ガネーシャファミリアの本拠地第三研究室と書かれたプレートが掛けられているその部屋の中には一人の女性がいた。彼女の名は『ソマリエ・バレン』ここガネーシャファミリアに所属するハーフエルフの研究者である。
天井に付いてしまうほど重厚な本棚がいくつも並ぶその部屋。アンティーク材でこしらえた特製の机に鎮座する彼女は黙々と仕事にいそしんでいた。幾重にも積み重ねられた本と書類の山に囲まれた彼女を薄明りの魔石灯が照らし出す。
海のように蒼い髪色を持つ眼鏡をかけた聡明な女性である彼女。ソマリエはガネーシャファミリアにおいてはテイムしたモンスターの研究・生体調査を任されているのであった。
そんな彼女は現在机の上で急がしそうにペンを走らせている。どうやら書類を作成しているようだ。カリカリとペン先が羊皮紙の上をなぞる音だけが部屋に響いている。そんな彼女が作業をしている部屋へとある一人の冒険者が訪ねてきた。こんこんと扉をたたく音と共にリヴェリアが現れる。
「やぁ精が出るな」
「こ、これはリヴェリア様…」
「あぁそう畏まらないでくれ」
思わず椅子から立ち上がる頭を下げようとするソマリエに対して苦笑しながら手で制するリヴェリア。ハイエルフである己への過剰ともいえる敬拝思想はやはり、どうにも好きになる事ができなかった。
ハーフではある物の同じ故郷の血を引く者としてリヴェリアとソマリエは浅くない交友関係にあるのであった。とある事件を切っ掛けに繋がれた縁である。ファミリアこそ違うものの、モンスターの研究に関しては彼女の知己を頼る事だって少なくなかった。だからこそ、彼女に例のモンスターの研究を頼んだのである。
無論、この事はフィンとロキには既に報告済みである。フィンに関して言えばガネーシャファミリアに上手く厄介払いできたなと思われているだけであるのだが、何はともあれであろう。リヴェリアはコホンと咳ばらいをするとソマリエに対し例の件について尋ねるのであった。
「それで研究の方は…」
「えぇ順調です!あの子も大人しく過ごしてくれていますよ」
「あぁ、それはよかった」
「この研究成果を見てください、これは凄いですよ!」
テーブルの上に散乱した書類群から一枚の羊皮紙を取り出すソマリエ。どうやら研究は順調であるらしい。彼女は頬を紅葉させながらリヴェリアに対して情熱的に語り始めるのであった。
チョコボ種は別世界においては駄獣・輓獣としても有名である。前者は荷物を背中に背負い、後者は車両やソリ等を動物に引かせるかの差異である。どちらも使役動物の区分の一種であるがチョコボの場合はこの両者の役割を担う事ができるため別世界においては大いに重用されてきた。
ガネーシャファミリアの研究員が牽引用の鞍を取り付け物資運搬用大型カーゴを引かせてみた所、チョコボはこれを軽々と引いたのである。その後牽引可能な重量を調べる為に荷台に大量の荷物を載せたところ驚愕の事実が判明する。
その積載可能量はなんと230kg。巨大なカーゴを引き庭内を軽やかに疾走する様を見てガネーシャファミリアの調教師達は皆一様に口をあんぐりと開け驚いたものだ。ちなみに一頭の馬が安全に牽引できる限界量は多く見積もっても120kg以下であるとされている。
また、速度も速い。この園内という限られた条件下ではあるものの、その平均時速は70km。トップスピードたるやLv.2の冒険者の全速力にも余裕でついていける程なのだから凄まじい脚力であると言えるだろう。5時間ばかり走らせても息切れ一つ起こさないのはオラリオの常識から言って最早異常とも思えてしまう。
馬、牛、水牛、ラクダ、ラマ、ロバ、ヤク、象。古来よりこれらの生物は使役動物として人間の生活を支えてきたがこのチョコボに関して言えばまさしく別格であった。そう断言できてしまう程、チョコボという生物はあまりに有能すぎた。閑話休題、話をモンスターの調教へと戻そう。
本来モンスターとは拘束されることに対して強烈な忌避感を覚えるものだ。逃れる事ができない精神的苦痛、身体面への負担といった物は彼ら自身に大きなストレスを発生させる。故にこのオラリオでは農耕や物資運搬といった事はモンスターを使わずに馬や牛を利用してきた。
無論これは危険なモンスターを街中には放てないという配慮故でもあるのだが。であるからこそ、人を乗せ物資を嬉々として運搬してくれるこのモンスターは彼らにとっては実に魅力的な新種のモンスターであったのである。
「もしもこのモンスターを大量に飼育できればダンジョンにおいて―――」
「攻略に大いに役立ちそうだな」
「最低限の自衛能力はあるでしょうし、おまけに賢い。これはダンジョン踏破における革命になりますよ!」
「わ、分かったからそう声を荒らげないでくれ」
「あっ…すみません、つい興奮してしまって」
興奮するソマリエ、だがそれも無理はないだろう。ガネーシャファミリアという調教に長けたファミリアをもってしてもこのモンスターは驚愕の生物であったのである。
人に危害を加えないモンスター
チョコボというモンスターの特異性を一言で説明するならこのようになるだろう。それはこのオラリオでは考えられない事実であった。調教のスキルも持たない人間の言う事を聞き、単純な言語を理解する。『Yes』と『No』程度なら首を振ってジェスチャーで答えてくれるのだから。
冒険者達にとって荷運びというものは避けては通れぬ難題であった。冒険の際には大量の荷物が必要であるし、攻略の後はモンスターから生じる魔石を回収しなければならない。それらを支える為『サポーター』と呼ばれる専門職まで存在する位である。
治療用の医療物資
保存の利く食料品
新鮮な水
予備の武具類
必要物資を挙げていけば切りがないだろう。ましてやダンジョン攻略によっては一週間以上かかる事だってざらにある。いつ抜け出せるかわからない迷宮の中刻一刻と減りゆく医療物資に神経を悩ませ、数少ない飲料水を巡って仲間同士で争いあう惨さ。それらはきっと経験したものでしか分からない恐ろしさだろう。
だがこのチョコボがいれば
複数の冒険者達が何十時間と押して歩かねばならない荷車も、カーゴも、携帯鞄も全てをこのモンスターに運搬させてしまえば解決してしまう。冒険者達やサポーターはその重労働から解放され、より効率的にダンジョン攻略にあたる事ができるだろう。
太く逞しい脚や頑丈な頸椎、巨大な体躯等身体能力は非常に高そうではあったものの、このチョコボの性格がおよそ戦闘向きであるとは思えなかったのだ。
武器を持った冒険者達が新種のモンスターに警戒する中よだれを垂らして昼寝にふけっていた様子を思い出すとどうにも。ソマリエがこのモンスターに対して強いというイメージを持つことができなかったのも無理はないだろう。ガネーシャファミリアの敷地内では戦闘の検証まではできなかった為、これ以上は実地による調査を行う他ない。
牛や馬では歩けない荒地も、モンスターの生息区域も踏破できる可能性が生じた以上、このモンスターの更なる調査が必要なのは明確であった。
「ギルドに提出する資料ももうすぐできますよ」
「あぁ…っ!それは何よりだ」
「ギルドの許可が下り次第ダンジョン攻略にも連れていけますね」
「あぁ、今から待ちどおしいな。本当に楽しみだよ」
ソマリエの言葉にうなずきながら笑みを浮かべるリヴェリア。実はリヴェリアからするとチョコボと一緒にオラリオを散歩したいなとか店に入って食事がしたいという程度の願望であったのだが思いの外チョコボが優秀な様子であった。彼女からすれば嬉しい誤算であったと言える。
フィンやベートといった男性冒険者達からは随分と冷たい眼差しで見られたものだが、この有用性を実証できれば彼らを見返せるかもしれない。
随分と俗な事を考えるようになったものだと自嘲するリヴェリア。だがそれも無理はない。彼女にとっては故郷でも、ここオラリオでも見ることがなかった初めて目にする愛らしい生物なのだから。普段から汗と泥にまみれ清潔とは程遠い生活をする冒険者たちが集うこの街において、チョコボという存在はあまりに眩しかったのだ。
女性としての当然の感性を持つ彼女としては思わず惹かれ、手元に置いておきたいなと願ってしまうのはごく自然な事でもあった。チョコボという存在は世界、年代を問わず老若男女を魅了するマスコットモンスターなのだから。ふと彼女は研究レポートに書かれた内容が目にする。
ハテ、これは一体
リヴェリアは小首をかしげながらその書面に見入ってしまう。そんな彼女の様子に対して疑問に思ったのだろう。ソマリエは思わず彼女に対して問いかけた。
「あの…どうかなさいましたか?」
「あぁ、この書面の項目。この種族名なのだが…これは一体?」
「はい?確かリヴェリア様がこの新種にチョコボと名付けたんですよね?」
「いや私はチョコ坊と…あぁそういう事か」
合点がいったとばかりに頷くリヴェリア。彼女は口元に手を当て思わずクスリと笑ってしまった。どうやらチョコ坊と呼んでいたのをガネーシャファミリアの者達が勘違いしたらしい。
チョコ坊ではなく
チョコボ
こうして考えるとかのモンスターにぴったりの名前ではないか。彼女はソマリエの肩を叩きながら、この名前で良いから申請をしてほしいと告げる。そうしてリヴェリアは軽い足取りのまま部屋から出て行った。きっと件のチョコボの様子を見に行ったのだろう。
こうしてチョコボはこの世界においての第一歩を歩みだすのであった。チョコボの真価が発揮されるのは今しばらく先の話である。