ティオナは激務を終えたばかりである。ダンジョン内では久しく見る事のなかった朝日を背に本拠地の玄関を歩いていく。重い肩、眠たい瞼をこすりつけながら彼女は歩き続けた。
そうしてやがて本拠地にある自身の部屋の扉へと手をかける。全身からバキバキとした疲労を感じてしまう、それでも尚彼女の気分は高揚していた。疲れなどなんのその、自身の新たな家族が待っていることを考えるだけでワクワクとした朗らかな気分になれる。彼女はそっと扉に手をかけた。
「キュゥ♪」
「キュピッ!」
「キュキュキュッ♪」
「……っ~~♪」
「えへへ~みんなただいま~」
自身に向かって飛んでくる四体の雛チョコボ達を見てつい顔がほころんでしまうティオナ。彼女はチョコボへと駆けよってそっと両手を広げて彼らを受け入れた。彼らの体当たりを自身の頬で受け止める。
ぷにぷにとした少女特有の柔肌にチョコボの柔らかな羽毛がそっと優しく触れる。その感触に頬ずりしながら思わず溌剌とした笑みを浮かべてしまうティオナ。
ちなみに雛チョコボの状態でも、体当たりで成人男性を突き飛ばすことができる程度には彼らは力が強い。事実FF13においてはチョコボを飼育していた成人男性ドッジが雛チョコボの体当たりを受けてしりもちをついてしまった事もある。彼らがその気になればその程度の事が出来る程度には力がある。
まぁそんなこと第一級冒険者である彼女にとっては些末な事実である。ともあれ話を戻そう。当初この雛チョコボを見つけた際に彼女はこの雛チョコボを団長に対して寄贈しようと考えたのである。チョコボ自身にも興味がなかった彼女にとってごく当然の判断でもあった。
雛チョコボを見つけてそのあまりの愛らしさから叫び声をあげて反射的に抱きしめようとするリヴェリア。彼女は帰りの道中も彼らを胸に抱きしめて、にこにこと満面の笑みをずっと浮かべていた。
雛チョコボ達を初めて見たフィン。両目を見開いて驚愕の表情をするフィンに対して雛チョコボを手渡そうとしたのだが…どうにも離れなかったのだ。ティオナの手のひらに自身の体をこすりつけるようにしてピーピーと鳴く彼らを見て対応に戸惑ってしまうロキファミリア一行。まるで家族と離れたくないと言わんばかりの行動であった。
事実雛チョコボ達の親は事故死をしており、あのままでは何れ死ぬばかりであったので彼女と出会えたのは幸運であると言えた。生まれたばかりの彼らにとっては最初に見つけた彼女こそが母親のようなものだったのだろう。
彼女の腰元のパレオにかみついたり彼女の髪に両手でしがみついたまま離れようとしない雛チョコボの様子にフィンとティオナは困ってしまう。そんな中リヴェリアが彼女に対して雛チョコボを飼育する事を提案したのである。こうして紆余曲折の末四体の雛チョコボ達は彼女の新たな家族、ペットになる事が決定した。
辞書を引っ張りだしてティオナ自身が考え出した名前である。覚えやすいようにと付けた名前であったが彼女自身も気に入ってしまう。これが不思議な事に名前を付けると更に愛着が湧いてくるのだ。今では時間が許す限りずっとそばにいた。入浴する際も共にシャワーを浴び、就寝する際は毎晩抱いて眠るという気の入れ様であった。
一体のチョコボが彼女の頭上でぴょんぴょんと飛び跳ねた。まるでママにあえてうれしいと言わんばかりに愛らしくジャンプを繰り返す彼に対して二へへと笑みを浮かべながら彼女自身も小さく飛び跳ねて小刻みに揺れた。ふわふわと揺れながら彼女の頭髪にもごもごと埋もれていく雛チョコボ。
「ごはんはまだだよね、一緒にごはんを食べよっか」
「キュピー!」
「おーよちよち、ママも嬉しいよー」
自身の目前でふわふわと上下に揺れながら喜びをあらわにする二体のチョコボ。リヴェリアが喜ぶわけだ、とその魅力を理解するティオナ。
今もなお35階層以降で例の物を探し続けている自身の仲間に向けて頷きながら彼女は食堂へと降りて行った。ちなみにリヴェリアとチョコ坊は今もなお下層を攻略している。夜眠るときはチョコボを枕にして眠るのが最近の彼女のマイブームらしい。
というか今更だがこの愛らしい雛があんなに大きく成長するのはどういう道理なのだろうか。ダーウィンに中指立てて喧嘩を売っているに等しい成長速度である。とはいえ特徴、匂い、生態調査を行った上でほぼ間違いなく同種であるとの太鼓判も調査班から貰っている。
ガネーシャファミリアがそう言うのならそうなのだろう。その成長の神秘とやらに想いを馳せているとどこかから怒鳴り声が聞こえてきた。
『ロイマンのアホンダラ!うちの子供ら過労死させる気かッ!!』
通路を歩いていると壁の向こうから声が聞こえてきた。どうやらロキが届いた手紙の内容に怒っているらしい。ドタバタという音と共にガチャリと扉が開かれる。扉の向こうからは一柱の女神が飛び出してきた。
「っ!な、なんや帰ってたんか…」
「ただいまーロキ」
ハァイと片手をあげて挨拶するティオナ。彼女の頭上では彼女と同じように片羽を挙げて挨拶をする雛チョコボがいた。そんな彼女たちの様子にお、おうと同じように片手をあげて答えるロキ。
どうやら随分と疲れているようだ。ロキのぷんぷんと怒っている顔、力なくおろした肩を眺めながらティオネはそっと様子を伺った。ロキは重い足取りをしたままそっとティオナの隣を歩きながら彼女に対して言葉をかけた。
「みんなの様子はどうや?疲れとらんか、怪我はしてへんか?」
「疲れてるけど怪我はしてないよ、大丈夫」
「そうかー…そら良かった」
「……」
「……」
会話が途切れてしまう。無言のままキッチンに向かって歩き出すロキ。どうやら随分と精神的に疲弊しているようであった。
無理もない、ガネーシャがギルドやオラリオ城壁外へと出かける事が増えた為、ロキがチョコボ育成用の森林地の全体責任者として管轄も行わなければいけないのだ。ガネーシャファミリア団員達とのやりとりやダンジョン内での他ファミリアとのいざこざ。この間は野菜を買い占めた部下たちを叱り飛ばしたりと随分といそがしくしているらしい。
圧倒的に人手が不足していた。なぜギルド長は人手を増やさないのだろうか。いや、彼の理屈は分からんでもない。だからこそその被害を被っている一当事者としてはそれが許容できるはずもなかった。
けれどまぁ仕方ない事なのかもしれない。特にダンジョン下層からあんなものが見つかってしまったのだから。前代未聞の出来事であり、異様な物だったからこそ、慎重に対処しなければいけないのだろう。結局つらいのは皆も同じなのだ、その苦労が速いか遅いかの違いに違いない。
「怒っとらんのか?うちらにダンジョン潜るよう命令したんはギルドやぞ?」
「それに同意したのはみんなでしょ」
「うっ…でもなぁ」
「あんなものが見つかっちゃったんだから仕方ないよ。話し合ったときにそう結論出たじゃない」
「……」
それでもロキはそれが許せないのだろう。何より今もなお下層でろくに休みも取らずに苦労して捜索しているのは彼女の大切な眷属達なのだから。彼女は両肩から怒りをにじませながら食堂の扉を開けた。食堂には彼女達の他、誰もいない様子であった。
ぷんぷんと怒りをにじませながら戸棚から金属缶を取りだすロキ。どうやら紅茶を淹れに来たらしい。カチャカチャと食器を取りだそうとするロキを尻目にティオナはそっと床に両膝をつけて四つん這いの姿勢を取った。
「あれ、食料ってこんなに少なかったっけ」
地下へと続く床下開口式ハッチを開ける。地下に設置された小空間な、野菜や穀物が保存された食料保管室を覗きながら在庫を確認するティオナ。随分と減ってしまった保存食料を眺める。おかしい、こんなにも備蓄が少なかったかなと。ポリポリと頭を掻きながら彼女はずずいと地下を覗き込んだ。
困った、チョコボ達のご飯はどうしよう。自身の頭部と背中から悲しそうなチョコボの声がする。ごはんは無いのかと宙に羽ばたきながらつぶらな瞳でこちらを見てくるぺットに対して思わずうっと困ってしまう。野菜を探そうとするティオナに対してロキがそっと声をかけた。
「なぁ、疲れてへんか…肩でも揉んだろか?」
「んー別にいいよ…というかさっきからロキってば変だよ」
「うっ…そ、そんな事あらへん」
「変だよ、すっごく変」
地下を覗き込む動作をやめる。四つん這いになりながら自身の主神であるロキへと振り返った。ティオナからの視線に思わず紅茶を淹れる手を止めてしまうロキ。
どうにも彼女らしくない行動だ。普段の彼女らしい飄々としたつかみどころのない姿勢はどこへやら、今の彼女は随分と精神的に疲労しているように見受けられた。ロキは大きなため息をつきながらぽつりぽつりとつぶやいた。
「本当はちょっと後悔してるんよ」
「後悔?」
「リヴェリアの言う事聞いてたらもうちょっと違った事ができたんじゃないかって」
「……」
「まさかこんな…
「いやー流石に滅びはしないでしょ…?」
「どうかな…あれが表に出たら経済損失半端やないぞ」
「……」
「対応ミスったら
数十億ヴァリスが鼻で笑えるレベルで経済損失が出るだろう。その位下層で見つかった
事実この時のロキは随分と疲弊していた。本拠地にいなくなったガネーシャの分まで仕事を背負い込む時すらあった。野菜の買い占め騒動の後始末、ダンジョン内部の他ファミリアとの騒動、神友への情報のやりとり、チョコボ育成施設の統括責任者としての業務、裏社会の住人への牽制…etc。
ロキファミリアの幹部がほぼ全てがダンジョン下層へと降りてしまった以上ロキが代わりに統括するしかなかったのだ。人手が足りていない以上様々な粗が出てしまうのは道理であったしそれに対応するのもまた人手が必要という悪循環であったのだ。
そんな主神の様子に対して思わず戸惑ってしまうティオナ。どうにもやりずらい。ロキはいつもの、溌剌とした姿の方がずっと素敵なのだから。ティオナは地下に貯蔵された干し人参へと手を伸ばしながらロキに対して語り掛けた。
「ロキはさぁ、みんなのお父さんだから」
「は?うちは女やぞ」
「うーんなんて言うのかな、ロキってさ。他人に優しくないし慈悲深くもないでしょ?胸もちっちゃいし」
「寛容なうちでも怒るときはあるで?」
「つまりはさ、ロキは
「……」
「だからさ、いつも通りでいてよ。ロキが笑ってくれればみんなも笑って頑張れるし…ロキが一緒ならどんな事が起きてもへっちゃらだよ」
ティオナの言葉にぽかんと口を開けて呆然としてしまうロキ。少しの間の後に彼女は高らかに笑い声をあげた。慈悲深い母神ではなく、皆を支える男神のようだと言ったのだ。ロキの神話としての伝承、彼女自身の人柄を知る者なら決してしないような論評である。その事実が何よりもロキにとっては面白かったのだ。
おかしくてたまらないと言わんばかりにおなかに手を当てて笑い続けるロキ。そんな彼女の様子に対してムッとした様子で地下から首をあげてロキをジーと見上げるティオナ。
「なんで笑うのさ…そんなに変な事言ったかな」
「言った言った、全く…うちに対して男みたいだなんて言った恐れ知らずはティオナだけやぞ」
「嫌だった?」
「アホゥ…嫌じゃなかったわ」
「えへへ、ロキってば照れてるなぁ」
「まぁそれなら美人ママとかの方がええかな!今ならおひとり様限定で甘え放題やで!」
「わーいビジンママダイスキー」
「うわー棒読み…ってもうちょい感情込めんかい!」
背中に抱き着いてくるティオナに対してこぶしを振り上げて声をかける。どうやら少しだけ、彼女らしさを取り戻したようだ。全くもってその通り、なんて自分らしくない行動を取ってしまったのだろうかと。
未知上等!賽の目は何が出るか分からないからこそ楽しいのだ。たとえどんな結果になろうとも最後まで
そっと両手を天へとかかげて伸びをするロキ。ここ一週間ばかり見せなかった実にすっきりとした朗らかな顔である。ガネーシャも頑張っているのだ、自分も最後まで付き合って頑張ってやるか、と。彼女は楽しそうに笑みを浮かべながら両手を洗い出した。
「…よし、これからおにぎりでも作ったるかー」
「ほんと!?ロキ大好き!」
「阿呆、これは下層で頑張ってくれとるみんなのぶんや…ティオナのはまた別で作ったるから我慢しーや」
「わーい一緒に作ろー!」
「キュピー!キュキュ!」
「おーおーチビ達も来い、神様直々にご馳走したるわ」
嬉しそうに歩み寄るティオナ。そんな彼女達の後を追うチョコボ。チョコボ達は少女たちの姦しい声を聴きながら今日のご馳走に思いを馳せるのであった。