魔女想う、剣士の旅々   作:蛇廻

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第十一話

朝、周りでは様々な人で賑わっているなか、少し古びた時計塔の下で顔を俯かせている一人の少女の姿が。彼女の名はイレイナ、灰の魔女。時計郷ロストルフという街に来ている彼女は、街を見て回るなど全くせずに、ただベンチに座っていた。

 

人形の国での事件からすでにそれなりの時間が経過していて、彼女は旅を再開させた。けれど、その旅はまるで無機質のよう。今までのように次の街へと思いを馳せることなく、ただただ旅をしているだけとなっていた。

 

「・・・・・・・」

 

彼女の脳裏に過るのはあの日の出来事。人が変わってしまったかのようなユウマの姿。結局、聞きたかったこともほとんど聞けず、むしろ謎は深まる一方だったことに、イレイナの気持ちはどんどん沈んでいく。

 

「・・・・・お腹、空いた」

 

こんな状態でも変わらずに襲ってくる飢餓感。イレイナは何か食べ物を買おうと財布を取り出したが、その中にはお金など一枚も入っていないことに気づき、ため息をつく。彼女の元に一枚のチラシが飛んできたのは、そんな時だった。

 

「・・?」

 

風に飛ばされてきた一枚のチラシ、何の気無しにそれを手に取ってみると、内容は仕事の募集だった。それも超短期間と銘打たれ、募集要員は魔女、報酬もそれなりに出るらしい。正直今仕事をする気にはなれないが、今は無一文の身。このままでは餓死してしまう。

 

「・・・・・・行ってみますか」

 

結局その仕事を受けることにしたイレイナは、チラシに書かれていた住所へと向かうことにして立ち上がる。そんなイレイナの姿を、一人の男が見ていた。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「・・・・・それで、イレイナさん。ここを訪ねてきたってことは、働く気があるってことだよね?」

 

イレイナの対面上に座って紅茶を啜っているのは薫衣の魔女・エステル。イレイナが拾ったチラシを書いた張本人である。

 

「どっちかっていうとお金稼ぎですかね・・・・・」

 

「・・・働く気は?」

 

「できれば働きたくないのが現状です・・・・」

 

「・・・・・ま、いいや・・・・・働く気はなくても魔女は魔女だし」

 

ポリポリとお茶菓子として出されたクッキーを食べながら気怠げに答えるイレイナに多少の苦笑いを浮かべるものの、せっかく訪ねてきてくれた魔女のため良しとすることにしたエステル。

 

「で、結構若いみたいだけど、年はいくつ?」

 

「今年で18です」

 

「魔女になったのは?」

 

「14の時ですね」

 

「あ、私より一年遅い」

 

その言葉にクッキーを食べていた手を止めるイレイナ。たとえどれだけ悩んでいようと、その心にある負けず嫌いは変わらない。

 

「魔女見習いになったのはいくつの時ですか?」

 

「10歳の時かな」

 

「魔女になるまで3年かかったということですか・・・・・私は1年で魔女になりましたよ。2年遅いですね!」

 

「・・・・・・」

 

「あなたは今いくつなんですか?」

 

「19だけど・・・」

 

「あ、私よりも一つ年上!」

 

「・・・・もしかして、馬鹿にしてる?」

 

「いえいえ!」

 

あまり意味を持たないマウント取りだが、多少は調子が回復したのだろうか。イレイナは用意されていた紅茶に口をつけ、改めて仕事内容の確認へと移行する。

 

「それで、お仕事の報酬とは?」

 

間違えた、内容じゃなくて報酬だった。

 

「内容じゃなくて、お金が気になるんだね・・・・まいいや、それじゃあ先に報酬の話をしようか」

 

そう言ってエステルが机の上に置いたのはそこそこの大きさの袋。かなり重いらしく、置いた瞬間ドンという音がする。イレイナは思わず持っていたクッキーを落として、袋を開ける。その中身は全て金。袋一杯に詰まっている金貨だった。

 

「それは成功報酬よ。私の依頼が無事に済んだら全てあげる」

 

「マジですか・・・・」

 

「とってもマジだよ」

 

かなりの衝撃に、瞬間的に悩みなど吹き飛んでしまう。そういえばこの子、お金大好き人間だった。

 

ただ、これで一つの疑問が湧いてくる。これだけの成功報酬が出るような仕事なんて、一体どれ程の難度なのだろうかと。

 

「もしかして不安になっちゃった?大丈夫、イレイナさんには私のお供をしてもらいたいだけだから」

 

「お供?どこに?」

 

お供が必要なら、確かに魔女を募集していたのは頷ける。だが、問題はエステルも魔女だということ。彼女自身も魔女だというのにさらに魔女のお供を必要とするなんて、いったいどこへ行こうというのか。

 

それを話す前に、ある事件を知っておく必要がある。

 

「イレイナさんは、2丁目殺人鬼の話を知ってる?」

 

「2丁目殺人鬼?」

 

「この国では誰でも知っている有名な話だよ。演劇や本にもなっている、実際にあった話さ」

 

そう言ってエステルが本棚から取り出したのは一冊の本。中にはその2丁目殺人鬼の資料がまとめられていた。

 

 

 

ーーーー今から10年前、2丁目にある金持ちの家に強盗が入った。当時家にいた金持ちの夫婦は殺されて無惨な姿で発見されたが、セレナという名の二人の娘は事件発生時に買い物に出ていたため助かった。その後セレナは叔父に引き取られたが、そこでひどい虐待を受けることになってしまう。その結果セレナは心に深い闇を抱えてしまい、人を・・・悲惨で救いのない世界を憎むようになってしまった。セレナは叔父を刺し殺した。それも滅多刺しに。その後、セレナは姿を消した。そう・・・・彼女こそが”2丁目殺人鬼”なのだーーーーーーー

 

 

 

「彼女は・・・私の幼馴染だったの」

 

「え?」

 

「仲良しで、まるで本物の姉妹のようで・・・・」

 

部屋の壁には何枚かの写真が飾られている。写っているのは二人の少女、一人はエステルとそっくりということから彼女の子供の時の姿なのだと分かる。となると、一緒に写っているもう一人の少女が・・・・。

 

「だけど、私は魔法を学ぶために別の国に留学することになった。そして留学を終えて戻ってきたときにはセレナはもう・・・・・・・。人を殺す快楽を覚えてしまった彼女は次々へと殺人を繰り返し、今から3年前にようやく捕まって処刑された」

 

そう語るエステルの瞳は、どこか悲しげで、何かを見ているようだ。

 

「・・・・・私が捕まえたんだ。そして、この手で処刑した。・・・・・首を刎ねたんだ」

 

ここでイレイナは気付く。エステルが語っているのは彼女の後悔だと。幼馴染の自らの手で処刑する、どこか自分ごとのようにも感じるその話に、イレイナの不安は徐々に募っていく。

 

「本当は助けてあげたかった・・・・・償うチャンスをあげたかった・・・・・・・だが私は国に仕える身・・・国王様の命令は絶対・・・・」

 

完全に重たくなってしまった空気。それを振り払うようにわざとらしく咳払いしたイレイナは、改めて話を戻す。

 

「それでエステルさん、その話は私がお供するのとどんな関係があるんですか?」

 

「私は・・・あの子を救ってあげたい。だから一緒に来てほしい」

 

「す・・・救う?ですが、その子はもう処刑されたのでしょう・・?」

 

「そうよ、だから行くの・・・・10年前に」

 

訪れる沈黙。時計の針が進む音だけが、部屋の中に響く。

 

「・・・どうやって、10年前に行くのですか?」

 

「私はセレナを処刑したあの日から、時を遡るための魔法を研究し続けてきたの。不幸な結末を避けるためにね。・・・・・・10年前のこの国にはあの子がいる、まだマトモだった頃のあの子がいるの!強盗がセレナの両親を殺すのを阻止すればきっと、セレナの未来は救われる」

 

小刻みに震えるエステルの手。3年という時間の中、彼女は幼馴染を救えなかった後悔に苛まれながらも救う手段を求め続けた。それが時間逆行の魔法。大切な幼馴染を救うために創り上げた魔法だ。

 

そんな魔法を創り上げたエステルの思いは一つ・・・・・・”やり直したい”。

 

「・・・事情は分かりましたが、まだ分からないことがあります。10年前に行って過去を変える・・・・・それにどうして私の力が必要なのですか?」

 

「・・・・・来て」

 

立ち上がったエステルの案内のもと、扉で閉ざされていた部屋へと入る。その中にはエステルが創り上げた時間逆行の魔法、それを発動するのに必要なものが置いてあった。

 

「私が創り上げた時を遡る魔法は簡単なものじゃなかった。犠牲を払わずに創れるものでもなかった・・・」

 

「と、いうと・・・?」

 

「魔力がない時、魔法使いって自分の何かを犠牲にして魔力を生み出すことができるじゃない?」

 

その話に、イレイナは過去に立ち寄った国のことを思い出す。

 

例えば、記憶。一人の魔女が自身の記憶を代償に自らの国を滅した。

 

例えば、声。一人の魔女が自身の声を代償に一本の剣に嘘をつけない結界を張り巡らせる力を込めた。

 

時間逆行を可能とするほどの魔法。それには当然、とてつもないほどの魔力が必要だったはず。ある人が記憶を、またある人が声を代償にしたように、彼女が代償にしたのは・・・・・。

 

「・・・・・血を使ったの」

 

エステルが捲った袖。その中には、血を抜いた後がいくつもあった。

 

「限界ギリギリまで使った。それとは別に魔力も貯めた。10年前に戻るためには、それこそ気が遠くなるほどの魔力が必要だったから。・・・・・・・それでも、まだ足りない」

 

「どれくらい足りないんですか?」

 

「私の中にある残りの魔力全てを注ぎ込めば丁度いいぐらい」

 

残っている魔力全て。それはつまり、過去に行ってからは行動がかなり制限されてしまうことになる。イレイナを・・・・・魔女を募集していたのは、過去で想定外のことが起こってもいいようにするためだろう、とイレイナは考えたのだが、どうやら違うらしい。エステルは指輪を一つ取り出してイレイナに手渡した。

 

「この指輪を着けていれば、魔力を共有することができるの」

 

「魔力の共有・・・・これを私が着けていれば、たとえエステルさんの魔力が尽きていても私の魔力で魔法が使えると・・・」

 

「そういうこと。どう、やってくれる?」

 

「・・・・・」

 

恐らく最終警告なのだろう。辞めるならここで辞めるべき、ここから先は後戻りができないと。

 

答えは、決まっている。

 

「私は旅人です。10年前のこの街に、少しだけ興味があります」

 

 

yesだ。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「準備はいい?」

 

「はい」

 

過去へと行く準備も終え、エステルは杖を翳す。しかし、その手は小刻みに震えていた。

 

「・・・大丈夫ですか?」

 

「大丈夫、これは貧血のせい」

 

「汗も出てますが」

 

「これも貧血のせい!」

 

「大丈夫じゃないのでは・・・・」

 

「でもやるよ!やれる時にやらないとチャンスはすぐに逃げていくから!」

 

チラリと、エステルの顔を見るイレイナ。その目には確かな覚悟が秘められているのが分かる。絶対にセレナを救うという、そんな覚悟が。

 

「もう一度聞くよ、準備はいい!?」

 

「・・・エステルさんはどうなんですか?」

 

「万全だよ、何年も前からね!!」

 

杖から放たれる緑の魔力。やがて魔法が発動し、二人の魔女は10年前への旅を開始する。

 

 

 

 

 

『イレイナ、お前は近いうちに自らの無力さに絶望する』

 

 

 

なぜなのだろうか、こんなときに頭に浮かぶのは、まるで人が変わってしまったかのようなユウマの言葉だった。

 

 

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