チョコボinオラトリア   作:葉隠 紅葉

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第10話

 ダンジョン24階層『大樹の迷宮』それはこの迷宮都市における中層最深部である。鬱蒼と生い茂る巨大な樹木の中にまばらに見える灰色の壁。植物とダンジョンが融合したような奇妙な景観をしたその場所に、彼らはいた。

 

 ゴロゴロと車輪を転がしながら周囲の木々を踏み超しながら進んでいく彼ら。高さ3mにも及ぶ巨大なカーゴを押して歩くその4人組の冒険者は全員がロキファミリアの団員である。

 

「やれやれ…今日はいつもと違って中身があるから随分重いな」

 

「無駄口たたかず黙って押せ」

 

 男性冒険者のぼやきに対して注意をして咎める小隊のリーダー。どうやら彼らはみな高Lv,を保持した二級冒険者らしい。重い筈の荷車をぐんぐんと押しながら荒地を迷いなく進んでいく。

 

 とはいえ流石の彼らも随分と重さが堪えたらしい。彼らの額には玉のような汗が幾つも浮かんでいた。前衛として荷車を引いている男性冒険者、小隊のリーダーは後方に居る女性冒険者に対して声をかけた。

 

「おいエフィー、周囲に人影はあるか」

 

「例の4人組がまだ尾行してます…今回のは随分と粘りますねー」

 

「囮にはひっかからなかったか」

 

「どうしますかリーダー?」

 

「…了解、なら作戦通りにいくか」

 

 女性団員にしてLv4であるエフィーの言葉に頷くパーティリーダーである男性冒険者。彼はエフィーを含めた自身の部下三名に目配せをして合図をした。リーダーの言葉に無言のまま頷く彼ら。

 

 リーダーは檻に二重にかけられた遮光カーテン、その外側の布に手をかける。バサリと勢いよくまくられたその布の内側が露わになった。

 

 分厚い遮光布の内側、そこにはチョコボの羽がびっしりと縫い付けられていた。裁縫糸とデンプン性の粘着剤で頑丈に縫い付けられたそのチョコボの羽からは濃厚なチョコボ臭が漂っている。

 

 そうして巨大なカーゴを『マッド・ビートルの食事場』へと進めていった。この階層ではその個体数から強力なモンスターの一種として恐れられているマッドビートル、その群れのただ中に彼らは突っ込んでいった。

 

 後方でロキファミリアを尾行していた冒険者は慌てて彼らを追おうとするものの敵モンスターがそれを許すはずもない。

 

おかしい、どうしてあいつ等は襲われないんだ!

 

 尾行していた冒険者の悲痛な叫び声がダンジョンにこだました。

 

 ロキファミリアの作戦、それは囮を作成する事とチョコボ臭を利用する事であった。特に捜索を始めた当初、上層階層では冒険者達が活動しない真夜中に積極的に調査をする事で彼らの追跡を逃れる事ができた。が、最近ではロキファミリアの行動が敵視されるようになったからかこうして尾行されることが増えてきた。その為の囮とチョコボ臭である。

 

 『(デコイ)』つまり中身を有した檻や中身が空でサイズもまちまちの檻を複数用意して別々のルートでダンジョンアタックを行ったのである。わざと中層帯の貴重なドロップアイテムを狩ろうとする姿を見せたり、リヴィラの街でクエストを消化したりすることで本命であるチョコボ捕獲の目を逸らせようとしたのである。

 

 また、そのダンジョンに潜る際に彼らは積極的に危険地帯を進んでいった。半人半鳥(ハーピー)の住処、マッド・ビートルの食事場、巨大蜂(デッドリー・ホーネット)の蜂巣の近辺。どれもまともな人員と物資が整っていようが相手をしたくないような猛者達ばかりである。この複数の危険地帯を跨るようにしてダンジョンを攻略する事で尾行やほかの冒険者達の目をくらませようとしたのである。

 

 真に恐ろしきはチョコボ臭である。このチョコボの羽から漂う異臭がダンジョン産のモンスターを寄せ付けなかったのだ。男達はまるでその存在を無視するかのように自分たちを避けていくマッド・ビートルを横目にしながら駆けるようにしてその危険地帯を走り抜けた。

 

「エフィー、尾行者の気配は?」

 

「もういませんよぉー」

 

「よし、なら今のうちにチョコボを出すか」

 

「了解ですぅー」

 

 危険地帯を抜けた後、リーダーの許可が下りる。エフィーはふんふんと鼻歌を歌いながらカーゴの開閉扉へと手をかける。ガチャリという音と共に中からのそりと何かが歩き出てきた。

 

チョコボ

それもグラン=パルス産の巨大な成体チョコボである。

 

 体長2m50cmにも到達しようかという程の巨体、かのチョコボの耳元からは2本の長く、独特な羽が垂れ下がっている。そのチョコボはきょろきょろと周囲を見渡すとまるで全身のコリをほぐすかのようにバサバサと身じろぎをした。

 

 チョコボには複数の種類が存在する。中でもコクーン産と呼ばれるものはチョコ坊のような従来のチョコボが持つすっきりとしたフォルムを持っており、比較的小柄な体躯を持つ。一方のグラン=パルス産のチョコボは巨体であり、人間でいう所のもみあげのような部分からは長い房染みた物が生えていた。

 

 グラン=パルス、それはコクーンの外側に広がる地獄のような下界。多種多様な生態系が存在するそれはまさしく生命にとっての魔境であった。ファルシの恩恵を受けたコクーンという楽園の中で品種改良されたチョコボとは異なり、それはあまりに巨駆であり荒々しい野性味を感じさせた。

 

 筋肉ははちきれんばかりに膨らみ、その爪は他種よりもはるかに鋭く頑丈であった。初めて遭遇した際はロキファミリアの団員達を随分と驚かせたものだ。

 

 リーダーである男性はチョコボに対してそっと大きな布切れを被せた。チョコボの全身が布切れで包まれあっという間にその姿が見えなくなる。目元、また鞍や手綱といった一部だけがくりぬかれたそれはまるで巨大なテルテル坊主の様だ。これならば例え遠くから視認されたとしてもチョコボそのものを認識される事はないだろう。

 

「後でご褒美もやるからさ、しばらくそのままでいてくれ」

 

「……クエっクエー」

 

「いつも思うけど本当に賢いですねぇ~…」

 

「全くだ、こいつと居ると俺の中の常識が壊れていくよ」

 

 そっと背を撫でながら語り掛ける男の言葉を聞いたチョコボ。チョコボはすんと動きを止め、そっと地面に座り込んだ。そんなチョコボの背に跨ったリーダー、彼はチョコボに取り付けられた手綱の調子を確かめている。

 

 他の男性冒険者、眼鏡をかけた彼はカーゴに設置された金具とチョコボの鞍をモンスターの素材で作られた頑丈な紐で何重にもしばりあげていく。そうしてチョコボが巨大なカーゴを牽引する準備が整った。リーダーである男性が跨ったチョコボがそっと静かに立ち上がった。

 

「階層主は倒したばかりだからな…今回の遠征なら持つだろう、さぁ行くぞ」

 

「…いつも思うけどよぉ、これ本当に大丈夫なのか」

 

「お前だってアレの効果は疑いようがないだろ、それに今回はあの人もいるんだから平気さ」

 

「……」

 

「エフィー、お前は上から見張ってくれ」

 

「はーい」

 

 冒険者達はカーゴの手すりをつかんで寄りかかって周囲の観察を始めた。エフィーもまたカーゴの上部に飛び乗った後、単眼鏡を取り出して自身の右目にあてながら後方の警戒を続けた。

 

 チョコボが動き出す。Lv3とLv4の冒険者達がカーゴを引いていた頃以上の速度で走り去っていく。ガラガラという轟音を立てながら彼らは目的地へと向かうのであった。

 

 

 

ーーーーーーー

ーーーーーー

 

「よしこれくらいで良いだろう」

 

 予定の仮拠点となる場所へと到着した冒険者達。一見すると洞窟のようなその場所、うまく窪みに隠す事でその荷車の存在を隠す事に成功した。彼らはロキファミリアの象徴である道化師が描かれた二脚式看板を複数出し、洞窟の入り口付近に設置した。

 

 看板同士を一本の紐でつないだ彼らは簡素な陣地を作成したのだ。これはダンジョン内における各ファミリアのマナーでもあった。

 

 『この敷地の中では〇×ファミリアが野営を行っている。許可なく立ち入りを行う行為は敵対行為とみなす』という意味を持つそれはいつ頃からか野営を行う際には積極的に用いられるようになったのである。

 

 周囲に人影がいない事を確認するとリーダーである男性冒険者はそっと籠の扉に手をかけた。ギィという音と共にその中身があらわになっていく。カーゴの中から煽情的な姿をした美少女が現れた。

 

「…到着しましたよ、ティオネさん」

 

「…やっと到着したわね」

 

 中から一人の女性が現れた。アマゾネスのティオネである。彼女は両手を天へと伸ばしストレッチを行いながら冒険者達から話を聞いた。どうやら予定通り行えているらしい。ティオネは冒険者達の報告に満足げにうなずいた。

 

 彼女は自身の腰元に取り付けられたサイドポーチの中身を確かめる。鼻栓、最低限の医療物資、森林地のチョコボ飼育調査に関する書類、地上の情報が書かれた報告書にロキからの手紙。今回のティオネの任務はその中身を団長フィンに届ける事であり、35階層以降のチョコボ探索に合流する事である。

 

 これはロキファミリアが立てた作戦でもあった。第一級冒険者である幹部級の居場所をあえて不透明にする事で自身の敵対ファミリアに対して牽制をかけたのである。彼らが迷宮内にいるのか、オラリオ外の森林地にいるのか、そもそも地上にいるのかどうかすら分からないという混沌とした状況をあえて作り出したのである。

 

 それもこれも皆チョコボのバカげた運搬能力あってのものだが。ダンジョンに籠りながらも地上の様子を手紙を通して知ることができたのは彼らにとって僥倖であると言えた。

 

 ロキファミリアは帰還をしないままずっと35階層以降のチョコボ捜索に当たっていた。それは傍から見てもかなり無茶なダンジョンアタックであった。物資の貧窮も団員たちの疲労も並大抵のものではないだろう。

 

 こうして後方支援となる団員達が定期的に物資を供給したり、団員たちがチョコボ便を利用して帰還と休息を取らなければあっという間につぶれてしまう。それ程困窮したギリギリの状態であった。ちなみにフィンとベートに関しては一切本拠地への帰還も行っていなかった。

 

 地上に戻れない状況というのは冒険者にとって恐ろしい程のストレスとなる。肉体的にも精神的にも疲労しやがては壊れてしまう。それでも今なお下層帯で戦い続けているのは流石第一級冒険者であると言えた。そんな愛すべき団長の為にも頑張らねばいけない、ティオネはパチパチと頬を叩いて改めて気合を入れた。

 

「使いますかーティオネさん」

 

「私はいいわ、臭くなったら団長に会えないし」

 

「相変わらず一途ですね~…くんくん、やっぱり臭いなぁ」

 

 スプレーで自身の防具と武器に液体を吹きかけながら問いかけるエフィー。彼女が使用しているスプレーの中身はチョコボの糞尿・羽・爪の欠片を火鍋で溶かして煮沸したものである。まだまだ研究が進んでおらず、とりあえず効能がありそうなものをてんこ盛りにした試作型(プロトタイプ)である。大量のフンを巨大な鍋で溶かしていく光景はかなりぞっとしないが、その効果は劇的であった。

 

 ちなみに霧吹き自体は下部に瓶製のカートリッジをガチャリと装着し、上記の霧吹き部分から液体が飛び出てくるという仕組みをした簡素なものである。最近のロキファミリアではこの霧吹きを使用するのが流行であった。随分と異臭がするがこれを行うだけで負傷率が激減するのだから仕方ない。

 

 このチョコボ臭、なにも万能という訳ではなく下層へ行けば行くほどその効果が薄れていく事が判明した。上層帯ならば文字通り素通りだってできるだろうが中層、下層と徐々に下方へ行くごとにモンスターとの遭遇は徐々に増していってしまう。

 

 何かこのチョコボ臭の効能を高める方法があるのか、あるいは何か別の秘密があるのかはまだ調査中である。とは言え大抵のモンスターはチョコボ自身の脚力による速さと戦闘力で蹴散らす事ができたのだが。

 

 男性冒険者達の方はというとスプレーで湿らせたタオルを自身の腰元のベルトに縛り付けたり、使い捨て用の木製チップが詰まった特性匂い袋を複数身に着けていた。瓶のふたをねじ回し、開けていく。数cm程の小さな木片が瓶の中に大量につまったそれは勿論、この遠征前に作成をしたチョコボ液に浸した特別製の匂い袋である。

 

 医療物資、食料、飲料水を大量に積み込んだサポーター用巨大バッグをチョコボの背に取り付けるエフィー。彼女はチョコボの両翼に一つずつ、チョコボの首元に一個括りつけるとそれが外れないように丁寧に装着させていった。そんなエフィーの様子を尻目にティオネは男性冒険者達に問いかけた。

 

「あんた達自分の仕事わかってるわよね」

 

「えぇ大丈夫です、自分たちはこのまま24階層の捜索にもどります。その後は捜索を続けながらリヴィラの街まで戻り、他の班と合流しますよ」

 

「でもティオネさん、本当にリーダーさんに25階層以降の捜索して貰わなくて良いんですかー?」

 

「指示くらい覚えてなさいよ、第一目標として上層と中層の全フロア捜索。第二に35階層以降の捜索を優先って言われたでしょ」

 

  エフィーの気の抜けたような言葉に内心いらだちながら答えるティオネ。そんなティオネに対してエフィーは困ったように眉をひそめながら更に追及した。

 

「それがおかしいんですよぉーどうして中間すっとばして35階層なんですか?」

 

「……それが団長の命令だからよ」

 

「でも当初の予定は違ったじゃないですかー!そもそもチョコボを探す為にチョコボを運用して危険に晒すのはまちがってませんかー」

 

「…予定は変わる物よ、気になる事があるなら団長に直接聞きなさいなエフィー」

 

「…はーい」

 

 チョコボの背に跨るティオネ。そんなティオネの背後に座ったエフィーは試作型チョコボ臭入りの瓶を大量に詰め込んだ小型のリュックサックを背負いながら気の抜けたように答えた。ツンと香るチョコボ臭がティオネの鼻腔を優しく刺激する。その独特の香りを背負い込んだ彼女達は自身の仲間達の元へと急ぐのであった。

 

 

 

 

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