第1話
リヴェリア・リヨス・アールヴは第一線級の冒険者である。この迷宮都市オラリオにおいては自他ともに認めるトップクラスの魔導師であると自負している。当然、モンスターとの闘争だってこのオラリオにおいては比類なき程の経験を有する。
モンスターは冒険者共通の脅威である。殺し、殺され、終わりなき闘争を繰り返す関係にある存在である。それはこのオラリオに住むものなら誰もが知っている理屈であろう。ならばこれはいったいどういう事なのだろうか。自身の目前で佇むそのモンスターをリヴェリアは息を呑むように見つめた。
ダンジョンのとある階層、その一角で彼女はそっと歩みを止める。その存在に思わず瞳を奪われてしまった。枯れ果てた木々が宿るその視界。まるでサバンナのように植物が少なく、周囲にはくぐもった霧まで浮かんでいる中でそのモンスターはそこにいた。
それは奇妙なモンスターだった。一見すると鳥のような風貌をしているがこのオラリオに存在するどんな鳥とも異なっていた。何よりもその全長、1.7M程と一般的なヒューマンにも匹敵するであろう巨大なサイズはあまりに異様に思える。まるで太古の恐竜を彷彿とさせるようなその佇まいはきっとこの世界の人間にとってはあまりに異様に映る事であろう。
それはまさしく怪鳥であった。我々の世界で例えるのならば羽の付いたダチョウのような、という言葉が最も相応しいだろう。この世界においてはまぎれもなく誰もが目にしたことのないモンスターであった。大型の体躯を支える二本の逞しい脚。二足歩行をしているその黄色いモンスターは強大な翼を有していた。
全身にもふもふとした羽毛を生やしたその生物は大きなくちばしをもっていた。それだけではない。そのモンスターの太く、逞しい脚部の先端には巨大なカギ爪まで付いていた。鈍く輝くその鉤爪は鋭く先端が尖っているではないか。このモンスターがその気になればきっと瞬く間に人間を切り裂き、あらゆるものを破壊してしまうだろう。
だが一方で愛らしい面も備えていた。すらりと伸びた長い首を有するそのモンスターは実に愛らしい顔立ちをしていた。特にクリリとした瞳はまるで少年のように可愛らしかった。宝石のように純粋で透き通っている瞳に思わず引き込まれるように見つめ返してしまうリヴェリア。
するとそのモンスターが突如動き始める。なんとこちらの方へとにじり寄ってくるではないか。じりじりとこちらに歩み寄るそのモンスター。思わず彼女は反射的に武器へと手をかけてしまう。だがそんな彼女の様子に気が付かないのかそのモンスターはそのままリヴェリアのすぐ目の前へと移動してしまう。
「……」
「…クエ?」
見つめあう。
まるで時が止まったかのように錯覚してしまう。ドクンドクンと己の鼓動が高まっていくのを感じるリヴェリア。彼女はごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。あぁ自分はどうかしてしまったのかもしれない。これまで感じたことのない熱を帯びた感情を実感してしまう。
それはきっと気まぐれだったのだろう。彼女はそっと彼の口先へと手を伸ばす。それは普段の彼女ならば絶対にしないような行為。そっとその麗しい指先がかの生物の嘴へと触れる。頑丈で大きなその嘴は、その気になれば彼女の腕だって食いちぎってしまうだろう。しかしこのモンスターはそうしなかった。
気持ちが良いと言わんばかりに瞳を閉じて彼女の指先の感触に浸るチョコボ。キュルキュルと小さく、心地よく鳴く彼の様子に思わずリヴェリアは心をときめかしてしまう。
「あぁ…お前は可愛らしいな」
「…クェー」
そのまま彼女はそっと彼の頬へと手を滑らせる。ふさふさとした羽毛に覆われた彼の体躯。それは極上の感触であった。まるで干したての布のような感触と太陽のようなほのかな香りが彼女を刺激する。
彼女の踊るような指先の感触を心地よさそうに享受する一匹のモンスター。そんな獣の様子に思わず彼女もつられて笑みを浮かべてしまう。それはダンジョンの中とは思えぬ程に穏やかな時間であった。
チョコボ。それは別世界においては心優しいモンスターである。人を傷つける事もあるがそれ以上に人類の生活においては欠かす事のできない生物である。共に戦い、共に育み、命の営みを繋いできた確かな人類の仲間である。
この日を境に歴史は動き出す。それは紛れもない転換点、本来交わる事のなかった二つの世界は一つの種族のもとに紡ぎあう。この先どうなるのか、それが本来の歴史とどのような差異をもって刻まれていくのか。それは誰にも分からない。
確かな事があるとすればこの日一人のハイエルフと一匹のチョコボが出会い、確かな契りを結んだという事実。きっと、ただそれだけなのだろう。
「あぁ私のバッグに顔を突っ込んで…その非常食は私のだぞ」
「クェークェー!」
この日を境に冒険者たちは異界の存在たちと遭遇する。それは本来なら起こりえなかった出会い。チョコボという存在がこのオラリオに何をもたらすのか。それはきっと神のみぞ知るのだろう。