別れは突然、というのは聞いたことがあるはずだ。
それが友人、先生、恋人、夫婦、家族。それが卒業、引越し、仲違い、死別など。
その近さから突然消える、大きな喪失感に意識を取られがちだが、出会いもまた突然である。
いつ出会うか分からない。それが何であるかすらも。
そしてそれが初の邂逅か、再会であるかすらも。
「ん……?」
木々の隙間を歩く梓。ふと、特異的な匂いに足を止める。
独特な鉄の匂い。これは血だ、と。
見れば木にまだ新しい血痕が着いていた。拭えばそれが真であると、紅く手の甲を汚す。
「……。」
ぐっ、と目に"力"を込めてそれを見ると瞳が紅く仄かに光る。
すると、彼女の視界に赤い痕跡が強調して見えた。
血痕などの誰かが残した僅かな痕跡も追うことの出来る技らしい。
(…………。)
彼女は少し考えたあと、その痕跡を追った。
*
ある者がそこにいた。
「はッ!はぁッ!」
「いやぁ逃げる逃げるねぇ!恐怖は人を美味くするんだ!せいぜい美味しく仕上がってくれ!」
ザクザクと草を踏む音を奏で、彼女は息を切らしながら走り続ける。
先程この辺りを歩いていたところ、人外に襲われ、今に至る。
人外は狼の獣人のような見た目だ。明らかに足は速く、自分を追いかけているのはいたぶるためだと言うのは彼女にもわかる事だった。
既に脇腹を少し、そして腕を負傷しており、血を流していた。
(やば、痛……!)
わけもわかってない無い彼女。とにかく、逃げるしか無かった。
「ぅっ!!」
疲労からか足がもつれ、前のめりに転んでしまう。
「終わりかなぁ?……ダメそうだな、こいつは。」
彼女は起き上がろうとするも腕は痛みで力が入らず、足は疲労で動かない。
「そろそろいいか!それじゃあどこから頂こうかな?女ってのは脂があって美味いんだ!悩んじまうなぁ……。」
ずりずりと這いながら逃げようとする彼女を品定めするようにジロジロと眺めながらわざとらしく悩ましい声を上げた。
「決めた、足だ!筋肉と脂の調和がよくって病みつきになる味なんだ!それじゃあ──」
足首を掴み、かぶりつくつもりなんだろうか。それともちぎるつもりか。
狼の獣人の手が彼女の足に伸びる。その時。
「気になる話じゃあないか。もう少し続けてもいいんだぞ?」
「え?」
肩にポンと手を置きながら狼の獣人に話しかける者が現れた。
銀に輝く髪を揺らしながら現れたのは、梓だ。血痕を追ってここまで来たのだ。
間抜けな声を上げる獣人。
気づかなかったのは自身の鼻に、耳に、情報が届いていなかったからだろう。それは目の前の標的に集中しすぎたからだった。
─ゴッ─
「あがッ!?」
梓は獣人の頭部を殴打し、吹き飛ばした。数メートル所ではないあたりものすごい力なのだろう。
その後、彼女の方へと向き直り、梓は手をかざす。
すると、彼女を中心に球状の紋章が広がり、さらにその上をハニカム構造らしい見た目のバリアのようなものが張られ、空間を生成した。
範囲でいえば彼女を中心に直径5mくらいか。
「その中で待っていろ。すぐに終わらせる。」
「あー……うん。わかった……。」
彼女は素直にその指示に頷き、従う。
それを確認した梓は地を蹴り、吹き飛ばした獣人を追った。
「あー……もう、何が何だか──」
*
「ちッ!やりやがったなあの女……!」
ふるふると顔を振りながら立ち上がる獣人。
やはり妖怪は妖怪。吹き飛ばされる程度でくたばるものではない。
「まぁいい、獲物が増えたって考えるか。まとめて食ってや──」
独り言を呟き終える前に梓は肉薄していた。
逆袈裟を斬るように左脚で斜めにかかと落とし、体勢を下げさせたところを殴打。
さらに接近して右脚で蹴り上げ。獣人の体は宙に浮く。
(速ぇッ!俺が、なにも──)
思考をさせる間もなく彼女の追撃は続く。
飛び上がりながら拳で殴りあげ、そのまま体を空中で動かし、蹴り飛ばして地面に叩きつけた。
(く、くそ、調子に乗──)
それだけでは終わらず、空中で急加速し、地に伏せる獣人に飛び蹴りを食らわせる。
その衝撃で地面は大きく砕けた。
「ご、ふっ……て、テメェ……。」
「油断が過ぎる。その鼻は、耳は、なんのためについている?人間より遥かに高性能なそれは飾りか?」
獣人の上から降りながらの梓はふっ、と笑いながらそういった。
「さて、私は貴様よりもあの娘に用があってな。力関係はわかっただろう。どこへでも去るがいい。」
そう言って彼女は背を向け、歩き始めた。
(けっ、なにが去るがいいだ!その油断が───)
もちろんそれを逃す妖怪ではない。
音もなく体勢を立て直し、跳躍して襲いかかろうとする。
しかし。
「だから貴様には用がないと言っているんだが……。」
見もせずに裏拳で応え、妖怪を再びはじき飛ばした。
地を転がるそれへ彼女は。
「ほぅら。」
戦輪のようなものを魔力(?)でいくつか作りあげた。
1つは指の上、その他は周囲に。
それを振り向きながら指先で投げるように放った。
「待っ───」
言い終えることも無く、1つは妖怪の首を断頭した。
さらに続くそれで腕を、足を落とし、腹部を斜めに切り裂いてバラバラにした。
その周囲に血の海が広がる。彼女は歯牙にも掛けず立ち去った。
*
「生きてはいるようだな。」
「えと……うん。まぁ。」
困惑する彼女に近づく梓。術を解除したのか、彼女が近づくと同時に周囲のバリアのようなものは消え去る。
彼女のことを見る梓。怪我の箇所を確認しているようだった。
「治療する、少しじっとしていろ。」
「あ、はい。」
治療を受ける彼女は梓がどこからか白い花を取り出し、優しく、潰さないように握ったことを確認した。
すると、ほのかに光り始めた。
(えー。すご。)
どういうギミックか、いつの間にか花は消えており、手には光しか無かった。
それを地にそっと、馴染ませるように手で押し込んだ。
手にしていた光は地に広がり、彼女を中心に円形の空間を作り出した。
「え──」
すると彼女の怪我は高速で治っていく。ついでと言わんばかりに疲労も段々と軽減されていく気がした。
「なにこれ。夢?」
「いや、現実だ。」
「えー。でも、うん。ありがとうございました。」
「ああ、構わない。」
淡々とした声で言う梓はその後、彼女をじ、と見つめた。
その後。
「1ついいか。」
「え?」
相も変わらず落ち着いた声で、梓は言った。
「私は以前、友人に紅茶と、あとは酒を飲みに行こうと口約束をしていた。それらはまだ果たされぬままだったとふと思い出してな。貴女にそんな友人はいるか?」
突然、そう問われた。驚き、その表情を隠せないでいた。
話になんの脈絡もない。普通初対面で聞くような内容でもない。
それでも、その話の内容で、彼女は友人を強く思い出していた。
いや、思い出していただけではない。
「ふ、ふふふ……初対面で聞くことじゃない、けど。そう、それなら───」
目の前の存在を、確信していた。
「君がそうかな。多分だけど。」
「やはり間違いではないようだ。本当に久しぶりだな。」
「久しぶり?そーでもないでしょ。」
ニヤリと笑いながら梓はそう答える。時を大きく越えて、彼女らは出会った。
梓が言う、"友人"というのは男性だった。
お互いが大きく姿を変えていたが、それでも梓は何かを感じとったのだ。
「疲れただろう。少し寝ているといい。」
「あ、うん。お言葉に甘えて。あーあ、登場が遅れたせいで酷い目にあったなー。」
「ふふ、言ってくれる。」
そういって、彼女は近くの木を背にして目を閉じ、意識を落とした。
近くに梓がいるからだろうか、安心感を覚えながら。
*
「……。」
「目を覚ましたか。調子は?」
彼女が目を覚ますと辺りは薄暗く、目の前の篝火がパチパチと音を立てていた。
ふぅ、と一息吐いて、体調を確認する。
傷は回復しているし、むしろ前より体調が良いと言うまであった。
「大丈夫。だけど……。」
そう言いながら彼女は伸びをした。
同じ体勢で、しかも座って寝ていたからだろう、まだ眠いと言わんばかりに体の節々はギギ、と固い。
「説明して欲しい。」
「……なるほどな。」
彼女も元は現代を生きる男性だった。
自身の体が女性に変わったことももちろんそうだが他にも獣人やら傷が一瞬で回復する魔法のような技術やら分からないことだらけの彼女。
とにかく知っていそうな梓には説明を求めた。
「私も詳しく知るわけではない。仮説になるがいいか?」
「うん。」
梓はでは、と説明を始める。
ここ、そして今は大きく昔の日本。少し前に諏訪大戦があったといえばわかるだろう。史実で言えば、現代から1000年より遥かに前。
そしてこの世界にはいわゆる人外や異能が存在する。
神や妖怪が存在し、同時に妖術や魔法の類も存在する。
「ここまではいいか?」
「……続けて。」
目を閉じたまま少し斜め上へ、息を1つ吸った後にそう呟く。
さて、梓を含めた2人がなぜここにいるのか、という理由は全くの不明。
梓としては眠っていて目が覚めたらここへ放り出されていた。
何らかの力によって時代を大きく越えてしまったという考えを梓はしている。
現代の何かが過去へ飛ばしたのか、この時代の何者かが未来の者を引き寄せたのか、という辺りは目星すらつかない。
「と、言ったところだ。簡単に説明したがどうだ?」
「な、るほど……まぁそっちが言うことだし、状況的にも信じれないことも無いかな。うん。」
苦々しい顔をしつつそう言った。
信じるしかないだけであって納得出来てはいないわけだ。
「というか、変わったね。」
彼女はそう言いつつ梓を見る。彼女自身だけでなく、梓も大きく姿を変えている。
性別が女性に、というのを差し引いても話し方や所作が変わったと感じたのだ。
「そう、だな。」
ふと、彼女はもうこちらの体で慣れてしまっているので変わった、と言われても肯定するのに一瞬躊躇った。
自身の"前"はもう、思い出す、という位の話なのだ。
もうこちらの体の方が遥かに長く生きている。それほど、時間が経っているのだ。
「……貴女もだろう。」
「あー。精神は肉体に引っ張られるって言うし、どうせこの姿なら相応のアレがあるでしょ。だからまぁ、多少はね。」
彼女は自身の体を見ながら続ける。実際、女性らしい動きはしているように梓は感じた。
「貴女は名前をどうする?」
「名前?」
「その姿なら相応の名があるだろう?」
「あー……そうか。そうだね。」
梓も通った道だ。こちらへ来て、女性になった。
ならば名も変えるか、ということ。
「んー……そう、うん。結衣(ゆい)で。」
少し悩んだ後、ぱ、と思いついた名を口にする。
「ああ、いいと思う。似合っている。」
「じゃ、改めて……宜しく。梓。」
結衣は、元より華奢になった手を、胸元に当ててそう言った。
「こちらこそ、だ。結衣。」
何の運命か2人は時代を超えて出会った。
数ある出会いと別れの中でも、有数の記憶に残るだろう出会い方だ。
まさか、現実離れした状況の先で、状況を同じくした友人に会えるとは思わないだろうから。
そして、存在を新たに、名を新たに。新たな道はここに始まった。
「というか、ほらおっぱいだよ。」
もにもに、と強調するように下から自身の胸を揉む結衣。
元男性、自身の胸とはいえそれには興味を示すのも自然な反応なのだろう。
「私にもあるが……。」
「や、まぁそうだけど。あ、触る?」
腰をそらし、胸を突き出してそういう結衣。
ぎこちないながらも扇情的?なポーズを取っているつもりらしい。
「いらん。」
「うーんノリ悪い。」
「だいたいここは安全な場所じゃない。」
移動しよう、と言って歩き始める梓。
先程の魔法?で回復しているので動くことには問題ないが何かノリが悪いことに対して不満に思いつつもそれについて行く結衣。
「拠点でもある感じ?」
「いや、それらしいものはない。人里なら安全だろう。」
「……え、それどうするの?」
結衣は、自分を人里に送ることはさておき、その後梓はどうするのか、ということが疑問に思ったのだ。
はっきりとは告げていないのだが、彼女はなんとなく梓が人里に拠点を置いて生活することが難しい存在だと理解していたのだ。
それは"目に見えて分かるような魔法を使う存在なんぞ普通に人里にいるはずがない"という価値観からだろうか。
だとするならばこの先は道を分つことになる。
仮説が正しいのなら同じ経緯を持つのは2人のみ。せっかく奇跡の出会いもしたのだ。それは無いだろう。
そう、結衣は思った。
「……そうだな……。」
ふむ、と梓は考える。彼女は今まで、決まった位置に留まることをほぼしていなかった。
最も長かったのは諏訪の国。それ以外は数日ほどだ。
同じ場所に長く留まるというのは彼女としては避けてきていた。
(いい機会か。)
"帰る場所がある"というのもいいことか。
そう考えて彼女はこれを機に拠点を立てることにした。
「作るか。」
「お、いいじゃん。」
一瞬作るということに疑問を少し持った結衣だったが、せっかくの再会が直ぐに別れることにならないで少し安堵した。
「1つ目星はつけてある、近いからそちらへ向かおう。」
「おーけー。」
少し進路を変えて2人は歩き出した。
「そういえば、拠点らしい拠点はないって?」
家でのんびりする日とかあってよくない?と続ける結衣。
彼女は家を持たず、色んな場所で宿を取っているものだと考えていた。
金の出処も気になるところだがそこはそこで何とかしていたのだろう。
「ああ、それはだな───」
梓が拠点を置かない理由は1つ。梓が不老であることだ。
彼女が"ここ"へ来てもう数千年以上経っていた。だと言うのに見た目が一切変わっていない。体が衰えることもなくだ。
十数年地点でそれに気づいた時は驚いたという。
人里で長く留まれば見た目が変わらないことに気がつく。
そうなれば面倒事になるのは目に見えている。
なのでそれを避けていた、と。
「へー……ん、1000年以上?」
へぇ、と言った時は一理あるな、と考えていたがよくよく思い返せばそこに引っかかった。
「?ああ、そうだが。」
何か変か?と言いたげなような表情で平然と肯定する。
「……1000年???……以上??????」
大きく首を傾げて結衣はもう一度問う。
「ああ。」
結衣は記憶を探る。彼女、いや、"彼"に最後連絡したのはいつか。
ここへ来る一日前には返事が来ていたはずなのだ。
そもそも1000年というと結衣が生きてきた年数どころか生涯年数すらを超え、むしろ国そのものの生命すら超えかねない。
「だから私は"久しぶりだな"と言ったんだ。」
考え込む彼女に、梓はそういった。
そのまま、考えていた仮説を続ける。
結衣が"久しぶり?そーでもないでしょ"、そして"説明して欲しい"と言った。
梓としては1000年以上振りに会う訳だがその後の口振りといい、久しく会っていない、ということは感じない。
そして説明して欲しい、ということは、結衣はこの世界のことよく知らないということ。
ここへ来て、諏訪の国で諏訪子に色々なことを教わるまでの梓自身と同じ状態。
この2つを総合するに。
2人が"向こう"を離れたのはほぼ同時期。
しかしながら"こちら"へ来たのは約数千年の差異がある。
ということだ。
そこまでを、梓は言動のみで直感し、仮説を立てたのだ。
「……な、るほどね。そういうことか。」
結衣はそれを理解し、頷いた。
「ということは梓、超年上じゃん。」
「些事だ。」
「えぇ……。」
梓は全く気にしていない様子だった。
内情的には現代の感覚の結衣にとっては大きいことなのだが。
「さて、到着だ。」
木々を抜けると、そこには湖があった。決して大きくは無いが、周囲の空間も広めで、地も大きな段差は無い。
湖の畔に家が建つと仮定しても十分な広さはある。
「いいじゃん。」
現代を生きていた感覚からすれば自然が多いこと、風景が綺麗なことに心が踊る。
しかしここを拠点に、ということはやはりここを集合場所にする、と言った程度の話なのだろうか、と結衣は思った。
しかし。
「では建てるとしよう。」
「え?」
梓の言葉に彼女はそんな声を上げた。
何をするつもりか、と聞こうとする前にそれは起きた。
水に水滴が1粒落ちたように、銀色の波紋が空中に無数に現れたかと思えばそのから木材やらレンガやらが大量に現れた。
結衣は何事か、と思いながらも梓の方を向くと考えるような表情をしながら何らかの力によってそれらを操作し、忙しなく、大きな音を立てながら組み立てていく。
「え、ほんとに建てるの?」
「材料はどこにでも、そしていくらでもある。手頃な石と岩をカッティング、煉瓦の作成、大量の木材を道中で手に入れ、川から砂鉄を採集し、そして───」
材料の話から建築の話までを淡々と説明する梓。
銀色の波紋は一種の魔術で異空間に道具を保存する類のものだということも流れで聞くことは出来た。
説明を続けている間も建築は進んでいた。もう半分ほどはできているだろうくらいに。
その様を見て、結衣は思った。
(変わったなー。)
以前と話し方などが違っているのは女性の身になり永く生きた結果だと思っていた。
しかし、彼女がよく知る"彼"とは根底の何かが違った気がしたのだ。
時とはこうも人を変えるか、と感じたわけだ。
しかしまぁ、身も女性に変われば魔法やらなんやらが存在する世界に身を置いたのだ。
そういうこともあるだろう。
「どうかしたか?」
いつの間にか黙したまま梓を見つめる結衣に何かあったか、と問う。
「……ううん、なにも。」
思ったことを言ったところで、些事だ、と言うだろう。
そう思って彼女は何も言わなかった。
そしてしばらく。家は出来上がった。
「……おー、すごいね。」
少し狼狽えたほどの完成度であった。
1.5m程の石垣で囲まれた空間に建つその家は二階建てで、二人で住むには十分すぎるほどの大きさだ。
石垣内には家以外の空間も充分あり、庭と言える空間もあるし結構大きめの家庭菜園もできる広さはあった。外に洗濯物を干すのも良いだろう。
外観は日本式ではあるが、現代レベルで言うと少し古い見た目になる。今の時代で言えば大幅に未来を行く見た目だが。
「2人で暮らすの?これに。」
「そのつもりだったが……家を分けた方が良かったか?」
「じゃなくって。広くない?」
「大は小を兼ねる。それに、客人が来る可能性もあれば同居人が増える可能性も無いとは言えんだろう。」
確かに。と軽く返しながら家に入るべくドアに近づく。
ドアノブはもちやすいハンドル式で、ガチャ、と音を立てて扉を開いた。
一階には広めのお風呂とトイレ、リビング、ダイニングキッチン、に加え和室もあり、倉庫用だろうか、小部屋もあった。
2階には個人用の部屋だろうそれがいくつかあった。
そして階段の裏に下り階段。つまり地下室もあったのだ。
全体的に和と洋をちょうどよく組みあわせた、住みやすい住居だ。
「……うん、やりすぎ。」
「だが、暮らしやすい方がいいだろう?」
梓は平然とそう言った。
聞けば排水設備も何とかしたし、火と電気は魔力で賄っていると言う。
水は主に川から汲み上げる方式で、魔力から水属性魔法を使う容量で水を出すこともできるよう。
その魔力はどこからかと言うと周囲の空気中にある魔力や妖力を利用していると言う。
いつの間にこんなことを知っていて、ここまでできるようになったのか。
そう思えば、少しだけゾッとした奏であった。
「1度考えたことはあってな。」
拠点を立てることだ。人里離れた場所なら可能ではあるだろう、と考えついてはいた。
だが、そこに1人で、という話になると。
どうせ色んな場所に行くわけだし、その都度一々帰ってくるのも面倒だ、となったのだ。
「色んなことを考えておくものだ。」
役に立った、と梓は少し笑った。
そしてふぅ、と一息。
こうしていわゆる人間らしい住居を構えた。
彼女らは元々、日本人。さて、まずやることと言えば。
「お風呂、とかいける?」
傷は治ったし、疲労が軽減されたとはいえ汚れが取れた訳でもないし、気持ちが疲れていた。
1つ暖かい湯にでも浸かりたい、となったわけだ。
「可能だ。」
そのまま2人は風呂場へ。
魔法により水を出して浴槽に溜め、魔力によって温度を少しづつ高めていく。
「これ毎回梓がする感じ?」
「いや、回路を作ってある。現代基準だ。」
結衣目線だと、梓が力を行使して色々行っているように見える。
現代の住宅街でもあるまいし、電気もガスも通ってないここだと、目の前に湯気の経つお湯が現れればそう見えることは当たり前だ。
先程聞いた話だと魔力から何とかしたとは聞いたが、それは本人が魔力を込めたりしなければならない事なのかどうかがわからなかったのだ。
魔力の扱いが必要なら結衣は現在使えない、ということになる。
しかしそうではないようで、たとえ魔力が扱えなかったりしても、空気中の魔力や妖力がかなり豊富らしく、そこからの利用で十分事足りるらしい。
「なんか……凄いね。」
「語彙力はどうした語彙力は。さて、もう入れる。シャワーも使えるから自由に使うといい。」
そう言いながら梓はその場を離れようとした。
「一緒に入ろうよ。」
結衣は梓を共に誘ってみた。
「1人でゆっくりしなくていいのか。」
リラックス出来る時くらい一人の時間が欲しいのではないか、という配慮から梓は後で入ろうとしたのだ。
対して結衣はどうせなら自分の体だけでなく、目の前の女性の体も気になる、と言った理由だ。
「いいからいいから。」
「?そうか。まぁ私は構わんが。」
「お、やった。」
梓としては特に気にすることでもないのでそれを了承し、2人で入ることになった。
「わ、やっぱり大きい。」
「まぁそうだな、現代基準でいえば珍しいがいるにはいる、だがこの時代だと見ることは少ないか。」
服を脱ぎ終え、そんな会話をして風呂場へ。結衣は扉を開いて梓を先に中に入れ、続いて彼女も入った。
梓はシャワーの水を出し、お湯になるのを待つ。
「んー女の武器で負けちゃってるとは、ね。」
「なに、女性という観点で見れば大きさは勝ち負けではないだろう。総合的に見たバランスだ。」
「あ、たしかに。」
手で温度を確かめ、十分温まっていたため、シャワーを結衣の方へと向けた。
「はぁぁぁ……いいね。暖かい。」
「髪や体を洗う、と言っても道具はまだない。手で擦るだけになるがいいか?」
「いいよ。」
結衣はシャワーを受け取り、梓はそこで待つ。
「……あー。先に入らないの?」
「体が汚れた状態で浴槽に入るのは気が引ける。」
体を流してから入るさ、と彼女は言った。
梓は体を流すまでは浴槽に入らないタイプのようだ。
結衣はさっさと髪を流し、次は体だ。
「おおーすべすべだ。」
男性の頃とは大きく違う、肌の柔らかさとキメ細やかさに驚きながら体を流していく。
丸みを帯びた体と言い、自身の体のような気はしないのに触れてるのは自身の体という感覚。
奇妙な体験だ、と感じながらも終えてシャワーを梓に渡し、結衣は浴槽に浸かる。
「は、あ゙ぁぁ〜……。」
体に染み渡るように暖かいお湯が気持ちいい。温度も丁度よく、極楽だ。
ふと、自身よりも大きな胸を持つ梓を見て思った。
「胸、重い?」
「そうでも無い。もう慣れたからな。」
「運動したら痛そうだけど。」
「サラシである程度潰して固定してるからな。さほど問題でもない。」
「あ、そっか。」
その後しばらく、雑談をした後に梓も浴槽へ。
「星とか綺麗に見えるよね。」
「ああ。地上の光が現代とは違いすぎるからな。」
「おー、すごい。」
そんな中身のない会話をぽつぽつと続けながら2人はちゃぷ、と浴槽の中で暖を取る。
浸かる湯へと疲れが溶けだしていくようで気持ちが良く、自然と2人は少し笑顔になるのであった。
雑談しながら温まっているとなかなかの時間が経った。
そろそろか、と2人は立ち上がる。その瞬間に、結衣が一言。
「あ、拭くものなくない?」
「あるぞ。」
「あるんだ。」
再び銀の波紋を発生させ、そこに手を突っ込んだかと思うと手ぬぐいを取り出した。
現代よりはもちろん吸水性は低いが、普通に使えるものだ。
結衣は受け取ると全身を拭いていく。
「ドライヤーはさすがにない?」
「乾かしてやる。」
魔法か何かで温風を出せるのだろう、それならドライヤーがなくても大丈夫だ。
身体を拭き終えたあと、さて先程の服を着ようとするとそこにはなかった。
「……えっと。」
「そこに立ってろ。」
梓がそれを言うのが早いか、さっとサラシを巻き始めた。
強すぎず、かと言って胸が崩れすぎない、慣れた手つきだ。
巻かれる機会なんぞなかった結衣は貴重な体験を楽しむ。
そして褌だ。女性用で、前垂れがない形になる。
多少考えるように手が止まりつつもそれでも素早く着用させられた。
「速いね。」
「自身の体で慣れたからな。他人に着せるのは初めてだが。」
話しつつ梓自身もそれを銀の波紋から出し、着用する。
その後、洗面台の前で梓は温風を出し、彼女の髪を乾かしていく。
「熱くないか?」
「大丈夫。」
優しい手つきに、親に髪の毛を乾かしてもらう娘とはこんな感じなのだろうか、とぼーっと考えていた結衣。
しばらくするとそれを2人とも終える。
「まさか服もある?」
「あるにはあるが私の服しか持ち合わせがない。1度私が着たことのあるものだがいいか?」
「気にしないよ。」
返答を聞いて梓が銀の波紋から取り出したのはTシャツとハーフパンツだ。
たしかに現在の気温からすればちょうどいいがなぜこんな時代にこんな現代風の衣服があるのか。
それ梓がこの時代の服に感性が合わないのか、布を自分で仕入れて自身で服を作り上げているからだ。
両方無地で、素材は麻だ。
「なんか……色々混乱するなぁ。」
時代と言い魔法といい服装といい体といい生活といい。
全く現実味がないのに体の感覚は事実だと答えるから混乱してしまう。
「だろうな。まぁ、すぐ慣れる。」
梓本人も色々大変だったが今や慣れたものだ。
同じ経験をした者が共にいる分きっと少しは早く慣れるだろう。
そうして、2人は1息着いて話し出す。
「これからどうする感じ?」
「……諸々の家具や道具がまだまだ足りない。素材はあるがな。足りないものはまた調達しに行くとして……まぁ暫くはもの作りか。」
「なら魔法とか教えてよ。私も使いたい。」
「ああ。貴女ならきっとすぐ出来るさ。」
「お。楽しみ。」
怒涛とも言える濃い時間。奇跡の邂逅を果たした、2人の1日目だった。