「素晴らしいな。次はこちらを頼もうか。」
「あ、じゃあ私も。服とか。」
「勘弁してくれ、少し休ませてくれ。」
聖士がこちらへ来てから数週間。3人はもの作りへと奔走していた。
と、言うものの、聖士は魔力を扱うことが出来、ものづくりに特化した魔法を扱うことが出来たからだ。
最初は魔力の扱いに戸惑ったものの、それを深めていくうちに思いついたという。
作るものの知識と素材さえあれば、魔力のみで物を作ることが出来るというなんとも便利なものだ。
術で言えば錬金術に近いものだろう、と梓は言った。
最初は草木や石で原始的な道具を作ったりなど、素手で作っても多少の手間しかかからないようなものしか作れなかった。
しかし、それを幾度か梓が見たと思えば、彼女は数刻後には高度な術を行使して見せた。
それの感覚を教えてもらい、今のように大きなものも作れるようになったようだ。
「というか俺じゃなくても梓だって作れるだろ。」
「人が違えば発想も構想も違う。用途は同じでも外見が違えば楽しみの一つになる。その理由では不十分か?」
「いや、いいんだけどさ……。」
聖士はふふ、と微笑みながら言った梓に否定の言葉を返せなかった。
そんな話もありつつ作業を続け、段々と家には家具が増えてきたところだ。
「じゃあ、休憩で。」
「ふー……後は衣服類くらいか。でも衣服の造形なんて詳しくないぞこっちは。」
「ふむ、下着だけで構わない。それ以外の調達は人里に行けばいくらでもできる。」
「やめろよそもそも造形分かるわけねぇだろ俺が。そもそも逆セクハラだぞそれ。」
「そんな言葉は今の時代にない。」
「無敵かよ……。」
そんな話をして休憩に入った。
聖士はリビングで飲み物を飲んで、ふぅと疲れを口から吐き出すように一息ついた。
彼いわく、魔力を使い続けると、運動もしていないのに走ったあとのように疲労が溜まった感覚がするらしく、奇妙な感覚だ、と呟いていたのは記憶に新しい。
一方、梓は家の地下へ向かい個人の作業に入った。
彼女が隠匿している訳では無いが、2人は作業風景を見た事がないので何をしているかは不明らしい。
結衣はと言うと特にやることがないので所在無く窓辺に座り、外へ足を投げ出して、空を見上げてぼーっとしていた。
「「……。」」
梓とは既知の仲だが2人に直接の面識はなく、以前の姿すら知らない。彼女が会話の中で名を出したか、というくらいだ。
ここ数日は梓がほぼ必ず近くに居たがこうして2人になるのは初。
だが聖士とて特に気まずくて話さなければならない、と気持ちに急かされている訳では無い。
しかしまぁどうせなら話してみようか、ではさてなにを話せばいいかと思案していると。
「私はさ。」
「ん?」
そう、結衣が切り出す。
ちょうど飲み物を持ってどこかへ腰かけようとしていた瞬間だった。
会話が始まったのなら椅子に座っていると少し距離が遠い。聖士はそう考えて彼女の近くのソファへと移動した。
座った瞬間、軽く体が沈み込む感覚。我ながらいい仕事をしたものだ、と少し思った。
「やりたいことは出来てた。けど、狭い世界の中で、忙しなく動いてて。なんか違うなーって。」
「……。」
「ここには目が焼けるくらい光がある、って。思う。」
聖士は話の先がよく見えないでいたが、予測を立てるに恐らく"こっちに来れてよかったか"と聞こうとしているんだろう。
結衣なりに聖士のことを案じたのかもしれない。
しかし聖士にはまだ分からないでいた。確かに、家族や友人と離れてしまったのは悲しいことだが、こちらに来ても友人がいた。少々所ではないほどに姿を変えてしまったが。
帰れるならばまぁ、みなで帰ろうとするだろう。
だが、ここにいるからこそ出来ることもある。
帰れないんだろうし、それならそれでこちらで出来ることを楽しむ、くらいにしか思えていない。
何せ現実感がまだ湧いていないからだ。
夢でないと理解できても現実離れしていることは事実。
まだこれを現実と心に落とし込むには、彼に時間が必要なようだ。
「でも……暇だろ。」
「あー、ふふ。それはそう。」
ここには娯楽がとにかくない。釣りだの狩りだのもの作りだのは出来ても、現代でのゲームや漫画に相当するものはない。
もちろん、この時代の書物の類は存在するだろうから、集められれば暇を潰せるだろう。
2人は、今度梓に相談してみるか、なんて話をした。
その後、結衣は窓を閉め、飲み物を持って部屋へ戻っていった。
魔力のことについてまた考えるのだろう。
ちなみに、属性変換はできるようになったらしい。
(…………。)
ぽつん、とリビングに1人取り残された聖士。
(……何か考えるか。)
制作作業を続けることにした聖士。
素材は全て梓の例の空間にある為、すぐには作れないが何を作るか、そしてその図面くらいは書ける。
魔力で線を描けば紙やペンが無くとも空間に、それも立体で書ける。
便利なものではあるが同時に、ペンを持ち、紙に先を滑らせる感覚がないということ。
それに少しだけ、寂しさを覚えていた。
(……次は紙と鉛筆でも作りたいな。)
*
とある場所に、異様な空間。湖畔の傍に大きな家がたっていた。
二階建てで、壁に囲まれており、庭もある。比較的広いその空間。
家の外観、建て方。それは明らかにこの時代に合っていなかった。
前時代的、という意味ではなく、異国にしてもどうもそれだけでは説明できない違和感。
それを感じた。
"未来の技術だ"と言われればようやく少し納得出来る、という程だ。
中に住んでいたのは2人の人外。
双方見た目は完全に人間のそれ。しかし片方に異質な力を感じ、その佇まいなどから人外だと断定した。それの知り合い、となれば恐らく残りの一人も人外。
しばらく観察を続けたところ、異様な点を見つけた。
人間と関わらないのだ。
妖怪という生き物は人間を襲い、時には殺し、畏れを集めて強くなり、そして生きる。逆に言えば、畏れを失えば存在を保てないのだ。
神という種族であれば信仰を得て強くなり、また生きる。これも逆に信仰がなければ消えてしまう。
つまり、どちらにしても人間と関わらなければ存在を維持できないはずなのだ。
しかしながら、長らくここで2人で暮らしている。
そのまま観察を続けていると、片割れがしばらくここへ帰ってこなかった。
そちらも追おうとはしたが瞬きをした隙に消えてしまい、途中で追えなくなったため断念。
代わりに残された彼女を観察することにした。
彼女は暇を持て余すように、毎日、魔力の使い方を学ぶかのように放ったりして扱う。
そして、飽きたかのようにふらりと出ていけば夜には必ず帰ってくる。
何をするでもなく、ぼーっとすごしていた。
半年の月日がたった頃、片割れが帰ってきた。
そして今から数日前に男性がその家に入っていった。
男性に今のところ特殊な力は感じない。
それまで時間をかけたのは初めてだった。
得体の知れない存在に、警戒した。長くかけ、入念に確認をした。算段も立てた。
その上で、自分の力にも自信はあった。
たとえどうなろうとも対処のしようは必ずある。
自分の有利に話を進め、相手がどう出てどう転ぼうと、必ず手を打つ。
そのつもりで時間をかけた。そして、決行は今日この時間。
今までは空間を裂き、観察していた。
しかし今回は違う。
空間を裂き、その先へと歩を進め、その身を全てその場へと出した。
*
「……。」
梓はそこに立ち、その者を待っていた。表情はなく、ただその時を待っていた。
そして、その者は現れた。
空間が裂け、開けたかと思えばその中は異様なまでに目が大量に写った空間。
そこから、一人の女性はこの地へ降り立った。
ふわ、とワンピースのスカートがなびく。
「あら、歓迎してくれているのかしらね。」
姿は人間の、幼さのまだ残る少女と特に変わりはない。
少しだけ幼さが残る顔に、髪は金髪ロング。毛先をいくつか束にしてリボンで結んでいた。
日本には合わないが、今の時代にあった異国風のワンピースを着用していた。英国の方の人間にも見える。
しかしここは日本。
まるで違う本から切り取られたそれが、貼り付けられているかのような。そのような違和感も感じる。
「初めまして。私は八雲 紫です。」
「梓だ。」
梓は初めと表情をひとつとして変えず、名前だけの自己紹介をした。
「今まで見ていたのは視察か。」
「……やっぱり気づいてたのね。」
紫が観察していたのに梓は気づいていたらしい。
もちろん、梓が紫の方を向くことは無かったため、目が合ったりした訳では無い。
「おそらく途中からな。しかし放置していた。」
「?何故かしら。」
「いやなに───」
1呼吸おいて、梓は。
「貴様1人程度、殺すのは造作もないことだ。」
さらりとそう言った。表情に変化は無い。
佇まいから、驕りではないと紫は判断した。
視線は紫から1度たりとも離されていない。
「……あら、私とて無抵抗なわけないわよ?その間に、私には何が出来るかしらね。」
暗に、後ろにいる2人はどうなるか、という脅しのつもりだ。
「さて、な。知ったことでは無い。」
さりとて動揺は全く見せない。視線すらぶれていない。
友人だと言うだけでその命にさほど興味もない淡白な性質なのか、紫が行動する前に殺す自信があるのか。
「……。」
張り詰めた空気感。風と木々の音だけが辺りを支配する。
先に動こうとしたのは、紫だった。交渉決裂か、もしくは力ずくか。
1度立て直しを、という手ももちろんある。
だが気持ちが急いたか、下に見られてはいけないと考えたか。
"梓に対して"能力を発動しようと考えた。
「ッ……!」
喉元に刀の切っ先が突きつけられていた。
紫に全く見えていなかった。初動も、武器をどこから出したのかも。
至極僅かに動いたか、動いていないかという程度の間しか与えられなかった。
刀は本当に止まっているのか、死の間際にて止まって見えているのか。
だがどちらにしても順当に行けば、この刀は喉笛を裂き、骨を砕いて貫くだろう。
首の後ろ辺りがチリチリと熱く感じる。全身の産毛が逆立ち、背筋が冷える。
しかし、一瞬が過ぎれば刀など喉元へと突きつけられていやしなかった。
それどころか、帯刀すらしてはいなかった。
冷や汗が一筋、つぅ、と頬を伝う。
純粋な殺気がそれを見せるに至ったのか。
殺気を感じ取るだけでなく、死のイメージとも言える映像すら想像してしまったのは、紫の知が優秀であるからか、なにかの術か。
お前がそのつもりならば、私はいつでも手を出せる、と。貴様が動く前に殺せる、と。
紫はそう言われた気がした。
彼女はすっ、と紫の方へと歩みを進める。
まるでここだけ重力が増したのではないか、というほど空気が重苦しい。
なんの錯覚か、体が鉛のように重く感じ、さらに空間すらもビリビリと圧している感覚がある。
梓の放つ重圧だ。魔術ではなく、威圧感。持てる力を使おうとしているだけ。
ただそれだけだった。それが、1歩、紫を後ずさせる。
逃げるのならば、まだそこまで近付かれていない今しかない。
だが先程の死のイメージが理由か、威圧により体が恐怖しているのが理由か。
それが紫をここへと立ち止まらせる。
紫自身の能力を発動させようにも、その前に攻撃を加えられてしまう、かもしれない。
紫の方へと更に歩みを進める。
並大抵の存在なら、気を失ってしまう。そうでなくても威圧感だけで膝を折り、跪くほどの重圧。紫は耐えて視線を交差させていた。
空中に銀の波紋が1つ発生したかと思えばそこから一振の刀が出てきて、梓の手に収まる。
これで、殺意によって直感した死のイメージは、現実ともなりえる。
「1度だけ聞こう。」
抜刀しつつ、紫の目の前まで歩みを進めて止まる。
「なにか、私に用か。」
身長の関係で見下ろされる紫。
梓の顔には影が差し、威圧感も重なって恐怖の感じる様相だ。
表情は、変わっていない。
「き、協力して、欲しいことがあったの。決して、貴女の不利益に、なることはない、はずよ。」
梓の目から視線を外さずに、浅い呼吸になりつつもなんとか、そう言った。
紫の計画としては協力してもらうことは確かにそうだったが、自身に有利に事を運ぶつもりだった。
裏切られないように、また、問題が起きた時に切れるように。さらに、言うことを聞かせる、ある程度の強制力を握るつもりでもあった。
しかし、相手が想定外の強大さだった。
それにより、計画は変更。ここは対等に話を進めるべきだ、と考え直した。
そうでなければ、ここで死ぬ。
この場では嘘をついておき、交渉の時も対等に見せかけて、話術でこちらへ有利に持っていく、という手段もない訳では無い。
しかし、梓のこの威圧感が、観察にも気付いた直感が。
それを許さないだろうと、紫に感じさせた。
「───かはぁッ!!はぁッ!はぁッ……!」
梓からの重圧が一気に消える。息を止めさせられていたのではないか、というほど苦しかった浅い呼吸が解放され、空気を求めて息を荒らげた。
「虚偽では無いか。」
納刀、銀の波紋の中へと刀を落とし、それは姿を消した。
紫は息を整えようと、息を大きく吸って、吐いてを繰り返している。
「大方、最初は下へ配するつもりだったのだろう。だが、計画は変更した。そうだな?」
「──そう、ね。」
少しずつ息が整ってきた紫は、彼女の言葉に素直に肯定した。
とにかく、敵対することは避けなくてはならないと紫は感じたからだ。
たとえここをなんとか切り抜けられたとして、大きな力が立ちはだかっているというのはこの先に影響は必ずある。
直接攻撃、及び妨害して来なかったとしても、必ず。
「それならばいい。」
ふ、と笑った彼女を目の前に、"この場は何とかなった"と安堵の息を吐く、なんて楽観は出来なかった。
能ある鷹は爪を隠す、と言う。
恐らく、自身を殺せると言うだけの威圧感と死のイメージ、それだけでなくまだ奥には力を隠していることは考えられることだ。
この先いつでも、彼女の気を損なえば死に直結する、と思えば能力を発動しようとしたの最大の悪手だった。力量を計るにあたって見誤った。
そう、紫は思った。
「中で話を聞こう。」
着いてこい、と言わんばかりに紫に背を向け、家へと歩みを進める。紫はそれに追従する。
今なら能力を使っての撤退も可能だろう。
だが、交渉の余地があるなら。強大な力を手繰り寄せれるなら、と考えたのだ。
扉を開き、靴を脱いで家へと上がる。見れば見るほど、異様な住まいだ。
農民の住居などまだ竪穴式住居、豪族であってもここまでのものは建てていないだろう。
木材、鉄、土の加工技術がここまで高いのは、この梓によるものか、と紫は考えた。
一室へと案内されるとそこには一人の影。しばらく前に見た男性だ。扉の音と共に視線はこちらへと集中した。
「総督、結衣は?」
「部屋に戻った。そっちは?」
「客だ。」
「初めまして。八雲 紫よ。」
「ああご丁寧にどうも。神成 聖士です。」
軽く会釈しながら総督は答えた。
総督、というのは名前ではなくあだ名だ、ということを紫は知った。
総督、という言葉が一体何を意味する言葉なのかは彼女にはまだ分からない。
「話がある感じね。席外すか。」
「いや、どちらでも構わん。」
「んーでもまぁちょうど休憩しようと思ってたし、ちょっと仮眠でもとるわ。」
そういって総督と呼ばれた男はこの場から離れていった。
この場には、2人しか居ない。
「先に言っておく。私に邪魔立てしなければ、敵対しなければ。私は貴方を害することは無い。」
梓は断言した。本人にとってそれは1つの曇りなく真だ。
そもそも紫に対して警戒していたのもそこそこの期間、監視されていたことからのことであり、武器を取りだしたのも彼女が能力を発動しようとしたからだった。
言ってしまえば、紫がファーストコンタクトで普通に話しかけてこれば梓も普通に対応したのだ。
もちろん、最低限の警戒はあるだろうが。
梓にとって気に入らないかどうか。そこが敵か、そうでないかの判断ラインだ。
そのラインを超えてしまった時、排除されるのか、無関心になるかはそれこそ自身の道にいるかどうか、というところになってくるのだろう。
「それを踏まえた上で、だ。私に何の用だ。」
紫は視線を下げ、ほんの一瞬思案した。
ここでは内容を何も告げず干渉しないことを徹底した方がいいのではないか、と。
あまりに強大な力を手にしたところで制御できないのなら破滅はいずれ来る。
気に入られなければ、興味を持たれなければ。その時点で刃は紫に向く可能性がある。
しかし内容告げなかったところで計画を遂行するにあたり、彼女の道の上に姿を現してはならず、交差しても行けない、と、そのような話になってくるかもしれないのだ。
なにが最善か、どれが最良か。否。なにが最悪でないか。
考えを巡らせた。そのわずかな時間。途中、梓は続けて口を開いた。
「そう考えることはない。まずは言ってみるといい。」
呆れたように一息吐いて、再び口を閉ざした。紫の言葉を待っているのだ。
先程考えたようなリスクはたしかに大きい。
だが、この力を協力関係につけられた時のリターンが大きいのも事実だ。
進むも退くも危険なら、進むしかない。意を決して、紫は言葉を紡ぐ。
「貴女は、人と妖は共存できると思う?」
まだ梓は何も答えない。
「……私は、そんな里を作りたいの。そう言ったら、馬鹿にするかしら。」
遠い未来、人の世から妖は消え失せる。否、言葉としては正しくは無い。
神も、人も、幻想になってしまう。
存在する、と言い切るものではなくなってしまうのだ。
科学が発展し、それらのあり方は変わってしまう。
妖の類は存在しないもの。霊や神はいるだろうと信じられるもの。
それも、幼い者たちや1部の大人だけ。大抵は存在しないものになってしまう。
少なくとも、力を持って、何かを成すという形は保てない。
そんな世になることを知っているからだ。
「さて、な。人は妖を恐れ、神を信仰する。全くの無関係でない以上、不可能とは言えないだろう。」
ただ、そうならない未来だって面白いのかもしれない。梓は、そう思った。
そもそも梓とて今や妖側だと自分を認識しているのだ。
結衣や聖士については今はさておき。
「どちらと断言はできん。貴女次第だからな。」
ギ、と背を椅子に預けながらそう言った。
何もしなければそんな世は恐らく来ない。が、彼女がなにかアクションを起こすことで多少なり未来は変わる。
「で、何をして欲しい?」
動機はわかった、その上で何をして欲しいのか。
元々頼むつもりだったそれを疾く告げよ、ということだ。
紫としては少し驚いたものだ。
もう少し話が難航するか、と思っていたものだからだ。
「話が早くて助かるわ。……けれどいいのかしら?」
そもそも一瞬だけとはいえ紫側から仕掛けようとしたし、梓も武器を取りだした。
お世辞にも信用できるか、と言えば否と答えるはずだ。
「私は私の思うように動く。それだけだ。」
気に入るか気に入らないかどうか、という先程の流れを確定させるようにそう言った。
「……これをお願いしたいの。」
紫は手紙のようなものを数通、取り出してスッと机に滑らせた。
各地の妖怪たちに対するものだ。それを渡して欲しい、との事。
とはいえ多くはない数だ。
しかし各地にいる有力な妖怪達、というのは大体が大きな縄張りを持つ。
故に縄張り意識が強い、もしくは好戦的であれば書状を渡すだけでも苦戦することもあるだろう。
それだけではなく、縄張り意識が強いということはそれら同士の距離も長いということ。
労力はそこそこかかるだろう。
「対価は?」
理由を直感にて察したのか、特に問うことなく対価の話へと移行した。
「……本音を言うとこちらから出せるものは少ないわ。」
紫の作る郷作りに協力するならば、郷の一員として住まわせ、害するものを排除したりするのに協力する。
そう言った交換条件のつもりではあった。
しかし梓が想定してよりもあまりにも強大で、多少害する程度の問題ならば彼女1人で解決するだろう、と紫は見ていた。
で、あるならば紫としても協力したところで結果は変わらない。
もしも彼女がどうしようもないほどの存在ならば、紫とて協力してもなにか劇的に変わるか、と言われると彼女は頷きは出来ない。
事前に用意していたそれは全て使えなくなってしまった。
すぐに思いつくのは物質的なものだったり、それこそ金銭だったりするわけだ。
「まぁいい、構わん。また考えておく。」
梓としては特にここでやらなければいけないことも無いし、自由に生きているだけ。
なればこそ手紙を渡す程度ならさほど大きなことでもないため別にいいのだ。
散歩のついでに1つ渡すものが増えた程度の認識であり、また、渡すために世界を歩けばまた見識が広まるというもの。
さらにそこへ報酬も追加されるわけだから良しとしたわけだ。
報酬はまだ決まっていないが。
紫からすればただの口約束で、報酬もまた今度なにか考えるという友達同士の軽いものらしい言動に驚いていた。
紫はなにか裏があるはずだ、と考える。
この権利を使ってこちらに大きな要求をして計画が乗っ取るつもりか。それとも計画そのものの破壊、それなら理由は楽しそうだから、などというものだろうか。
梓は何を企んでいるのか。
「猜疑心も過ぎれば自滅を誘うぞ、八雲 紫。まぁ今日が初だ、無理もないが……。」
ふっ、と少し笑いながら梓はそう言った。
「ふふ、それともなんだ?裏切った方がいいか?」
「いえ、そんなわけは無いのだけれど……。」
もちろん梓のそれは冗談だ。
紫側としては梓らに取り返しのつく、軽い仕事から任せ、その働きをみてこれから信用できるかどうか見極めていく、という形がいい。
それは双方思いついている事だ。
「幼い割には計画性と警戒ができているという点では美点とも言えんでもないかもしれないがな。」
その後、梓が場所を聞くと紫はいくつか候補を言う。それに対して梓が考えを言う、という時間が続く。
「───今の候補は、こんな所なのだけれど。」
「なるほど。……そうだ、私の伝があればそこへ宛てても?」
「もちろん。候補より沢山渡しているし、思い当たる所や伝がいるならこちらからお願いしたいくらいよ。」
梓の伝である以上梓の肩を持つ可能性が高い、というのは理解に易い。
本来なら裏切られた時のことを思えばこそ、避けるべきではあるが、それを是とすることで信用を足す形としたのだろう。
─ガチャッ─
「梓ー。……あ。」
「ほら、まだ話し合いしてたろ。」
ちょうどそのタイミングで結衣と聖士が話し合いの場へと入ってきた。
「これから長い付き合いになる。」
暗にしっかり挨拶をしろ、と梓は伝えた。
「えーっと、結衣です。よろしくお願いしまーす。」
短く軽く、頭を下げながら言った。
なんと言葉に表したものか難しいが、なんとなく透明感のある人だ、と紫は感じた。
「八雲 紫よ。今回は依頼があって──」
「先程も言ったが恐らく付き合いが長くなるんだ、八雲紫。そこまで固くならずともいい。強制はしないがな。」
梓はこの付き合いは面白いことになりそうだ、と思ったわけだ。
そして、コン、と指で手紙の上から机を叩きながら概要を梓なりの理解で結衣は説明する。
理想の郷作りのための協力者が必要で、各所の力がある者たちに手紙を渡して欲しい。
と言ったような感じだ。
「え、今?」
「いや、そもそもどちらでも構わん。2人が行かないなら全て私が行く。」
「それに急ぎではないわ。あまり先延ばしにされると、困るけれど。」
2人の言葉におっけー、と結衣は答えた。紫はその返答に対してどういう言葉なのか、と疑問に思ったが表情を見るに了解して貰えたのだろう、と結果的に正しい認識をした。
「行こうかな、私も。面白そうだし。」
「まぁ俺もずっとここに引こもる訳にはいかないしな。多少ならいいよ。」
んー、と少し考えた後に結衣も協力する姿勢を見せた。
「と、いうわけだ。まぁ、気長に待て。」
なんの気なく手紙の中身を開こうとした結衣の手を制止しつつ紫へ向けてそう言う。
まぁ、自分たちへ宛てた訳でもないものを見るのもどうかというところか。
「進捗についてはここへ顔を出すといい。顔を合わせることが出来れば報告する。」
この時代には遠隔で会話をする機器などはもちろん存在しない。
実際に顔を合わせるか、それこそ書面での報告以外は不可能だ。
「それじゃあ、今回はここで。」
そういって紫は立ち上がる。同時に梓も立ち上がり、玄関へ。
紫は靴を履いたところで能力を発動、空間を裂いてここから立ち去ろうとした。
そこを梓は声をかけて引き止める。
「用がなくともたまには顔を出すといい。雑談くらいは出来る。話せば考えもまとまるだろう。あとはそうだな、従者でも作っておくといい。」
「そうね。助言、感謝するわ。それじゃ。」
話を聞いたあと、紫は薄く笑ってそのまま裂いた空間の中へ。
空間は閉じられて紫はここから完全に姿を消した。
「……俺こっちに来てから女の人しか見てないな。女しかいなかったりする?この世界。」
ふと思ったことを冗談を混じえて聖士は呟いた。
もちろんそんなことはないし、それを彼自身も理解しているが。
「そんなことはない。……そうか、人里に行ったこともなかったか。」
「行く?」
「あーそうだな。そろそろほかの景色も見たいかな。」
そんな話をして彼女らは家へ戻った。
「あ、出来たよ。ぞくせー。」
「ん、感覚を掴めたか。あとは教えれることは無い。前も言ったが私は想像を深め、感覚でなんとかしたからな。」
「ん?異次元の会話かな?」
「総督もすぐに出来るようになる。」
「うぅわ才能マンだ、怖っ。あぁ才能ウーマンか。」
「いいよ。どっちでも。」
*
「……ふぅ……。」
空間を裂き、例の場所を去った紫は思った。
この選択は、結果に大きく作用するだろう。善い方向にしろ、悪い方向にしろ、だ。
紫が感じとったのは梓の強大さだけではない。
総督、と呼ばれた神成 聖士にも多少の脅威を感じていた。
それは成長性だ。
初めて提督を見かけた時、ただの人間と差異は感じていなかった。
それが、しばらく経てば彼から魔力を感じるほどに成長した。数週間という、1つの暦を跨ぐことなく、だ。
これを見るに結衣の方にも、なにか驚異があるとも考えられる。
(……択を間違えないようにしなければ……。)
そう思う反面、梓に"固くならずともいい"という言葉を、信じてみようと思う気持ちもあった。
根拠はない。疑えば疑うほど、彼らは信用しすぎるのは危ない。
しかし、直感に過ぎないが、彼女は何となく、信じていいような気がする。
そんな思いが心で交差し、絡まる。
悩みながらも、歩み始めてしまったのなら、進むしかない。
心が決まった時、また方向を考えるしかない。
(従者、か……。)
今は一先ず、梓の言葉もあるが、前から少し思っていたこと。
従者について、考えることにした。