東方想転叶   作:楽園の主

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第2話 ─洩矢 諏訪子─

「何者かと問われるほどの者ではありませんよ。ただの旅人です。」

 

表情は柔らかく、小さく笑みを浮かべながら少し首を傾け、そう答える。

表面上、ただの優しい女性に見える。

しかし、内心は焦りと思考の海で溢れていた。

 

(相手の目から警戒心を感じる。つまり少なくとも好意的には見ていないということだ。)

 

もし相手が神の類なら敵意を持たれるのはまずいことは自明の理。

まだ警戒の域であるとはいえ、言葉一つで警戒から敵視に変わる可能性がある以上、油断は一切できない。

彼女はそう感じていた。

 

「そういうのいいから。」

 

その一言とともに、かなり空気が重くなる。

目の前の少女の威圧感によるプレッシャーか、それともなにかの力によるものか。

定かではないが、彼女に大きな重圧がかかる。

 

(耐えられないほどじゃない。普通に答えるんだ。警戒を解かれるように、そうでなくともせめて敵視をされないように。)

 

表情は変わらない。彼女の演技力は相当に高かった。

多少焦っているとはいえ比較的冷静なのは、未知の力があるとわかったからか、彼女にとって現実味を帯びていないからか。

 

「と言われましても、その辺の野犬に襲われて荷物を奪われるような始めたての旅人で───」

「ここまでの威圧に耐えられる地点で普通じゃないのはわかってるよ。」

 

見下ろしながらそう言う目の前の存在。

瞬間、彼女の顔から笑顔が消えた。

それは嘘が通じなかったから、そして笑顔でいる必要がなくなったからだ。

 

(普通の人には感じない重圧かと思ってたが、耐えたのは悪手だったか。)

 

動揺こそ見せないが、心の中で自分の判断の間違いに少し焦った。

 

「だいたい、今の私が見えている地点で人外だとわかってる。まぁ、霊力に長けた人間、って線もあるけど……ま、見ればそうじゃないって分かる。」

 

曰く、今の状態はある力によって普通の人間には見えない状態になっているという。

見えるのは、霊力の高い人間か、それとも人外か。

人外と言っても、もちろん犬や猫ではなく───

 

「──妖怪とかね。」

 

ピク、と。彼女が反応した。少女にはわからない程度だが、それでも彼女は反応した。

 

(……妖怪。ここに来るまでのやつらはその類だったってことか。"モンスター"と類していないということは……いや、それは今じゃない。)

 

ならば先日襲ってきたあれらもそれだったのだろう、と。妖怪と疑われている状況を打破する手を考えながらふと思った。

そして、彼女が手を思いつく前に。

 

「まぁ、アイツらが刺客なんて送るわけがないのはわかってるけど。ましてや妖怪の類なんてね。」

 

うーん、と大袈裟に考えるような仕草をしながら、彼女にとってわからない話を話す。

その内容はどう考えようと分からないが、どうやら妖怪だと、害をなす存在だと見られているのは確実のようだった。

 

「まぁとりあえず───」

 

体は考えるような仕草のまま、目だけを彼女へ向ける。

そして。

 

「──殺すか。」

(!!)

 

この時、初めて彼女の表情が揺らいだ。

少女は腕をおろし、少し脱力した立ち状態になり、視線は鋭く。そして先程よりも大きな重圧を放っていた。

それだけでは無い。

その背後には、真っ白な身体に、紅に染まる目をした蛇のようなものが2体出現したのだ。

頭だけで人の半分ほどあり、持ち上げた頭は見上げるほど。

人間1人なんて簡単に丸呑みするだろう大きさだ。

 

(大きい。ここまでのサイズを従えるくらいだ、神の類と見て間違いはなかったか!)

 

じり、と1歩下がり、後ずさり。

逃さん、と言わんばかりに1匹の白蛇が大きな頭で潰そうと振り下ろして来た。

ゴッ、と迫り来る大質量に圧倒されそうになるが、そうも言ってはいられない。

回避、もしくは防御をしなければ即死なのは目に見えてわかった。

しかし回避は間に合わない可能性も高いと見えた。

 

「くっ!」

 

迫り来るそれが当たる直前、円柱状の障壁を発生させた。

以前使った防御手段だ。淡く光ると言ってもほぼ透明で、守りながら周囲状況を見渡せる障壁だった。

そのまま、その攻撃は直撃、強烈な砂煙を周囲に撒き散らした。

障壁はかなり強固なのか、彼女自身に傷はない。

 

(上手くいった、けど、ここから先はどうする?話し合い、なんて雰囲気でもない。)

 

考えを巡らせる。この場から脱する方法は何かないかと。

白蛇は頭を持ち上げ、元の位置に戻る。

 

「やっぱりただの旅人じゃないじゃん。」

 

砂煙が晴れた頃、無傷の彼女に向けて少女はそう言った。

 

「……立ち去る、と言って国から出ようとも見逃していただけそうにありませんね。」

「もちろん。逃がすわけないね。」

 

少女からすれば怪しい人である以上殺すかどうかはさておき逃がす手はなかった。

それを改めて確認できた彼女は仕方がない、と、戦いの作戦を立て始めた。

 

(あのサイズの蛇が相手なら断頭が一番早いか。どのくらい耐久力があるかは不明だが──)

 

彼女は両腕を深く交差させた後、踏み込みながら勢いよく開き、横へ振るう。

すると未知の力が斬撃のような形をし、白蛇の首元へ、高速で向かっていく。

まるでかまいたちのようだった。

しかし白蛇はいとも簡単にそれを避け、今度は大きく口を開けて噛み砕いてやろうとばかりに彼女へ向かっていく。

 

(速い!!)

 

気がつけば目の前、と言えるほどそれは速かった。

しかし彼女は自然にそれを回避していた。ギリギリ当たらないように、斜め後ろに。

彼女は攻撃がどう来るのか理解していたのだ。

何故かはわからない。しかし。

 

(今は疑問に思う時じゃない!)

 

白蛇の頭を断とうと大きく構えた。未知の力による斬撃を放ち、目の前の白蛇を断頭しようとしたのだ。

動きは最小限に、素早く構え、振るうつもりだった。

しかし。

 

─メキッ…─

「ぅッ!」

 

ギリギリ障壁は間に合ったためダメージは軽微なものの、横薙ぎに振るわれた尾は彼女の横腹に直撃、軽く斜め上に吹き飛ばされた。

空中でどうにか体勢を立て直そうとするももう1匹の白蛇の尾による叩きつけが彼女を襲う。

そちらの攻撃には早めに気付くことが出来たため、障壁を張ることが出来、ダメージは無かったが障壁ごと地面に叩きつけられた。

 

(吹き飛ばされたなら距離を取れると思ったんだけどな、そんなに都合よくは行かないか……!)

 

素早く後ろに跳び、距離をとりながら構え直す。

 

(相当な攻撃力だ、防御も過信はできない。短期決戦で終わらせなければ。)

 

回避、及び防御について、今は何とかなっている。

しかし、相当な攻撃力で障壁が割れたら。攻撃が来るとわかっていても避けられない様な攻撃が来たら。

そう考えると過信はできない。

自身の取れるあらゆる手を思考し、何とか短期決戦で終わらせる手を思考し始めた。

対して少女は、彼女が障壁ごと叩きつけられた際にできた小さなクレーターをちら、とみていた。

 

(相当な硬さ……本当に、こいつは何者だ?)

 

少女は使役しているそれに、割と強めに攻撃させたつもりだった。

並の妖怪、ましてや人間であるなら小細工諸共叩き潰して終わりのはずなのだ。

いったい───と、彼女についてを考えていた。

 

(今思いつくのはこれしかない。借りるぞ、かの国の連王よ──)

 

彼女はそう考えながら一瞬、バチ、と体に纏うように雷を発生させた。

白蛇らはそれを見て、技を放つのだろうそれを見逃すわけはなく、前動作で潰してしまおうと攻撃を始める。

噛み砕こうと、1匹目の白蛇が攻撃をしたその時だった。

 

「はッ!!」

 

彼女は攻撃を避け、白蛇の側面に移動し、白蛇の側頭部を強く殴った。

その際、拳は雷を纏っており、殴打の音と雷の音が混ざった異様な音がしていた。

その攻撃によって白蛇は吹っ飛ばされ、もう一方の白蛇にぶつかった。

 

(……なるほど、ただ殴打するだけの技ではないみたいだね。)

 

殴打したその場所。そこの空に小さな紋章が浮かび上がっていた。大きさにして直径30cm程。

紋章、と言っても細かく文字が描かれていたりはしていなかったが。

白蛇が体勢を整えようとした、その隙に彼女は行動を起こした。

 

(力加減は難しいが──)

 

すっ、と左手を右へと大きく構えたかと思えば、雷を手に纏わせ、勢いよく左へと振るう。

その瞬間、彼女の手からは刃のような形をした雷が発射されていた。

速度は早く、威力も高く見えるそれ。

しかし、発射された瞬間、少女は思った。

 

(……"足りない"ね。)

 

確かに速いし込められている雷の力は強い。

しかし少女には届かない、と、そう感じていたのだ。

そのくらいの速さなら白蛇はギリギリ避けられるだろうし、当たってもダメージにはなるものの致命傷には到底ならない。

そんなことを考え、次はこちら側の白蛇に退路を断たせるか、なんて考えながら一瞬、視線を外した。

その時だった。

 

─バリッ─

「えっ───」

 

視線を戻したその時には既に目の前に剣の形をしな雷は目の前にあったのだ。

しかも、先程よりもかなり強力な雷の力を放ちながらだ。

放たれたそれは設置された紋章を通過した途端、大きく加速したのだ。

速度だけではなく、気迫、大きさからして威力も上がっていると、彼女には予測ができた。

強烈な雷剣は横に弧を描きながら片方の白蛇に直撃、胴体を雷の力と剣の力で一刀両断した。

その後、そのまま少女を狙ったのだ。

追従するような性能がついていた訳では無い。

少女を狙えるような軌道になるよう、彼女が放ったのだ。

 

「くっ!!!」

 

それを反射的に左に避ける少女。

目の前にあり、体を狙われていただけに、全身を使って大きく避ける。

直撃はしなかったものの、胴を掠めた。

 

「あぐッ!!」

 

追加ダメージというのだろうか、少女の体全身に焼けるような痛みが走る。

雷のダメージが全身を走った、というわけだ。

そのまま雷剣は向こうへ飛び、尾を引くように雷を残しながら消えた。

 

「……ふぅん。」

 

ニヤ、と笑う少女。

対して、彼女は眼差しは真剣、常に手を考え続け、思考を止めることは無かった。

 

「一つだけ、聞いていいかな。」

「なんでしょうか?」

「何故直接私の急所を狙わなかった。」

 

少女は言う。直線で、急所を狙われていれば確実に直撃していた、と。

急加速した後の速度は油断していた少女にとってギリギリまで知覚できないものであった。

弧を描き、白蛇を狙った後に少女へと攻撃を向けるほどの演算能力があるなら直接少女を狙った方がいいことは確実に分かるはずだ。

それなのになぜ。と、少女は思ったのだ。

彼女はふ、と少しだけ笑みを浮かべながら答える。

 

「貴女と争いに来たわけではないからです。」

 

少女を真っ直ぐ攻撃せず、弧を描いて白蛇を攻撃したのはそもそもここの建物に当てないためというのも理由として1つあった。

まずは相手の戦力を削ぐこと、そして最後に少女を狙い、行動不能にできれば良しと考えて攻撃を向けたのだ。

それに、急所を的確に攻撃できたとしても神がそんなことで死なないことは彼女にはわかっていた。

もしそんなことをして本気にさせてしまったら、それこそ死しか未来はない。

探っているうちの油断の中、不意の一撃で行動不能にし、逃げる。そのつもりだったのだ。

 

「成功はしませんでしたが。」

「……なるほどね。」

 

そう呟きながら、すっ、と上から下へと手を下げると、白蛇はすぅ、と透けるようにだんだんと姿を消していった。

 

「どうやら敵ではないことは本当だったみたいだね。ごめん、少しピリピリしてた。」

「いえ、こちらこそ何も説明せずに突然来たらこうなるのも予測できたはずのことです。申し訳ございません。」

 

お互いに戦闘態勢を解除。その後歩み寄って、話す。

 

「私は洩矢諏訪子。この国を治める神だよ。君は?」

「私は……。」

 

ふと、彼女は思い当たった。名前か、と。

以前の名前を名乗れば男の名を名乗ることになり不自然だし、似合わない。

さて、どうしたものか、と思った。

どうせなら新たな名前でも名乗ろうか。

そう思い、少し考えた後彼女は口を開いた。

 

「──梓、と言います。」

「梓か。よろしくね。」

 

そう言って、諏訪子はふふ、と笑った。

 

「ところで、ここになんの用だった?」

「一国に訪れましたからにはと、そこを治めるここには参拝しておこうかと思いまして。あとは少し、聞きたいことが……。」

 

彼女は様々なことを聞いた。

ここはなんという国なのかとか、物々交換に使う貨幣は何かとか、最近の大きな出来事は何かあったかとか。

諏訪子はそれに対し、淡々と答えていく。

答えを総合した結果、分かったこと。それは。

 

(薄々予測はしていたけど、ここは紀元前の日本か。確信した。)

 

文明レベルや服装など、見て取れる部分だけでもそう考えられるが、実際に話を聞くと信憑性は大きく変わった。

 

(それに……なるほどね。)

 

諏訪の国に洩矢諏訪子という名前。そして時代背景。

初見で異様に警戒されたことや諏訪子の話から予想された考えは。

 

(……日本神話、諏訪大戦直前か。)

 

なぜその結論に至ったか。それは彼女自信にも分からない。

彼女自身も"知らないうちに知っていた"のだ。

いつの間にか知識として知っていたか、それとも何かで覚えていたのを思い出したのか。

真の理由は不明だが、様々な事が知識として既に存在しており、そう結論づけたのだ。

彼女はこれについても何故かは考える必要があると考えていた。

しかし、それよりも目の前の事を片付けなければならないと、それは一旦頭の隅に置いた。

 

(……私はこの世界において無知だ。)

 

前述の通り、知識は多くあるし、考える能力もある。

さらに断片的に知識を繋げることで遥かに多くのことを導き出せる。

だとしても、分からないことは沢山ある。

自分の力や、神の力。何故この時代に、この世界に自分はいるのか。

その他にも、彼女がしたいことに対して、足りない情報は沢山ある。

 

(取れる一手は─────)

 

そこで、彼女は一手を打った。

 

「……洩矢諏訪子様。少しよろしいですか?」

「なに?」

「私をこの村に置いてくれませんか。」

「……うん?」

 

彼女は訳を話し始めた。

意識を取り戻したのは先日であり、未知の力を使えるようになったのもその時。

つまり無知であるということ。生活の仕方、他人との交渉の仕方、この国の人間の性質。

加えることに未知の力についてや、妖怪や神の類についての詳しいこと。

知りたいことは山ほどある。

教えてくれとは言わないが、知る機会を与えてくれないかということだ。

 

(別に住むなら勝手にしたらいい、って普通なら言うところなんだけど……。)

 

諏訪子は危惧していた。彼女が成長することを。

力が使えるようになったのが先日。にも関わらず高度に使いこなし、さらには本気ではなかったにしろ自分の力に対抗してみせたのだ。

その辺に適当に住まわせ、そこで突然暴れられたら困るのは明白。

 

(利用できるかもしれないな。)

 

現在、諏訪の国は戦争を後に控えている。

戦争、とは言ってもこちらと相手の一騎打ちだが。

しかし戦争というのは試合ではない。

公平、なんてものは存在せず、戦いに勝ちさえすればいいのだ。

生かして帰さなければ悪評も立たない。

住まわせる条件として戦争に参加させれば有利に働くこともあるかもしれない。

このままでももちろんそうだが、ある程度力をつければ、相手の神を削るほどになるかもしれない。

 

(もし力をつけすぎて私の国や私に仇なす可能性があると判断出来れば、その前に即座に消せばいい話だ──)

 

そこまで考えて、諏訪子は答えを出した。

 

「構わないよ。"神社(うち)"で面倒見てあげる。」

 

にこっ、と笑いながら諏訪子はそう言う。

 

「本当ですか?ありがとうございます。」

 

それに対して笑顔で彼女も返した。

 

(初対面で怪しい人相手にそんなことをさせるわけが無い。なるほど、監視と、加えて利用か。)

 

裏の意図も想定した上で彼女は礼を言って提案を受け入れた。

 

(なぜ神社でなのか、ということを聞き返さない辺り私の裏が悪い方で予測したな。その上でか。)

 

彼女と諏訪子の裏の読み合い。まるで心理戦。

 

「とりあえず神社の中、案内するよ。聞きたいこともあるだろうしね!」

「わざわざありがとうございます。」

 

礼を言いながら諏訪子について行く彼女。

建物のだいたいの内装や部屋の間取り、生活の水準、その他たくさんのことを聞いた。

なるほど、と知れることは沢山あり、普通に楽しみながら彼女は聞いていた。

 

「うん、生活についてはこのくらいかな。じゃあ次は妖怪や神とかの人外についてと、あと戦ってる時に使ってた力について、だね。このまま説明続けても大丈夫?」

「はい、お願いします。」

 

話しながら客間のような場所に移動し、机を隔て、向き合って座る。

そして、説明が始まった。とは言っても諏訪子は研究者でも、ましてや知識を司るような神でも無いため、説明することによっては詳しいことがわからないことも多いという。

それでもいいなら、と前置きを挟んでから諏訪子は説明を始めた。

 

「まずは力についてかな。」

 

彼女が暫定として未知の力と呼んでいたそれは、様々な種類があるという。

魔力や気、霊力、妖力、神力。

人間ならば霊力や気が、妖怪ならば妖力や魔力を使えることが多いという。

もちろん人間が魔力を使うこともあるので一概にそうとは断定は出来ないが。

神力以外について詳しくどんな差異があるかは諏訪子には分からないらしい。

 

「えーと次は種族か。」

 

人間以外にも妖怪や幽霊、神が存在する。

妖怪は一般的に人間からの"恐れ"を受ければ受けるほど力は強力になる傾向がある。

幽霊は生前の恨みや悲しみなどの負の感情が大きいほど力が強くなるらしい。

 

「……まぁ、私とは違う種族だから多分そうとしか言えないけど。」

「それでも十分です。」

 

神について簡単に言うなら、信仰を得た者だと考えればいいらしい。

それが人に信仰が集まるか、土地に集まるかはさておき、だ。

故に神の中にも様々な種別が存在する。土着神や現人神、神霊などだ。

これらの中では諏訪子は土着神に属し、山の神に分類される。

元となった霊が居ないので八百万の神の1人であるとも諏訪子は言った。

また、信仰があればあるほど使える力は強くなる。

 

「ざっと言うとこんな所かな。わかった?」

「はい、理解しました。わざわざありがとうございます。」

「ならよかった。私、口が上手いわけではないからねぇ、少し不安だったんだよね。」

 

ケラケラと笑いながら彼女は言った。

ふと、諏訪子に対して彼女は疑問に思ったことがあった。

 

「……土着神で、現人神でもなく元となった霊が存在しないなら洩矢諏訪子様はなぜそのようなお姿に?」

「んー長いから諏訪子でいいよ。まぁ諏訪明神が8歳の童子を憑坐(よりまし)として宿るからかな。特に深い意味は無いよ。」

 

だからってこの帽子が本体ってわけじゃないけどね、と言いつつ笑いながら帽子をぽふぽふと軽く叩いた。

 

「聞きたいことはだいたい聞けた?」

「はい。また情報を整理して、聞きたいことがあれば聞きます。」

「じゃあ次はこっちだね。聞きたいことってより見たいになるけど。」

 

諏訪子は彼女の力を見たがっていた。

本人にもわからないことを聞くのはさすがに違うと思ったらしく。力を使っているところを見せてくれるだけでいいと言う。

 

「再戦ではなく、鍛練をお見せするだけでもいいですか?」

 

さすがに再戦は遠慮したい梓。

本気を出さずあれでは命がいくつあっても足りない。

 

「うん、それでいいよ。広い場所が必要なら案内するけど。」

 

それに彼女は是と返し、今いる場所から少し離れた少し広い場所へと諏訪子と共に移動した。

居住区からも外れており、余程のことがなければ他人に攻撃が及ぶことの無い、ちょうどいい場所だ。

神が神社から離れても大丈夫なのか?という問については諏訪子は大丈夫だと言っていた。

 

「じゃ、始めていいよ。私のことは気にせず自由にどうぞ。」

 

諏訪子に礼を言った後、彼女は鍛練を始めた。

まずは軽く、武道のような動きをして準備運動をした後、どれほどの身体能力があるかどうかを軽く試したり。

力がどの程度自由に使えるかを試して、などを繰り返していた。

その後、思いついたことを技として放つ。

時折、うーん、と思考する時間を挟みながら、一つ一つ試していく。

それを見ながら諏訪子はふと、言葉を放った。

 

「……ねぇ。」

「?なんでしょう。」

 

そう言いながら声の元へ顔を向けると、地に座る諏訪子がそこにいた。

 

「なんで強くなろうとするの?」

 

諏訪子の純粋な疑問だった。何かを見定めようとしているようにも見える。

目線を諏訪子から外し、力の鍛練を再開しながら彼女は答えた。

 

「そう、ですね。一番の理由は……生きるためです。」

 

"ここ"にきて始めて異形に襲われ、この世界では力が強くなければ生きていけないことが分かった。

敵から身を守るという意味でも、生活をするという意味でも、力は必ず必要になる。

だから鍛練を続けるのだと、彼女は言った。

他の理由としては、この力がどんなものなのかを理解したい、どこまでのものなのか試してみたい、という知的好奇心もある、と笑いながら付け加えて言った。

 

「強くなることの最終目標は?……"支配"という形もあるわけだけど?」

 

現実であれ非現実であれ、支配者を殺し、新たな支配者になるなんてことはよくある話だ。

統治する力はさておき、膨大な力は恐怖による屈服が可能になる。

恐怖でもって統治し、支配する。祟り神のようなそれのことだ。

 

「興味ないですね。」

 

即答で、手を止めることなくキッパリとそう言った。

 

「支配、というものは私が目指す"自由"から遠いですから。」

 

彼女はその後、少しだけ手を止め、続けて言う。

 

「……まぁ、傲慢な考えなのですが。」

 

彼女は諏訪子の方と逆を向いていたため、諏訪子からは彼女の顔色は見えなかったが、声色が少し沈んだように聞こえた。

詳しい理由は告げなかったものの、思うところがあるのだろう。

 

「……ふーん。」

 

二人の会話は消え、環境音と、再び鍛練を始めた彼女が起こす音だけが辺りを覆う。

そしてまた、しばらくして。ふと、諏訪子は直感した。

 

(……梓は"違う"な。)

 

諏訪子曰く、今までの会話で嘘をついている様子はなかったからということに加え、今の真剣な眼差しや、最後の言葉などから総計してそう判断したのだ。

諏訪子は心を読むことが出来る訳では無いため、直感と考えを重ねた推論でしか判断は出来ないがそれでも自信を持ってそう思えた。

 

(最低限の警戒は必要だけど……まぁ、警戒しすぎたな。)

 

後に戦争を控える者なのだ。警戒しても仕方が無いのだが、諏訪子は少し申し訳なさを感じた。

ばつが悪そうな顔をして頭をかく諏訪子。

まぁ、梓は向こうを向いていたため、それを見てはいなかったが。

その後しばらく。ふと、梓が空を見上げながら話しかけてきた。

 

「そろそろいい時間ですね。諏訪子様もあまり席を外すものでもないでしょうし、戻りませんか?」

 

今日はもう十分体を動かしましたから、と付け加えて諏訪子に向けていった。

あ、うん。と少し間の抜けた声を出して、諏訪子は立ち上がる。

また2人は歩き、元いた神社を目指す。

その途中。

 

「……ねぇ梓。その異国の服ってさ、目立つし足元ボロボロだし……他に服ないの?」

「残念ながらこれだけです。手にする手段があればいいのですが……。」

 

困ったように笑いながらそう返した。

 

「なら服くらいあげるよ。そのままだと何かと不便でしょ?」

「それはありがたいのですが……。」

 

遠慮がちに難色を示す梓。

 

「遠慮なんてしないでよ仮にも一つ屋根の下でしょ。」

「……ありがとうございます。」

 

梓は快く、とは思えなかったが今の服装がボロボロだったり目立つというのはわかるし、貰った方が利点は多いと理解出来るため納得はしたようだった。

一方、諏訪子としては本人には伝えないが疑いすぎたお詫びみたいなところがあり、断られても無理矢理渡そうとは思っていたようだ。

それからしばらく。神社について早々に諏訪子は服が収納されているだろう場所をゴソゴソとあさり始めた。

 

「希望とかは?」

「特にありませんが……強いて言うなら動きやすい方が好ましいですね。」

「んじゃ〜……これとこれとこれと……。」

 

いくつかの衣服を取り出していく。

そんななか下に履くであろう衣服に目についた。

 

(そんな物を履くのか……見えてしまうのでは?)

 

側部に大きな切れ目があるそれを見て、履いた時を想像して、不安になる。

 

(恥ずかしいことはないが……大丈夫なのかこれは。)

 

そんなことを考えながら困ったような顔をした。

そのうちに諏訪子は服を選び終わったようだ。

 

「この辺りかな。じゃ、それ脱いで。」

「わかりました。」

 

女性同士とはそんなものなのだろうか。そんなことを考えながら諏訪子に背を向けて服を脱ぎ始めた。

自分を利用している相手の前で服を脱ぐということで、彼女はいつでも攻撃を放てるように警戒はしていた。

もちろん諏訪子の方を向いていた方が安全ではあるが、そうしないのは相手に背中を向けることで、信頼していると見せかけだけでも見せるためだ。

 

「……女同士でしょ、別に恥ずかしがることなくない?」

「あ、いえ、それはそうなのですが……かと言って見せびらかすようなものでもないかと思いまして。。」

「んーそうなのかなぁ。」

 

服を脱ぎながら言葉を続ける梓に、諏訪子はカラカラと笑った。

そして、じーっ、と、梓を見る。

服をほとんど脱いだため、いま、梓の服装はサラシと奇妙─諏訪子にとって、だが─な下着。加えて大腿より下を包む黒い布のみだ。

ふぅ、と心做しか息苦しそうに溜息を吐来ながら足を包む黒い布に手をかけようとしたその時、ふと、諏訪子が何気なく話しかけた。

 

「サラシ、キツくない?結構潰してて苦しいでしょ。緩めたらどう?」

「苦しいことは苦しいですが、緩めると動きにくいので。」

 

そういいながらやんわりと断る梓

サイズとしてかなり大きいという訳では無い。

しかし元々男性であった彼女にとってはある程度の大きさであろうとそこに重量があると言うだけでやはり違和感はあるのだ。

普通の行動上では慣れたとはいえ、運動した時や、生活の細々したところでやはりそれは感じるという。

 

「この服だともう少し緩めた方が似合うよ。だからさ、ね?」

「しかし……。」

「私が見たいの。ほら早く!」

「……はい。」

 

押しの強さに負け、彼女はサラシに手をかける。

サラシを緩めるには1度全て外す必要があると考えた。

ここまで来て初めて自分の裸体を見ることとなる訳だ。

まぁ本人にとってはさして興味の引かれることではなかったが。

シュル、とサラシを解いていく。

 

「綺麗だね。」

「そうですか?ありがとうございます。」

 

そう答えてサラシを巻き直していく。仕方なく緩めて、だ。

サラシは1人で巻くと大きく手間である。そこで彼女は力を使い、まるで手が4本あるかのように、器用な使い方をして巻いていた。

 

「む、なんか興味無さそうじゃん。」

「いえ、そんなことはありません。嬉しいですよ。」

 

少しだけ諏訪子の方に顔を向け、少しだけ微笑みながら彼女はそう返した。

笑顔ではあるものの照れや嬉しそうな感情の全てが見えているわけではないため、諏訪子にはそう見えたのだろう。

それからしばらく。

 

「うん、似合ってる。」

 

服を全て着用した彼女に、褒め言葉を伝える。

自分の見立ては間違ってなかった、と言わんばかりに何度か頷きながら。

 

「元の服は捨てる?ボロボロのもあることだし……。」

「いえ、これだけ捨ててそれ以外は保管しておきます。」

 

さっ、と服をたたんで重ね、ボロボロになっていたソックスだけ捨てることにした。

カーゴパンツもボロボロだとはいえ、さすがにそれを捨てる気にはなれなかった。

畳んでいる途中。

 

「んー。」

─もっ……─

「うーん……。」

「……なにをなされているのですか、諏訪子様。」

 

諏訪子は梓の背中側から抱きつくように、優しく彼女の胸を掴んでいた。

優しく揉みながら、唸ったように声を上げた。

 

「やーおっきいなと思って。」

「そう、ですか?……少しくすぐったいのですが。」

「ああごめんごめん。」

 

カラカラと笑いながら諏訪子はぱっと離れた。

 

(時代か……?)

 

大きい、と言われたが梓自身は大きいかどうかはわからないがそこまでとりあげるほどではない、と思っていた。

しかしそれは梓の基準、と言うよりは現代での尺度で測ればの話だ。

お世辞にも食に困らないとは言えない時代。

梓が元々居た飽食の時代よりも体格が小さくなりやすいのだろう。

 

(……落ち着かない……。まぁ、女性の体に慣れないと行けないし、いい機会だと考えるか。)

 

少々股がスースーして落ち着かないのはどうかとは思うが、女性らしい服装といえば確かにそう。

もしかしたらこの先ずっと付き合っていく体かもしれないのだ。

慣れることは必要だと考え、良しとした。

 

「改めてだけど。とりあえず、これからよろしくね。」

「ええ、よろしくお願いします。」

 

すっ、と出された手に両手による握手で応じた梓。

神と、正体不明の者の生活が幕を開けた。

最初の疑惑は直感的に晴れ、なんとなく、お互い信頼を持ちながら。

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