かしんで一言言葉を交わした。

白狼天狗の長、とはいえ天狗社会では立ち位置は高くない。

そもそも白狼天狗は最下層の地位だ。それでも、奴隷階級という訳では無いが。

 

「貴様!!我らの長になんと言う口を!!」

 

大半の白狼天狗は梓を知らないため、突然現れて自身らの長に無礼を働いたとしか見えず、この場にいる白狼天狗らの怒りのボルテージが上がる。

 

「よい。彼女は古い友人だ。」

「なッ……し、失礼しました!」

 

サァ、と青い顔をして深く頭を下げた2人。楓は戦いにならなくてよかった、と胸をなでおろした。

白狼天狗の長である彼と梓には面識がある。

過去、紫から書状を受け取ったころほどに出会ったことがあったのだ。

その時から白狼天狗の長だった訳ではなく、当時は哨戒のリーダーだった、というところ。

そこで交流を持ち、ぽつぽつと話をするようになったと。

長になってからは哨戒に出ることはなく、内部で書類仕事などが多く梓と会えていなかった。

なので久しい、という訳だ。

 

「ここまで内部に来るとは、何か用か?」

「こいつについてだ。」

 

び、と親指で楓を指す梓。内容を言われていない楓は疑問符を浮かべて白狼天狗の長と梓を見比べるばかりだ。

 

「何となく、言うことは理解した気がしたが……一応聞こうか。」

「世話をしてやれ。」

「……だろうな……。」

 

はぁ、と大きなため息をついて返事をした。

現在、梓は白狼天狗の長とは面識があり、話をすることが出来るが上層部である烏天狗とは面識がない。

閉鎖的な社会であるが故にコンタクトを取るのも難しい。

その為、情報を得て期を伺うという意味もあり、楓を天狗社会へと介入させると言うわけだ。

あまり梓と白狼天狗の長が回数を重ねて会っていると、白狼天狗自体が他の集団に意見を委ね、転覆を計っている、などという飛躍した考えを烏天狗が持つという想定もできる。

情報の行き来を見分けしにくくするためにも、楓という存在を使う。

 

「まぁ、構わないが。」

「少し特殊な遍歴をしているが故、言葉使いや髪の色がアレで目立つだろうがある程度の強さではある。任せたぞ。」

「全く、本当に貴女はいつも突然だな。出現やら発言やら……。」

 

彼がまだ哨戒する立場であるときから、突然現れては部隊全員を倒してしまったり、またある時はいつの間にか横にいて普通に会話をし始めたりしたという。

段々と頻度が下がっていったとは言え、当時のことを未だに恐怖に思う者も少なくない。

 

「なにをいうか。狼の特性もある貴様らが気付かんのが悪かろう。」

「無理を言うな、皆が皆、貴女のように強い訳では無い。」

 

呆れたようにため息を着く白狼天狗の長。2人は、会話を楽しんでいる。

 

「……名前は?」

「え、あ、俺?犬長 楓だな。」

「犬長か。彼女はいつもこうなのか?」

「あー……まぁ、うん。自由な人だよ、あの人は。」

 

何にも囚われず、自分の思うように生きる梓を見ながら、そう答えた。

そしてしばらく。話の中で楓の引渡しは決まったらしく、彼女はここの組織に属することになった。

経歴としては野良の狼の妖怪を拾い、白狼天狗として部隊で扱うことにしたという流れで扱うことにした。

まずは白狼天狗の仕事が何なのか、どのような地形なのか、ということを部下に案内させるらしい。

話は早い方がいいということで、すぐに行動を開始しようとした。

 

「あの、梓様。」

「なんだ。」

「その、俺、感謝してるっす。梓様がどう思ってたにしろ、俺こうなって良かったって思ってるんで。その、えっと……。」

 

自分の想いを伝えようにも言葉が思いつかないのか、しどろもどろとしている楓。

 

「構わん、十分伝わっている。これからは好きに生きるといい。それはそれとして、情報は貰うがな。」

「全然いっすよ。全部喋るっす。」

「おい、ダメに決まってるだろ全部は。下っ端だぞ私を含めてきさ──犬長も。」

「でも俺天狗?の規則より梓様の方が怖ぇし……。」

 

そんな会話をしながら、楓は白狼天狗と共に消えていった。最後の最後まで度々振り返りながら手を振っており、可愛らしいところもあるものだ。

 

「……で、梓よ。これからどうするつもりだ?」

 

白狼天狗の長は梓にそう問う。

彼は梓がいましている、各所の力の持つ妖怪に書状を渡している、ということを理解しており、楓を引き渡したあとはどうするのか、と思ったのだ。

予測としては次会うときは恐らく烏天狗の元へ行くのだろうと思っていたが、そうではなかった。

では今回はこれだけなのか?という問いでもある。

 

「ん?ああ。気にかかることがあってな。しばらく後に鬼の元へ行こうと思っている。」

「なっ!?いきなりか!?いやまぁ、彼らの性質を考えれば可能だろうが……。」

 

鬼とは、ここ現在においては烏天狗よりもさらに上である。天狗社会がそもそも鬼の下にある、というわけ。

鬼たちの、豪放磊落な性質であることを考えれば閉鎖的な烏天狗よりもコンタクトは圧倒的に取りやすく、書状の渡しやすさも段違いだろう。

だが、鬼は皆が皆、血気盛んであり、大きな力を持つ。

危険な場所であることは否めない、と考えての発言だ。

 

「いや、2度目だ。先程訪れた。」

「……その様子だと書状は渡したのか。まぁ、なんというか、無事だったのか?」

「1度とはいえ戦った──いや、"喧嘩"をしたな。腕を折られた。」

「……それで済んでいるなら無事と言っていいか。」

 

呆れる白狼天狗の長。そのまま雑談に興じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆大江山◆

 

 

 

 

 

 

 

あれから数ヶ月。梓は鬼の元へ複数回訪れていた。

何度か"喧嘩"を仕掛けられることはあるものの、良好な関係を続けられていた。

本日もその日。だが、この日は鬼の数が少ない。

酒呑童子の言っていた"藤原道長が人を寄越す"というのは今日の話だったのだろうか。

それならば迎撃に出てるのかもしれない。

奥に進む途中、伊吹萃香の姿があった。地に伏している。

グッタリとしているが、死んではいないようだ。

これを見るに、やはり源頼光が来ているらしい。

放置する訳にも行かないか、と抱えて酒呑の屋敷の方へと向かう。

ふと、血の匂いが濃くなったか、と思えば草をかき分け、数名の人間が現れた。

返り血を纏っており、前に立つ女は、酒呑童子の首を持っていた。恐らく、源頼光だろう。

頼光以外の者が刀を抜き、梓に向ける。

角の生えていない容姿から鬼では無いことはわかっているが、仲間であるなら、ということだろう。

待ちなさい、と頼光らしき人は皆を制止する。

 

「……その鬼と、貴女は仲間ですか。」

「いや?契約を結びに来ただけだ。現時点ではただの顔見知りといったところか。」

「……そうですか。」

 

しん、と音が止まる。風が草木を揺らす音と、血が滴る音だけがここにあった。

 

「私は源頼光。藤原道長の命にてここに。知ってはいるでしょうが、これが酒呑童子の首です。」

 

す、と首を持ち上げながら、そう言った。

道に迷った僧を装い、毒を盛り、鎖で縛って首を落としたと。

そう言った。

担いでいた萃香が目を覚ます。頼光の姿を見て、怒りを顕にしながら、静かに言った。

 

「なぜ殺した。」

「主の命です。」

「違う。酒呑童子のことではない。何故他の鬼も、殺したんだ。」

「貴女達は、人の脅威となるからです。」

 

何もしなければ、討ちになど来ない。

だが、鬼は戦いを好み、人の骨肉、酒、女も好む。

である以上、人間目線で見れば、鬼とは人に害をなさずにはいられない存在だ。

だから、殺した。

 

「仇を討つならば、構いません。私達も相手になりましょう。……ですが、何もしないならば、見逃します。」

 

頼光の後ろにいた者たちは一瞬驚き、彼女を見た。が、それも一瞬、直ぐに萃香らに向き直る。

さて、どうなるか、と萃香を見たが、どうやら手を出さないようだ。

下ろせ、などと言わないし、梓から飛び降りない辺りそういうこと。

 

「貴女は、どうされますか。鬼ではないようですが。」

 

ヒリついた空気感で梓を見て、そう言った。

梓は正直どちらでもいい、と思っていた。

鬼に書状を持ってきただけで、人間サイドに特別な敵意もない。もちろん、降りかかる火の粉は払うが。

今回としては鬼がメインの契約相手だ。

鬼が手を出すならば、手助けしてもいいか、と思える。

ただ、その場合人間側に、梓が敵と認識されてしまう可能性も高い。

現時点でも、その危険性はあるが。

 

「私はただ鬼に書状を持ってきただけだ。貴様らが私にそれを振るうなら相手をしてやろう。」

 

つい、と刀に指を指した。

 

「貴女は敵ですか。」

「貴様ら次第だ。」

「……。」

 

少しの沈黙の後、行きましょう、という言葉と共に、頼光は振り返って歩き出す。

他の皆は、少しの間、二人を見ていたが、納刀して、頼光に追従して行った。

 

「……屋敷に、行こうか。」

 

萃香は梓に下ろして欲しい、という意思を込めてぺふ、と優しく叩いた後、そう呟いた。

梓は彼女をゆっくり下ろす。

よろ、と少しよろめいたが、地に足をつけて屋敷へと彼女は向かう。

道中に息をしている者はいなかった。

萃香と勇儀は、倒れた鬼たちの埋葬をした。

言葉は、ない。

梓は、仲間の埋葬は自分でしたいだろうと考えてか、直接手を出すことはしなかった。

しばらく。ようやく屋敷に着いた。

部屋中、そこかしこに血が撒き散らされている。

一層濃いのは、酒呑童子がいた場所周辺。

首を取られ、体は傷だらけで放置されている。

その前に、萃香は何も言わずに、座った。

しん、とした部屋の中に、萃香が飲む、酒の音だけが響く。

 

「酒呑も口では皆のことを阿呆だなんだと言うけど、仲間を想ってた。頭領なんて椅子に座るくらいだ、私より、もっとさ。」

 

ぽつぽつと、酒呑がいたであろう座から目を離さずに、語る。

 

「いいヤツらだった、皆。そんな奴らと、飲んで騒いでって出来るだけ。それさえ出来てりゃ、幸せだった。」

 

じわ、と目に涙が溜まっていき、一筋だけ、涙を流した。

 

「でも……何も、なくなっちまった……。」

 

もうここに、鬼は二人しかいない。

 

「梓。」

 

ぐい、と涙を拭った後立ち上がり、血に濡れた書状を持って、梓の方を向いた。

酒呑の死体から、手に取っていたのだろう。

 

「……私は、紫ってやつの話に乗ることにするよ。」

 

それを聞いた梓は、魔力を込めた指で、空中を指す。

水に波打つ波紋のように空間が歪む。

その後、スキマがその場所に開いた。

 

「歓迎するよ。紫もきっとな。」

 

梓の言葉を聞いた萃香はスキマの中へと足を運んだ。

 

「どうする、星熊勇儀。」

「私も行くよ。あいつ一人で行かせるわけにもいかないしな。」

 

ふっ、と笑って勇儀もそれに追従する意志を見せた。

 

「なんせ鬼の中では異端児だ。嘘もつくし、鬼の風上にもおけないやつだよ。……だけど、嘘をつくほど誠実ってわけさ。」

 

1つの息をついて、やれやれと言った表情で彼女は言った。

 

「あぁでも、さっきまでのは嘘じゃない。そこは私が保証するよ。」

「理解している。」

「ならよかった。」

 

そう言ってスキマの中へと歩みを進める。

 

「ありがとな、梓。また会おう。」

 

その言葉と、ひらひらと手を振る姿を最後に、スキマは閉じた。

すい、と目線を鬼の墓に向ける。現代から考えれば精巧なものでは無いが、それでも一つ一つ、萃香と勇儀の意思が篭っているそれ。

その中の、酒呑のもの。一際、とまではいかないが、見ればそれが1番だとわかる大きさ。

それに、そっ、と手を添える。

鬼は、満足した戦いの後は笑って死ぬという。

そうして死んだ鬼たちはきっと、死よりも大切ななにかを見出して逝くのだろう。

しかし、ここにいる鬼たちは、そうではない。

ただ、死んだだけ。

 

「……。」

 

少し考えた後、彼女はどこかへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことですか。」

 

酒呑童子の首を取った一行は都へと帰っている所だった。

"老ノ坂峠"、という場所に近付くにつれ段々と首が重くなっている、と追従する人間が言った。

都へ帰るにはそこを通過し、まだしばらくかかる。

 

「貸せ、俺が持つ。」

「す、すまない。私の腕力では限界だ……。」

 

道中では、妖怪が襲ってくることもあり、頼光は首を持つのを仲間に任せ、自分は迎撃をしていた。

この連中の中で一番力を持つのは彼女で、確かに合理的だ。

一行は男女混合であり、位置的に中心にいた女性に任せたが、重さもあって首持ちを男性に代わった。

 

「確かに重いな……彼女が疲れただけかと思ったが、そうでもないようです。」

 

疲労による勘違いではなく、確かに重くなっている、と彼は告げた。

その事情はともかく、都に首を持って帰らなくてはならない。宇治の宝蔵に保管する予定だからだ。

周囲を警戒する道中、地蔵からのお告げが脳内に響く。

 

都に不浄なものを持ち込んではいけません─

 

一行ら全員が確認できたようで、皆の足は止まる。

 

「……どうします?」

 

1人が、頼光に問う。だが、藤原道長の命は持ち帰って宇治の宝蔵にて保管すること。

まずは都まで向かい、お伺いを立てる、ということにして再び都へと歩みを進めた。

だが、大江山から離れる度か、都へ近付く度か。

首はさらに重くなり続ける。

 

「く、うっ……頼む、誰か手伝ってくれ!」

「無茶を言うな、どこを持てと言うんだ。」

 

もう既に2人で持ち上げてる段階であり、3人目が手を出す空間はない。

たとえ触れられたとして、ほとんど力になることが出来ないか、位置を少し変えても後ろ歩きになる人間が出てきてしまうだろう。

そこで1度、何か入れ物を作るのはどうか、という案が出たが現実的では無い。

作る職人もいなければ素材もない。作ったところで、簡単なものであれば重みで破壊されてしまう。

どうしたものか、と思ったその時。

 

「随分と遅いでは無いか、頼光。」

 

現れたのは梓だ。木に背を預けた状態から頼光の前へ。

首を持つ者以外は武器を構えた。

頼光とてそれは同じ。1度去った梓が、今更なんの用か、と頼光のお供は告げる。

 

「なに、酒呑の首を渡してもらおうと思ってな。」

「やはり仇なすと言うのですね。」

「否、私は彼女の生きた地にて葬るだけだとも。」

「……。」

 

キッ、と目付きを鋭くしながら梓を睨む。

 

「人ならざる者にしては殊勝な事だな。」

「人ならざる者に対し偏見があるようだな。知る通り、人から鬼になる者もいる。鬼にもそういう文化はあるとも。同様な存在がいても不思議でもあるまい。私は鬼では無いがな。」

 

一行の男性一人にそう言われ、煩わしそうな顔でそう答えた。

梓を睨みつつも、頼光は悩んだ。

 

「お告げでも聞いたか。」

 

言い当てられ、動揺が広がる一行。

お告げとは、神仏の類が人間に対して意思や予言などを知らせることだ。

まさか人間では無い悪しき存在にも聞こえたのか、という動揺だ。

梓は元人間とも言えるため、聞こえる可能性がないとも言えないが、そんなことは頼光らには素知らぬこと。

真実をいえば梓はもちろんそれを聞いていない。

そもそも、酒呑の首を運ぶ者の仲間でも一行に加わっている訳でもないからだ。

頼光がここまで悩むような表情をしたから予測して言い当てただけのこと。

 

「本当なんでしょうね。」

「疑うか。」

「当たり前です。」

「ではそうだな、焼いてから葬るつもりだったんだが、見れば信用できるか?」

 

首を焼いた上で埋める。要は火葬だ。その言葉に一行はざわつく。

梓視点で言えば現代の知識も持ち合わせるため、土葬の危険性を認識している。

そのため、葬るといえば火葬がまず思い当たるわけだ。

彼女としては普通のことをしようとしている。

だが、まだ時代的に完全に火葬という文化が浸透している訳ではない。

そのため、日本では古くから火を神聖視する風習があることも相まり、人ならざる悪しき者を焼いて葬るならば復活することも、辺りに災いが起こることもないのでは、と頼光は考えた。

頼光は刀を構えるのを下げ、梓に言う。

 

「……許可しましょう。」

「許可?先程から立場が上だとでも思っているようだが。」

 

ズ、と重圧が一気に頼光らにかかる。

解いていた構えを、即座に皆構え直す。

つう、と冷や汗が一筋、頬を伝う。

ここで相対するならば、鬼の時のようにはいかない。

毒も盛っていなければ油断もしていない。そもそも消耗している。

力量はわかっていないが、鬼に交渉をかけるというほどだ、弱いはずもない。

はたして何人生き残れるか。

 

「鬼に勝った、それと共に居たから私が下だと決めつけたか、それとも正義に酔いしれているのか。どちらにせよ傲慢だとは思わないか、人間。」

 

さらに周囲に鎖のようなものが幾つも縦に走り、円形に並ぶ。

その中にいる人間は、今度は物理的な重圧がかかったように跪く。

今、立っているが出来ているのは頼光だけだ。

 

(結界、いえ、呪詛……!?)

「殺して、奪ってもいい訳だが。」

 

笑顔は未だ崩さず、頼光を覗き込みながら行った。

 

「冗談だ。さて、行こうか。」

 

ふはは、と笑って梓はまた大江山へと歩いていく。

同時にぱっと重圧は消え、周囲に展開されていた鎖も鉄の音を奏でながら姿を消した。

肩で息をする者も数名、その他も安堵にひとつ息をつく。

 

「どう、しますか。」

「……行くしかありませんね。」

 

どの道、運ぶのも困難になっていたところだ。

理詰めでなんとか都に運ばせることが出来たら、と思わないでもなかったが、目の前の女性が既に鬼と知り合っている以上、それも叶わないだろうと、彼女は思った。

一行は、梓を警戒しながらその背について行く。

内の一人は、今ここで背から襲えば、殺せるのではないか。

そう思って、刀に手をかけようとした。

もちろん、手にかけたからといって必ずそれを抜くか、というとそうではない。

まだ思っているだけだ。だが、ふと、前を向くと梓が妖しく笑って、その者の方を見ており、目が合った。

その時に、ああ、敵わない、手を出しては行けない、と彼は思った。

すっ、と手を下ろし、静かについて行く。

道をもどることしばらく、再び大江山に到着。

無数の墓が並ぶその風景の中を歩く。

 

「では、そちらを頂こう。」

 

一行の1人が持つ酒呑の首をそっ、と梓は両手で取った。

酒呑の墓の少し前に置き、彼女は1歩離れた。

手をかざすと、小さく火が灯り、それが段々と大きくなり、酒呑の首を焼く。

 

「さて、もういいな?頼光。」

「はい。」

 

ここまですれば、何らかの術で蘇らせようとしているようにも見えないし、ということで信じたようだ。

 

「ではまた、頼光。」

 

立ち去ろうとした頼光達は背に、そんな梓の言葉を受ける。

言葉の意味は分かっていないが、得体の知れない存在と長く共にいるという意味もない。

何も返さず、彼女らは去っていった。

 

「……。」

 

立ち上る煙。しばらく経つと梓は火を消し酒呑の首の灰を、墓の前の土へ。

その後、銀の波紋から1つの酒を取りだして、酒呑の墓にかけた。

 

「また会おう、酒呑。」

 

そう言い残して、梓はそこを去った。

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