ロキファミリア、それはこのオラリオにおける大派閥の一角。数多の上級冒険者たちの集う強大なファミリアである。狭い敷地面積に建てられたその豪邸は横にではなく縦に細長く伸びた特殊な景観をしていた。
「それで連れてきたのかい?」
「し、仕方ないだろう…あのままダンジョンに放って置くわけにもいかなかったんだ」
ロキファミリアの本拠地『黄昏の館』その中のとある一部屋にその三人はいた。リヴェリアからの報告を聞いたロキファミリア団長、フィンは静かにため息をつく。リヴェリアに対して同じく話を聞いていたベート。彼はテーブルに片肘を突きながらあきれ顔で言葉をかけた。
「お前頭でも打ったのか?」
「安心しろ、ギルドにはすでに報告済みだしケガはしていない」
「いやそういう意味じゃねーよ!モンスターなんぞここに連れてくんじゃねぇ!!」
正論をぶつけてくるベート。そんな彼の言葉に対してリヴェリアは思わず動揺してしまう。彼女は目線を忙しそうに移動させながら手のひらをもじもじとさせてしまう。どうやら自らもらしくない行動をしているとの自覚があるらしい。
随分と珍しい反応だ、と思うフィン。彼女とはずいぶんと長い付き合いになるがこんなおかしな様子など彼は見たこともなかった。その端正な顔をうっすらと紅く染める様子などまるで恋を知ったばかりの少女のようだ。
フィンはエールが入ったコップを傾けながらしみじみと思考にふける。そうしてそっと視線を横へと傾ける。部屋の片隅では件のモンスターが腰を下ろしていた。
器用に脚を折りたたみ行儀よく鎮座する様はなるほど、確かに最低限の知性と躾を施されたに違いない。周囲をきょきょろと興味深そうに見回す子供のような黄色いモンスター眺めていると隣に座っていたベートがフィンへと声をかけた。
「おいフィンなんとかしてくれ、さっさとあのモンスターを処分しようぜ」
「こんな可愛らしい子に向かってなんてことを…!どうかしてしまったのかベート!」
「どうかしてるのはお前だ」
思わず言葉を荒らげてしまうリヴェリア。彼女は机をたたきながらベートに対して詰め寄る。一方ベートはあきれ返ったような目で彼女を見返した。
はぁとため息をつく、フィン。この場ではベートの言う事が正しいだろう。このロキファミリアでは上級スキルを所持している調教師もいない。何より見た事もない新種のモンスターをそばに置く等あまりに危険な事である。ましてや自分達の本拠地でもあるこのホームでの飼育などもってのほかだ。
モンスターと冒険者達の溝はあまりにも深い。それこそ親族をモンスターに殺されただなんて話は掃いて捨てる程あるだろう。ここにいる者はフィンを含めて皆自衛能力を持っている。その気になればチョコボと言えど一瞬で殺せてしまうからこそこうして落ち着いて話も出来る。が、幾らロキ・ファミリアと言えど他の団員ではこうも行かないだろう。
詳しい話を聞いてみるとどうにも同行していた仲間達が必死に押し止めようとする中、半ば強引にギルドへの申請を済ませてきたらしい。彼女らしくもない身勝手な行動に思わず閉口してしまうフィン。
厳密にいうとダンジョン内の植物やモンスターをオラリオへと持ち込むという行為は珍しい行為ではない。ダンジョン内の貴重な植物を医薬品の調合材料にしたり、モンスターを研究用として生きたまま連れてくることだってあるからである。ギルドへの申請を正しく行えば案外緩い規則のもとオラリオへと持ち込みをすることは可能なのだ。とは言えそれらは調教師としてのスキルや巨大な檻と一緒ならばという話でもある。
もしも持ち込んだモンスターが事故や事件を引き起こした場合、その該当ファミリアは恐ろしい額の賠償金を支払わなくてはならない。珍しいからと言って酒場にインファント・ドラゴンを持ち込む馬鹿はいないのだ。
片肘をついたままコツコツとコップのふちをたたくフィン。彼女の願いを聞いてやりたい気持ちはあるが自身はロキファミリア団長である。当然このような暴挙はとても許可できなかった。彼はそっとリヴェリアに対して優しく告げた。
「僕としてはめったにないリヴェリアのわがままだ、聞いてあげたいのはやまやまなんだけどね」
「フィン…」
「だけどモンスターのテイムとなると話は別だよ。うちには調教に長けたテイマーもあんな大きなモンスターを閉じ込めておける檻もないだろう?」
「だ、だがあの子は安全だ!人にも危害なんて加えない!」
「危害を加えない…ねぇ」
コップにエールを注ぎながらフィンはちらりと視線を向ける。その視線の先にはモンスターと戯れる少女がいた。第一級冒険者ティオナ、である。どうやら話に飽きてしまっていたようだ。彼女は話の途中にするりと抜け出して例のモンスターと戯れているようであった。
全長170C近い大型のモンスターではあるがティオナにとっては大きなぬいぐるみも同然らしい。彼女は笑みを浮かべてそのふわふわの羽毛をなでつけている。
空いた片方の手で木の実を取り出すティオナ。彼女はその獣の前でゆーらゆらとその木の実を左右へ小刻みに振りだした。右へ左へと揺れ動く木の実に合わせて思わず顔を動かし追ってしまうチョコボ。
「…ほーれ…ほれ」
「クエー…クエー」
「…えいっ!」
「クエっ!」
繰り返すこと2,3度。そうしてやがてティオナの手によって木の実が与えられる。少女自ら与えられた餌に対して飛びつくように行動する。もぐもぐと口を動かしながら愛らしい瞳でティオナを見上げるチョコボ。どうやら木の実の味がだいぶお気に召したようだ。
まぁ確かに可愛らしいと言えなくも無いのかもしれない。ティオナ自身もえへへと笑みを浮かべながら彼の首筋へと手を回す。その小さく愛らしい腕を回しながら彼女はきゅっと彼を抱きしめた。
「あははこの子可愛いー」
「だろう!そうだろうティオナ」
買ってもらったぬいぐるみを抱きしめる少女のように無垢に笑みを浮かべるティオナに対してリヴェリアもまた力強く同意する。どうやら女性陣からの反応は上々であるようだ。ちなみにこのチョコボは雄である。
見目麗しい少女に抱きしめられ、端正な美女に頭を撫でられるというシチュエーションは実にうらやましいものであるかもしれない。といっても本人はモクモクと木の実を咀嚼する事で忙しそうであるが。
「…え?どこが可愛いんだい?」
「全部だ!クリッとしたつぶらな瞳も、もふもふとした身体も!ピンと立った尾羽も全てが可愛らしいだろう!」
「私も賛成ー。おなかの所とか抱き心地最高だよ」
「ちなみに名前はチョコ坊だ。帰るとき私が名付けた」
「そんな名前の食べものあったねー」
「いや名前とか聞いてないよ…とにかく」
キャッキャと騒ぎ始めるリヴェリアとティオナ。そんな女性陣に対してチョコボの魅力がわからないフィンは思わずため息をついてしまう。そんな彼女たちの様子に対して付き合っていられるかと言わんばかりに椅子から立ち上がるベート。
どうやらこのモンスターが発する独特の匂いに嫌気がさしたらしい。こんなクセー場所にいられるかと言い残し彼は荒々しく部屋から出ていった。そんなベートの様子を見送りながらフィンはもふもふとモンスターを愛でている女性二人に声をかけた。
「やはりダメだ、役にも立たないモンスターを飼う余裕なんてうちにはないよ」
「……」
「今すぐ処分するかどこかのファミリアにでも売り飛ばしてきてくれ」
「…なら証明すれば良いんだな」
「え?」
ムッとした様子で返事をするリヴェリアに対して思わず聞き返してしまうフィン。席についているフィンに対してリヴェリアは詰め寄るようにガッとテーブルへとにじり寄った。
鬼気迫る様子のリヴェリアの迫力に押されてしまいつい凝固してしまうフィン。そんな団長に対してリヴェリアは静かに、それでいて力強い声色で主張した。
「この子が有能なところを示せば良いと。そうすればチョコ坊をホームに置いても良いんだな」
「う、うん…それならまぁ…」
「…良し、なら私がそれを証明して見せる」
「証明ってリヴェリアどうするの?」
「なにアテならあるさ、二人とも待っていてくれ」