女神ヘスティアは喜んでいた。久しく会っていなかった友神からの誘いという事もあるが何よりも食事を奢って貰えるという事がなによりもうれしかったのだ。
特に最近では地上での生活と言う物が上手くいっていなかった事もあり、心苦しい毎日を送っていた。いつしか自らのファミリアを立ち上げるという願望を持っていたものの未だに団員数はゼロである。
そろそろ同居しているヘファイストスの視線がきつくなってきたと感じたヘスティアは慌ててバイトを探すものの失敗ばかりの毎日でどうにも鬱憤と不安の溜まる日々であった。
今日くらいは羽目を外して楽しもうじゃないか
そう決意するヘスティア。とくにここ『小妖精の宿り木』では新鮮な野菜や羊肉を使った料理が女性たちに評判の人気店である。彼女は意気揚々と運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながらデメテルに親し気に言葉を投げかけた。
「いやー悪いねデメテル、ごはんまで奢って貰っちゃってさ」
「いいのよヘスティア、ちょっと相談にのって貰いたい事もあったしね」
「君がボクに相談?それは珍しいね」
ツインテールの女神ヘスティアは小首をかしげた。そんな彼女に対して神デメテルは困ったような表情をしている。デメテルはその美しい顔を困ったようにゆがめながらコーヒーカップのふちを悩まし気になぞった。
店内に響く喧噪の中見目麗しい二柱の女神。道行く男性客が思わずその尊顔に視線を奪われてしまう。一部の中年ヒューマンなど、デメテルとヘスティアの柔らかく豊満な胸元を食い入るように見つめたせいか帰り際に扉に激突してしまっていた。
女神達に対して追加の水をコップへと注いでいく店員に対して礼を述べながらヘスティアはそっとデメテルを窺った。どうやら随分と深刻な悩みらしい。彼女は深いため息をつくと言葉を濁しながら言い放った。
「実はロキの事なんだけど…何か知らない?」
「…なんでボクに聞くんだい」
「だってアナタ達仲が良いじゃない」
「どこをどう取ったらそうなるのさ」
「ほら、喧嘩するほど仲が良いって」
「ボクとアイツは全く!これっぽっちも仲良くなんてない!」
デメテルの言葉に怒りをあらわにするヘスティア。彼女は握りこぶしをつくって強く主張した。まるで獣のように小さくうなる彼女に対してデメテルは頬に手をあてながら答えた。
「ならガネーシャはどう?何か知らせでも聞いてないかしら」
「知らない仲じゃないけど、そこまで深く親しい訳でもないよ」
「そう…やっぱりそうよね」
「神友の交友関係なら君だって顔が広いじゃないか…というかさっきから様子が変だけどどうかしたのかい?」
困ったような顔でため息をつき続けるデメテルに対してとうとうヘスティアは問いかける。デメテルは大きなため息をそっと二度つく。どうやらまだ決心が固まらないらしい。
彼女は紙ナプキンで口元を拭きながらごまかすようにヘスティアに対して問いかけた。
「ねぇ話は変わるんだけど」
「また唐突だね…」
「この料理の味はどうかしら」
「え、料理?」
「えぇ…あなたの率直な感想が聞きたいの」
デメテルの言葉を聞くヘスティア、彼女はふとテーブルに並べられた料理を眺める。そこには様々な、彩豊かな料理が並んでいた。ひき肉をトマトソースで煮込んだムサカ、子羊の串焼き、ビール等などどれも食欲をそそるラインナップである。しかしデメテルはその中でもサラダ料理の一種であるホリアティキサラタを指さしながら味の感想を尋ねた。
ホリアティキサラタ
それはトマトやキュウリ、ピーマンといった各種の野菜の上にチーズとドレッシングをあえた物である。端的に言ってしまえばギリシャにおける田舎風サラダとも言えるかもしれない。
ヘスティア自身にとっても故郷の料理である。慣れ親しんだ風味と野菜のうまみがヘスティアの口内で楽しそうに踊る。デメテルを始めとしたデメテルファミリアの農業従事者達が端正込めて作成した野菜である。まずい筈等なかった。彼女は小首をかしげながらデメテルに答えた。
「うちで作っている野菜をこの店に卸しているのだけど味はどうかしら」
「…別に普通だよ?」
「何かこうパワーが宿るとか妙に味が違ってるとかないかしら」
「別にしないよ、
「そう…そうよね」
「…ねぇ本当に様子がおかしいよ、どうかしたのかい?」
「…実はね」
ぽつりぽつりと事情を語り始めるデメテル。そんな彼女の言葉に対してヘスティアはふんふんと頷きながら話を聞いていく。しかしヘスティアの顔がだんだんと曇ってしまう。ロキファミリア団員達の強引な行動に対して思わず眉をひそめてしまった。
彼女の話によるとロキファミリアの団員が野菜を購入するようになったらしい。これまでも団員達の食事の為にデメテルファミリアから定期的に購入していた新鮮な野菜達。だが近頃のロキ達はどうやらこの定期量をはるかに超えて注文をしてきたらしい。
農作物の卸業という物は明確に決められている。特にデメテルファミリアはその農産物の品質の高さ故にオラリオ内外を問わず大人気の農業系ファミリアである。ギルドを通して大量の農作物を輸出したり、オラリオでも様々な飲食店や宿泊業者に穀物や野菜を卸しているのである。
いきなり野菜を大量に卸してくれなどと言われても即座に対応する事などできなかった。ロキファミリアの依頼に対して彼女達は一時的に拒否をしてしまう。
予想外の大量注文に困ってしまったデメテルファミリア。しかも間の悪い事に、ガネーシャファミリアまで同様に大量の野菜を求めるようになったというではないか。これに慌てたデメテル達は急遽ファミリアの備蓄野菜を開放する事を決意。突如訪れた事態に対してなんとか対応しようとしたのだが遅かった。
ロキファミリアの団員達は市場の野菜を大量の資金によって購入してしまう。一部ファミリアによる独占によってこのままでは近日中に野菜が不足してしまうだろう事は明白であった。既に市場価格が通常の2.3倍という価格になったという報告を眷属から聞いた時などデメテルは頭を抱えてしまったものだ。
「確かにマナーは悪いが…君に非は無いんだから別に放っておけば良いじゃないか」
「そういう訳にもいかないわ、野菜が無くなったら困るのは地上の子供達じゃない」
「君は優しいなぁ」
「それにどうにも鬼気迫る感じがして…正直怖いのよ」
「うーん…」
「この間なんかこんな大きな荷車を持ってきて『定価の五倍は出すからこれに詰めるだけ野菜をお願いします』だなんて…」
「ご、五倍か…それはまた」
「うちの
いきなり野菜をくれと言われて急に生産量を増やせるはずもなし、解放した野菜の備蓄も底をついてしまいそうな勢いらしい。
誰かに相談しようにもロキとガネーシャと言えばこのオラリオでは知らぬものはいないほどの巨大ファミリアである。ギルドへの相談もしようかと考えたかギルドがこのような事態に対して民事不介入の対応を取るだろう事は目に見えていた。
それにしてもロキファミリアの強引な手段にはまいってしまう。彼らは一体何をそこまで急いているのだろうか。これから起こるであろう野菜不足騒動に対してデメテルは憂鬱な思いであった。
「野菜ねぇ」
器に盛られたサラダに視線を向けるヘスティア。彼女はじっと野菜を見つめるとエイヤとフォークを突き刺して口に含んだ。
うむ、旨い
だが神である彼女の舌をもってしても特別何か変化があるようには思えなかった。新鮮な瑞々しさを保つキュウリ、美しく張りのある大根。鮮やかな橙色を放つ人参、そのどれもが等しく美味しかった。ヘスティアは思わず腕を組んで首をかしげてしまう。
「ロキの奴…ベジタリアンにでも目覚めたのかな」
少しばかり的外れた解釈をしてしまうヘスティア。とは言えそれも無理はない、まさか自身たちが居る地下の新種モンスターの好物が野菜である等と誰が予想できるだろうか。ましてや食事をしている彼女たちから遠く離れた地ではいまもなお、何頭ものチョコボ達が食い尽くさんばかりに野菜を消費してガネーシャファミリアの団員達がどれほど苦労しているかなど。
身長2m30cm、体重130kgにも成長する我々の世界で比較的データの似通ったダチョウの話をしよう。彼らは草、植物の葉や根などを主に食すがその食事量は一日に2.5㎏であるらしい。
動物園では破砕した野菜くずや特別調合されたダチョウ用飼料を与えられ育つのだ。一方のチョコボはというと彼らは一日に12kgもの食事をするのだ。これはジャイアントパンダの食事量にも匹敵する。
これはチョコボの数少ない欠点であると言えた。特にチョコボは不思議のダンジョン系列では度々ご馳走やお菓子に釣られてしまう行動をとってしまう。また本編シリーズでは彼らを呼び出したりする際に、彼らは野菜を与えた人間になつく行動を取る。デブチョコボ等は甘いお菓子に目がなくその筆頭であると言えるだろう。つまり彼らは根っからの食いしん坊種族であると言えるのだ。
否、というよりも彼らの強靭な強さを維持する為には大量の食事を通してエネルギーを確保する必要があるという事なのかもしれない。なんにせよ、それはもう彼らはよく食べた。
ガネーシャファミリアはなんとかして野菜を別所から購入したり飲食店から出た廃棄食品を買い取って与えようと試みていたが、どうにも芳しくないのが現状であった。デメテルファミリア産の文字通り神がかった野菜は彼らの舌と脳髄をこれでもかと満たしてしまったのだ。端的に言えば他の野菜では満足しないグルメ鳥になってしまったのだ。
ちなみに彼らの一番の好物でもある『ギサールの野菜』。これはギサールの村で収穫された野菜を示す言葉なのかギサールで獲れた一部の野菜の種類を指し示す言葉なのかはシリーズ系列やファンの間でも議論が分かれる所である。余談ではあるがファンからの質問コーナーではこのギサールの野菜について公式回答では『大きな人参のような物』であるとしているらしい。
遠く離れた地で刻々と神デメテルの信者が生まれつつあるのを彼女達はまだ知らない。その信者達が黄色い姿をしている事も。