魔女想う、剣士の旅々 作:蛇廻
なぜ、こうなってしまったのか。
今俺の頭の中にあるのはただこの一つに尽きる。全くもって想定していなかった、俺の知らない未来。それが今、目の前で広がっている。
「・・・・・」
チラリと横を見る。今は静かに眠っているが、そこにいるのは一人の女の子。世間的に見れば兄妹と思われるかもしれないが、あいにくそのような関係ではない。
「うぅ〜・・・・・わんだー・・・・・・・すとー・・・り・・・」
「まさか・・・・あいつが魔法を失敗するとか・・・・珍しいこともあるんだな」
すぅすぅと寝息を立てている彼女の・・・・・・・イレイナの頭を撫で、ひとまず現状の整理をしよう。そうしよう。
・・・・・・・・・・・・・・・・
この街に滞在を始めて早一週間。今回は珍しく長い時間滞在しているが、それには理由があった。
「調子はどうだ、イレイナ?」
「う〜ん・・・・・・もうちょっと、もうちょっとだと思うんですが・・」
現在イレイナは魔法の研究をしている。剣士である以前に魔女である彼女は、今までの旅の中でも時々魔法の研究をしていたらしい。
「思ったよりも難航しているようだな。そんなに難しい魔法なのか?」
「そういうわけではないんですが・・・」
俺は魔法に関してはそこまでの知識を持ち合わせてはいないから、イレイナがどんな魔法を研究しているのかは分からない。だからまぁ、手伝えることは何もないんだよなぁ。下手に手を出した方が危険だし。
「まぁ・・・・何かあったらいつでも言ってくれ」
「えぇ、そうさせてもらいます。それでは早速、こちらを」
「ん?メモ?」
早速と言わんばかりに手渡されたメモ用紙。中には全く用途不明の様々な怪しい物が書かれていた。
「・・・これは?」
「そこに書いてあるものを持ってきて下さい」
「何も使うんだよこんなの・・・」
「なるべく急ぎでお願いしますね」
そう言われて俺は外に出る・・・・・・というよりも追い出された。解せぬ。
「急ぎとは言われたって・・・・・こんなの何処で手に入るんだよ」
こんなことならもうちょっと魔法の勉強でもしておけばよかった。この時はまだ軽く思う程度だったのだが・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
急ぎ、とは言われたものの、かなりの時間を要してメモに書かれた材料(?)を全て入手することができた俺は、駆け足でイレイナの元に向かっていた。時間はかかったが幸いにもまだ夕日は覗いている。暗くなる前に戻ることは出来そうだ。
「これ以上遅れると色々とドヤされそうだ・・・」
とにかく急ぎ足で戻ろうとしたところで、ふと視界の端にパン屋が映る。パン・・・・・そういや時間も時間だし、折角だし夕食代わりに幾つか買っていくか。イレイナもパン好きだし、ちょうどいいだろう。
「すいませ〜ん、これと・・・・これと・・・・・あ、あとこれもください」
幾つかのパンを選んで購入する。その際持っているものからかなり怪訝な表情をされてしまったが・・・・・・しばらくあのパン屋は行けないな・・・。
しかし、ありがたいことにパンは焼きたてでいい匂いが漂ってくる。これはなおさら、すぐに戻らなければ。
元々急ぎ足だったそれをさらにスピードを上げた。そのおかげですぐに使わせてもらっている部屋に戻ることが出来たのだが・・・・・・どうにも様子がおかしい。
「あ〜・・・・煙?」
微かではあるが、部屋の隙間から煙が漏れ出ているように思える。魔法の研究をしているのだから煙が出ていてもおかしくはないが・・・・・何かあったのか?
「おい、イレイナ?大丈夫か?」
扉を開け、なるべく煙を吸わないように中に声をかける・・・・・・返事がない。
「・・・入るぞ・・?」
恐る恐る中に足を踏み入れる。中には煙が充満・・・・というほどではないが、うっかり吸いかねないぐらいには煙が舞っている。先に換気、窓を開けて部屋の中の煙を全て外に追い出す。そうして視界をはっきりとさせ、部屋の中を見渡す。・・・・・イレイナの姿が見当たらない。
「・・・あいつも外に出たのか?いや、研究の途中で離れるような奴ではないはずだ・・・・・・お〜い、イレイナ〜?」
もう一度呼びかけるが、相変わらず返事は聞こえない。一体どこにいったのか、少し部屋の中を歩いてみたところ、床にあるものが落ちていることに気づいた。
「これ・・・・イレイナの・・・・ん?」
床に落ちていたのはイレイナの帽子。先ほど見た際は被っていたそれが床に落ちていることに気づき、それを拾い上げる。そうしてしゃがみ込んで気づいた。帽子の近くで何やら黒い布が小さく膨らんでいることに。
「なんだ・・?」
今までこんなものはなかった、はずだ。少なくとも俺は認識していない。俺の知らないイレイナの私物である可能性は大いにあるが、それがなぜこんなところにあるのか見当もつかない。
「・・・・・・・」
恐る恐る、手を触れようとしたところ、それは微かに動いた。
「ん・・・ん〜・・・・・ふぇ?」
「・・・・・え?」
起き上がり、黒い布の中から姿を現したそれを見て、俺は自分の目を疑った。それもそうだろう、そこにいたのは、まるで幼少期のイレイナだったのだからーーーーーーーー
・・・・・・・・・・・・・・・
こうして今の時間に至る。
・・・・・・・駄目だ、整理したところでまるで意味が分からない。これならばイレイナ本人に聞いたほうが早いだろうが、そのイレイナは記憶を失っている。いや、より正確にいえば、記憶がない時間まで巻き戻っている、といった方が正しいかもしれない。
少なくともこの少女がイレイナであることは間違いない。そもそも俺がイレイナを見間違うはずがない。それに先ほど呟いていた言葉。
『わんだー・・・・・・・すとー・・・り・・・』
”ワンダーストーリー”。これは幼少期、イレイナがいつも抱えていた本の名前だ。あれはいつの間にかイレイナが持っていた、この世に一冊しか存在していない本だ。当然その存在を知っている人物の数は相当限られてくる。
「ワンダーストーリーか・・・・懐かしいな、イレイナが魔女を夢見てからは、全く見なくなったからな」
あの本の内容は今でも覚えている。それほど何度も何度も見た。白紙のページも多かったが、どうにも熱中していた記憶がある。なぜあそこまで熱中していたのかはもう覚えていないが、どうにも心を震わせていた。
内容としては、不思議な世界に”黒い悪魔”が襲来して、それを様々な剣士が迎え撃ち、龍が目覚めさせた炎の剣が自らの剣士を選ぶ・・・・・・ん?
「龍が目覚めさせた炎の剣が選ぶ剣士・・・・・まるで炎の剣士そのものだな・・・」
それだけじゃない、黒い悪魔を迎え撃つ様々な剣士・・・・それこそ水や雷、光に闇などの他の剣士のようだ。明確にどんな剣士がいるのかは描かれていなかったが、あれは剣士の物語なのか?いや、基本剣士の話を組織外で知っている人間はかなり数が限られてくる。
「そもそもあの本、作者も不明なんだよなぁ・・・・・ワンダーストーリー・・・・・・ワンダー・・・・・・・ワンダーワールド・・・?いや、まさかな」
「んん・・・・・んゆ?」
「あ、悪い、起こしちゃったか」
「んー・・・・・お兄さん・・・・・・誰?」
「・・・・え?」
目を覚ましたイレイナは、見るからに警戒心を全開にして距離を取る。こ、これは・・・・・記憶まで無くなっている?
ただ背が小さくなってしまっただけかと思っていたが、この様子じゃ体も心も子供の頃に戻ってしまった、といった認識の方が正しそうだ。本当、一体どんな魔法の研究に失敗したんだよ、イレイナ・・・・・。
まぁそこは置いとこう。まずはどう説明するべきか・・・・・。それを考えようとして顔を上げたところで、イレイナが俺の顔を覗き込んでいることに気づいた。さっきのような警戒しているような目ではなく、まるで観察しているような目だ。じーっと、俺の顔を見てくる。
「どうかしたか?」
「・・・・・ユウマ・・?」
「!」
まさか、魔法が解け始めた?いや、それなら体の大きさも元に戻っていないとおかしい。しかし、今のイレイナが知っているのは昔の俺だけのはずだが・・・・。
「お兄さん、ユウマに似てる・・・・どうして?」
「似てる・・・・・ふ、ふふ・・・・そっか、似てるか」
あの頃の自分の顔なんて、あまり気にしたことはなかったけど・・・・・・そっか、イレイナはそう思うんだな。
「お察しの通り、俺はユウマだ。いいかイレイナ、俺の話をよく聞いてくれ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ちゃんと俺のことを”ユウマ”と認識してくれたためか、最初の警戒がまるで嘘のように大人しくなった。とにかく現状を伝え終え、イレイナは自身の状態を理解したらしい。
「私の未来かぁ・・・・・未来の私って、何してるの?」
「未来のイレイナはな、魔女になってるんだ。それで、世界中を旅して回っている」
「魔女?」
「・・・・・そっか、まだ魔女を志す前なのか・・・・イレイナ、ぜひ”ニケの冒険譚”という本を読んでみな。そしたら、魔女になった理由もわかるだろうから」
「ニケの冒険譚・・・・?」
ニケの冒険譚は、イレイナが魔女を志したきっかけの本だ。最も、このイレイナに勧めたところでそれは意味を成さないだろうけど。
「ユウマは?ユウマは何をしてるの?」
「今後は俺か?俺は、剣士になった。ワンダーストーリーに登場するような、炎の剣士に」
「ワンダーストーリー・・・・・ねぇねぇ、ワンダーストーリーはどこにあるの?私、読みたい」
「あぁー・・・・・悪いな、イレイナ。俺も今ワンダーストーリーがどこにあるのかは把握してないんだ。そもそもあれは、イレイナの所有物だし」
「そっか・・・・」
見るからに残念そうに、しょんぼりとしてしまっている。どうにかしてやりたいが、残念ながらどうすることもできない。ワンダーストーリーの所在も、おそらくイレイナの実家だろうが、そこに行くとなると間違いなくヴィクトリカさんと鉢合わせすることになる。魔法に失敗して小さくなったなんて、イレイナもヴィクトリカさんには知られたくないだろうし、俺自身も少し気まずい。つまり、どうすることもできないというわけだ。
「とはいえ、イレイナも元通りにしなきゃ行けないんだよなぁ・・・・・」
イレイナがかかってしまった魔法が時間で解けるのかどうか、はたまた特殊な方法でしか解けないのか、俺にはさっぱり検討がつかない。こんなことならもっと魔法の勉強をしておくべきだった・・・・・・、俺は今度こそ、心の中で強くそう思った。
「・・・・仕方がない、一度ロベッタに戻るか」
こうして俺とイレイナは、一週間滞在したこの街に別れを告げ、生まれ故郷である”平和国ロベッタ”に向かうのだった。