朝日が昇る。朝焼けの心地良い香りと、まぶしい日差しが昇る頃、リュー・リオンは店の前で箒を手にたたずんでいた。無言のまま、自身が勤める飲食店『豊穣の女主人』の前を掃除する。
「……」
そっと息を吐きながら、彼女は仕事にいそしむ。彼女はこの静寂が好きであった。一人で孤独に浸れるこの時間。今なら酒に飲んだくれて騒ぐ冒険者たちはいない。昨夜もまた随分と騒がしかった彼らの様子を脳の片隅へと追いやりながら、彼女は目的である御用聞きを待つのであった。
そう、御用聞きである。チリ紙や洗剤など、とかく必要となるものが多いこの人気店。御用聞きに頼んでは定期的に物資の運搬を頼んでいるのであった。朝一番に訪れる彼らを出迎えるのも、給仕たる彼女たちの役目なのだ。
オラリオの朝は静寂に包まれていた。日の出とともに街が徐々に目覚め始めていく。鳥のさえずりが聞こえ、風が心地よく頬を撫でる朝日の中で、彼女は手にした箒を器用に操りながら路面の埃を払っていた。
「……?」
最初に覚えたのは小さな違和感であった。ほんの少し…いや結構な獣臭がするのである。
その匂いの元は徐々に増していく。彼女は不信感とともに、曲がり角を見つめた。視線の先に突如として現れたのは1匹の巨大なモンスターであった。
それはあまりに巨大な怪鳥であった。2m近くはあるだろうか。自身の背丈よりも巨大なその黄鳥は、その大きな眼でじっと彼女を見るのであった。
「クエ―?」
それを認識した彼女の行動は実に、実に素速かった。なぜモンスターが街中にいるのか。そのことを冷静に考えるよりも先に、咄嗟に持っていた箒を構え、疾風のごとく距離を詰める。それは最早、長年培った反射的な行動であった。
彼女は長年の冒険者としての本能に従い、一瞬でかのモンスターの弱点へ目測を付ける。頭部、目は多くのモンスターにとって普遍的な弱点。怪鳥の巨大な目玉をつぶさんと、勢いよく箒の柄を前方へと突き出し…
「おいおい!何してんだ、お前さん!」
低い声が彼女を制止した。驚いてその怪鳥の背中を見ると、そこには御用聞きたる中年の男性が居た。どうやらかのモンスターの背中に乗っていたらしい。小麦色の肌と日に焼けた服装、首から下げた認証が、この人物が配達人であることを示している。彼女は反射的に叫んだ。
「離れてください!モンスターがっ!」
リューが警戒を解かないまま答えると、男性は呆れたように頭をかいた。
「あん?お前さん、ニュース見てないのか?」
「ニュ、ニュース?」
「そうだよ。今日からこいつら、街に解禁されたんだとさ」
彼女は聞き慣れない言葉に思わず眉をひそめる。そんな彼女の様子を見て、男性は苦笑いを浮かべた。ゆっくりと穏やかな手つきで怪鳥の背を撫でながら彼女に言葉を発した。
「なかなか可愛い顔してるだろ?」
「いや、全くしてないですが…」
「まぁいいさ。ともかく今朝から乗ってるが、こいつらは随分足が速くて力持ちでなぁ」
男性はチョコボの首元を優しく撫でる。男の手つきに満足そうに瞳をつぶりながらチョコボは鳴き声を上げていた。
「……」
「おっと仕事だったな!荷箱持ってきたからそっちでも確認してくれや」
「あっ…はい…」
彼がひょいとモンスターから降りると、後ろに乗せた荷車から幾つかの商品をおろしてきた。どうやら荷馬のような存在らしい。チョコボが運んできたその物資の多さにリューは目を丸くした。
途方もない量である。一頭の馬では到底運びきれぬような大量の物資が、かのモンスターに繋がれた荷車には備わっているのだ。ワインがなみなみと注がれた大樽三つから目を外しつつ、彼女は尋ねた。
「これ、全部…?」
「便利だろう?こいつのおかげで一度に運べるんだぜ」
そう言いながら、男性はチョコボの背中から大きな荷箱を降ろし、リューに向かって軽く手を挙げた。
「ほれ、頼まれてたいつもの日用品だ。そんじゃ、俺はこれで失礼するぜ!」
「クエ―!」
さっとチョコボにまたがり、両足で合図する。ただそれだけでチョコボは男の意図を理解しているらしい。
その巨大な前足で地面を蹴りながら、軽快に街中へと走り出す。瞬く間に彼らは街並みの向こう側へと消えていくのであった。
リューはしばらくその場で立ち尽くし、その場に置かれた荷箱と、去っていったモンスターを交互に見やるばかりであった。
「……モンスターを解禁?」
自分でも信じられないものを見るような表情を浮かべながら、彼女はゆっくりとつぶやいた。
これはのちに始まる大騒動の初日。この町の住民たちが本格的にチョコボという異文化に触れ始めるのは、あと数時間後の事であった。