ぶいちゃが楽しい。遅れました。
大まかに、現代ぐらいまで書くことは決まりました、ちょろんとずつ書きます。
もしかしたら、梓の見た目をどこかに画像で記すかも。
「冥界?」
「ああ。」
梓はそういった。紫の友人がそこにいるのだと。
無数の書簡を渡す間の休息か、遊びに来ないか、というものらしい。
「今回は仕事ではなく、彼女個人の話だ。」
「そうなんや。」
す、と。彼女らの拠点にある場所から出つつ梓はそう告げた。
話を聞いた、人里に住む龍輝。ご飯でも共にしないか、という誘いに来たのだが、用ができているらしい。
それなら飯は後に、たまには自分も連れていけと、彼も共にすることに。
「あ、俺居らんほうがいい感じ?」
そもそもいない方がいいのだろうか、彼女らはなにか大きなことをなそうとしている。
特に関わりが深くない自分は居ていいのか、と思った。
「いや、構わんだろう。」
「聞かんでええんか?」
「私が連れていくと言ったのだ、意義は唱えさせん。」
「留守中はお任せを。」
彼は横暴だな、と思った言葉を、セナがいたので言うのを辞めた。
梓に続いて彼は歩く。
長い、長い石階段。冥界の入口である。
月明かりが白く清い光で照らす。
「はぁ〜……現実離れしてんなぁ。」
「お前にとっての現実は既にここだ。いい加減慣れろ、何年生きている。」
「慣れへんってそんな簡単に。」
階段を1つ、また1つと登っていく。その足取りはゆっくりだ。
性急な用もなく、景色を楽しみながら登る龍輝を考えてのことらしい。
ふと、なにかに気づく梓。自然に速度を落とし、龍輝より後ろへと下がった。
「?梓、どうし──」
瞬間、ただならぬ気配を感じた。
前を向き、気配の元、門の上へと視線を向けた。
背筋に冷水を流されたかのように走る悪寒。
人はそれを殺気と呼ぶ。
月明かりに照らされる、黒い瓦の屋根。
その上に立つ1人の男。
2振りの刀を腰に差した、老齢の剣士だった。
只者では無い。一目で彼は理解した。
なるべくなら、敵対は避けたい。相手がどうだというより、大社 龍輝という男はそういう男だ。
その中でも、絶対に、と付くほど敵対したくない気の強さだったが。
門の下にいる2人を睨めつける男から視線を外さず、龍輝は梓へと小さな声で言う。
「おい、手紙、手紙!」ヒソヒソ
「……。」
「早く!おい!渡せって!今にも刀抜きそうやって!」
「……。」
「早く!!ハヤク!!」
ふぅん、とつまらなさそうに1つ息をついて、ひらひらと男に見せるように手紙を掲げた。
ぴく、と眉を動かしつつも門から降りて目の前に立つ。
その距離は、龍輝の持つ獲物より外側。相手のそれよりも遠い距離であるそれは、入らば斬ると、暗に言っているように感じた。
ピッ、と指先に挟んだ手紙を男へと投げた。
男は、開封したあと、いつでも抜けるように片手を刀の上へと、もう片の手で手紙を読み始めた。
ちら、とこちらを見る目は、心做しか龍輝より梓へと厳しい目線を向けているように彼は感じた。
その手紙を読み終えると、苦虫を噛み潰したような顔をしながら呟く。
「あの女狐めが……お嬢様が客人に喜んでおられると思えば……。」
女狐。蘭のことを指すのか、それとも紫のことを指すのか。
どちらにせよ、いい印象は無いようだ。
それでも自分の主の決定に、彼は渋々納得したようで、道を開けた。
厳しい目線と表情は、相変わらずだ。
「龍輝。」
「ん?」
「刀を彼に渡しておけ。」
「え?あぁ……わかった。」
梓から貰った刀を手放すのは何となく心苦しいが、彼女が言うのだからなにか意味があるのだろう。
男に、それを渡した。
「……。」
返事は無いものの、それで龍輝に向けられた殺気は鳴りを潜めた。安堵をして、門を潜る。
後ろに続くかと思った梓が来ない。振り返れば、男に道を阻まれていた。
「なんだ。」
「なんだではない。貴様は通さん。妖など、通せるはずも無し。」
「元来呼ばれたのは私だが。それに、もう中に1人、いるだろう。」
「お前を追い払えば次は奴だ。」
「なるほど、あくまでも交戦すると。」
ニィ、と梓の口角が釣り上がる。フォン、と銀色の波紋が手元に。
「面白いじゃあないか。」
「ストップ!!!!」
急いで龍輝は間に入った。
だろうな、という顔をして、梓は銀色の波紋を消した。
「待ってくれ!そもそも俺ら呼ばれてるねんで!?というかメイン梓やし!」
もだもだと手元を忙しなく動かしながら弁明を続ける。
結果、男が梓の真後ろに着くことで妥協してくれたようだ。
(あぁあおもんな……頭の中戦いばっかやんけ……。)
心の中で苦々しくため息を吐く龍輝であった。
良くは無いが、まぁ、矛が収まったのならば及第点とした。
「……んでなんでやったん?」
刀を渡した理由である。友人から貰ったものを渡すのは抵抗があった彼は、理由もわからなかった為、梓へと改めて聞いた。
「剣士が己が魂とも言えるそれを相手に預け、背を見せるということ。そういえば分かるか?」
「あぁ〜なるほど……。」
「……貴様、分からずそうしていたのか。」
「あーはい。いやぁ難しいことよくわかんないんで、俺。」
さてそうこう話しながら門を潜る。
なんとも雅な庭園であった。
地面には白石が敷き詰められ、植えられた木は天へと伸び、力強く、しかして美しく。
年月を越えて尚、人を支える建物の屋根は、柱は、月光を反射して黒く輝いていた。
なんと素晴らしい光景か。だが、その中でひとつ、異彩を放つものがあった。
巨大な、桜の大樹だった。
見上げたそこには咲き誇る桜の花。異様に、紅く。
さて、以前最後に見た桜はこれ程紅かっただろうか。
目線を少し下へ。そこには。
「なっ──」
首吊り死体が、そこに。龍輝は、絶句した。
周りの2人も、声をあげなかったため、静寂が周囲を包んだ。
「あれで、残りはお前だけか。」
「……そうだ。遂に、あいつも逝きおったか。」
梓と男が、そう一言だけ会話した。
慣れているのだろう、男は動きを止めることなく、吊り下がったそれを、下ろした。
木の元へと横たわらせ、少しの間の後立ち上がって歩き出す。
着いてこい、ということだろう。梓はそれへ続く。
亡くなったものはどうするのか、とすこし狼狽える龍輝に、梓を視線を向けた後、くい、と前へ歩く男へ。
少しそれを見たあと、手を合わせて男へついて行くことにした。
軒先を歩く。進む事に、体への重圧というか、脱力感が増す感覚。
背中に冷たいものが広がり、気分が落ちていく。
龍輝が嫌なことを思い出し、死にたくなってきたなどと考えている間に、その場所へ着いたらしい。
彼は嫌な感じを、中から感じた。
「……中にはお嬢様がいる。くれぐれも失礼のないように。」
そういうと、彼は2人に道を開けた。
障子の傍から離れないところを見るに、何かがあれば乗り込んで即座に切り捨てる、と言うことだろう。
障子に手をかけ、少し横へ力を込めるとすらり、と小気味いい音を立てて、開く。
ゾワ、と。龍輝の背を更なる寒気が走る。
そこに居たのは、少女だった。
触ってしまえば、折れてしまうような細い、活力のない四肢。だがそれが幽玄な色気と儚さを醸し出している。
ウェーブのかかった黒く柔らかな髪は、宙に浮くような軽やかさを感じる。
その少女の纏う空気感。その内に死ぬのだろう。
もっとも、そこまで考えるほど、龍輝に余裕はない。
「あら、千客万来ね。彼女以外にも友人がいたのなら、言ってくれたら良かったのに。」
「いいえ、あの男は友人の部下、もしくは信者よ。」
「いやちゃうちゃう友達や。」
ぶんぶんと手を振りながら否定する。
すごい存在だということは認めているが、龍輝にとって梓は友達である。それ以上でも以下でもない。
だからこそ、セナには小言を言われることが多いという。
そんな軽口を言ったが、そこが彼の限界だった。
(あっかん……気持ち悪……。)
青褪める彼。普通の体勢を維持するのも困難に近い。
彼はそれを理解していなかったが、それは死そのものの気配だった。
彼女自身も制御できない、死の呪い。
周りや、ともあれば自分も、蝕み続けているのだろう。
「龍輝、つけておけ。」
「?」
す、と指輪を2つ手渡された。
曰く、死の呪いを強く遠ざける祈りが込められた指輪だという。
あらゆる呪いを弾ける、という訳では無いが、生命に直接関係する呪いに関しては、効果がある。
「……こ、ど、これどっちがどっち?両方同じ手とかか?」
「どちらもどこでもいい。好きにつけろ。」
ん、と短く返事をしたあと、その指輪を左手の人差し指と中指に適当に差し込む。
すると、先程の悪寒が真のことだったのかと疑うほどに消え去った。
「花のような人間だな。あの大樹とはまるで逆だ。」
「ちょっと梓……!」
「……それもそうね。」
自嘲気味に、彼女は笑った。
弱りきった花のような少女に、人間の命を啜ったように紅い桜を咲かせる大樹。
言い得て妙だと、本人も思ったようだった。
「そこの人、少しこっちに来てくれる?指輪が気になるわ。」
「あ、はい。」
龍輝が、微笑む彼女に手招きされて近寄る。
梓が持っていた指輪を見せて欲しいようなので、手を差し出す。
それをに手を添え、指輪を見つめる。同じくして、紫隣から覗いている。
「凄まじい呪いへの耐性ね……間違いなく逸品よ、これ。」
「こんなのも、世の中にはあるのねぇ。」
ありがとうと、短く礼を言われたのでいえいえと返した。
あまり近くにいると外の彼が斬り込みに来ないかと心配し、すぐに離れた。
「……それがあったら……皆は死ななかったのかしらね。」
ぽつりと、寂しそうに呟いた。
「さて、お客様を迎えるのに何も無いなんて失礼なことないわね。本日は私、西行寺 幽々子ができる限りのおもてなしをさせていただきますわ。」
席へ招く彼女。皆はそれで席へと着く。
所狭しと並ぶ、香りの良い料理。様々な料理に、龍輝は目を輝かせながら食べる時を今か今かと待ちわびている。
梓は、幽々子の手を見た。赤切れが見えるその細い手。
今にも死にそうなその体で、これを全て作ったというのだろう。
それをみて、梓は直感した。
さておき、と。小さな宴は開催された。
いいのか、と目線を梓に送る龍輝に、ハンドサインで構わんと返した。
いただきますと手を合わせ、龍輝は食べ始める。彼は酒を飲めないので、酒には手をつけなかったが。
その様子を、幽々子は優しい目つきで見つめていた。
紫も、梓も、あの男─幽々子は妖忌と呼んでいた─も手をつけた。
だが、宴は長く続かなかった。
妖忌と紫が幽々子の体調を慮ってそうそうに切り上げたのだ。
さて、夜ももう遅いからと客間へと招かれた。
性別の関係か、紫と梓、龍輝は別々に。
夜風を浴びたくなった彼は、軒先へと出た。
ふと、外を見ると血の如く紅い桜の花を咲かせる大樹。
その木の元に妖忌が。死体の処理を終えたのだろう、墓の前に座る彼を見た。
横に並び、手を合わせた。
「……貴殿は……かたじけない。」
しばらく、静寂がここを包む。
「……この墓は、彼が、彼自身が掘った墓だ。」
「……そうなんか。」
精神か肉体か、はてはそのどちらもか。
死に蝕まれていくのを自覚した彼が、忠義の元にここに居続けることを選んだのだ。
「幽々子様は、生まれながらにあの力をお持ちだった。」
幼い頃はここまで大きな能力ではなかった。
だが成長とともに、その力は増していった。
髪をとかす櫛の歯がひとつ、またひとつと欠けていくように従者は死んで行った。
悲しいことに、彼女は己が持つ能力を理解してしまっていた。幼い、頃から。惨いことに。
嘆くこともせず、淡々とそれを見続けてきた。
先代と、その妻も早死にだったと言う。
それから、従者の中で、2人を殺してしまったのは幽々子だと、噂されるようになった。
事実、そうではあるのだろう。能力によって、という点で。
そして、彼女は孤立した。能力を恐れて立ち去るものが居た。
それでもなお従者として付き従うものももちろんいた。
だが、結果はこれだ。
「私は、純粋な人間では無い。」
ふわ、と白い半透明の霊魂が彼の周囲を浮遊している。
半人半霊。それが彼だ。
「……貴殿は、特殊とはいえ人間なのだろう。」
龍輝は梓の加護よってほぼ不老になっている。
また、後付けの能力もある。もう人間とは言えないかもしれない。
だが。
「……それでも俺は人間やと、そうあろうとしてる。」
元人間ではある。それを、彼は忘れない。
「……頼みたいことが、貴殿にある。」
龍輝に、彼は向き直る。
「お嬢様は、直に死ぬ。もうどうにもならないほどに、弱っている。だからお嬢様が、死ぬまで傍に居てやってくれはしまいか。」
どうにかならんのか、という言葉を、龍輝は飲み込んだ。
彼に言うべき言葉では無い、と。そう思ったからだ。
「生まれてから死ぬまで、ついぞ人の死を見続けるなどあまりに、あまりに……。」
ぐっ、と手に力が入っていた。
「どうか、どうかお頼み申す。お嬢様に、ほんの少しの間だけでも死を忘れさせてやっては下さらぬか。」
死とは生とは真逆の物。その死を見続け、まとわり続けた彼女はは生とはかけ離れすぎた。
「死を気にせず、それでようやく普通の人になれるのだ。ほんの刹那の間でも、お嬢様には人らしく生きて欲しいのだ。」
妖忌は、土下座し、深く頭を下げ、涙を流す。
「どうか、どうかお頼み申す……!」
「ちょ、やめてくださいよ、頭下げるなんて!一旦頭あげてください!」
呪い避けの指輪を用い、梓の加護があって始めてそれを弾ける。
だが、何とかして呪いを気にせず相手にできるといえばそうだ。
「……もちろんや、でもあんたも居らなあかん。二人で、や。」
「かたじけない、かたじけない……!」
あれほど、あれほど大きく見えた、強く見えたその男は、小さく、弱く見えた。
しばらくして彼と別れ、寝室へ。
彼女は、どれくらい持つのだろうか。
自分に何ができるかは分からない。だが、やれるだけのことはやろう。
そう思って、その日の彼は眠りに落ちた。
別の客間では。
「よもや彼女を救ってくれなどと、つまらぬことを私に言うつもりではなかろうな。」
無表情。梓は紫に、それを向けた。
「そこまでは言うつもりは無いわ。……貴女から見て、あの子は、どれくらい持つかしら。」
「私に聞かずとも、理解しているだろう。」
「……。」
何かを思案している、そんな顔だった。
ふっ、と。梓は笑った。
「案ずることはない、紫。それでいい。」
「それは、どう言う?」
「さてな。」
梓は、それ以上それについては答えなかった。
*
早朝。第一発見者は紫だった。
深紅の桜の大樹、その元で、幽々子は。
自らの首を、短刀で。流れる血は白装束を染めていた。
冷たくなっていることから、暫くはたっていることがわかる。
「……で、あろうな。」
梓は、そう短く言った。表情は読めない。
龍輝は、何も言えなかった。衝撃を受け、まだなにも、してあげられていないのに、と。
決意したのに、なにも、できなかった、と。
「お、嬢様……そうですか、あなたは、自ら……。」
「人間にとって死は安息だ、彼女はこれで眠れることだろう。」
「……。」
ぐっ、と力を込めて自信を奮い立たせ、幽々子の元へ。
龍輝も力なく、それについて行く。
「来ないで!!」
紫が、そう叫んだ。2人は、それに驚いて足を止める。
「大丈夫、大丈夫よ幽々子。私の力なら、あなたを蘇らせれるから。人としてじゃなく、亡霊としてだけれど、もう人であることを寂しく感じることはないから。もう、1人になんかさせないから……!」
「ふざけるな!!」
妖忌の怒号が、響いた。
「幽々子様は自ら命を絶ったのだ!幽々子様の選択を愚弄するか妖!!」
「じゃあその選択をしなくてはならなくなったのは誰のせいよ!」
そう、悲痛に叫び返す紫。
「みなに囲まれながらも、幽々子はずっと一人だった!外も、何も知らず!!これが選択だなんて、認めない!認めないわ!!」
「貴様……ッ!!」
妖忌は刀を抜き、軒先から躍り出た。
「蘭!!」
その声とともに、スキマから蘭が飛び出る。
それと、同時だった。
「すまん、俺は妖忌さんの味方出来んわ。」
すっ、と龍輝は間に立った。
「貴様……幽々子様の選択を愚弄すると申すか!!」
「違う!そうじゃない!このまま……このまま死ぬなんてあまりにも悲しすぎるやないか……。」
曇った空はやがて晴れるから美しいのだ、と彼は語る。
「それでも、もたらされる死を目前に、幽々子様自身が死を選択したことには変わらん!次に蘇り、目が覚めた彼女が。自分が奪った命を目の前に生き続けて、笑えると思うのか!?」
「それを何とかしたるとは思われへんのか!?」
「人でない我らに、人であることをやめた貴様に、それを理解することはできん!!」
「話し合えば分かり合えるはずやろうが!!」
「詭弁だ!!全てが分かり合えるなど!!」
お互いに手にする刀が、強い金属音を立てた。
ちら、と紫が梓を見る。彼女は動かない。
ぶつかり合いそうになった大社と妖忌。
妖忌を止めようと蘭も動く。その瞬間。
─ガァンッ!!─
「がっ──」
「梓……!?」
飛び出した蘭を、地面へとたたき落とした。
紫は、一瞬だけ驚いた。静観するか、こちら側に着くかと考えていたからだ。
こちら側に、大社もいるからだ。大社が味方している分、こちらに傾くか、と思っていた。
しかし、やはり彼女の動向を読めやしなかった。
「貴様……紫様に逆らうか!!!」
「いや?そこではない。私は貴様を見ているのだ、八雲 蘭。」
「なに……!?」
「彼らの思いのぶつかり合いだ。意志を持たん貴様はここで止まれ。」
ニィ、と笑いながら彼女は蘭の前に立った。
まずい、と紫は思った。
妖忌の命を奪う選択を、大社はしない。
であれば、技術が卓越する分、妖忌が切り抜ける可能性もある。
それでも諦める訳には行かない。少しの間、少しの間だけ時間をくれれば。
(2人を信じるしか!)
彼女は2人を信じ、蘇生を始めた。
再び飛びかかる蘭、易々とそれを弾く梓。
「意志を持たんだと!?私は私の意志で──」
「それは紫の意志に、だ。貴様はどう考えると聞いているのだ。」
一瞬、考えに動きを止めた。
「それはそれとして───」
そのわずかな隙間で既に目の前にいた。
「相対するのは初めてだな。少し遊んでやろう。」
振るわれる拳、上から下へ。反射的に手で防御する。
防御ごと殴られ、地面が沈む。何とか体勢は崩していないが、故に腕へのダメージは大きかった。
妖力を防御に回していなければ、腕は吹き飛ばされていたかもしれない。
「貴様の"それ"を紫に出してもいいとは思うぞ?言わずを悪と断ずる訳では無いがな、紫にはそういう部下が必要だ。」
「ッ……!」
見透かされている、と。そう感じた。その心の隙を、見ないように攻撃する。
右手の爪を突き刺すように向け、左手の爪は深く構える。
「貴様になにがわかるッ!」
突き刺そうとした手の、右側に避けられた。これでは左手で切り裂こうとしていた攻撃は、出来ない、が。
蘭はそのままの勢いで左回転、左手で裏拳を放った。
「ふむ、判断が早い。いいな、強い。」
そう言いながら平然とそれを受け止めた。
蘭は動きを止めない。左手を瞬時に引き、右手を梓の腹へ、爪を刺し穿つつもりで放つ。
相手は敵ではない。が、梓という女が相手では、本気で、殺すつもりでかからなければ勝負にすらなることはないだろう。
が、それを梓は横へ回避。
蘭も突きが当たると思ってはいない。そのまま左手の爪をなぎ払おうとした。
瞬間、梓は蘭へ踏み込んだ。一瞬、怯む。
その隙を梓は逃さず、首を掴んだ。蘭を文字通り振り回し、地面に叩きつけた。
そして──
─ドォンッ!!─
「ぐ、ぅ゙ッ……!!」
そのまま、衝撃波を放った。地面が割れ、その威力を物語る。
体内が直接揺らされ、視界が、頭の中がぐわんぐわんと波打つ。
もし人間なら一溜りもないだろうそれをダメージという言葉で抑えられたのは、紫の式という、彼女の恩恵があるからか。
手を離し、すっと1歩引く梓。よろ、と蘭は立ち上がる。
ふらふらと勝手に揺れる身体。脚を開いて立つことでようやく相対している。
「従えば従者足り得るだろうな。だが蘭、お前は紫に間違いがあった時、感情的になっていた時、様々あるだろう。それを正せる従者であろうとしろ。」
(……私は……。)
思うところがあるのだろう、思考を、回す。
いつしかふらつきから回復していたが、体勢を治し、真っ直ぐ立つだけで、斜め下を見つめながら考えていた。
(なんや、力では勝ってるはずやのに、勝てへん!!)
妖忌の剣術は極めて卓越している。
力では、確かに彼は勝っている。が、その力をいなし、弾き、避ける。
そうして、無力化させられていた。
そして、妖忌の一度の攻勢。防御しようとしたそれを、するりと避けて一太刀。
(あかん、避けれん!!)
当たるかと思った、その時、背後で。
紫の手元で、強い光の柱が立った。
それに注目し、妖忌の刀は、止まった。
龍輝も、それを振り返る。
桜の大樹は、その花を全て散らせ、幹の色は、生前の彼女の髪のように、黒々と染まった。
それとは真逆に、紫の前の少女の髪は、美しい桜のような桃色に染まっていた。
人ならざる雰囲気を纏い、そこに立つ。
「やはりその通りではないか、大樹と少女は、逆であろうよ。」
ふっ、と梓はひとつ笑う。
妖忌は、言葉も発せず、ガクリと膝を着いて項垂れていた。
「初めまして、あなたはだあれ?」
「私は……私は、八雲 紫。あなたの、友達よ。」
「あらそうだったの、ごめんなさいね。それよりもお腹がすいたわ。台所に行ってきていいかしら?」
「……ええ、行ってらっしゃい。」
そうして、幽々子は屋敷の中へと、消えていった。
「……なぜそっち側に立ったのか、聞かせなさい。」
「分かりきったことだろう。それより……従者に目を向けてやれ。」
未だ悩み、目を泳がせる彼女。二人でスキマへと消えていった。
構えていた刀を降ろし、龍輝は安堵した。
存在は変わったけれど、以前のことを忘れ、またスタートを切れた。
これから、幸せになれる、と。
妖忌と、自分で支え、幸せに笑わせてやらねばと。
そう思った、矢先だった。
すっ、と妖忌は立ち上がり、刀を収め、その場から立ち去りながら、告げる。
「……今日限りをもって、ここに……西行寺家に暇を告げる。」
「!!な、おい!なんでや!」
「黙っていろ、龍輝。」
「お前までか!?なんでや、幽々子さんはこれから──」
「西行寺幽々子は死んだ。」
記憶を捨て、人である肉体を捨てた。
今日、この時をもって、西行寺幽々子は、死んだのだ。
死ぬことが出来たのだ。
「そうだ。……私が仕えたのは幽々子様であって、あの亡霊では、ない。」
腰につけた刀、その2振りを外して、その場に置いた。
「これから私はここを下り、普通に暮らす。生まれた子か、孫か。それをここへと仕えさせることで最後の義理と致す。そう、あの亡霊にお伝えくだされ。」
そうして、彼は立ち去っていく。
「忠道、大儀である。その心、その言葉。私が見届けた。誇るがいい。」
その背中に投げかけられた、梓の言葉に。
1度だけ立ち止まり。かたじけない、と礼を告げた。
静寂が、ここを包む。
「……なぁ梓。……俺、間違ったんかな。」
妖忌を止めたことだ。
死は人間にとって安息だ。他でもない梓がそう言った。
なんとなく、わかる気もした。
それを含めても。自分の選択はあっていたのだろうか。
彼はこれでいいと思った。しかし、それは彼自身がそう思ってるだけで、間違いってこともある。そう、不安になった。
「そういう意味では正解か不正解かなど存在せん、そう単純ではない。では聞くが、後悔はあるか。」
「ない。」
「ならば正解だ。加えて言うなら、ここからどうするかがそれを支える。己が信念の元に、彼女を見ていてやれ。」
「……そっか。そんなら、よかった!」
何が正解かなどはわからない。でも、自身の友人からも良いと言われた。
ならば、正解ということでいいのだろう。
2人は、妖忌が持っていた刀、その2振りを幽々子の元へ。
そうして、彼が言った言葉を伝えた。
「疲れただろう、今日は先に帰っていろ。」
「……流石に、そうするわ。」
龍輝を先に帰し、梓は、桜を散らせた大樹の元へと向かった。
フォン、と。銀色の波紋の中から、酒をひとつ取り出し、それへとかけた。
「……。」
言葉を欠けることなく、それを見つめる。
もう血を吸うことはない、その桜の大樹の下。
そこには、少女が眠っている。覚めることのない、眠りを。
*
「紫様。」
「どうしたの、蘭?」
とある場所にて。
「あの者は……梓様は。危険な存在ではないのですか。紫様の道において。」
蘭は、思うことを、紫に告げた。
「……それは、どうして?」
「あまりに強力すぎます。単体としてだけではなく、彼女の周囲も合わせて、1勢力として。」
梓だけではなく、結衣、聖士。龍輝もそうだ。
そして、セナ及び猟兵団 白睡蓮。
梓の加護を受け、不老とも言える長寿だ。
それ故に、力も高まっていっている。
もしここでその里ができたとして、彼女ら全員が本気を出して破滅をもたらせば、可能ではあるだろう。
なぜ、ここまで連れてきてしまったのか。
殺そうとまでは口にしない。成功したとして、ただではすまないだろうから。
しかし、妖怪と人間が手を取るにあたって、彼女の手1つで、1つの勢力が動き、力関係が変わってしまう可能性がある。
それは、危険なことだ。
「蘭の言うこともわかるわ。けれど……大丈夫よ。」
「何を、根拠に……。」
「なんともできないでしょうと言うのもあるけれど……彼女が、梓が望む自由な在り方というのは支配ではないと、彼女自身が教えてくれたことがあるのよ。」
「……信じるのですか。」
「長い時を共にした経験よ。彼女がもし、破滅をもたらすとしたら、それはきっと──」
「別の何かが力を持ち、支配を、破壊を、もたらそうとした、その時でしょう。自浄作用に、似たようなものかしら。」
ふふ、と笑いながら紫はそう言った。
初めの出会いは、力関係もあったかもしれないが。
今では普通に友人だ。どちらが強いとか、そう言ったのは関係ない。
「お互いに支配していないのよ。だから、大丈夫なの。」
「……そう、ですか。」
「貴女もしっかり、見てくるといいわ。わかる日がきっと来る。……ありがとう、意見、嬉しかったわ。」
「……いえ。」
納得できない部分も少しあるとはいえ、思い悩むことを口にして、主にも認められた。
少し、蘭は満たされた気持ちになった。