響け、イエローハート 作:ぴいのぷりん
その日、雪音クリスは後輩たちの家に向かう最中であった。
成績優秀な彼女は既に夏休みの宿題を悠々と終えている。まだ慌てふためいているだろう暁切歌と月読調の二人に、頼りになるところを見せてやろうと考えていたのだ。
もっとも、それはほぼ毎日のことであり、日によって理由の細部は違う。先日は見たいが一人だと怖くて見られらない心霊番組を三人で見るために行っていた。
今日はと言えば、勉強を見るついでに『快傑☆うたずきん!』の単行本を持ち込んで読むつもりである。
「……あん?」
まばらにいる人の奥に、見知った顔が見えた。
立花響とピーシェのどことなく似ている二人組だ。
ピーシェのことはクリスも聞いている。あのタックルだけは回避に専念したが、会ったこともあれば遊んだことだってある。錬金術師やアルカ・ノイズとの関連性は気になるが、その辺りを除けば元気なだけの子供だ。
ゆえに、視線はそのまた上へ。
そこにあるはずのない異物。
人間が、落下してきているではないか。
「――ッ」
すわ投身か。
ペンダントを握るも聖詠は間に合わない。素早い判断だ。いくら音の速度でも紡がなければならぬ小節がある。加えて、変身してから駆け出しては到底届かないことは百も承知。
極めて近い惨劇を予測しつつ、僅かな可能性に期待して駆けた。より近い響なら、まだ、と。
しかし、その人物には誰も間に合わない。
落下。頭が大地に直撃。
されど血の花は咲かず――ギャグマンガの一コマのごとく、地面に突き刺さったのだ。
悲鳴と困惑した声が半々の中、近くに駆け寄ったクリスは、ちょうど同じく近寄ってきた響と顔を見合わせた。
「ク、クリスちゃん、これッ!」
「とにかく救急車だ! ピーシェ連れてあっちで電話しとけッ!」
子供に見せる現場じゃないだろうと、待たせているらしいピーシェを気遣って手早く行かせる。
背を向けたの確認してからクリスはしゃがんで“それ”を観察した。
どう見ても、上半身が思いっきりコンクリートにめり込んでいる。飛び出ている下半身からして白と紫のパーカーワンピースを着ているようだが、丈が短いのか縞々のパンツが見えてしまっている。同じく縞々のニーハイソックスを履いた脚はぐったりしていて、生気を感じさせない。
これでは頭部に著しいダメージを負っているだろう。首の骨も怪しい。こんな状態では生きているはずがない。
だが、クリスは確かに見た。
「うおわッ!?」
もぞもぞと動く脚と、両腕を穴から振り上げて、頭を抜こうと力を込めている“それ”を。
さながら先日見た心霊映像かホラー映画の一幕。思わず後ずさった。
「ぬ、抜いてー! これ何回目!? ネプ神家の一族も天丼しすぎだよー!!」
「はぁ……ッ!?」
「あ、そこの人……人だよね!? 手伝って!」
「なんだぁコイツ!?」
聞こえたのは明らかに子供の声。声色に一切の痛みも苦しみもない元気なもので、むしろ騒々しい。
いやいや、と。クリスは唸った。
無事なのはどう考えてもおかしい。なにか理由があるはずだ。例えば、ちょうど落下地点に落とし穴があったとか、工事中で見た目だけの歩道だったとか。もしくはこの部分だけ柔らかい素材でできていて……など無理やりでも理由がなければ納得できない。
「ドタマから落っこちて無事なヤツがいるわけが……」
瞬間、脳裏を過ぎる赤いワイシャツと黒いスーツの二人。いた。
「……考えても仕方ねぇ。引っ張るから大人しくしてろ!」
「痛っ、いたた!!」
「なんで引っ張ったら痛がるんだよ!? 落ちても平気だったろ!」
「痛いものは痛いもーん」
「なんだコイツ……」
怪我をしてるのではないかということも忘れて問答を繰り返していると、まばらにいた周囲の者らが散っていく。バカバカしいやり取りになにかの撮影かイタズラだと思われたらしい。
クリスも半ば同じ気分だ。無意識に脚を引っ張る手に力が入る。そのおかげで意外にもすぐに抜けた。
「ありがとー助かったよー」
落下中には確認する余裕がなくて初めてその顔が視認できたのだが、ようやく見えた素顔はにっこりと笑っていた。明るくハイテンションな声の通りに可愛らしいものだ。それに所々ハネた髪が人となりを表しているようであった。
「わたしはネプテューヌ! ピー子……ピーシェって子を捜しに来たんだ。さっそくだけど知らないかな?」
「初対面の相手に聞くことかよ。つーかそこに――」
まさか。
クリスはある予想をして、咄嗟に口を閉じた。
それはピーシェを保護するために周囲に張られていた監視網にも同じ。黒服のエージェントたちが銃を構えて取り囲んだ。既に人払いまで済まされている臨戦態勢である。
「うえぇっ、なんでいきなり囲まれてるの!? 確かに歩道壊しちゃったけどそんな悪いことしたかな!? ちゃんとお風呂入って歯磨きして寝てるよ!?」
「子供かお前は! ……あ、子供か……じゃねえ!」
無意識のツッコミを抑えて距離を取る。
ピーシェを探していることや、頭から落下しても無事なこと。それらは目の前の素っ頓狂が錬金術師か関係者だと仮定すれば頷ける。以前戦ったオートスコアラーにも、子供のような抜けた話し方をする凶悪な者がいたことを思い出せば、その注意は至極当然だ。見た目や言動も油断させるためのカモフラージュかもしれない。
そう考えると、先ほどまでは罠に嵌っていた。あわやピーシェの居場所を言いそうになっていたのだ。
今度は騙されるわけにはいくまい。目に力を込めて鋭く睨む。
しかし、目の前の頓珍漢はクリスを意に介さずいまだに慌てふためいているだけ。それが無視されているようでカチンときた。
「しゃらくせぇ、錬金術師ならとっとと正体を表しやがれ!」
「錬金術師? こう、両手をパンッって合わせるやつ? 憧れるよねー、わたしもやったやった。それともアイテムを釜で作るタイプかな? 太ももがすごいよね」
「はあ?」
「がすとちゃん元気かなー。最近はざーるぶるぐでの広報で忙しいみたいでなかなか会えないんだよ」
まったく会話が噛み合わない。言っていることの半分もクリスには理解できない。
「というかいきなり暴力は反対! まず話を聞いて欲しいなー。わたしを助けてくれたんだから悪い人たちじゃないでしょ?」
「……本当に関係ねぇのか?」
それは単なる感覚であったが、クリスには目の前の『ネプテューヌ』とやらが響と同じタイプの人間に思えた。難しいことを考えられるように見えない。それでいてなにも考えていないようにも見えない。困っている人がいたら助けるお人好しで、善性の側に立っている。そういった種別の人間。
もしやそれすらも罠なのかもしれないが――待つには十分であった。
「あー! ピー子!」
二人の横、エージェントたちの包囲の外。ついに響とピーシェがいることに気づいた。
「ほらわたしだよ、ネプテューヌ! あのことは謝るから! 本当にわたしにも非があったから! さ、おいで! 今ならタックルでもアッパーでも受け止められるよ!」
さすがに状況がわかっているようで駆け出すことはしなかったが、両腕を大きく広げて受け入れるいかにもなポーズ。
アピールを受けたピーシェはといえば、それをじっくりと見た後、自分でまぶたを指で引っ張り舌を出す。いわゆる"あっかんべー"を返した。
「しらない!」
「がーん!」
それがよほどショックだったらしい。ネプテューヌは口で「およよ」と言いながらあからさまに項垂れた。
「忙しいヤツ……おい! 本当に知らないって言ってるのか!?」
「本当っぽいけど、知ってるけど知らないみたいな感じだったよッ!」
「ちょっとピー子、あんまり困らせちゃダメだよ! さすがのネプ子さんも怒っちゃうよ!?」
「しらないもん! しーらーなーい!」
大声が離れた距離を行ったり来たり。響とクリスの状況確認とネプテューヌとピーシェの言い合いが繰り広げられる。張り詰めていた空気はどこかに消えてしまっていた。
しばらくして、混沌としてきた場に救急車の代わりに数台の車が到着した。
これ幸いとばかりにクリスは響とピーシェを車に押し込む。本部に移動させるつもりだ。
「ちょ、ちょっと待ってッ、クリスちゃん!」
「いいからピーシェ連れてとっとと行け」
「ピーシェちゃんがたまに言う『ねぷてぬ』って、たぶんあのネプテューヌちゃんのことだと思うんだッ! タックルしてくることも知ってるし、絶対に訳があるんだって!」
「かもな。だけどよ、まず安全を確認してみなきゃいけねぇだろ。あたしに任せとけ」
「う、ううん……わかったッ! 信じるッ!」
バン、と勢い良くドアを閉めるのと同時に車が走り出す。
ネプテューヌはといえば、もう一台の車に誘導されていた。
「つーわけで大人しくついてこい。話はそっちで聞く」
「え、逮捕? そういうのはノワールがもうやったからよくない?」
「なんの話してんだよ」
今度はパーカーを被って手錠をかけられるポーズ。
これもなんとなくではあったが、クリスはある一つの結論に辿り着いた。
――こいつ、ただのバカなんじゃねぇか。
ここまでに案じた全てが杞憂で、こいつはピーシェの友だちかなにかで、おっさんみたいにとんでもない耐久力を持ってるだけなんじゃないかと。
錬金術師の追っ手だとかオートスコアラーに似た存在だとかいうよりも、そのほうが何倍も納得できた。
さりとて、響に言った通りに安全性を確認する必要があるのも事実。
なにやら「逮捕だったら弁護士呼んでね! ナルホドって感じの!」とか「わたしって実は怪盗三世で脱獄とかお手の物……あ、頬引っ張ってみる? ねっぷねぷだよ」と喚くネプテューヌを無視しつつ、同じ車の後部座席に乗り込んだ。
走り出した車は本部とは別方向へ。行き先はクリスも詳しく知らないが、万が一の場合を想定して人が少ない地域だろうとは想像できた。
「ねーねー、クリスちゃん」
「なんだよ。……名前教えたかぁ?」
「あの響って子が叫んでたから教えられちゃった。てへぺろ☆」
「あんのバカ……」
情報漏洩とうるさく言うつもりではない。隣がうるさくなるだけだ。
懸念通り、車が走り出して数十分経ってもネプテューヌはずっとクリスに話しかけていた。やれレーシングゲームは得意か、ネプカートは売れるかな、などと「知らねぇ」と返してもずっとだ。
それでも無視しきれない辺りにクリスの性格が出ていたが、それがさらに会話を長引かせたのは言うまでもない。
騒がしいBGMは次第に流れていく景色への感想へ。なんでもない建物や観光名所の名前を聞かれたり、食べ物屋の前に来ると止まってだの食べたいなどと、これまたやかましい。
しかし、先ほどと違う点が一つ。ネプテューヌは、住んでいる人たちが楽しんでいるか、幸せそうかを聞いてくることもあった。
「ねー、クリスちゃん」
「もう少しで着くって言ってんだろ」
「いやいや、そうじゃなくてね。あの不思議生物はなに? 着ぐるみ?」
「はぁ? なに言って――追っ手ッ!?」
車に併走する深緑の異形が数体。車輪のついた乗り物に乗っており、両腕を伸ばして支えらしき一本の支柱を持っているのがいささかシュールである。されどその支柱は白く発光している。見間違えるはずもない。アルカ・ノイズだ。
「うわあああっ!」
運転手の叫び声。前方からも迫って来ている。
ちょうど大きな交差点に差し掛かったあたりで、四方からの挟み撃ちを受けたのだ。周囲には一般人もいる。何台かエージェントの車もある。このままでは被害が出るだろう。
ならば。
「飛び出せッ!」
ドアを蹴り、一時の盾として道路に出る。
ぐるりと受け身。衝撃を減らす。そして状況を確認してから口を開こうとした。
「上から来るよ! ヴィクトリースラーッシュ!」
だが、甲高い声と共に放たれた✕字の斬撃がとどまらせた。
同じく飛び出て来たネプテューヌはいつの間にか刀を握っていて、それで近くにいたノイズを撃破したのだ。さらに、明らかに解剖器官を触って押しのけて、クリスのもとに走ってきた。
「おまっ、なにやってんだッ!?」
「じゃっじゃーん! ネプ子さんは武器が出せるんだよ!」
「驚いたけどそこじゃねえ! なんでわざわざ触って突っ込んできた!」
「よくわからないけど、この変なのの仲間じゃないかって疑われてるんでしょ? だったら一緒に戦って味方だって証明するよ!」
「相手がなんだかわかって言ってんのか!?」
「ぜんぜん! でもピー子のことが心配だし、なによりわたしは主人公だからね! クエストはガンガン進めてかないと!」
またも言い出したよくわからないことは無視。
ピーシェは報告ではノイズに触っても無事であった。ネプテューヌもまた同じ。この戦場において敵かもしれない彼女を信じるか、信じないか。
「……もうその白い部分に触れるなよ! 本来は一発でお陀仏だぞッ!」
「触らなきゃいいんだね、任せて!」
「お、おいッ!」
「わたしは最初っからクライマックスだよー!」
忠告を聞くやいなや今度は解剖器官に刀をぶち当てる。すると当然の如く、刀は赤黒い煙となって消えた。
これが本来起こる炭素転換。防御不可の必殺機構だ。
「ねぷっ!? 溶けた!?」
「あーっ、だから言ったろ! 下がってろッ!」
やはり、戦うのは歌に血の流れる戦乙女でなければならない。
「――Killter Ichaival tron」
響と同様に展開されるバリアフィールド。光が収まると見えたのはメカニカルながらもワンポイントの可愛らしさが詰まった赤い装甲。両手には同じ赤のハンドガンが握られていた。
そして、シンフォギア・システムであるのだからクリスの心境を表す旋律が流れだす。
これもまた、ネプテューヌが口を出さないわけもなく。
「変身したー!? そしてカラオケだー! さすがに歌いながら戦う人は見たこと……あった!」
「喋ってる暇あったら言った通りに戦えッ!」
「歌ってる人に言われたくなーい!」
「うるせぇッ! いいんだよこれでッ!」
喋りながらも突っ込んできたノイズに鉛玉を一発。
さらに続けて跳躍。他の車を守り、避難する時間を稼ぐために最前線へ躍り出た。
「てめぇらの相手はあたしだ! 風穴開けられたいヤツから前に出てきなッ!!」
共闘するネプテューヌは同じ刀使いとはいえ、あの先輩ほどの人並外れた技量を期待しないほうが良い。元より当てにせず、自分一人で片付ける。その意志を込めて息を吸う。
「――残弾がゼロになるまでバレットのKissを!」
ハンドガンを三連射。クリスを無視して周囲のビル群に向かおうとする集団を始末する。
チマチマとしたやり方だが、ここでアームドギアをガトリング砲やミサイルに変化させるわけにはいかない。車に当たれば爆発。ビルに当たっても爆発。逃げ遅れた民間人にどれだけ被害が出るかがわからないからだ。対複数を得意とするクリスでも大火力を叩き出すには状況が悪かった。
それでもノイズの数が順調に減り続けているのは類稀なるバトルセンスのおかげだろう。おかげで車から脱出したエージェントたちによる避難誘導も順調に進んでいる。
ネプテューヌもまた、何処かから刀を取り出して数を減らすことに貢献していた。
「とりゃー! 撃破!」
最初は刀を転換されたものの、コツを掴んでからは『クロスコンビネーション』や『クリティカルエッジ』などと叫びつつ技の型をノイズへとぶつけている。剣術というには拙いが、まったくの戦闘経験がない振り方ではない。
状況は好調。
されど、クリスはキューブ状の青い粒子を確認するなり気を引き締めて叫んだ。
「……気をつけろッ! 『UM』が来るぞ!」
「ゆーえむ? なにそれ」
「見りゃわかる!」
アルカ・ノイズがテレポートジェムから出現するように、ノイズたちの間に粒子が集まって一つの形を成していく。
それは四対八本の脚持つ異形。丸っこい体表は鳥じみた羽毛が生えており、血のように赤い尻尾とトサカは外殻で覆われていた。さながら甲殻類と鳥類をミックスした姿だが、その顔には人のように目があり、大きな口がにやりと――
「って、ひよこ虫だよこれ!!」
「知ってんのか?」
「あ、でもどーだろ。なんか歯見えてない? 目が怖くない? うわーっこっち来たあぁぁぁ!!」
目の前の得物を狙い、大きな口を開けて突進してくるひよこ虫にネプテューヌは逃げるしかない。
事実、その“ひよこ虫”こと識別番号『UM-01』は、ネプテューヌが知るそれよりもリアリティと凶暴性に満ちていた。いわゆるモンスターの一種なのは間違いないが、中には温厚で人の言葉を操り、味方をしてくれた個体もいる。それが見た目が似ているだけで、もはや別物である。
クリスが遠距離からハンドガンを連射するも、見た目よりも硬いらしく金属音と共に跳ね返された。
「こ、こうなったら……わたしも良いところ見せちゃうもんね! いざ、刮目せよー!」
追いかけられてなにやら意気込んだネプテューヌは、片腕を突きあげてカンガルーのようにジャンプする。
そして、何事もなく、着地した。
「あれ……なにも起こらない? おかしいなー、初変身だしムービーでも入るとこなんだけど……はっ!? そうだ、シェアエネルギーがなきゃ変身できないよね。いやーうっかりうっかり……じゃない! こういう天丼はいらないよー!!」
「なに遊んでんだ、しゃがめッ!」
「ねぷっ!?」
ネプテューヌの頭上を掠めていく銃弾。
「目を背けないくらい、強くはなれたと思う」
歌による共振が威力を底上げする。さらに、それは柔らかいであろう目を狙ったものだ。強化された弾丸と弱点を突いた一撃は目論見通りにダメージを与えて片目を奪い、ネプテューヌを逃がすことに成功した。
続けてもう一発、というところで視界の端に小さな人影。
「だから届かないものも――子供!? 逃げ遅れかよッ!」
「わたしが行く!」
ネプテューヌは追いかけられたばかりだというのに、UMの脇を通って助けに向かう。
すると当然、まだ片目が残っているのだからつられて六本の足が動き出す。今度は怒っているのかさらに速い。
――加えて、子供の上空。余波で破損したビルから、瓦礫が降ってきているではないか。
ほんの一瞬で判断は済んだ。
ネプテューヌの速度では追いつかれる。クリスがUMを足止めしたところで、瓦礫が落ちてくる。常識的に考えれば片方しか果たせない。
だが、常識などシンフォギア装者には通用しない。
(届かないものがあるって、諦めるあたしじゃねぇッ!)
あのバカなら、両方助ける。
あの先輩なら、可能な技量がある。
それに既に、クリスは決めているのだから。
「熱く」
右手の引き金。
「信じ」
左手の撃鉄。
「叫ぶ――声がするッ!」
同時に放たれる。
一発の銃弾は高速で突撃する“ひよこ虫”の残った目を。
もう一発は急落下する瓦礫を粉々に砕いた。
子供を連れて駆けだすネプテューヌ。エージェントから伝わる避難完了の報告。
それで、クリスは笑った。
「バキュンと放った銃弾が、絶対ッ、曲がらないように!」
もう遠慮はいらない。全力全開をブっ放すのみ。
【BILLION MAIDEN】。
ハンドガンをガトリング砲に変化させての掃射でUMを射止める。
続けて放つ【MEGA DETH PARTY】。腰部アーマーから小型ミサイルを連射することで完全に動きを封じ――
「力に代わるとあたしも歌うッ!」
トドメとなるのは【MEGA DETH FUGA】。大型ミサイル二発による大爆発をもって殲滅する。
ここまでの攻撃力を持ってすればオーバーキル気味に撃破可能。爆炎が渦巻く交差点に、黒煙と混じって青いキューブ状の粒子が散っていく。出現時と同じそれこそが、UMを倒したという証拠であった。
「へっ、カニだかニワトリだか知らねぇが、焼いちまえば一緒だろ」
ハンドガンに戻ったアームドギアをくるりと一回転。
戻ってきたネプテューヌと共に残ったノイズを丁寧に撃ち抜いていけば、この襲撃も終わりだ。
僅かにあった疑念は、共闘を経て消え去っていた。
◆
襲撃後、クリスたちはS.O.N.G本部潜水艦へと移動していた。
ネプテューヌに関しては自分が責任を持つとクリスが告げて、ついにピーシェとネプテューヌが話せる場が食堂にて設けられたのだった。
「ねー、ピー子……」
「いーやっ!」
「ガガーン!」
またしてもわかりやく落ち込む姿にクリスは呆れて、隣の席にいる響の話に戻った。
「で、そっちにも出てきたんだろ?」
「うん、アルカ・ノイズの種類もUMもクリスちゃんが言ってたのと同じだった」
「となると狙いはピーシェとあのトンチンカンだろうな。下手人がどっかにいるはずだ」
おそらく、ちょうど二手に分かれたのを好機と見たのだろう。機動力のあるアルカ・ノイズを用いれば容易に追いついて、耐性のあるターゲット以外を消すことができる。そういった作戦だったはずだ。
加えて、かねてより仮説の一つであった錬金術師とUMの関係性が見えてきた。
もともとノイズが出現しているエリアにのみ姿を現していたことから変異型か新型のノイズだと思われていたが、解剖器官がないことから別の種類だとされてきた。バビロニアの宝物庫とは別の異空間より現出している線があったのだ。
だが、今回は錬金術師たちにより意図的に作戦に用いられていた可能性がある。
錬金術由来のアルカ・ノイズ同士の共鳴現象でテレポートジェムの役割を成しているのではないかと、目下エルフナインがピーシェの身体構造と並行して調査中である。
つまり結局のところ、装者たちは警戒態勢で待機するしかない。
頬杖をついて二人の騒がしい言い合いを眺めるクリスであった。
「やっぱ関係者なんだろうな。ああやってるの見るとよ」
「家族みたいだもんねッ! それにあのパーカー、ピーシェちゃんを初めて見た時の服と似てるんだ。もこもこってした袖の部分とか特に」
ピーシェは今は買ってもらった黄色の子供服を着ている。それを以前見た黄色と黒の縞々模様の服に頭の中で置き換えてみると、確かに似ていた。
「つーかお前暑くねぇのかよ。冷房入ってるって言っても夏だぞ」
「大丈夫大丈夫。下はパンツしかないし」
「はァッ!?」
ちらりとパーカーのファスナーを下げると肌色が見える。
次にクリスの頭に浮かんだのはエルフナイン。そういえば最初は、あんな恥ずかしくないのかと言いたくなる恰好をしていた。
「……つーかアイツどうすんだよ。このまま本部に住まわせるのか?」
「それなら師匠から伝言を預かってるよ! クリスちゃんが良ければ一緒に住んでってッ! 切歌ちゃんが『いつも部屋に来るということは寂しがっているのデース!』って言ってたし!」
「は、はぁッ!? んなわけねぇッ!?」
図星だった。絶対に口にはしないが。
クリスとしても、自分が責任を持つと言った以上はその提案はアリだと思っている。本部に置いておいて、うっかり重要データを消去しましたなんて事態が起きたら目も当てられない。そういう明確な理由で自分を納得させた。もっとも、ネプテューヌが悪意を持って行うとは微塵も考えていない時点で随分と気を許しているのだが。
それでも、一言で通すのはなんだかシャクだった。
「というかこいつの意見もあるだろ! なぁ!」
「わたしはいいよー。ほんとはピーシェの側にいたいけど、ずっと嫌がられるのも嫌だし……」
返ってきたのは思っていたものと違うテンションの言葉。
(そうか、そうだよな……)
二人の関係性を考えたのが、最後の一押し。
「……わかった、泊まってけッ!」
「わーありがとー! しばらくお世話になるよ、よろしくねー! まずはプリンを買ってこないと……そうだ、こっちはどんなゲーム機あるんだろ? レトロから最新までの揃えたいなー! クリスちゃんはなにか持ってる? 体感型のとかあるかな?」
「こいつ途端に態度変えやがったなッ!?」
しかし、その引き金を引いたのはクリスであって、吐いた唾は吞めぬ。
一度決めたことを捻じ曲げるのも気に入らないとくれば、観念して同居するしかあるまい。
どこかのお人好しがうつったか。
どうしてこうなった、と呟くクリスであった。