チョコボinオラトリア   作:葉隠 紅葉

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第9話

 ヘルメスファミリアの本拠地『旅人の宿』、神ヘルメスの居住地には彼自身が世界中を旅しているからだろうか。その部屋には実に様々な物があった。奇妙な部族の仮面に巨大な鹿頭の壁掛け、美しく輝く宝石が埋め込まれた北欧風チェスト。

 

 そんな部屋の中に彼らはいた。神ヘルメスと向かい合うようにしてソファーに行儀よく腰かける女性はアスフィ・アル・アンドロメダ。このヘルメスファミリアの団長にして万能の二つ名を持つ魔道具製作者である。彼女は自身の主神に対して顔色を窺うようにして調査報告の結果を伝えるのであった。

 

「以上が今回の調査報告です」

 

「…そうか」

 

 自身の眷属でもあるアスフィからの報告を受けた神ヘルメスはため息をつく。渋面をした彼は無言のまま書類を手に取った。そこにはロキファミリアとガネーシャファミリアの調査結果が記されていた。

 

 裏の世界の情報屋に依頼してまでこの二つのファミリアの動向を探ろうと試みたヘルメス。とはいえその調査結果は不発として終わった。大した情報も記されていない調査報告書を机に置きながら彼はアスフィに対して告げた。

 

「結局の所、何もわからないという事か…」

 

「以前ご報告した際から進展が…申し訳ありません」

 

「オラリオ外の情報屋の方はどうだい?」

 

「…連絡が途絶えました、おそらくは…」

 

 申し訳なさそうに謝罪するアスフィ。万能の二つ名を持つ彼女らしくない仕事結果である。彼女自身、この結果に満足がいっていないのだろう。彼女は苦い顔をしながら調査報告書の中身をじっと見つめていた。

 

 ロキファミリアが奇行をし始めたのは11日前の事である。ダンジョンの逆行とも言うべき行動に対して疑問を覚えたヘルメス。彼が調査をしようと決めた切っ掛けは異常とも言える資金の流出を確認したからである。

 

オラリオ城壁外の土地購入

 

 オラリオとは迷宮を中心とした城壁都市である。都市中央部に建てられた神々の居住地『バベル』を元に様々な城壁がそびえたつ。そのオラリオから少しばかり離れた場所にある森林地をロキファミリアが購入したのである。

 

 より正確に言うならばロキファミリアとガネーシャファミリアが共同で出資し購入した。オラリオ城壁外に土地を購入する事自体は珍しいことではない。神や団員達の慰安施設として購入したり戦闘訓練、新たな資源や商売の下準備など用途は多種に別れど購入する事自体はよくある話である。

 

 しかし、奇妙な事にその森林地にはおよそ資源と呼べるものがなかった。目新しくもない広葉樹林が巨大に広がっているだけであり、貴重な鉱石や豊かな土壌があるわけでもない。珍しい動植物が繁殖しているでもなく、本当にだだっ広いだけの土地なのである。

 

 問題はそんな土地をガネーシャファミリアと共同で購入したこと。何よりもその購入の際、両ファミリアに対してギルドから多額の出資が確認された事である。

 

「土地購入に関してはギルドからの出資があったのも事実なんだな?」

 

「間違いありません、裏取りもその書類の通りです」

 

「…そうか」

 

 アスフィの言葉に対して腕を組んだまま仏頂面に答えてしまうヘルメス。情報屋に依頼した結果判明した数少ない事実。それはギルドによる両ファミリアへの多額の出資金、そして以前まであったギルドの公開情報が一部削除されているという事であった。

 

 魔石の売買価格の推移、ドロップアイテムの取引先ルート、()()()()()()()()()()()()()、階層調査報告書。こうしたギルドの公開情報が一部改竄されているとの事であった。まるでその情報に触れてほしくないと言わんばかりのあからさまな手口に対して嫌悪感すら抱いてしまう。こうまで露骨に情報操作をされては勘ぐってほしいと言わんばかりである。

 

 とはいえ他のファミリアが調べられたのはそこまで。彼らは荷車の中身を決して公開しないようにしていたし、その中身すら厳重に梱包したままオラリオ城壁外の森林地へと運んでいるのだから。

 

 森林地は常に見張られている。森林地周囲には木材で作られたバリケードが敷設されており、そのバリケードには警報機が取り付けられている。また敷地内への出入り口は数か所のみに固めるという念の入りようである。そんな出入り口や中の敷地内もLv2以上の冒険者が何十人とおり、常に厳重警戒態勢を敷いているようだ。

 

 ロキファミリアとガネーシャファミリアは何かを荷車で運んでいる。運んだものをその出入り口を通じて森林地へと持ち運んでいる、それは確かだ。問題はその中身について調査する事ができないでいるという事だ。

 

 調査しようにもオラリオ城壁外に関しては高レベルの冒険者は自由に出入りすることができない。また、常に彼らが厳重な警備を敷いている以上、雇った野良冒険者や情報系ファミリアが容易に手出しができないのもまた事実であった。ガネーシャとロキファミリアに関しては何故だかギルドからの許可が出ているため割と自由に出入りすることができるようであるが。ここまで露骨に贔屓されているとくれば他ファミリアからの不満が高まるのもごく当然であった。

 

 オラリオではこのロキファミリアとガネーシャファミリアがテロ行為の準備をしているのではないかとの噂も広まっており、ファミリア抗争間で緊張が高まっていた。

 

「やはりモンスターでしょうか」

 

「…いやモンスターはあり得ない」

 

「しかしあの荷車の中身はどう考えても…」

 

 アスフィの困ったようなつぶやき。そんな彼女の言葉を強く否定するヘルメス。確かに状況から考えてみればモンスターである可能性が最も高い。が、ロキファミリアが単体で動き出し、活動していた事実を踏まえても彼らがモンスターを捕獲している可能性は排除しても良い筈である。何故ならオラリオには未だなおウラノスの権能が正常に動作しているのだから。

 

 神ウラノスの祈祷。それは迷宮の活性化や怪物の移動を抑制する効果を持つ大神による神威である。これによりオラリオはモンスターが地上に溢れることなく子供達が繁栄する事が出来ている。

 

悪意を持つモンスターの排除

 

 人に敵意を持つモンスターは迷宮の出入り口を通れないようになっている。調教とはこのオラリオに持ち込む前の段階で、ある程度の悪意をそぎ落とす行為でもあるのだ。この祈祷がある限りモンスターがダンジョンの出入り口を通過できる筈がない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。ロキファミリアが何かをしているのは確かだがモンスターである可能性は排除しても良い。

 

 これは神らしい偏見、言ってしまえば強い思い込みであると言えた。何千年、何万年と生きている彼らが強い固定観念を抱いてしまうのは仕方のないことでもあった。ましてや悪意を全く持たないモンスターとはそれだけ神々にとってはイレギュラーな存在であったと言えるのである。

 

「追加でブランデーを持ってきます」

 

「…ありがとう、なら紅茶でも淹れてくれないか」

 

 ブランデーを飲み干した主神に対してそう告げるアスフィ。どうやら書類に夢中になってしまっていたようだ。いつの間にやら飲み干してしまったコップの中身を眺めながら席を立った自身の眷属の背中に対して視線を向ける。

 

 だめだ、やはりそうである可能性が排除できない。彼は壁に掛けられた時計の刻音に耳を傾けながらそっと考えた。神ウラノスの祈祷にも例外はある…つまり。

 

異端児(ゼノス)を運搬している…やはりそうとしか思えない」

 

 ぽつりとつぶやく神ヘルメス。彼の小さなつぶやきは時計の刻音にまぎれて消えてゆく。

 

 異端児(ゼノス)、それはギリシャ語で常識から外れたものを示す言葉。高い知性と人間に等しい心を持つモンスター。端的に言うならばモンスターの姿をした人間とも言える。

 

 それはこのオラリオにおいてはあまりに異常な存在である。彼らの存在は地上にとっても希望でもあり、それ以上に破壊の象徴でもあった。今を築く秩序の崩壊にもつながりかねない爆薬のような存在。

 

 ロキファミリアがその存在に気が付きガネーシャに相談し共闘の約束をする。彼ら異端児(ゼノス)を保護・運搬する作業を神ウラノスがギルドを通して指示をした。そう考えればすべての辻褄があってしまう。恐ろしき辻褄が、あってしまう。

 

「問題は彼らをどう扱っているかだな…ロキ達は何を企んでいるんだ」

 

 ガネーシャはともかくロキの思考が読めない、それが何より彼にとっては煩わしかった。ロキファミリアが異端児を手にしたところでなんのメリットがあるというのか、ロキともあろうものが異端児(ゼノス)の存在の本質を理解していないとも思えなかった。

 

 あれはまさしく爆弾、地上に住まうものにとってのパンドラの箱だ。人と怪物が分かり合うための希望であり、文明を滅ぼす業火だ。残念な事に今のオラリオでは彼らの存在を許容できるだけの余裕がない。価値観の違いが恐ろしき猛火の如く広がって惨状を産むだけである。

 

 事情を聴こうにもロキはきっととぼけるだけだろう。飄々とした道化を自称する彼女の事だ、きっと風の如くのらりくらりと追及を躱しながらこちらを見てあざ笑うだけだ。

 

 ならばガネーシャはというと、彼に関してはいつ頃からかこのオラリオに姿も見せなくなった。本拠地に籠っているのかどこかに外出したままなのか。理由は不明だが一向に姿をみせないままである。彼がどこに行ったのかその消息すら不明であった。

 

 ロキファミリアとガネーシャファミリアの子供達に尋問をする。それは最後の手段である。もしもそれを行ってしまった場合は両ファミリアから敵視され、消えようのない溝を生むだろう。

 

 またアスフィの魔道具を使用しての潜入も奥の手ではある。が、流石に1級冒険者の鋭い感性から逃れられるとは断言できなかった。幾ら優秀なアスフィと言えどロキファミリアとガネーシャファミリアの本気の警戒網からは逃れられないだろう。

 

 S級の二大ファミリアと敵対してはこのヘルメスファミリアも無事でいられる筈もない。ヘルメスは長く、重いため息をついた。

 

 何故だ、彼らがあの存在に気が付いたとしてウラノスよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。ヘルメスは自身の胸中に言い表しようのない不快感を抱き始める。彼は瞳を瞑りながらそっとつぶやいた。

 

「…気に入らないな」

 

「何が気に入らないのですか」

 

「勿論すべてさ」

 

 背後からカップを片手によってきたアスフィに対して答える。自身の眷属から手渡された紅茶の澄んだような綺麗な紅色を見つめながら彼はふと自嘲する。自分の関われないところで何かがうごめいている。それだけで彼の中で沸々と不快感が増してくる。

 

 あぁそういう事か、と彼は一人理解した。きっと自分はこのオラリオを愛しているのだ、と。自分自身でも予想以上にこの冒険者が集う、子供達の希望の象徴でもあるこの土地に対して思い入れを抱いていたようだ。

 

許せない

必ずこの謎を突き止めてみせる

 

 神々と冒険者、そして愛すべき子供達。ふとした拍子に崩れてしまいそうなバランスの元になりたった淡い秩序を己は存外に気に入っていたようだ。自身の目的を果たすまでは何人たりともこの地を害する存在など彼は到底許すことなどできなかった。

 

 気持ちを一新した彼は勢いよくコップをつかむと豪快に紅茶を飲む。自身の愛すべき眷属が淹れた極上の紅茶に対して気分を良くした彼。ヘルメスはまたいつもの、飄々とした笑みを浮かべてアスフィを見つめた。そんな彼に対してアスフィは困ったようにつぶやいた。

 

「ところで、先ほどお伝えし忘れていた事が一点だけ」

 

「ん…何だい?」

 

「ロキファミリアの団員が酒場で重要そうな単語(ワード)を言っていました」

 

「…っ!」

 

「彼女らは言っていました『チョコボウは凄い』と…」

 

「………は?」

 

 たっぷり三秒。彼女の返答を聞いたヘルメスは、固唾をのんで聞いていた真剣な表情を崩しながらぽかんとした顔でつぶやいてしまう。なんだそれはと、彼は顎に手を当てながら困ったように固まってしまった。

 

「チョコボウって…あのチョコ棒の事かい?」

 

「はい、おそらく…たぶん…」

 

 アスフィ自身、先ほど報告すべき内容かどうか迷ったのだろう。彼女は苦虫をかみつぶしたような顔をしながら困ったようにそう告げた。どうにも煮え切らない語調でぽつりぽつりと語る内容は傍から見てもどうにも重要そうな内容にはとても思えなかった。

 

チョコ棒

 

 かつてメキシコ神話の神ケツァルコアトルがオラリオに来た際に様々な文化が流入してきた。中でもカカオ豆と呼ばれるカカオ樹の種子からとれるナッツのような茶色い豆類は加工をする事で味が変化する事が分かって以来ここオラリオでも頻繁に食されるようになってきた。メキシコ神話で『神の食べもの』を意味するこのカカオ豆はチョコレートとして非常に人気が高まった食材でもある。

 

 チョコ棒とはそんなカカオ豆を利用して作られる菓子の事である。カカオ豆から加工したチョコレートを棒状の細長いパンに塗って客に提供したのが始まりともされている。現在では木串にパンを突き刺した後、チョコレートで満たされた壺にさっと浸し、その上から果実のエキスや砕いた木の実をまぶして食すという大人気のお菓子でもある。

 

 甘い菓子として子供や女性に大人気であり、軽食として食べても魅力的であるとの事でこのオラリオでも十年ほど前から飲食店で出されるようになった。現在ではチョコ棒専門の移動屋台なども存在し、人気店の前では女性客が長蛇の列を作ることも珍しくない。

 

「…いや、それはただ単に食事の話をしていただけだろう」

 

「私もそう思います…ただやけに熱のはいった言葉で語っていたものですから印象に残って」

 

「……」

 

「…いかがいたしましょうか」

 

「…一応チョコ棒をメニューとして提供している店も調査させてくれ、何かの暗号の可能性もある」

 

 そう答えたものの、どうやら自分でも納得していないのだろう。神ヘルメスは渋々といった様子でアスフィにそう命じた。ここにきてチョコ坊という名前が完全に裏目に出ていた。後から思い返してみればいっそ笑ってしまう程のすれ違いがここにきて生じてしまうのであった。

 

 ちなみにチョコ坊というこの名前。リヴェリア自身も大好物の食べものである「チョコ棒」と少年を意味する「坊や」をかけた一種のダジャレじみたネーミングで付けたのは彼女だけの秘密である。それがここにきてこのような誤解を生むとは。こうして意図せずして暗号じみた役割を果たした結果、チョコボという存在は神々や冒険者達の追及を逃れる事となったのであった。

 

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