響け、イエローハート 作:ぴいのぷりん
空から降ってきた謎の頓珍漢、ネプテューヌ。
錬金術師に追われるピーシェの関係者と推測されており、同じくアルカ・ノイズへの特異性を持つ彼女には、当然ながら身辺調査や監視が行われた。クリスの家に転がり込んだとはいえ警戒されていることに変わりはない。万全を期するためである。
されど、これがまたS.O.N.G.の首を傾げさせた。
ピーシェと同じく、一切の情報が出てこないのだ。特徴的な髪型と服装、あのハイテンションな言動からして記憶に残らないというほうが不自然。さらには僅かに観察しただけでも彼女の不用心っぷりは理解できるというのに、監視カメラにも一切の足取りがない。まさしくあの瞬間に世界に出現したとしか言えない有り様だった。
万が一の可能性として、それら全てを欺くほどの技量を隠し持っているということもあるだろう。
しかし、狙われたことも事実。策の類かもしれないが、ノイズや子供への咄嗟の対応から彼女の善性を信じ、新たな情報を得るための虎穴として装者たちと今一度顔合わせをすることになったのだった。
なにより、仮に敵であったとしても身内に抱え込むのは初めてではないのだから。
……という前提を、ネプテューヌはまったく知らない。
むしろ考えてすらいないのかもしれない。
昨日訪れたクリスの家では自宅かと見紛うごとき自堕落を見せつけており、叩き起こされるまで安眠と快眠を貪っていた。今も本部の一室にて能天気な笑顔のままで緊張感の欠片もない。潜入員ならば相当な胆力の持ち主だろう。
そんなネプテューヌの前にはクリス、切歌、調。少し離れて響と抱きかかえられるピーシェ。それぞれ連絡があって集められた面々だ。
伝えられた全員が揃ったことを確認すると、話の主役となる彼女が口を開いた。
「では改めて! 私はプラネテューヌの女神、ネプテューヌ! 言いづらかったらねぷねぷでもネプ子でも好きに呼んでくれていいからね!」
「お前……やっぱあん時頭打ったんだな……」
「ねぷっ!? 自己紹介しただけなのに!?」
「自己紹介で自分のこと女神って言うかよ。どんだけ自信満々なんだ」
「そこ? もー、事実なのにー」
開口一番の突っ込みどころ。そして繰り広げられるネプテューヌとクリスの言い合い。
昨日も似た真似をしているため、『またか』ぐらいの反応で済ませられるはずなのだが、初対面の慣れぬ身にはあまりにも衝撃的である。
「し、調……クリス先輩が一日ですごく仲良くなってるデス……」
「これは緊急事態。たまさか起こった大事件だよ」
「オイそこ聞こえてるぞ」
「でもクリスちゃんたちすっごく仲良さそうだよッ! よーし、今ならわたしたちもッ!」
「抱きつかせねぇからなッ!」
「わたしはウェルカム! ほーらピー子、おいでー!」
「いやったらいや!」
「ガガガーン!」
ただでさえ騒がしくなるメンバーがこれだけ揃うと一瞬で会話が弾む。
このまま放置しておくと話題があっちへ行ったりこっちへ行ったりすると察したクリスは、「これ録音されてんだぞ」と釘を刺した。真面目なときはきちんと真面目に行う者らだとはわかっていたが、どうにもネプテューヌの存在が感覚を引っ張っているようで口を出さざるをえなかった。
それで多少は落ち着いた空気が、切歌と調の二人――ネプテューヌと初対面の装者にじっくりと観察する機会を与える。
見れば見るほど不思議な少女である。ピーシェを初めて見た時もそうだったが、どこか人間離れした印象があった。
自分たちに似た子供っぽさ(実際、見た目は子供であるが)にもかかわらず、保護者で姉のように慕うマリアと似た雰囲気がする。ピーシェへの接し方がそう感じさせるのだと言ってしまえばそうかもしれないが、どちらかと言えば年の近い姉のようであったし、それよりも明確ななにかがある。そう切歌は感じた。
それともう一つ。
調はネプテューヌと自分をじっくり見比べていた。
「どうしたのー、そんなじーっと見て。ノワールみたいなツインテールの……調ちゃんだよね?」
注視しているのは調の目線よりも少し下の身長。それが些か新鮮である。
身長だけならエルフナインがいるが、彼女の特殊性と生い立ちを考えると比較が成り立たない。自分と同じくらいの年齢に思えるネプテューヌだからこそ、その感覚が湧いて出たのだった。
もちろん調の思うことは切歌も気づくわけで。
「調と同じぐらい……いや、少し年下かもしれないデス。これはッ! 調がお姉さんデスッ!?」
「私がお姉さんならピーシェに続いて妹二人」
「ところがわたしはお姉さんなんだなーこれが。これぐらーいの妹が……あ、名前はネプギアっていうんだけど」
「待て待て、また話が脱線してるじゃねえか。今はこのトンチンカンとピーシェの関係だろ」
すると、ピーシェを見た響が助け船に一言。
「そもそも二人ってどういう関係なのかな? わたしは家族みたいだなーって思ってたんだけど」
「その通り! なんたってピー子のことは昔から知ってるからね! なんだって聞いてくれて良いよ!」
「はいはい! 昔って言うとどれぐらいデスか!?」
「んー……どうだったかな、10年と数年ぐらい? 20年はいってないかも。アイちゃんとコンパは知ってるぐらいに成長したし」
なんでもなさそうに言ったそれに、ふっと騒がしさが消えた。
知らぬ人名はともかく、より重要で簡単な疑問が各人の心に浮かんだのだ。
ピーシェはどう見ても5歳かそこら。10年以上の月日が経つのはおかしい。ネプテューヌだって14歳程度で、本当にそれだけの過去があれば彼女も赤子の頃である。どう考えても二人の年齢が合わない。
クリスはこれを、勘違いか言い間違いだろうと認識した。昨日からの行動からして完璧な答えが返ってくることを期待していなかったのだ。
「本当は5年ぐらいなんだろ? 赤ん坊の頃からならそれぐらいじゃねえか」
「うーんと、さっきので合ってるよ?」
「それじゃピーシェちゃんの年齢が……」
「だってわたしもピー子も女神だし。歳取らないからね」
ゆえに、また言い出した『女神』という単語も冗談だろうと思った。短い付き合いながらも頻繁にふざける性格を何となしに掴んでいる。すぐに別のことを言い出すはずだと予想した。
しかしネプテューヌは、周囲のパッとしない反応に、あまりにも真面目な顔をして窺うように聞いたのだった。
「……え、あのー……もしかして、この次元って女神とかいらっしゃらない?」
なぜか妙な敬語ではあったが、今までの様子と違うその問いは本心からのものだ。
女神とは――文字通り女性の神のことである。
響たちもそれは知っている。伝説上の存在や比喩的な使い方を考えれば一般教養の範疇。そもそも神話や伝承に登場する武具が現実に存在して『聖遺物』として扱われているのだから知っていて当たり前だ。
聖遺物の欠片を持ち、先史文明の脅威を知っているからこそ、理解できる。特に、調の扱うシュルシャガナと切歌の振るうイガリマはシュメールの戦女神ザババのもの。より身近に感じられるのは自明の理であった。
自分が女神だと謳うのは眉唾物の話だ。普通は冗談の類にしか思えない。
ただ、ネプテューヌが噓を言っているようにも見えなかった。
「いると言えばいるデスよ。お話と過去にいる存在なのデス」
「現存する聖遺物もほとんどが欠片だから、二人が女神だって信じたくてもなかなか信じられない。でも……」
「アタシたちは信じたいデス。ネプテューヌさんもピーシェちゃんも良い人だって思うデスし、そんな神サマならいたほうがハッピーじゃないデスか」
それは程度の差こそあれど他の装者も同じ。
「……まあな、もし本当にそうなら全部納得できるってもんだ」
「わたしも信じたい。そのほうが夢があるよ!」
クリスは半信半疑ながらも落下して無傷という現実を見ている。
響は特別に決まった理由があったわけではなくとも、ピーシェがネプテューヌへ向けるマイナスとは言い切れない感情を持って頷いていた。
不思議なことに、それぞれが『女神』であることをひとまず受け入れるのにそれほどの抵抗はない。むしろ独特な雰囲気がパズルのピースのごとくしっくりとハマる。
されど、歳を取らないと仮定したのなら新たな疑問が浮かんだ。
「あれ、じゃあ本当はいくつ……? ピーシェちゃん、わかる?」
「ぴいのとし? うーんと……わかんない!」
「そのまま育ってたら切歌ちゃんと調ちゃんぐらいじゃないかなー?」
「じゃあ15、16か……あん? だったらお前は20どころか3――」
「はいストーップ! ダメだよそういうこと言ったら! 全国三億人のネプテューヌファンのみなさんが怒っちゃうから!」
身体が成長しないと精神も成長しないのか、子供じみた言い方で言い返した。
ピーシェも幼子同然であるし、生きてきた年数相応の対応はしそうにない。
それからも遅々として話は進まなかったが、元来の目的であった新たな情報は二人の関係性という明確な形で現れていた。相も変わらずネプテューヌを拒否するピーシェではあるが、その様子は心の底からの否定ではない。先ほど響が得た理解。それが家族であれば納得できるものだ。
用意された時間が終わりを告げ、時計の針がぐるりと一周する頃。ネプテューヌがふと口にした。
「ところでさ、この話ってあのげんじゅうろーってムキムキの人に報告するんだよね?」
「ムキムキって……おっさんの表現として間違っちゃいねぇけど」
「だったら女神だって証拠があったほうがいいよね! 昨日プリンも食べたし、なんかいけるんじゃないかなわたし! よーし、見てて!」
なにやら張り切るネプテューヌは全員から少し離れて、余計に元気良く叫んだ。
「刮目せよー!」
そして右腕を高く挙げて跳躍。高さおよび滞空時間、揃って良し。カンガルーか、ワラビーか、はたまたウサギさんのように見事なものだった。
つまるところ、それだけである。
「やっぱりダメだー!」
「……ノイズと戦ってた時もやってたやつだろ。なんかあんのかぁ?」
「よくぞ聞いてくれました! これはね、『女神化』っていうんだ。シェアエネルギーがズバーンって集まって女神に変身するんだよ。クリスちゃんが歌ってたシンフォギアってやつみたいな感じ」
どうやらネプテューヌの言う『女神』とは、シンフォギアがフォニックゲインを必要とするように、シェアエネルギーを必要とするらしい。
昨日の戦闘内容については共有が済んでいる。同様にジャンプしていたことは“変な行動”の一部として捉えられていた。されど、戦場という命のやり取りの場でも行うのなら本気なのだろう。頭ごなしに否定されることはなかった。
ネプテューヌは女神であり、女神化とやらができる。
ならば、同じく女神であるというピーシェも女神化ができるのではないか。そう響は考えた。
思考とほぼ同時にピーシェに質問してみると、帰ってきたのは「なにそれ?」という言葉。
その反応が嘘であるようには見えない。そもそも、ピーシェが巧妙な嘘をつくのは難しい。本心から知らないと言っているのだ。
二人が嘘をついていないとすると、結論は一つ。
ネプテューヌが呟いた。
「やっぱり、記憶喪失なのかな? なんだかすっごく避けられるし、女神化のこと知らないみたいだし……」
ノイズを知らないという共通点とネプテューヌだけが知っていること。それらが疑惑をより確実なものとする。普段のトーンと違う言葉からして、彼女自身察知していた。
ハイテンションで元気な者が見せた困り顔。それに響はいても立ってもいられない。
「で、でもッ! 覚えてることもあるんだッ! プリンを見ると『ねぷてぬ』って言うし、書くと喜ぶんだよ。それってネプテューヌちゃんのことだよね!」
「ほんと!? そうな――ぐへぇ!?」
迂闊にも一気に距離を詰めたネプテューヌは、カウンターのアッパーで吹き飛ばされた。見事に空を舞い、放物線を描いて落下。無傷である。
「しらないったらしらない!」
「うぅ、ピー子ぉ……」
その関係を見て、同じくもどかしさを感じた二人は目を合わせた。
「さっきのことといい、なんだか可哀想デス。記憶と一緒に仲良しまで失われるのは……つらいデスよ」
「……よし、切ちゃん、やろう」
「やらいでかッ! デース!」
◆
切歌と調には、秘策があった。
ネプテューヌとピーシェの仲を取り持つ切り札。知れば誰もが羨む秘蔵の一手。それを使うことを決意したのだ。
響に事情を話して保護者を一時交代すると、緑色と桃色と紫色と小さな黄色の四人は揃って外へ。まだまだ暑い日差しの下、切歌は遠足か修学旅行の班長のように班員の二人の前に立った。隣に佇む調はさしずめ副班長である。
「いざ御覧じろデースッ!」
カバンからもったいぶって取り出したのは地図。市販のものではなくフリーペーパーだ。地域を限定することで細かな情報が敷き詰められた特色豊かな一枚であった。それだけでも強力な武器だというのに、手書きで所感と願望が書き込まれている。必ず楽しむという情熱が注ぎ込まれていた。
「仲直りにはうまいもん! これは古今東西決まっているのデス!」
「夏休みを満喫するためにマップは作ってあるからバッチリ。通好みの味が出てる」
二人はいたって真面目である。食事がいかに大事か。そして、どれだけの笑顔を生み出すかを知っているからこそ取った手段だ。
「おー! 見て見てピー子! 食べ物屋さんがいっぱいあるよ!」
「む……むぅ!」
実際、ピーシェに効いている。ネプテューヌと並ぶのを避けるか、うまいもんマップを見るかの狭間で揺れさせている。
(やっぱり、未来さんに聞いていた通りデスッ! ピーシェちゃんは好き嫌いが少ない食いしん坊のお利口さん。響さんに似てるのなら、好きなものもごはん&ごはん!)
(もともと甘いものがたくさん載ってるマップ。この誘惑を断ち切るのはわたしも難しい……)
ロジカルな手段が的中するも、ピーシェの意地は強かった。すんでのところで首を横に振ってネプテューヌから離れる。
その距離は数歩分。されど、遠い距離だ。
なにがそこまでさせるのかは見当がつかないが、このままでは先に進めない。その間に立って繋ぐ必要がある。
一歩前に出たのは、切歌だった。
「ひとりぼっちは心に刺さるデスよ」
「……ひとりじゃないもん」
「ネプテューヌさんもピーシェちゃんと仲良くしたいはずデス。心配してくれてる人がいて、名前もちゃんと覚えていてくれる。誕生日だって祝ってくれるはず。それはとっても幸せで良いことなのデス」
「今はわからなくてもいい。だから、お節介だけど受けて欲しい」
「ぴいはわるくないもん……」
かける言葉がピーシェには責められているように感じているのだろう。どう言えば伝わるのかを考えるあまり、次の言葉がなかなか継げなかった。しんみりする手段も好きではないし、この場には合わない。
そこでなぜか、ネプテューヌはその場に膝から崩れ落ちた。
「ピー子が記憶を失ったのは、時代や環境のせいじゃなくて……わたしが悪いんだよ。うぅ、あの時……遊ぶ約束したのに新作ゲームの予約ですっぽかしちゃったから……!」
「ちがう……」
「はへ?」
「ねぷてぬ、ぴいのプリンたべたもん!」
「そっ、それかあぁぁぁ!!」
先ほどの動きが嘘のように飛び上がって驚く。そして目まぐるしく表情が変わって、ピーシェと装者二人を交互に見た。
「い、今! わたしのことねぷてぬって言った!」
揃って顔を見合わせる。確かに言った。
『ねぷてぬ』とはネプテューヌのことであると音の響きから察することができる。響はそれに気づいていたし、プリンも関係してくる。それでもピーシェはずっと知らないと言い続けてきた。それが今になって認めたのだ。
「わたしのことねぷてぬだって思い出してくれたの!?」
「だってねぷてぬはねぷてぬ……あれ? でも、ねぷてぬってだれ? しってるけどしらない……モヤモヤする……」
「う、ううん……?」
どうにも要領を得ない。
その理由をネプテューヌが唸りながら考えている間に、調が思いついた。
「記憶喪失でもプリンの件で拗ねてたってことかもしれない。食べ物の恨みは恐ろしいから」
「なるほどー……うん、ありえる。わたしもやっちゃったなとは思ったもん。ごめんねピー子、今度からはちゃんと確認するし、全部に『ねぷの』って書いておくから」
「……ほんと?」
「ほんと! そうだ切歌ちゃん、マップ貸して!」
ネプテューヌはうまいもんマップを受け取ると、ピーシェの横で広げて地図上の場所を指差す。
「実はね、さっきピー子の好きそうなお店をチェックしてたんだ。ほら、こことかどうかな?」
「プリン……プリンがいっぱい!」
先ほどまでの仲違いはどこへやら。並ぶ姿は響がピーシェに接するようで途端に仲良くなっていた。もしくはそれが元々の光景だったのかもしれないが、少しでも元に戻す手助けになれたらしく、切歌と調は手を合わせて喜んだ。
「やったね切ちゃん」
「ちょっとでも思い出せて良かったデス! これならきっと回復するデスよ!」
「そうそう。大丈夫、なんとかなる! 今時珍しい記憶喪失系主人公といえばこのネプテューヌさんだからね!」
ネプテューヌがまたよくわからないことを言い出したりしたが概ね影響はなく、四人は揃って地図を見てああでもないこうでもないとやりだす。長く続くかと思われた話し合いは、こういうものは食べ歩きながら決めるのが一番だと気づくことによって、早々に切り上げられた。
「準備はいいデスか? 出発デース!」
「じゃあピー子、手繋いで行こ!」
「うん!」
仲良く手を繋いで、目指すは商店街。
目印を探して競争でもしようかとネプテューヌが目を凝らすと、紫色のなにかがこちらに飛んできているのが見えた。その数は複数。風に乗って飛ばされてきているのではなく、明確に飛行してきている。
段々と近づいて来るそれは、ヒトデのような星型で蝙蝠に似た羽根を大きく広げていた。
ネプテューヌは、やっぱりこっちの次元には不思議な生き物がいるんだな、もしかしてモンスターかな、と能天気に考えてたのだが、ふと気づいた。
――あれ、アルカ・ノイズじゃない? と。
それはやはり、装者の反応と周囲の悲鳴からして事実であった。
「うわー!? このタイミングで!? 今の絶対ダイジェスト的においしいものを食べるシーンが入るとこでしょ!?」
「ねぷてぬ! うえ!」
「また上から来てるー!?」
次に来たのは緑色の球体型。小さな足と体躯ほどの鎌の腕を持ち、奇襲のつもりか高所から飛び掛かってくる。
「調ッ!」
「うん!」
しかし、好き勝手になどやらせない。
「救助と訓練になにかと忙しLiNKERも、実戦なら躊躇なく使えるデス!」
「ここで使わなきゃないものねだりを繰り返すだけ。なにより――仲直りの邪魔はッ!」
「許さないデスッ!」
二人は身に着けているペンダントを手に取り、フレーズを口ずさむ。
「――Zeios igalima raizen tron」
「――Various shul shagana tron」
違えど同じ聖詠が、緑と桃のシンフォギアを纏わせる。鳴り渡る旋律と共に二人は駆けだした。
切歌の大振りの鎌が飛び掛かる緑のノイズを切り裂き尽くし、飛来する飛行ノイズは調のツインテール部分が装着する機構より飛び出す丸鋸が撃ち落としていく。
「地獄からテヘペロちゃーん!」
「うわぁなんか二人とも物騒! クリスちゃんとぜんぜん違うなぁ……ってそうじゃない! いくよピー子!」
「とりゃー!」
ネプテューヌがどこからか取り出した刀を一振り。ピーシェは飛び蹴りで迎撃する。
シンフォギア・システムのような殲滅力はなくとも、ノイズに分解されずに有効打を与えられることは確かな戦力となる。一般人への被害を抑えるためにも重要だ。
だからこそより一層、シンフォギア装者たる自分たちがここ一番で力を振るわなくてはならない。気持ちを込めた切歌の声色に力の色が見えた。
「デンジャラスガールのお通りDeathッ!」
放ったのは【切・呪りeッTぉ】。鎌を分裂させて投擲する遠距離攻撃だ。取り回しが良いこの技で、調に代わり空中のノイズを切り落とす。
「今の“デス”ってニュアンスが違くないかな? 語尾につけるやつじゃない気がする」
「ねぷてぬ、なにいってるの?」
ピーシェは腕をぶんぶんと回して思うがままにノイズを殴っているが、ネプテューヌは歌詞を聞けるほど異様に慎重だった。解剖器官に刀が触れたら転換されるとわかっているから……だけではない。どうしてかパーカーの袖をいそいそと捲り上げている。
もちろんその妙な行動には調も気づいた。切歌と迎撃の役割を交代してからというものの、頭部ホルダーと脚部から円状の刃を展開してバイクのように駆ける【非常Σ式・禁月輪】で地上のノイズを轢き続けていたが、気になって横で急停止。刃をホルダーに戻した。
「大丈夫? なにか違和感が?」
「いやー服が触れたら丸ごと消えちゃうのかなって。健全じゃなくなっちゃうもん。あ、もしかして服は大丈夫だったりする? そこはお約束が守ってくれるのかな」
「……わたしたちがシンフォギアを強制解除された時は全裸だった」
「そっちのお約束かー……ピー子もいるんだから健全! 健全で行こう!」
調にはなにが
二人は自衛ができると判断し、脚部ローラーをフル回転。スケートの要領で最前線へ躍り出る。その勢いのまま緑色のノイズを追い立てるように丸鋸を放った。
「さすが調! 良い位置デスッ!」
すると、ちょうど空の敵を殲滅し終えた切歌が自由に動ける状態で落下してくる。突撃に選択した手段はコマのような高速回転を行う【災輪・TぃN渦ぁBェル】。
「支え合って――強くなろう、ッデース!」
それが見事に纏まったノイズを蹴散らし、消滅させた。
聖遺物の相性だけではない二人の阿吽の呼吸。これにかかれば今さらアルカ・ノイズなど相手にならない。周囲への被害をネプテューヌたちが抑えていてくれたのがより本領を発揮できる一因にもなっただろう。
敵影を見なくなってしばらく。追撃の様子もないことを確認すると、二人は変身を解除した。
「……追加のLiNKERは必要ないみたいデスね。前の効果が残ってるうちで良かったデス」
「切ちゃん、連絡はしたよ。もう向かってるって」
それを聞いて、切歌はより安心した。
知らなければ異物であるLiNKERを使う姿を見せて心配させたくなかったのと、二人の『家族』の時間はちゃんと用意できたこと。引っ張り出した立役者の役目は十分に行えたはずだ。
「アタシは到着するまで待機してるデス。調は――」
「わたしも待つ。ネプテューヌさんとピーシェちゃんは楽しんできて」
念のために誰かがいないといけないという判断に、調がそう言うのは予想ができていた。
だが、配慮したはずの二人もとことこと待つと選択した側の近くへ歩く。
「わたしだって待つよ? 二人とも一緒に行きたいなー。だってみんなで食べたほうがおいしいでしょ。ね、ピー子」
「いっぱいいるとおいしい! ひびきもいってた!」
「……ということは、調ぇ!」
「終わったら、四人でうまいもん探しの再開……!」
イエイ、と四人でハイタッチ。
それから現場の確認と報告が滞りなく進むこと少し。
力強く活気の戻った街で、時間と予算が許すまで食べ歩きを楽しんだ四人であった。
◆
S.O.N.G.指令室の扉が開く。動作の大元は風鳴弦十郎。自ら買い出しに向かった帰りであり、両手に持った袋にはあんパンや飲料類、軽食等が詰まっていた。それに個人的な趣味のアクション映画のレンタルが含まれているのは男の鍛錬の一環である。
「藤尭、洗い出しはどうだ」
「済みました。国立天文台からの解答も届いています」
解析を続けていた藤尭朔也がデータを前方巨大モニターに映す。門外漢にはさっぱりわからぬ、国立天文台や城南大学を始めとする各有識者たちの協力のもと作成した重要情報だ。
弦十郎はそれを一睨みすると、データの一部を拡大するように指示して、藤尭と同じオペレーターの友里あおいに顔を向ける。
「緒川からは?」
「欧州の動きは変わっていません。予測通り独自に動くグループが日本に留まっているものと思われます」
思っていた解答に頷き、もう一度前方を見上げた。
「やはり、エルフナインくんが言うこれが鍵となるか……」
巨大モニターに映るのは――満天の星空であった。