12階層、それはダンジョン中層に存在する境界線である。境界線、つまりは初心者が通う上層帯と一線を画す中級者の線引き(ライン)である。この一つ前の11階層から出現するモンスターの質・量共に過酷なものとなってくる。
全冒険者の半数がLv.1であるとすら言われているこのオラリオにおいては決して油断をしてはならない恐ろしきダンジョン帯でもあるという事である。
そこはまるで灰色のサバンナのような場所であった。乾いた地面、ぽつぽつとまばらに生える枯れ木。少しばかり生えた木々すらも地上ではありえないことに灰色をしていた。
そんな場所に彼ら、ロキファミリアはいた。チョコボの性能を実践的に検証する為規模を縮小した模擬的な遠征をおこなっていたのである。
30Mばかりの高さの起伏に富んだ崖の上、彼らは十数人ばかりの集団に固まったままその光景を眺めていた。これは一体なんなのだろうか、歴戦の猛者が集う彼らですらも眼下の光景には戸惑いを禁じえなかった。
崖の上から眺め下ろす12階層の大広場において、恐ろしきモンスターの群れが一人と一匹に襲い掛かる。圧倒的な戦力差を前に冒険者は為す術もなく倒れてしまうだろう。本来ならば、きっとそうなったのだろう。
「驚いたよ…まさかこれ程とは」
腕を組みながらぽつりとつぶやくフィン。彼は瞬きもせずに眼下の光景を固唾をのんで観察し続ける。フィンの周囲には数人のロキファミリアの眷属達が唖然とした様子でその光景を眺めていた。
それは一方的な戦であった。崖下で繰り広げられる戦いに対して唖然とした様子で見つめる仲間達を尻目にフィンは腕を組んだままじっと見つめる。眼下に広がる大広場、その中央にはチョコボとそれにまたがる一人の魔導士がいた。
『終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け』
チョコボの背に跨ったまま詠唱を続ける魔導士リヴェリア。そんな彼女の元へと殺到するモンスター。
それはあまりに無情な暴虐の嵐。経験の少ない戦士では到底耐えられないモンスターたちの猛攻であった。
「グォオオオオ!!」
唸り声をあげる12体ばかりのオーク、そして30匹を超えるインプの群れがリヴェリアとチョコボに対して襲い掛かる。自然武器を構えた一匹のオークが棍棒をリヴェリアに向けて振り下ろした。
「ガゥッ!?」
「…クエッ!」
だがオークの棍棒がリヴェリアの元へ届くことはない。リヴェリアを背に乗せたチョコボはその攻撃をひらりと躱す。2,3度、苦し紛れに放たれる棍棒の嵐に対してチョコボは動揺することなく軽やかに躱していく。
「クエーッ!」
上体を前後にゆさぶりフェイントを披露するチョコボ、そうして体制を崩したオークに対してお返しと言わんばかりにその巨大な鉤爪で敵を蹴り返す。オークのぶよぶよと肥え太った胴体に彼の爪が深々と突き刺さる。
たった一撃
その一撃だけで敵は2Mはふっとび地面へと倒れ伏してしまう。ぴくぴくと震えるオークの頭部を踏みつけてなお彼の走破は止まらない。
「ブォオオオッ!?」
「イギィッ!!」
ダダダと地面をけり上げ猛進して行われるチョコボによる突進。たまらずに目前のオークは棍棒を体の前面に構えて防御の姿勢を取る。だがもう遅い、渾身の力を込めたチョコボの体当たりによりオークは勢いよく吹き飛ばされてしまう。背後にいるインプを巻き込んで、オークは地面に対し勢いよく頭から突っ込んでしまう。
『吹雪け、三度の厳冬』
チョコボに跨ったまま詠唱を続けるリヴェリア。そんな彼女の元へ投石を試みるインプの群れ。彼女の元へと弾丸のごとく放たれた投石に対して、チョコボは自身の羽を押し広げて鮮やかに叩き落す。
それは完成度の高い連携であった。自身に向かってとびかかってくるインプに対して彼女は眉一つ動かさない。それは妄信か信頼故か。リヴェリアへととびかかってくるインプをチョコボがその巨大な片羽で叩き落した。
ブチュリ
勢いよく振り下ろしたチョコボの足元からオークの脳髄がつぶれる音が響く。そうしてリヴェリアは渾身の力を込めて声高に詠唱を告げた。戦場に響くただ一人の戦乙女の声、それは実に麗しい音色となって戦場を奏でる。そうして彼女の魔法が炸裂した。
『ウィン・フィンブルヴェトルッ!』
それは戦場を覆いつくす凍てつくような氷による波動であった。否、氷だけではない。目を覆うような眩さをともなった落雷、そして魂すらも焼き尽くさんばかりの熱量を伴った炎火であった。
一人と一匹を残して、戦場にいる全ての生命は死に絶える。息を呑むような静寂だけがその場に残った。
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「やれやれ想像以上だな」
「ガレス…」
「しかし凄いもんだのォ…まさかアイツがあれ程闘えるとは」
背後からやってきたガレスがフィンへと声をかける。とある事情からフィン率いる第一隊と別行動をしていたのである。どうやら道中でリヴェリアとチョコボの戦闘を見学してきたらしい。
彼はどさりと腰を下ろすと腰に身に着けた携帯用水筒を取り出した。カチャカチャと蓋を回し中に入れられた蒸留酒を仰ぎ飲むガレス。そんなガレスの隣ではフィンが佇んでいた。彼は視線を眼下へと固定したままガレスへと語りかける。
「単純な攻撃力だけならLv2にも匹敵するだろうね、でもそれ以上に…」
「見事な持久力…だな」
「うん、本当に凄いのはスタミナだね」
ガレスのつぶやきに同意するフィン。なんとチョコボはここに来るまで補給用の巨大カーゴを牽引してきたのである。それも胴体に二つのサポーターバッグを括りつけられたまま、である。その総重量は100㎏を優に超すであろう。
ともすればヒューマンの子供などすっぽりと入ってしまいそうな程の巨大なバッグを身に着けたまま、彼はこの12階層まで走り続けてきたのである。5時間にも及ぶ攻略の最中あのモンスターは一切息を切らした様子もなかった。
これは運搬における変革と言っても良いだろう。馬や牛をダンジョンに持ち込むファミリアはこれまでもいたがそれらとは比較にもならない。家畜ではモンスターの猛攻にとても耐えられないのだから。だがこのチョコボならば、それらの問題は解決する。
戦闘能力を持つ運搬用家畜
行きは薬や食料を積み込み、帰りは魔石やドロップアイテムを詰め込む事で短期間でダンジョンを往来できる。もしもあのモンスターと同じ存在が複数いればダンジョン攻略は飛躍的に進歩するだろう。人間10人が荷物を運搬するよりあの生物が一匹いた方が余程速く牽引できるのだから。
否、それだけではない。この想像以上の戦闘力もあるのならば、十二分にダンジョン攻略の際の戦闘要員としても数える事だってできるだろう。これまでは支援職として行動に制限がかかってしまっていた弓兵や魔導士といった後衛職。もしも彼ら全員がチョコボの背に跨って行動をしたならば。
それは敵からしてみれば悪夢のような存在だろう。なにせ後衛職に攻撃しようにもチョコボがあの巨躯でひらりと攻撃をかわし反撃まで加えてくるのだから。
「それでガレス、例の件は」
「あぁフィンが睨んだ通りだったな」
「それじゃやっぱり…」
「道中はほとんどモンスターに遭遇しなかった…フィン、これはやはり」
「……」
ガレスからの言葉に無言で答えるフィン。彼は自身の親指を口元にあてながら思考にふける。そんな彼の隣ではガレスがぐびぐびと喉を鳴らしながら眼下にて佇む一匹のモンスターと同僚を静かに見守っていた。
フィンが最初に違和を感じたのはダンジョン攻略を初めてから30分程過した頃の事である。何かがおかしいと、ほんの小さな懸念はやがて大きな疑問へと変わっていく。そう、始まってからこのダンジョン攻略において彼らはほとんどモンスターと
『チョコボに対して他モンスターは恐れを見せる傾向有り』
ガネーシャファミリアからの研究調査の一項目にあった記述を思い出す。チョコボに対して他モンスターは近づこうとすらしなかったらしい。その原因の一端としてチョコボが放つ匂いがあるのではないかとの事であった。
そうしてフィンはガレスに対して別行動するように指示をした。ガレスをはじめとした数人の冒険者達にチョコボから抜け落ちた羽毛を持たせてみる。また別のグループにはチョコボが排出した糞尿を乾いた木片に塗り付けてそれも持たせて比較検証を行ってみたのである。すると驚くべき事に両グループは道中ほんの数回程度しかモンスターと遭遇しなかったとの事であった。
これは驚嘆すべき事であった。この12階層に来るまでに通常のパーティならば野生のモンスターと数十回は遭遇戦を行うのが普通なのである。どれだけ戦闘を避けようと立ち回ろうがモンスターの方から冒険者に対して襲い掛かるのがこのオラリオにおいては常識なのだから。
チョコボに騎乗するとモンスターと
それはFF世界においてごく当然の知識であった。騎乗生物としても大変有名なチョコボ種は敵モンスターを寄せ付けないという事で冒険や仕事の際は必ずと言って良いほど起用されてきた。それ程庶民の脚として彼らは愛され続けてきたのである。
これにはチョコボの走駆する速さの為に敵モンスターを振り切っているからだとかチョコボの強さにモンスターが警戒心を抱くからだとか様々な要因がある。が、その主な理由としてはやはりこの独特のチョコボ臭が挙げられるだろう。
チョコボは臭い。それはもう、十数m離れていようともその存在が感じられる程度には彼らは独特の匂いを放つ。嫌気がさすような刺激臭という訳ではなく犬や猫が放つような生物由来の香りであり、好き嫌いの好みが別れると表現するのが最も相応しいかもしれない。
モンスターはチョコボの匂いを嫌う。まるで縄張りを主張する雄のように彼らへ警戒心を抱かせる。あるいは危険なドラッグのように彼らの思考と平常感覚を奪ってしまうのだ。
ちなみにチョコボ臭はユーカリの葉のような香気にワラを混ぜて発酵させたような香りであるらしい。このチョコボ臭に関しては度々FF世界の住人からも言及されている。あの元ソルジャーやノクティスすらも「チョコボは臭い」と公言する程チョコボは臭いのである。
ここの迷宮ダンジョン産のモンスターにとっては文字通り『異世界から来た異物』なのだろう。それはまさしく本能に訴えかける忌避感であり、彼らの五感を惑わす程の異臭なのである。この匂いを警戒して彼らが近寄らなかったのも無理はない。このオラリオにおいてチョコボ臭とはモンスターとの
くどいようだがこの匂いを好む人間もおり、FF世界ではチョコボ臭の香水すらも発売されるほど女性達や一部のマニアからは好かれる匂いである事は記載しておこう。
「モンスターが寄り付かないモンスター、か」
「まだ調査は必要だろうがの、上層の雑魚程寄ってこんかったわい」
「こっちも似たようなものだよ、チョコボの姿を見た途端逃げ出したモンスターまでいる位さ」
腕がなまって仕方ないとばかりに腕を回しながらガハハと笑うガレス。そんなガレスに対してフィンはなおも沈黙したまま思考にふけった。
ふとチョコボの羽を手に取ってみる。鮮やかな黄色をしたそれからは独特の香りがフィンの鼻腔を刺激する。まるで異国の香辛料のように、鳥類独特の匂いの中にブレンドされた独自の香りが感じられる。
モンスターが嫌う匂いを発する、そうした生物は珍しい物ではない。闘争を避ける為、あるいは
それでもモンスターとの遭遇率をここまで驚異的に引き下げる事ができるとは。そんな効果を持つ代物は聡明な彼の知りうる限りこのチョコボ種のみであった。
似たような効果を持つオラリオ産の道具としてと
が、それはあくまでモンスターを寄せ付けないというだけで有る。むしろモンスターには冒険者達の存在が明確にばれてしまう。使用の際は恐ろしいほどの悪臭を放ち、その臭いの効果が切れた時はヘイト状態となってモンスターに袋叩きにされるというデメリットもあるのだ。だがこのチョコボ種ならば、それらのデメリットは無縁のままほぼ永続的に効果が持続する。
先程までのリヴェリアのように避けようがない遭遇や戦闘もある以上、完全ではないのだろう。あるいは何かしらの条件や制約があるのかもしれない。そうである以上過信や思い込みは危険である。だがしかし、それでも考えてしまう。チョコボの能力がどれ程のものなのかと。
上層から中層にかけてのモンスターとの遭遇を避ける事ができれば万全の状態で下層への攻略にあたる事ができる。遠征時には50人単位で膨れ上がる団員達がみな疲労しないまま、あるいは貴重な医療物資等を消費しないまま最善の状態でダンジョンアタックを行う事ができる。それはロキファミリアにとっては黄金にも等しい価値を持つ宝である。
「チョコボには戦闘を回避する術があるかもしれない」
ゾクリ、と背筋が震えるのを抑えられないフィン。あれは紛れもなく、冒険者達にとってみれば宝石のような存在である。もしもチョコボを大量に用意すれば念願の課題であった『
その為に必要なのは情報と時間だ。他のファミリアに獲られない内に一匹でも多くのチョコボを捕獲しテイムしなければならない。あるいは外で土地を買ってチョコボを飼育・繁殖させてしまっても良い。願わくばチョコボを独占できればこのオラリオでの影響力は計り知れないものとなる。
そこまで考えて
ふと自身の内ポケットに身に着けた懐中時計を確かめてみる。時刻は深夜、わざわざ他ファミリアに見つからないように夜中に出発したかいがあるというものだ。彼は他の団員たちに対して指示をくだしながらそっと武器を手でなでた。
そう都合よく他のチョコボが見つかる筈もないだろうに。あるいはあのチョコボだけが特殊異常個体だと言われた方がまだ納得もできるだろう。だがもしも、他にも似たような能力を持つチョコボが見つかったならば。もしもそんなチョコボの繁殖に成功したならば。
その時このオラリオに未曾有の大変革が起きる。多くの冒険者と神々を巻き込んだ、前代未聞の大騒動が起きてしまうだろう。ならばその荒波の中で僕たちはどう立ち回るべきなのだろうか。彼は親指の疼きを抑えながらリヴェリアの元へと歩みだした。