オラリオ南西、交易所付近に建造されたガネーシャファミリア本拠地『アイアム・ガネーシャ』主神を催したその奇妙な建造物の視線の先に、その広場はあった。
ガネーシャファミリア第二飼育拠点、そこには多くのモンスターと冒険者達がいた。闘技場(コロッセオ)のような円形をしたその建物の中で、彼らは日夜モンスターの研究・調査を行っている。
その第二拠点に設けられた中庭園、それは調教したモンスターの訓練施設でもあった。檻に入れられたサラマンドラに餌をやる女性職員。ゴブリンとコミュニケーションを取ろうと苦心する新米の男性冒険者。時刻は昼間、調教が旺盛に行われている真っ最中である。
そんな彼らがいる空間の中央に件のモンスター、チョコボがいた。チョコボは鳴き声をあげながら元気に邸内を駆け回っていた。
「クエー!クエッ!クエッ!」
「よーしもう良いぞ」
男性調教師の言葉に反応するチョコボ。彼はその場で鉤爪を地面に食い込ませ勢いよくビタリと静止した。そうしてチョコボは静かに男性を見つめる。そわそわと瞳を輝かせながらまだかまだかと言わんばかりの表情。口からよだれを垂らさんばかりの彼の様子に男性は思わず苦笑する。
ほかのモンスターもこれ位分かりやすければ良いんだがな。そう思いながら彼は腰に付けたウエストポーチからナッツを取り出すと彼に向けて勢いよく投げつけた。
「まったく君は純粋で助かるよ」
「クエー…?」
「何でもないさ、ほらもうあっちで遊んでも良いぞ」
苦笑する男はチョコボに対してそう告げた。男の言葉を聞くとチョコボは一声小さく鳴くと庭園の端の方へと駆けていった。設置された遊具籠から器用に天然ゴムで作成された15Cばかりのサイズのボールを咥え取りだすチョコボ。どうやら余程ボール遊びが気に入ったらしい。
ボールを楽し気に蹴り飛ばすチョコボ。ポンと壁に向けて蹴りだし、反射してきた球を再び蹴り戻す。新しい遊びを覚えたばかりの子供のように無邪気な様子であった。モンスターが娯楽を覚えているというあまりに異様な行為であったがもう何日も彼の様子を見ている男性からしてみれば珍しいものでもなかった。
出会ったばかりの時の衝撃を思い出す。彼自身ここで調教師をしてもう10年近く立つがあんなにも大人しく賢いモンスターは初めてであった。ロキファミリアの
モンスターという物は総じて狂気的な瞳を持つものだ。闘争、飢餓、渇望。理由は多々あれど全てのモンスターは共通して狂暴的な側面を持つ。調教師達が調教を行う際にまず実施するのが彼らの狂気的な側面を排除する事である。
皮膚が切り裂かれ骨が見えるようになるまで突起が付いた鞭を振り回し、巨大なノコギリで爪と牙をそぎ落とす。身じろぎ一つできない暗闇の狭い檻の中でひたすらに拘束し10日ばかり放置する。
そうして弱らせた後、精神安定剤としての薬物を摂取させる。これらの行為を通して痛みと服従を徹底的に植え付けるのだ。そこまでしてようやく人間はモンスターと対等の立場になれる。
檻越しにモンスターを痛めつけ、鳴き叫ぶ獣に鞭を入れる行為に罪悪感を抱くものも少なくない。新人調教師は大抵、ガネーシャファミリアの調教を初めて見た時には絶句するものだ。男自身、あの行為に対しては嫌悪感すら抱いていた。そんな時に現れたのがこのチョコボであった。
当初はガネーシャファミリアの調教師達はこの新種のモンスターに対しても同様の行為をしようとしたらしいのだが調査依頼主であるリヴェリア・リヨス・アールヴが断固としてこれを拒否したらしい。
何かあれば私が責任を取る
まずは苦痛を与えずに調教してみては貰えないだろうか、と
このオラリオ最大派閥でもあるロキファミリア。その第一級冒険者であるハイエルフが莫大なチップと共に頭まで下げてきたのだ。彼女の対応にガネーシャファミリアは困惑してしまう。たかがモンスター1匹にどうしてそこまで配慮をするのだろうかと、ガネーシャファミリアの幹部達には理解できないでいたのである。
その後も何度も議論が重ねられ、紆余曲折を経た末に今に至るという訳である。男はそっと調査報告書を記載する手を止めて想いにふけった。
男は一度彼女に対して問いかけた事がある。どうしてアレをそこまで信じられたのかと。自らを襲うかもしれないあのモンスターが怖くはないのかと。そう聞かれた彼女は少しばかり思慮の後、クスリと微笑んで答えてくれた。
『あんな綺麗な瞳を持つ者が悪い奴な筈がない…あとはまぁ直感だ』
そう答えた彼女の言葉と微笑みに男は絶句してしまった。それは男自身がいつからか捨て去ってしまった思想であった。こうしてチョコボと触れ合うようになった今なら彼女の言葉が理解できた。モンスターは凶悪な物だと決めつけるようになっていた自身の差別と偏見に自嘲する。
それからの日々は男にとって実に充実した日々であった。九魔姫の言う通りチョコボは実に賢く、何よりも大人しい存在であった。彼と触れ合い日常を過すうちに、男はかつて抱いていた夢を思い出す。
このモンスターならばきっと
ソマリエに報告するために手帳へとチョコボの調教成果を記入しながら男は思考にふける。このチョコボが居れば、もしかしたら男の長年の夢が叶うかもしれない。
人間とモンスターの共存
それこそが男の夢でもあった
それは誰かに言えばきっと笑われてしまうような夢だ。否、笑われるだけでなく罵声や非難すらされてしまうような夢であった。事実、ガネーシャファミリアに所属しているというだけで男は冒険者から罵声を浴びた事だってあった。
モンスターに肩入れする裏切り者、と
ふと庭園の外を思い返す。この拠点にしてもそうだ、こうして自分たちが過ごしているこの庭園の空間の外側は、人間の胴体よりも太く頑丈な鉄柱でびっしりと覆われている。そして外園には武装したLv2以上の冒険者が何人も昼夜を問わず警戒をしているのだから。否、庭外だけではない。この庭園の内部すら複数人の冒険者達が互いに警戒しあっているのだ。
男はふとチョコボの首元へと視線を移した。チョコボの太く、逞しい首の根元には銀色の鐵鎖で繋がれた特製のプレートが装着されていた。魔道具であるそれは発信機付きの首輪である。彼は自身の右腕に取り付けられたリストバンドへと手を伸ばす。それは発信機と対になっている受信機としての機能を持つ。
発信機と受信機から一定以上の距離が開かれた場合、警告音の後プレートに内蔵された特性の注射針から致死量の猛毒が注入される。それはギルド側が設けた絶対的な安全装置であった。調教したモンスターは全て、この特性の発信機を装着する義務が生じるのである。有事の際、もしもモンスターが逃走をした際の防衛措置でもあった。
惨い話だと思う。思うが、それを受け入れてしまえるほど男は年を取りすぎてしまっていた。長き冒険者生活が偏見と無慈悲さを寛容してしまっていた。結局の所、みな怖いのだろう。モンスターという異形の存在が、自分たちの日常を脅かす事が。男は人々が抱くその思想に対して不満を持っていた。
ここガネーシャファミリアでは皆多かれ少なかれ似た感情を抱いていた。調教という行為を通して人とモンスターが確かな絆を結んできた例だって幾つも知っている。だからこそ人類は、冒険者達は彼らという存在に対してもっと関わりと興味を持たなければいけない筈だ。少なくとも男はそう信じていた。
手を取り合って仲良くとは言わない、それでもモンスターという存在を無条件で拒絶しないであげてほしい。男は切にそう願っていた。そう信じ、願い、そうして何度も諦めてきた。それでもチョコボなら、この歪な常識という壁を壊してくれるのかもしれない。彼ならばきっと…
「なんてな、そりゃ期待しすぎか」
苦笑する男。そうして彼は調査報告用の記載を取りやめ、手帳をそっとウエストポーチへとしまった。少しばかり伸びをする男。さぁまた仕事をするかと彼は木陰から立ち上がった。そうしてチョコボの元へと歩み寄るとそこには、二人の冒険者が彼のそばに居た。
「キャーこの子可愛い!」
「クエっ…クヘ~…」
「アイレ、次は私にも触らせて」
「もうちょっとだけ~!」
女性冒険者達に撫で回されているチョコボ。ムニムニと頬を引っ張られ困惑するチョコボ、そんな彼の隣では二人の女性がチョコボに抱き着いていた。どうやらチョコボが持つ極上の羽毛の感触にまた二人の冒険者達が陥落されてしまったらしい。
オラリオ全土には無理でも、少なくとも目前の女性達には受け入れられているようだ。もみくちゃに撫でまわされ羽毛がボサボサになってしまっているチョコボの表情に男はハッハと笑い声をあげる。
男は知らない、男自身の夢がこのチョコボという存在によって叶えられる事を。このチョコボという存在がオラリオに絶大な影響を与える事を、彼はまだ知らない。